ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第67話〝エルバフの槍〟

 しばらくして、ようやく落ち着いたのかドリーとブロギーは片方の家の壁に寄りかかってくつろぐ。

 ブロギーの傷もそうだが、ドリーに至っては胃袋がまだ傷ついたままなのだ。絶対安静にする必要があった。

 

「お前達には助けられてしまった。何か礼をしたいが…」

「ゲギャギャギャギャ‼ 我ら、己の首にかかった賞金のことなどすっかり忘れておったわ‼」

「だけどあいつらがこの島へ来たのは、元はといえば私が…いたい!」

「そういうことは言わないの‼」

 

 暗い表情でうつむきかけたビビに、ナミが叱るように耳を引っ張る。

 ルフィたちに至っては、どこからか持ってきた―――ミス・ゴールデンウィークから奪ったせんべいをバリバリ食ってくつろいでいた。

 

「そうだぞビビ。なにをしょげてんだ?」

「せんべい食うか?」

「あんたら、それどっからもってきたの? …だれかあんたを恨んでる?」

 

 ナミがそう尋ねるが、誰もビビに怒りを抱いている者はいない。

 すべては偶然によるもの。誰かを恨むなど見当違いもいいとこだ、といってくれるナミに、ビビは救われる気がした。

 

「よし‼ とりあえずせんべいパーティーだ」

「おうナミ‼ もっと脱げ‼」

「いやいやそれは…ヒィ⁉」

「うははははは‼ ウソップお前、目から火ィ出たぞ‼」

「ばか…」

「もっかいやれ、もっかい‼」

 

 あっという間に宴のような騒がしさになる一味に、ビビはふっと微笑みを浮かべる。

 すると、ナミたちから記録指針(ログポース)について聞いたゾロが険しい表情で呟いた。

 

「しかし…次の島へのログが一年ってのは深刻だな」

「そうよ! 笑いごとじゃないの、本当に」

「それを何とかしてくれよ、おっさん達」

「無茶なことを…」

「バカいえ。ログばかりは我らにもどうすることもできん」

 

 巨人族を何か勘違いしているルフィに、ドリーたちも困った顔をする。

 敵は全て片付けたというのに、このままでは丸々一年を無駄にして、全てが手遅れになってしまうかもしれない。

 そんな時、場の空気を読まない陽気な声が聞こえてきた。

 

「っは―――――――――っ!!! ナミさ~~~ん‼ ビビちゃ~~ん!!! あとオマケども‼ 無事だったんだね~~~~~っ♡♡ よかった~~~~~っ」

「おひさー」

 

 いつも通りのテンションで登場したサンジとエレノアに、一味から「あ」という声が上がる。

 ずいぶん長い間顔を見ていなかったために、ちょっと存在を忘れかけていたように思えた。

 

「よー、サンジ‼ エレノア‼」

「あいつら助けにも来ねェで今ごろ現れやがった」

「あんたたちだけで十分だと思ったから、今回は裏方に回っただけだよ」

 

 怒り心頭といった様子で詰め寄るウソップを押しのけ、エレノアはやれやれと肩をすくめる。

 敵全員を任せたことに関しては確かに申し訳なく思ってはいるが、エレノアにしてみれば自分が加われば過剰な戦力の認識があった。

 彼らの成長を促すためには、ある程度の試練は必要だと思ったのだ。

 

「だいたいこっちはこっちで超重要な案件を終えてきたところで……」

「ンなんじゃこりゃァ!!! お前がMr.3か!!?」

「ねェっ‼ あんた、なんでMr.3のことを?」

「うほうっ♡ ナミさん、君はいつもなんて刺激的なんだっ♡」

「サンジくん…」

 

 自分の策を伝えようと口を開いたエレノアだったが、ドリーとブロギーを見て目を剥いたり、ナミたちのあられもない姿に興奮したりと忙しいサンジについ苛立ちが募る。

 エレノアは無表情でサンジに詰め寄り、光を失った眼でじっと彼の眼を覗き込んだ。

 

「ちょっと黙れ」

「……はい」

 

 その恐ろしさたるや、女性はみんな大好きなサンジが黙り込むほどで、それを目の当たりにしたルフィたちやドリーたちも思わず後ずさるほどであった。

 そしてようやく全員が落ち着いた頃、エレノアは先ほどまで自分が経験したことを説明し、ビビたちを戦慄させた。

 

「…じゃあ、さっきまで…」

「………Mr.0(ボス)と話を…?」

「リトルガーデンについた時点で、連中が潜んでいたことは()()()()()からね。戦力がわからない以上、こっちから攻め込むのは愚策だと判断したんだ」

 

