ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第44話〝道化、再び〟

「…………やっぱ三本あるとおちつく」

 

 武器屋で仕入れた新たな相棒たちの重さを実感し、ゾロが感慨深げにつぶやく。

 死んだ幼馴染に瓜二つな娘や、手に入れた妖刀をめぐる騒動があったものの、望んだ以上の結果が手に入ったことで彼は上機嫌だった。

 

「アイツの勧めた店で正解だったな…迎えに行くついでに礼も言っておくか」

 

 時間まで適当に町をぶらつこうと思っていたゾロは、そういってうろ覚えの機械鎧(オートメイル)工房への道を辿った。

 

 

「オオッ‼ おいおい何だ、このファンキーな魚はっ‼」

 

 ある魚屋の店先で、ドンッと目立つようにおかれた象のように長い鼻の巨魚を目にし、サンジが興奮した声をあげた。

 

「こいつァ『エレファント・ホンマグロ』。このあたりじゃ見ねェだろ? どうやら南海から泳いできたらしいんでェ。そこを、おれが一本釣りよ‼」

「おめーが釣ったのか‼」

「切ろうか?」

「いや…まるごともらう‼」

「気前がいいねェっ、あんちゃん。まいどっ」

 

 一流を自負する料理人としての血が騒ぎ、一人では抱えきれない巨魚を即購入してしまう。

 捌き甲斐のありそうな巨体が包まれるのを待ちながら、あらゆるレシピを脳内にピックアップしていった。

 

「さてどう手を加えるか……エレノアちゃんは確か酸味の効いたさっぱりした味が好みだったっけ? あの娘の笑顔がありゃあおれは……おれはァ……♡」

 

 人の目も気にせず、にへらとだらしのない笑みを浮かべるサンジは、妄想の中のエレノアの笑顔で鼻血を吹きそうになる。

 ふとそこで、義足を壊されて不自由していた彼女の様子を思い浮かべた。

 

「義足の修理に行ってるっつってたっけか。どのくらいかかるんだ…?」

 

 行きは腹立たしいがアホ剣士が送っていったが、やつにも用事があるから帰りは一人で戻ってくることになるだろう。

 ウズウズと体を震わせた彼は、やがてハッと天啓を受けたかのように目を見開いた。

 

「いや…おれが迎えに行けばいいじゃねェか‼」

 

 

「これ、くだ…さいっ‼」

 

 またある一件の服屋では、両手いっぱいに衣類を抱えたナミがレジの店員のおばちゃんに会計を頼む。

 そのあまりの量に、店員はつい疑うような目を向けていた。

 

「これ全部⁉ お金はあんだろうね」

「あるわよ、失礼ね」

 

 疑われたナミがちゃんと会計をすませると、コロッと機嫌をよくした店員は満面の笑顔を見せて見送った。全く現金なことである。

 

「またよろしくね――っ」

 

 好みの衣類を安くたくさん買えたことで、ホクホク顔で歩いていたナミであったが、ふとその表情がしかめられた。

 

「ん? 空気が変わった………」

 

 航海士として研ぎ澄まされた感覚が、天候の急激な変化を察知して警告を与える。

 ナミは自身の知識と経験から、そう遠くないうちに激しい雨が降り注ぐことを予測し、不満げに目を細めた。

 

(…………気圧も落ちてる…こりゃ一雨来るか…………あとでエレノアも誘おうと思ったのに…)

 

 出会った頃から戦いやルフィの面倒を見てばかりで、オシャレやショッピングを楽しむ余裕もなかったのだから、せめてこの街でくらい羽目を外させてやろうと思っていたのだが。

 そう考えたナミは、やがてにっと笑みを浮かべて店に引き返した

 

「しょうがない、迎えに行ってやるか! すいませーん、おばさーん。でっかいビニールあるー?」

「ビニール? 雨の日でもあるまいし」

 

 

