ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第33話〝偉大なる航路(グランドライン)の怪物〟

 アーロンパークを目指すルフィたちの前には、ある一匹の訪問者の姿があった。

 小舟がまるまる隠れてしまうほどの巨大な影を前にして、ヨサクを除いた三人は訝しげな半目を向けていた。

 

「何だ、こいつ」

「でけェ………」

「おや珍しい」

「うわああああああああ海獣だァああああああ!!!」

 

 ヨサクの悲鳴が響き渡る。

 ルフィたちの前に現れた影、その正体は十メートルは超える巨体に大きなヒレを持つ、牛の顔を持った怪物。海獣と呼ばれる、陸の動物の特徴を持った巨大な水棲生物の一種だった。

 

「牛だーっ!!! でけーっ‼」

「牛か? 泳ぐか? フツー…カバだろ」

「いや、これは海牛!〝偉大なる航路(グランドライン)〟の生き物だよ。…ちなみに哺乳類か魚類かは私も知らないや」

「のんきなこと言ってる場合っスか!!? こいつどう見てもこっちを狙ってますよ!!!」

 

 ボケーっとした顔で小舟を覗き込んでくる海牛にヨサクはさっきから騒ぎっぱなしであった。

 件の海牛はサンジの作っている料理に興味を惹かれたのか、クンクンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

 

「狙いはメシだ!!! 早く渡してください、船をひっくり返されちまう!!!」

 

 こんなところで海の藻屑となるなどごめんだ、とヨサクは料理を持っているサンジに促す。

 が、そんな提案をこの男がのむはずがなかった。

 

「〝ゴムゴムの(ピストル)〟!!!!」

 

 料理に気を引かれていた海牛の横っ面に、情け容赦ないルフィの拳が炸裂する。

 海牛の巨体が一瞬海上に浮き、口から漏れた血とともにざぶんと海に沈み込むのを見届けると、ルフィはビシッと指をさした。

 

「おれのメシに手ェ出すな!!!」

「やった‼ すげぇ‼ ルフィの兄貴!!!」

 

 出会ったら即逃げようと考えていたヨサクだったが、この船に乗っているのは常識外の連中ばかりであったことを思い出して内心かなりホッとしていた。

 しかし小舟の上であまり力が入っていなかったのか、海牛はすぐさま眼を覚ますと凄まじい形相で向かってきた。

 

「モォオオオ!!!」

「うわっ‼ 怒りをかったみてェっス‼」

「もう一発か‼」

「バカ野郎どもォ‼ 腹空した奴をむやみにブッ飛ばすな‼」

 

 即迎撃に入ろうとするルフィとヨサクの脳天に、サンジのかかとが食い込んだ。

 サンジは料理を装った皿を持つと、慈愛のこもった目で海牛を見つめた。

 

「きっとこいつはケガでもして自分でエサをとれねェんだ。なァ…そうだろう?」

「優しいねェ…」

「なんて愛だ…」

「……………?」

 

 空腹な奴にのみもたらされるサンジの深い愛に、ヨサクやエレノアは思わず閉口する。

 実際は飼い主にエサの時間に呼ばれたはいいが、出るところを間違えただけとは夢にも思うまい。

 

「さァ、食え」

 

 ホカホカと出来立ての料理の皿を差し出し、笑みを浮かべるサンジ。

 そんな彼の前で、海牛は大きな口を開く。…エレノアに向けて。

 

「「死ねコラァ!!!!」」

「あんたら何やってんスか!!!」

 

 サンジとエレノアの渾身の蹴りを受け、海牛がまた空中にブッ飛ばされる。

 先ほどと180度も違う塩対応に、思わずヨサクは絶叫していた。

 

「あのヤロー今、エレノアちゃんを食おうとしやがった‼」

「恩を仇で返しやがってあのヤロー…」

 

 スパー、と不機嫌そうにタバコの煙を吐くサンジに、危うく餌にされかけたエレノアが靴を鳴らす。

 今度こそ仕留めたかと思いきや、再び水面が盛り上がりさっきよりも凄まじい怒りを燃やした海牛が顔を出した。

 

