ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第41話〝回れ風車〟

 ―――また夜がやってきた。

    波は今日も静かだった。

 

    島を上げた盛大な宴はその夜も、また次の夜も終わることはなかった。

    人々は今のために生きたのだ。

    笑うために生きたのだから――。

 

「えー、おれ様が‼ 魚人の幹部を仕留めた、キャプテ~~~ンウソップだ‼ 歌います!!!」

「いいぞ兄ちゃん!」

「サインくれ!」

「あははははは、この2人踊れるぞ」

「ぎゃはははははは」

「6曲目‼『ウソップ応援歌』‼」

 

 急遽建てられた高い台の上で、メガホンを持ったウソップが音頭をとる。

 ヨサクとジョニーが村人達と代わる代わる踊り明かし、騒がしいくらいに笑い声が響き渡る。

 自由を掴み取った人々の心は、晴れ渡っていた。

 

 

 大きな喧騒が聞こえる村の広場から少し離れた、Dr.ナコーの診療所にて。

 ナミは、自ら傷つけた肩の治療を受けていた。

 アーロンによって刻まれた刺青を大きくえぐるように突き刺したナイフの傷は、思わず目を背けたくなるほど深いものだった。

 

「消える?」

「完全には無理じゃな。傷は多少残る。刺青っちゅうのはそういうモンじゃ」

「ごめんねナミ。私がもっと修復の錬金術が得意だったら…」

「ううん、いいの。自分でやったことだから」

 

 そういってナミは、刻まれた傷に自分で触れる。ドクターのおかげで出血は止まっているが、痛みはまだ残っている。

 体ではない、心の方の痛みだ。

 

「……うん、一生消せないのにね…」

「………」

 

 切なげな声で呟くナミに、エレノアもどこか思うところがあるように目を伏せる。

 傷は消えない。体の傷も、そして何より心の傷も。

 けれどエレノアは不憫に思ったりはしない。彼女は、その傷を抱えて歩き出そうとしているのだから。

 

「じゃ、あたしはもうちょっとみんなと踊ってくるわ。……ナミ、安静にね」

「いってらっしゃ~い」

 

 カタカタと急遽作った代わりの義足をつき、エレノアは診療所の扉をくぐる。

 ひらひらと手を振り、見送るナミは微笑を浮かべると、治療を続けるドクターに声をかけた。

 

「ねえドクター、彫って欲しい刺青があるんだけど」

「んん?」

「これっ」

 

 訝しげに眉を寄せるドクターに、ナミはあるデッサンの紙を渡した。

 

 

「ベルメールよ…お前の娘たちは実に逞しく立派に育ったよ…まるで生前のお前を見てるようだ………」

 

 島の外れの崖の上、ポツリと一つだけ立てられた簡素な墓。

 今は亡きベルメールが眠るその場所に、ゲンがトクトクと酒をかけていた。

 みんなが願ってきた時がきたことを、彼女が命をかけて守り抜いた娘達の無事を報告するために。

 

「我々はこれから、精一杯生きようと思う。あまりにも多くの犠牲の上に立ってしまった。だからこそ精一杯、バカみたいにな…笑ってやろうと思うのだ…!!!」

「それが一番、いい行供養になると思いますよ」

 

 穏やかな笑みを浮かべていた彼に、松葉杖をついたエレノアが小さな花束を手に近づいていった。

 

「……君か。それは…ベルメールに?」

「一応は……ここで亡くなったすべての方々に贈るつもりで」

 

 ゆっくりと膝をつき、花を添える。

 ゲンが静かに見守る中、スゥッと息を吸い込んだエレノアは、眠りについた者達を想った声を紡いだ。

 

―――祈りは遥か…旅立つ君に届け…♪

 

 やさしい歌声が、風に乗って響き渡る。

 ゲンには聞き覚えのないその歌は、旋律は、不思議にも胸に染み渡り心を震わせる。

 

眠れ、安らかに…想い抱いて往けよ…♪ この胸の痛み…色褪せてしまわぬうちに…♪

 

 眠りにつく我が子を見守るような、あるいは旅立つ愛しい人に送る声援(エール)のように、エレノアは美しい歌声を紡ぐ。

 顔も知らない、それでも仲間の家族のために、力強く歌う。

 

唱え、その想い…愛しき人のために…♪ 歌え、この音を…彼の人が迷わぬように…♪

 

 その歌声を届ける相手は、もうこの場にはいない人たちだ。

 だがエレノアの見せる眼差しは、確かに祈りを届ける相手を見定めているように思えた。

 旅立った者たちがどこへ行ったのか、知っているようだった。

 歌い終えたエレノアは、穏やかな微笑をたたえて黙祷を捧げる。

 ゲンはただ、一枚の絵画のようなその姿をじっと見つめていることしかできなかった。

 

