ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第3話〝虎と狐と鼠〟

「…これは中尉殿。こんなムサ苦しい所へようこそ」

「あいさつはいい。このところ税金を滞納しておるようだな、お前のところに限らず、この町全体に言える事だが…」

 

 ホコリっぽい酒場の中で、親方と細身の海兵が睨み合う。

 細長い顔立ちで、かなり後退した髪や鋭い目つきが嫌味っぽさを感じさせる、神経質そうな男が嫌味を垂れる。この鼠を思わせる男こそがヨキ、この島の海軍基地の中尉だ。

 親方も負けず睨みつけるが、両脇に一人ずつ待機している屈強な海兵に阻まれてあまり効果を見せなかった。

 

「すみませんね。どうにも稼ぎが少ないもんで」

「ふん…そのくせまだ酒をたしなむだけの生活の余裕はあるのか…ということは給料をもう少し下げてもいいという事か?」

「なっ!」

 

 せめて皮肉で対抗しようとするが、逆にそれを利用されて更なる横暴のきっかけを作ってしまう。

 ただでさえスズメの涙である給料を下げられては、自分たちは飢え死にすることは間違いない。それをわかって、反抗的な態度を咎めているのだ、この男は。

 

「なんだその反抗的な目は? 大佐の耳にこの事が入ればどうなるか、わからないわけではあるまい?」

「てめェ…ふざけんな‼」

 

 我慢の限界に達したカヤルが、つい握りしめていた使い古しのぞうきんを投げつけてしまう。

 ヨキの顔面に命中し、びちゃっと張り付いたぞうきんを見て、部下の海兵が眉を吊り上げた。

 

「中尉‼ …っのガキ‼」

 

 殴りかかりそうになった時、張り付いたぞうきんを外して捨てたヨキが手を振るった。

 大した力ではなかったが、体格の差でカヤルは盛大に殴り飛ばされてしまった。

 汚らしいものに触れてしまったというように、手袋を捨てたヨキは顎で部下の海兵に示す。すると部下は頷き、腰に下げていた剣をすらりと抜き始めた。

 

「子供だからとて容赦はせんぞ…………みせしめだ」

「‼ 逃げろカヤル!!!」

 

 明らかに殺傷する気配の海兵に親方は慌て、息子のもとに走ろうとするがどう見ても間に合わない。

 殴られたカヤルは動くことができず、迫りくる刃を前に固く目をつむることしかできなかった。

 が、その刃が届くことはなかった。

 

 カヤルと海兵の間に割り込んだエレノアが、刃に向けて自分の片足を盾にしたからだ。

 

「!!?」

 

 ガキン!!! と。

 名刀ではないが鋭い切れ味の刃はエレノアの足を両断することなく、逆にぽっきりと根元から折れてしまった。

 

「…ええ!!?」

 

 予想外の事態に海兵はおののき、使い物にならなくなった自分の剣を呆然と見下ろす。

 それはヨキも、そして親方も同じようで、突然割り込んできた相手を思わず凝視してしまっていた。

 

「あ、あんた……」

「よ、親方。さっきぶり」

「な、なんだ貴様は⁉ どこの小僧だ!!?」

「どうも、通りすがりの小僧……って誰が小僧だ‼」

 

 ローブのせいで仕方がないが、性別を間違われたエレノアはくわっと目を吊り上げる。

 見慣れない相手に警戒する海兵とヨキに相対し、怒りを抑えたエレノアは呆れたため息をついた。

 

「さすがにさぁ、海兵がちょっとおいたしたぐらいの子供に手を上げるのはやりすぎなんじゃないかなぁ? しかもそれ、確実に殺せるやつでしょ」

「お前には関係ない、引っ込んでおれ‼」

「おー怖い怖い。さすが中尉殿は言うことが違いますなぁ…勘違いしたネズミヤロウが」

 

 心底見下したような冷たい声に、ヨキの血管がぶちりと切れる。

 腰に下げた銃を抜くと、エレノアに照準を合わせながら海兵たちにも視線で命じ、剣を抜かせた。

 

「……‼ こいつっ…」

 

 一人の少女を相手に、大の大人が三人がかりで襲い掛かろうとしている姿に、周りの者たちも思わず止めに入ろうとするが、当のエレノアに慌てる様子はなかった。

 おもむろに出した両手のひらをパチンと合わせたかと思うと、自分の足元にポンとおいて見せた。

 