「モォオオオ!!!!」

「来たァ!!! 船沈める気でやすよ!!!」

「…ねェ知ってる?」

 

 慌てふためくヨサクをよそに、顔に影を落としたエレノアがポツリと呟く。

 

「海獣の肉ってねェ……抵抗の強い水中だとかなり引き締められてお肉がおいしくなるんだってさ………」

「!!!?」

 

 にっこりと黒い笑みを浮かべるエレノアに、その場にいた誰もがゾッと背筋を震わせた。

 無論海牛も例外ではなく、燃えたぎっていた怒りが一瞬で鎮火し、エレノアから距離を取ろうとザバババッと後ずさる。

 しかしその時にはすでに、エレノアは海牛のすぐ目の目にまで跳んでいた。

 

「いくぞ!旅神鎌剣(ハルペー)〟!!!

 

 鋼鉄の義足、そして卓越した脚技による一撃が、海牛の首に炸裂する。

 すでにルフィとサンジによる度重なる攻撃を受けていた海牛は耐えきれず、白目を向いて海に倒れ込んでいった。

 

「今日の食材ゲッツ」

 

 満面の笑みで小舟の上に着地する天使の少女。

 その変貌ぶりに、男子たちは味方とわかっていながらもゴクリと唾を飲み込んでいた。

 

 

「ほら、食卓に上がるのがイヤならさっさと引きなさい」

「鬼っスね…エレノアの姉貴」

 

 その後、気が付いた海牛を脅しつけ、小舟を引かせることにし、快適な速さでアーロンパークまでを目指すこととなる。

 ボロボロの海牛を無理やり働かせるエレノアに、ヨサクは戦慄の目を向けるばかりであった。

 

「さ――メシだ」

「あいよ」

「おなか減ったァ」

「ムチャクチャだ、この人達」

「ヨサク、茶ァ‼」

「茶ァ‼」

「へ――い」

 

 否応がなく見せつけられる化け物っぷりに、もう突っ込む気にもなれず、いつのまにかお茶汲み係になってしまうヨサク。

 そしてそんな旅の果てについに、目的地である島が見え始めた。

 

「見えたぞ、アーロン・パーク!!!」

「コラ‼ 疲れるなカバ‼」

「やっぱあれだよ、あんた達のが効いてんのよ…」

 

 徐々に衰えていく海牛の泳ぐ速度に、自分のことを差し置いて呆れたように呟くエレノア。

 息も切れ切れの海牛にそのまま進ませていると、目印にしていた門のような建物から向きがズレ始めた。

 

「おい‼ 違うぞもっと左だ!!!」

「あの建物だぞ‼」

「だめだ岸にぶつかるゥ!!!」

 

 慌てて方向を変えさせようと指示を出すが、もはや海牛は前に向かって泳ぐしか頭にないほど疲弊しているようだった。

 そしてついに、海牛は門の脇の岸に激突し、引っ張られていた小舟はその衝撃で空中に吹っ飛ばされてしまった。

 

「うほ―――っまるで空を飛んでるようだ――」

「ブッ飛んでんだよ、バカ‼」

「あの海獣には悪いことしたな…」

「落ちる――――――――――っ!!!」

 

 身動きの取れない空中でパニックになる小舟。

 とっさに帆を操り、正面からの風を使って小舟の落下先を変えて操るエレノアが叫ぶ。

 

「林につっ込むよ!!! しっかりつかまってなさい!!!」

 

 その直後、バキバキと枝をへし折りながら小舟が木々の中に突っ込んでいく。

 幸いにも小さな森の中の下り斜面に着地したために惨事は免れたが、ソリか何かのように滑り落ちる速度は上がる一方であった。

 

「うおっ‼ 着地した‼」

「でも止まりやせェん!!!」

「舌噛むからしゃべんないでよ‼ なんとか平地で減速して…」

 

 森の中を抜け、小舟を止めるすべを探そうと試みるエレノア。

 その進行方向上に、なぜかゾロが飛び出してきた。

 

「え!!? ゾロ君!!?」

「アニキィ!!!」

「ルフィ…!!!」

 

