ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第35話〝たった一人の戦い〟

 その悲劇は、今から8年前のとある日に起きた。

 戦災孤児であったナミとノジコは、元海兵であったベルメールに引き取られ、貧しくも強かに生きていた。

 家にお金があまりないことを気に病み、ナミは時々本屋から万引きをしては、村の駐在のゲンに叱られるということをくり返していた。

 ベルメールはそんな娘の手癖の悪さに呆れながら、娘たちを深く愛し、日々を生きていた。

 

 しかしそこへ、悪夢がやってきた。

偉大なる航路(グランドライン)〟からやってきた新魚人海賊団を名乗るならず者どもが、瞬く間に島を占拠してしまった。

 さらに彼らは圧倒的な力で島の人々を脅し、毎月大人10万(ベリー)、子供5万(ベリー)の金銭を奉納することを要求してきたのだ。

 小さな村ゆえ、あっという間に干上がってしまいそうな要求ではあったが、幸いその段階では犠牲者は出ていなかった。

 しかしゲンには、村のはずれにすんでいるベルメールのことが気がかりだった。女手一つで娘二人を養っているあの家に、20万(ベリー)もの大金があるとは思えなかったからだ。

 無事に逃れてほしいという願いもむなしく、ベルメールの家は魚人たちに見つかり、襲撃された。

 元軍人の体さばきで応戦するベルメールであったが、アーロンの手によって抵抗むなしく抑え込まれてしまった。貯金も10万(ベリー)しかなく、どう考えても絶望的であった。

 そこでゲンが提案する。二人の娘をいなかったことにし、奉貢の額をごまかすというものであった。

 一度は娘たちの無事を考え、その案を呑んだベルメールであったが、たとえ血のつながりはなくとも母でありたいという願いから、アーロンに娘がいることを告白してしまう。

 その結果、ベルメールはナミとノジコの目の前で、残酷に殺されてしまったのだった。

 

 悲劇はそれで終わらなかった。

 以前からナミが描き上げてきた海図が魚人たちに見つかってしまい、その精度の高さに目を付けたアーロンがナミを連れて行こうとしたのだ。

 無論ゲンたちは必死に抵抗した。しかしやはり魚人の力には敵わず、ナミは連れていかれてしまった。

 その後、一人で戻ってきたナミの左肩には、アーロン一味の刺青(タトゥー)が彫られていた。彼女はアーロン一味に入ることと引きかえに、好きなだけ金銭を受け取れる契約を結んだのだと村人たちに告げた。

 育ての親の思いを踏みにじったとナミは村人たちに嫌われ、その場から姿を消した。

 しかしノジコだけは、急遽建てられたベルメールの墓の前に座っていたナミから本当の思いを知ったのだ。

 アーロンから、1億(ベリー)で自分の村を買うのだと。

 自分が村を取り戻すまで、一人で戦うことを決めたのだと。

 

「8年前のあの日から、あの娘は人に涙を見せることをやめ、決して人に助けを求めなくなった…!!! あたし達の母親のように、アーロンに殺される犠牲者を、もう見たくないから…!!!」

 

 ナミのそばで、ずっと彼女が孤独に戦い続けてきた姿を知っているノジコは、血を吐きそうな表情でエレノアたちに語った。

 

「わずか10歳だったナミがあの絶望から一人で戦い生き抜く決断を下すことが、どれほど辛い選択だったかわかる?」

「……………村を救える唯一の取り引きの為に、あいつは親を殺した張本人の一味に身をおいてる訳か…」

「あァ愛しきナミさんを苦しめる奴ァこの、おれがブッ殺してやるァ!!!」

「落ちつけ騎士道コック」

 

 憤慨するサンジの脳天に、呆れた表情のエレノアのかかとが突き刺さる。

 ゴガンッ!と鈍い音がし、あまりの痛みでサンジはその場にうずくまった。

 

