ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
さざ波の音で、エレノアは目を覚ました。
あちこちが痛み、骨が軋みを上げるのをこらえて背中を伸ばす。
ふとその目に、アーロンパークに近づいてくる一隻の軍艦を捉え、不快げに目を細めた。
「……ゾロ、きたよ」
「んァ? …………ああ」
しばらく隣で眠っていたゾロを揺さぶり、どうにか起こす。
彼にも近づいてくる軍艦の姿を見せると、満身創痍の体に叱咤して二人で立ち上がった。
「しょうがねェ、もうちっとやってやるか」
「ほいきた」
もうあっちは片が付いているだろう、そう考えたゾロとエレノアは最後の一仕事だと気合を入れ直した。
ルフィの放った最後の一撃により、完全に崩壊したアーロンパーク。
その瓦礫の頂上に立ち、ルフィはナミに大きな声で告げる。
「お前は俺の仲間だ!!!!」
「…………うん!!!」
ナミの痛みと苦しみが染み付いた部屋を破壊し、力の限り暴れまわった若き海賊の青年に、ナミは涙に濡れた目を向ける。
母の仇は、悲しみと憎しみの鎖は砕かれた。
8年もの間囚われ続けてきた娘はついに、自由を手に入れたのだ。
「よくやった」
「アーロンパークが落ちたァ!!!!」
それは皆、同じ気持ちであった。
理不尽な支配を受け、屈辱の中で生きながらえ続けてきた彼らに舞い降りてきた希望。
溢れ出す涙を止める術を、誰も持っていなかった。
「そこまでだ貴様らァ!!! チッチッチッチッチ!!!」
その時だった。歓喜の声を上げる島の住人たちの間に、空気をぶち壊す耳障りな雑音が混ざってきたのだ。
アーロンに買収され、ナミから1億ベリーを奪った外道である海軍大佐ネズミが、いやらしい笑みを浮かべてそこに立っていたのだ。
「あいつは…‼」
「なんと言う今日は
海兵たちを引き連れ、我が物顔でアーロンパーク跡地に入り込むその男に、住人たちから嫌悪の目が向けられた。
悪魔に魂を売った最低な人種に、誰もが歯を食いしばった。この男がいなければ、ここまでひどい事態にはなっていなかったかもしれないのに。
「だが、おかげでアーロンに渡すはずだった金も、このアーロンパークに貯えられた金品も全て私のものだ!!! 全員武器を捨てろ!!! 貴様らの手柄、この海軍第16支部大佐ネズミがもらったァあ!!!」
強欲にも、アーロンの持っていた全ても奪い取ろうとネズミが海兵たちに命じる。
しかし、邪魔な住人たちに手を上げてでも金銭を求めるその汚い心の持ち主に、ついに天罰が下った。
「うるせェハイエナどもがァ!!!!」
「あああああっ!!?」
赤黒い無数のトゲが地面から生え、海兵たちが吹っ飛ばされていく。
ボチャンボチャンと海に沈んでいく海兵たちに呆然となるネズミの後頭部が、万力のような力で締め上げられた。
「ゾロ‼ エレノア‼」
狙っていたかのようなタイミングで現れた二人の仲間に、ナミが笑顔を見せる。
ゾロはどう猛な笑みを浮かべて、ギリギリとネズミの頭を握りつぶさんばかりに締め上げた。
「人が大いに喜んでる所に」
「水差すんじゃないよ」
エレノアも怒りに満ちた笑みを浮かべながら、立ち尽くしている住人たちにキッと視線を向けた。
「ぶっ潰せ野郎ども‼ 魚人でないならこいつらなんかにあんたたちが敗けるかァ!!!」
「うおおおおお!!!!」
「ぎゃああああ!!!?」
その言葉でハッパをかけられた住人たちが、雄叫びをあげて海兵たちに襲いかかった。
助けを無視し、魚人に媚を売り、挙句に守るべき人々を足蹴にして甘い汁をすすっていたクズどもに、住人たちの溜まりに溜まった怒りが爆発したのだった。
数分後、一箇所にまとめられた海兵たちは、顔中腫れあげたボロボロの状態で山積みにされる。