鎮魂歌(レクイエム)か……!」

「これでも海賊の先輩ですから…何度か、家族を見送ったこともあります」

「……そうか、辛いな」

「そうですね…」

 

 この天使の少女が、想像もできない過酷な経験をしてきたことは、彼女の体の傷跡を目の当たりにした村人たちから聞かされた。

 それでも痛みを表に出すことなく、他者のために祈りを捧げることのできる彼女を、ゲンは眩しく思えた。

 

「生ハムメロン!!!」

 

 そんな空気を吹き飛ばす、騒がしい声が響いてゲンはギョッとなる。

 声の主に心当たりのあるエレノアは、心底あきれた様子で振り向いた。

 

「あり…この辺は食いもんねェな…まいった。戻ろ」

「待て小僧っ!!!」

 

 両手いっぱいに骨つきの肉を持ったルフィががっかりした様子で立ち去ろうとするが、すぐさまゲンが呼び止める。

 立ち止まったルフィは、ゲンとエレノアの前に立っている簡素な墓に首を傾げた。

 

「? 墓か……誰か死んだのか」

「ああ…死んだよ、昔な」

「いやそれはどうも、このたびはゴチューショーさまでした。ん?」

「………ご愁傷様ね」

「それでした」

 

 全くと言っていいほど礼儀のなっていない態度に呆れるが、一応は死者を悼む気持ちを持っているようなので何も言わないことにする。

 しかしゲンには、いまのうちに言っておかなければならないことがあった。

 

「おい小僧よ。…ナミはお前の船に乗る海賊になる…危険な旅だ。……もし、お前らがナミの笑顔を奪うようなことがあったら…私がお前らを殺しに行くぞ!!!!」

「まー別におれは奪わねェけどさ…」

「わかったな!!!!」

 

 幼い時から見守ってきた、もはや娘と言っても過言ではないほど大切に思ってきた少女を送り出す。

 それを止めることのできない彼なりの、せめてもの意地であった。

 

「………わかった」

 

 否定を許さないゲンの迫力に、アーロンにも臆さなかったルフィはゴクリと口の中の肉を飲み込んで頷く。

 一人の父親を前に気圧されているルフィの珍しい顔に苦笑し、エレノアはもう一度ベルメールの眠る墓に目を向けた。

 

「……安心していてください。きっとあの人の旅は、いつも笑い声が絶えない…そんなバカみたいに光に満ちた旅になりますから」

 

 彼女の魂はここにはないかもしれない。

 しかしせめてこの誓いだけは聞いていてほしいと、祈りを込める。

 やがておぼつかない足取りで立ち上がったエレノアが立ち去ろうとした時、不思議な感触の風が吹いた。

 

 ―――頼んだよ…。

 

 幻聴のような、本当にささやかな声。

 はっと振り向いたエレノアの目には、墓の隣で腕を組んで浮かべて立っている、気の強そうな笑顔の女性の姿が見えた気がした。

 

 

「あっしらはまた本業の賞金稼ぎに戻りやす。兄貴達にゃいろいろお世話になりやした」

「ここでお別れっすけどまた、どっかで会える日を楽しみにしてるっす」

「そうか、元気でな」

「兄貴達も」

 

 すっかり傷の癒えたヨサクとジョニーが、お決まりのポーズをとってゾロたちを見送る。共に過ごした時間はなかなか楽しいもので、エレノアは少しばかり寂しさを感じた。

 同時にエレノアは、海賊が村人全員から歓迎されながら送られるという珍しい光景に苦笑する。

 しかしそこには、一人足りなかった。

 

「しかし来ねェな、あいつ」

「来ねェんじゃねェのか?」

「来ないかもねー」

「来ねェのかナミさんは!!? オォ!!?」

「お前な‼ 生ハムメロンどこにもなかったぞ‼」

 

 未だ姿を見せないナミにサンジは慌てふためき、今か今かと到着を待ち望む。

 一方でエレノアは、港で交わされているゲンたちの会話に耳を傾けた。

 

「何⁉ 宝を全部置いてく⁉ あの1億ベリーをか?」

「金を持たずに旅に出るのか? 第一あの金はナミが命をはって…」

「また盗むからいいってさ……」

 

 ノジコとゲン、ドクターの会話にエレノアは首をかしげる。

 あのがめつさの理由は村のことが一因であったことは確かだが、生来のものも含まれていたように思える。

 そんな彼女が自ら宝を手放すというのは、どうにも違和感を拭えなかった。

 

