ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
体に突き刺さる寒気に、エレノアは全身をぶるぶると振るわせる。
しっかり防寒をしているはずだが、それでも襲い掛かる冷気は抑えられなかった。
「ふ―――っ、こりゃすげェ‼ なんだあの山は…!!!」
「ねェ兄さん…この島って」
「ああ。間違いねェな」
「こんなに雪が、しやわせだ…おれ」
「しあわせ、ね?」
「それよりルフィ。お前寒くねェのかそのカッコで」
「マイナス10℃。熊が冬眠の準備を始める温度よ」
何やら目を合わせているエドワードとアルフォンスに気づきながら、見ているだけで寒くなる薄着のルフィにエレノアはジト目を向ける。
問われたルフィは振り向くと、改めて冷気に気づいてしばらく考え込んだ。
「え? ああ…ん? 寒ブッ!!!」
「いや遅ェよ!!!」
慌てて上着を取りに行ったルフィを放置し、一行はメリー号を操舵して、島から流れる川に入る。
よく見ればそれは、陸から流れ出している雪解け水が作り出しているようだ。
「雪解け水の滝だわ…この辺に船を泊められそう」
「それで…? 誰が行く、医者探し」
「その前に人探しだね」
「おれが行く‼」
「おれもだ‼」
「よーし、行って来い」
「なァおい。おれの記憶が正しけりゃ…この島は」
ナミの病状のこともあり、いつも以上に手早く役割を決めていく。
その際エドワードが何か言おうと手をあげていたが、一味がその話を聞く事はなかった。
「そこまでだ、海賊ども」
何かに反応したエレノアが振り向いた直後、唐突に向けられた敵意に満ちた声に、全員がハッと振り向いて身構える。
一味の誰も気づかぬ間に、メリー号は陸から無数の銃口に取り囲まれていたのだ。
「おい、人がいたぞ」
「…でもヤバそうな雰囲気だ…」
どう見ても歓迎的ではない、ある意味では当たり前の反応に一味は表情を険しくさせる。
しかしそれでも過剰ともいえる敵意に一味が困惑していると、取り囲む住民たちの中で、最も大柄な一人が静かに諭すように告げた。
「速やかにここから、立ち去りたまえ」
巨大な剣を背負った男性は、他の住民たちとは異なる落ち着いた様子でルフィたちを見つめている。
その時、聞こえてきた声にエドワードが眉を寄せた。
「ん…? この声は…」
「おれ達、医者を探しに来たんだ‼」
「病人がいるんです‼」
「そんな手にはのらねェぞ!!! ウス汚ねェ海賊め‼」
友好的ではないが、とにかくナミの治療が最優先であると一味は総出で住人達に懇願する。
だが住人達は、ルフィたちに対して端から話を聞く気がない様子で、一貫して排除する姿勢を崩さない。
「ここは我々の国だ‼ 海賊など上陸させてたまるか!!!」
「さァ、すぐに碇を上げて出てゆけ!!! さもなくばその船ごと吹き飛ばすぞ!!!」
「おーおー…ひどく嫌われてんなァ…初対面だってのに」
「これが普通の反応さ…」
わかっていたとはいえ、あからさまに拒絶されたサンジが思わずぼやくとエレノアがそれを諫める。
その態度が癇に障ったのか、住人の一人が目を吊り上げた。
「口ごたえするな‼」
「うわっ!!!」
ドンッ‼と派手な音を立てて、住人の一人が遠慮なく発砲する。
咄嗟にエレノアが躱さなければ直撃していた弾が、メリー号の甲板に突き刺さっているのを目にし、今度はサンジが目を吊り上げた。
「撃った……!!!」
「………やりやがったな……」
もはや交渉は不可能か、と力尽くで上陸する覚悟を決めたゾロたち。
特にサンジは、エレノアを危うく傷つけられそうになったことで頭に血を昇らせていた。
「てめェ!!!」
「待てサンジ‼ 落ち着け!!!」
ところが、陸地に向かって飛び出そうとしたサンジを、突然エドワードが押しとどめた。
小柄な彼では押し返されそうになったが、エドワードは必死にサンジを押さえてもう一度住人達に目を向けた。
「やっぱりそうだよな…‼ ドルトンさーん‼ おれだァ!!! 撃たないでくれェ!!!」
住人達の中の、リーダー格らしき大柄な男性に向けて、エドワードは声を張り上げる。
