ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第46話〝船出の時〟

 ―――これらは止めることのできないものだ。

   〝受け継がれる意志〟

   〝人の夢〟

   〝時代のうねり〟

 

 凄まじい勢いの豪雨が降り注ぎ、ローグタウンを闇の中に包む。

 人一人いなくなった真っ暗闇の中で、フードを被った二人組が立っていた。

 

 ―――人が「自由」の答えを求める限り、

     それらは決して―――止まらない

海賊王G・ロジャー

 

 雨に濡れ、凍えるような冷たさの中にありながら、男たちはただ無言で佇んでいる。

 そのうちの一人、顔の左半分に竜の鱗のような刺青を刻んだ男が、不意にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「海賊か………それもいい…」

 

 刺青の男の反応にもう一人の男、眼鏡をかけた大柄な男が目を向ける。

 フードの下から覗く金の髪を強風に揺らし、金の瞳をどこかへ向け、何かを待ち望んでいるような強い眼差しを浮かべた。

 

「ようやく………時代が動く時が来たようだな…」

 

 二人は目を合わせることもなく、ただ無言のままに嵐の中を歩いていく。

 世界の全てを敵に回した彼らの見ているものは、まだ誰にも分からなかった。

 

 

 大勢の海兵たちに追われながら、ルフィたちは懸命にメリー号を停めた位置へと戻る。

 その背中を、なぜだか強風が後押ししているようだった。

 

「風がひどくなってきた」

「しつこいなあいつら、止まって戦うか」

「やめとけキリがねェ。それにナミさんが早く船に戻れっつってたんだ」

「すごいなー、ナミの予報ドンピシャだよ」

 

 感心したようにエレノアがつぶやいていると、彼女の耳が突如ピクンと立ち上がった。

 

「ロロノア・ゾロ!!!」

 

 走り続ける一同の前に、一人の黒髪の女性が立ちはだかる。

 刀を提げた、ジャケットを羽織ったその顔を見た瞬間、ゾロの表情がわずかに険しくなった。

 

「あなたがロロノアで‼ 海賊だったとは‼ 私をからかってたんですね‼ 許せないっ!!!」

「お前あの娘に何をしたァ!!!」

「?」

「てめェこそ海兵だったのか」

 

 全く面識のないはずのサンジがなぜか激昂するのを尻目に、ゾロは無言で刀を構えた。

 女性もまた刀を抜き、ゾロに対して強い怒りをあらわにしながら突っ込んできた。

 

「名刀〝和道一文字〟回収します」

「………やってみな」

 

 互いに戦う意思を見せた直後、甲高い音を響かせて刃が激突する。

 三人の盾になるように前に出たゾロが、目線だけをルフィに向けて短く告げた。

 

「先行ってろ」

「おう」

 

 ルフィもゾロの意思を尊重し、この場を彼に任せて走り続ける。

 その背後で幾度も剣がぶつかり合う音を聞きながら、ルフィたちはただまっすぐにメリー号の元へと急いだ。

 

「あの野郎レディに手ェ出すとは…」

「はいはい後で後で‼」

「行くぞ‼」

 

 そのままにしておけばゾロに突撃して行きそうなサンジを引きずり、エレノアはルフィの後に続く。

 すると再び、彼女の耳が何者かの立てた音を捉えた。

 

「待って! まだ前に誰かいる‼」

「またか」

 

 面倒臭そうにルフィが視線を向ける。

 しかしエレノアは、豪雨の中に姿を見せた、巨大な十手を背負った白髪の男性を前にし、大きく目を見開いた。

 

「来たな、〝麦わらのルフィ〟。〝妖術師(ウィザード)〟のエレノア」

「〝白猟〟のスモーカー!!?」

 

 海軍の中でも有数の実力者が現れたことに、流石のエレノアも立ち止まり、真剣な表情で立ち止まる。

 自然(ロギア)系の能力者であるスモーカーは自分の体を煙へと変え、ルフィたちに向かって勢いよく噴き出させた。

 

「お前らを海へは行かせねェ!!!」

「うわっ何だ何だ何だ!!?」

 

