ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
第51話〝最初の島〟
――船はゆく。
今日の天候は冬、時々――春。
しんしんと真っ白な雪が降り続ける海の上を、メリー号は静かに進む。
あっという間に降り積もった新雪を遊び道具にしたルフィは、作り上げた雪だるまに最後のひと工夫を加えた。
「おっしゃ、できた‼ 空から降って来た男〝雪だるさん〟だァ!!!」
「はっはっはっは…まったく低次元な雪遊びだな、てめェのは‼」
「何っ⁉」
「見よ、おれ様の魂の雪の芸術っ‼〝スノウエレノア〟!!!」
「うおおスゲェ!!! 今にも動き出しそうだ!!!」
造形が得意なウソップが、エレノアをモデルにした雪像を披露し大きく胸を張る。
質感といい表情といい、100点を与えてもいいぐらいに完璧な雪像。それに向けて、ルフィは自分の雪だるまを叩いて腕を発射させた。
「よし、雪だるパンチ!!!」
「何しとんじゃおのれェ!!!」
「がァ――っ!!! 雪だるさん!!!」
渾身の力作の顔面を破壊され、怒り狂ったウソップが雪だるまを蹴り崩す。
ギャーギャーと騒ぎ始める二人に、分厚いコートに身を包んだナミが呆れた視線を送っていた。
「この寒いのに何で、あいつらあんなに元気なの」
まぁ、あれだけ動き回っていれば身体もあったまるだろうと放置しておくことにする。
が、一人だけこのアホ二人組に突撃していった。
「雪かきしろっつってんでしょうがこのアホども!!!」
いまだに騒いでいるルフィとウソップの両方に蹴りを放ち、エレノアが鼻息荒く仁王立ちする。
やけに不機嫌そうな彼女に、ナミは理由を察してか苦い表情を見せた。
「エレノア…あんた、今のはほぼ私怨よね」
「…ノーコメント」
「ナミさん‼ エレノアちゃん‼ 恋の雪かきいか程に!!?」
「止むまで続けて、サンジ君」
「イエッサー♡」
目をハートマークにしたサンジが、デレデレしたまま懸命にスコップで雪を捨てる作業を続ける。降り積もった雪をどんどん処分しなければ、重みで沈没してしまうからだ。
ちなみにこんな天気の中でも、ゾロだけが暢気に胡坐をかいて昼寝をしていた。頭に雪を積もらせながら。
「おいキミ、この船には暖房設備はないのかね」
「寒いわ」
「うっさいわね、あんた達客じゃないんだから雪かきでも手伝ってきなさいよ‼」
「ナミ、もうあれはほっといてもいいから」
船室では、毛布と厚着で身を守るMr.9とミス・ウェンズデーが不満げな声を上げ、ナミがそれを怒鳴りつける。
何かと不遜な二人組に、エレノアはもうあきらめているようだ。
すると突如、船の外ですさまじい閃光が走り、続いて轟音が鳴り響く。天空で走る稲妻に、ナミは戦慄の表情を浮かべていた。
「雷…!!? 一体どうなってんの!!? ここの天候は。さっきまでは暑いくらいポカポカの晴天だったのに」
「話には聞いてたけど本当にめちゃくちゃだな…‼ リヴァース・マウンテンから発せられる磁場が天候を狂わせてるってのは聞いたけどここまでとは……」
「クロッカスさんの言ってた通り、季節も天候もデタラメに巡ってる!!!」
「………それよりナミ、進路の指示を」
「え? あ…あ―――っ!!!!」
エレノアに指摘され、ナミは慌てて
「な⁉︎ 何だ、どうした!!!」
「何事っすかナミさん!!!」
「うそ…!!! 180度船を旋回‼ 急いで‼」
「180度? 何で引き返すんだ」
「忘れ物か?」
「違うわよ‼ 船がいつの間にか反転して進路から逆走してるの!!! ほんのちょっと『
航海士にあるまじき失態に、ナミは慌てて仲間たちに指示を飛ばす。いくら異様な海の状態に目を奪われていたからといって、真逆の方向に向いているまで気づかないなどありえないミスだ。
「油断大敵だよ、ナミ」
「波に遊ばれてるな」
「あなた本当に航海士?」
エレノアだけでなく、いまだに信用しきれない謎の二人組にまで馬鹿にしたような視線を向けられ、ナミはキッと目を鋭くする。
それにも構わず、ミス・ウェンズデーが諭すような揶揄うような口調で告げた。
「ここはこういう海よ。風も空も波も雲も、何一つ信用してはならない。不変のものは唯一『
「偉そうにウダってないでさっさと手伝え!!!」
「「うお⁉」」
