ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第57話〝前へと進め!〟

 未だ夜の明けぬ早朝のウィスキーピーク。

 川辺に停められたメリー号の上で、わずかに明るくなり始めた空を見つめるエレノアとエドワードの姿があった。

 

「…なァ、姉弟子」

「…なにさ」

 

 腕を組んで目を細めていたエドワードは、隣で静かに佇むエレノアに気まずげな視線を向ける。

 

「さっき言ってた両脚のことなんだが…もしかして」

「…それはアンタも同じことでしょ? まったく……弟子みんな、揃いも揃ってしょうもない…」

「……悪ィ、変なこと聞いて」

 

 詳しくは語らずとも、エドワードはそれだけで大体のことを理解した。

 自分やアルフォンスと同じことが姉弟子の身にも起きた。エレノアの見せるなんとも言えない表情の横顔から、かつて彼女が体験した痛みを察した。

 

「んっ。イカリ上げましたァ!!!」

「おう、ごくろう」

 

 視線を向ければ、周囲を警戒するゾロに錨を引き上げたアルフォンスが報告しているのが見える。

 するとそこへ、何か大きなものを引きずりながらルフィが走ってきた。

 

「お――い、連れて来た‼」

「乗れ! いつでも出せるぞ」

「あれっ、こいつらまだ寝てるよ」

 

 酒場で眠りこけていたウソップとサンジを、事情も何も伝えることなく引きずってきた彼に、エレノアは特に何も言わなかった。

 ただ、これだけ大騒ぎしていたのに全く起きることのなかった二人には、やや呆れた視線を向けていた。

 

「探してるヒマなんてないわよ⁉」

「だけどここに、置いてくわけには…」

 

 出航の準備を進める一味だったが、切羽詰まった様子のナミとビビの声がそれを一旦止めさせた。

 

「どうしたの?」

「カルガモがいないのよ‼ 口笛で来るはずなのにっ‼」

「こいつ?」

「おれより先に乗りこんでたぞ」

「そこかァ!!!」

 

 メリー号の上で、散々探していた相棒が先乗りしていたことでビビも思わず怒りをあらわにする。

 しかしこれで全員が揃ったため、一刻も早く島を脱出しようと、帆を広げ風を受けさせた。

 

「舵を川上へ‼ 少し上れば支流があるわ。少しでも早く航路にのれる‼」

「行くぞ!!!」

 

 動き出した船を操り、ビビの言う通りに進める。

 もはや彼女を疑う声などなく、約束を果たす同士のような関係性が生まれつつあった。

 

「なァ! 追手ってどれくらい来てんのかなァ!」

「わからない。バロックワークスの社員は総勢2千人いて、ウィスキーピークのような町がこの付近にいくつかあると聞いてるけど…」

「千人ぐらい来てたりして‼」

「ありえますよ。社長の正体を知ることはそれぐらいのことですから」

 

 敵が迫っているというのに、緊張など微塵も感じさせないルフィに、ビビとアルフォンスが語る。

 

 ―――ばかね…おとりなんて。

 

 その時、耳を動かし、周囲の警戒に当たっていたエレノアは、いまもなお燃え盛る船の跡から届いた声に目を見開いた。

 

(……まさか、一人……⁉」)

 

 バッと振り返り、エレノアは聞こえてきた冷たい声に目を細める。

 知らせるべきかと思ったが、いまこの場で新たな不安材料を投下するデメリットを考え、警戒の強化だけにとどめた。

 

「おいっ、何でだ⁉ 何で、もう船出してんだ!!? 待ってくれよもう一晩くらい泊まってこうぜ、楽しい町だし女の子はかわいいしよォ!!!」

「そうだぞ!!! こんないい思い今度は、いつできるかわかんねェぞ!!? ゆったりいこうぜ、おれ達は海賊だろ⁉ まだ朝にもなってねェしよ!!! 戻ろうぜ、おい聞いてんのか!!!」

「エドくん、アルくん」

「「ほいきた」」

 