 白煙にまとわりつかれ、ルフィは狼狽しながらもがく。

 しかし煙はルフィを拘束したまま離れず、なのにルフィからは全く掴むことができない。

 

「このバケモノがァ!!!」

 

 サンジがスモーカーの腕に強烈な蹴りを叩き込むが、煙の体は四散するだけで全く攻撃が当たらない。

 今までよりも数段あり得ない光景に、サンジは驚愕の表情で固まっていた。

 

「い!!?」

「ザコに用はねェ…〝ホワイト・ブロー〟!!!」

 

 隙を見せたサンジの腹に、スモーカーの白煙の拳が突き立てられる。

 サンジはそのまま民家の壁に叩きつけられ、ズルズルと地面にヘタリ込む。

 

「サンジ!!! んニャロ…〝ゴムゴムの(ピストル)〟!!!」

 

 ルフィもまたスモーカーの顔面を殴り応戦するが、当然のごとくそれはすり抜けてしまう。

 同じ能力者であっても、今の彼らにはそれだけの実力の差ができていた。

 

「お前が3千万ベリーだと⁉」

 

 落胆したように声を荒げ、スモーカーは煙の腕に徐々に力を込めていく。

 ルフィを地面に叩きつけ、拘束しようとしたスモーカーであったが、突然彼の腕に強烈な衝撃が走った。

 

「ぐあっ!!?」

 

 煙であるはずの自分の体に走った痛みに、スモーカーはルフィを掴む手を緩めてしまう。

 動きを止めたスモーカーからルフィを救出し、エレノアは冷や汗を流しながら後ずさった。

 

「ルフィ‼ 行って‼ あんまり長くはもたない!!!」

「すげェ‼ 当たった‼ 何でだ!!?」

「チッ……覇気か」

 

 素直に驚いている様子のルフィに対し、スモーカーはいらだたしげに眉間にしわを寄せている。

 エレノアは黒く染まった右足を構え、油断なくスモーカーを睨みつけた。

 

「だがそれはいつまでもつんだ!!?」

「うっ‼︎」

「ぎゃー‼︎ またかー!!!」

 

 再び煙の拳を放ち、防御したエレノアを吹き飛ばし、もう一度ルフィを拘束して地面に押さえつけた。

 たった2回ぶつかっただけですでに息を切らせているエレノアに、スモーカーは興味を失せたように目を離した。

 

「今のてめェは相手にもならねェ……悪運尽きたな」

「そうでもなさそうだが…⁉」

 

 背中の十手に手を伸ばすが、もう一つそれを掴む手があることに気づく。

 険しい表情で振り向いたスモーカーは、驚愕で大きく目を見開いていた。

 

「…てめェは………!!!」

「悪いが…その手を離してもらおうか」

「何だ!!? 誰だ⁉ 誰だ⁉」

「…………ウソ」

 

 スモーカーの背後に立っている二人の人物に、エレノアもまた大きく目を見開いて硬直していた。

 彼らは、こんなところにいるはずのない人物たちであったからだ。

 

「政府は、てめェらの首を欲しがってるぜ」

「世界は、我々の答えを待っている…!!!」

 

 忌々しげに睨みつけるスモーカーに対し、刺青を持つ男は挑戦的な笑みを浮かべる。

 エレノアはその男にはもちろん、無言で佇んでいるもう一人の眼鏡をかけた男に対して、最も驚愕をあらわにしていた。

 

「ししょっ…」

「突風だァ!!!!」

「うわあああああ‼」

 

 その瞬間、なんの前触れもなく吹き荒れた風が様々なものを吹き飛ばしていく。

 エレノアや押さえつけられていたルフィも例外ではなく、ゴロゴロと自分の意思とは関係なくスモーカーたちから引き離されて行った。

 

「ルフィ、エレノア走れ!!! 島に閉じ込められるぞ!!! バカでけェ嵐だ!!!!」

 

 どこぞへ飛ばされそうになっていた彼を捕まえ、追っ手を振り切ったらしいゾロが駆け寄ってくる。

 復活したサンジもその後に続き、感心したように空を見上げていた。

 