「ほい」

 

 その瞬間、青い閃光が走って周囲を明るく照らし出す。

 と思った直後、何の変哲もない床がいきなり変形し、太い角材へと形を変えて急速な勢いでヨキたちに向かっていったのだ。

 

「!!!??」

 

 ヨキと海兵たちはそれぞれ腹やあごに強烈な一撃を受け、白目をむいて転倒する。

 ガタガターンと埃を巻き上げて倒れていく姿に、エレノアは満足そうにため息をついた。

 

「……なんてことを」

 

 しんと静まり返った酒場の中で、誰かの声が妙に響いた。

 無理もない。今日出会ったばかりの客が、誰もが逆らうことができなかった相手に喧嘩を売ったどころか、よくわからない力で一瞬でのしてしまったのだから。

 転んだ拍子に頭を打ったらしいヨキはよろよろと顔を上げ、わなわなと肩を震わせると耳障りな金切り声を上げた。

 

「き、貴様ぁ!!! 殴ったな!!? このヨキ様を殴ったな!!?」

「キンキンうっとうしい声で騒ぐからさ、物理的に黙らせてやったんだよ。文句ある?」

「このっ…言わせておけば…‼」

 

 グラグラ視界が揺れる中、憎々し気に睨みつけるヨキだが、エレノアにはそれはただの虚勢にしか見えない。

 激昂するヨキに、我に返った海兵が真っ青な顔で耳打ちをした。

 

「マズいですよ中尉! こいつの今の技…錬金術とかいうやつですよ⁉ さすがに分が悪いですって!」

「っ!!! 覚えていろ!!! このことは大佐に報告させてもらうからな!!!」

 

 相手が悪いことを理解したヨキは顔を引きつらせ、思わずその場から後ずさる。

 意識が混濁しているもう片方の海兵を促すと、ヨキはありがちな捨て台詞を吐いて店の外に向かった。

 追撃しようかと踏み出しかけたエレノアだったが、その前に親方やカヤルが慌てて立ちふさがった。

 

「やれやれ…」

「お、おい…自分が何したかわかってんのか⁉ 中尉は本気で大佐にばらすぞ⁉」

「今からでも遅くねぇ! 見つからねぇうちに逃げたほうが…」

 

 その場にいた全員が一斉にエレノアの身を案じるが、彼女にとってはそれは余計なお世話である。

 思わずため息をつき、心配そうな表情を浮かべている大人たちを睨みつけた。

 

「ちょっと待ってなさいよ、腰抜けの筋肉だるまども」

「⁉」

 

 思わぬセリフに固まる炭鉱夫たちを一瞥し、包囲を潜り抜けてエレノアは歩き出す。

 呆然と見つめてくる腑抜けたちに、エレノアはフードの下から小ばかにしたような目を向けた。

 

「ガワだけで何もできないあんたらの代わりに、私がこの島の海軍基地をぶっ潰してきてやるからさ」

 

⚓️

 

「おれは、偉い」

 

 海軍基地の最上階にある執務室で、豪華な椅子に座った男がつぶやいた。

 呟いたというよりも、その言葉を自分でかみしめているようなはっきりとした声だった。

 

「はっ、何しろ大佐でありますから‼ モーガン大佐」

「その割には、近頃町民どもの〝貢ぎ〟が少ねェんじゃねぇか?」

「はっ! その…」

 

 大佐の言葉に思わず部下は顔を青くさせる。

 モーガン大佐が就任してからというもの、すでに税金以上の徴収が連日行われ、町民たちの財布は火の車となっている。

 無論海兵たちもさぼっているわけではないが、どんどん額が吊り上がっていく税率は海兵たちから見ても無茶苦茶に思えた。

 

「懐は問題じゃねぇ…、要は俺への敬服度だ‼」

 

 しかしそれを口にすることはできない。

 それだけの迫力を、モーガンは常に放っていたからだ。

 

「親父っ!!!」

「大佐っ!!!」

「どうしたヘルメッポにヨキ。騒々しいぞ」

 

