ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
第6話〝海を識る女〟
波に乗り、風に乗り、小舟は進む。
世界一の剣豪の名を求める強者を、新たな同乗者に迎えて。
「おい、俺はさっそくで悪ィが、この一味に不安を覚えた」
「……だいたい予想はつくけど、何かな?」
「あー…はらへったー」
小舟の先頭で、ルフィとエレノアを前に神妙な顔でゾロは言う。
具体的には、のんきな顔で空腹を訴えながら、そのくせ操舵などはほっとんどやっていない、というかできない船長を見つめて。
「さすがに船長のお前が航海術を持ってねェってのはおかしいんじゃねェか?」
「お前こそ海をさすらう賞金稼ぎじゃなかったのかよ」
「おれはそもそも賞金稼ぎだと名乗った覚えはねェ。ある男を探しにとりあえず海へ出たら、自分の村へも帰れなくなっちまったんだ」
「…それは何とも」
「仕方ねェからその辺の海賊船を狙って、生活費を稼いでた…それだけだ」
航海術を持っていない船長も船長だが、迷子癖のある海賊狩りも大概である、とエレノアは内心で呆れる。
というかそんな男に獲物にされた海賊たちがあまりに憐れであった。
「なんだお前、迷子か」
「その言い方はやめろ‼」
遠慮なくルフィが口にした不名誉な呼び方にゾロが叫ぶ。だが傍から見れば、ルフィの言葉は間違ってはいなかった。
ゾロはどっかりと座りなおすと、呆れた目でルフィを見やった。
「全く…! 早ェとこ〝航海士〟を仲間に入れるべきだな」
「航海術ならエレノアが知ってるじゃねェか」
「あのね、私の本業は錬金術師なの。私が知ってるのは必要最低限の航海術なの。本業の人がいないと〝
「錬金術か…」
エレノアの言葉に、以前見せられた不思議な力を思い出し、ゾロが何やら考え込む。
そしてやがて何か思いついたのか、ルフィに呆れているエレノアの顔をじっと覗き込んだ。
「おい、この間やってた妙な力…錬金術は今使えるのか?」
「ん? まァ、理解さえできれば基本的にどこでも誰にでも使えるものだけど…」
「じゃ、たのむわ」
「…………?」
おもむろにゾロは、自分が飲み干した空の酒瓶に海水を入れ、手ごろな重りの石とともにエレノアに差し出す。
意図が分からず、首をかしげながらもそれを受け取るエレノアに、ゾロも不思議そうに首をかしげた。
「ん? 石をパンにしたり、水を酒にしたりできるんじゃねェのか?」
「ふざけんなァ!!! どっかの聖人の所業じゃないのよ!!!」
「なんもねェ所から炎を出したり、風を吹かせたりしてたじゃねェか」
「魔法じゃないんだから‼ できることとできないこともあんの!!!」
錬金術を使えば何でも作れると思ったゾロが、食糧問題を解決しようと提案した考えにエレノアが怒りをあらわにする。
しかもそれは神話やおとぎ話の登場人物がやるような奇跡であり、物理法則を超えたむちゃくちゃなことだった。
「いい!!? 錬金術の基本は『等価交換』なの!!! 水は水にしかできないし、石は石にしかできない!!! 何かを得ようとしたら、それと同等の代価が必要なの!!!」
「? なんだかわかんねェが、案外勝手がきかねェんだな」
「限度があるっつの!!!」
「メシ―…」
あまりエレノアが言ったことが理解できていないようだが、とにかくどうにもならないとわかったゾロが文句をこぼす。エレノアにとってはたちの悪いクレームだった。
ギャーギャーと騒ぐ一同だったが、徐々にその勢いが弱くなっていった。
胃袋が限界に達しつつあったのだ。
「ダメだ…騒いだら余計におなか減った…」
三人仲良く小舟の上で倒れ、雲一つない青空を見上げる。
空腹のせいで思考も働かず、無駄な時間だけが過ぎ去っていった。
そんな中、青空の中心にぽつんと黒い影があるのに気が付いた。十字の形の影は、遠く天を舞っている鳥のようだ。
「お、鳥だ」
「でけェな、わりと…」
「目算で全長10メートルぐらいか…」
距離と目で見える大きさを計算し、エレノアはそれだけ大きな鳥であることを予想する。