「いやー、ちょうどいい所にお前がいて助かった。そういやおれ、さっきライオン見たぜ。しかも変な着ぐるみマンが乗っててよォ…」

「何でおれが重い方なんだよ‼」

 

 ちょうどいいところでウソップを見つけたサンジは、彼をアゴで使いながらエレファントオオマグロを抱えて通りを歩く。

 向かう先はもちろん、人づてに聞いた機械鎧(オートメイル)工房だ。

 

「ずいぶん人気が薄れてきたな…」

 

 同じく工房を目指すゾロは、通りから徐々に人の姿が薄くなっていくことを訝しむ。

 そういえば天気も悪くなってきたな、と人ごとのように天を見上げ、マイペースに歩いていた。

 

「異常に気圧がおちてく。早く船に戻った方が無難かも」

 

 ナミは予想以上に早く変化していく天気に急かされるように、小走りになって工房に急ぐ。

 修理が遅れていたら、豪雨の中を船に戻らなければならないかもしれないからだ。

 

「お」

「あ」

「ん」

 

 そして工房の店先で、四人は測ったかのようなタイミングで集まった。

 互いの顔を見合わせていた彼らの中で、ナミは深いため息をついて肩を落とした。

 

「みんな考えることは一緒ってわけね…」

「何でてめェがまだここにいるんだよコラ」

「うるせェな。おれの勝手だろ」

「ここが機械鎧(オートメイル)専門の工房かー…」

 

 早速喧嘩を始めるゾロとサンジをよそに、機械鎧(オートメイル)にやや興味があったウソップが工房の看板を見上げて感心した声をあげる。

 中には何かの部品や道具が置かれていて、男子の心を揺さぶる匂いが立ち込めている。

 いい加減迎えにいってやらねばと、四人が工房に入ろうと一歩踏み出した時だった。

 

「フギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 工房の奥から、地面まで振動させるような絶叫が響き渡り、ゾロたちの表情を一瞬にして変えた。

 

「どうした!!? エレノア!!!」

 

 まさか一億の賞金を狙った何者かに襲われたのではないか、そんな想像をしてしまった彼らは、我先にと声がした方へと武器を手に駆け込む。

 そして、そこで目にしたものは。

 

「…なんなんだいアンタたち」

 

 スパナを持ったまま訝しげにこちらを向いてくる老婆と少女、そして医療用の椅子の上で悶絶するエレノアの姿だった。

 ポカンと固まる彼らに気づいたエレノアは、プルプルと体を震わせながら手を上げて無事を知らせた。

 

「や…やァアンタたち……待たせてゴメンね…」

「震えながら言うセリフじゃねェだろ……」

 

 痛々しい姿にウソップからツッコミが飛び、エレノアはガックリと天井を仰いで深く息を吐いた。体を起こすだけでも今は辛いらしい。

 

「…毎回毎回、この神経繋ぐ瞬間イヤなんだよね……あー死ぬかと思った」

「だらしないこと言わないの。もっとキツイ手術を耐えたくせに…はい、動かしてみて」

 

 ウィンリィに急かされ、エレノアは準備運動のように新調した義足を動かしてその調子を確かめる。

 ギシギシと小さく軋む機械鎧(オートメイル)を凝視していたナミは、思わずゴクリと息を飲んでいた。

 

「知らなかった……機械鎧(オートメイル)ってあんなに苦痛を伴うものなの?」

「さァ…どんな苦しみかは、足を失った本人にしか理解できないよ。だが生身の脚よりもおそろしく手間がかかるし、不自由になることは間違いないね」

「何言ってるのばっちゃん! かっこいいじゃない機械鎧(オートメイル)! オイルの匂い、きしむ人工筋肉、唸るベアリング…そして人体工学に基づいて設計されたごつくも美しいフォルム……ああっ、なんてすばらしいのかしら機械鎧(オートメイル)‼」

「機械オタクか」

「うるさい長っ鼻」

 

