ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
噴火を合図に始まった決闘が相討ちに終わり、それぞれの住まいである白い山の穴へと戻ったドリーは、ルフィたちから話を聞いてまたも爆笑していた。
「ゲギャギャギャギャギャギャ…!!! そうか‼ 向こうの客人もてめェらの仲間か‼ 鼻が長ェのが一人と女が一人と…あとはなんか鎧を着た奴がいたが」
「ウソップとナミとアルだ! なんだあいつら! 船から下りねェとか言っといてやっぱり冒険好きなんじゃねェか!」
「なら、この酒はおめェらからもらったことになるな‼」
ブロギーからわけてもらった酒樽をジョッキのように持ちながら、上機嫌に語るドリー。海賊だっただけに酒は大好物らしい。
「…………ところでドリーさん」
タイミングを見計らって、ビビがおずおずと手をあげる。
同じようにエドワードもどこか不安気に表情を硬くし、ドリーに縋るような目を向けて口を開いた。
「さっき言ってたよォ…記録がたまるのに一年かかるって話、
「その辺にてめェらチビ人間どもの骨が転がってんのに気づかなかったか? この島に来た奴らは、たいてい記録がたまる前に死んじまうのさ」
「………そりゃあ、恐竜や巨人が君臨してるような島でのんびりできる奴はいねェわな」
家の周りに転がっている白骨や、先ほど食べたばかりの恐竜の残骸を見やり、エドワードは頬を引きつらせた。
残酷な宣告を受けたビビはがっくりと膝をつき、顔を覆って嘆きをあらわにした。
「どうしよう…‼ …たとえ一年間生きのびられても…‼ そんなに時間が経過したら…その時、国はもうどうなってるかわからない」
「マルコーさんの資料も残ってるかどうか怪しいな……最悪焼かれてたら目も当てられねェ」
「そうだなー、あきるしなー一年は。なんかいい方法はねェのか? おっさん」
今後に関わる重大な問題に頭を抱えるビビやエドワード。一方彼らとは全く異なる理由で考え込むルフィはドリーに尋ねるが、さすがのベテランもそれに対する解決策は持ちあわせてはいなかった。
「〝
「それじゃだめだ。おれ達が行きてェのはそこじゃねェ」
「ここの次の島に行きてェだけなんだよ、なァ」
「ええ…アラバスタへ続く航路を見失うならば進む意味がないわ」
「ほら」
望む道のりではないとビビが首を振り、余計に絶望感が襲い掛かる。
暗い雰囲気を払拭するように、ドリーはまた豪快に笑い始めた。
「ゲギャギャギャギャギャギャ‼ ならば適当に進んでみるか!!? 運が良ければ行きつくだろうよ!!!」
「だっはっはっはっはっはっは、そうすっか⁉ あっはっはっはっはっは‼ 着いたりしてなァ‼」
「ゲギャギャギャギャ本当面白ェチビ共だ‼ ゲギャギャギャギャギャギャギャ!!!」
「いっそのことそうしちまうか‼ だっはっはっはっはっ……って誰がチビだ!!?」
「あのね……」
人が本気で悩んでいるのに、なぜこうも能天気に笑っていられるのだろうか、とビビは軽く殺意すら覚えてしまう。
しかしドリーにしてみれば、どうしようもない問題をいつまでも悩んでいるビビの方が不器用に見えるのだろう。自分なりの助言を送り、大いに笑った彼は喉の渇きを潤すために、受け取った酒樽をグイッとあおった。
その直後、ドリーの口から真っ赤な炎が吹きあがった。
「!!!?」
突然の事態にドリーも、ルフィたちも目を見開いて表情を変える。
思わぬ激痛により、ドリーはぎょろりと白目を剥いてゆっくりと倒れていった。
「酒が、爆発した!!!」
「おっさん!!?」
慌てて駆け寄り、ドリーの身を案じるルフィ。
