ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第39話〝私と一緒に死んで!!!〟

 重い沈黙が降りていた。

 目の前で繰り広げられていた信じられない光景に希望を抱き始めた矢先、それを簡単に覆い潰す絶望を目の当たりにし、言葉も出なかった。

 

「淡い…夢だったのか…⁉」

「…あ…あのサメ野郎何しやがった?」

「わからねェ。水をかけられたと思ったら、三人とも血ィ吐いて吹き飛んじまった‼」

 

 圧倒的な身体能力を持つ魚人たちを相手に、見事勝利を手にしたエレノアたち。

 しかしいま彼女たちは、たった一人の魚人を前に力なく倒れ伏してしまっていた。

 

「かはっ……‼ 撃水(うちみず)…か…‼」

「おォ…よく知ってんじゃねェか。てめェら程度の人間なら、直接手を触れなくても少量の水がありゃ十分に殺せる…これが魚人と人間の力の差だ」

 

 口から吐血しながら、手のひらで水滴をもてあそぶアーロンを睨みつける。

 信じられないことだが、アーロンはその場から一歩たりとも動かず、本気さえ出していなかった。

 

「フザけんな…!!!〝胸肉シュート〟!!!」

 

 激痛をこらえ、サンジがアーロンに蹴りをお見舞いする。

 しかし炸裂するよりも前に、無造作にアーロンが放った水滴が体に衝突する。

 それはまるで散弾銃のような衝撃を有し、サンジの体を軽々と吹き飛ばしてしまった。

 

「オェ…!!!」

「さっさとくたばれ。たいした価値はねェんだぜ? てめェらの命なんざァ…」

 

 とどめを刺すことも面倒くさそうに、もだえ苦しむサンジを見下ろすアーロン。

 ゾロもエレノアも、はるか上から見下してくるアーロンに反抗する余力さえ残されていなかった。

 

「アーロンッ!!!!」

 

 そんな時だった、絶望に染まりつつあった空気を切り裂く声が上がったのは。

 

「ナミ…」

「ナミさん……♡」

 

 肩に乱雑に包帯を巻き、硬い意志のこもった目でアーロンを睨むナミに、エレノアたちや村人たちのの視線が集まった。

 アーロンはさも愉し気に笑みを浮かべると、足元の惨状を見せつけるように手を広げた。

 

「今ちょうどどこぞの海賊どもをブチ殺そうとしてたとこだ。何しにここへ?」

「あんたを、殺しに……!!!」

「殺しに⁉ シャハハハハハハハハハ‼」

 

 ナミの言葉に、アーロンは馬鹿にするような盛大な笑い声をあげた。

 

「おれ達といた8年間…お前がおれを何度殺そうとした…? 暗殺…毒殺…奇襲…結果おれを殺せたか!!? 貴様ら人間ごときにゃおれを殺せねェことぐらい身に沁みてわかってるはずだ…!!!」

 

 エレノアはその言葉で、ナミが味わってきた8年間の苦しみの片鱗を感じて唇を噛む。

 ただ耐え続けただけではない。彼女は8年もの歳月の中、光を求めて必死に抗い続けていたのだ。

 

「いいか…おれはお前を殺さねェし…お前はおれから逃げられん…!!! お前は永久にウチの〝測量士〟でいてもらう……だが、おれも知っての通り気のいい男だ! 若い女を監禁などしたくねェ。お前には、できれば望んで測量士を続けてほしいもんだ」

 

 にやにやと笑いながら、アーロンはエレノアの壊れかけの義足を踏み潰す。

 痛みはないが、立ち上がるための足を踏みにじられるという屈辱で、エレノアの表情は険しくなった。

 

「……おれはこれからここにいるお前以外の人間を、全員ブチ殺すことになるわけだが…お前が、もしまた〝アーロン一味〟に快く戻り、幹部として海図を描くというのなら、そこにいるココヤシ村の連中だけは助けてやってもいい……‼ まあ…こいつらはダメだがな。暴れすぎた。要はどっちにつくかだ…」

 