すると、自分に声をかけているのだと気付いた男性は、驚いた様子で身を乗り出した。
「………‼ まさか、エルリック・エドワードか…⁉」
「なんだよ………知り合いがいたのかよ…⁉」
「……前に上陸したのは、ちがう方角だったからな…」
態度が少しだけ変化した、ドルトンと呼ばれた男性を見て、サンジやゾロがエドワードに視線を向ける。
何故島に着いた時に気づかなかったのだという無言の問いに、エドワードは不覚といった様子で唇を噛んだ。
「話を聞いてくれェ!!! そこまでいやなら、上陸はしねェ!!! 医師を呼んでくれねェか!!? 仲間が重病で苦しんでるんだ、助けてくれ‼」
「……だが」
一応は怒りを抑えてくれたサンジを背にし、エドワードは力の限りドルトンに懇願する。
しかしドルトンは渋る様子を見せ、代わりに住民たちが好き勝手に怒鳴りつけ始めた。
「か…海賊の言うことが信用できるか!!!」
「そうだ‼ ドルトンさんの知り合いかどうかしらねェが、おれ達をダマすつもりかもしれねェ!!!」
「てめェら…こっちが下手に出てりゃ言いたいほうだい言いやがって…‼」
やはりこちらが海賊である以上、平和的に解決するのはムリかとあきらめかけた時だった。
エドワードが突然その場に両ひざをつき、額を甲板にぶつける勢いで頭を下げた。
「兄さん……⁉」
「エド…………!!!」
「……おれだってなァ、下げたくねェ頭はある。でもよ……今は下げなきゃいけねェときだろ……!!!」
気の強い、悪く言えばプライドの高いはずの彼が、恥も外聞も捨てて土下座する姿に、一味だけでなく罵っていた住民たちも絶句する。
歯を食いしばり、屈辱に耐え続けるエドワードは、唖然とする全員の前で懇願し続けた。
「頼む……この通りだ……!!! 仲間を…‼ 助けてくれ……!!!」
過ごした時間は、それほど長くはない。
だが目的の為に船に乗せてもらい、道中では危うくサイクロンに巻き込まれるところを救われた。ならばこんな時にこそ、少しでも恩を返さなければならない。
そんな漢気に、麦わらの青年も行動で応えた。
「医者を呼んでください。仲間を助けてください」
二人一緒になって、船長と国家錬金術師がメリー号の上で誠意を見せる。
住人達も次第に迷いの表情を浮かべ始める中、意を決した様子でドルトンが目を細めた。
「村へ…案内しよう。ついて来たまえ。それと…すまなかった、エドワードくん」
願いが通じたことに、一味はほっと息をつく。
エレノアは嘆息し、情けなくて格好のいい男たちを微笑まし気に見下ろした。
「…思ってたより、いい男になりやがって」
「お前、すげェな」
「にししし…」
ルフィは頭を下げたまま、隣のエドワードに尊敬の眼差しを送る。
エドワードは微妙に頬を引きつらせたまま、それでも誇らしげに笑みを浮かべる。
そんな彼らが顔を上げたところで、ドルトンは付け加えるように言い放った。
「一つ…忠告しておくが…我が国の医者は…魔女が一人いるだけだ」
「は?」
メリー号の見張りにゾロとカルーを置き、豪雪降りしきる道を一味は黙々と歩く。
その途中でドルトンは、歩きづらそうなルフィたちに向けて唐突に語った。
「この国に、名前はまだ無い」
「は? なに言ってんだよドルトンさん…ここドラム王国だろ?」
ドルトンの言葉に、エドワードは訝し気に眉間にしわを寄せて問い返す。
道中、前から歩いてきた大きな熊に会釈しながら、一行はドルトンが住んでいるという村へと向かう。
「っぎゃあああ!!! 熊だあああっ!!! みんな死んだフリをしろォおお!!!」
「気にすんな。ハイキングベアーだ。危険はねェよ」
「登山マナーの〝一礼〟を忘れるな」
勝手に騒いで勝手に雪の中に倒れこむウソップを適当にあしらい、一行は人通りの多くなってきた空間にたどり着いた。
寒空の下でも活気のある、それなりに明るい雰囲気の村だ。
「ここが…我々の村だ」
「なんか変な動物歩いてんな」
「さすが雪国だぜ」
「ナミさん‼ 人のいる村へついたぜ‼ 村だ!!!」
