ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第50話〝記憶を受け継ぐ者〟

「あ――――――っ!!!」

 

 ラブーンの無謀な行為をやめさせ、新たな約束の証として、ルフィがラブーンの鼻先に大きな海賊マークを描き終えた時だった。

 海図を広げ、今後の進路を確認していたナミが突如叫び声をあげたのだ。

 

「何だよ、お前うるせーな―――っ」

「何事っすかナミさん‼ お食事の用意ならできました♡」

「は―――船の修理ちょっと休憩、メシか?」

「ぐ――」

羅針盤(コンパス)が…!!! 壊れちゃった…!!! 方角を示さない!!!」

 

 各々でメリー号の修繕が住むまでの時間を過ごしていた男たちが、ナミの異変に気付いて集まってくる。

 クロッカスと話し込んでいたエレノアも何事かと振り向き、事情を知って思いっきり呆れたため息をついた。

 

「呆れた…!!! ほんとに何も知らなかったんだね」

「命を捨てに来たのか? 言ったはずだ。この海では一切の常識が通用しない。その羅針盤(コンパス)が壊れているわけではないのだ」

「…じゃあ、まさか磁場が⁉」

 

 クロッカスとエレノアの言葉で、ナミの表情が驚愕のものに変わる。

 理解が早くてよろしいと、エレノアは満足げに頷いた。

 

「そ。〝偉大なる航路(グランドライン)〟にある島々が鉱物をたくさん含んでいるから、航路全体に磁気異常をきたしているんだ。さらにこの海の海流や風には恒常性がないからね…何も知らずに海へでれば確実に死ぬよ」

「確かに…方角を確認する術がなきゃ絶望的だわ」

 

 てっきりいまの準備で十分だと思っていたナミは、くるくる回り続けている羅針盤(コンパス)を見て愕然となっていた。

 

「し……知らなかった」

「おいマズイだろ、そりゃ‼ 大丈夫か!!?」

「知らないナミさんも物知りなエレノアちゃんも素敵だ‼」

「ちょっとあんたら黙っててよ!!!」

 

 本気でどうしたらいいのかと悩み始めるナミに、あちこちから抗議や余計な声がかかるが、エレノアはやれやれと手のかかる子供を見るような表情でナミの隣に歩み寄った。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟を航海するには『記録指針(ログポース)』が必要だよ」

「ログポース? 聞いたことないわ」

「磁気を記録することのできる特殊な羅針盤(コンパス)のことだよ。ほら、こういうの」

「こういうのか?」

「そう、それ」

 

 エレノアが差し出した、リストバンドのような形状のコンパスと同じものをルフィも取り出す。

 文字盤もない、針だけが揺れている不思議なそれに、ナミは興味深そうな視線を向けた。

 

「その『記録指針(ログポース)』がなければこの海の航海は不可能だ」

「まぁ〝偉大なる航路(グランドライン)〟の外での入手はかなり困難だけどね」

「なるほど…でもちょっと待って」

「うん」

 

 ナミの言いたいことを理解しているのか、エレノアも真面目な表情で頷く。

 そして二人で同時に、呑気にサンジの料理を頬張っているルフィの頭を殴りつけた。

 

「「なんであんたがそれを持ってんのよ!!!」」

 

 頬を張り飛ばされ、ルフィは口にしていた料理をぶっと吐き出してしまう。

 怒るよりも先に、なぜ怒られたのかわかっていない様子でログポースを二人に差し出した。

 

「…これは、お前。さっきの変な二人組が船に落としていったんだよ」

「あいつらが?」

「何でおれを殴る」

「ノリよ」

「ノリか」

 

 とりあえず理不尽なことには変わらないが、痛くはないために深くは追求するつもりはないらしい。

 不思議そうにログポースを見つめるナミに、クロッカスが説明を続けてくれた。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟に点在する島々は、ある法則に従って磁気を帯びていることがわかっている。――つまり、島と島が引き合う磁気を、この『記録指針(ログポース)』に記憶させ、次の島への進路とするのだ」

 

 ゆらゆらと不規則に揺れる指針は、ナミとエレノアの持つものとで方向が違って見える。

 これが異なる島の磁気を記憶し始めているということなのだろう。

 

「まともに己の位置すらつかめないこの海では、『記録指針(ログポース)』の示す磁気の記録の身が頼りになる。始めはこの山から出る7本の磁気より一本を選べるが、その磁気はたとえ、どこの島からスタートしようともやがて引き合い…一本の航路に結びつくのだ。そして最後にたどり着く島の名は」

「『ラフテル』」

 

 エレノアの告げた名が、一味に緊張を走らせる。

 それこそが彼らの最終的な目的地であり、全ての海賊たちが探し続けている場所の名だからだ。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟の最終地点であり、歴史上にもその島を確認できたのは海賊王の一団だけという……伝説の島」

「じゃ…そこにあんのか⁉〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟は!!!」

「さァな。その説が最も有力だが、誰もそこにたどり着けずにいる」

 