一応残っていた理性により、人死にまでは出ていなかった。
「おばえらおでに手ェ出してびろ、ただじゃすばないがらなァ?」
「まだ言ってんのか…」
「あきれた連中…海軍の矜持も何もないただのゴミクズじゃないか」
もはや誰かもわからないほど殴られたネズミが、それでも傲慢な態度を崩さずに罵倒する。
エレノアでさえゴミを見るような目を向けていると、棒を持ったナミがネズミの正面にしゃがみこんだ。
「ノジコを撃った分と……ベルメールさんのみかん畑をぐちゃぐちゃにしてくれた分…」
「あァ‼」
ばかにするように声をあげたネズミの顔面に、ナミの渾身の薙が炸裂する。
さらに顔を膨らませ、血を吐いたネズミが地面に叩きつけられた。
「ィよっし!」
「ありがと! ナミ、スッキリしたよ」
「あと千発くらい入れてやれ‼」
思わずガッツポーズを取るエレノアに、ナミはブイっと指を二本立てて答える。
そしてしくしくと泣いているネズミの頬を掴むと、力の限り引っ張って鋭く睨みつけた。
「あんた達はこれから魚人達の片付け‼ ゴサ復興に協力‼ アーロンパークに残った金品には一切関与しないこと‼ あれは島のお金なの。それともう一つ、私のお金返して」
「いで―――いで―――ゆーとーりにしばす‼ がえすっすがえすっす‼」
痛みに耐性のないネズミはすぐさま約束し、手が離れたことで慌ててその場から逃走を開始する。
と言っても船は住民たちに占拠されてしまったために、海に飛び込んで泳いで支部まで戻る羽目になっていた。
「覚えてろこの腐れ海賊ども!!! 麦わらの男!!! 名前をルフィといったな!!! お前が船長なんだな!!? 忘れんな!!! テメェらすごいことになるぞ!!! おれを怒らせたんだ!!! 復讐してやる!!!!」
「………まだ反省が足りないようだね」
「ヒィイイイイ!!!」
散々ボロクソにされても偉そうな態度を崩さないネズミに見えるように、エレノアが手袋をつけた右手を掲げる。
何をしようとしているのかはわからないがとにかくヤバそうだと察し、ネズミたちは悲鳴を上げて全力で泳いで行った。
「すごいことになるってよ」
「何で、おれが海賊王になること知ってんだ」
「そうじゃねェだろ。バカだなお前」
「おい、どうする‼ マジですごいことになったらどうする!!?」
「負け犬の遠吠えってやつだよ。気にしないのが吉さ」
慌てふためくウソップに、肩をすくめて安堵を促す。
エレノアは心底疲れたという様子でため息をつき、もう一度ネズミが泳ぎ去った方を睨みつけた。
「さて、と」
「ん? おい、エレノア。なんだそりゃ」
「ああ、これ?」
おもむろにエレノアが取り出した棒状の何かに、ゾロが訝しげな目を向ける。
エレノアは少し得意げに、取り出したそれを見せた。
「いやァ、さっきのネズミ野郎があんまりにムカつくからさァ…………ちょっと制服に仕掛けておいたんだよね」
そう黒い笑みを浮かべて取り出したのは、何かやばい気配を発する小さなスイッチ。
ドクロマークが描かれたそれを見たウソップは、ぎょっと目を見開いた。
「げっ!!?」
「もう一発くらっとけ」
一切の情け容赦なく、エレノアはスイッチをポチッと押す。
その瞬間、ネズミ大佐が泳いでいるあたりの海で、どかーんと激しい水しぶきが上がったのが見えた。
「…………悪魔かお前は」
「てへ♡」
小悪魔の笑みを浮かべ、可愛らしく舌を出して頭を小突くエレノアだが、やった所業を考えればもう悪魔にしか見えなかった。
ウソップやゾロは戦慄の視線を向けるが、他のものたちはもうネズミのようなクズに構っている暇などなかった。
「さぁ、みんな!!! 私達だけ喜びにひたってる場合じゃないぞ!!!」
「この大事件を島の全員に知らせてやろう!!!」