 クロコダイルが自分に最も強く敵意を向けていることを除き、得意げに語ったエレノアだが、仲間たちはそんな彼女に驚愕の眼差しを送っている。

 敵のボスを堂々と騙すような胆力は、流石としか言いようがなかった。

 

「まァ、あんたたちならやってくれると思ってたから、それなら後々動きやすいように手をうっておこうってね」

「エレノアちゃんにまさかあんな特技があったなんてね」

「じゃあ私達はもう死んだことになってるの⁉」

「うん。そう言っといた」

 

 頷くとウソップやナミはあからさまに安堵した様子でため息をついた。

 純粋な驚嘆を向ける一同だったが、ビビはエレノアに心配そうな視線を向けていた。単独で危険な策を行った彼女が何を意図しているか、もしかしたら察したのかもしれない。

 

「これでせっかく追手は来ねェってのに肝心のおれ達が、ここを動けねェなんて‼」

「そこなんだよねー…」

「動けねェ? まだ何かこの島に用があんのか? せっかくこういうモンを手に入れたんだが…」

 

 実はエレノアも頭を悩ませていた問題に、サンジは不思議そうな表情で懐から砂時計型の指針を取り出した。

 あまりにもあっさり出された希望の種に、全員からぎょっとした視線が送られた。

 

「…………え⁉ なに?」

「アラバスタへの〝永久指針(エターナルポース)〟だァ!!!」

「やった―――――――っ‼」

「出航できるぞォっ!!!」

 

 呆然となるサンジを放置し、一味は喜びのあまり声を上げて騒ぎ始めた。

 感激のあまりビビは、人目もはばからずサンジに抱きついてしまうほどだ。

 

「そーかそーか、アンラッキーズってのはあのハゲタカとラッコで……あいつらが運んできたのか……‼ お手柄だよサンジくん…‼」

「ありがとうサンジさん‼ 一時はどうなることかと…!!!」

「いや…いや…ど~~いたしまし…テヘ♡ そんなに喜んでもらえるとは…」

 

 天使に褒められ、美女に抱き着かれ、目をハートにするサンジ。

 だが、エレノアの眼はすぐに光を消し、じろりと恐ろしい眼差しでサンジを見据えた。

 

「…でももっと早く言え。何事もまず報告(ほう)連絡(れん)相談(そう)

「…………ご、ごめんなさい」

 

 情報不足は一味の存続にもかかわる。

 凄まじい殺気に、真正面から見てしまったサンジは当然、背中を向けているビビも青い顔で震える羽目になった。

 

「よーし、みんなせんべいパーティーだっ!!!」

「おい…マズイぜルフィ‼ 残り3枚じゃせんべいパーティーができねェ‼」

「そんなことやってる場合じゃないでしょ、行くわよ船長(キャプテン)‼ グズグズやってるヒマはないの‼」

 

 喜びのあまりまた宴を敢行しようとしたルフィだが、すぐにナミが待ったをかける。島を脱出する術が見つかった以上、長居は無用だ。

 

「じゃあ丸いおっさんに巨人のおっさん‼ おれ達行くよっ!!!」

「そうか…まァ…急ぎの様子だ」

「残念だが止めやしねェ…‼ 国が無事だといいな」

「ええ、ありがとう」

 

 過ごした時間はそう長くない、しかし十分に濃い時間を過ごした巨人たちは、心優しい王女に励ましの言葉を送る。

 見た目は怖いがお人好しな、この世で最も大きな海賊達に、ルフィたちも感謝の言葉を述べる。

 

「じゃあなー、もう死ぬなよー」

「師匠っ‼ おれはいつか‼ エルバフへ行くぜ!!!」

 

 すっかり巨人に憧れを抱いたウソップは、何度も何度も振り返りながらドリーとブロギーに別れを告げる。

 やがてその騒がしさが遠く聞こえなくなったころ、二人の巨人は決意の目を海に向けた。

 

「…………友の船出だ」

「ああ…放ってはおけん。東の海には魔物がいる」

「ドリーよ貴様、傷は…?」

「なに…死にはすまい」

 

 ゆっくりと立ち上がりながら、巨人たちは武器を手に歩き出す。

 刃こぼれし、錆び、いつ折れてもおかしくない長年の相棒たちを手に、恩人たちが行く先を見やった。

 

「この戦斧(オノ)もその剣も寿命だな…」

「未練でも?」

「未練ならあるさ。100年以上、共に戦った戦斧(オノ)だ…だが、あいつらのためならば惜しくはない!!!」

「決まりだな」

 

 そう言って巨人たちは互いに、不敵な笑みをたたえた。

 

 