「え…エレノアちゃん、なにを………⁉」

「ノジコはそれをやめろって言いに来てんだよ。私達がここで騒げば、ナミは魚人たちに疑われ、8年の努力が無駄になる。…そういうことでしょ?」

「そういうことさ。だからこれ以上…あの娘を苦しめないでほしいの!!!」

 

 村の解放を願い、ずっと一人で悲しみや痛みを抱え続けてきた義妹の戦いを、ムダにしてほしくないと義姉は切に願う。

 かといって、納得することなど彼らにできるはずもなかった。

 

「だ…だからってほっとくのかよ⁉ お前あいつとけっこう仲良かったじゃねェか‼ なのに…」

「だから何もしないんだよ………あの娘がそれを()()()()()()()()

 

 エレノアとて、何も思わないわけではない。

 しかしナミが望んでいるのは、このまま何事もなく自分の願いが叶うこと。部外者である自分たちが引っ掻き回し、事を荒立ててしまうのは間違っていると、そう考えていた。

 ギリギリと握りしめられている拳を目にし、ノジコは羨ましそうな笑みを浮かべた。

 

「…いい友達、持ったんだね」

「姉にそう言われるとはちょっと鼻が高いかな」

 

 相手を想うからこそ、自分の感情を抑え込む。

 それができるエレノアという存在に、ノジコはナミが少しでも救われていることを感じた。

 

「ん?」

 

 しかしその時、ピクンとエレノアの耳が真上に立ち、ある一つの声を捉えた。

 

 ―――聞く所によると、キミは海賊から宝を盗むらしいな。

    まァ相手が海賊なんだ、君を強くとがめるつもりはない。

    しかし泥棒は泥棒、罪は罪だ。

 

 村のはずれから聞こえる、そんな粘っこい声。

 無数の足音や金属音が聞こえることから、武装した集団であることが。そして罪だの咎めるだの言った発言から、海軍に所属するものと予想する。

 だが、エレノアはその声に激しく嫌な予感を覚えていた。

 

 ―――わかるかね?

    罪人から盗んだもの、ならば当然その盗品は我々政府が預かり受ける。

 

 一瞬何を言っているのかわからなかったエレノアだったが、徐々にその意味を把握すると大きく目を見開いて絶句する。

 

 ―――今までに貴様が盗み貯えた金を、全て我々に提出しろと言ったんだ!!!

 

 信じられない内容に、エレノアはその場で呆然と立ち尽くす。

 ナミの家で起きている騒ぎを知らないノジコは、突然表情を変えたエレノアに訝しげな視線を向けた。

 

「…どうしたの? こわい顔して…」

「……悪いんだけどさ、ノジコ。ナミの覚悟、ムダになるかもしれないよ」

 

 震える声でつぶやかれた言葉に、ノジコはますます眉間にしわを寄せる。

 エレノアは自分の中で燃え上がった怒りにのまれかけながら、ノジコに伝わるように要点だけを伝えた。

 

「今、海兵がナミの家にいる。……ナミを、泥棒として。集めた金を……没収するって」

「………!!!」

「ノジコ‼」

 

 エレノアの言葉で察したのか、徐々にノジコは顔を真っ青に染め上げ、勢い良くその場から走りだした。

 何が何だかまるでわかっていない男たちは、慌ててエレノアに事情を聞こうと視線を向けた。

 

「お…おい‼ 何が起こってるんだよ!!?」

 

 問われるエレノアだが、正直それにこたえている余裕はなかった。

 今も聞こえてくる会話から、島に訪れた海兵たちのどうしようもないほどに腐った性根が伺えてしまったからだ。

 

「…クズどもが……‼」

 

 

「これまでだ!!! 武器を取れ、戦うぞ!!!」

「「「「「うおォォ――――――っ!!!」」」」」

 

 刀を手にした、帽子に風車をつけた全身傷だらけの駐在ゲンの号令に、村人全員が雄叫びを上げて応えた。

 

「私達は8年前、一度は命を捨てとどまり! 誓った。奴らの支配がどんなに苦しく屈辱でも、ナミが元気でいる限り〝耐え忍ぶ戦い〟を続けようと‼ だがこれがあいつらの答えだ!!!!」

