ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第64話〝リベンジマッチ〟

「キミカネ…〝東の海〟最高額の賞金首とは。海軍本部も目が落ちたものだ」

 

 見下した目をルフィに向け、Mr.3はフンと鼻で笑う。

 何人もの賞金首を仕留めてきた彼には、ルフィが一味の希望を背負うようなたいそうな海賊には見えなかったからだ。

 

「う――わ、へんな頭」

「やかましいガネ‼」

「〝3〟じゃねェか〝3〟。燃えてるし」

「黙れ!!!」

 

 しかしルフィはそんな評価などものともせず、エドワードと共にMr.3の奇妙な髪形を凝視する。

 芸術家を自称するMr.3にとっては聞き捨てならない反応だったが、他の者が見てもおそらく変だと言うだろう。

 

「その前にルフィ‼ この柱を壊して‼ 私達、今〝ろう人形〟になりかけなのよ!」

 

 余計なものに興味が映っていることに危機感を抱き、ナミがルフィたちに懸命に叫ぶ。

 エドワードは弟とナミたちを捉えている奇妙なオブジェに目を向け、いろいろと観察してから険しい表情で頷いた。

 

「……なるほど、溶けたろうが霧状になって降り注ぎ、いずれは全身がろうで固まってお陀仏ってわけか………趣味の悪ィ芸術だな」

「なんだ、やばかったのか?」

 

 あまりよくわかっていないようだが、何となく雰囲気で事態の危険さを察したルフィがきくと、ゾロとアルフォンスは何とでもないといった様子で振り向いた。

 

「いや、問題なかった」

「平気ですよ」

 

 そう答える二人だが、その足元は大変悲壮な状態になっていた。

 ゾロの両脚からはだくだくと鮮血が噴き出し、アルフォンスに至っては片足一本で立っていた。

 

「ちょ…ちょっとあんた、足から血が…!!! アルなんて片足折れてるし…!!!」

「ああ、半分くらいイッたかな…ハハ」

「それのどこが問題ないのよ‼」

「とりあえずお前ら…この柱ブッ壊してくれるか? あとは任せる」

「「よしきた」」

 

 覚悟を示した男たちにこれ以上言及する必要はない。

 意志を託されたルフィとエドワードは、にやりと不敵な笑みを浮かべてバロックワークスのエージェントたちを睨みつけた。

 

「なんだか知らねェけど、壊すぞ、あれ!!!」

「錬金術師の腕の見せ所だぜ…!!!」

「よし、わかった!!! 今日のおれは一味違うぜ!!!」

「クエ‼」

 

 ウソップとカルーもそれに続き、Mr.5とミス・バレンタインを見据えてゴムパチンコを構える。

 敵方の戦闘能力を知った今ならば、早々にやられるつもりはなかった。

 そんな中、ナミは隣に立っているゾロの奇行に目を細めていた。

 

「あんた、何やってんの」

「固まるんならこのポーズがいい」

「あ、じゃあボクも何か…」

「そんな…フザけてる場合じゃ……‼」

 

 一度抜いた刀を掲げてポーズをとるゾロに、ナミとビビは呆れた目を向ける。

 助かるかどうかはともかく、いずれは固まるのならばと好きなポーズをとっておこうというゾロの豪胆さは、二人には理解不能だった。

 

「それよりその足の出血なんとかしなさいよ! 見てるこっちが痛いわ」

「じゃ見るんじゃねェよ」

「だいたいね…あし切って逃げるなんて、ばかなこと言ってるからいけないのよ」

「ちがいますよナミさん。あし切って戦うつもりだったんです」

「そうだ」

「余計ばかよ」

「うるせェな」

 

 いまだろうの霧が降り続ける中、ばかな話で騒ぎだす一味に、お茶とせんべいでくつろいでいたミス・ゴールデンウィークは無表情でMr.3に話しかけた。

 

「Mr.3、あの人達緊張感がないわ」

「それはキミも同じだガネ、ミス・ゴールデンウィーク」

 

 やる気と言うものに欠けまくっている自分の相棒に冷や汗をかきながら、Mr.3は不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

 自分の好きな絶望と悲劇に染まった表情が、あの男たちが現れた直後から一転希望に満ち溢れている。愉しみを邪魔された怒りは尋常ではなかった。

 

「どうやら我々はナメられきっているようだガネ、実に不愉快だ。そんなに頼もしい男達には、とうてい見えんガネ」

 

 ため息をつき、Mr.3は手応えのなさそうな二人を邪魔くさそうに見やる。

 脳裏に考えているのは、社長(ボス)から届けられた最重要標的の情報。それに則って、Mr.3はある策を用意していたのだ。

 