 息子と部下が同時に執務室に駆け込んできても、モーガンは面倒くさそうに視線を向けるだけで振り向きもしない。

 それでも気にせず、ヘルメッポは赤く腫れた顔を涙で濡らしながら怒りをこらえて言った。

 

「ブッ殺してほしい奴が、いるんだよ!!!」

 

 ヘルメッポの隣で、顎を赤くしたヨキもうんうんと強くうなずいた。

 

⚓️

 

「急げ! 明日にはお披露目だぞ‼︎」

 

 屋上に集まった海兵たちが慌ただしく動き、横に倒された石の塊にロープを通す作業を施している。

 本来巡回やら訓練やら、治安を守るための仕事に専念しているはずの彼らが、今はなぜか一心不乱に石像の至るところにロープを結ぶ作業に集中している。

 それも何かに急かされているように引きつった顔で、異常な光景であることは確かだ。

 

「注意しろ! 少しでも傷がついたら大佐に何をされるかわからんぞ‼︎」

 

 両手を広げた、片腕が斧になった大男の像。

 そのモデルこそ、この島で恐れられている男、モーガン大佐であった。

 

「…う〜わ、やっぱろくでもないとこだった。どうしよっかなこれ」

 

 その光景を、いつの間にか基地内に侵入したエレノアは、扉の影から引きつった顔で凝視する。

 権力の象徴を無駄に金をかけた像で示そうとしたり、それをよりによって海兵にやらせていたりと随分やりたい放題だ。きっとその資金源も島の住人たちの税金によるものであろう。

 大した英雄である。

 

「…っと、こんなところで油売ってる場合じゃないね」

 

 この島の海兵の腐りっぷりに呆れていたエレノアは、本来の目的を思い出してその場を離れる。

 目的地は、あの男の得物が隠されている場所だ。

 

「ゾロくんの剣はどこかしら〜…っと」

 

 聞くところによれば、彼の得物は刀なのだとか。

 取引材料というわけではないが、持って行ってやればいい印象を抱いてくれるのではないだろうか。

 そう思って通路を歩いていたエレノアだったが、片っ端から部屋を開けて言ってもなかなか見つからない。

 武器庫か倉庫か、とにかく刀を隠しておくのによさそうな部屋は全部探したつもりだが、それでも一向に見つからなかった。

 首をかしげるエレノアだがそのうち、何やら前方が騒がしいことに気がついた。

 

「…………ん?」

 

 目を凝らせば、向こう側から何者かが走ってきている。

 よく目を凝らせば、抱えられた男が盾にされ、悲鳴を上げながら全力疾走している。

 よくよく目を凝らせば、抱えている男は頭に見覚えのある麦わら帽子をかぶっているのが見えた。

 

「どけどけ〜!!! 刀はどこだぁぁぁぁ!!!」

「アンタ何やってんだぁぁぁぁぁ!!?」

 

 船長が、大勢の海兵を引き連れながら前方から向かってくるというありえない状況に、エレノアは思わず目をむいた。

 なにがどうしてこうなったというのか。

 

「エレノア! ゾロの刀知らねえか⁉」

「あ、うん。今探してるところ……ってそれどころじゃないでしょ!!!」

「じゃあ仕方ねえ。おい‼ 早くお前の部屋どこか教えろよ‼」

「だ…だがらやべろっで!!!」

「…ああ、こいつが例のバカ息子」

 

 ルフィに引きずられる変な髪形の男に、ヨキに似た匂いを感じて納得するエレノア。

 なるほど、腐っても大佐の息子であるために海兵の盾にしたのか。

 

「で、もしかしてゾロ君の刀って、そいつが持ってるの?」

「ああ、こいつの部屋にあるって‼」

「そうかなるほど。じゃあ吐け。今すぐキリキリ吐け」

「おばえらざっぎがらおでのあづがいざづすぎだろ!!!」

「……なんて?」

 

 涙声すぎて何と言ったのか判別できず聞き返してしまった。

 だがそんな中、エレノアの耳は窓の外、磔場のあたりから騒がしい声がしているのを捉えた。

 

「ん? なんかあそこでもやってるな…って」

 

 途中で立ち止まり、様子をうかがっていたエレノアは、思わず目を見開いた。

 

「コビー君⁉」

 

