ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
麓の状況を知ることなく、雪山の中を進むルフィたち。
分厚く積もった雪の下部分を時折エレノアとアルフォンスで固め、踏んでも少ししか沈まないようにしながら、ナミの体調を気遣って慎重に進む。
「ちょっと寒くなってきたな…風が出てきた」
「つーか、お前何で下素足なんだよ。見てるこっちが痛ェだろ」
「これは、おれのポリスーだ‼」
「ポリシーでしょ」
「そうなんだよ」
いつもの格好にコートだけを着たルフィに苦言を挟むが、妙なこだわりを持つルフィはそれを断る。本人がいいと言っても、傍から見れば痛々しかったのだが。
「それよりな、知ってたか? 雪国の人達は寝ねェんだぞ」
「あ? 何で」
「だって寝たら死ぬんだもんよ」
「バカいわないでください、そんな人間いるもんですか‼」
「本当だよ。昔、人から聞いたんだ」
「ウソップか………」
「違う。村の酒場で聞いたんだ」
「ヤソップの方だったか………」
根拠のない噂話を鵜呑みにするルフィを見て、エレノアは渋い顔でルフィの今後を心配する。いつか、とんでもない相手にとんでもない騙され方をされそうで気が気ではない。
「だったらなんで、あのドルトンって人の家にはベッドがあったのさ」
「あっ、それもそうだな‼ じゃあ、あれは死ぬ時の為に……」
「そんな備えはいらない!!!」
恐ろしく不謹慎な予想を立てる彼に全員が同時にツッコミを入れる。
しかし雪国の噂は思ったよりも面白かったのか、今度はサンジが語り部に名乗りを上げた。
「じゃ、お前これ知ってるか? 雪国の女はみんな肌がスベスベなんだ」
「何で」
「そりゃ決まってんだろ。寒いとこう…肌をこすり合わせんじゃねェか。それで、みんなすべすべになっちまうんだ。すべすべで透き通るような白い肌、それが雪国の女さ」
「やすり掛けみたいですね…」
「ふーん、白いのは何でだろうな」
「そりゃ勿論、降りしきる雪の色が肌にしみこんじまうからよ」
加えた煙草の煙をハート型にするサンジにエレノアだけでなくルフィとアルフォンスも呆れた目を向けた。
途中、何やら大きな白いうさぎのような生き物がガチガチと噛みついてくるのを軽く躱しつつ、一行は山に向かって一直線に駆ける。
「とりあえず、あんたがアホだってことはよくわかったよ…っと♪」
「おう、よくわかった」
「てめェにだけは言われたくねェよ!!!」
ぴょんぴょんと足取り軽くエレノアに同意し、ルフィが言うとそれだけは聞き捨てならなかったサンジが怒鳴りつける。
アルフォンスはそのやり取りに苦笑し、先ほどから妙に上機嫌なエレノアに気づいた。
「…姉弟子、もしかして結構テンション上がってる? 昔から白いものが好きだったからね…」
「バレた…? こんなにキレイな一面の純白だもん。あー…でも最近は赤も同じくらい好きなんだよね」
「そっかー…白が好きなんだ―」
思わぬレディの情報を聞けて、今度はサンジが上機嫌になる。
エレノアはどこを見てもほとんど白しか見えない光景に、フードの下の目をキラキラと輝かせていた。
「青も好きだし黄色も好き‼ 緑も桜色もキレイな色はみんな好きだよ‼」
「じゃあ、キライな色は?」
「黒‼︎ だいっキライ!!!」
「あ、サンジさんその白いうさぎは……」
途中で聞いてしまった情報に、黒い装いの多いサンジがガーン‼とショックを受けた時、サンジの足元に先ほどから襲いかかろうとしていたうさぎが近づく。
アルフォンスがそれに気づいた瞬間、いい加減我慢の限界だったサンジが目を吊り上げた。
「ってうっとうしいんだよさっきから!!!」
「蹴らないでって言おうとしたのに!!!」
「何なんだろうな、あいつ」
「…………なんか私、そこはかとなく嫌な予感してきた」
アルフォンスが止める間もなく、サンジは噛みつこうとしたうさぎを思いっきり蹴り飛ばしてしまう。
遠く雪原の彼方にふっ飛ばされていくうさぎを見上げ、エレノアはこめかみにつぅっと冷や汗を流した。
「ナミさん、気をしっかり持つんだぜ。ちゃんと医者に連れてくからよ」
「雪がだいぶ積もってんな、この辺は」
「こらルフィ。もっと、そ~~っと走りなよ。ナミの体にひびくんだから」