「せっかく、対〝妖術師(ウィザード)〟用の兵器も考案したというのに……前菜がこれでは気がのらんガネ」

 

 Mr.5やミス・バレンタインも、一度敗北した相手を仕留めきれなかったことへのリベンジマッチに燃えている。

 だがそれは、この男と鳥も同じことだった。

 

「ゴチャゴチャとうるせェ野郎どもだ………てめェらは少々やりすぎた…‼ 往生しろよ‼」

「クエ!!!」

 

 ゴーグルをかけ、自分たちを片手間で一掃し目もくれなかった連中に闘志を燃やすウソップと、大好きな友達を守れなかった悔しさをバネにするカルーが凄む。

 ルフィたちの背後の木々の間に隠れていなければ、相当に格好が良かったのだが。

 

「さァ! 援護は任せろ‼ ルフィ‼ エド‼」

「クエ――!!!」

 

 息を殺した二人の応援は、やはりルフィとエドワードにはうまく伝わってはいなかった。

 そしてやがて、コントのようなやり取りに焦れたのかMr.3が動いた。自らの腕からろうを出し、ルフィに向けて大量に放ったのだ。

 

「やってやるガネ!!!〝キャンドルロック〟!!!」

「うがっ⁉」

「うおっ‼」

 

 エドワードは咄嗟に躱したが、相手の能力を知らなかったルフィは両足を固められてしまう。

 持ち前の身体能力が著しく封じられ、ルフィはごろりとその場に転がされた。

 

「う"っ‼ 何だ! こりゃ‼ 足がトンカチみてェに…!!!」

「待ってろ‼ 今壊して…」

「ん? おお、なんだちょうどいいじゃん」

 

 エドワードが両手のひらを打ち鳴らすが、ルフィは自分の足枷を見て何かを思いついたようだった。

 続いて両上も封じようと放たれたMr.3のろうを腕の力で飛んで躱すと、ルフィはエドワードに向かって叫んだ。

 

「エド‼ 柱ァ!!!」

「ん? あ! おお!」

 

 意図はわからないものの、何か策があるのだと直感したエドワードが地面に手をつき、土を錬成して一本の柱を作り出す。

 ルフィはそれに片腕を巻き付けると、元に戻る力を利用してぐるぐると柱のまわりを回り、加速を開始する。

 

「〝ゴムゴムのォ…トンカチ〟!!!!」

 

 強靭なゴムの伸縮性が破壊力を増し、そしてMr.3のろうの硬度が仇となり、ろうの枷を槌に見立てた強烈な一撃がオブジェの柱に炸裂する。

 同じ硬度を持つもの同士が、全く同じタイミングで砕け散ったのだ。

 

「な…………!!!」

「やったっ!!! ろうの柱が倒れ…いやあああああ!!?」

 

 ついに解放されると喜びかけたナミだったが、柱を失ったオブジェのカボチャ部分が落下してくる光景に目を剥いて悲鳴を上げる。

 巨大なろうの塊に押しつぶされるのを覚悟した一同だったが、カボチャは下の部分に残っていた柱の土台に乗って空間ができ、一味は命を取り留めていた。

 

「あり………」

「生きてる……‼」

「何も変わってねェよ………‼」

「助かった…………………‼」

「な、生身だったら絶対チビってた………‼」

「…………………‼」

 

 危うく仲間に殺されかけた一味は頬を引きつらせるが、もはや動かせるのは顔だけになってしまっている。

 状況を見守っていたブロギーも、その無茶苦茶ぶりに言葉を失っている様子だった。

 

「危ねーなー。お前ら何で逃げねェんだ?」

「「動けないのよっ!!!!」」

 

 いまだに状況を理解しきれていないルフィに、ナミたちから一斉に抗議の声が上がる。

 エドワードも同じく、自分の説明を聞いていなかったのかと怒り肩で詰め寄っていった。

 

「お前な‼ 壊すなら上のカボチャ壊せよ!!!」

「でもあいつら柱壊せって言ったじゃねェか」

「上のカボチャもふくめての柱だバカやろう!!!」

「本当にいいの!!? あの人達に命預けて、Mr.ブシドーっ‼ アルフォンスさんっ‼」

「まァ…そうするしかねェよな…おれは、もう腕固まっちまったみてェだしよ」

「や…やるときはちゃんとやってくれる人ですから………たぶん」

 

 少しずつ少しずつ、窮地に追いやられているような気がしながらも、もはやほぼろうで固められてしまったゾロたちは信じて待つほかにない。

 できればエレノアやほかの面々が助けてはくれないかとひそかに思いながら、残酷に流れていく時間に嘆息するのだった。

 

