ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第5話〝ルフィとコビー〟

 炎に焦がされ、真っ黒になって倒れていくヨキ。

 どさっとその体が地面に落ちるのを確認すると、エレノアの翼が徐々に金属の輝きをなくし、普通の白い羽に変わっていく。

 ふと近くからずしんと重いものが倒れる音が聞こえてくる。

 振り返ってみれば、伸びた腕をバチンと引き戻すルフィと静かにたたずむゾロ、倒れ伏すモーガン大佐の姿があった。

 

「ナイス、ゾロ」

「お安い御用だ。船長(キャプテン)

 

 声を掛け合い、戦闘態勢を解いていく二人を見たエレノアは、次いで立ち尽くしているほかの海兵たちに目を向けた。

 

「さァ、あんたたちの頭は倒れたよ‼ どうするの⁉」

「た…大佐が負けた…‼」

「モーガン大佐が倒れた!!!」

 

 ピクリとも動かない大佐や、真っ黒こげになったヨキを見て海兵たちは言葉を失う。

 そして、ぶるぶると肩を震わせたかと思うと、一斉に拳を突き上げて声を解き放った。

 

「やったァ――――――っ!!!」

「解放された!!!」

「モーガンの支配が終わったァ!!!」

「海軍バンザーイ!!!」

「ザマーミロ、ヨキの奴め!!!」

 

 一斉に武器を放り捨て、仲間と抱き合い、手のひらを打ち合わせ、歓声を上げる海兵たちを見て、ルフィやエレノアは呆れた表情を浮かべた。

 

「なんだ。大佐やられて喜んでやんの」

「……みんな、モーガンが恐かっただけなんだ…‼」

「てかどんだけヨキのやつ嫌われてたのよ?」

 

 自分の意志で従っていたわけではないことを知り、コビーは安堵の表情を浮かべる。

 海兵に憧れる彼の夢が、壊れずに済んだのだ。

 だが、そんな空気をぶち壊すバカがこの場にはまだいた。

 

「き、貴様ら何を喜んどるかぁ!!? た、大佐に対しこの仕打ち、部下の分際で許されると思っているのかぁ!!!」

 

 黒焦げになったヨキが、はしゃいでいる海兵たちを怒鳴りつける。

 もう恐怖の対象であったモーガンは盾にできないというのに、金で買った地位が彼に虚栄を抱かせていた。

 その様に思わずエレノアは顔をしかめる。

 

「うっわ…あいつしぶといな」

「こ、殺せ‼ あの不届き者どもを殺せェ!!!」

 

 恐怖政治の中でも、ヨキのように自ら媚びへつらうことで甘い汁をすすっていた海兵が一部にはいたようで、ほかの海兵やルフィたちに武器を向け始めた。

 だが、そんな彼らの背後に、ぬぅんと大きな影が差し、びくっとその体が震えた。

 恐る恐る振り向けば、島の住民たちである炭鉱夫たちが実にいい笑顔を浮かべて集結していた。それも、数十人の集団で。

 

「おいおい、困りますなあ? 素直に負けを認めてもらわねばいつまでたっても終わりませんぜ」

「海兵様も暇じゃねェんだろ?」

「う、うるさいどけ貴様ら! ケガしたくなかったらさっさと…」

 

 武器を持っていることで優位に立っていると思ったのか、屈強な炭鉱夫たちを前にヨキも引かない。

 が、炭鉱夫たちにとって、武器など己の拳だけで十分だった。

 

「炭鉱マンの体力、なめてもらっちゃ困るよ中尉殿」

 

 ゴキゴキと鳴り響く拳を見せつけられ、ヨキや海兵たちの顔が真っ青に染まりきった。

 

「ぎゃあああああああああ!!!!」

 

 バキゴキボカグシャ!!!