「アーロンパークはもう滅んだんだ!!!」
歓声をあげ、この場にいいない人々に朗報を伝えるために一斉に走り出していく。
もう見ることはないとさえ思えていた光景をもう一度よく見渡しながら、ナミは穏やかな笑みを浮かべた。
―――終わったよ、ベルメールさん。
8年もかかったけど、やっとみんな、自由になれた‼
晴れやかな気持ちで、ナミは遠い天に行ってしまった母に心の中で伝えた。
「うぎゃああああああっ‼」
村の唯一の治療所から、凄まじい悲鳴が上がる。
死んでいてもおかしくない傷を負っていたゾロは、戦いが終わると問答無用でベッドの上に叩き込まれてしまい、ほとんど麻酔も無しの治療を受けさせられていた。
「バカモンが‼ こんな大傷自分で処理しおって‼ お前らの船にゃ〝船医〟もおらんのか⁉」
「いやー…知識はあっても技術がないもんで…」
「医者かー、それもいいな―…でも音楽家が先だよな」
「あんたのその謎のこだわりは一体何なわけ?」
「だって海賊は歌うんだぞ?」
旅を始めたときから微塵も変わっていない彼の謎の持論に、エレノアは思わず眉間にしわを寄せる。
しかしその目は、全く別のことを考えていっぱいになっていた。
「しっかし…ちょっとばかし暴れすぎちゃったかしら?」
なんとか海を泳ぎきり、支部の通信室にたどり着いたネズミ大佐。
彼は憤怒の形相で、八つ当たりのようにある電伝虫に取り付けられたダイヤルを回した。
「もしもし⁉」
『はい、海軍本部』
「もしもし!!? 本部か!!? こちら海軍第16支部大佐ネズミ!!!
『そう怒鳴らなくても聞こえてるよ』
怒りのままにまくしたてるネズミに、通信の向こう側の海兵は鬱陶しそうな声を返す。
所業はともかく性格は伝わっているのか、ネズミに対する態度はかなり悪かった。
「いいか⁉ 麦わら帽子をかぶった〝ルフィ〟という海賊‼ 背中に羽根を生やした〝エレノア〟という女海賊‼ 並びに以下4名の〝その一味〟を我が政府の『敵』とみなす!!!」
『ルフィ…とエレノア………ん? どっかで聞いた名だな』
通達された名前をメモする海兵だが、耳にした名前に覚えがあることを思い出して手を止める。
構わずネズミは、憎い連中を追い詰めるために通話を続けた。
「かのアーロンパークの〝アーロン一味〟を討ち崩す脅威、危険性を考慮の上その一味の船長の首に賞金を懸けられたし‼ 特にエレノアという女は危険だ!!!」
『了解』
「写真を
ネズミが用意した写真が、電伝虫を通じて相手側に伝わる。
すると、写真を受け取った海兵の表情がみるみるうちに強張り、驚愕の形で硬直してしまった。
「もっとマシな写真は撮れなかったのか」
「ええ、あれしか」
『…………早急な事実確認の後、上に承認を求める。だがその前に一つ』
「あァ⁉」
先ほどの海兵とは異なる声が聞こえてきたが、それに気づかずにネズミは偉そうな態度のまま反応する。
ネズミよりも上の階級であった海兵は、ぎりっと歯をくいしばると大きく息を吸い込み、ビリビリと振動する怒号を放った。
『貴様の目は節穴かァ!!?』
「へ…⁉ えっ、いや‼ 危険で凶悪な海賊と判断したからこそこうして…‼」
『もしくは貴様の頭がぼんくらかだ!!! この女が危険だと!!? そんなことはとうにわかっているわ!!! 貴様は〝
突然怒鳴られたネズミの思考が停止しかける。
支部では最も偉く、怒られた経験が全くと言っていいほどない彼には、通信相手が何に怒っているのか全くわからない。
通信相手の海兵は、怒りを押し殺した低い声で丁寧に説明してやることにした。
『奴こそ懸賞金1億の賞金首!!! すでに〝
「…………………え?」
全くの予想外の真相に、ネズミはしばらくの間考えることを放棄してしまった。