 起きて早々不満を口にする二人は、エドワードとアルフォンスによる鋼の拳で黙らせてもらう。

 大きなたんこぶを作って倒れこむ二人を放置し、メリー号はウィスキーピークから少しずつ距離をとっていった。

 

「霧が出てきた、もうすぐ朝ね…」

 

 徐々に明るくなっていく空と海を見つめ、胸の内に救う不安を隠そうとするようにナミがつぶやく。

 ウソップとサンジを除く全員が、わずかに緊張を解きかけた時だった。

 

「船を岩場にぶつけないようにしなきゃね、あー追手から逃げられてよかった♡」

「な!!! 誰だ!!!?」

 

 突然頭上から聞こえてきた声に、全員が表情を強張らせて振り向く。

 船室の上の欄干に腰かけたその女は、艶やかな黒髪を風に揺らしながら、美しくも恐ろしい蠱惑的な笑みをを浮かべた。

 

「さっき、そこで…Mr.8に会ったわよ? ミス・ウェンズデー…」

「………!!! よりによって…」

「てめェが来たのかよ…!!!」

「まさか………あんたがイガラムを…!!!」

「どうでもいいけど何でお前はおれ達の船にのってんだ‼」

 

 明らかに緊迫した様子のビビとエドワード、アルフォンスの三人。

 特にビビは、現れた美女に対してすさまじい殺気を向けていた。

 

「なんで、アンタがこんなところにいるの!!? ミス・オールサンデー!!!」

 

 常人であれば気圧されそうなほどに濃い殺意を向けられても、ミス・オールサンデーと呼ばれた美女は微塵も動じた様子はない。

 異常事態と察したナミは、視線を外さないままビビたちに尋ねた。

 

「今度は何⁉〝Mr.何番〟のパートナーなの!!?」

Mr.0(ボス)だ…!!! その正体も奴とそう大差ないやべェ奴だ…!!!」

「実際に社長(ボス)の正体を知っていたのはこの女だけ、だから私達は、こいつを尾行することで…社長(ボス)の正体を知った…!!!」

 

 殺気を迸らせるエドワードだが、流れ落ちる冷や汗が彼の動揺と緊張を表している。

 そんな彼を、ミス・オールサンデーは冷たい微笑で見下ろした。

 

「正確に言えば…私が尾行させてあげたの…」

「何だ、いい奴じゃん」

「そんなこと知ってたわよ!!! そして私達が正体を知ったことを社長(ボス)に告げたのもあんたでしょ!!?」

「何だ悪ィ奴だな‼」

 

 ルフィもようやく、目の前にいるのが招かれざる客、それも相当悪い部類の相手だと理解してか、険しい表情で腕を組む。

 ビビはきつく目じりを吊り上げ、いつでも動けるように身構えながらミス・オールサンデーと相対した。

 

「あんたの目的は一体何なの!!?」

「さァね…あなた達が真剣だったから…つい協力しちゃったのよ…本気でバロックワークスを敵に回して国を救おうとしてる王女様が…あまりにもバカバカしくてね……!!!」

「ナメんじゃないわよ!!!!」

 

 祖国を想う心だけではない、ビビを逃がすために命を懸けたイガラムまでもを馬鹿にしたような言葉に、ビビの怒りが爆発する。

 勝算もないのに、自身の暗器を取り出そうとしたビビだったが、それよりも先にウソップとサンジ、エドワードとアルフォンスがミス・オールサンデーを取り囲んだ。

 

「おい、お前…意味わかってやってんのか……⁉」

「いや…何となく…愛しのミス・ウェンズデーの身の危険かと…!」

「正解だぜ眉毛の兄ちゃん……この女に容赦はするな‼」

「正直、この程度の包囲だけじゃ不十分なくらいだよ…!」

 

 銃とパチンコで至近距離からウソップとサンジに、長い槍を作り出したエドワードとアルフォンスに囲まれ、それでもミス・オールサンデーの態度に変化はない。

 しかし少しだけ、彼女の機嫌が悪くなったようだった。

 