 人体から鳴っていいものではない音が鳴り響き、その後ぼろクズのようになったヨキたちが放り捨てられる。

 これまでのうっぷんが見事に表れたやられっぷりに、エレノアが思わず口笛を吹いた。

 

「…親方」

「嬢ちゃんにばっかり任せたまんまじゃ、カミさんやカヤルに顔向けできねェよ」

 

 妙にすっきりした表情で汗を拭く親方に、エレノアは肩をすくめる。

 漁夫の利というか、来るのが遅いと言いたかったが、一応は炭鉱夫も一般人だ。モーガンのような猛者を相手にするのは酷だろうと、大目に見ることにした。

 

「お前さんに言われてハッとしたよ。おれの家族は俺の宝だ。俺が守らねェでどうするんだってな」

「…うん、じゃ、許す」

 

 きっとこれで、彼らは学んだことだろう。

 たとえ相手がどんなに恐ろしくとも、大切なものを守るために立ち向かう勇気を。

 力を合わせれば、戦えるという事を。

 ま、いいかというように、エレノアはため息をつくと笑みを浮かべた。

 

「よっしゃ―!!! 酒持って来い酒―――っ!!!」

「島中のみんなにこの事を伝えろォ‼ モーガンのクソ野郎は倒れたァ!!!」

 

 炭鉱夫や海兵たちが、この場にいない仲間や家族に朗報を知らせるために走り出す。

 みんな実に晴れやかな顔で、希望に満ち溢れた顔をしていた。

 

「……ところでなんであのバカ息子倒れてんの?」

「あいつ、コビーを人質に取ろうとしてたんだ」

「あぁ…」

 

 無様に倒れているヘルメッポの方を見たエレノアが、納得のため息をついた時だった。

 刀を鞘に納め終えたゾロが唐突に、糸が切れた人形のように倒れ伏したのだ。

 

「ゾロ⁉」

 

⚓️

 

「はァ、食った…!!! さすがに9日も食わねェと極限だった‼」

 

 ルフィとエレノアが最初に入った酒場のテーブルで、久方ぶりの食事を楽しんだゾロが息をついた。

 なんてことはない、先ほど倒れたのは空腹が限界に達したためであった。

 

「水もなしによくやる…」

「じゃあ、どうせ一ヵ月は無理だったんだな!」

「おめェは何でおれより食が進んでんだよ」

「すいません、なんか…僕までごちそうに…」

「いいのよ! 町が救われたんですもの!」

「その通りだァ‼ 救世主が遠慮なんてするんじゃねェよ!!!」

「ほらもっと食ってくれよ!!!」

「全く、調子いいんだから…」

 

 登場が遅れたことがやっぱりちょっと気になるエレノアは、一緒になって騒いでいる炭鉱夫たちをジトっとした目で睨みつける。

 そこへ、エレノアが声だけを聴いた、ゾロに砂糖で握ったおにぎりを渡しに行った少女とカヤルが話しかけてきた。

 

「やっぱりお兄ちゃん、すごかったのね! お姉ちゃんもありがとう‼」

「お前ら、こんなにすごかったんだな‼」

「すごいのは君の方さ。私は君がヨキに立ち向かわなきゃ、手を貸そうとは思わなかった…誇っていいよ。無謀なのは間違いないけど」

 

 カヤルの勇気をたたえると、彼は照れ臭そうに頭をかく。

 その様子に親方がわがことのように喜び、新たな酒瓶を開け始めた。

 

「それで、ここからどこへ向かうつもりだ?」

 

 一息ついたところで、ゾロがルフィとエレノアに尋ねる。

 海賊になったはいいが、今後のはっきりとした予定を聞いておく必要があった。

 それに対する、ルフィの答えは。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ向かおう」

 

 仲間ができたときに向けて決めていたことを、告げた。

 

「んまっ、また無茶苦茶な!!!」

 

 当然コビーは驚きあきれる。

 いまだルフィの仲間は二人だけ、強いのは確かだが、たった三人だけで迎えるほど偉大なる航路(グランドライン)は優しい航路ではない。

 そんなものは常識であった。

 だが、エレノアもゾロも特に反対する様子はなかった。

 

「どの道〝ワンピース〟を目指すにはそうするっきゃないけど…」

「いいんじゃねェか?」

「いいってお二人まで!!?」

「別に、お前は行かねェんだろ……?」

「い…いか…行かないけど‼ 心配なんですよ‼ いけませんか!!? あなた達の心配しちゃいけませんか!!!」

「いや…それは」

「忠告として受け取っとくよ」

 

