ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第10章 冬に咲いた桜
第68話〝悲劇は突然に〟


 巨人達の庭の島(リトルガーデン)を抜け、一行は砂の王国(アラバスタ)へ。

 思いもよらない出逢いを果たしたウソップは、いまだ興奮冷めやらない様子でルフィと騒いでいた。 

 

「みんな‼ おれはな‼ いつか絶対に‼ エルバフへ‼ 戦士の村へ行くぞ!!!」

「よしウソップ‼ 必ず行こう‼ いつか巨人達の故郷へ‼」

「エ~~ル~~バフバフ~♪ エ~~ル~~バフバフ~♪ みんな~でかいぞ♪ 巨人だし~」

「元気ね、あいつら…なんだか私さっきので、どっと疲れちゃった…」

「指針見てるよ。ゆっくり休んでな」

「うん、ありがと…」

 

 肩を組んで歌っているルフィたちに呆れた視線を向け、ナミはエレノアに記録指針を預けて欄干にもたれかかる。

 命の危機を味わったこともあり、相当疲労がたまっているようだ。

 

「これでやっと…アラバスタへ帰れるわね」

 

 ナミがビビに微笑むと、王女は同意するように小さく笑みを浮かべる。

 偶然が重なり、思っていたよりも早く先へ進む道筋が見えた。あとはただ、指針の示す先へ急ぐだけだ。

 

「ま、もっともアラバスタへの航海が無事に済めばの話だけど」

「ええ…私は、きっと帰らなきゃ…だって今、国を救う方法は…」

 

 答えかけたビビの表情が、悲痛に歪む。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、命を賭してビビを送り出した護衛隊長イガラムの言葉。

 何があろうとも、たった一人になってでもアラバスタへ戻り、真実を伝えること。それが唯一、国を救う方法なのだと。

 

「必ず生きて、アラバスタへ………!!!」

「そう力む事ァねェよ、ビビちゃん。おれがいる!!! 本日のリラックスおやつ、プチフールなどいかがでしょう。お飲み物はコーヒー、紅茶どちらでも…」

「サンジさん…」

 

 思わず拳を握りしめるビビの緊張をほぐすように、サンジが用意した茶菓子を差し出す。いつも通りの気安さを見せるサンジに、ビビは笑みを浮かべてそれを受け取った。

 が、差し出された茶菓子を至近距離から見つめてくる男子たちに、ビビは困り顔で固まった。

 

「んまほー」

「んまほー」

「んまほー」

「おめェらの分はキッチンだ」

「「「うおおおっ‼」」」

 

 勢いよく駆け出していくルフィ、ウソップ、エドワードに、エレノアやアルフォンスが思わずため息をつく。

 決まった方角へ舵をとり、各々が思い思いに時間を過ごしていると、その瞬間は訪れた。

 

「エレノア…ごめん、私ちょっと…部屋で…」

「まァ…ろうが体に入っちゃったって言ってたしね。体調がすぐれないなら……………⁉」

 

 さっきからぐったりしたままだったナミに言われ、布団でも用意してやるかと立ち上がったエレノアは、続いて聞こえたドサッというに大きく目を見開いた。

 

「みんな来て!!! 大変っ!!!」

「ナミ!!? しっかりして、ナミ!!!」

 

 すぐさまビビと一緒に駆け寄り、倒れ込んだナミを抱き起こす。

 声を聞いた仲間達が何事かと集まってきて、血相を変えるエレノアとビビの顔を覗き込んだ。

 

「なんだ、どうしたビビ‼ エレノア‼」

「ナミさんが………!!! ひどい熱を………!!!!」

 

 エレノアの腕の中に抱かれるナミ。

 その顔は真っ赤に染まり、異常なほどに荒い呼吸を繰り返していた。

 

 

「ナビざん死ぬのがなァ!!!? なァビビぢゃん!!! エレノアぢゃん!!!」

 

 船内のベッドに寝かされたナミを見て、サンジがボロボロ涙を流しながら問う。

 倒れたナミを診察したビビは、険しい表情で首を横に振った。

 

「おそらく――気候のせい…。〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入った船乗りが必ずぶつかるという壁の一つが、異常気候による発病……!!! どこかの海で名を上げたどんなに屈強な海賊でも、これによって突然死亡するなんてことはザラにある話」

