ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第48話〝腹の内〟

「なんで西の海(ウェストブルー)にしかいないはずのアイランドクジラが!!?」

 

 そびえ立っている、そういう表現が正しいほどに巨大な影が、メリー号の進行方向上に見える。

 猛スピードで坂を駆け下りている今、それは迫りくる恐怖に他ならなかった。

 

「どうする!!? 戦うか!!!」

「バカね戦えるレベルじゃないでしょ!!?」

「でも進路をふさがれてる!!!」

 

 いきなりの窮地に、麦わらの一味はパニックに陥る。

 しかしその中で、多少は修羅場慣れしているエレノアが大きく声をかけた。

 

「大丈夫…‼ 向こうはこっちに気づいてない!!!」

「でもこのままじゃぶつかるぜ。左へ抜けられる、とり舵だァ!!!」

「舵折れてるよ!!!」

「何とかしろよ、俺も手伝う!!!」

 

 船の方向を帰るには舵を操作する他にない。折れた舵の残った部分でどうにかしようと、男性陣が船内へ駆け込んで行った。

 

「そうだ、いいこと考えた!!!」

「やめて―――っ!!! なんかもう嫌な予感しかしないからァ!!!」

 

 別の方法がないかと思案するエレノアは、何を思ったのか船内に入るルフィに悲鳴のような声をあげる。

 そうこうしている間にも、クジラの巨体はみるみるうちに間近に迫りつつあった。

 

「とり舵っ、とり舵ィ~~~~~~っ!!!」

「だめだ曲がらないっ!!!」

 

 折れた舵を体ごと押すも、船の方向が変わる気配はない。

 万事窮すかと思われたその時、メリー号の前方に備えられた大砲が唐突に火を噴いた。

 その反動により、メリー号の勢いは大きく削がれ、最悪の事態は免れた。

 

「よしっ‼ 船止まったか⁉」

 

 撃ったのはもちろんルフィ。なぜか誇らしげな様子で、自分の活躍に胸を張っていた。

 しかし、メリー号の船首がクジラの体にぶつかり、バキッと音を立ててへし折れてしまった。

 

「最…悪…死んだかも…」

 

 船首が折れてルフィが呆然となり、ナミやエレノアが頭を抱える中、一味はゴクリと息を飲んで凍りつく。

 しかしクジラは、一切の反応を示すことなくその場に佇むだけであった。

 

「に…逃げろ今の内だァ!!!」

「何だ一体どうなったんだ!!? 砲撃に気づいてねェのか!!? それともトロいだけか‼」

「知るか、とにかく今の内だ!!!」

 

 一刻も早くこの窮地から抜け出そうと、バタバタと慌ただしく駆け回るゾロたち。

 その時、それまで沈黙していたクジラが再び口を開け、強烈な咆哮を放った。

 

「ブオオオオオオ!!!」

「あ~~~~っ!!! 耳が――――っ!!!」

「おめェもさっさと漕げよ……ってスマンお前、耳良いんだったな!!!」

「漕げ‼ とにかく漕げ!!! コイツから離れるんだ!!!」

 

 あまりの煩さに、耳を抑えてごろごろと転げ回るエレノアだが、あいにく彼女を介抱する暇さえない。

 すると、涙目でうつ伏せになるエレノアの前に、ズンと立ちはだかるサンダルを履いた足が見えた。

 

「お前、一体おれの特等席に………何してくれてんだァ!!!!」

 

 さらなる嫌な予感がするも、もう遅い。

 次の瞬間には、怒りの形相を浮かべたルフィが、何をトチ狂ったのかクジラの目に向けて腕を大きく伸ばし、拳を叩き込んでいた。

 

「「「「「アホ――――っ!!!」」」」」

 

 信じられない奇行に走った船長に、仲間全員からツッコミが入る。

 一層の事気を失ったほうが気が楽だったかもしれないが、攻撃を受けたクジラ自身がそれを許してくれなかった。

 その巨大な目が、ギョロリと彼らの方を向いたからだ。

 

「こっち見たァ~~っ!!!」

「かかって来いコノヤロォ!!!」

「てめェ、もう黙れ!!!」

 