 あっけにとられ、船の操縦を誤るエレノアと突然の事態に固まるゾロ。

 その直後、凄まじい轟音とともに小舟の残骸があちこちに散らばっていった。

 

 

「てめェら一体何やってんだ!!!」

「何ってナミを連れ戻しにきたんだよ。 まだ見つかんねェのか? ウソップとジョニーは?」

「ヨ…ヨサク大丈夫ー?」

 

 小舟の残骸の中で、血まみれになりながら怒鳴るゾロにルフィが答える。

 原因とも言えるエレノアは、なぜか頭から地面に突っ込んでいるヨサクを介抱するという口実で視線を逸らした。

 

「ウソップ……⁉ そうだ! こんな所で油うってる場合じゃねェっ‼」

「ん? どうした⁉」

「あの野郎今、アーロンに捕まってやがんだ! 早く行かねェと殺さ…」

「殺されました!!!」

 

 慌てて駆け出そうとしたゾロに、別行動していたらしいジョニーが叫ぶ。

 一瞬彼が何をいっているのかわからなかったゾロは、呆然とした様子でジョニーを凝視した。

 

「…ジョニー…?」

「手おくれです…ウソップの兄貴は、もう殺されました!!! …………!!! ナミの姉貴に!!!」

 

 その信じられない一言に、誰もが言葉を失っていた。

 

 

 ルフィたちが島に到着したちょうどその時、アーロンパークでは別の騒ぎが起きていた。

 島に近づく海軍の船が見えたからだ。

 

「第77支部?」

「ああ、そう書いてあった」

 

 報告したエイの魚人に訝しげに聞き返す、刺々しい長い鼻を持つノコギリザメの魚人。

 この男こそ、恐怖と力によって島を支配する海賊、そしてナミが()()する魚人海賊団のボス、〝ノコギリ〟のアーロンであった。

 

「新顔だな…妙なマネしてくれるなと。誰か行ってお偉いさんと交渉してきな。2百万で手を打てねェ様なら消していい」

 

 最も近い海軍基地である第15支部は、すでにアーロンが買収しているために危険はない。

 しかし面識のない海軍支部の連中ならば、また一から交渉を始めねばならないと、面倒そうな顔になるアーロン。

 しかしそんな彼の元に、軍艦から一発の砲弾が発射されるのが見えた。

 

「な‼ 撃ってきやがった」

「アーロンさん、危ねェ‼」

 

 慌てて部下の魚人たちが警告するが、アーロンは椅子に座ったまま動こうともしない。

 砲弾が目前にまで迫った瞬間、アーロンは大きく口を開けると砲弾を咥え、バギンとそのまま噛み砕いてしまった。

 

「交渉は?」

「ナシだ」

 

 ブッと砲弾の破片を吐き捨てるアーロンはようやく立ち上がり、指示を今か今かと待っている部下たちに視線を向けた。

 

「よし行くぞ、海戦だァ‼」

「オイ…ちょいと待ちな小童共」

 

 アーロンの号令に、歓声をあげかけた魚人たちを止める一人の老いた魚人。

 アーロンは彼の目を見ると、昂ぶっていた闘志を即座に沈静化させた。

 

「たかがゴミ掃除に全員で向く必要もあるめェ……わし一人で十分だ」

「フカ爺…⁉ あ、あんた一人で行くってかよ!!?」

「いくらなんでもそりゃあ…」

 

 いくら人間とはいえ、相手は訓練された海兵数十人。

 老人一人に行かせるには心苦しいとためらう彼らに、アーロンは椅子に座りなおすとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「引けてめェら…フカ爺は確かに歳だが、人間ごときに後れをとるほど衰えちゃいねェよ」

 

 アーロンのその笑みには、過去に裏付けされた確信があった。

 

 

「おかしいな…………」

「准将⁉ 砲弾は不発の様です」

「もう一度だ。これは開戦の合図だぞ‼ 正面きってこちらに戦闘の準備があることを知らせねばならん‼ 相手は魚人。みんな、油断するな‼」

「ハッ‼ プリンプリン准将!!!」

 

