ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第36話〝今こそ立ち上がれ!〟

「アーロンってのァ、おれの名だが……?」

 

 デッキチェアに不遜にもたれかかったまま、島の支配者は横柄に答える。

 気だるげに、そして不機嫌そうに向ける目には、黒髪の青年とフードの少女が映っていた。

 

「おれはルフィ」

「エレノア」

 

 アーロンと同じく不遜に答える二人の海賊。

 自分の城に無遠慮に足を踏み入れられ、激しい怒りを宿した目は真っ直ぐにアーロンを見つめ、射抜く。

 

 

「そうか…てめぇらは何だ?」

「「海賊」」

 

 会話すら鬱陶しいとばかりに短く答え、ズンズンと進んでいく二人。

 その前に魚人達が立ちはだかり、下卑た笑みを浮かべてその肩を押しとどめた。

 

「おい、待てよてめェ」

「へへへ、どこへ行くんだ。まずはおれ達に話を通してもらわねェと困るぜ」

「なァおい…」

「止まらねェと……」

 

 力も劣る、下等種族である人間を見下している魚人達はへらへらとルフィ達を見下ろす。

 邪魔をする魚人達に、二人は無言で手を伸ばした。

 

「どけ」

「!!?」

 

 ゴキンッ!!! ドシャァッ!! と。

 いらだたしげに答えたルフィが二人の魚人の後頭部をつかんで互いにぶつけあわせ、エレノアが軽くその場で投げ飛ばす。

 大した力を入れていないように見えたために、見ようによっては勝手に倒れたように見えていた。

 

「!」

「な…」

 

 同胞が簡単にのされたことと、仲間に手を出されたことに目を見開くアーロンとその一味。

 突き刺すような視線も気にせず、二人はアーロンの目前にまで進んでいく。

 

「海賊がおれに何の用だ」

 

 傲慢な態度を崩そうともしないアーロンに、フンッと鼻息荒く向かおうとするルフィを抑え、エレノアがアーロンを見つめた。

 

「交渉しに来たんだ」

「交渉だァ…?」

「そ。交渉」

 

 ギロリと見下すアーロンに微塵も臆さず、エレノアはフードの下でニヤリと笑う。

 

「あんた、1億ベリーであの村を売ってやるって言ったんだってね」

「ンァ? ああ…ナミとの約束か。シャハハ、どっから聞きつけたかは知らねェが、てめェには関係ねェ話だぜ」

「あるさ。あの村を、私が買おうと言ってるんだ」

 

 エレノアの言葉に、魚人たちの表情に苛立ちが生じた。

 見るからに子供の戯れ言だが、下等種族と見下している人間から、そんな冗談のような提案を聞かされること自体が不快な様であった。

 

「おいおい冗談きついぜ。おれは相手がナミだったからあんな破格の値段で売ってやるって言ったんだ。何処の馬の骨ともしれねぇ奴にそんな額で売るつもりは……」

「10億ベリー」

 

 ほんのはした金とでも言うように、エレノアは表情一つ変えずに告げた。

 一瞬だけ無音になるアーロンパークだったが、少し遅れて魚人達に驚愕と動揺した様子が表れ始めた。

 

「何…?」

「ニュ~!!? じゅ、10億ベリ~!!?」

 

 一部の魚人達は舐められていると思ったのか、エレノアに対して怒りの視線を向ける。ハチだけが、本気で驚愕した様子で大きく目を見開いていた。

 その中でも、アーロンはひときわ強くエレノアを睨みつけ、ギリギリと牙を食いしばった。

 

「………おい小娘、このおれを前に大したハッタリをかませるもんだな……⁉」

 

 エレノアはアーロン達の怒りの形相も微塵も気にした様子はなく、テクテクとアーロンパークの柱の方に歩いていく。

 訝しげに見つめてくる魚人達の前で両手をパチンと合わせたエレノアは、叩きつけるように柱に触れた。

 その瞬間、青い閃光とともに柱の色が変わり始めた。

 