 余裕の表情を見せ、曖昧に口を閉ざすクロッカスだが、ルフィはそんな彼に不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「そんなもん、行ってみりゃわかるさ!!!」

 

 ルフィの返事に、クロッカスはどこか満足げな笑みを返す。

 正直気になって気になって仕方がないウソップだが、彼にこれ以上聞いても仕方ないと思ったのか渋々身を引く。

 そしてルフィほどではないにせよ、ワクワクした様子で佇んでいるエレノアに視線を向けた。

 

「しかしさすが〝偉大なる航路(グランドライン)〟で生まれたって言うだけあってよく知ってんな」

「へっへ~ん。記憶力や知識には自信があるんだよねー」

 

 一味の知恵袋とでもいうべき知識量に感服する彼に、エレノアはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 クロッカスはそんな彼女を、意味深な眼差しで見つめていた。

 

「小娘でも…やはり天族か」

「???」

 

 クロッカスのつぶやきの意味がわからず、エレノアは訝しげな表情で首をかしげる。

 代わってナミがその意味について尋ねてみた。

 

「クロッカスさん…天族に関して何か知ってるの⁉」

「……まァ、私も生涯で天族に会ったことがあるのは二度だけでな。詳しいとは言えん」

「二度も…⁉」

 

 普通の人間なら姿を見ることさえなく一生を終えると言われるのに、会ったことがあるという彼の話に全員が驚愕する。

 クロッカスは難しげな表情を見せ、かつてのことを思い出しながら語り始めた。

 

「……以前に会ったことのある天族の言うことには、()()()は〝記憶を受け継ぐ者〟の一族らしい」

「記憶を……受け継ぐ? どういうことそれ?」

「うまくは言えんが……天族の女子には代々、先代から受け継いだ記憶を次世代に継承する宿命があるのだと聞いた。己が体験した最も大切な記憶を、途絶えさせることなくつなげていく使命があるのだと」

 

 そんなばかなと切って捨てるような話だったが、この場にいる全員ばかにするようなことはできなかった。

 語り聞かせるクロッカスの表情が、あまりにも真剣な様子だったからだ。

 

「親から子へ、子から孫へ……長い長い年月をかけて記録を蓄積していく〝生きた図書館〟。膨大な知識と経験を内包していると言われるがゆえに、全知の力があると言い伝えられているのだとな」

「………そうなの?」

「いやいやいや知らない知らない。そんな壮大な昔話聞いたこともないよ」

 

 もはや伝説かホラ話のようなクロッカスの話を、エレノアはブンブンと首を振って否定する。

 少なくとも彼女自身には、母親からそのような使命を授かった覚えはなかったようだ。

 

「私が乗っていた船にも天族は乗っていた。……ウソか本当かは判断しかねるがな」

 

 またもや気になる締めくくりで、クロッカスは話を終えてしまう。

 不完全燃焼気味のエレノアだったが、それでも期待に満ちた眼差しをはるかな海の先へと向けていた。

 

「〝記憶を受け継ぐ者〟か……この先の海に、私と同じ生き残りがいるのかな」

 

 探そうと思っても見つかるものではない、伝説の種族の生き残り。

 そんな彼女が密かに抱いた新たな目標を、クロッカスは意味深な笑みを浮かべて見つめていた。

 

「さー、行くかっ‼ メシも食ったし」

「お前一人で食ったのかっ‼」

「うおっ‼ 骨までねェし!!!」

 

 話している間に、ルフィはサンジが用意した料理を他のものの分まで平らげてしまったらしい。

 ギャーギャーと騒がしくなるのを尻目に、ナミは手に入れたログポースをじっと見つめていた。

 

「『記録指針(ログポース)』か……‼ 大切にしなきゃ…これが航海の命運を握るんだわ」

「私の分をスペアにしなよ。命綱は多いくらいで十分さ‼」

「そうね! ありがと!」

 

 気前のいいエレノアの提案に礼を言い、ナミは彼女の掲げるログポースと見比べる。

 その時、ある悲劇が起きた。

 

「おのれクソゴム!!! おれはナミさんとエレノアちゃんにもっと‼ 二人にもっと食ってほしかったんだぞコラァ!!!」

「うおっ!!!」

 

 レディたちに自分の料理を食べてもらえる機会を失ったサンジが、怒りに任せてルフィを蹴り飛ばす。

 宙を舞った麦わらの青年は、そのままナミたちのいる方へと吹っ飛ばされた。

 

「え?」

 

 その時、パリンという音が二つ同時に響き、ガラスのかけらが辺りに飛び散った。

 ナミとエレノアは呆然と、砕けたログポースの残骸を凝視し、ついでサンジにギギギと壊れた人形のように視線を向けた。

 何を勘違いしたのか、サンジは能天気にヘラッと笑みを浮かべていた。

 

「お前ら二人とも頭冷やして来ォ――い!!!」

 

 とんでも無いことをやらかした二人を、ナミが怒りのままに海に向けて蹴り落とす。

 その後ろで、エレノアはログポースの哀れな残骸を前にガックリとくずおれていた。

 