ぼーっとそれを見上げていた三人だったが、やがてルフィががばっと体を起こしてエレノアたちの方へ振り向いた。いきなりきらきらと目を輝かせ、やる気を取り戻している。
「食おう‼ あの鳥っ」
「やめときなよ。私と違って空なんて飛べないでしょ」
「おれにまかせろ!〝ゴムゴムのロケット〟‼︎」
言うが早いか、ルフィは小舟のマストを伸ばした手で掴み、ゴムの伸縮を利用して勢いよく飛び出していった。
子供のおもちゃのような原理でまっすぐに空を飛び、悠々と飛んでいる鳥の方へと迫っていく。その姿に、見上げていたゾロが感心したように息をついた。
「なるほどねぇ……」
「…ねぇゾロ君、私なんか嫌な予感がするんだけど」
エレノアの脳裏にそこはかとなく浮かぶ嫌な予想は、残念ながら当たってしまった。
予想よりデカかったカモメのような鳥が、自分の口の前に飛び出したルフィをパクッと咥えてしまったからだ。
「!!?」
予想外の事態にルフィもエレノアもゾロも固まり、声も出せずに目を見開く。
その間に、ルフィを咥えた巨大カモメはさっさとどこかに飛んで行ってしまった。
自分の巣かどこかに、エサとして持って帰るのかもしれない。
「ぎゃ――――っ!!!」
「あほ――――っ!!!」
悲鳴を上げるルフィに、ゾロもエレノアも血管を浮き立たせて怒鳴る。
しかしそんな場合じゃないと我に返り、二人でオールを持ち出すと想い切り漕ぎ、巨大カモメにさらわれた船長を追いかけ始めた。
「一体何やってんだてめェはァ!!!」
「すみませんすみませんウチのアホ船長がほんとにアホですみません…!」
文句を垂れるゾロに、手のかかる子供の保護者のようにエレノアがぺこぺこと頭を下げる。それだけで、これまでの旅で似たようなことが何度もあったのだと感じさせた。
必死にオールを漕いで追いかけ続けるも、空を飛んでいるカモメはどんどん遠くへ行ってしまって追いつくことができない。
そんな中、エレノアたちの進行方向上に水飛沫が立っているのが見えた。同時に、人の声も聞こえてくる。
「お―――い止まってくれェ‼」
「そこの船止まれェ‼」
「ん⁉ 遭難者か、こんな時にっ‼」
「ゾロ、そのまま止めないで全速力」
「あァ⁉︎」
「いいから」
バシャバシャと手足をばたつかせている三人の男たちに向かって、こぎ続けるゾロが突入する。
小舟が直撃する直前、パンッと手のひらを打ち合わせたエレノアが海面に触れる。
その瞬間、穏やかだった海が男たちの周囲だけうねり始め、まるで巨大な手のようになって男たちを押し上げた。
「うお」
「どわああっ⁉」
空中に投げ出された三人が、ぼとぼとと小舟の空きスペースに落ちていく。
うまい具合に働いた錬金術と思わしき力に、ゾロが感心した目を向けた。
「使い勝手いいな、それ」
「でしょ?」
汚名返上とばかりに、エレノアはゾロの称賛の言葉に胸を張る。
一方で救い出された男たちは、自分たちを押し上げた妙な現象に目を見張り、戦慄の表情をエレノアに向けた。
「な、なんだいまのは⁉」
「ま、まさかバギー船長と同じ能力者…⁉」
「バギー…? もしかして〝道化〟のバギー?」
聞き覚えのある名前にエレノアが聞き返すと、調子を取り戻したのか男たち――海賊バギーの手下たちがナイフを取り出して凄み始めた。
「そ、その通りだ。おい、船を止めろ。俺たちァ、あの海賊〝道化〟のバギー様の一味のモンだ」
「あァ⁉」
しかしその迫力は、空腹と船長の愚行で苛立つゾロには遠く及ばなかった。
「あっはっはっはっは――っ」
「あなたが〝海賊狩り〟のゾロさんだとはつゆ知らずっ! しつれいしましたっ」
数分後、ぼこぼこにされた手下たちが気色の悪い笑顔で仲良くオールを漕いでいた。
といってもオールは二本しかなかったので、二人が漕いで一人がおべっかを使うという形になっていたが。
「まァ、こうなるとは思ってたけどね」
「こいつらのお陰でルフィの奴を見失っちまった。とにかくまっすぐ漕げ」
呆れた口調でエレノアが見やり、ため息をつく。
内心では苛立つ手下たちだが、〝海賊狩り〟や得体のしれない力を持つ相手には逆らえず、しぶしぶ従っていた。
「気になってたんだけど、バギー一味が何で海の真ん中でおぼれてたのさ?」