 

 ナミの覚悟を、ゲンたちはノジコを問い詰めて知っていた。

 しかしアーロンはもとから村を解放する気はなく、買収した海兵にナミのことを伝え、せっかく集めた金品を丸ごと没収するように仕向けたのだ。

 ナミの孤独な8年間の戦いを愚弄する所業に、村人たちの怒りが限界を迎えた。

 

「この村の解放という突破口が閉ざされてはこの島の支配圏にもう希望はない!!! もとよりあの娘の優しさをもてあそぶあの魚人どもを我々は許さん!!!! 異存は!!?」

「あるわけねェ‼ 行こう!!!」

「これ以上あいつらの支配なんか受けるか!!!」

「村人全員いつでも戦う覚悟と準備はあったんだ‼」

「戦るぞ!!!」

 

 全員が全員不退転、玉砕を覚悟した形相で武器を取る。

 クワや草刈り鎌など、まともな武器はほとんど揃っていない。武器を所持していたものは、アーロンによって反抗の意志ありと判断されて罰せられていたからだ。

 とても戦いに勝てる格好ではない。しかしそれでも、村人たちは止まるわけにはいかなかった。

 

「待ってよみんな!!!」

 

 しかしそこへ、息を切らせて駆け付けたナミが飛び出してきた。

 アーロンパークを背にし、村人たちを止める壁のように手を広げる。

 

「ナミ……‼」

「もう少しだけ待ってよ‼ 私、また頑張るから!!! はは…もう一度、お金を貯めるから!!! 簡単よ今度は…」

「………‼ ナッちゃん…」

 

 何ということはないと平気な笑顔を張り付け、ナミは村のみんなを説得しようと試みる。

 こんな結末を迎えても、それでも一人で村人たちを守ろうとする健気な姿に、ゲンの目から涙がこぼれた。

 

「……………‼ もういいんだ………!!! 無駄なことくらいわかってるだろう…我々の命を一人で背負って……よくここまで戦ってくれた………!!! お前にとってあの一味に入ることは、身を斬られるより辛かったろうに………!!! よく戦った」

「ゲンさん…」

 

 ゲンに強く抱きしめられ、ナミは呆然と立ち尽くす。

 ナミの想いを知り、知らないふりをして自分の負担にならないようにしてくれた彼らの気持ちに、ナミの目にも涙がにじんでいた。

 

「お前はこのまま、村を出ろ」

「え⁉ ちょ…」

「あんたにはさ……! 悪知恵だってあるし! 夢だってある‼」

「ノジコ……‼」

 

 ナミを安心させようとみんなが浮かべる笑顔に、ナミは焦燥に駆られる。

 止めなければ、思いとどまらせなければ、この笑顔がすべて失われる。そう予感したナミは、ナイフを抜いてゲンたちにつきつけた。

 

「やめてよみんな!!! もう私…‼ あいつらに傷つけられる人を見たくないの!!! 死ぬんだよ…⁉」

「知っている」

 

 だがそれでも、ゲンたちの覚悟を変わらなかった。

 大切な家族の想いを踏みにじった悪党にこのまま屈し続けることなど、許せるはずもなかったのだ。

 

「無駄じゃ。わしらは心を決めておる!!!」

「ナミ」

「どきなさい!!! ナミ!!!!」

 

 ナミが持つナイフの刃を掴み、ゲンは大きく怒鳴る。

 かつて悪さをしてしかられた時よりもすさまじい声に、そしてゲンの手から流れる血に、ナミの体はびくっと硬直してしまった。

 

「いくぞみんな!!! 勝てなくてもおれ達の意地を見せてやる!!!」

 

 呆然と立ち尽くすナミを置き去りにし、村人たちは総出でアーロンパークに向かって前進する。

 誰もその顔に、恐怖など抱いていない。たとえ死んでも、最後の瞬間まで抗うことを決めた彼らに、迷いなどありはしなかった。

 

「アーロン…!!!」

 