「………!!?」

 

 目を見開くアーロン達の前で、ただの石柱がみるみるうちに眩しい輝きを放ち始める。

 エレノアの姿が全て映るほどの反射性を持つ、黄金色の金属の塊に。それがなんなのかわからないものは、アーロンの一味にも島の住民達にもいなかった。

 あっという間にエレノアの触れた石柱は、大きさもそのままに黄金の塊へと変化した。

 

「……どう? これで10億ベリーには十分だと思うけど」

 

 キラキラと眩しい輝きを前に、エレノアは自信満々に尋ねる。

 エレノアの言葉に、一切の偽りはなかった。本気でエレノアは、ココヤシ村を買うつもりだった。

 

「お、黄金………⁉」

「さぁ、どうなんだい? 私はちゃんと10億ベリー出して見せた。あんた達も、ちゃんと約束を守って見せたらどうなんだい? それとも、あんた達魚人海賊団は約束も守れないようなクソったれな集団なの?」

 

 目の前で起きている信じられない光景に、魚人海賊達は言葉を失い、立ち尽くす。

 ただ一人、アーロンだけがエレノアを凝視し、その目に見る見るうちに怒りを募らせていった。

 

「……人間ごときが、このおれ様たちをコケにしやがって……‼」

 

 ビキビキと顔の血管を浮き立たせるアーロンに気づき、魚人たちはようやく我に返った。

 理解のできない、不可思議な力を使うようだが、所詮は下等生物であると思いなおしたようだ。

 

「バカが‼ てめーらごときと対等な約束なんざ成立するわけねェだろうが!!!」

「テメェが黄金を作れるってんなら、一生俺たちの下で使ってやるだけだァ!!!」

 

 正確な海図を描けるナミだけではない、無限の黄金を生み出せる少女も手に入れれば、アーロン帝国実現の大きな足掛かりとなるだろう。

 そう考えた不埒者たちが少女を狙い、下卑た表情で襲い掛かる。

 

「雑魚はクソ引っ込んでろ!!!」

「!!? ぐあああっ!!!」

 

 しかし魚人たちの手がエレノアにかかる直前で、黒い蹴りの嵐が魚人たちに襲い掛かる。

 海のコックの足技によって、強大な力を持つ戦士たちが冗談のように吹き飛ばされる光景に、アーロンはより強い怒りの炎を燃やした。

 

「――もー、エレノアちゃんたら一人で突っ走らないでよ」

「別に、おれ負けねェもんよ‼」

「バーカ。おれが、いつてめェの身ィ心配したよ‼」

 

 不満げに返すルフィに、サンジは呆れたように返す。

 言われなくとも、ルフィがこの程度の相手にやられるとは思ってさえいなかった。

 

「獲物を独り占めすんなっつってんだ」

「そうか」

「えー、だってムカつくんだもん」

「お…おれは、別にかまわねェぞ、ルフィ、エレノア」

「…たいした根性だよお前は…」

 

 ルフィとエレノアのもとに、ぞくぞくと仲間たちが集まっていく。

 少し離れたところで胸を張るウソップには、ゾロが呆れたように肩をすくめた。

 

「ロロノア・ゾロ…‼」

「だろ‼ あいつだろ‼ おれをダマしやがったんだ‼ まんまとのせられた……いや‼ のせてやったんだがよ‼」

「長ェ鼻の男が…、生きてる……‼」

「死んだはずじゃ…‼」

「海賊か………なるほどてめェらそういうつながりだったか」

 

 ウソップがピンピンした様子でこの場にいることに、魚人たちの間に動揺が走る。

 散々ここで暴れまわったゾロと、ナミの手によって死んだはずの男がともにいることで、アーロンは彼らの関係性を一瞬にして理解した。

 無論、ナミとの関係も。

 