「それだっ‼ よく聞いてくれやした‼ あの女のせいだっ‼」
「そう、あの女が全て悪いっ!!!」
「しかもかわいいんだけっこう‼」
「……!」
不要な一言をこぼした仲間を一人が殴りつける間に、もう一人が事のあらましを簡単に説明した。
商船を襲い宝物を奪った三人は、成果を喜びながら船長バギーのいる島に戻ろうとしていた。
その途中、小舟の上でぐったりとしている若い娘を見つけた。
なかなかかわいらしい顔にメリハリの利いた身体つきの少女に手下たちは油断し、病弱なふりをしていた彼女に宝物と舟を奪われたのだという。それも、空の宝箱とボロい舟を入れ替えられる形で。
慌てて追いかけようとした矢先、娘はまるで予知でもしたかのように発生する天気を当てて見せ、手下たちがスコールにのまれているうちにさっさと逃げてしまったのだとか。
「――ってゆう次第なんですよ!」
「ひどいでしょ⁉」
「ふ~ん…海を知り尽くしてるね、そいつ。航海士になってくれたら安心なんだけどな」
正直手下たちの愚痴はどうでもいいが、天気を予知してみせた娘の能力は気になる。
それだけ正確な予報ができるなら、航海士としての実力は相当なものになるだろう。
「あいつは絶対探し出してブッ殺す‼」
「それより宝をまずどうする」
「そうだぜ、このまま帰っちゃバギー船長に……‼」
「そのバギーってのは…?」
「この辺の海で幅を利かせているっていう、海賊の名前だよ」
ゾロが尋ねると、手下ではなくエレノアが答えた。
「大砲好きで有名で、どっかの町で子供に自分の鼻をバカにされたからって、その町一つ消し飛ばしたって話だよ。〝悪魔の実シリーズ〟のどれかを食ったって聞いたことがあるけど…」
「嬢ちゃん、詳しいな。船長のファンか?」
「冗談! 私、仁義をわきまえないやつって嫌いなんだよね。知ってるのは、いずれぶつかるだろうから情報を集めてるだけ」
「なにおう!!?」
船長をバカにされ、一味が口ほどにもないと言われたと感じたのか手下たちがいきり立つ。
が、にらみを利かせるゾロが怖くて手が出せずにいた。
そんな彼らを気にすることなく、エレノアは深く考え込み、フードの下で顔をしかめていた。
「…悪魔の実か…一応気をつけておくか」
やがて、小舟はある島の港に到着する。
なかなか立派な港町で、それだけ財貨もため込んでいるのだろうと思わせるたたずまいだ。
「つきました、お二方‼」
もはやゾロたちの下っ端になったように、へこへこと手下たちがゾロとエレノアを迎える。
しかしそれだけ騒いでも、町の人間が誰一人として出てこないことが気にかかった。
「なんだ…がらんとした町だな。人気がねェじゃねェか…」
「はあ、実は、この町。我々バギー一味が襲撃中でして」
手下の返答に、エレノアは頭痛を感じたような頭を押さえた。
いつかぶつかるかもと考えていた海賊のいる島にたどり着くとはなんと幸先悪いのか。しかもこの展開、ルフィがこの島に来ていてもおかしくはない。
厄介事ばかり持ち込む船長に、呆れるほかになかった。
「じゃあとりあえず、そのバギーってのに会いに行くか。ルフィの情報が聞けるかも知れねェ」
「待ってて。ちょっと居場所探ってみるから」
エレノアは歩き出そうとしたゾロを制し、フードの口を開けて周囲の音を集め始める。
人の姿が見えないのなら都合がいい。余計な音を拾わずにルフィの声だけを拾うことがたやすくなるだろうからだ。
しばらくその場で音を集めていたエレノアだったが、やがてその表情が険しくなり始めた。
「…あのさ、ゾロ君」
「あ?」
とても言いづらそうに呼びかけるエレノアに、ゾロは早くも嫌な予感がする。
やや迷ってから振り向いたエレノアは、心底申し訳なさそうに目をそらしながら、聞き耳の結果を伝えた。
「重ね重ねごめんね………なんか、うちのバカ船長、捕まってるみたい」
「はぁ!!?」
聞こえてきたのは、数十人の海賊たちの宴の声と、わめきたてる
これらの音から察するに、何らかの形でバギー一味に取っ捕まったルフィが縄で縛られ、檻にでも入れられてもがいているのだろう。
考えうる最悪の展開に、ゾロもエレノアも言葉を失って立ち尽くしていた。