 磔になっている男、おそらくはロロノア・ゾロの足元近くに、肩を赤く染めたコビーが倒れこみ、泣き叫んでいた。

 彼のことだ。不当な理由で逮捕されたゾロのために、こっそり縄を解きに来たところを狙い撃ちされてしまったのだろう。

 あの様子では急所は外れたようだが、このままでは殺されてもおかしくはない。

 

「ルフィ、ゾロ君の剣は任せた‼」

「おう! さっさと言えっての‼」

「いででいでで言うっでイッでんだろが!!!」

 

 ルフィに断りを入れてから、エレノアはパンッと手のひらを打ち合わせ、窓と壁に向けて叩きつける。

 閃光とともに、邪魔な壁は分子レベルで分解され、砂のように崩れて大きな穴が開く。

 

「待っててね、コビー!」

 

 自分一人がくぐるに十分な穴をくぐったエレノアは、そのままコビーたちの方へ体を傾け、思いっきり壁を蹴って滑空(・・)を始めた。

 

⚓️

 

「モーガン大佐への反逆につき、お前たち二人を今、この場で処刑する!!!」

 

 磔にされたままのゾロと、侵入した罪に問われているコビーに一斉に銃が付きつけられる。

 絶体絶命のピンチに、コビーは真っ青な顔で涙を流した。

 

「ロロノア・ゾロ…、てめェの評判は聞いてたが、この俺を甘くみるなよ。貴様の強さなどおれの権力の前には、カス同然だ…!!!」

「全くその通りでございます‼ さあお前ら、大いに後悔するがいい‼ このモーガン大佐に、引いてはこのヨキ様に逆らったことをな!!!」

 

 片腕が斧になった大男、海軍大佐にしてこの島の実質的な支配者モーガンと、そのおこぼれで威張り散らしてい海軍中尉ヨキがゾロとコビーを睨みつける。特にヨキは、鬼の首でも取ったようないやらしい笑みを浮かべていた。

 

「構えろ‼」

(おれは…、こんなところで死ぬ訳にはいかねェんだ…………!!!)

 

 自分を狙う銃口を睨み返しながら、ゾロはままならない現実を呪う。

 始まりは、自分が通う剣術道場でのことだった。

 師範の娘・くいなにいつも負けてばかりであった少年ゾロは、毎日のように挑んでは連敗記録を重ねていた。

 何度挑んでも勝ち星を上げられないことに感情があふれ出し、情けなく泣きじゃくりながらくいなに自分の悔しさを吐露してしまった時、くいなもまた弱くなっていく自分自身の悔しさを初めて打ち明けた。

 ゾロはそんなくいなの言葉を逃げだといいのけ、いつか最強の剣豪の座をかけて努力を諦めないことを誓わせた。

 だが、約束は果たされなかった。

 階段で転んで頭を打ったくいなが、あっさりとこの世を去ってしまったのだ。

 動かないくいなに詰め寄っても返ってくる声はなく、ただ悔しさと悲しさだけが募るばかり。

 

 だから、彼は誓った。

 

 ―――おれ、あいつのぶんも強くなるから!!!

    天国までおれの名が届くように、

    世界一強い大剣豪になるからさ!!!!

 

 そう、くいなの父である師範に誓い、くいなの剣を受け継いだ。

 だから彼は、約束を違わない。

 こんなところで約束を破るわけには、絶対にいかなかった。

 

(約束したんだ………‼)

 

 理不尽が、彼と巻き込んでしまった少年を貫こうとした瞬間。

 

 ガギギギギギン!!!

 

 上空から突如割り込んだ影が、大きく伸びて銃弾の雨を受け止めてみせた。

 純白の翼のように見えたそれは、鋼の硬さを以って銃弾の衝撃をはじき、ゾロとコビーを守り抜いた。

 

「きかないよ、そんな鉄くずなんか」

 

 海兵たちに背を向けながら、自身の翼を広げた影……エレノアが小馬鹿にするように告げる。

 目の前に現れた異形を前におののく海兵たちを他所に、天使の少女はにっこりと笑いかけた。

 

「な、なんだお前!!?」

「エレノアさ~~~~ん!!!」

 

 初めて見る少女に驚くゾロと、再び間一髪で救われたコビー。

 二種類の声を受けたエレノアは、満足げにうなずいて見せた。

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