 

 乏しいビビの知識では、ナミの症状に該当する病気はわからず、その対処法もとれずに唇を噛む。

 ならば、と同じ船に乗るエレノアたちの方に目を向けた。

 

「ちょっとした症状でも油断が死を招く。この船に少しでも医学をかじっている人はいないの?」

「一応医学は一通り……でもしょせんは付け焼刃だし、役には立てそうもないよ」

「同じく。…どっちかっつーとおれら外科よりだし」

 

 期待を寄せられた錬金術師たちだが、力不足だと悔し気にうつむいてしまう。

 彼らを除けば一番医学に精通しているのはナミで、その本人がこの状態ではもはやどうしようもなかった。

 

「でも肉食えば治るよ‼ 病気は‼ なァ、サンジ!!!」

「そりゃ基本的な病人食は作るつもりだがよ…………あくまで〝看護〟の領域だよ。それで治るとは限らねェ」

 

 病院食にも種類がある。胃腸が弱っている相手に脂肪分を多く含んだ食事を与えれば悪化してしまうように、症状にあった食事というものが必要になる。

 さらに言えば、女性陣には必ず新鮮な食材で、その他には腐りかけの素材で食事を作っているのだと豪語し、他の面々を呆れさせながらサンジは無念そうに口を閉ざした。

 

「病気ってそんなにつらいのか?」

「「いや、それはかかったことねェし」」

「あなた達一体何者なの!!?」

「単なるバカだよ」

 

 バカは風邪をひかないを地で行く彼らを同じと思うな、とエレノアは結構辛辣なことを言う。

 一方でアルフォンスは苦しむナミを、そしてそのそばで眉間にしわを寄せるエドワードを見て、痛々し気に呟いた。

 

「つらいに決まってるよ…!!! 40度の高熱なんてそうそう出るもんじゃない…‼ もしかしたら命にかかわる病気かもしれない…!!!」

「「「「ぎゃああああああ!!!」」」」

 

 アルフォンスの言葉により、いよいよ船内はパニックに陥る。

 ここまでともに旅をしてきた大切な仲間で、重要な航海士の女性。彼女に降りかかった死の未来に、誰もが冷静さを失ってしまった。

 

「ナミは死ぬのかァ!!?」

ダビダン死らバイベ(ナミさん死なないで)――!!!」

「あああああああっ‼」

「クエ――ッ!!!」

「うろたえんな!!! うるせェっ!!!」

 

 ギャーギャーと騒ぎまくって役に立たない彼らに、エドワードが代表して怒鳴りつける。

 ひとまず黙ったルフィは、焦燥の形相のまま次の方針を決断した。

 

「医者を探すぞ、ナミを助けてもらおオオ!!!」

「わかったからっ‼ 落ち着いて!!! 病体にひびくわっ!!!」

「………だめよ」

 

 だが、進路の変更に動き出そうとした彼らを止めたのは、ベッドで寝ていなければならないはずのナミだった。

 ナミはむくりと起き上がり、仲間達にしんどそうな目を向けた。

 

「え…⁉」

「お、おいナミ!!?」

「お―――――っ、治った――っ!!!」

「治るかっっ!!!」

 

 呆れたことを言いはしゃぐルフィの頭をウソップがはたく。

 戸惑う仲間達をよそに、ナミは心配そうな表情のエレノアに焦点のズレた視線を向けた。

 

「エレノア…私のデスクの引き出しの……」

「……わかった」

 

 ナミの意図を悟ったエレノアは、指示通りに引き出しを開け、中から丸められた新聞を取り出す。

 それを受け取ったビビは訝しげに記事を読み、見る見るうちに顔色を真っ青に染め上げていった。

 

「そんな…」

「おい、何だ。どうした」

「アラバスタのことか⁉ ビビちゃん‼」

「そんなバカな…………!!!」

 

 新聞に書かれていたのは、『国王軍』の兵士30万人が『反乱軍』に寝返ったというものだった。

 もともとは『国王軍』60万、『反乱軍』40万の鎮圧戦だったはずだった。これにより、形勢は一気に逆転…いや、補給物資の点などを考えればほぼ互角の泥沼の戦いとなることだろう。