「うかうかしてたらあいつら全員ろうで固まっちまう!!! さっさとあれ壊すぞ!!!」

「お…おう、わかった‼」

「邪魔はさせんと言っとろうガネ!!!〝ドルドル彫刻(アーツ)〟!!!『銛』っ!!!!」

 

 やや苛々した様子で拳を構えるエドワードと、ようやく何をすべきか理解したルフィ。

 Mr.3はこれ以上万が一を増やさないために、二人の青年たちをこの場で仕留めることを決めたのか、ろうで作った銛を射出した。

 

「ロウの組成式は………あー、パルミチン酸かセロチン酸か!!?」

 

 ぶつぶつと呟きながら、エドワードは迫りくる森に向かって打ち合わせた手のひらを叩きつける。

 青い閃光がろうの銛に走り、一瞬にしてろうをバラバラに分解してしまった。

 

「何ィ!!?〝ドルドルの銛〟を溶かした…だと!!?」

「〝ゴムゴムの〟…‼」

 

 自慢の能力が通用しなかったことで、Mr.3は驚愕の声を上げる。

 しかしルフィは驚く暇さえ許さず、仲間の救出の邪魔をする厄介なろうの能力者に向けて、伸ばしたゴムの拳を構えた。

 

「〝(ピストル)〟!!!!」

 

 Mr.3は能力で防御する暇さえ失い、ルフィの拳を真正面から受けて吹っ飛ばされてしまう。

 相手を策略に嵌め、自分の手を汚さずに任務を遂行し続けてきた男は、初めて自らが血を流させられることとなった。

 

「Mr.3‼」

「ばかな」

「おーっ」

 

 Mr.5らやナミたちがそれぞれで反応を見せ、ルフィとエドワードの戦果に声を上げる。

 森の中へ突っ込んで言ったMr.3に向けて、エドワードはキリキリと機械鎧(オートメイル)の指を鳴らしながら厳しい目を向けた。

 

「わかったか……ろうそく野郎? お前じゃ俺には勝てねェよ!!! ルフィ‼ 今のうちにあのカボチャ壊しちまえ‼」

 

 厄介な相手は片づけた。残りの二人はそうたいした連中でもないとエドワードが掃除役を買って出る。

 しかしルフィは、エドワードの背後で立ち尽くしたまま小さく答えた。

 

「いやだ」

 

 どこか困惑したような、焦りをはらんだ様子で告げられた言葉に、誰もが言葉を失う。

 エドワードも一瞬固まり、ルフィが何を言っているのか理解するのに遅れながら慌てて振り向く。

 

「あ!!? 何言ってんだ!!?」

「な……」

「おいルフィ‼ バカやってる場合じゃねェんだぞ」

「ルフィさんお願い‼」

 

 ゾロやビビも、ルフィがこんな状況で冗談を言うような人間ではないことを知りながらも呼びかける。

 だがルフィは、苛立ちや焦燥が混ざった声を受けても、その場から動こうとしなかった。できないようだった。

 

「どうしよう、おれ、お前ら助けたくねェ」

「……⁉ なに、言ってんの……?」

 

 何よりも仲間を大切にしてきたはずの船長の奇行に、ナミは戸惑った様子で固まる。

 誰よりもルフィ自身が、自身に起きた異常に混乱しているように見える。なのにまったく動けずにいることが、彼に起きていることの異様さを表していた。

 

「あんにゃろ…どうしちまったんだ⁉ 急がねェと仲間達の命が危ねェってのに‼ 目を醒まさしてやる!!!」

 

 さっきから妙なことばかり言うルフィに困惑しながら、どうにかしてやらねばとウソップがカルーを呼ぶ。

 しかし彼らの前に、意味深な笑みを浮かべたMr.5とミス・バレンタインが立ち塞がった。

 

「やめときな。やつは、もう罠にかかってる」

「そうよ、あのコの足元が見える?」

「足もと……⁉」

 

 ウソップはそう言われ、ルフィの足元に書かれている奇妙な黒いマークを凝視する。

 ただのなんの変哲もない黒の絵の具。それがいったい何の枷となっているのか、全く分からなかった。

 

「あれが一体何だってんだ…⁉」

「つまり、てめェも奴らも全滅しちまうってことだ!!!」

「うおォ!!!」

 

 Mr.5の爆発の標的にされたウソップは、やむなく森の中への逃走を余儀なくされた。

 カルーも目を見開きながら、まずは追手をまくために全速力で森の中へと駆け込んでいくのだった。

 

「やられた…‼ あの絵描き女の仕業か‼」

「ミス・ゴールデンウィーク、あなたの仕業ね……!!!」

 