 まだ喧嘩を売ろうとしているルフィに、男たちによる容赦ない蹴りが叩き込まれる。

 するとついに、クジラが動き出した。大きく口を開け、あたりの海水ごとメリー号を飲み込み始めたのだ。

 

「うわああああああ!!!」

「ルフィ!!!」

 

 突然生じた流れでルフィだけが投げ出され、一味はクジラの口の中へ吸い込まれて行く。

 狼狽する彼らの中で、唯一冷静だったゾロがキッと目を向けた。

 

「よし、お前ら!!! エレノアに捕まれェ!!!」

「「「おう!!!」」」

「いやいやいやムリムリムリ!!! 飛べってか!!? あんた達全員ぶら下げて飛べってか!!?」

 

 全身に組み付かれたエレノアが目を剥き、無理難題にいやいやと首と手を振る。

 一見冷静に見えたゾロも、実際はかなりパニックに陥っていたらしい。

 

「フギャ―――っ!!?」

 

 そして全員の抵抗も虚しく、メリー号は一味を乗せたままくらい闇の中へと引き摺り込まれていってしまったのだった。

 

 

「どう思う?」

 

 ()()()()()()()()、誰かが問いかけた。

 しかしそこ問いに答えられる者はあいにくこの場にはおらず、困惑気味の表情を浮かべるだけであった。

 

「どう思うって…どう思えばいいのよ…」

「おれは、てっきりクジラにのみこまれたつもりでいたが、こりゃあ夢か…⁉」

「…ああ、たぶん夢だ…」

 

 エレノアたちが甲板の上で見つめているのは、なんの変哲も無い小島。小さな小屋やデッキチェアが置かれている、普通の小島だ。

 問題は島自体ではなく、なぜ島がクジラの口の奥にあるのか、ということであった。

 

「――で? あの島と家は何なの?」

「………幻だろ」

「………じゃあこれは?」

 

 現実を認識し切れていないナミたちが棒立ちになっていると、不意に目の前の海面が大きく膨らんだ。

 現れた白い巨大な物体に、彼らはようやく再起動を果たした。

 

「大王イカだ!!!」

 

 太い触手をシュルシュルと伸ばし、襲いかかってくる大王イカから必死に逃げ惑うナミとウソップ。

 一方でゾロ、サンジ、エレノアが迎撃に入ろうと身構えた瞬間、三本の大きな銛が、大王イカに突き刺さった。

 その銛を繋いでいる縄が伸びてきているのは、目の前の小島の家の中からだった。

 

「人は居るみてェだな」

「人だといいな」

「どんな魑魅魍魎がいるのやら……」

 

 目の前の脅威は去ったものの、まだ油断はできないと構えと緊張を解かない一味の実力者たち。

 沈黙が続く中、物陰から覗いていたウソップがヤケクソ気味に声を発した。

 

「撃つか‼ あの島大砲でドカーンと…!!!」

「待て‼ 誰か出てきた………!」

 

 仲間が迂闊な行動に出る前に、ゾロが家をにらんだまま告げる。

 果たして家の中から現れたのは。

 

「花だ!!!」

「花⁉」

「いや、違う‼ 花っぽい人だ」

 

 多くの視線を受けながら、家の扉を開けて一人の初老の男性が姿を現した。

 手に持った縄から、銛を撃ったのは彼だということはわかった。

 

「何だ、あいつ…」

「あんな爺さんが大王イカを一撃で‼」

「…ただの漁か、おれ達を助けてくれたのか」

 

 老人は見知らぬ青年たちに目を向けたまま、大王イカを貫く銛と縄をずるずると引き始める。

 やがて仕留めた獲物を島に引きずりあげると、彼はそのままデッキチェアに寝そべった。

 

「なんか言えよてめェ!!!」

 

 てっきりかにかリアクションがあるものと思いきや、一言も発することなくくつろぎ始めた老人にウソップのツッコミが飛ぶ。

 騒がしい青年に、老人の目がぎらりと光った。

 

「や…戦るなら戦るぞコノ野郎。こっちには大砲があるんだ‼」

「………やめておけ…死人が出るぞ」

「………‼ ……へぇ、誰が死ぬって?」

「私だ」

「お前かよ!!!」

 

