ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第45話〝天の采配〟

「おい‼ たしぎは、まだ戻らねェのか‼」

 

 ローグタウンの海軍の派出所の中で、ひとりの男が苛立たしげに怒鳴り声をあげる。

 口いっぱいにタバコをくわえた白髪の男は、いつまで立っても戻ってこない部下に呆れて天井を仰いでいた。

 

「たしぎ曹長は武器屋へ刀を取りに行くと……‼」

「何時間かかってんだそれに‼ 海賊達の目撃情報が入ってる。お前ちょっと行って呼んで来い」

「はっ‼ スモーカー大佐‼」

「しょ~~がねェな、あのトロ女………‼ 海軍本部の恥だぜ………」

 

 慌てて走っていく海兵を見送ると、男はモクモクとタバコの煙を撒き散らし、険しい顔で足を組んだ。

 その時、暇を持て余す彼の元に、バタンと乱暴に扉を開けて一人の眼鏡の男が顔を出した。

 

「よう、スモーカー! 部下のかわいこちゃんとはちゃんとよろしくやってるかァ?」

 

 開口一番からからかう気満々のセリフに、スモーカーと呼ばれた男は忌々しげに顔をしかめた。

 

「…おい、ヒューズ。てめェはおれを犯罪者にでも仕立て上げてェのか。あんなガキに興味ねェよ…」

「そう怖ェ顔すんなって、女っ気のないお前へのおれなりの心配だよ」

「余計なお世話だバカヤロウ」

 

 子供なら真っ先に泣き出しそうな剣幕にも、ヒューズという名の男は飄々とした態度を保ったまま歩み寄る。

 やがてその表情は、懐に持った写真を見つめてでれっとだらしないものに変わった。

 

「家族はいいぞォ~~? どんなに危険な任務についても何が何でも帰るってやる気が漲る。とくに娘が可愛くってよォ…『パパ大好き~』って言ってもらえた日にゃ一億の賞金首だって仕留められそうだぜ!!!」

「わかったからいちいち娘自慢してくるんじゃねェよ‼ しかもわざわざ報告のたびに‼」

「娘だけじゃない‼ 妻も自慢だ‼」

「そういうのはマスタングの奴にやれ…!!! そして黒焦げにされてこい」

 

 鬱陶しそうにあしらうと、スモーカーはソファに預けていた背を起こして座りなおす。

 こんな適当な態度ばかり見せる男が中佐だと言うのだから、今の海軍も随分と甘くなったものである。

 

「まァ、冗談はこのぐらいでおいといてだ…」

「最初からそうしやがれっての…」

「本部から新しく賞金首になった連中の手配書が届いたぜ。なかなかの大物が揃ってやがる」

 

 ヒューズが渡してきた手配書の束を受け取り、スモーカーはそれをパラパラと流し見る。

 どれもこれも大した額ではないために興味もわかなかったが、ある一枚の手配所を目にすると彼の片眉がピクッと上げられた。

 

「…ほゥ?〝妖術師(ウィザード)〟がこの街に?」

 

 東の海(イーストブルー)ではまず見ない高額賞金に、スモーカーは初めて表情を変えた。

 かの有名な女海賊がいるとなれば、ここでくつろいでいる場合ではなかった。

 

「ここ数年姿を見せねェもんだから死んでんのかと思ったら………」

「おれァ、あの娘には借りがあって頭上がらねェから、見つけたときは頼むぜ」

「てめェはそれでも海軍本部中佐か」

「だって仕方ないじゃないの!!! うちのカミさんと娘の友人なんだもん!!! エリシアちゃんなんか超なついてるんだもん!!!」

「てめェの家庭事情なんざ知るか」

 

 涙目で悔しそうにハンカチを噛むヒューズを適当にあしらいながら、スモーカーは獰猛な肉食獣のような目で手配書を睨む。

 するとそこへ、先ほど出て行った者とは別の海兵が慌てた様子で飛び込んできた。

 

「大佐‼ スモーカー大佐、大変です‼ 海賊が死刑台の広場で騒ぎを!!! あっ、ヒューズ中佐…」

「よっ、おれの用事は終わったから気にすんな」

「はっ…し…失礼しまし…」

「で? 何があったって?」

 