「よく見ろよ、おれのトカゲの勝ちだ!!!」

「てめェの目はフシ穴か、おれのサイの方がでけェ!!!」

 

 メリー号に戻ったゾロとサンジはさっそく、島についた時から話していた狩り勝負の結果を競い合う。

 といっても両者とも十分大きな獲物を狩っていて、一目には判断のしようがなかったが。

 

「いいじゃねェか。どっちもうまそうだ」

「「てめェは黙ってろ!!!」」

 

 肉が食えればそれでいい、というかいがみ合う理由がないルフィにツッコミを入れていると、ナミが呆れた目を向けて呟いた。

 

「あんたらいつまでやってんの…どうせ全部は載らないんだから必要な分だけ切り出して、船出すわよ‼」

「はーい、ナミさん♡」

「なァおいウソップ。どう見てもおれの勝ちだ」

「んん? 興味ねェよ」

「引き分けじゃダメなの?」

「勝負に引き分けはねェっ‼ おいエドにアル、手っ取り早く量ったりできねェのか⁉」

「面倒くせェからいやだ」

 

 いまだ言い合いを続ける二人を放置し、ウソップとエドワードはさっさと出港準備を進める。

 錨を上げ、帆を張ると、メリー号は再び海に向かって前進を開始した。

 

「このまままっすぐ進めば、島の東へ出られるんだって」

「おい、もっと肉載せられんじゃないか?」

「ばか、無理だ。これ以上は保存しきれねェ」

「あんた船沈める気?」

 

 船長のバカな発言に肩をすくめ、一味は海へと進み出る。

 しばらくすると、海に繋がる河の両岸に立つ巨大な二つの人影に気が付いた。

 

「お‼ あれおっさん達だ」

「見送りに来てくれたんだな」

 

 最後まで気のいい奴らだとルフィとウソップは笑みを浮かべるが、やがて二人の醸し出す雰囲気に違和感を覚える。

 彼らはまるで、何かを待っているようだった。とてつもなく大きな何かを。

 

「この島に来たチビ人間達が…」

「次の島へ辿り着けぬ最大の理由がこの先にある」

「お前らは決死で我らの誇りを守ってくれた」

「ならば我らとていかなる敵があろうとも」

 

 海の向こうを見据え、ドリーとブロギーはルフィたちを送り出す。

 受けた恩を、その身で返すために。

 

「友の海賊旗(誇り)は決して折らせぬ……!!!」

「我らを信じてまっすぐ進め!!! たとえ何が起ころうともまっすぐに!!!」

 

 二人の巨人たちの発する闘気に、誰もがごくりと息をのむ。

 何かの冗談を言っている気配ではない、ルフィたちの行く先に待つ何かを、力強く睨みつけているようであった。

 

「…………わかった!!! まっすぐに進むっ!!!」

「お別れだ」

「いつかまた会おう」

「必ず」

 

 汗を流しながら、ルフィは巨人達に頷く。

 何が待っているかなど分からない。だが、彼らの言葉には信じて任せられるだけの重みがあった。

 

「‼ 何かいる!!!」

 

 そしてナミは気づく。メリー号の進む海面が突如盛り上がり、何か巨大な存在が両の目を光らせるのを。

 徐々に姿を現していくそれに、ドリーとブロギーは武器を持ち上げながらにやりと口元を歪めた。

 

「出たか、〝島食い〟」

「道は開けてもらうぞ、エルバフの名にかけて!!!」

 

 その直後、海の底から現れたそれは大きく口を開けた。

 一つ一つがメリー号よりも大きい歯が並んだ、飛び出た大きな目が特徴的な赤い魚。小さな鉢で飼われるようなサイズが一般的なはずの、島よりも巨大な怪物が、姿を現したのだ。

 

「うわあ!!!」

「なんか出た~~~~っ!!!」

「海王類かァ!!?」

「し…〝島食い〟!!?」

 

 これまで見てきた巨大生物たちに引けを取らない怪物の登場に、ルフィたちは突然のことで右往左往する。

 エレノアに至ってはその種を知っているのか、余裕を保っていた表情を引きつらせていた。

 

「舵きって‼ 急いで‼ 食べられちゃう!!!」

「なんだ、こいつは…巨大な…‼ 金魚か⁉ ん? 巨大金魚…⁉ どっかで聞いたような…!!!」

 

 呆然と巨大魚を凝視していたウソップは、自分が呟いた言葉にハッと目を見開く。

 いつだったか、そんな話を聞いたような、それとも自分で話していたよな。しかし思い出している暇は、今の彼にはなかった。

 

「グエーッ‼ グエーッ‼」

「ウソップ、早く」

「だ……だめだ!!!」

 