 恍惚とした表情で機械鎧(オートメイル)への愛を語る少女にウソップから呆れた視線が向けられるも、少女は毅然として言い返す。

 音の変化から具合を確かめ、微調整を繰り返すこと数分。

 

「さ、完成だよ!」

 

 ピナコの声で、ようやくエレノアは椅子の上から降り、新しく生まれ変わった自分の足の調子を確かめた。

 

「どうだい?」

「うん、いい感じ!」

「アンタの翼のこと考えて、今回は炭素の比率を高くして軽さを重視したの! 一応強度も上がってるけど、今回みたいな無茶はしないでよね」

「毎回ありがとうね、ウィンリィ」

 

 他の仕事も山積みだっただろうに、それらを後回しにして助力してくれた二人には感謝しかない。

 改めて礼を考えていると、ススッとウィンリィとピナコの前にお盆に乗った紅茶が差し出された。

 

「お疲れ様ですお嬢さん方……紅茶などいかがでしょう?」

「おや、気が利くね」

「ちょうどのど渇いてたのよねー…ってこれウチの茶葉じゃないのよ‼」

 

 キザなサンジの気遣いに、一瞬流されそうになったウィンリィだったが、目の前の男が勝手にキッチンを使ったことに気づいて怒鳴り声をあげる。

 エレノアはじとっとした目でそれを見ていたが、やがて何かを思いついたのかにやりと笑みを浮かべた。

 

「サンジ君、ちょっと力貸してくれる?」

「何だいエレノアちゃん♡ 君の為ならおれはどんなことだって………」

 

 女性に頼られるとなればやらずにはいられまい、と意気揚々と振り向くサンジ。

 その顔面に、鋼の蹴りが襲いかかった。

 

「えっ…ちょっ! ちょっとエレノアちゃん⁉」

 

 間一髪それを躱したサンジだが、続いて何度も振るわれる蹴りに困惑しながら逃げ惑う。

 

「あぶっ‼ 危なっ!!!」

「フフッ…♪ 軽くていい子だね‼」

 

 反撃できないサンジとは裏腹に、エレノアは新たな義足が予想以上にいい具合であることに上機嫌になっている。

 突然の事態に呆然となっていたゾロたちは、やがて理由に気づいたのかポンと手のひらに拳を当てた。

 

「どうしたエレノア、ついにそのエロコックに制裁与える気になったか?」

「おおいいぞ。おれ達の分もやっちまえ」

「ふざけんなマリモに長っ鼻コラァ!!! ……違うよね!!? そんな考えないよねエレノアちゃん!!?」

「違うよー」

 

 必死の形相で蹴りをかわし続けるサンジに、エレノアは気の抜けた声で答える。その間も、鋭い蹴りは絶え間なく突き出されていた。

 

「作動確認もかねての組手さ。ここしばらく動けなかったからカンを取り戻さないと」

「そ…それならそうと言ってくれればァ!!?」

「なるほどねー…」

「ただしまァ……そういう意図もないと言えばウソになるね」

 

 ちょっと頬を擦りかけ、のけぞったサンジがよろける。

 その瞬間、エレノアの瞳がキラーンと怪しい光を放った。

 

「私の友達に色目を使うな!!!」

「ごめんなさい!!!!」

 

 親友を毒牙にかけさせないと、女たらしへの制裁が見事に決まる。

 相変わらず義足とは思えない威力の見事な蹴りに、ナミたちやウィンリィたちから賞賛の拍手が送られる。

 サンジ一人だけが不幸な目にあっていたが、ほぼ自業自得であるために誰も同情しなかった。

 

「ていうか私…錬金術って戦いのイメージないんだけど、必要なの? さっきみたいの」

「私の師匠がさー、『精神を鍛えるにはまず肉体を鍛えよ』ってさ、こうやって日ごろから鍛えておかないとならないワケ」

「それでヒマさえあれば組手やってんの? そりゃ機械鎧(オートメイル)もすぐ壊れるわよ」

「まァ、こっちはもうかっていいけどねェ」

 