「そしてあんたもわかってんならさっさと言え!!!」
「注意喚起のつもりだったんだよ!!!」
船内から動こうともしない二人組の背中を蹴り飛ばし、エレノアの服の襟を掴んで投げ飛ばす。
開き直ったナミには、もう正論など何の意味も持たなかった。
「ブレイスヤード右舷から風を受けて!!! 左へ180度船を回す‼ ウソップ
「イエッサー!!!」
「まかせろナミさん!!!」
「人使いのあらい女だ…」
「うるさい‼」
急な指示に文句を言いながら、
船の上では、全員が団結しなければたちまち全滅する。多少の不満があろうとも、それは前に進むために呑み込まなければならないのだ。
「おい待て、風が変わったぞ!!!」
「うそっ」
「春一番だ」
「何で!!?」
「ゾロ!!! 起きろ!!! 緊急事態だぞ!!!」
「ぐー」
とはいえこの海では、当たり前の作業さえまともにこなすこともできない。
急に変わる風向き、変化する天候、あらゆるものがデタラメで、一貫した指示では対応しきれないのだ。
「おい‼ 向こうで今イルカがはねたぞ、行ってみよう」
「あんたは黙って!!!」
「波が高くなってきた‼」
「ナミさん霧だ!!!」
「十時の方角に氷山発見!!! …ごめんねギン!!! あんた達よく1週間もったわ!!! 並みの艦隊なら確かに全滅するわ!!! 私が甘かったァ!!!」
「何なのよこの海はァ!!!」
文字通り、気まぐれに荒れ狂う海に翻弄されながら、一人を除いた麦わらの一味と同行者2名があわただしく船の上を走り回る。
伝説の海の洗礼を真正面から受け、それでもなお若者たちは諦めることなく、奮闘し続けるのだった。
穏やかな風が吹き抜ける、心地のいい昼間。
怒涛の試練の数々を潜り抜けたメリー号、そのうえでルフィたちは、疲労困憊の様子で倒れ伏していた。
「ん~~~~~~……」
幽鬼のようなうめき声が聞こえる中、気の抜けた声が響く。
のそりと体を起こしたその男は、大きなあくびをこぼして寝ぼけ眼をしばたかせた。
「くはっ、あ―――寝た…ん?」
今の今まで眠り続けていたゾロが、肩をほぐしながら立ち上がる。
そして、足元でぐったりとうつぶせになっている仲間達を見下ろし、訝し気に眉を寄せてため息をついた。
「……おいおい、いくら気候がいいからって全員ダラけすぎだぜ?」
(お前…!!!)
先ほどまでの困難に一切手を貸していなかったというのに、呆れた様子でぼやくゾロに一瞬で殺意が集まる。
だが、疲れ果てた彼らにもはや動く気力など残されてはいなかった。
ゾロは困惑気味に肩眉を上げ、そしていつの間にか船に乗っている見慣れない二人組の方を向いた。
「……なんでお前らがこの船に?」
「おそ――っ!!!」
「今そいつらの町へ向かってるんだ」
「まさか送ってやってんのか? 何の義理があるわけでもなし」
「うん、ねェよ」
約束の岬からずっと寝続けていた彼には、Mr.9とミス・ウェンズデーが乗っていることに純粋な疑問がわく。
そして同時に、この謎の二人組に対する疑惑が沸き上がるのを感じた。
「おーおー、悪ィこと考えてる顔だ…。名前…何つったかな、お前ら……?」
「ミ…Mr.9と申します」
「ミス・ウェンズデーと申します…………」
「そう…どうもその名前を初めて聞いた時からひっかかってんだ、おれは」
「……‼」
「どこかで聞いたことがある様な…ない様な…?」
最初から何か確信を持っているような、見透かされているような感覚に、二人は後ずさりながら大量の冷や汗をかく。
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべ、ゾロは二人組の顔を覗き込んでいた。
「まぁいずれにしろ」
その顔が、唐突にがくりと沈み込む。
後頭部に感じる衝撃に顔をしかめながら振り向けば、そこには怒り心頭の様子で拳を構えるナミの姿があった。
「…あんた達今まで、よくものんびりと寝てたわね。起こしても起こしてもグーグーと……‼」
「あァ⁉」
何を怒っているのか全く分からないゾロは、不機嫌そうに手をあげてきたナミを睨みつける。
が、再び思いっきり拳骨を食らい、痛みと困惑で目を白黒させる羽目になっていた。
「????」
「気を抜かないでみんな‼ まだまだ何が起こるかわからない!!!」
