ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第60話〝世界一の大喧嘩〟

「……………!!!」

「……………⁉」

 

 留守を任されたメリー号の上で、ナミとウソップとアルフォンスが彫像のように立ち尽くす。

 涙目で向けられる視線の先に現れたのは、あまりにも大きな人の顔であった。

 

「酒を持っているかと聞いたんだ」

 

 木々を草むらのようにかき分け、丸い顔を出した兜をかぶった巨人は、友好的な笑みを浮かべてそう尋ねる。

 しかしナミたちからしてみれば、どんなに笑顔だろうと恐怖以外の何物でもなかった。

 

「…………………!!! す…‼ 少しなら…」

「そうか、もってるか」

 

 満足のいく答えだったのか、巨人は満面の笑みを三人に返した。

 が、その顔は次の瞬間鬼のような険しいものに変わった。

 

「ぬあう!!!!」

「「「ギャ――――――――――――――っ!!!」」」

 

 至近距離で恐ろしい顔を見せられたナミ達はまたしても悲鳴をあげ、巨人の尻に食らいついている同じくらい巨大な影に涙を流しながら目をみはる。

 鋭く並んだ牙を突き立てている、二足歩行の大顎の爬虫類に。

 

「……‼ キョ…」

「恐竜…?」

 

 次々に現れる信じられない存在の登場に、徐々についていけなくなってくる三人。

 すると巨人は、尻に食らいつく恐竜の首に巨大な斧を見舞い、一撃で真っ二つに両断してしまった。

 

「「「ギヤ――――――――――――っ!!!!」」」

「我こそが!!! エルバフ最強の戦士!!!! ブロギーだ!!! ガバババババ!!!」

 

 血のこびりついた斧を天に掲げ、仕留めた獲物を誇るブロギーと名乗る巨人。

 恐竜だけでも十分危険でとんでもない相手なのに、そんな生物を一人でたやすく仕留めたさらなる脅威に、ナミとウソップ、アルフォンスは限界を迎えた。

 

「肉もとれた‼ もてなすぞ‼ 客人よ‼」

(し…死んだフリ)

(…………死んだフリ)

(ボクはただの鎧ボクはただの鎧………)

 

 楽しそうに恐竜の首を見せて迎えようとするブロギー。

 三人はばたりと倒れたまま、意味もない死んだふりをし続けることに必死になるのだった。

 

 

 

「うっほ―――っ!!! いい眺めだなーっ」

 

 麦わら帽を手で押さえ、ルフィは島中を見渡せるその場所の光景に声を上げる。

 長く太い首を伸ばす雷竜の頭の上は、どんな大樹の上よりも高く見晴らしが良かった。

 

「ここで弁当食いてえなー。火山があるのかーっ‼ そういやエレノアが言ってたなー。な――んかでっけェ穴ボコもあるぞ‼」

「危ないったら‼ 大人しくても恐竜よ‼」

「そうだァ‼ さっさとそこおれと代わりやがれ!!!」

「だからそうじゃないでしょ!!?」

「大丈夫だよ。こいつ、さっきから草ばっかり食ってるし。おれのこと気づいてねェよきっと。それよりあっちにでっけェ穴ボコあんだよ」

 

 先ほどから全く自分に興味を示していない様子の雷竜の頭の上でくつろぐルフィ。

 興奮するエドワードはともかく、真下から見上げるビビとカルーからしてみればいつ喰われるかと休む暇もなかった。

 

「ん?」

 

 笑っていたルフィだが、不意に足元の感覚が消えたことに訝しげな声を上げる。

 すると次の瞬間、ルフィは顔を上げた雷竜の口のなかに、ぱくんと飲み込まれていた。

 

「「あ」」

「食べられてんじゃないのよ―――っ!!!」

 

 思わず声を漏らすルフィとエドワードに、ほれ見たことかとビビが叫ぶ。

 助けてくれると言ってくれた人が、こんなあっさりした終わり方でいいのか、とビビが頭を抱えた時だった。

 ルフィを飲み込んだ雷竜の首が、半ばから一刀両断されたのだ。

 

「ゲギャギャギャギャギャギャギャ!!! 活きのいい人間だな!!! 久しぶりの客人だ!!!」

 

 奇妙な笑い声をあげ、断たれた雷竜の喉の穴から転がり出たルフィを受け止めたのは、雷竜よりもはるかに大きな人物。巨大な剣を掲げた巨人の戦士だった。

 