 緊張した様子で敬礼する部下に、スモーカーは仕事を促す。

 不要な話をしている場合ではないと思い出した海兵は、すぐさまスモーカーに向き直った。

 

「え…えーとですね」

「海賊が死刑台の広場でバカやってんだな、思い出した。一等部隊を港へ行かせろ。二等部隊は通りから広場を隠密包囲。残りは広場の射程距離に待機、以上だ」

「は…はいっ」

 

 即座に指示を出したスモーカーは、自分のジャケットを羽織るとやや気だるげに外の基地に向かって歩き始めた。

 町に出て、問題の起こった広場の方へと歩いていると、そこへ一人の女性が息を切らせて駆け寄ってきた。

 

「スモーカーさん‼ 遅くなりました‼」

「たしぎィ!!! てめェトロトロと何やってた!!!」

「ご…ごめんなさいっ‼ すぐ支度を」

「ほい、たしぎちゃん。ジャケット持って来といたよ」

「あ…ヒューズ中佐‼ ありがとうございます‼ いつこちらへ?」

「いまさっきだ」

 

 眼鏡をかけた黒髪の女性は、ヒューズからジャケットを受け取ると気恥ずかしそうに頬を染め、整備が終わったばかりの刀を提げる。

 やや頼りなさげだったたしぎと呼ばれた女性は、その瞬間から生真面目そうな海兵へと変身を遂げた。

 

「ちょ…ちょっと腰が抜けてて」

「ヌケてんのは気合いだけじゃ足らねェのかっ!!!」

「ご…ごめんなさい」

「ついて来い。もう広場で事は起きてる‼」

「はいっ」

 

 しかしスモーカーにしごかれているのは変わりなく、早足で彼の後を追う。

 ヒューズはやれやれといった様子で彼らの後ろ姿を眺め、同じく問題の起きた広場の方へを足を向けた。

 

「あっ、大佐‼ 中佐‼ 曹長‼」

「状況は?」

「民間人が取り抑えられています」

 

 広場を見渡せる高さにある基地の中に入り、スモーカーたちは現時点での状況を確認する。

 双眼鏡を持った部下が、騒ぎが起こっている死刑台とその周辺を見て報告する。

 

「まず今、広場にいる賞金首は3人。〝金棒〟のアルビダ、〝道化〟のバギー、〝麦わら〟のルフィ」

「ん⁉ ルフィ⁉ 知らねェ名だ」

「ほれ、さっき持ってきた手配書に載ってた賞金首になりたての奴だ。3千万(ベリー)の大物だってよ」

「3千万‼ そりゃ久々に骨がありそうだな」

「いえそれが…」

 

 やや興味を引かれた様子のスモーカーが声をあげるが、部下の反応は戸惑い気味であった。

 

「その男今…殺されそうです」

 

 部下から双眼鏡を受け取ったスモーカーとヒューズが、交代で死刑台の様子を見て呆れた声をあげた。

 

「あららー…」

「なるほど、海賊同士のいざこざか」

「す…すぐに突撃を⁉」

「バーカあわてんな………」

「しかしぐずぐずしていては……‼」

 

 海賊たちが暴れ出すことを危惧してか、焦燥している様子の部下に、スモーカーはギロリと怒りの形相で睨みつける。

 

「おれがこの町から、海賊を逃がしたことがあるか?」

 

 少なくとも部下に見せるものではない凄まじい迫力に、海兵は背筋をピンと伸ばしてブルリと震えた。

 

「い…いえ‼ ありません」

「なら黙ってろ」

「海賊が海賊を始末してくれようってんだから、世話ねェよな…」

 

 たしぎにも様子を見せてやろうと双眼鏡を渡したヒューズが、そういって気の抜けた態度で肩をすくめる。

 そう問題は起きそうにないなと楽観視している様子の彼に代わり、スモーカーは淡々と指示を与えた。

 

「いいか、あの〝麦わら〟の首が飛んだらバギー、アルビダ及びその一味を包囲、たたみかけろ」

 

 

「ごめんなさい、助けてください」

「助けるかボケェ!!!」

 

 死刑台の上で拘束されているルフィは、面倒臭そうな表情でバギーに頼む。

 が、当然その願いは却下された。

 

「フン……我々に逆らえば当然こうなる」

「あたしの見込んだ男も、ここまでか…………」

「あのクソアマも来やしねェ……」

 