 ぞくりとナミの背筋に寒気が走る。

 アーロンの残酷な提案、いや最早一択しか残されていない強要からは、絶望しか感じられなかった。

 

「今の内におれについて村人と共に助かるか、この貧弱どもについてみんなで、おれと戦ってみるか…………‼ ……最も頼りのこいつらがこのザマじゃあ惨劇は目に見えてるがな…‼ ナミ…!!! お前はおれの仲間か? それともこいつらの仲間か…?」

「……!!! てめェ…‼」

 

 アーロンにナミを解放する意思はさらさらなかった。

 ルフィたちを選べば村人たちが、村人たちを選べばルフィたちが殺される。

『希望』を選んで『宝』を奪われるか、『宝』を選んで『希望』を捨てるか。どの結果を選んでも、ナミの心は折られることは間違いなかった。

 

「ごめんみんな!!!」

 

 だがナミの顔に、絶望はなかった。

 少しだけ迷ったナミは、村人たちに笑みを見せて決断を伝えた。

 

「私と一緒に、死んで!!!」

「「「「「ぃよしきたァ!!!!」」」」」

 

 彼らは『希望』にすべてを託すことを決めた。

 どんな結果が待っていようとも、力に屈しない未来を選んだのだ。

 

 その決意に、彼は応えた。

 

「ブゥ――――ッ!!!! …っっぱァ!!!!」

 

 突如アーロンパークの端の物陰から、盛大な水の柱が立ち上がった。

 噴水のごとき水の勢いと人の声に、アーロンは表情を変えて目を見開いた。

 

「何だ!!?」

「きたか! あとは足枷を外すだけだ‼」

「! …なんだ、そういうことか…」

「了解ィ…‼」

 

 理解が追い付いていないアーロンをよそに、エレノアたちは全てを把握して笑みを浮かべる。

 サンジの言葉と、今この場にいない彼のことを思い出したことで、己がなすべきことを見出した。

 

「30秒‼ それ以上はもたねェ」

「それで充分だ‼」

 

 満身創痍の体を無理矢理起こし、ゾロとエレノアがよろよろと立ち上がる。

 その間に、サンジが勢いよく水中に潜っていった。

 

「あんなところに噴水はねェぞ⁉ まさか、あのゴム野郎か!!?」

 

 すぐさまサンジを追おうとしたアーロンだが、その頬に小さな痛みが走る。

 つぅ…と流れ落ちる赤い血を目にし、アーロンはぎろりと突きつけられる刀の持ち主を睨みつけた。

 

「気にすんな。なんでもねェよ、半魚野郎」

「その言葉は二度と口にするなと言っといたはずだぜ、瀕死のロロノア・ゾロよ…」

 

 怒りに燃えるアーロンと不敵に笑うゾロ。

 すると今度は、アーロンの顔面にパキッと黄色い液体が炸裂した。

 

「〝卵星〟っ!!!! 援護するぞ、ゾロ!!!」

「ウソップ君⁉ いったいどこから…」

 

 魚人の一人を引き連れて逃げていったもう一人の声を聞き、エレノアは辺りを見渡す。

 そしてサンジが吹き飛ばされてできた穴から覗くウソップの姿を目にし、カクッと肩を落とした。

 

「存分に戦え!!!」

「そこかァ!!!」

「遠いよウソップ君…」

 

 だいぶ安全な場所で構えている彼に、ゾロとエレノアから呆れた視線が向けられる。

 ため息をつきながら、ゾロは槍を支えに立っているエレノアに横目を向けた。

 

「おい、片足のてめェはいい加減休んでろ。邪魔だ」

「冗談! できるわけないじゃん……せっかくこいつの顔面に一発ブチ込めるってのに」

 

 好戦的な笑みを浮かべ、エレノアはアーロンを見据える。

 ナミが耐えてきた8年間を自分でも叩きつけなければ気が済まないほど、彼女自身も怒りを燃やしていた。

 