エドワードがドリーの上によじ登り、口の中を覗いて容態を確かめるが、その結果は芳しくないものであるのは明らかだった。
「どうなってんだ!!? 何で酒が爆発するんだ!!! だって、この酒はおれ達の船にあったヤツなんだろ⁉」
何が起こっているのかもわからず、ルフィはエドワードやビビに問い詰めるように吠える。
エドワードは外から見れば冷静に、しかし内心は非常に狼狽しながら爆発の原因を探った。
「爆発する液体………ニトログリセリンか…!!? だったらなんだってそんなもんが…!!?」
「お腹の中から爆発してるわ…‼ なんて非道いこと…!!! まさか、あの相手の巨人がお酒に爆薬を」
「お前一体何見てたんだ!!! 100年も戦ってきた奴らがこんなくだらねェことするか!!!」
「じゃあ一体誰が…」
爆発する酒など、危険すぎて扱いきれない代物を持っていた覚えなどないルフィたちは、それを持ち込んだのが何者なのかと頭を抱える。
だがその時、彼らの頭上を大きな影が覆い尽くした。
「貴 様 ラ ダ …」
それは、まるで鬼のような形相に変わったドリーだった。
今にも倒れ、死んでいてもおかしくないほどに弱っていながら、それでも自分に牙を剥いた慮外者を決して許すまいと、先ほどからは考えられない殺気を迸らせていた。
「ブロギーじゃナイ、オレ達は誇り高きエルバフの戦士なンダ。お前ラの他ニ誰を疑う…!!!!」
親友であり、好敵手であるブロギーが犯人などとは全く考えず、今日初めて訪れたルフィたちに標的を定めているドリーの目に、ほとんど理性は残っていなかった。
その目にぞっと背筋を震わせたビビは、すぐさま森に向けて踵を返そうとした。
「いったん逃げましょう‼ たぶん今は何を言っても無駄!!!」
「逃げてもムダだと思うぜ…王女さんよ」
青い顔で逃走を促すビビに、エドワードは赤い外套を脱いで、ルフィは麦わら帽子を外して屈伸を始める。
ポン、と渡される麦わら帽に、ビビは目を丸くして言葉を失った。
「お前、ちょっとこれ持ってさがってろ」
「無茶よ、戦う気なの!!? 体格が違いすぎる!!!」
「おっさんにゃ悪ィけど、ちょっと黙らせる」
パキパキと拳を鳴らし、巨人を見据えるルフィとエドワード。
彼らの目に、圧倒的な質量差を持つ戦士を相手にする恐怖など、微塵も存在していなかった。
「ドリーさん聞いてよ‼ 私達は何も知らないの‼ 爆発したお酒のことなんて、だから暴れないで!!! じっとしてなきゃ、あなたの体の中はもうボロボロなのよ!!?」
「貴様ラよクも…小癪なマネをォ!!!」
ビビの制止も全く耳に貸さず、ドリーは巨大な剣を振り下ろす。地面が簡単に裂かれるほどの重量が襲い掛かるが、ルフィは機敏な動きでそれを躱し、突き刺さった剣の上を走ってドリーに接近する。
「ゴムゴムの…うげっ!!!」
腕を長く伸ばし、ドリーの顔面に一撃をお見舞いしようとしたが、逆にドリーに盾の一撃を食らって弾き飛ばされる。
追撃を加えようと、血反吐を吐きながら剣を抜こうとしたドリーだが、その前にエドワードが手を打ち合わせ、地面に触れて青い閃光を走らせた。
「うおらあっ!!!」
途端に地面が盛り上がり、巨大な土の手となってドリーの剣を両側から挟んで固めてしまう。
一瞬で武器を封じられたドリーは流石に驚愕し、厄介な敵に標的をかえて踏み潰してやろうと踏み出した。
「〝ゴムゴムの〟ォ…」
だがその隙に、木々を支えにしがみついたルフィが腕を伸ばし、自らがゴムパチンコの弾となるように勢いをつかせ、一気に踏み出した。
「ごめんっ〝ロケット〟!!!!」
強靭なゴムが元に戻る力により、ルフィが瞬く間にドリーの腹に向かって突撃する。
