ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第49話〝再会の約束〟

「――このクジラはアイランドクジラ。西の海(ウェストブルー)にのみ生息する世界一デカい種のクジラだ。名前はラブーン」

 

 砲撃を受け、傷ついた身体を手当てしながら、クロッカスはルフィたちに語ってくれた。

 誤解は解け、両者の間にもうわだかまりはなかった。

 

「そしてこいつらは近くの町のゴロツキだ…ラブーンの肉を狙っている。そりゃあこいつを捕えれば街の二、三年分の食料にはなるからな。だが私がそれをさせん‼」

 

 メリー号の甲板に転がされている二人組を睨むクロッカスに、エレノアは自分の勘が外れていなかったことに安堵する。

 ちょっと意地は悪いが、彼がクジラのことを本当に大切に思っていることがわかったからだ。

 

「こいつが〝赤い土の大陸(レッドライン)〟にぶつかり続けるのにも、リヴァース・マウンテンに向かって吠え続けるのにもわけがある。――ある日、私がいつもの様に灯台守をしていると、気のいい海賊どもがリヴァース・マウンテンを下ってきた。そして、その船を追うように小さなクジラが一頭。それがラブーンだ」

 

 クロッカスはまるで昨日のことのように、ラブーンや彼らと初めて会った時のことを思い出す。

 世間一般的な海賊とはかけ離れた陽気な彼らからは、悪意など微塵も感じられはしなかった。ちょうど、ルフィたちのように。

 

西の海(ウェストブルー)ではラブーンとともに旅をしていたらしいが、今回の航海は危険極まると西の海(ウェストブルー)においてきたはずだった。――本来、アイランドクジラは仲間と群れをなして泳ぐ動物だが、ラブーンにとっての仲間はその海賊達だったのだ」

 

 真剣な様子で話を聞いているルフィたち。

 クロッカスはその口元に笑みを浮かべ、かつての日々を思い起こす。それは長い様な短いような、濃厚で何物にも代えがたい時間だった。

 

「――船は故障して岬に数か月停泊していたから、私も彼らとはずいぶん仲良くなっていた。そして出発の日―私は船長にこう頼まれた」

 

『こいつをここで二、三年預かっててくれないか。必ず世界を一周し、ここへ戻る』

 

 それは、海賊達とクジラが交わした約束、夢の実現と再会を願う決意の表れであった。

 ナミとエレノアは、悲しげな表情を浮かべて水路の壁を、ラブーンの方を見つめる。

 

「――だから吠え続けるの…身体をぶつけて壁の向こうに…」

「……そっか、あの声…この子の声だったんだ……」

「どういうこと?」

「さっきからこのクジラの咆哮と一緒に聞こえてたんだ……『どこにいるの?』『会いたい』って声が」

 

 エレノアのつぶやきに、クロッカスもまた目を伏せながらうなずく。

 

「そうだ…もう……50年も前の話になる…」

 

 その言葉に、一味は思わず息をのんだ。

 人によっては、すでに天命を終えているかもしれないような長い時間が飛び出したことで、誰もが言葉を失っていた。

 

「そんなにたっても……まだ仲間の生還を待ってるの…⁉」

 

 健気で、愚かで、痛々しく約束を信じている一人ぼっちのクジラ。

 エレノアは思わず、体の内側に響き渡る哀し気な咆哮に身を震わせていた。

 

 

「しかしすげェ水路だな。腹にこんな風穴開けてよく生きてんな。これも遊び心か?」

()()()遊び心だ。間違えるな。私はこれでも医者なのだ。昔は岬で診療所もやっていた。数年だが船医の経験もある」

「船医⁉ 本当かよ‼ じゃ、うちの船医になってくれ」

「バカいえ。私には、もうお前らの様に無茶をやる気力はない」

 

 ルフィの勧誘を、クロッカスは呆れたような表情で断る。

 ラブーンに呑み込まれる前のことを話したら、余計に行く気をなくすことだろう。

 