「最初から、ナミを逃がすつもりはなかったわけだね」

「シャハハハ‼ たった5匹の下等生物に何ができる!!!」

 

 表には出さないが、エレノアの内心もぐつぐつと煮えたぎっていた。

 同じ女として、大切なものを守ろうとしたナミの想いを踏みにじった彼らが許せなかったのだ。

 ナミが願ったから、手を出すことをよしとしなかった。

 だが約束が破られた今は、もう彼女たちを止めるものは何もなかった。

 

「バカヤロォ、お前らなんかアーロンさんが相手にするかァ、餌にしてやる!!! 出てこい、巨大なる戦闘員よ!!!!」

 

 身の程を知らず挑んできた人間たちを嘲笑し、ハチが自分の唇を掴んでラッパのように吹き鳴らす。

 その直後、ごぼごぼと海面に泡がたち、波がうねり始めた。海の底から、何か大きな生物が上がってこようとしているようだ。

 

「な…まさか…」

「何だ何だ何事だ!!!」

「ゴサを潰した〝偉大なる航路(グランドライン)〟の怪物か…!!?」

 

 アーロンパークの外から見守っていた村人たちの表情に、戦慄が生じる。

 たった一体で村を一つ壊滅させた本物の化け物が呼び出されたことで、あの勇敢な青年たちもただでは済まないと恐怖が芽生えてしまっていた。

 

「出て来い、モーム!!!」

 

 ハチの声で、ついにその怪物が姿を現す。

 海上にそびえたつ巨大な体、頭から生える二本の太い角、人間数人をまとめて呑み込めるような巨大な口。

偉大なる航路(グランドライン)〟に生息する怪物が。

 

「モォ~…」

 

 頭にでかいたんこぶをつけ、涙目で上がってきた。

 

「出たァ~~っ‼ 怪物だ~~~~っ!!!」

「は…………?」

「あれが……海牛モーム………!!!」

 

 ウソップが悲鳴を上げ、ハチが戸惑ったような声を上げ、村人たちが言葉を失う。

 その場にいた者たちが様々な反応を見せる中、モームは辛そうな顔で辺りを見渡した。

 その目に、真下から見上げてくる小さな少女の姿が入った。

 

「あァ、どんな奴が出てくるかと思ったら……君かァ」

 

 聞こえてきたその声に、モームはびくっと体を震わせる。

 エレノアだけではない、そばにいるルフィもサンジも、モームにとっては恐るべき恐怖の対象であった。

 ガタガタと震えるモームに、エレノアはフードの下でにっこりと笑みを浮かべた。

 

今晩の食材に決定だね

 

 それは端から見れば、天使のような慈愛に満ちた笑顔。

 しかし視線を向けられているモームにしてみれば、自分の命を虎視眈々と狙う悪魔の笑顔にしか見えなかった。

 

「ンモ………!!!」

「待てモーム‼ どこへ行く!!!」

 

 ぶるりと身を震わせたモームは、そろそろと海の中に潜っていこうとする。

 ハチが慌てて呼び止めるが、もっと怖い存在に睨まれているからには逃げる以外の選択肢はなかった。

 だが、そんな彼の背にアーロンがぎろりと目を向けた。

 

「モーム…何やってんだてめェ…まァお前が逃げてェんなら、別に引き留めはしねェが? なァ、モーム」

 

 その瞬間、モームの背筋にぞくっ‼と寒気が走る。

 エレノアの殺気を上回る強大な負の気配に、モームの恐怖心は簡単に上書きされた。

 逃げれば殺される、逃げなくても殺される。退路を完全に阻まれ、モームはついに牙を剥いた。

 

「モオオオオオオ!!!!」

「きたァ!!!!」

「よっしゃモームに続けェ!!!」

「出しゃばった下等種族の末路を教えてやる!!!」

 

 やけになったモームを筆頭に、武器を手にした魚人たちが波のように押し寄せてくる。

 ウソップはこの世の終わりのような悲鳴を上げるが、反対にゾロとサンジ、エレノアは好戦的な笑みを浮かべて得物を構えた。

 