 座り込むナミの目に、左肩の刺青(タトゥー)が眼に入る。

 忌々しい、8年もの月日を、母を、そして家族を、全て奪い取っていく憎い男の紋章に、ナミの怒りが膨れ上がる。

 それが目に入る事さえ憎くて、ナミは刃を自分の肩に突き立てていた。

 

「アーロン!!! アーロン!!! アーロン!!!!」

 

 何度も何度も、自分の左腕が真っ赤に染まっても刃を突き立てることをやめない。

 痛みなどほとんど感じない。村人たちを止められなかった自分を責め、傷ついていく自分の心の痛みの方が、はるかに苦しく辛かったから。

 その時不意に、深々と傷をえぐるナミの手が、小さな手に止められた。

 

「そんなことしても、何の意味もない………あんたが痛いだけ」

「エレノア…‼」

 

 背後に音もなく降り立った、鋼の義足をもつ天使。

 悲しげに見つめてくる金の瞳に、近づいてくる麦わら帽の青年に、ナミはきっと鋭い目を向ける。

 今はもう、誰の顔も見たくはなかった。何もできなかった自分の姿を、誰にも見てほしくはなかった。

 

「ルフィ…‼ なによ…‼ 何も知らないくせに…!!!」

「うん、知らねェ」

「だって、あなたは何も言ってくれないから」

「あんた達には関係ないから…‼ 島から出てけって……‼ 言ったでしょう!!?」

「ああ、言われた」

 

 地面の砂を振りまき、八つ当たりのような拒絶を見せる。

 ボロボロとみっともなく涙があふれて止められず、体の震えも抑えられない。

 一度突き放した相手に言うのはおかしいとわかっている。だがそれでもナミは、何も言わずにそこにいてくれている彼らに、縋らずにはいられなかった。

 

「ルフィ………エレノア………助けて…」

 

 ナミが初めて見せた、弱々しく縋り付く姿。

 ルフィは無言で近づくと、ナミの頭に自分の麦わら帽子をかぶせる。

 誰にも触らせようとしなかった、傷つけられた時には烈火のごとき怒りを見せた、大切な帽子を。

 

「当たり前だ!!!!!」

 

 ルフィもまた、自分の胸の内で燃える激昂を解き放ち、凄まじい怒号を放つ。

 彼の向かう先にはすでに、戦闘態勢に入った仲間たちが待っていた。

 

「いくぞ」

「「「「オオッ!!!」」」」

 

 

 それぞれ武器を手に、アーロンパークへと集った村人たちだったが、その門の前には先客の姿があった。

 

「おいっ‼ 大丈夫かあんた達‼ アーロンにやられたのか⁉」

「悪いがそこをどいてくれ、おれ達も魚人に用がある!!!」

 

 閉ざされた門の前に陣取っているのは、血まみれで座り込む二人組の男たち。

 ゾロたちと別れたばかりの、ヨサクとジョニーであった。

 

「フン…ナミの姉貴の侘びのつもりで挑んだが、紙一重で敗けちまった……!!!」

「林の中で真相聞いてりゃ、おれ達のとんだ勘違い。姉貴にゃ会わせる顔がねェ」

「悪ィが勝機もねぇあんた達にこの扉は譲れねェ‼」

「ここへ必ずやってくるある男たちを、あっしらは待ってるんでね」

「……………!!? ある男達⁉」

 

 自分たちが挑み、敗北した相手の元に村人たちを向かわせまいと、その場を微塵も動こうとしない二人の賞金稼ぎ。

 そんな二人の目に、ある一団の姿が映る。

 目に見えるほどの怒りを燃やし、倒すべき敵の元へと近づいていく5人の戦士。

 その一人、黒髪の青年が大きく拳を振り上げ、固く閉ざされた門を力尽くでぶち破った。

 

「アーロンっての、どいつだ」

「何だ…あいつァ」

 

 無作法に侵入してきた青年たちに、デッキチェアーに座っていたアーロンは苛立たし気に目を向けた。

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