「医者か…それでこのクジラの体の中に!」

「そういうことだ。これだけデカくなってしまうともう外からの治療は不可能なのだ。開けるぞ」

 

 クロッカスは水路の端にあった巨大な扉の端の梯子を上り、ハンドルを回して装置を動かす。

 扉はゆっくりと開き、たまっていた空気が流れていくのを感じると、ルフィはいち早く元気な声を上げた。

 

「フ――ッ出たァ!!! 本物の空!!!」

 

 考えてみれば、こんな事態に巻き込まれたそもそもの原因は彼のような気もするが、今さら考えても仕方がないとエレノアは目をそらした。

 その先には、いまだ気を失っている謎の二人組の姿があった。

 

「こいつらどうしよう」

「捨てておけ、その辺に」

「あーい」

 

 ゾロの指示通りに、エレノアは二人組を容赦なく甲板から蹴り落す。

 ドボンドボンと海面に水飛沫が立つと、その衝撃で二人組はようやく目を覚ました。

 

「うばっぷ、何だ!!?」

「い…胃酸の海⁉」

「違うっ‼ 本物の海だ‼ ミス・ウェンズデー」

「どうやらあの海賊達にノされてたようね、Mr.9‼」

 

 すぐさま先ほどの調子を取り戻した二人組は、謎の名前で呼び合うと忌々し気にエレノアたちを睨みつけた。

 少なくとも、捕鯨の邪魔をされたことは覚えているらしい。

 

「――で? お前ら何だったんだ?」

「うっさいわよ‼ あんたには関係ないわ‼」

「いや待てミス・ウェンズデー。関係ならあるぜ? こいつらが海賊である限りな‼」

「それもそうね、Mr.9。我が社には大ありね。覚悟なさい!!!」

 

 いきなり激昂したり意味深な笑みを浮かべたりと、怪しいことこの上ない二人組にエレノアは呆れたように目を細める。

 二人組はびしっと挑戦的に指を突きつけると、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「それではまた会おうじゃないか田舎海賊ども‼」

「そしてクロッカス‼ このクジラはいつか我々が頂くわよ!!!」

 

 返事を聞く事もなく、二人組はものすごい勢いで泳ぎ去って行ってしまう。

 その後ろ姿を、サンジは暢気なだらしのない笑みを浮かべて見送っていた。

 

「ミス・ウェンズデーか。なんて謎めいた女なんだ♡」

「…………やっぱりどっかで見たような気がするな」

 

 女性の方に妙な既視感を覚えているエレノアが首をかしげるが、どうしても思い出せず悶々としてしまう。

 やがて諦めたエレノアはまァいいやと肩をすくめると、クロッカスの手に細長い装置を持たせた。

 

「はい、クロッカスさん」

「ん? 何だこれは」

 

 クロッカスは肩眉を上げ、あからさまに危険なにおいのするボタンを見下ろす。

 エレノアは満面の笑みを浮かべ、クロッカスにビシッとサムズアップを送った。

 

「あいつらがまた変なことしようとしたら押してください。半径数メートルにわたって吹っ飛ばしますから」

「なんつー危ないモン渡しとんのじゃ!!?」

 

 アーロンパークでも似た様なことをやっていたのを思い出し、ウソップが後ずさりながら目を見開いて叫ぶ。

 小悪魔どころか悪魔のような笑みを浮かべるエレノアには、もう恐怖しか感じられなかった。

 

「しかし50年もこの岬でね。まだ、その仲間の帰りを信じてんのか。ずいぶん待たせるんだなー、その海賊達も」

「バ――カ。ここは〝偉大なる航路(グランドライン)〟だぞ。二、三年で戻るっつった奴らが50年も帰らねェんだ……もう答えは出てる。死んでんだよ、いつまで待とうが帰って来やしねェ………‼」

 

 能天気に的外れなことをのたまうルフィに、サンジが吐き捨てるように返す。

 冷たいサンジの言葉に、海賊とクジラの友情に内心感動していたウソップが食って掛かる。

 