 エドワードとビビが、この異常事態を引き起こした一人に思い至って顔をしかめる。

 その犯人、ミス・ゴールデンウィークは絵具と筆を構えながら、無表情の中に自慢気な響きを持たせながら答えた。

 

「〝カラーズトラップ〟『裏切りの黒』。黒の絵の具にふれたらどんなに大切な仲間の言葉でも()()()()()なるの」

 

 見れば筆の先から滴り落ちる黒の絵の具と同じ色が、ルフィの足元に奇妙なマークを飾っている。

 ルフィはそのマークに磔にされたように、立ち尽くしていた。

 

「どういうこと⁉ 何が起きたの⁉」

「彼女は感情の色さえも現実(リアル)に作り出す『写実画家』。彼女の洗練された色彩のイメージは絵の具を伝って、人の心に暗示をかける」

「暗示だと⁉ そりゃまずい………‼ 暗示だの催眠だのってたぐいの力は、あの単純バカには必要以上に効いちまうんだ」

 

 敵の催眠術にかかるような単純な脳の構造をしたルフィには、これ以上ない最悪の相手といえる。

 戦闘能力のない少女だが、ルフィは手を出す事が出来ないのだ。

 

「この大変な時に…‼ 余計な手間かけさせんじゃねェよ!!!」

「うおっ」

 

 苛立ち交じりに、エドワードがルフィをその場所から蹴りどかす。

 カラーズトラップの範囲外に押し出されたルフィは、ハッとした様子でゾロたちに方へ向き直った。

 

「はっ? な…なんかおれ今変だった…‼ よし、お前ら今助けるぞ!!!」

「…ったく」

 

 手間がかかる、とエドワードは眉間にしわを寄せながらも安堵のため息をつく。

 しかし自由になればこっちのものだ、と邪魔されないうちにオブジェを壊してしまおうと、両手を合わせて構えた。

 

「ぶわっはっはっはっはっはっは!!! そんなことより笑っとくか!!! あっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 

 が、今度はルフィは緊張感のない大笑いをし始めてぎょっと目を剥いて固まる。

 地面にうずくまってバシバシ足元を叩くルフィの背中には、さっきと同じマークが今度は黄色で描かれていた。

 

「はっはっはっはっはっはっはっは!!!」

「〝カラーズトラップ〟『笑いの黄色』。駄目じゃない動いちゃ…」

「お前どんだけこういうのに弱ェんだよ!!?」

 

 気配も気取らせずにマークを描いたミス・ゴールデンウィークも大概だが、一番驚くべきは暗示の類に全く耐性のないルフィの単純さである。

 このままでは一向に仲間を助けられない、とエドワードはルフィを正気に戻すことを諦めた。

 

「クソッ……こうなったら俺があのカボチャをブッ壊さねェと…!!!」

「だめよ、あれ壊しちゃ。Mr.3に怒られるわ」

 

 突撃しようとしたエドワードの背中にも、いつの間にかミス・ゴールデンウィークが絵の具を走らせる。

 今度は青の暗示のマークが施され、エドワードのシャツを彩った。

 

「〝カラーズトラップ〟『悲しみの青』」

「効くかそんなも………‼」

 

 自分はルフィほど単純ではない、と高をくくるエドワードだったが、すぐに彼にも異常が表れ始めた。

 とてつもない悲しみの感情があふれ出し、自分に対して全く自信が持てなくなっていく。じきにエドワードは、地面にがっくりと膝をついて項垂れてしまった。

 

「生まれてきてすいません…………!!!」

「兄さ~~~~~~ん!!!」

「だめだ…戦いの相性が悪すぎる…‼ 二人ともパワーが全部空回り…‼」

 

 どうやら彼の何かしらのトラウマを刺激してしまったようだ。あっさり暗示にかかってしまった最後の希望達に、アルフォンスは絶叫しナミは唇を噛む。

 ミス・ゴールデンウィークは容赦なく、二人を完全に無力化するためにさらに筆を走らせた。

 

「仕上げはこれ。『笑いの黄色』と『悲しみの青』を混ぜて、〝カラーズトラップ〟『なごみの緑』」

 

 ルフィとエドワードの背中で、青と黄色が混ざって緑色がつくられる。

 爆笑の暗示と悲観の暗示が半分ずつ混ざり合うと、全ての感情が平たんとなった穏やかな感情に支配された。

 

「「お茶がうめェ」」

「「「「アホか――っ!!!」」」」

 

 ミス・ゴールデンウィークとともに、シートの上でせんべいと茶を片手にくつろぎ始めたルフィたちに、仲間達からそうツッコミが上がる。

 事態は刻一刻と、最悪の方へと流れつつあった。

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