 カバジや縁あってともにいるらしい、恐ろしく容姿が変貌したアルビダ、両腕が機械鎧(オートメイル)になったガンツが呟く。

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、バギーは優越感に浸った様子でルフィを見下ろした。

 

「最後に一言何か言っとくか? せっかく大勢の見物人がいる」

「………」

「まーいいさ、言うことがあろうがなかろうが、どうせ誰も興味など…」

 

 時間の無駄だと切り上げようとしたバギーだったが、ルフィは死刑台の上で拘束されたまま、誰もが言葉を失うことを口にした。

 

 

「おれは!!!! 海賊王になる男だ!!!!」

 

 

 何の恥も臆することもなく、堂々とその言葉を口にした瞬間、広場は沈黙に包まれる。

 そして何人かは噴き出し、そんなバカなといった様子でルフィを嘲笑し始める。よりにもよってこの町で、そのうえ死刑台の上でそんな大それたことを言うなど、頭がおかしいと評価されてもおかしくはなかった。

 

「言いたいことは…それだけだなクソゴム!!!」

「その死刑待て!!!!」

 

 バギーが下卑た笑みを浮かべてカットラスを振り下ろそうとした瞬間、広場の外側から三つの人影が飛びこんでくるのが見えた。

 

「サンジ!!! ゾロ!!! エレノア!!! 助けてくれェ!!!」

「きたなゾロ、エレノア。だが一足遅かったな…‼」

 

 駆け込んでくる三人組の中に、見覚えのある二人が混じっているのを尻目に、バギーの余裕は崩れなかった。

 

「とにかくあの死刑台を壊すんだ‼」

「おう!」

「わかってるよ」

 

 瞬時に戦闘態勢に入った三人は、内心激しい焦りと戦いながら真っ直ぐに突進した。

 そんな三人を、アルビダの指揮のもとバギー一味が阻んだ。

 

「やっちまいなお前達っ!!!」

「やっちまいますアルビダ姉さん!!!」

 

 曲芸師のように跳ねながら、バギーの部下たちが一斉に襲い掛かってくる。

 一人一人は一撃で片付くような雑魚ばかりだが、その人数もしつこさも異常でなかなか死刑台に近づく事が出来ない。

 

「どけ邪魔だァ!!!」

 

 うっとうしい海賊達を蹴散らしながら、エレノアは一直線にルフィのもとへ急ぐ。

 そんな彼女の前に、凄まじい笑みを浮かべたガンツが立ち塞がった。

 

「クソガキィ!!!」

 

 以前よりも一回り大きくなり、そして両腕に備えられた機械鎧(オートメイル)を振りかざし、ガンツはエレノアに鋭い爪を向けた。

 

「てめェにやられてからおれはさらに改造を重ね、大幅に性能を上げた機械鎧(オートメイル)を両腕に備えた!!! 今度こそてめェに復讐を……」

「邪魔だっつーの!!!」

「ぐげふっ!!?」

 

 うだうだと恨み言と自慢を口にしようとした彼は、面倒くさそうに舌打ちしたエレノアによって一蹴され、大した見せ場もなく沈められてしまった。

 厄介な敵が一人減ったが、それでもまだルフィのもとには届かず、三人は歯を噛みしめて険しい顔になる。

 

「ぎゃはははははは‼ そこでじっくり見物しやがれっ!!! てめェらの船長はこれにて終了だァ!!!!」

 

 手こずっているエレノアたちを見下ろしながら、バギーが再びカットラスを高々と振り上げる。

 稲光に照らされ、カットラスの刃が不気味な光を放った。

 

(あの死刑台さえ蹴り倒せば………!!!)

(死刑台さえ斬り倒せれば……!!!)

(射程範囲まで近づければ………!!!)