「グズグズすんな!!!」

「わ、何だ⁉ 何だよ一体!!!」

「ナミさんが言ってたのはこういうことか~~~っ!!!」

 

 バタバタと騒がしく走り去っていく一同。

 その中に囲まれながら、エレノアは今だに信じられないと言った様子で眉間にシワを寄せていた。

 

「どうして……あの人が…!!?」

 

 遠く嵐の中に消えていく若者たちを、その中でも一人の青年の背中を見送りながら、刺青の男は笑みを浮かべていた。

 

「フフ……行って来い!!! それが、お前のやり方ならな!!!」

「…あれはきっと、立派になるだろうな」

「無論だ…!!!」

 

 眼鏡の男のつぶやきに、刺青の男は不敵な笑みを浮かべて答える。

 その横顔に向けて、予想だにしない二人組の登場に、スモーカーは怒りのようなものを滲ませながら鋭い目を向けた。

 

「なぜ、あの男に手を貸す!!! ドラゴン!!! ホーエンハイム!!!」

「男の船出を邪魔する理由がどこにある」

 

 射殺しそうなほどに鋭い視線に、男は変わらぬ不敵な笑みを見せ続けるのだった。

 

 

「……ダメだったか」

 

 拿捕された海賊の姿も消え、スモーカーやたしぎが手ぶらで戻ってきたことで、ヒューズは内心わずかな安堵を覚えていた。

 エレノアがこの場で捕まっていなかったことに、海兵らしからぬ安心を覚えてしまっていたのだ。

 

「こりゃァ…ロイの奴に伝えておかねェとならねェな…」

「そっちは任せるぞ…」

「おう」

 

 何かを決心した様子のスモーカーを見送ると、ヒューズもぞくぞくする体をこすってなんとか落ち着きを取り戻そうとする。

 きっと縁はないだろうと思っていたデカい山が、自分たちの前にそびえ立っているように感じていた。

 

「荒れるぞ、久しぶりに!!!」

 

 

 客足の途絶えた工房の中で、天気を見ていたウィンリィが雨戸を閉目ながら尋ねた。

 

「ばっちゃーん! 雨ひどくなってきたよ‼」

「そうさな…もう店じまいにしようかね」

 

 港の方を見ていたピナコは、やがて肩をすくめると店の中に戻っていく。

 だがその時、ハッと体を起こしたデンが唸り声を上げ始めた。

 

「デン? 客かい?」

 

 訝しげにピナコが外に目を向けると、確かにフードを被った大柄な影が見える。

 客には見えないが、気になったピナコは相手によく目を凝らした。

 

「ん? あんた何やってんだい、こんなところで……」

 

 フードの男は、眼鏡を店の中からの光で光らせて振り向く。

 ピナコの姿をその目に映すと、困ったような表情で肩をすくめた。

 

「ピナコ…おれの家が無くなってた」

「……………ホーエンハイム……‼」

 

 来客の顔を目にし、ピナコは大きく目を見開いて立ち尽くす。

 構わず男、ホーエンハイムは店の中に入り、唸り声を上げるデンに手を伸ばした。

 

「ごめんな、驚かせて」

 

 親しげに撫でようとするが、なぜかデンはホーエンハイムに向けて大きく吠え続け、近づけさせまいと距離を保つ。

 男の表情に、困ったような苦笑が浮かんでいた。

 

「これ、デン!」

「……昔から、動物には嫌われてばかりだ」

「ほんとに…昔から何ひとつ変わらないね、あんたは」

 

 ようやく衝撃から立ち直ったピナコは、呆れたように肩を落とす。

 その時様子の変化に気づいたウィンリィが、奥の部屋から声をかけてきた。

 

「どうしたのばっちゃん? こんな時にお客さん?」

「…気にしなくていいよ。先に休んでな」

 

 余計な心配をかけさせまいと、ピナコはウィンリィに手を振って戻るように促す。

 ホーエンハイムに視線を戻すと、やや咎めるように睨みつけた。

 