その先も、ついいつもの調子で走ろうとしてしまうルフィを制しつつ迷わず突き進む一行。
海とは違い、目指す方角は
だがその時、絶えず音を拾っていたエレノアが突然立ち止まった。
「待って…‼ ストップ‼ あの先に何かいる……!!!」
エレノアに制され、ルフィたちは同時に停止する。
危機管理能力にたけたエレノアの言葉は充分信用に足るため、全員が何かあるのだと即座に察した。
「ん…?」
「んん!!?」
前方を見ても、エレノアの言うような何かはまだ見えない。
しかしよくよく、頑張って目を凝らしてみると、真っ白な雪原のあちこちに大きな影が立ち上がっているのが見えた。
「な…何だよこいつら…!!!」
「白くてデケェから白熊だよ、間違いねェ‼」
一度見えれば、吹雪の中にどんどん姿を現していく何十匹もの生物たちの姿。
ルフィたちの背丈の二倍はありそうな巨体には、確かに熊のようにも見える。だが、その頭から生えている耳は、どう見てもうさぎのそれであった。
「ヤバイ……‼」
困惑の表情を浮かべるルフィとサンジ、エレノアをよそに、アルフォンスだけが固まっていた。
「すまん、私のミスだ…‼」
毛の深い雪国特有の有蹄類の引くそりに乗り、隣の町を目指すドルトンが、同じそりに乗るビビたちに謝罪する。
Dr.は遠い城にいると言っておきながら、すでに目と鼻の先にまで来ていたと聞いたからだ。
「昨日ドクターが山を降りて来たという情報があったもので、もう数日は下山はないとふんでいたが…‼ 読み誤った……‼」
「気にすんな! あんたのせいじゃねェよ‼」
自分の不甲斐なさを悔やむドルトンだが、エドワードはそれを否定する。
国が大変な時に頼ってきたのは自分たちなのだから、多少のミスがあっても責められたものではない。
「問題は、あの4人の異常な脚力だ。おれ達が今さら雪山を追いかけた所でとても追いつけねェ。そのココアウィードって町にドクターが現れたんなら、頼んで至急城へ帰ってもらうまでだ」
「ええ…それ以外に方法はないわ…‼」
連絡手段が口頭だけというあまりに不便な現状、できることといえば自分たちで動くことだけ。ビビたちは先に体を張りに行った仲間達の分、懸命に動くことに迷いはなかった。
「許してくれ……医者すらままならんこの国をだ…」
「そ…そんな、ドルトンさんが謝ることじゃないわっ!」
「………」
謝罪を続けるドルトンにビビは逆に申し訳なさそうに返すが、ドルトンの表情は未だ晴れない。
その横顔を見ていたエドワードは、どこか苦しげな表情で重い口を開いた。
「あんたは充分立派だよ…ドルトンさん……おれ達と違って、ちゃんと前に進んでる……」
唐突に語り始めたエドワードに、ドルトンやビビ、ウソップは何事かと振り向く。
ドルトンはエドワードの表情からなにかを察したのか、先ほどとは逆にエドワードに同情するような視線を向けた。
「おれ達兄弟は………今でもまだ、同じところでぐるぐるぐるぐる彷徨ってばっかりさ…」
「エドワード君……」
「あの時からおれ達は……何にも変われてねェ…たった一人の女の子さえ救えねェ……そんなどうしようもねェちっぽけな人間だよ…」
ギリギリと、エドワードの
金属の腕が悲鳴を上げてもやむ様子のない、少年の後悔の気配がビビとウソップは猛烈に気になり始めた。
「なにが……あったの? あなた達と、この国に……」
「………この国にはなァ、昔…おれと同じ国家錬金術師がいたんだ」
二度目の質問で、エドワードは観念したように語り始めた。
それは身内の恥を晒すような、あるいは自分の黒歴史を晒すような葛藤があり、ビビたちは思わず息を呑んだ。
エドワードは眉間にしわを寄せ、それでも覚悟を決めて語りを続けた。
「〝綴命〟の錬金術師………
「
「『遺伝的に異なる二種以上の生物を代価とする人為的合成』……生物学や生物工学の発展を目的とした研究分野だ」
錬金術師の分野に詳しくないビビは、聞かされた内容に少し顔色を悪くする。
なんというか、タッカーとやらが研究していた分野というのは倫理的に問題がありそうなものに思えた。生物を組み合わせ、新たな種を創造する、それはまさしく神の領域に達しようとしているような、そんな印象を抱いた。