 

 刻一刻とルフィの首に迫る刃に、一味は冷静ではいられない。

 焦りが表情に現れ始めたとき、それまで黙っていたルフィがふいに口を開いた。

 

「エレノア‼ ゾロ‼ サンジ‼ ウソップ‼ ナミ‼」

 

 突然名を呼ばれ、目を向けたエレノアたちの前で。

 彼は、笑った。

 

 

 

「わりい、おれ死んだ」

 

 

 

 その笑顔は、今際の際に見せるものにしてはあまりにも清々しく。

 まるで家に帰る子供が別れを告げるような、己が死ぬことなど微塵も感じさせない、この状況には不釣り合いすぎる笑顔。

 エレノアはそれを目にした瞬間、全ての思考を停止させてしまっていた。

 

「………え」

 

 思わずエレノアの口から声が漏れたとき、広場に眩い閃光が落ちる。

 天から落とされた槍のようにそれは突き刺さり、続いてすさまじい轟きを町中に響かせる。

 やかれた死刑台がゆっくりと傾いでいき、崩れ落ちる中、誰もが言葉を失って立ち尽くしてしまう。

 そんな中、黒焦げになったバギーを置いて、青年が満面の笑みで立ち上がった。

 

「なははは、やっぱ生きてた。もうけっ」

 

 暢気に落ちてきた帽子をかぶりなおす船長の姿に、ゾロもサンジも半ば呆然となっていた。

 

「おい、お前。神を信じるか?」

「バカ言ってねェでさっさとこの町出るぞ。もう一騒動ありそうだ」

 

 ついガラでもないことを言ってしまったサンジに、すぐさま正気に戻ったゾロが促す。

 冷静になってみれば、周囲には何人もの海兵の姿が見える。このまま突っ立ったままではろくなことにはなるまい。

 

「……同じだ」

 

 エレノアもまた、目の前で起きた現象に呆け、立ち尽くしていた。

 だがそれは、ただ信じられない光景を目の当たりにした衝撃のためだけではなかった。

 

「あの時と、同じ感覚だった……‼」

 

 自分がいつの日か感じた、心臓を貫くかのような衝撃。続々と背筋に走る震え。

 あの海でも数えるほどしか感じたことのない予感のようなものを、あの麦わら帽の青年から感じ取れたのだ。

 

 

 一方で、海軍基地の中で一部始終を見ていたスモーカーとヒューズも、あまりの衝撃に言葉を失っていた。

 今まで数々の海賊を拿捕してきたスモーカーでさえ、目を疑う光景を目の当たりにしてしまったのだ。

 

「…………おい、スモーカー。あいつ今…笑ったよな」

「ああ……おれも見た」

 

 なかなか衝撃から立ち直れず、立ち尽くしたまま顔も見合わせられない二人が呟く。

 そこへ、彼らから指示が来ないことで慌てた様子の部下が口を挟んだ。

 

「大佐‼ 海賊たちの拿捕を」

「おい、お前…死刑台で笑った海賊を見た事があるか?」

「わ…笑う…⁉ どんな虚勢をはった大物でも死の瞬間は必ず青ざめ、絶望に死ぬものです」

「笑ったんだよ、あの麦わらの男が!!!」

 

 そんなバカなといった態度で返す海兵に、スモーカーは焦燥じみた表情を浮かべながら怒鳴りつける。

 彼らは思い出していた。ずっと昔にも、同じ光景を見た事があるのだと。

 

「忘れもしねェ…22年前!!! この町のあの(・・)死刑台で笑った、海賊王(ゴールド)・ロジャーと同じ様に!!!」

 

 ヒューズのこめかみを、冷や汗が流れていく。

 ただのルーキーと高をくくっていたのに、ふたを開けてみればこの体たらく。

 ごくりとつばを飲み込んだのは、はたしてどちらだったのか、それすらもわからないほど緊張が走っていた。

 

「あいつらはどっちへ?」

「西の港へ向かいました」

「一等部隊が向かってるはずだな」

「い…いえそれが…突然の雨で火薬類が全てやられ、今、装備の仕直しに派出所へ……」

「じゃあ港は素通りか!!!」

 

 用意した策がすでに役立たなくなっていることに、スモーカーは愕然と目を見開く。

 まさかと思って風を見れば、案の定予想外の方向へ吹き抜けていっている。

 

「風は西向き…あいつらの船には追い風ってことか……‼」

「これが全て偶然か…!!? まるで〝天〟があの男を生かそうとしてる様だ!!!」

 

 あらゆるものがあの麦わら帽の青年を助けているような、そんな突拍子もない考えまで浮かんできて、スモーカーはギリッと表情を改めて目つきを鋭くする。

 スモーカーの中の本能が、あの男は危険だと吠え続けていた。

 

「あの男だけは……!!! 絶対にこの島から逃がしちゃならねェ!!!」

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