ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「なっはっはっはっはっはっはっはっはっな――んだ早く言えよ~~っ‼ おれはてっきり、あのもてなし料理に好物がなかったから怒ってあいつらを斬ったのかと思ったよ~っ‼」
「てめェと一緒にすんな!!!」
「あっはっはっはっはっは‼ まー気にすんなよ」
「だが少なくともお前がおれをチビと呼んだことは間違いないよな」
「兄さん…」
勘違いやすれ違いで勃発した三つ巴の戦いは、一人の天使の介入によって終息した。
激突したゾロとエドワードは、ここまで騒ぎが大きくなった原因の青年に向けてじろりときついまなざしを送りながらも、一応は落ち着いたようだ。
そしてその仲間であるナミは、ミス・ウェンズデーと名乗り、秘密犯罪会社バロックワークスへと潜入していたアラバスタ王国の王女・ビビに命を救った代価として、そして彼女を故郷まで送り届ける報酬として法外な金銭を要求していたが。
「それはムリ‼ 助けてくれたことにはお礼を言うわ、ありがとう」
はっきりとそれを断られ、ナミは意外そうに目を見開いた。10億ベリーなどという大金、当たり前ではあるが。
「なんで? 王女なんでしょ⁉ 10億ぐらい…」
「…………アラバスタという国を?」
「ううん、聞いたこともない」
「〝
「昔は?」
「ここ数年、民衆の間に〝革命〟の動きが現れ始めたの。民衆は暴動をおこし、国は今乱れてる」
ビビの告白に、エレノアはピクリと片眉を上げて視線を鋭くする。
偽名を名乗っていた時からは想像もできない悲痛な表情で語るビビは、次第にその目に怒りを滲ませていった。
「だけど、ある日私の耳に飛び込んできた組織の名が〝バロックワークス〟。どうやら、その集団の工作によって、民衆がそそのかされていることがわかった。でもそれ以外の情報は一切が閉ざされていて、その組織に手を出すこともできない」
諜報・暗殺・盗み・賞金稼ぎ、様々な仕事が社長の命令で下されるというバロックワークスは、最終目標を理想国家を建国することとしているらしい。
しかし、それと暴動に何の関係があるのかと、誰もが首をかしげていた。
「――そこで、小さい頃からなにかと私の世話をやいてくれているイガラムに頼んだの」
「ちくわのおっさんか」
「………なんとか、その噂のしっぽだけでも掴んで、このバロックワークスに潜入できないものかと…そうすればきっと、我が王国を脅かす黒幕とその目的が見えてくるはずだから」
「で、おれ達は偶然王女が潜入してることを知って、恩を売……助力するために秘密裏に潜り込んだってわけだ」
「威勢のいい奴らだな」
一部聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気がするが、少なくとも我欲で犯罪に加担していたわけではないようだ。
エレノアの向ける視線からトゲが消え始めたことで、エドワードとアルフォンスはほっと胸をなでおろしていた。
「…なるほど、読めてきたよ」
ビビの話から、エレノアは大体の事情を察し始める。
「バロックワークスの言う〝理想国家〟の建国………その実態はずばり〝アラバスタ王国の乗っ取り〟!!!」
「そう…早く国に帰って真意を伝え、国民の暴動を押さえなきゃバロックワークスの思うツボになる」
「なるほどね、そういうことか…これでやっと話がつながった。内乱中ならお金もないか」
決死の覚悟を決めている様子のビビを見て、ナミは仕方がないと肩をすくめる。
だが、エレノアはいまだ訝しげな表情で、エドワードとアルフォンスの方を見やっていた。
「ていうか…何だってあんた達がアラバスタの王女に力を貸すのよ」
「…アラバスタの王族が所有する、王家に認められた者だけが入れる書庫にある資料が欲しいんだよ」
姉弟子に隠し事は無意味と悟ったのか、エドワードは言いづらそうにしながらも応える。
アルフォンスも、叱られる子供のように大きな体を縮こまらせていた。
「正直言えば、それを手に入れるためだけに国家錬金術師になったと言っても過言じゃねェくらいに大事なものなんだ………だからおれ達は、命がけであんたを守らなきゃならねェ」
「資料……ねェ」
じっと見つめてくるエレノアから、エドワードとアルフォンスは必死に目をそらす。
そちらの話には注目せずに、ルフィはビビに問いかけた。
「おい、黒幕って誰なんだ?」
「そういやおれ達もまだそれは聞いてなかったな」
「うん」
「
「はは…それはごめんだわ。なんたって一国を乗っ取ろうなんて奴だもん。きっととんでもなくヤバい奴に違いないわ‼」