「…………なんかすんごい嫌な予感が」

 

 絶対に何かが起こる。

 証拠はないがそう確信していたエレノアの耳に、当の本人からの叫びが届いた。

 

「船を出して!!!!」

 

 見れば、道の向こう側からナミが走り出し、一直線にメリー号に向かってくるのが見える。

 その手には何も持たず、一心不乱に駆け込んできていた。

 

「走り出したぞ!!? 何のつもりだ⁉」

「船を出せってよ………とにかく出すか」

「ウソップくん、ゾロくん、帆をはって!」

「お…おォ‼」

 

 戸惑いの表情を浮かべたゾロたちだったが、エレノアの号令でそれぞれ出航の支度に入る。

 ナミの行動に困惑していたゲンは、やがてはっと何かに気づいた様子で目を見開いた。

 

「まさかあいつ…我々に礼も言わせず、別れも言わずに行こうというのか⁉」

「そんな…」

「止まれナッちゃん!!!」

「礼ぐらいゆっくり言わせてくれ!!!」

 

 一緒に居られる時間を惜しみ、またまともに礼も言えずに別れることを恐れ、村人たちがナミの前に立ちはだかる。

 その間にも、帆を張ったメリー号が進み出し、気づいた村人たちが振り向いて叫んだ。

 

「あ…あいつら船を出しやがった!!! 君らにも、まだ改めて礼を…」

「いやいや…私達全員海賊なんで。そういうのガラじゃないんで」

 

 恩も何も返せていない村人たちが呼び止めるが、困り顔のエレノアがパタパタと手を振って遠慮する。

 海賊の自分が英雄扱いされるのは性に合わないのだ。

 そしてついにナミは港へ到着し、一切速度を落とさないまま人々の間を駆け抜けていった。

 

「ナミ待て!!! そんな勝手な別れは許さんぞ!!!」

 

 慌てるゲンたちの隙間を、スルスルと抜けていく。

 ダンッと力強く跳躍し、振り向くことなくメリー号に飛び乗るナミは、おもむろに自分の服の裾を開いた。

 その直後、ぼとぼとと落下する無数の財布に、村人たちの目が点になった。

 

「あ!!? あれ⁉ サイフがないぞ!!?」

「おれもだ!」

「わしのも‼」

「私も‼」

「おれのも!!!」

 

 そこで初めて、自分の懐が物理的に軽くなっていることに気づき、村人たちは慌てて体を探る。

 やがて芽生えた嫌な予感に、恐る恐る船の上に視線を集めた。

 

「みんな、元気でね♡」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべ、お札を一枚掲げてみせる村一番の問題児の姿に、村人たちはようやく我に返った。

 

「「「「「やりやがった、あのガキャ―――ッ!!!!」」」」」

 

 被害にあった全員、ヨサクやジョニーたちも一緒になって怒号をあげる。

 別れの余韻に浸る暇も与えない、最後まで村を騒がせてくれた小娘に、村人たちは完全に涙の悲しみも忘れ去っていた。

 

「おい、変わってねェぞ、こいつ」

「また、いつ裏切ることか」

「ナミさん、グ――ッ‼」

「あ~あ、締まらないなぁ、もう」

「だっはっはっは」

 

 海賊たちもナミのブレなさにあきれ、しかしなぜか安堵も覚えてしまう。

 これが一番、彼女らしいと思ったのだ。

 

「この泥棒猫がァ――っ!!!」

「戻って来ォい!!!」

「サイフ返せェ!!!」

「この悪ガキィーっ!!!」

「いつでも帰ってこいコラァ!!!」

「元気でやれよ!!!」

「お前ら感謝してるぞォ!!!」

 

 もう怒っているのか笑っているのかもわからない。

 思いの丈を全てぶつける叫びをあげ、村人たちは新たな冒険者たちに声援を送り続けた。

 ナミもまた、満面の笑顔でそれを受け止めていた。

 

「じゃあね、みんな!!!! 行って来る!!!!」

 

 大切な家族に大きく手を振り、ナミは旅に出る。

 母に誓った夢を叶えるために、大きく強く育った自分を誇りに思ってもらえるように。

 隣に立つエレノアは、そんな彼女をまぶしそうに見つめるのだった。

 

「……いい所だね」

「うん…‼」

 

 陽気に海へ出る優しい海賊たちを、崖の上に立った墓が、そしてその根元に立てられた風車がじっと見送る。

 その後ろ姿が見えなくなるまで。

 

 ――空は快晴、風は軟風。

   風車がよくまわる――――。




エレノアが歌った鎮魂歌(レクイエム)は『ハオラ・モスラ』を基にしています。
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