 ボケか本気かよくわからない老人の返答に、サンジが苛立たしげな声を上げる。どうにも調子を狂わされるようだ。

 

「ナメやがってあんにゃろ」

「とりあえずサンジくん落ち着いて…おじーさん、教えてほしいんだけどさ。あなたは一体何者で、ここはどこなのかな?」

「………人に質問するときはまず自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないのか?」

「……そ、その通りです。すみません」

「私の名はクロッカス。双子岬の灯台守をやっている。歳は71歳、双子座のAB型だ」

「よし、殺そう」

「落ち着いてエレノアちゃん!!!」

 

 この中ではかなり精神年齢の高いエレノアだったが、老人の馬鹿にしているようなやりとりには限度を迎えたらしい。

 慌ててサンジが止めに入ると、クロッカスが不機嫌そうな表情で睨んでいた。

 

「ここがどこかだと? お前ら、よくも私のワンマンリゾートに入り込んでそんなデカい口がたたけるもんだな。ここがネズミの腹の中に見えるか⁉」

「…や…やっぱりクジラに食われたんだ」

「どうなんの私達…!!! 消化されるなんていやだ」

 

 青い顔でまた慌て始めるナミたち。

 しかしあるものに気づいたエレノアが、訝しげに眉間にシワを寄せて首を傾げる。

 

「でも出口ならあっちにあるみたいだよ?」

「出られんのかよっ!!!」

 

 視線を横にずらせば、確かに大きな鉄製の扉が見つかった。

 しかしその向こう側には何もなく、ただただ青空が広がっているだけだった。

 

「何でクジラの腹に出口が…それに…何で空に扉が!!?」

「いや…待て、よく見ろ。この空…雲も…こりゃ絵だ…‼ クジラの胃袋に絵が描いてあるんだ‼」

「遊び心だ」

「てめェ一体何やってんだよここで!!!」

「もういいもういい…もうほっとこうよ。出口あるならさっさとおいとましよ」

 

 数分も話していないエレノアであったが、すでにこの老人とのやりとりが苦手になっていた。

 邪魔に思われているようだし、さっさとお暇しようと全員が船を操舵しようとした時だった。

 

「何だ!!?」

「始めたか…」

 

 唐突に海、いやクジラの胃袋が荒れ始め、メリー号や小島が大きく揺れ始めた。

 

 ―――どこにいるの!!?

 

 胃袋が荒れ始めると同時に、エレノアの耳に再びあの〝声〟が響いくる。

 焦燥じみた表情のウソップが、何が起こっているのか知っているはずの老人を睨みつけた。

 

「おい‼ 何を始めたんだ‼ 説明しろ!!!」

「このクジラが、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟に頭をぶつけ始めたのだ…!!!」

「何!!?」

 

 クロッカスの答えに、ナミはハッとなる。

 飲み込まれる前に見たものを思い出したのだ。

 

「そういえばこのクジラ…額に、スゴイキズがあった……‼ …それに、空に向かって吠えてもいたし…!!!」

「? ………どういうことだ?」

「苦しんでるのよ………!!!」

 

 ナミの考えがわかったのか、ウソップの目を見開き、老人の方を鋭く睨んだ。

 

「そうか‼ ……それが狙いか、あのジジイ!!!」

「体の中からこのクジラを殺す気なんだ」

「悪どい殺し方しやがるぜ…‼」

「……そうなのかな…?」

 

 ただ一人、エレノアだけが納得いかない様子で首を傾げている。

 しかしその根拠もないために、余計な波紋は生じさせないと黙る他になかった。

 

「謎が解けたらさっさとここ出るぞ。ボヤボヤしてるとおれ達の方が溶けちまう」

「まァ捕鯨をとやかく言う気はねェし、クジラを助ける義理もねェ。脱出しよう」

 

 むしろ被害者のような感情を抱いているゾロとサンジは、情を抱くこともなく作業に入る。

 

「………どうして君は……君は何に苦しんでいるの………?」

 