必死に首を振るビビに、ナミも苦笑しながら賛同する。
深く考えずに依頼を呑む気だったが、詳しい話を聞いて恐怖の方が勝ってきたらしい。
このまま断ることも考えていたが、残念ながらそれは全くの無駄となってしまった。
「ええそうよ。いくらあなた達が強くても、王下七武海の一人〝クロコダイル〟には決して敵わない!!!」
ビビがそう言った瞬間、辺りの空気がピシリと凍り付く。
誰もが言葉を失い、言ってしまったビビは自分の口をふさいで目を見開く。
そんな彼らの様子を、それぞれゴーグルをつけたラッコとコンドルが見つめ。
そしてどこかへと飛んでいくのが見えた。
「ちょっと何なの!!? 今の鳥とラッコ!!!! アンタが今私達に秘密を喋ったってこと報告に行ったんじゃないの⁉ どうなの!!?」
「ぐぁあああ最悪だァ!!! できるだけ目立たないように王女様を連れ出すつもりだったのに!!!」
「ごめんなさいごめんなさい‼」
ビビの襟首を掴み、がっくんがっくんと揺さぶるナミの剣幕に、ビビは泣きながら謝り続け、アルフォンスは頭を抱えて天を仰ぐ。
しかし一方で、ルフィ、ゾロ、エドワードは何やら期待に満ちた表情を浮かべていた。
「おいおいマジか」
「七ブカイだってよおい‼」
「悪くねェな」
「あんた達…」
天と地ほどの反応の差を見せる6人に、エレノアは半目で呆れかえる。
涙を流すビビは、必死に怒るナミとアルフォンスに謝罪を続けていた。
「ほ…ほんとにごめんなさいっ!!! つい口が滑っちゃって」
「〝つい〟で済む問題か‼ その一言でなんで私達まで道連れにされなきゃなんないの!!!〝
「さっそく会えるとは運がいいぜ」
「どんな奴だろうなー」
「黙れ、そこ!!!」
能天気な事ばかり言うルフィたちに怒鳴りつけると、ナミは肩を怒らせてずんずんと歩き出した。
「短い間でしたけどお世話になりました」
「おい、どこ行くんだナミ…」
「顔はまだバレてないもん‼ 逃げる」
顔が割れてなければまだ逃げ切れる望みはあると、泥棒としての逃走の経験が長いナミは即座に離脱を決意する。
が、その背中にエレノアが忍びなさそうな目を向けた。
「………ナミ、多分もう手遅れ」
エレノアの視線の先にいるのは、先ほど飛んで言ったはずのラッコとコンドル。
ラッコはスケッチに鉛筆を走らせると、写真と見間違わんばかりに緻密なナミたちの顔を描いて見せた。
「わっ、うま―――い」
感心して拍手を送るナミ。
その間に、ラッコとコンドルは再びどこかへと飛んで行ってしまった。
「これで逃げ場もないってわけね!!!!」
「チッ、もう射程範囲外に入っちゃったか…」
情報が渡る前に撃ち落としてやろうかと、風の弓矢を構えていたエレノアだったが、意外に素早いコンドルの飛行にやむなく諦める。
残されたルフィたちは、目を合わせるとにやりと笑みを浮かべた。
「…………取りあえずこれでおれ達はみんな、バロックワークスの抹殺リストに追加されちまったわけだ…」
「なんかぞくぞくするなー‼」
「ようやく面白れェ仕事になってきたぜ…‼」
「なんでこんなことに…」
「前途多難だなこりゃ……」
「…………………!!!」
「わ…私の貯金50万ベリーくらいなら」
膝を抱えるナミと膝をつくアルフォンスに、ビビは慰めの言葉を必死にかけ続ける。
その時、突如彼らのもとに勇ましい声がかけられた。
「ご安心なされいっ!!!」
一味が振り向けば、そこにはびびと同じ服装を纏ったMr.8、あらためアラバスタ王国護衛隊長イガラムがいくつもの人形を抱えて立っていた。
「ダイ"…ゴホッ‼ マ~ママ~~♪ 大丈夫!!! 私に策がある!!!」
「イガラム………‼ その格好は⁉」
「…まさかそれ身代わりのつもりですか」
「うはーっ、おっさんウケるぞ、それ絶対‼」
「もうっ…ばかばっかり」
どう見てもひどい趣味の女装にしか見えないイガラムの格好に、ルフィは大いに笑い、ナミとアルフォンスはさらに沈み込む。
「いいですか、よく聞いて下さい。バロックワークスネットワークにかかれば今すぐにでも追手はやってきます。〝Mr.5ペア〟没落となれば、それはなおのこと…!!!」
「元8千万の賞金首が相手か……」
改めて突き付けられた問題に、エレノアは渋い表情で黙り込む。
イガラムも神妙な表情で、王女を託すと決めた海賊達を見下ろした。
「ところで王女をアラバスタへ送り届けて頂く件は……………」
「ん? 何だそれ」
「こいつをウチまで送ってくれとよ」
「あ、そういう話だったのか。いいぞ」
「あ、おれ達も乗っけてってくれ」
「おう、いいぞ」
「8千万ってアーロンの4倍じゃない断んなさいよ!!!」