ようやく疲労困憊から立ち直ってきた一味を前にして、ナミが堂々とした態度で告げる。
「今やっとこの海の恐さが認識できた。〝
潔いと言えば聞こえはいいが、言っていることは実に情けない開き直りである。
一味の重要なポジションである航海士がそんな不安になることを言っていいのかと、ウソップは思わず呆れた様子で凝視してしまった。
「大丈夫かよ、オイ」
「大丈夫よ‼ それでもきっと何とかなる‼ その証拠に…ホラ‼ 一本目の航海が終わった」
不敵な笑みを見せるナミ。その目が見据える先に、それはあった。
水平線のど真ん中に鎮座する、サボテンのような丸っこい形の山の影。まだ少し遠く、おぼろげな影ではあるが、それこそルフィたちが求め続けていた場所の証であった。
「島だァ!!!」
「でっけーサボテンがあるぞ!!!」
「ここがウィスキーピーク‼」
「よかった、無事に着いた…!!!」
歓声を上げる者、ほっと息をつく者、感嘆の声を上げる者、ようやくたどり着いた最初の目的地に、様々な反応が見られた。
すると、Mr.9とミス・ウェンズデーが船の欄干の上に立ち、久々に不敵な笑みをルフィたちに見せてきた。
「それでは我らはこの辺でおいとまさせて頂くよ‼」
「送ってくれてありがとうハニー達、縁があったならいずれまた‼」
「「バイバイベイビー」」
格好をつけて飛び降りると、二人はすさまじい勢いで島に向かって泳ぎ去っていく。
結局最後までよくわからない奴らだったと、ナミたちは呆れた様子でそれを見送るのだった。
「行っちゃった…………」
「一体何だったんだあいつらは」
「ほっとけ‼ 上陸だ――っ!!!」
「正面に川があるわ。船で内陸へ行けそうよ」
もう会うことはないだろうとさっさと切り替え、一味は上陸のための準備に取り掛かる。
だがここで、ウソップが思い出したように不安を抱き始め、やや青い顔でナミの方に視線を向けた。
「バ…バケモノとかいんじゃねぇだろうか…‼」
「可能性はいくらでもある。ここは〝
「そしたら逃げ出しゃいいだろ」
「ちょっと待った。私達にはこの島に滞在しなきゃならない時間があるってことを忘れないように」
「何で」
ナミの注意に、ルフィは訝し気に眉間にしわを寄せて振り向いた。
その問いに、代わりにエレノアが答えた。
「この『
「それぞれの島で『記録』のたまる早さは違うから、数時間でいい島もあれば数日かかる島もある」
「じゃあ、そこがすぐにでも逃げ出してェ化け物島でも、何日も居続けなきゃならねェこともあるってのか…‼」
「そういうこと」
直面した問題に、ウソップはさらに表情を青くし、他の面々も僅かばかりの緊張を見せる。
しかしただ一人、ルフィだけはそんな様子を一切見せていなかった。
「まァそしたらそん時考えるってことで、早く行こう‼ 川があるのに入らねェなんておかしいだろ‼」
「ま――あんたはそうだろうけど」
「ルフィの冒険なんてたいがい出たとこ勝負だもんね」
「あいつの言う通りだ。行こうぜ、考えるだけムダだろ」
「ナミさんのことはおれが守るぜ‼」
「お…おいみんな聞いてくれ…‼ きゅ…急に、急に持病の『島に入ってはいけない病』が」
話している間に、島は輪郭がはっきり見えるほど近づきつつある。
どれだけ不安要素があろうとも、上陸して
「…じゃ、入るけどいい? 逃げ回る用意と戦う準備を忘れないで」
ナミの確認に、全員が黙ってうなずく。
そして、島の中心にまで続いている川に入った時、エレノアの耳にある話し声が届いた。
「おい、ありゃ海賊船じゃないのか」
「何⁉ ほ…本当だ‼」
案の定、島に住んでいる者達がいたのか、初めて見る海賊船に向けて驚きの声が向けられる。
「みんなに伝えろ‼ 海賊だ!!!」
「海賊が来たぞォ!!!」
最初にメリー号を目撃した二人組が騒ぎ始めるのをきっかけに、その動揺は岸辺近くに見える町中に広がっていく。多少のいざこざは覚悟するべきか、と一味が身構え始めた。
だが、返ってきた反応は、ルフィたちの予想をはるかに違うものであった。
「ようこそ!!! 歓迎の町ウィスキーピークへ!!!」
花吹雪が舞い、陽気な音楽が奏でられる。
海賊を相手にしているとは思えないような、まるで英雄の外線を迎えるような笑顔と歓声がぶつけられてきたのだ。