 島の住民からのSOSを受け、精鋭部隊を引き連れてやってきた第77支部の准将。

 自分と部下たちのやる気を上げるために、砲弾の炸裂は必要なことであった。

 

「大砲、点火します‼」

「あ?」

「!!? うわ!!!」

 

 しかしもう一度発射しようとした瞬間、大砲の前に突如大柄な老人が現れた。

 驚いた海兵は点火を止めることができず、発射された砲弾は真正面から老人に炸裂した。

 

「ちょ…直撃した!!!」

「なんと愚かな…大砲の前に立つなど」

 

 勝手に現れ勝手に自滅したとあざ笑う海兵たち。

 だがその目の前に、ほとんど無傷の魚人の老人が残忍な笑みを浮かべて現れた。

 

「あァ…? 今…なんかしたか?」

「な…‼ 砲弾が効いていないだと!!?」

「アーロン一味だ‼︎ かかれ‼︎ 戦闘だ!!!」

「待て、落ちつけっ‼」

 

 敵が突然単体で現れたことで動揺し、我先にと襲い掛かりそうになるのを、准将が冷静に止めさせた。

 

「私は海軍第77支部准将プリンプリン。我々は多少なり名の通った精鋭部隊…君らが、もし大人しく…」

「うるせェ!!!」

 

 しかし説得を一切聞く様子はなく、プリンプリン准将は魚人の老人に思いっきり殴り飛ばされる。

 軍艦の壁を破壊するほどのその拳により、プリンプリン准将は一撃で気絶してしまった。

 

「准将ォ!!!」

「よくも准将を!!!」

「討ち取れェ!!!」

 

 大将がやられたことで、海兵たちは半ばパニックに陥りながら老人に向かって襲いかかる。

 老人は小さく舌打ちすると、迫り来る海兵たちをまとめて右手で薙ぎ払った。

 

「鬱陶しいわァ!!!」

「ぎゃあああああああ!!!!」

 

 たった一度腕を振るっただけで、海兵たちはズタズタに切り裂かれながら吹き飛ばされる。

 ピクリとも動かなくなった海兵たちを前に、老人はいらだたしげに眉間にしわを寄せた。

 

「おいおい…この程度で精鋭部隊なんぞと名乗ってやがるのかァ? さすがは最弱の海と名高い東の海(イーストブルー)だなァ………あくびが出そうだ」

 

 そう呟き、手頃ば場所にあった大砲に手を振り下ろす。

 その瞬間、鋼鉄の筒は一瞬で叩き潰され、使い物にならなくされてしまった。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟にいた連中と比べるのもおこがましいわ」

 

 そこからは、ただただ地獄が繰り広げられるだけであった。

 銃弾も砲弾も刀剣も効かず、拳や蹴りで体がズタズタに切り裂かれてしまう。

 存在そのものが凶器のような化け物が暴れまわる姿を目の当たりにしながら、血まみれで倒れ伏していた一人の海兵が戦慄の表情を浮かべていた。

 

「お、思い出した……‼ あいつは…間違いない…‼」

 

 仲間たちの血を浴び、骸を積み上げ、破壊と暴力の限りを尽くす老人とは思えない戦いぶりを見せる魚人。

 その魚人の名を、海兵はたった一人だけ知っていた。

 

「懸賞金5千万の海賊……‼ 元魚人海賊団幹部!!!〝鮫肌〟のフカだ!!!」

 

 その名を思い出すには、彼はかなり遅すぎた。

 もし思い出していれば、彼に挑もうなどという愚行など起こさなかったかもしれないのに。

 

 

 最後に残った一人を踏み潰し、フカ爺と呼ばれていた老人はようやく落ち着きを取り戻した。

 あたりに飛び散る血痕や残骸は、もはや原形をとどめていないほど悲惨な状態を表している。

 

「あァ…ダメだな。たまには適度に運動せにゃァ、体が鈍る」

 

 かつて〝偉大なる航路(グランドライン)〟で名を売ったオオメジロザメの魚人は、そう気だるげに首を鳴らしながら獰猛な笑みを浮かべたのだった。

 

「昔ほど動けねェってのァ………悲しいもんだな」

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