「てめェは何でそう夢のねェことを……‼」

「そういう海だよ、ここは」

 

 噛みつかんばかりだった彼の肩を掴み、静止したエレノアが押し殺したような声で止める。

 様々な感情が渦巻いている金の瞳を向けられ、ウソップはうっとうめいて大人しくなった。

 

「いつの日かまた会おうといった友人が…翌日には物言わぬ骸となって海面を漂っている。そういうことがよくある場所なんだよ」

「そう…事実は想像よりも残酷なものだ」

 

 エレノアの体験したかのような言葉に、クロッカスもどこかくやしそうにうなずいた。

 彼が知った情報は、それほど悲しい結末だったのだ。

 

「彼らは逃げ出したのだ、この〝偉大なる航路(グランドライン)〟からな。確かな筋の情報で確認済みだ」

「な…なにィ…!!?」

「……このクジラを置いて…⁉ まさか…でも逃げるには〝凪の帯(カームベルト)〟を通らなきゃ……‼」

「そうとも……故に、生死すら不明。だが、たとえ生きていたとしても二度とここへは戻るまい。季節・天候・海流・風向き、全てがデタラメに巡り、一切の常識が通用しないのがこの海。〝偉大なる航路(グランドライン)〟の恐怖は、たちまち弱い心を支配する」

 

 クロッカスの語った真実に、サンジは腹立たしそうに眉間にしわを寄せる。

 自分が思っていた以上に残酷な話に、ラブーンに対して大した思い入れはないとはいえ、相応の怒りが込み上げてきたようだ。

 

「そして心の弱いそいつらは、てめェの命惜しさに約束の落とし前もつけずにこの海からとっととズラかったって訳だ」

「見捨てやがったのか、このクジラを‼ そいつらを信じてこいつはここで、50年も待ち続けてんのに…!!! ヒドいぞそりゃあ!!!」

「それがわかってるんだったら、どうして教えてやんないの? このクジラは人の言うことが理解できるんでしょ⁉」

「言ったさ。包み隠さず全部な。だが聞かん」

 

 クロッカスは事実を知った時の自分の悲しみを、そしてそれをラブーンに知らせる時の葛藤を思い出す。

 しかし、ただ待ち続けると言いう苦しみを続けるよりはと、必死にラブーンに真実を告げたものの、彼は理解しなかった。納得したがらなかった。

 自分の家族が死んだなど、自分を捨てて逃げてしまったなど、信じたくはなかったのだ。

 

「……そりゃあ、認めたくないよ。()()()()()()()()()()()()()()()んだもの」

 

 胸に当てた手にギュッと力を込め、苦しそうな表情のエレノアが呟く。

 生きる理由を持ったまま苦しみ続けるのと、生きる理由を亡くしたまま生き続けなければならない。どちらが辛いかなど、他人が推し量れるものではないだろう。

 その時だった。それまで無言で寝転がっていた麦わら帽の船長の姿が、忽然と消えていることに気が付いたのは。

 

「………ルフィ?」

 

 いやな予感がしたエレノアが、辺りを見渡して冷や汗を流す。

 ほかの面々も青年の姿を探していると、どこからか威勢のいい掛け声が耳に届いた。

 

「うおおおおお!!!」

 

 声のする方を見れば、確かにルフィの姿を見つけた。

 しかし大きな丸太を持ち、ラブーンの体をサンダルで駆け上がっている彼の姿を見れば、言葉を失ってしまうのも仕方がなかった。

 

「は⁉」

「何やってんだあのバカはまた」

「ちょっと目を離したスキに…」

「山登りでも楽しんでんのかね」

「……あのさ、私今すっごい嫌な予感してるんだけど」

 

 今さら彼の奇行に驚いている暇はない、とあきれた様子で目をそらす一味だが、漠然とした不安が胸中に渦巻くエレノアはそうは思えなかった。

 そうこうしているうちに、ラブーンの体を上ったルフィはその鼻先へとたどり着いていた。

 