「うっは~~~っ!!! でっけェなーっ‼ 人間か⁉」

「ゲギャギャギャギャ、我こそがエルバフ最強の戦士‼ ドリーだ!!!」

「きょ…巨人…!!!」

「……………‼」

 

 目を丸くするルフィを手のひらの上に置き、愉快そうに笑うドリー。

 ビビとエドワードは、生まれて初めて見る人間の百倍は大きな人種に言葉を失っていた。

 

「…初めて見た…噂には聞いていたけど…」

 

 あんぐりと口を開けて立ち尽くすエドワードの横で、ビビは驚愕と同時に高揚を覚える。

 図鑑や物語でしか聞いたことがないような存在が目の前に本当にいることに、大きな感動を覚えているようであった。

 

「お前達、うちへ招待しようっ‼」

「う……‼ み……見つかってた」

 

 しかしやはり離れた場所からこそこそ見ているということは、許してはくれそうになかった。

 

 

「ガバババババババ!!! さァ、焼けたぞ、食え!!!」

 

 ゴトン、と業火でこんがりと焼かれた巨大な肉の塊が、ナミたち三人の前に置かれる。

 見るからに美味しそうで、食欲をそそる香りがしたが、ナミたちはブンブンと首を振ってそれを拒否した。

 

「「「しょ…食欲がありません」」」

 

 青い顔で俯くナミたち。その目が向くのは、周りに転がっている白い塊の山だった。

 

(おい…見ろ)

(人の骨ですね……)

(わかってるわよォ…………‼)

 

 カラカラと乾いた音を響かせ、落ち窪んだ穴から見つめてくる気がする白骨の山。

 まるで自分たちの未来を暗示しているかのような光景に、三人は今にも気絶しそうになっていた。

 

「遠慮などするな‼ うまいぞ、恐竜の肉は!!!」

「「「食べたくありません」」」

(おれ達も食われるみてェだな………)

(そうね、少しでも太らせて久しぶりの人間を食べようって、巨人まるだしね………)

(巨人って鉄でも食べられるんでしょうか……)

(……イケるんじゃない?)

(若いのにな…おれら)

(食べ時なのかもね……)

(やだなァ……彼女もできてないのに死ぬの)

 

 考えれば考えるほど、ナミ達の脳裏には最悪の未来しか見えない。

 そんな暗い雰囲気を払拭しようと思ってか、ナミあ思い切って肉に食らいつくブロギーに手を挙げて尋ねた。

 

「ブロギーさん……一つ…質問してもいいですか…?」

「ん? どうした娘っ」

「こ…この島の〝記録〟はどのくらいでたまるんでしょうか…⁉」

 

 せめていつまで逃げ隠れていればいいか知りたい。

 そう考えたナミだったが、現実はあまりにも残酷であった。

 

「一年だ。まぁゆっくりしていけ‼ ガバババババババ」

 

 愉快そうに笑うブロギーの前で、ナミ達は一斉に背中から倒れ込むのだった。

 

 

 

「ゲギャギャギャギャギャ‼」

「だっっっはっはっはっはっは‼」

「ぎゃっはっはっはっはっは‼」

 

 香ばしい匂いを広げる肉を挟んで、二人の青年と巨人の中年の笑い声が響き渡る。

 もう一人の巨人の方とは全く逆の、笑顔溢れる和気藹々とした空気がそこでは広がっていた。

 

「こりゃうめェな、巨人のおっさん‼」

「ゲギャギャギャギャギャ‼ おめェらの、この海賊弁当とやらもいけるぜ。ちと足りねェがな‼」

「あたり前だろ、マズイなんて言ったらぶっ飛ばすぞ‼」

「ギャギャギャ、面白ェチビだ!!!」

「そーそー、おっさんからしてみれば世の中の人間はみんなチ………誰がミジンコどチビだ!!!」

「め…めちゃくちゃ馴染んでる………」

 

 出会って数分とは思えないほどに意気投合した様子のルフィ達に、ビビとカルーは戦慄した視線を送る。

 恐怖心というものはないのだろうか、と正気を疑ってしまうほどだった。

 