「コックの兄貴だ!!! 海中で何が起きてんのか知らねぇが、コックの兄貴の行動が〝鍵〟なんだ!!!」

「ゾロの兄貴‼ エレノアの姉御‼ フンバレ――――――っ!!!」

 

 エレノアとゾロがアーロンを海中に向かわせないように振る舞っていることから、ヨサクとジョニーが察して応援の声を上げる。

 海中での異変に気付いているアーロンは、立ちはだかる二人を心底邪魔そうに睨みつけた。

 

「悪魔の実の能力者は海中じゃあその能力はもちろん、もがく力すら奪われ死ぬはずだ。そいつが、まだ生きてるとすりゃあ誰かがこの戦い(ゲーム)に水を差してるってことになる!!!」

「水を差すゥ? もともとそんな正当なゲームじゃなかったでしょうに‼」

「何にせよ邪魔者は確かめる必要がある!!! おれの前に立ちはだかるってこたァ、まずはてめェらが死にてェらしいな!!!」

 

 アーロンの殺意が、まずはエレノアとゾロに向けられる。

 エレノアたちの意図を察したウソップが、注意を引こうと大声をあげてアーロンを狙うが、彼が今構えているのは攻撃力皆無の輪ゴムであった。

 

「今だ、いけっゾロ」

「あんた何がしたいのよっ!!!」

 

 背後でそんなやり取りが行われていたが、当のアーロンは完全に無視していた。

 

「「その〝自慢の鼻〟へし折ってやる!!!」」

「バカが……ヘシ折れねぇから〝自慢の鼻〟だ!!!」

 

 エレノアとゾロによる同時攻撃が放たれるが、アーロンは何と自分のノコギリのような鼻で受け止め、微動だにしない。

 驚愕に目を見開く彼らに、アーロンは徐々に鋭く尖った鼻を押し付けていった。

 

「お前らがもし‼ 万全だったならば…‼ ……あるいは傷くらい残せたかもな!!!」

「くぅっ…‼ ……ん⁉」

 

 ギリギリと鼻先が迫り、二人の顔に焦燥が浮かぶ。

 その時ふと、背後で動いた影に気づいた二人が視線を向けた。

 なぜか全手のひらを前に出し、プルプルと目を瞑って震えているハチの姿に、その場にいた全員に困惑が生じた。

 

「は!!? しまった‼ 輪ゴムが飛んでくるかと思った!!!」

「何ィ―――――っ!!?」

「何――――――っ!!? みろ‼ 俺の狙いはあいつだったんだ!!!」

「アーロンって叫んでたでしょ」

 

 目論見が外れたが、これ幸いとアピールするウソップにナミのツッコミが飛ぶ。

 いつの間にか目を覚ましていたハチは、憤怒の表情でゾロたちを睨みつけた。

 

「お前らの思い通りにはさせんぞ…‼ ロロノア・ゾロ!!! それから…えっと…まァいいや‼ 海に入ったお前らの仲間を殺してやる!!!!」

 

 会話らしい会話をしていないエレノアだけ名前がわからなかったようだが、すぐに考えるのをやめてハチが海に飛び込む。

 先に海に入っていったサンジのことを見ていたのだ。

 

「しまっ…‼」

「くやしがることはねェ…どのみち、てめェら全員死ぬんだよ!!!!」

 

 アーロンの鼻が二人の得物を弾き、ゾロを踏みつける。

 バランスを崩したエレノアの胸に、アーロンの鼻が深々と突き刺さった。

 

「うわあああ!!!」

「エレノアァ!!!」

 

 返しが付いた凶悪な刃を受け、たまらずエレノアは悲鳴を上げる。

 アーロンは残虐な笑みを浮かべてエレノアの首を掴むと、もはや形を保っていない義足をぐしゃりと握りつぶした。

 

「たいそうなオモチャをぶら下げやがって……邪魔なんだよォ!!!」

 

 怒りのままに、邪魔なエレノアの衣服を引きちぎる。

 女を辱める行為に村人たちの間から悲鳴が上がりかけるが、その直後に見えたものにしんと静まり返った。

 

 エレノアの衣服の下に見えた、おびただしい傷跡を目にして。

 

(何だこのガキの体は………!!! 見える傷跡だけでも全部致命傷ばかりじゃねェか!!!)