 

「………これでアラバスタの暴動は、いよいよ本格化するわ…」

「3日前の新聞なんだよ、それ…ごめん。ビビに見せたら不安にさせると思って」

「…わかった? ルフィ」

「………! 大変そうな印象をうけた」

「そういうことよ。思った以上に伝わってよかったわ」

 

 最も能天気なルフィがそんな印象をうけるほど緊迫した状況なのだと、船員たちは息を呑む。

 しかしルフィは、いまだにフラフラの状態のナミをじっと見つめた。

 

「でも、お前医者に診てもらわねェと…」

「平気。その体温計壊れてんのね…40度なんて人の体温じゃないもん。きっと日射病かなんかよ。医者になんてかかんなくても勝手に治るわ……とにかく今は予定通り……」

「…ちょっと待っててね」

 

 明らかに無理をしようとしているナミに一声かけ、エレノアが船室の外へ出る。

 ナミの心配をするほかの仲間に代わり、船の進行方向を確認していたゾロのもとへ行くと、エレノアの表情はやや険しくなった。

 

「ゾロくん…君今まで何見てたのさ? まるで見当違いの方角向いてんじゃん」

「何って…船は、まっすぐ進んでたぞ」

「うん、そうだね。直角にまっすぐだったね。でも目指してんのはこの指針の先なんだよ‼」

「そんなもん見なくてもあの一番でかい雲を目指して…」

「………もういいよ。まったく…」

 

 これでは永久指針(エターナルポース)があっても永久に辿りつけやしない、とエレノアは深くため息をつく。

 するとそこへ、ふらつきながら波が外へ出て、メリー号の進行方向をじっと見つめだした。

 

「! ナミ…」

「空気が………変わった…」

「風も近づいてきてる……このまま向かうのはまずいね」

 

 意味不明な発言をこぼすナミに、エレノアも奇妙な一言を残して同意する。

 それを聞いていたゾロは訝し気に二人を見つめ、彼女たちと同じ方向に目をやった。

 

「空気? 風? ずっと変わらねェ晴天だぞ」

「いいから…みんなを呼んで」

「おい、てめェら出て来い!!! 仕事だ!!!」

「南にいったん舵をとるよ‼ シートについて左舷から風受けて‼」

「ういっ」

 

 意識がもうろうとしているとはいえ、凄まじき航海術の才能を有するナミの言葉は信用に値する。

 すぐさま従ったゾロとエレノアが、船室にいるルフィたちに指示を放った。

 

「ナミ、あとのことは私達に任せて…」

「平気だって言ってるでしょ」

「でも…」

「いいから早く船を動かしてっ‼」

 

 無理して役目を果たそうとするナミに、エレノアは言い返す気にもなれずに肩をすくめた。

 

「……まったく、ごうじょっぱりめ…」

 

 いつ倒れてもおかしくないのに、ビビのことを思い耐え続けているナミ。

 ならば本人の好きにさせてやろう、とエレノアが説得をあきらめた時、ずっと船室で悩んでいたらしいビビが一味の前に顔を出した。

 

「みんなにお願いがあるの」

 

 真剣な表情で口を開いたビビに、ルフィたちは一度手を止めて視線を集める。

 ビビはわずかに迷いを残しながら、先ほど決断した想いをルフィたちに打ち明けた。

 

「船にのせてもらっておいて…こんなこと言うのも何だけど、今、私の国は大変な事態に陥っていて、とにかく先を急ぎたい。一刻の猶予も許されない‼ だから、これからこの船を〝最高速度〟でアラバスタ王国へ進めてほしいの‼」

 

 ビビの決意に、ナミはほっとしたように笑みを浮かべ、反対にエレノアはじっと確かめるようにビビを見つめる。

 

「………当然よ! 約束したじゃない‼」

「…だったら、すぐに医者のいる島を探しましょう」

 

 しかし続いてビビが口にした言葉に、全員が目を見開き、続いてにやりと笑みを浮かべる。

 それはナミの意図とはズレたもので、仲間達が求めていた言葉だったからだ。

 