その一撃は丁度ドリーの胃、酒の爆発でダメージを受けた個所にクリーンヒットし、ドリーが武器を手放して悶え苦しんだ。
「アガア――――――アあア―――――――ッ!!!」
とても耐えきれない激痛に苦しむドリーは、ずしずしと地面を踏みつけながら後ずさり、腹を抑えて悲鳴を上げる。
しかし後ずさる間に、腹から落ちたルフィが足元に降りてしまい、そのままドリーに踏み潰されてしまった。
「ルフィさん……!!?」
「麦わらっ…!!?」
「悪魔の実の…能力者、だったカ…………‼ あなどった………!!!」
人間ではありえない力や身体能力を見せた青年たちに、ドリーは今度こそ気を失い、轟音を立てながら倒れ伏した。
ドリーが沈黙してしばらくすると、深く足の形にめり込んだ地面の中から、慌てた様子でルフィが体を起こした。
「うばっ」
「ルフィさん…!!!」
「おまっ…平気なのか!!?」
「おっさんは…」
「たぶん大丈夫! むしろこれくらいじゃなきゃ、安静になんてしてくれないわ………‼」
身体についた土を払いながら立ち上がったルフィが尋ねると、ビビは痛々しそうに顔を歪めて告げる。
ただ立っているだけでもひどい苦痛だっただろうに、卑怯なマネをした人間がそこまで憎かったのかと、ビビの表情は歪められていた。。
「おれは怒った!!!!」
「おれもだよ…!!!」
ビビから麦わら帽を受け取ったルフィとエドワードが、怒りに満ちた表情で虚空を睨みつける。
親しくなったのに、勝手に勘違いされて殺されかけたことはもちろんだが、より怒りを覚えるのはドリーにこんな非道なマネをし、誘導した何者かだった。
「あの酒はこのおっさんの言う通り、もう一人の巨人の奴の仕業じゃねェし…‼ おれの仲間はこんなくだらねェマネ絶対しねェ‼」
ギリギリと歯を食いしばり、どこに潜んでいるとも知れない卑怯者を恨む二人の青年。
ビビはそんな二人を、ただただ困惑したように見つめているだけであった。
「誰かいるぜ、この島に…クソったれな誰かが!!!」
決して許してなるものか、そんな確固たる意志を金の眼に宿し、宣言するエドワード。
だがそこに、空気を読まない火山の噴火音が鳴り響いた。
「あ…⁉」
「あの山は確か…………!!?」
聞こえてくる爆発音に、ルフィたちは思わず顔色を変える。
つい数十分前に鳴ったばかりのそれは、ドリーとブロギーがいつの間にか合図代わりにしていたという、島で最も目立つ音。
「決闘の、合図…!!!」
あれがなったということは、間違いなく相手の巨人ブロギーは決闘に赴く。
しかし今のドリーはどう見ても、先ほどのような極限の戦いに耐えきれるような身体ではなかった。
「あ…」
だがルフィたちの心配をよそに、ズシンと音を立てて巨大な手が地面につかれた。
ぼたぼたと血を吐きながらゆっくりと体を起こす満身創痍の巨人の戦士に、ルフィたちは大きく目を見開き、すぐさま止めようと駆け寄った。
「おい…‼ 待ておっさん!!! 行くな‼」
「だめよドリーさん、安静にしてなきゃ…!!! 無理すれば死んじゃうわ…!!!」
「ボロボロなんだぞ!!! 動くんじゃねェ!!!」
口々に制止の言葉をかけるが、ドリーは構わず不敵な笑みを浮かべながら、立ち上がろうと膝を立てる。
焦点のあっていない眼には、先ほどと変わらない勝負への執念と闘志が宿っていた。
「我ここにあり、戦士ドリー!!!! …せめテ…ゴブッ、エルバフの名に恥じぬ戦いを…!!!!」
剣を支えにしながら、ドリーはついに立ち上がる。
そして足元で叫ぶルフィに目を向けると、その体をおもむろに掴んで放り、自身の家である白い山を降ろした。