「ところで、おっさんは何でここに一人で住んでんだ⁉」

「巨人族って確か……〝偉大なる航路(グランドライン)〟のどっかにあるエルバフって村に住んでんじゃなかったか?」

「おォ‼ よく知ってるな、その通りだ……だが村には、掟がある」

 

 二人に尋ねられ、ドリーはサンジの作った弁当の箱を置いて語り始めた。

 

「例えば村で争いをおっぱじめて互いに引けぬ場合………おれ達はエルバフの神の審判を受ける。エルバフの神は常に正しき者に加護を与え、正しい奴を生き残らせる。それで俺も一騒動起こしちまって、今この島は俺とある男の決闘場ってわけだ。正しい方が勝負に勝ち…生き残る」

「……神…ねェ」

 

 ドリーは得意げに語るが、それを聞いたエドワードの表情はやや渋いものに変わる。

 何か神に対して思うものでもあるのか、と思ったビビだったが、その疑念はドリーが発した言葉で一気に吹っ飛んでしまった。

 

「だがかれこれ100年っ、てんで決着がつかねェ…!!! ゲギャギャギャ」

 

 さも可笑しそうにとんでもないことを告げるドリーに、ビビはぎょっと目を見開く。

 流石のルフィとエドワードも、その途方も無い時間に対しては驚愕を禁じ得なかった。

 

「100年も戦ってんのか⁉」

「ばっかみてェ…‼ 神様の決め事でそこまでやんのかよ」

「驚く程のことじゃねェ、おれ達の寿命はてめェらの3倍はある。ゲギャギャギャギャギャギャ」

「いくら3倍あったって、100年も経てばケンカの熱も冷めるでしょ⁉ まだ戦い続ける意味があるの⁉ 殺し合いでしょう!!?」

 

 理解ができないビビは、先ほどまでの恐怖心も忘れて詰め寄っていた。

 何が彼らをそこまで駆り立てるのか、彼らを100年も支えているのか、問いただそうとした時だった。

 島の中心にそびえ立つ火山が、突如大きな爆発を起こした。

 

「うわっ、でっけー山の噴火だ‼」

「さて…じゃあ行くかね…!!! いつしかお決まりになっちまった〝真ん中山〟の噴火は、決闘の合図」

 

 ドリーは剣を持ちながら立ち上がると、迷うことなくある場所へと向かっていく。

 みれば、同じ場所に向かってくるもう一人の巨人ブロギーの姿もある。二人の巨人が向かう広く開けた草原はまさに、彼らのために用意された闘技場のようにも見えた。

 

「……そんな……! 100年も殺し合いを続ける程の憎しみなんて…‼ 争いの理由は一体……」

「そんなんじゃねェよ」

 

 止めようと走り出しかけたビビが、巨人たちを凝視したままのルフィに止められる。

 訝しげに眉を寄せるビビの前で、ドリーはニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「そう、誇りだ」

 

 そして次の瞬間、二人の巨人の操る武器が振るわれ、互いの持つ盾に激突し凄まじい衝撃を放った。

 

理由など、とうに忘れた!!!!

 

 何もかもを破壊できそうなほどに強烈な一撃が、なんの遠慮もなく互いに振るわれる。

 何者をも寄せ付けない、近づかせることを許さない凄まじい闘志が、言えない波となってあたりに広がっていくのを、ルフィたちは感じ取っていた。

 

「………あいつらはもう、神様とかどうでもいいんだ……‼ 互いの譲れないもののために…自分の信念を最後の瞬間まで貫き通す為に……!!! 命がけで戦い続けるんだ…!!!」

 

 ドリーの言う神の采配に対し難色を示していたエドワードは、ゴクリと唾を飲みながら呆然と呟く。

 結末を神に任せるのではない、自分たちが全力を振るった結果が神の采配なのだと信じ、巨人たちは戦うのだと、そう気づいて。

 

「ど……どうしたの!!?」

 

 言葉を失っていたビビは、唐突にルフィが倒れ込んだことでハッと振り向く。

 ルフィは仰向けに倒れたまま、巨人たちの巨大さにただただ気圧されていた。

 

「まいった…デっケェ」

「ハハハ…勝てる気がしねェ」

 

 体の大きさだけではなく、彼らは比べることもおこがましいほどに大きく、立派に見えた。

 

 

「互いにそろそろ故郷が恋しいな、ドリー」

「だから貴様をブチのめして、おれがエルバフへ帰るんだ!!! ブロギーよ‼」

 