「〝ゴムゴムのォオオオオ〟‼」

 

 彼は大きく腕を伸ばし、抱えた丸太―――自分がへし折ったメリー号のマストを振り上げる。

 その光景に、エレノアはサーッと自分の中の血の気が引いていくのを感じた。

 

「〝生け花〟!!!!」

 

 ルフィの持ち上げたマストが、次の瞬間ラブーンの鼻先にできた新しい傷に深々と突き刺さった。

 ぶしゅうっと噴き出す鮮血に、全員の目が点になっていた。

 

「………ありゃマストじゃねェか? おれ達の船の…」

「そう、メインマストだ」

 

 理解が追い付いていない一味だが、すでに内心は不安でいっぱいになっている。

 エレノアに至っては、気を失わないようにするので精一杯になっていた。

 ラブーンは最初は平然とした様子であったが、やがてじわじわと痛みが広がったのか、顔中に汗を噴出させ始めた。

 

「ブオオオオオ!!!」

「「「「「何やっとんじゃ、お前~~~っ!!!!」」」」」

「船壊すなァ‼」

 

 再び咆哮を上げて、狂ったように暴れ始めたラブーンに、一味もクロッカスも思わず悲鳴じみた怒号を放っていた。

 ラブーンは鼻先でしがみついているルフィに気づくと、叩き潰してやろうと地面に思い切り自分の体ごとぶつかる。だが、かえってマストが深く突き刺さり、自分の体を傷つけてしまい、さらに苦しむ羽目になっていた。

 

「ブオオオオ!!!」

「へへ、ば―――か‼」

 

 バカにしたように笑うルフィに、ラブーンが再びぶつかっていく。

 ちょっと掠っただけでボールの様に吹っ飛ばされながら、ルフィはラブーンの目を拳でついたりと止まる気配がない。

 何度も何度も、ルフィとラブーンは勝負ともいえないぶつかり合いを繰り返していた。

 

「ルフィ…!!?」

 

 エレノアはただ戸惑ったように青年を凝視するほかにない。

 確かに何を考えているのかわからない彼ではあるが、理由なく誰かを傷つけるようなことはしない。

 そして、何度目かの激突の後、ルフィは向かってくるラブーンに向けて叫んでいた。

 

「引き分けだ!!!!」

 

 ルフィの口にした言葉の意味が分からず、その場で固まるように動きを止めたラブーン。

 ルフィは不敵な笑みを浮かべたまま、ラブーンに向けてまた告げた。

 

「おれは強いだろうが!!!!」

「………?」

 

 戸惑ったように見つめてくるラブーン。

 理解が追い付いていないラブーンに、ルフィは自信たっぷりに告げた。

 

「おれとお前の勝負は、まだついてないからおれ達は、また戦わなきゃならないんだ!!! お前の仲間は死んだけど、おれはお前のライバルだ」

 

 そこでようやく、ラブーンはルフィの言葉に隠された想いを理解した。

 この人間は、自分にまた生きる理由を与えようとしてくれている。大好きだったあの人たちの代わりに、この場所で待ち続ける理由になってくれようとしているのだ。

 

「おれ達が〝偉大なる航路(グランドライン)〟を一周したらまた、お前に会いに来るから、そしたらまたケンカしよう!!!!」

 

 ラブーンの目から、ぽろぽろと涙の雫が零れ落ちていく。

 わかりにくいうえに、乱暴で身勝手で一方的な約束だが、それでもその言葉はラブーンの胸に刺さった。

 彼の言葉は言外に表していた。「生きろ」と。

 

「ブオオオオオオオ…!!!」

 

 ラブーンの咆哮が、再び岬に響き渡る。

 聞こえてくる〝声〟に、エレノアは目に涙をにじませながら笑みを浮かべた。

 それはこれまでのような悲しみに満ちた咆哮ではない。一度失いかけた存在理由をもう一度手にしたことへの、歓喜の咆哮であったからだ。

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