「どういう風の吹き回しだい…? 世界政府のお尋ね者のお前さんが……‼」

「ん…忘れ物……取りに来たんだ……」

 

 ホーエンハイムは店の中を見渡し、壁に貼られている写真を見つける。

 その端を手でつまむと、振り向いてピナコに問うた。

 

「この写真もらってっていいか?」

「どれでも好きなだけ持って行きな」

「いや、これ一枚でいい。四人で撮ったのこれしかないんだ」

 

 その一枚を剥がし、ホーエンハイムは服の内ポケットにしまう。

 フゥと息を吐くと、ホーエンハイムは感慨深げな表情でピナコを見下ろした。

 

「ピナコ…お前やっぱりいいやつだな。昔から何ひとつ変わらないおれを不審な目で見る事もなく、昔通り接してくれた」

 

 何を今更、というふうに片眉を上げるピナコだが、ホーエンハイムの様子が何処と無く真剣そうに見えたために口を挟まなかった。

 

「お礼にいい事を教えてやるよ」

「?」

「じきに世界は大きなうねりの中に立たされることになる。今のうちにどこにでも逃げられる用意だけはしとけ」

「…この世界は年がら年中ヒドイ事だらけさ。なんで今さら逃げなきゃならないんだい」

 

 忠告の意味がわからず首を傾げ、ピナコはホーエンハイムを見据える。

 苦笑しながら肩をすくめると、どこか誇らしげに腰に手を当ててホーエンハイムにきっぱりと告げた。

 

「それに、ここを帰ってくる場所にしてる奴らがいるんでね」

「…………忠告はしたぞ」

 

 言いたいことは言い終えたのか、ホーエンハイムはそのまま嵐の中に戻ろうとする。

 せっかちなやつだと呆れるピナコだったが、やがて慌てた様子でその背中を呼び止めた。

 

「ホーエンハイム! あの娘に会っていかないのかい…?」

「………もう会ったよ」

 

 それっきり、ホーエンハイムは振り向くことはなく、暗く重い嵐の中に姿を消していく。

 自分の仲間が待つ場所へ向かいながら、ホーエンハイムは自分の眼鏡を光らせた。

 

「いずれ…また会う日が来るだろう、エレノア」

 

 その目に宿しているのは、何か大きなことを成し遂げると決めた、男の覚悟であった。

 

「〝約束の日〟は……近い」

 

 

「うっひゃーっ、船がひっくり返りそうだ!!!」

 

 船首の羊の首につかまりながら、ルフィは興奮した声を上げる。

 レインコートを着たナミは、進行方向上に灯っている強い光を指差した。

 

「あの光を見て」

「島の灯台か」

「〝導きの灯〟、あの光の先に〝偉大なる航路(グランドライン)〟の入り口がある」

 

 ナミの言葉に、ルフィはニッと笑みを深める。

 答えを知っていながらも、ナミは試すようにルフィに尋ねた。

 

「どうする?」

 

 ルフィの表情が、その問いの答えを物語っている。

 すると甲板に出ていたウソップが、凄まじい嵐の中に対して臆したように戸惑いの声を上げていた。

 

「しかし、お前何もこんな嵐の中を……なァ‼」

「よっしゃ、偉大なる海に船を浮かべる進水式でもやろうか‼」

「オイ!!!」

 

 いまにも船が沈没しそうなほどの嵐なのに、いそいそと酒樽を用意するルフィにツッコミを入れる。

 だが、いまの彼を止める無粋な者は他にいなかった。

 

「おれはオールブルーを見つけるために」

「おれは海賊王!!!」

「おれァ大剣豪に」

「私は世界地図を描くため‼」

「私は今度こそ…自分の脚であの海に挑むため!!!」

「お…お…おれは勇敢なる海の戦士になるためだ!!!」

 

 それぞれの抱く大いなる野望を口にし、酒樽の上に片足を乗せる。

 若者たちはその足を大きく掲げ、決意の固さを表すように力強く振り下ろした。

 

「いくぞ!!!〝偉大なる航路(グランドライン)〟!!!!」

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