 

 腹部に、胸に、背中に、肩に、無事な部分がほとんどないほどの、痛々しい傷跡。

 自分が付けたものだけではない、もっと前からあるらしい傷の数々に、さすがのアーロンも絶句する。

 海賊ゆえ、傷を負うことはあっても致命傷が残ることはあまりない。そんな傷を追えば魚人と言えど死ぬ可能性が高いからだ。

 しかしエレノアは、それだけの傷を受けながら生き延びている。

 そしてそれを悟らせないほど、気丈に戦っていた。

 

(こいつ………‼ ただのガキじゃねェ!!! 天族ってだけじゃねェ…何か得体の知れねェ凄みを感じる…!!!)

 

 もうまともに動くこともできないはずの少女を相手に、アーロンは気圧されていた。

 まるで、少女の姿をした化け物を相手にしてしまったかのように。

 

(こいつらは今…‼ 確実に、ここで殺しておかねばならん存在だ!!!)

「にゃ、ははは…」

「ア?」

 

 怒りではない、恐怖や焦りにも似た感情を抱いて身構えたアーロンに、エレノアの口から笑い声がこぼれる。

 

「…大人しくしてればよかったのに…ホントバカだね…!!!」

「…そういうことだな…てめェでてめェがおかしいか…」

「そっちじゃないよ…」

 

 エレノアがそうつぶやいた直後、はるか遠くから大きな水飛沫が上がる。

 深い深い海中から、ゴムの張力で飛び上がった青年が、歓喜の声を上げた。

 

「戻ったァ――っ!!!!」

「遅ェよ、バカ…!!!」

「にゃははは…!」

 

 耳に届く雄叫びに、ゾロとエレノアは勝利を確信した笑みを浮かべる。

 血まみれで身動きの取れない二人を目にしたルフィは、空中から勢いよく自分の腕を伸ばした。

 

「ゾロ!!! エレノア!!!」

 

 伸ばされた手は二人の体にぐるぐると巻き付き、しっかりと固定する。

 途端に感じる引っ張られる力に、二人の顔色は真っ青に染まった。

 

「オイ…やめろ…」

「ちょ…ま…まさか…」

「交替だ!!!」

「うわああああ!!!!」

「うにゃあああ!!!!」

「「「「「ドアホーッ!!!」」」」」

 

 空中のルフィが、引っ張り上げた二人をそのまま後ろに投げ飛ばす。

 強制的に戦線離脱させられたエレノアとゾロは悲鳴を上げ、あまりの暴挙にヨサクとジョニーたちから怒号が響き渡る。

 構わずルフィは、自分が倒すべき敵を鋭く見据えた。

 

「〝ゴムゴムの……鐘〟っ!!!! と…〝鞭〟っ!!!!〝銃弾(ブレッド)〟っ!!!!〝銃乱打(ガトリング)〟っ!!!!」

 

 立ったままであったアーロンに、ルフィの連続の猛攻が襲い掛かる。

 数々の敵を倒してきた豪華な必殺技の連撃により、アーロンの巨体が建物の壁に吹き飛ばされていった。

 だが彼は、けろりとした表情で体を起こした。

 

「…なにか…やったか?」

「き…効いてねェ!!!」

 

 人間であれば過剰なほどの攻撃を食らい、アーロンは平気な顔をしている。

 しかしルフィも、予想通りといった様子で指を鳴らしていた。

 

「うん、準備運動」

 

 

 一方で、思いっきり吹っ飛ばされた二人は、アーロンパークの入り口でぐったりと倒れ伏していた。

 あまりにも雑な扱いに、怒る気にもなれなかった。

 

「あいつ…コロス……」

「……もうツッコむ気にもならない…もう、無理だ……寝よう」

「おォ…」

 

 しかし、十分役目を果たしたことを思い出すと、二人はあっさりと意識を手放したのだった。

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