「一刻も早くナミさんの病気を治して、そしてアラバスタへ‼ それが、この船の〝最高速度〟でしょう!!?」

「そお―――さっ‼ それ以上スピードは出ねェ‼」

「いいのか? お前は王女として国民100万人の心配をすべきだろ」

「そうよ‼ だから早くナミさんの病気を治さなきゃ」

「よく言った、ビビちゃん!!! ホレなおしたぜおれァ!!!」

「いい度胸だ…」

「どのみち、ナミがいなかったらこの一味は全滅しそうだしな!」

「さけては通れない道ってやつだね」

 

 ルフィたちは一斉に歓声を上げ、急いで船の操舵作業に入る。アラバスタへ一刻も早く向かいたい気持ちを押し殺し、仲間のために苦渋の決断をしたビビを誰もが温かく迎えた。

 エレノアもまた、ほっと安堵したように微笑み、ビビを見つめた。

 

「そう言ってくれるとわかってたよ」

「エレノアさん…?」

 

 エレノアはフードを外し、虎の耳をあらわにして仁王立ちする。

 眉間にしわを寄せ、エレノアは目を閉じるとじっとその場で全神経を聴覚に集中させ続ける。

 仲間達が気付いて振り向く中、やがてエレノアは目を開き、ある方向を指さした。

 

「このまま南へ……約3日。島の〝音〟が聞こえる」

 

 確証があるわけではない、しかし戯言だとは断定できない奇妙な説得力を持つエレノアの言葉に、ルフィたちはすぐさま従った。

 エレノアはにやりと不敵な笑みを浮かべ、ナミを安心させるように小さな体で抱き寄せた。

 

「安心しなよ、ナミ…ゆっくり休みな」

「悪い…ビビ…エレノア…………やっぱ私…ちょっとやばいみたい………」

 

 ナミはそれだけ口にすると、エレノアの腕の中にぐったりと全体重を預けて意識を手放してしまう。

 慌ててビビが肩を貸し、船室に戻ろうとした時だった。

 

「オオ‼ なんだありゃあああ!!!」

 

 メリー号を方向転換させていたウソップが、後方を指さして声を上げた。

 つられた他の者たちが振り向くと、目に入った光景に大きく目を見開くこととなった。

 黒々とした巨大な竜巻が、メリー号の真後ろに大きくそびえたっている、悪夢のような光景に。

 

「あ…あれは〝サイクロン〟!!?」

「でけ――――っ!!!」

 

 雷をはらみ、ごうごうと渦を巻く暴風の檻を凝視し、ウソップたちが悲鳴を上げる。

 ビビもまたその光景に目を奪われ、ある事実に気づいてハッと我に返った。

 

「…ちょ…ちょっと待って、あの方角は…」

「さっきまでこの船が向かってた方角だ…」

「あのまままっすぐ進んでたら直撃だったぞ!!!」

「危ねェっ‼ ギリギリセーフだなこりゃあ‼」

 

 危機的状況を未然に回避したことで、船員たちは胸をなでおろす。

 だがビビは、信じられないといった様子で自分にもたれかかる女性と、伝説の天使の少女を凝視していた。

 

(すごい…〝偉大なる航路(グランドライン)〟のサイクロンは前兆のない風だと言われているのに…‼)

 

 あのサイクロンを回避したのは、ナミとエレノアの一言があったからこそ。

 ただ知識や経験が豊富なわけではない。まるで未来を見たかのように、凶事を回避させた二人の女性を、ビビはありえないものを見るように感じていた。

 

(昔、聞いたことがある…『〝天族〟の乗った船は沈まない』という船乗りたちの語る伝説………もし今の力が、あの伝説のもととなった力なんだとしたら…‼)

「まるで天族が二人いるみたい…」

 

 一見、華奢な女性と幼い少女にしか見えない二人。

 しかしその身には、言葉では言い表せないぐらいのすごい能力が宿っているのだと、ビビは胸の内の興奮を醒ますことができずにいた。

 そうとは知らず、ルフィはメリー号の向かう先を指さし、大きく声を張り上げた。

 

「よっしゃ、それじゃ急ごうか‼」

「このまま南へ‼ 医者探しに行くぞ!!!」

「「「「「うおおおおおおっ!!!」」」」」

 

 仲間の窮地を救うため、一致団結して咆哮を上げる。

 羊の船首が向かう先は、いまだ果て無き海原が続いていた。

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