 エレノアは思案しながら、それでも考えるのは後にしようと作業を手伝う。

 しかし普通の海とは勝手が違うのか、なかなか扉に近づくことができずにいた。

 

「オイ…こう胃が荒れてちゃ出口までたどり着けねェぞ」

「早くしねェとおれ達の命もルフィの命も気がかりだ。あいつは胃袋(ここ)へは来てねェはずだ。口の外へはじき出されるのを見た…‼」

 

 全員が焦る中、ウソップが背後でドボンと音がするのに気がつき、振り抜いて目を見開いていた。

 

「おいっ‼ ジイさんが飛びこんだっ‼ 何する気だ⁉ 溶けちまうぞ!!!」

「出口へ向かってる。おれ達も早く出よう。クジラが、これ以上暴れ出す前に」

「漕いで漕いで!!!」

 

 老人の行動に誰も気を止めず、操舵作業が続けられる。

 そんな中、目指している扉の横の小さな扉が勢いよく開かれ、三つの人影が飛んでくるのが見えた。

 

「マズイぞミス・ウェンズデー、下は胃酸の海だ‼」

「いや――――――――――っ!!!」

 

 水色の髪をポニーテールにした女と、スーツに王冠をかぶった男という妙な二人組と、よく知っている麦わら帽の青年の登場に、一味は目を丸くしていた。

 

「ル…ルフィ…⁉」

「よォ‼ みんな無事だったのか! とりあえず助けてくれ‼」

 

 何が何だかよくわからず、棒立ちになっている間に、ルフィは他の二人と一緒に胃酸の海に落ちていった。

 ぶくぶくと沈んでいく船長に呆れ、ナミが深いため息をついた。

 

「ルフィは置いといて、また変なのが二人いるんだけど……‼」

「……さっきの人、どっかで見た事ある様な……?」

 

 妙な既視感に眉を寄せるエレノアだが、まぁついでだとルフィとほか二人も引き上げておくことにした。

 三人が甲板の上に引きずり上げられると、荒れ狂っていた胃酸の海が徐々に穏やかになって行くのに気づいた。

 

「クジラが大人しくなった…」

 

 クロッカスが姿を消してからそうなったように見え、エレノアはますます謎が深まって行くのを感じた。

 一方でゾロは、目を覚ました見知らぬ訪問者に疑わしげな目を向けた。

 

「――で? お前らは何なんだよ………‼」

「私の目が黒いうちは、ラブーンには指一本触れさせんぞ!!!」

 

 詰問しようとした時、再び姿を現したクロッカスが勇ましい声で威嚇した。

 その対象である男女は、ややあってニヤリと不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「フフフ………」

「ホゥ…だが我々はもう鯨の腹の中」

 

 意味深な笑みを見せる二人は、背負っていた大型のバズーカを構え、砲口を扉の横に向けた。

 

「この胃袋に風穴を開けることだってできるぞ!!! もう我々の捕鯨の邪魔はさせん!!!」

「ゴロツキが…………!!!」

 

 男女の持つバズーカから砲弾が放たれると、クロッカスはなんと自ら飛び込み、爆発に呑まれた。

 クジラの胃の壁には傷一つなく、火傷を追ったクロッカスが胃酸の海の中へと落ちて行った。

 

「あの、おっさん自分から弾を…!!!」

「まさか…このクジラを守ったの…⁉」

「オホホホホホ‼ ムダな抵抗はよしなさいっ‼」

「そんなに守りたきゃ守ってみろ‼ このクジラは我々の町の食糧にするのだ!!!」

 

 呆然となるナミたちをよそに、男女は次なる砲弾を用意して別の場所を狙う。

 エレノアはその構図に、ようやく納得したように表情を強張らせた。

 

「…やっぱり…」

「え?」

「あのおじーさんからは、クジラに対する悪意が一切感じられなかった…‼」

 

 そう確信したエレノアは、これ以上の暴挙をやめさせようと思い切って踏み出した。

 が、それよりも早くルフィの拳骨が男女の脳天に振り落とされていた。

 

「何となく殴っといた‼」

 

 事情を全く理解していなかったが、結果オーライだったのでエレノアは親指を立てておいた。

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