自分を長年苦しめ続けていた相手をはるかに超える大物相手に、どれだけ能天気なのだとナミは怒りを爆発させる。
しかしそのうち、ナミの形相は不気味なぐらいに落ち着き始めた。
「…と、これまでの私ならあわてていたけど今は違うわ」
「?」
「なんせこっちには1億の賞金首のエレノアがいるんだもの!!! 8千万くらいどうってことないわ!!!」
「うん、ごめんムリ」
向こうがトラならこっちにはクマがいる、というような自信満々な様子で、ナミはエレノアに抱き着く。
しかし返ってきた言葉に、ナミは目を点にして凍り付いた。
「……今、なんて?」
「あのさ…見ての通り私、両足もってかれた上に体力落ちちゃって、賞金がかけられたころの戦闘能力は残ってないんだよね」
「畜生め!!!」
「「何ィイ~~~!!!?」」
残酷なエレノアからの告白にナミは崩れ落ち、エドワードとアルフォンスは驚愕に叫び声をあげた。
「どういうことだ姉弟子!!? あんだけ強かった姉弟子に何があったんだよ!!?」
「さっき両足もってかれたって……まさか姉弟子!!!」
「あー…えっと…そのことについてはまた後で」
言いづらい何かがあるのか、ものすごい形相で詰め寄ってくる二人にエレノアは曖昧な笑みで返す。
イガラムはそれに訝し気な眼差しを送りながら、ビビに向かって手を差し出した。
「では王女、アラバスタへの『
ビビは迷いながら、イガラムに懐から砂時計のような形をした羅針盤を渡した。
聞きなれない単語に、ナミは顔色を戻して振り向いた。
「エ…⁉ エターナルポースってなに⁉」
「『
「そう…そして、これはアラバスタの地の磁力を記憶したものです」
ビビから受け取った『
見た目は完全に出来損ないだが、まだ情報が伝わっていないのであれば有効な手ではあるように思えた。
「いいですか、ビビ王女。私はこれからあなたに
自ら囮となることを決断したイガラムは、不安げな表情を見せるビビに憮然とした態度を見せる。
危険な旅であろうとも、彼は決して恐怖の色を見せたりはしなかった。
「無事に……祖国で会いましょう」
「では…王女をよろしくお願いします」
「おっさんそれ絶対ウケるって‼」
「誰にだよ」
港でルフィたちと向き合ったイガラムは、そう簡単にまとめて再度願う。
緊張感の欠片もない別れではあったが、イガラムにはそれが何よりもたのもしく見えるようだった。
「では王女、過酷な旅になるかと思いますが道中気をつけて」
「ええ、あなたも」
「Mr.10……いや、エドワード殿、アルフォンス殿。あとのことは頼みます」
「おう」
「安心してください」
ビビと、そしてエドワードとアルフォンスとも握手を交わし、イガラムはバロックワークスの船に乗りこむ。
これが最後かもしれない、そんな覚悟もしながら、ビビは彼の後姿を見送ったのだった。
「………行っちまった。最後までおもろいおっさんだったなー」
「あれで結構頼りになるの」
まだ少し不安気ながらも、ビビはルフィにそう告げる。
長くともにいた間柄だからこそ抱ける信頼関係に、全員が安堵を覚えていた時だった。
遠く沖へと離れていった船が、轟音とともに業火に包まれた。
「そんな…」
「バカな…!!! もう追手が…!!?」
突然の事態に、ビビも一味も目を見開いて立ち尽くす。
黒い影となって、海の底に沈んでいく船を凝視していたルフィは、キッと表情を引き締めると赤く染まった海に背を向けた。
「立派だった!!!!」
彼は務めを果たした。ならば自分たちは、彼のその覚悟に見合う働きをしてやるだけだ。
それがせめてもの手向けだと、ルフィたちは決意を立てた。
「ナミ‼ ログは」
「だ…大丈夫。もうたまってる」
「そいつを連れて来い、船を出す‼」
「ビビ‼ 急いで、私達が見つかったら水の泡でしょ!!?」
呆然と立ち尽くすビビにゾロが告げると、ナミはビビの手を引く。
その唇から血が垂れ落ちるのを見ると、ナミはその体をきつく抱きしめた。
「大丈夫!!! アンタをちゃんと…アラバスタ王国へ送り届ける!!!」
悲しみに暮れるのではない、決意を秘めた眼差しで、炎に包まれる船を見届けるびびに、ナミは彼女の強さを見る。
それは、エレノアたちも同じだった。
「……エドくん、アルくん」
「ああ……わかってるぜ」
エドワードは今にも爆発しそうなほどに肩を震わせ、それでも歯をきつく食いしばって業火を凝視し続ける。
その目はまるで、いつか見た過去の光景を見ているかのように険しいものだった。
「あのおっさんは………王女のために命を代価に差し出した‼ ならばおれ達も…この先は同等以上のものを懸けてやる!!!」
ギリッ、と。
鋼の腕がきしみを上げていた。