 一緒に行くわけでもないのに、わがことのように案じるコビーのゾロは押され、エレノアは苦笑する。

 臆病なくせに妙にお人好しな彼のことは心配だが、ちゃんと意思を表示する勇気を手に入れたようでエレノアは安心した。

 

「ルフィさん、ぼくらは…‼ つきあいは短いけど、友達ですよね!!!」

「ああ、別れちゃうけどな、ずっと友達だ」

 

 何の迷いもなく帰ってきた言葉に、コビーは安堵と喜びが混じった表情を浮かべる。

 それは彼が、何よりも望んだ言葉だったからだ。

 

「ぼくは…小さい頃からろくに友達なんていなくて…ましてや、ぼくのために戦ってくれる人なんて絶対いませんでした。何よりぼくが戦おうとしなかったから…‼」

 

 これまでの彼は、ただ愛想笑いを浮かべて流されるばかりであった。

 人との付き合いも、困難も、自分が傷つかないようにうまくやろうとしただけで、立ち向かおうとしたことがなかった。

 芯のない生き方をしていただけの少年は、たった一つの出会いによって変わったのだ。

 

「だけど、あなた達三人には……‼ 自分の信念に生きることを教わりました!!!」

 

 ルフィの生き様は、コビーの理想だった。

 自分の信じた道をまっすぐに進む彼の生き方が、途方もなくまぶしかったのだ。

 が、ルフィはそう言ったコビーに呆れた目を向けていた。

 

「だから、俺たちは〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ行くんだよ」

「まァ、そうなるな」

「あっ、そっか。いや‼ 違いますよ、だから今、行くことが無謀だって…」

「…ぶっちゃけ、私は君の過去のほうが心配」

「え?」

「アルビダの海賊船(・・・)にいたでしょ? 素性が知れたら入隊なんてできないよ?」

 

 エレノアの指摘に、コビーはハッとなる。

 海兵たちは圧政に加担していたが、性能が落ちていたわけではない。

 海軍の諜報能力があれば、自分が海賊の一味であったことなどすぐにばれてしまうのだ。

 

「失礼!」

 

 コビーが焦りで冷や汗をかいていると、酒場のドアを開けて一人の海兵が顔を出した。

 エレノアはその海兵中佐の顔を見て、時が来たことを察する。

 彼の顔は無表情でありながら、義務感と申し訳なさがにじみ出ている複雑な表情だった。

 

「…そろそろお暇しないとね」

「すまないな…反逆者としてだが、我々の基地とこの町を実質救ってもらったことには一同感謝している。しかし…」

「わかってる。私たちが海賊を名乗る以上、黙ってるわけにはいかないよね」

 

 例え少人数であろうとも、海賊と海軍は敵同士である。

 恩人であろうとも、この定めは覆されはしなかった。

 

「即刻、この町を立ち去ってもらおう。せめてもの義理を通し、本部への連絡はさける」

「おい海軍っ‼ なんだ、そのいいぐさは‼」

「てめェらだってモーガンにゃ抑えつけられてビクビクしてたじゃねェか‼」

「我々の恩人だぞ‼」

「嬢ちゃんも一言ぐらい文句言ってやれよ‼」

 

 町民や炭鉱夫たちが一斉に海兵を非難するが、エレノアはそれを視線で制する。

 必死に擁護してくれるのはうれしいが、本来こんな事件はあるはずがないことなのだ。

 海軍と人々の間に禍根を残さないために、大ごとにはしないほうがいい。

 

「仕方ないよね、ルフィ」

「じゃ…行くか。おっさん、ごちそうさま」

「………」

「お、おい…ほんとに行っちまうのか?」

 

 親方は惜しむように言うが、エレノアが黙って首を振ると肩を落として黙り込む。

 そのままルフィとゾロと共に去ろうとした時、一人立ち尽くしているコビーに気づいた中佐が眉を寄せた。

 

「君も仲間じゃないのか?」

「え! ぼく……‼」

 

 ずっと一緒に行動していたのだから、仲間だと思っていたのだろう。

 コビーはびくっと肩を震わせると、迷いながら口ごもる。

 何度も何度も言いかけながら、やがて彼は引き絞るように意思を発した。

 