「じゃあ、みんなごくろうさん。見張り以外は仕事に戻ってくれ」
「一人で平気かい、ドルトンさん。海賊だぞ」
「彼らに、おそらく害はないよ。長年の勘とちょっとした縁だ。信じてくれていい…」
医者は居らずとも、ようやく腰を落ち着けられる場所にたどり着き、一味が安堵の声を上げる中、ドルトンは付き添っていた一部の住民たちに解散を告げた。
その親しげな様子に、ビビは得心が言った様子で息を吐いた。
「…国の守備隊じゃなかったんですね」
「民間人だ。ひとまずうちに来たまえ」
そう言って、自分の家へと招くドルトンに一味は疑わずについて行く。
途中、再び一行のもとに大きな影が近づき、ルフィとウソップがハッと目を見開いた。
(はっ‼ みろルフィ‼ ハイキングベアーだ)
(またかっ…‼)
「あら、ドルトンさん。海賊が来たと聞いたわ。大丈夫なの?」
「ええ異常ありません。ご心配なく」
「やあドルトン君。2日後の選挙は楽しみだな。みんな君に投票すると言っとるよ」
「と…とんでもないっ‼ 私などっ!!! 私は罪深い男です…!!!」
勘違いし、普通の買い物帰りの大柄なおばさんに会釈するルフィとウソップを放置し、ドルトンはおばさんや老人と会話を始める。
その内容に、エドワードとアルフォンスは訝し気に首を傾げた。
「…選挙…?」
「何の話だ?」
「………そこのベッドを使ってくれ。今、部屋を暖める…」
詳しいことは語ろうとはせず、ドルトンは自分の家の扉を開きルフィたちを促す。
問いただしたいエドワードだったが、今回の訪問の目的を思い出し、また別の機会を待つことに決めた。
「体温が…42度!!?」
ルフィたちを招き入れ、病人だと聞かされたナミをベッドに寝かせたドルトンは、ビビから聞いた症状に顔色を変える。
医者でなくとも、その数値が異常なことであることは明らかで、冷静そうだったドルトンも狼狽し始めた。
「3日前から上がる一方で…」
「これ以上上がると死んでしまうぞ…」
「…ええ、だけど病気の原因も対処方法も私達にはわからなくて」
「何でもいいから医者が要るんだ。その〝魔女〟ってのはどこいんだよ‼」
「つーか、この国の医者は〝イッシー20〟だろ?」
とにかく早くナミを苦痛から解放させてあげたくて急かすようにサンジが吠えると、ドルトンはちらりと窓の外に目を向ける。
「〝魔女〟か………窓の外に…山が見えるだろう…⁉」
「ああ…あのやけに高い…」
島の外からも見えた奇妙な山のことを思い出し、サンジは確認のために窓の方を向く。
が、そびえ立つ山が映っているはずの場所には、異様な大きさの雪だるまが邪魔をしていた。
「〝ハイパー雪だるさん〟だ!!!」
「雪の怪物〝シロラー〟だ!!!」
「てめェらブッ飛ばすぞ!!!」
緊張感のかけらもない二人をどつき、邪魔な雪像を破壊して視界を確保する。
一所に落ち着いていられないルフィらに茶を渡してようやく、一味は件の山々の姿を拝むことができた。
「あの山々の名はドラムロッキー。真ん中の一番高い山の頂上に城が見えるか? 今や…王のいない城だ…」
「城⁉」
「あったまるなー」
「ああ…確かに見える」
「あの、お城が何か…?」
「人々が〝魔女〟と呼ぶ、この国の唯一の医者、〝Dr.くれは〟があの城に住んでいる…」
標高が高く、雲でぼやけているためによく見えないが、台のような山の頂上には城の影が見える。
その山をどこか物憂げに見上げ、ドルトンがため息交じりに語ると、エドワードがうげっと顔を歪めた。
「あのバアさんまだ生きてんのかよ…」
「もう140近い高齢のはずですよね」
「ひゃ…140!!? そっちが大丈夫か⁉」
「いや、わるい。よく考えたらあと100年ぐらい余裕で生きてそうだったわ」
一応は面識があるらしく、エドワードもアルフォンスも険しい表情で唸る。
二人のそんな反応をさせる老婆が一体どのような人間なのかと、一味は尋ねる前から早速不安になってしまった。
「よりもよって何でまた、あんな遠いところに…すぐに呼べないんですか⁉ 急患なんですよ」
「そうしたくとも通信手段がない」
「はい!!?」