「……わ…私の『記録指針(ログポース)』……パパが誕生日にくれた想い出の品だったのに………」

「しっかりしてエレノアァ!!!」

 

 さらっと聞こえてきた情報に、ナミは青い顔でエレノアにすがりつく。

 エレノアの父親から、つまりは大海賊〝白ひげ〟から贈られた品が粉々になったというのは、第三者からしても悲劇であった。

 

「おいっ‼ そいつはすげェ大事なモンだったんじゃねェのか⁉」

「あわてるな。私のをやろう。ラブーンの件の礼もある。……お前さんはまァ、気の毒だったとしか言いようがない」

「ちくしょーっ‼︎」

 

 流石のクロッカスもいたたまれなかったらしい。妙に気遣わしげな優しい口調が、エレノアにとっては逆に辛かった。

 その時、突き落とされたサンジとルフィがようやく海面から顔を出してきた。と、思いきや。

 

「ぷはっ」

「ぷはっ」

「ぷはっ」

「ドゥバ―――っ‼」

「「「「ん⁉」」」」

 

 二人の他に、見覚えのある顔が陸地に這い上がってきた。

 思わず見つめ合う両者だったが、サンジは相手の一人が女性、ミス・ウェンズデーだとわかると途端に態度を変えた。

 

「お手を、ミス・ウェンズデー」

「まあ、ありがとう」

「おいっ!!! 頼みがある」

 

 エスコートしたままその場を去ろうとするサンジを、Mr.9と呼ばれていた男が呼び止めた。

 

 

「ウィスキーピーク? 何だそれ」

「わ…我々の住む町の名だ…です」

 

 眠りこけたままのゾロを除く一味が再集合した前で、Mr.9とミス・ウェンズデーが神妙な表情で正座していた。

 彼らからの要求に、ナミは意地の悪そうな笑みを浮かべて問いかける。

 

「船が無くなったからそこへ連れてけって? それは少しムシが良すぎるんじゃないの? Mr.9。クジラ殺そうとしといてさ」

「お前ら一体何者なんだ?」

「王様です」

「うそつけ」

「いで‼」

 

 ボケに走ったMr.9の頬をつねり、サンジが冷たい声を発する。

 すると謎の二人組は、恥も外聞も捨てていきなり土下座をして見せた。

 

「いえません!!! しかし!!! 町へ帰りたいんです!!! 受けた恩は必ず返します‼」

「私達だってこんなコソコソした仕事やりたくないんですが、なにせ我が社は〝謎〟がモットー。何も喋るわけにはいかないのです。あなた方のお人柄を見こんでお願い申し上げます」

「………やめておけ。何を言おうとロクなもんじゃないぞ、そいつらは」

 

 口調こそ丁寧な二人組を、クロッカスは冷静に淡々と評価する。

 エレノアもナミも同じ考えであったが、彼女たちの船長は深くは気にしている様子はなかった。

 

「いいぞ、乗っても」

 

 思わず呆れながら、エレノアは深いため息をつく他になかった。

 

 

 それからしばらくして、出港の準備が整ったメリー号の上で、ナミがログポースを確認していた。

 

「………そろそろよかろう。〝記録〟がたまったはずだ。海図通りの場所を指したか?」

「うん、大丈夫‼ ウィスキーピークを指してる」

 

 クロッカスの確認にそう返し、ナミはワクワクとした様子で進路を再確認した。

 行き先は先ほど決めたように、Mr.9とミス・ウェンズデーの故郷であるという島だ。

 

「いいのか? 小僧、こんな奴らのためにウィスキーピークを選んで。航路を選べるのは始めのこの場所だけなんだぞ」

「気に入らねェ時はもう一周するからいいよ」

「………………そうか」

 

 なんとも無鉄砲ながら、スケールの大きな返事をくれるルフィに、クロッカスも微笑ましげな笑みを浮かべる。

 過ごした時間は長くない、しかしそれでも彼らにとって忘れられない時間となっていた。

 

「じゃあな、花のおっさん」

記録指針(ログポース)ありがとう‼」

「…お世話になりました」

「行ってこい」

 

 クロッカスの激励を受け、ルフィは満面の笑みを浮かべる。

 そして彼は、もう一人の友人に向けても挨拶を交わした。

 

「行ってくるぞクジラァ!!!!」

「ブオオオオオオオオ!!!」

 

 ラブーンもまた、ルフィたちとの再会を願って激励の咆哮を上げる。

 唯一エレノアのみがその咆哮の意味を理解し、可笑しそうに笑い声を噛み締めていた。

 

 海流と風に乗り、みるみるうちに見えなくなっていく小さな海賊船の後ろ姿を眺め、クロッカスはただ一人、この場にいない仲間へと問いかけていた。

 

「あいつらは…我々の待ち望んだ海賊達だろうか…なんとも不思議な空気を持つ男だ。なぁ…ロジャーよ」

 

 そんなつぶやきに、風だけが不思議な響きを返していたのだった。

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