 最後にもう一度具合を確かめると、エレノアはブーツで機械鎧(オートメイル)を隠して身なりを整える。

 体をすっぽりとローブで覆うと、エレノアはウィンリィに親愛のまなざしを送った。

 

「よし、足はできた。……じゃ、行くね」

「ああ…またここも静かになるねェ」

「向こうの海でエドとアルに会ったら言っといてよ! たまにはメンテしに戻って来いって‼」

「はいはい…って言っても、あいつらと気軽に会えるとは思えないけどね」

 

 面倒なことづけを頼まれたエレノアは面倒そうに手を振り、振り返ることもなく工房を後にする。

 それに少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、ウィンリィは不満げにため息をついた。

 

「いくよー、みんな」

「う、うん…」

 

 そんなあっさりした別れでいいのかと戸惑うナミたちも放置し、錬金術師はさっさと集合場所へと向かってしまった。

 仕方なく跡を追おうとした彼らを、突如ピナコが呼び止めた。

 

「アンタたち……あの娘のこと頼んだよ」

「……おう」

 

 ピナコの願いに、今の仲間たちは言われるまでもないと力強く頷き、今度こそ工房を後にする。

 その姿が見えなくなる直前、工房を飛び出したウィンリィがエレノアに向かって声をあげた。

 

「エレノア! …いってらっしゃい」

「………うん!」

 

 不敵な笑みとともに振り向く親友を見送り、ウィンリィは今度こそ満足げな笑みを浮かべる。

 遠く見えなくなっていく若き海賊たちの背中を、ピナコはどこか遠い目で見送っていた。

 

「さて……あの子が見出した仲間は、世界の深淵に至れるのかねェ……なァ、オールディ?」

 

 

「ところであいつは?」

「死刑台を見るって…言ってたわよね…」

「死刑台のある広場って向こうだよな?」

 

 それぞれの用事を終えた一同は、本来ならばいち早く工房にきていなければならない人物を探して広場に向かう。

 そこで何やら騒がしい音を聞きちったエレノアが、そこはかとなく漂う嫌な予感に立ち止まった。

 

「…………みんな、アレ」

 

 エレノアの予感は当たった。

 死刑台を見学するだけだったはずの青年は、事もあろうに死刑台の上で首と両腕を拘束され、今まさに命の危機にあったのだから。

 

「な!!! 何であいつが死刑台にっ!!!?」

 

 開いた口が塞がらず、誰もがなぜそんなことになったのか想像だにできなかった。

 

 

「罪人!!! 海賊モンキー・D・ルフィは〝つけあがっちまっておれ様を怒らせちまった罪〟により『ハデ死刑~~~~~っ』!!!」

 

 死刑台の上にいたのは、拘束されたルフィだけではなかった。

 かつて一度戦った、〝道化〟のバギーが分厚いカットラスを持って大騒ぎしていたのだ。

 

「ハデに騒げ!!!」

「ひゃーっほォ!!!」

「動くんじゃねェぞてめェら!!!」

 

 広場はすでにバギー一味の手によって占拠され、暗雲漂う恐ろしげな雰囲気に変貌してしまっている。

 そんな状況の中、当の本人は妙に落ち着いた様子でうつ伏せにされていた。

 

「おれ死刑って初めて見るよ」

「てめェが死ぬ本人だよ!!!!」

「ええっ!!? ふざけんな――っ!!!」

「てめェがふざけんなァ!!!」

 

 ようやく自分のおかれた状況を理解したルフィだったが、もう彼は動ける状態ではなくなってしまっている。

 海賊王を目指していた彼は、冒険が始まる遥か前で絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

「これよりハデ死刑を公開執行する!!!!」

「いやだ――っ!!!」

 

 稲妻が走る黒雲の下、青年の叫びと道化たちの哄笑が響き渡るのだった。

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