聞き捨てならないセリフに全員が振り向くと、ドルトンも申し訳なさそうに眉間にしわを寄せる。
医者がいるのに、治療や診察どころか呼ぶこともままならないなど、全く理解が追いつかなかった。
「この国の人達は病気やケガをどうしてるの⁉」
「あのバアさんは、気まぐれに山を降りては患者を探して処置を施して…報酬にその家の欲しいものをありったけ奪って帰ってくようなバアさんらしくてな」
「そりゃタチの悪いババアだな」
「おいおい、まるで海賊だな‼」
自分たちよりも海賊らしい〝魔女〟の所業に、ルフィとウソップは思わず口を挟む。
そんな二人にエレノアは物言いたげな目を向けるが、諦めて何も言わずにおいていた。
「でも、そんなおばあさんがどうやってあの山から…?」
「妙な噂なんだが…月夜の晩に彼女がそりに乗って空をかけ降りてくる所を数名が目撃したという話だ…〝魔女〟と呼ばれるゆえんだ…」
ドルトン自身も不審な印象を抱いているらしく、神出鬼没の〝魔女〟のことを思い出し難しい顔を見せる。
その雰囲気に、ウソップだけでなくビビもゴクリと息を飲んでいた。
「…それに…見たこともない奇妙な生き物たちと一緒にいたという者もいる…」
「ぐあっ‼ やっぱりか‼ 出た‼ ほらみろ‼ 雪男だ!!! 雪山だもんなー!!! いると思ったんだ魔女に雪男だと!!? ああ、どうか出くわしませんように!!!」
「確かに唯一の医者ではあるが、あまり関わりになりたくないバアさんだ…」
「ほんとになー…」
「次に山を降りてくる日をここで待つしかないな…」
「そんな…」
「だいたいよ、国中で医者が一人なんておかしすぎるぜ!!!」
「それはもっともです…ドルトンさん、この国で一体何が……?」
簡単に会うこともできないことを知り、八方塞がりになった一味はそれぞれあーでもないこーでもないと騒ぎ始める。
そんな中、湯飲みの茶を飲み終えたルフィがナミのもとに近づき、頬を叩いて呼びかけた。
「おいナミ‼ ナミ‼ 聞こえるか?」
「――でお前は何をやってんだ――っ!!!」
ギョッと振り向く仲間達をおき、ルフィは朦朧とした様子で目を開けたナミに、信じられないことを告げた。
「あのな、山登んねェと医者いねェんだ。山登るぞ」
船長の発した無茶苦茶な決断に、一味は全員言葉を失う。
来てくれないのであれば自分が向かえばいいなど、確かに当たり前ではあるが、今の状況ではあまりに危険な行為であり、それを考えたルフィに全員が待ったをかけた。
「無茶言うな、お前ナミさんに何さす気だァ!!!」
「いいよ。おぶってくから」
「それでも悪化するに決まってるわ」
「何だよ、早く診せた方がいいだろ」
「それはそうだけど無理よっ‼ あの絶壁と高度を見て!!!」
「いけるよ」
「てめェが行けてもナミさんへの負担はハンパじゃねェぞ!」
「でもほら…もし落っこちても下は雪だしよ」
「あの山から転落したら健康な人でも即死だっての!!!」
「じゃあエレノアの背に括り付けて空飛んで…」
「重すぎるし翼凍るわ!!!」
「常人より6度も熱が上がった病人だぞ⁉ わかってんのかお前っ⁉」
みんなで口々にルフィの蛮行を止めようとするが、妙なところで頑固なルフィは全く引く様子を見せない。
このままでは制止を振り切ってナミを連れ出しかねないと、力ずくで止めることを考えた一味だったが、不意に聞こえたナミの声にハッと口を閉ざした。
「…よろしくっ」
「そうこなきゃな! 任しとけ‼」
掲げられた手をがっしりと掴み、ルフィはナミに威勢良く笑いかける。
無理に笑顔を見せるナミに、仲間を疑う様子は微塵も見受けられなかった。
「…あっきれたぜ。船長も船長なら航海士も航海士だ‼」
「自分の体調わかってんのか⁉ ナミさんっ‼」
「おっさん、肉をくれ!」
「………肉?」
「ナミさん、本当に大丈夫⁉ 何時間もかかる道よ」
提案する方もする方なら、応える方も応える方だと、その様子を見ていた全員が思わず呆れた様子で肩の力を抜いてしまった。
それでも、それ以外にできることはないのだと、それぞれで覚悟を決めるのだった。