「………そういう物騒なもの、私に向けないでくれる?」

 

 そう言った瞬間、ウソップとサンジの体が宙に浮かぶ。

 自分に何が起こったのか理解するよりも前に、二人はエドワードとアルフォンスに向かって投げだされていた。

 

「何だ!!!」

「おおおっ!!?」

 

 エドワード達は慌てて槍を捨て、それぞれでウソップとサンジを受け止める。

 エドワードはきっと眉間にしわを寄せ、ミス・オールサンデーを睨みつけた。

 

「悪魔の実か………!!! 相変わらず薄気味悪ィ…!!!」

「うおっ、よくみりゃキレーなお姉さんじゃねェかっ‼」

 

 今ようやく美女の顔を真正面から見たサンジが挙げる声は無視し、能力者を前にした全員がさらに警戒を深める。

 ミス・オールサンデーは相変わらずの嘲笑を浮かべたまま、困ったように肩をすくめた。

 

「フフフッ…そうアセらないでよ。私は別に何の指令も受けてないわ、あなた達と戦う理由はない」

 

 何も言わずミス・オールサンデーを見上げていたルフィは、ふいにポン、と自分の頭が押されるのを感じる。

 そして、自分のかぶっていた麦わら帽が宙を舞い、ミス・オールサンデーのもとへと飛んでいくのを目撃した。

 

「あなたが麦わらの船長ね、モンキー・D・ルフィ」

「あ‼ お前、帽子返せケンカ売ってんじゃねェかコノヤロー!!!」

「おれは、お前を敵と見切ったぞ出ていけコラァ!!!」

「不運ね…バロックワークスに命を狙われる王女を拾ったあなた達も、こんな少数海賊に護衛される王女も………!!!」

 

 喧々囂々と上がる抗議の声を無視し、麦わら帽をかぶってみせるミス・オールサンデーの声に、言うほどの同情は見受けられなかった。

 

「…そして何よりの不運は、あなたたちの〝記録指針(ログポース)〟が示す進路…!!! その先にある土地の名は〝リトルガーデン〟。あなた達はおそらく私達が手を下さなくても、アラバスタへもたどりつけず…‼ そしてクロコダイルの姿を見ることすらなく全滅するわ」

「するかアホーッ!!! 帽子返せ!!! コノヤロー‼」

「コノヤローがお前は――っ!!! アホーッ」

「ぜってェひねりつぶしてやるからなコノヤローっ!!!」

「ガキか…」

 

 精神年齢が低めの三人の怒号に、ゾロやエレノアから呆れた視線が向けられる。

 ミス・オールサンデーは麦わら帽を放り投げると、大きく開いた自身の胸の谷間に手を突っ込み、何かを取り出した。

 

「遠吠えは結構。虚勢をはることなんて誰にでもできるわ。困難を知ってつっこんで行くのもバカな話」

 

 ミス・オールサンデーはそれを、ビビに向けて投げ渡す。

 手の中に飛び込んできたそれを見たビビは、困惑気味に目を見開いた。

 

「〝永久指針(エターナルポース)〟………⁉」

「それで困難を跳び越えられるわ。その指針が示すのはアラバスタの一つ手前の〝何もない島〟。ウチの社員も知らない航路だから追手も来ない」

「なに? あいつ、いい奴なの……⁉」

「な…何でこんな物を……‼」

 

 敵の最高幹部と聞いていたのに、こちらを気遣うような行動をとるミス・オールサンデー懐疑的な視線が送られる。

 エレノアは半目でそれを見やってから、傍らにいるルフィに横目を向けた。

 

「さてどうするよ、船長……?」

「んなもん決まってる…‼」

 

 ルフィはすたすたとビビのもとへと近づき、永久指針《エターナルポース》を奪い取ると片手で握りつぶした。

 ギョっと全員が目を剥くが、エレノアのみが分かっていたというように頷いていた。

 

「アホか、お前―――っ‼」

 