 渾身の力で武器を振るい、息も絶え絶えになりながら、ドリーとブロギーは互いに笑みを見せる。

 わずかにそれれば即致命傷となる全力のぶつかり合いに、ウソップとアルフォンスは体を震わせ、立ち尽くすばかりであった。

 

「な…な、なんちう戦いだ…!!!」

「お互いの全攻撃が急所狙いの一撃必殺…!!!」

「こんな殺し合いを100年も………!!?」

 

 ナミ達の立つ場所に、巨人達の戦いはなんら影響を及ぼしていない。

 しかし地響きや衝撃は、確かにビリビリと振動を伝えてきていた。

 

「でも…よかった…‼ 今のうちに逃げられるわ!」

「行きましょう、ウソップさん‼」

「すげェ…理由もねェのに…こんな戦いを…!!!」

 

 呆れるほどに凄まじく、身の危険を感じる戦いぶりだというのに、ウソップはその戦いの様子から目を離すことができないでいた。

 理由を聞けば知らないという、途方も無い戦いに、ウソップは確かに魅せられていた。

 

「はた迷惑なケンカよね…」

「バカ野郎‼ これが真の男の戦いってもんなんだよ‼」

 

 あきれた様子で肩をすくめるナミに、ウソップは打って変わって得意げに胸を張って見せた。

 

「例えるなら…あの二人は……自分の胸に〝戦士〟という旗を一本ずつかかげてる…それは命よりも大事な旗なんだ!!! それを決して折られたくねェ…………!!! だから、その旗を守るために今まで100年間もぶつかり続けてきたんだ」

 

 ウソップの見つめる先で、二人の巨人は未だ凄まじい激突を見せている。

 いつ終わるのかもわからないほどに激しいその戦いを、ウソップは全て見逃すまいとするようにしっかりと凝視していた。

 

「わかるか!!? これは紛れもなく〝戦士たち〟の〝誇り高き決闘〟なんだよ!!!」

 

 キラキラと眩しい輝きを瞳に宿し、ウソップは巨人たちの戦いを讃える。

 その表情には、探し続けていた理想の体現を目の当たりにしたかのような感動があった。

 

「別に興味ないもん、私そんなの…ホラ! 早く逃げるわよ!」

「おれはもう少し見てる‼」

 

 ついていけない、といった様子でため息をつくナミに、ウソップはそう告げて仁王立ちする。

 頑としても動かないという態度に、ナミのあきれはウソップにも向けられた。

 

「まさにこれなんだ‼ おれの目指す‶勇敢なる海の戦士〟ってのは!!! おれはこういう誇り高い男になりてェ!!!」

「………ふーん」

 

 半目を向けるナミは、特に何も言わずウソップの横顔を見つめる。

 立ち尽くしていたアルフォンスは、瞬きすらも惜しむウソップをじっと見つめると、やがて小さく呟いた。

 

「ウソップさん、巨人になりたいんですか…」

「お前は一体何を聞いてたんだ!!?」

「冗談です、冗談。…なれるといいですね、そんな大きな海賊に……‼」

 

 だんだんと地団駄を踏むウソップに謝りながら、アルフォンスもやがて巨人たちの方を見る。

 鎧の少年も、なんとなくウソップの気持ちがわかるような、そんな心地になっていた。

 

「…こんな戦士達の暮らす村があるんなら、おれはいつか行ってみてェなァ……!!!」

 

 まだ見ぬ戦士たちの住まう村に想いを馳せる若き海賊。

 そうしているうちに、巨人たちの戦いもついに、佳境へと入っていた。

 

「7万3千466戦」

「7万3千466引き分け……カ」

 

 腕に疲れが溜まったのか、互いに武器を取り落とした彼らが、それぞれの持つ盾で互いの顔を殴りつける。

 ほぼ同等の力を顔面に食らった二人は、やがてゆっくりとその巨体を地面に横たわらせた。

 

「ガバババババ!!! ………ドリーよ!!! 実は酒を客人からもらった…!!!」

「………そりゃいい‼ 久しく飲んでねェ、わけてくれ!!! ゲギャギャギャ!!!」

 

 互いに一歩も動けないほどに疲弊しながら、笑い声に敵意はない。

 100年もの間戦い続ける中でも、切っても切れない縁があることがよくわかる、不思議な光景であった。

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