「おれがやる!!! 時間のムダだ!!!」

 

 だがそれより先に、鼻息を荒くしたルフィが拳を合わせて前に出た。闘牛のように、憤怒の形相で向かってくる魚人たちを睨みつけていた。

 

「ぬうァ‼ ふんっ!!!」

 

 怒涛の勢いで向かってくる魚人たちを前に、ルフィは相撲の四股を踏むように地面を踏みつけ、足を深々とめり込ませる。杭のように自分の足を打ち付け、ルフィはその場に体を固定した。

 

「何をする気だあんにゃろ」

「いい予感はしねェな」

「とりあえずいったん退避しとく?」

 

 そこはかとなく漂う嫌な予感に、ゾロたちは頬を引きつらせて目を合わせる。

 どんどん距離を詰めてくる魚人たちを前に、よけることも逃げることもできなくなったルフィを、ウソップは戸惑ったように凝視した。

 

「おい、逃げろ‼」

「何⁉ 何すんだあいつは⁉」

「知らねェ!!!」

「ろくでもないってことだけは確か!!!」

 

 慌ててその場から離れていくエレノアたちをよそに、ルフィは腕を伸ばすとモームの頭の角をがっしりと掴む。

 驚きで足を止める魚人たちに構わず、ルフィは渾身の力で腕を引き、モームの巨体を引きずり回す。自分の体を限界までねじり、徐々にモームを振り回す勢いを強めていった。

 

「〝ゴムゴムのォ〟!!!〝風車〟!!!!」

「ぎあああああああ!!!!」

 

 それはまるで、台風のような力であった。

 モームの巨体を武器に、集まっていた魚人たちをあっという間に一網打尽にしてしまう。加速したモームの重量をまともに受けた魚人たちは、何が何だか理解もできない間にのされてしまっていた。

 ばらばらと吹き飛ばされていく同胞たちを目の当たりにし、アーロンの目が天に向かって吊り上がっていった。

 

「おれはこんな奴ら相手しに来たんじゃねェぞ‼ おれがブッ飛ばしてェのは、お前だよっ!!!!」

 

 激しく息を切らせ、ルフィはアーロンに指を突きつける。

 たのもしさなど感じられない不安な姿であったが、その声には無視できない力を有していた。

 名指しで呼ばれたアーロンの額に、無数の血管が浮かんだ。

 

「そいつは丁度よかった。おれも今、てめェを殺してやろうと思ったとこだ」

「どうやら…我々もやらねばならんらしい」

「同胞達をよくもォオオ!!!」

「種族の差ってやつを教えてやらなきゃな、チュッ♡」

「久々に骨が折れそうじゃのゥ…」

 

 アーロンの怒りに呼応するように、幹部の四人が続々と立ち上がる。

 入って来て早々にこれだけのことをやらかした人間たちに、彼らもまた怒りを燃やしていた。

 

「主力登場か…」

「あのサメのおじーさんどっかで見たな…」

「危ねェだろうがてめェ‼」

「おれ達まで殺す気かァ‼」

「あ…」

 

 殺気を膨らませる5人の魚人たちに、ゾロは刀を抜きながら舌なめずりをし、エレノアは妙な既視感に首をかしげる。

 一方で危うく巻き込まれかけたサンジとウソップに小突かれるルフィは、何かやらかしたというように引き攣った表情を浮かべていた。

 そんな彼らを呆然と見つめるのは、村人たちであった。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟の怪物を…振り回すなんて…‼」

「なんという…破壊力…信じられない………‼」

 

 魚人たちにも劣らない力を見せつけた麦わら帽の青年に、村人たちは開いた口が塞がらない。

 絶望しかなかったこの状況に、希望の光が察したように思え始めていた。

 

「魚人と渡り合える人間がいるなんて。これが、この世の戦いなのか…⁉」」

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