 突然の暴挙に、ナミから激しいツッコミが入る。ほかの面々は言葉を失いながら、ナミに任せてルフィを凝視していた。

 

「せっかく楽に行ける航路教えてくれたんじゃないっ!!! あの女がいい奴だったらどうすんのよーっ!!!」

 

 信用するしない以前に、せっかくの選択肢が無言で潰されたことも物申したかったようだ。

 しかしルフィはそれを無視し、ミス・オールサンデーに向けて怒りの形相を向けた。

 

「この船の進路を、お前が決めるなよ!!!!」

「………そう、残念…」

 

 ルフィの剣幕を受けても、ミス・オールサンデーの様子に変化はない。

 なぜか、その反応を予想していたかのような穏やかさを見せていた。

 

「もうっ‼」

「あいつはちくわのおっさんを爆破したからおれはきらいだ‼」

「よく言ったぜ麦わら!!! おれもお前に賛成だ!!!」

「兄さん…」

 

 鼻息荒く言い切るルフィを、満面の笑みを浮かべたエドワードが肩を叩いて称賛する。

 その横でアルフォンスはただただ呆れ、ルフィと船長がたどる今後の苦難を考えて頭を抱えていた。

 

「…私は威勢のいい奴はキライじゃないわ…生きてたらまた逢いましょう」

「いや」

 

 ミス・オールサンデーは最後にそう言い残すと、船の近くに待機させていた巨大な亀の背中に飛び乗る。

 背中に取り付けられた座席に優雅に座り、謎の美女があっという間に霧の中に姿を消していくと、ビビは安堵と不安でその場に崩れ落ちた。

 

「あの女…‼ いったい何考えてるのかさっぱりわからない」

「だったら考えるだけムダね!」

「そういう奴ならこの船にもいるからな」

「おい、状況説明しろォ!!! わけわかんねェよ‼」

 

 一人悩むビビを、ナミやゾロが身内を例にして慰める。

 ウソップはやはり事情が全く呑み込めず、喧しく騒ぎながら仲間たちに説明を求めた。

 

「ミス・ウェンズデー、もしかして仲間に⁉」

「あ、おれ達も今日からしばらく世話になるぜ、よろしくっ‼」

「うるせェっ‼ ヤロウに興味はねェんだよ!!!」

「おい、ジョーキョーを説明しろ‼」

「うわっ‼ ダチョーがのってるぞ!!!」

「クエッ」

「兄がご迷惑をかけます…」

「うおおおおっ!!? 何じゃこの鎧の大男は!!?」

 

 新たな三人が旅に加わったことで、麦わらの一味にはさらなる喧しさが加わる。

 初対面ながらすさまじい勢いで縁を紡いでいく一味を見ながら、ビビは申し訳なさそうにうつむいた。

 

「………私、本当にこの船にのってていいのかしら……みんなに迷惑を…」

「なーに言ってんの」

「そうだよ王女様」

 

 ナミは半目でそんな弱気な事を言うビビを睨み、彼女の鼻を軽くつまんで引っ張った。

 

「あんたのせいで私達の顔はもうわれちゃってんのよ‼ メーワクかけたくなかったら初めからそうしてよ‼」

「う………ごめんなさい」

 

 もはや賽は振られた。乗り掛かった舟なのだから、航海士の自分がその船を操らなくて何とするのか。

 そんな男前を見せるナミに、ビビは何も言えなくなっていた。

 

「そうでしょ? ルフィ」

「朝だ――っ‼ サンジ朝メシー!!!」

「どうでもいいのかしら」

 

 元気よく吠えるルフィを見れば、否応なく陰鬱な気持ちも薄れてしまう。

 困惑気味のビビは、なぜか気分が落ち着いてくるのを感じた。

 

「さァ日が昇った…とりあえず、船を進めよう‼」

 

 霧の海を抜け、ウィスキーピークを後にする新たな仲間を迎えた一味。

 広がる海を眺めていたエレノアは、航路の先に待っているという島のことを考え、小さくため息をついた。

 

「〝リトルガーデン〟…ねェ」

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