「あ―――っ!!! 何すんだこのやろう!!! この家をどけろォ!!!」
上半身の身が出た状態にされ、ルフィは地面を叩きながら抗議する。ゴム人間ゆえに全く苦痛を感じていないが、一歩たりとも動く事が出来なくなり、ドリーを止めることもできなくなっていた。
そんなルフィに、ドリーは剣の切っ先を突きつけて告げた。
「止まれねェのさ。100年も前の話だが…戦いを始めちまった…いったん始めた戦いから逃げることは、戦士という名からも逃げることだ。戦士でなくなればおれは、おれでなくなるのだ」
ドリーはそんな独白を終えると、剣を引いてルフィたちに背を向けた。
先ほどまで迸らせていた敵意は、強い後悔に変わっているのがはっきりとわかった。
「悪かったな…お前らを疑った…!!!」
謝罪の言葉にほっと安堵するビビとエドワードだが、それでも問題がなくなったわけではない。
満身創痍のドリーをこのまま行かせることは、むざむざ死にに行かせることと同じだったからだ。
「これは、戦いの神エルバフが下した審判だ…!!! おれには加護がなかった…それだけのこと…!!!」
「うるせェ!!! おれは神になんか祈らねェし、信じてもいねェ!!!」
ルフィを封じる白い山をどうにかしようと思考を巡らせていたエドワードは、ドリーが口にした言葉に拒否反応を見せる。
ただ神を信じているのではない。物事を全て神の意志と受け入れ、理不尽さえも甘んじて受けようというドリーの生き方に反発しているようにも見えた。
「こんな決着を望むようなヤツが、神であっていいわけねェだろうが!!!!」
「黙れ…たかだか10年や20年生きただけのお前らなどに、エルバフの〝高き言葉〟が聞こえるものか…!!!」
「しるかそんなもん!!! これをどかせ!!! おいエド‼ ぶっ壊せねェのか!!?」
「ダメだ…デカすぎて分解してもどっちみち埋もれちまうぞ!!!」
どうにかドリーを止めようともがくルフィがエドワードにそう聞くが、あまりの質量にエドワードも苦戦している。
そうこうしているうちに、ドリーは覚束ない足取りのまま、決闘の場である広場へと姿を消してしまっていた。
「ウゥ…!!! う"-っ!!! ………!!! う"う"う"う"っっ!!! せっかく、すげェ戦士に会ったと思ったのに…!!!」
悔しそうに地面を叩き、ルフィは歯を食いしばる。
ビビにはそれが理解できないでいた。荒くれ者、不法者としてしか知らない海賊が、ここまで出会ったばかりの相手のために怒ることができるなど考えもしなかったからだ。
それは、エドワードも同じだった。
(悪い、姉弟子…‼ おれは、あんたの選択を疑ってた…!!!)
エドワードの脳裏に浮かぶのは、自分よりも先に錬金術の修業を受けていた天使の姿。
自分をはるかに上回る実力者で、国家錬金術師にだってなれるはずの彼女が選んだのは、海賊という日陰の道。
それがエドワードには、理解のできない事だった。
(本当は……海賊なんて荒くれ者のあんたをちょっとだけ軽蔑してた……でもあんたを見てたら、本当に噂でしか判断してねェ自分自身が恥ずかしくなってきた)
海賊はすべて悪だという、世界政府に属するエドワードも、僅かながらその影響を受けていた。
しかし目の前で慟哭の声を上げているこの麦わら帽の青年は、聞いてきた悪人たちのどれとも当てはまらない、俗にいうお人好しにしか思えなかった。
(こんな会ったばかりの奴のために怒れる海賊…見た事ねェよ…!!!)
「誰だ‼ こんな事すんのは…!!!」
心の隅で抱いていたルフィへの小さくも確かな嫌悪が消えていくのを、エドワードは自覚していた。