 カルーが走り回る中、ナミの必死の指示を、ウソップは仁王立ちして拒否する。

 震えながら、その場から動こうとしない彼の眼には、バロックワークスに立ち向かった時の覚悟が現れていた。

 

「まっすぐ進む!!! そ…そうだろ、ルフィ?」

「うん、もちろん」

「バカ言わないで!!! 今回はラブーンの時とは違うのよ!!?」

「わかってるよ騒ぐなよ。ほら、最後のせんべいやるから」

「いらないわよ!!! そんなことより船を動かさなきゃ私達は」

「ナミ」

 

 信じられない事ばかり口にする男たちに呆れ、他の者に頼もうとしたナミだったが、それをゾロにたしなめられる。

 彼はいつも通りのポジションで欄干に背を預け、気だるげにくつろいでいた。

 

「諦めろ……」

「う"…!!!」

 

 ナミは涙を流し、ルフィに渡された残りのせんべいをかじる。

 なぜだろうか、硬いはずのせんべいが柔らかい上に普通よりしょっぱく感じられるのは。

 

「ルフィ‼ 巨人達(あいつら)は信頼できるんだろうな!!!」

「うん」

「あたり前だ!」

「正気!!? 本当にあの怪物につっこんで行くの!!?」

「だめ…もう間に合わないっ!!!」

「わああああもうだめだああああ!!!」

 

 悲鳴を上げる一味を乗せたメリー号は、まっすぐに進み続ける。

 自ら巨大魚の口の中に呑み込まれていくようにも見える海賊船を見ながら、ドリーとブロギーは小さく笑い続けていた。

 

「育ちも育ったり〝島食い〟、この怪物金魚め」

「驚くのはこいつのデカさだけじゃない…その辺の島を食い潰して出す、こいつのフンのデカさと長さよ」

「……確か…〝何もない島〟という名の巨大なフン…」

「ゲギャギャギャギャギャギャ…昔、大陸と間違えて上陸しちまったことを覚えている…‼」

 

 それぞれが武器を持ち上げ、なつかしい日々を噛みしめながら構える。

 いつか見た光景、過ぎ去った日々、毎日の決闘で忘れかけていた黄金の日々が、今になって思い出される。その理由は、きっと彼らのせいだ。

 

「懐かしい冒険の日よ」

「奴らを見ていると、どうも昔を思い出す…‼」

 

 武器を掲げたドリーとブロギーの傷口から、軽く血が噴き出す。

 筋肉を限界にまで膨張させ、ドクンと血流を勢いよく巡らせる。放たれるのは、彼らが若き海賊達に贈る手向けの業だ。

 

「我らに突き通せぬものは〝血に染まる蛇〟のみよ」

「エルバフに伝わる巨人族最強の〝槍〟を見よ…!!!」

 

 巨人達が見据える先で、メリー号の姿が金魚の口の中に消える。

 しかし周囲が真っ暗になっても、ウソップはがたがた増えながらも疑わない。自分が憧れた巨人達の言葉を、信じていた。

 

「まっすぐ…まっすぐ‼」

「何言ってんの、もう食べられちゃったわよ‼」

「まっすぐ‼」

「まっすぐだァ!!!」

 

 巨大魚の体の奥の奥へと進んでいく中、ルフィとエドワードも力強く吠える。

 そして次の瞬間、彼らを眩しい光が包み込んだ。

 

「「〝覇国〟っ!!!!」」

 

 暗闇が、一気に晴れ渡る。

 ルフィたちを呑み込んだ巨大魚の体に大きな穴が開き、メリー号を傷つけることなく外の世界に開放する。

 それを行ったのは、凄まじき威力を誇り、海をも切り裂く飛ぶ斬撃を放ってみた、巨人達だった。

 

「う――っほ――っ!!!! 飛び出た――――――っ!!!」

「ふり返るなよ‼ いくぞ、まっすぐ―――っ!!!」

 

 巨大魚の中から脱出し、メリー号は空を舞う。

 キラキラと海の飛沫があたりを飾り、陽光を照らすその光景は、途方もないほどに雄大で偉大だった。

 

「でけェ………!!! なんてでっけェんだ!!!!」

「海ごと…斬った…これが…エルバフの……うう…戦士の力…!!! すげェ!!!!」

 

 人間の常識でなど測れるはずもない、あまりのスケールの大きさに、ルフィはゾクゾクと身体を震わせ、ウソップは感動のあまり滂沱の涙を流す。

 砕けた武器を掲げ、世界で最も誇り高き海賊たちは、若き後輩たちを豪快に笑いながら送り出した。

 

「「さァ、行けェ!!!!」」

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