「ぼくは彼らの…仲間じゃありません!!!」

 

 きつく歯を食いしばり、拳を握りしめるコビーを見て、ルフィが何やら考え込む。

 その顔を見ただけで何をする気か察したエレノアは、ふっと微笑むと先に酒場の入り口をくぐった。

 

「ルフィ、先行くよ」

「おう」

「ゾロ、先行って船、用意しておくから」

「ああ」

 

 エレノアと入れ替わるように、ルフィがコビーの方に一歩踏み出す。

 これから彼が口にするのは、友を想うゆえの暴言。

 彼に勇気を引き出させるための、背中を押す悪口。

 聞こえてくる殴打の音に苦笑しながら、エレノアは町民や炭鉱夫たちの間を抜けて、一足先に港へ向かった。

 

 ―――ぼくは!!!

    海軍将校になる男です!!!!

「………頑張れ、コビー君」

 

 強く響いた男の信念に、エレノアは満足そうに微笑むと、再びフードをかぶって顔を隠した。

 しばらくして、頬に痕が付いたルフィとあきれた様子のゾロが港の方に合流した。

 

「たいしたサル芝居だったな。あれじゃばれてもおかしくねェぞ」

「さぁ? 最初からあの中佐さん気づいてたかもよ?」

「あとはコビーが何とかするさ、絶対!」

「何にしてもいい船出だ。みんなに嫌われてちゃ、後引かなくて海賊らしい」

「…そうだね」

 

 これが、海賊としてあるべき姿。

 そう思っても、エレノアは少し寂しい気持ちがした。

 その時だった。

 

「ル! ル! ルフィさんっ!!! エレノアさん!!!」

 

 出航間近の三人のもとへ、かけられる声。

 振り向いてみれば、吹っ切れた表情のコビーが、見事な姿勢で立派な敬礼を見せていた。

 以前までの弱気な姿などどこにもない、一回りも成長した姿だった。

 

「ありがとうございました!!! この御恩は一生忘れません!!!」

 

 これまでの感情や官舎がいっぱいに詰まった言葉で、コビーはルフィたちを見送った。

 

「海兵に感謝される海賊なんて聞いたことねェよ」

「しししし!」

「にゃはは」

「また逢おうな!!! コビー!!!」

 

 友達の声援(エール)に、ルフィは満面の笑顔で答える。

 泣きそうな顔で見送るコビーの背後に、ザッといくつもの靴音がそろった。

 

「全員敬礼‼」

 

 島にいた海兵たちが、全員そろってルフィたちに敬礼を見せていた。

 これまで前例などなかろう、海兵が一海賊に感謝の意を示した瞬間だった。

 その後ろで、炭鉱夫や町民たちがありったけの感謝を伝えようと大きく手を振り、歓声を上げて見送りに集まってくる。

 その光景がどうにもおかしくて、エレノアは腹を抱えて笑いながら、ゾロは苦笑しながら、ルフィは大きな笑い声を残しながら手を振り、小舟に乗り込んでいった。

 

「いい友達をもったな」

「はいっ」

 

 中佐の言葉に、感極まったコビーが涙を決壊させる。

 そして、三人を乗せた小舟が見えなくなったころ、一人の海兵が慌てた様子で駆け込んできた。

 

「中佐! 大変なことが…!」

「? どうした?」

 

 見送りに顔を出さなかった海兵が持ってきた書類に、中佐は眉を寄せる。

 そしてそれが何なのかを理解した瞬間、驚愕に目を大きく見開いた。

 

「これは…手配書? ってこの顔は⁉」

 

 WANTEDと大きく書かれた顔写真付きの書類を見た中佐は思わず、すでに遠く見えなくなっている小舟に視線を戻す。

 手配書に乗っている顔は、あの少女と全く同じ顔であったのだ。

 あの(・・)海賊団にいるはずの彼女がこの町に来たという情報は、海軍にとって重要なもの。

 報告すれば、相当な恩賞があるはずの情報だ、だが。

 

「……この貸しはデカいぞ、妖術師(ウィザード)殿」

 

 中佐は、約束を取った。

 せめて彼女がこの先の海を、無事に出航できることを願って。

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