「やつは3年前…『人語を理解する合成獣』を生み出したことで国家資格を得た………だがその後2年間、思うように研究がはかどらなかった。国家錬金術師の資格を得たといっても、やつは凡人止まりだったんだ…」
ウソップはそれを聞き、錬金術師に対するイメージが少し変わった気がした。
エレノアといいエドワードといい、何でもできる万能のように思っていたが、人によってはそうではないのだと、改めて彼らも人なのだと実感した。
「…さっき言ったニーナってのは、そいつの娘だ。母親が出ていって、父親が研究ばかりでさみしがってたけど……愛犬のアレキサンダーを相手に寂しさを紛らわせてた。おれ達は奴のもとで資料を見る合間、よく二人でニーナとアレキサンダーの相手をしてやってたんだ。…しょっちゅう邪魔されたけど、楽しかったなァ」
タッカーのところで過ごした日々を思い出しているのか、エドワードの声が感慨深げなものに変わる。
時々大人びることもあるが、基本はまだ子供っぽい彼が年下の女の子を相手にはしゃぐ姿を思い浮かべ、ビビは思わず笑ってしまう。
だがエドワードの表情は、続きを語り始めたとたん曇り始めた。
「めぼしい資料も読み終えて、いったん帰ろうって時によ……タッカーが見せたいものがあるっつっておれ達を呼んだんだ。ニーナとアレキサンダーの姿が見えなくて、戻ってくるまで待つのもいいかってそれに応じたんだ」
トーンの変わったエドワードの話に、ビビとウソップは思わず居住いを正す。
それは、そりを操縦するドルトンから感じる気配が、怒りをはらんだ重苦しいものに変わったためでもあった。
「そしてタッカーは、おれ達に見せたんだ。…『ついに完成した。人語を介する
エドワードは今でも悪夢として思い出せる光景を、自身の胃が苦しくなるのも構わずに語る。
仲間に対する、一つのケジメとして。自分が、錬金術師が抱える闇を、隠し事のままにしないために。
「やつはその生き物に、おれの名を教えた。するとその生き物は、たどたどしくも口をきいた」
―――えど、わー、ど?
見た目は犬で、人間の女のような長い髪を生やしたその
ウソップは大きく目を見開き、その光景を思い浮かべて感嘆の声を上げた。
どことなく漂う嫌な予感に気づかないまま。
「……すげェ…‼ そんなもんまで作れちまうのかよ…!!?」
「その時は純粋に驚くだけだったよ……おれ達も。…だがおれ達は、すぐに気づいちまった」
「え?」
エドワードが付け加えたことで、ビビもウソップも自分の胸中のいやな予感が大きく膨れ上がるのを感じた。
エドワードはギリギリと歯を食いしばり、後悔の中に怒りを交え始める。虚空を見つめるその目が、鋭く突きさすようになっていく。
「おれがその事実に気づいた瞬間……おれには確かに奴が悪魔に見えた。やつは…確かにそう呼ばれるにふさわしい業を背負っていた」
「な……何だよ、それは」
本能的に、それ以上は効いてはいけないような気がしてきたウソップだが、ここまで聞いてやめる気にもなれず、続きを渋るエドワードに促してしまう。
そして次の言葉で、ウソップもビビも尋ねてしまったことを激しく後悔した。
「おれにそいつは……
ぞっ‼と二人の背筋に震えが走る。背中に氷塊を入れられたかのような寒々しさを感じ、顔色が真っ青に染まる。
エドワードは乞われたとはいえ、こんな話を聞かせてしまったことに対する申し訳なさで眉間にしわを寄せた。
「おれは奴に尋ねた。『ニーナとアレキサンダーはどこに行った』ってな………そしたらやつは、うっとうしそうに顔を歪めて言いやがったよ…!!!」
「っ……!!?」
怒りをあらわするエドワードは、ウソップたちが息を呑むのも構わずさらに語る。
犯された罪を察したエドワードが、真正面から悪魔に突き付けた問いに、彼は微塵も悪びれることなく答えたときのことを。
―――君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
ビビとウソップの体に震えが走る。
研究のために、特に生物にかかわる分野においては生命がないがしろにされることは何となく知っている。
しかしタッカーとやらが侵した領域は、明らかに常軌を逸してしまっていた。
「あの野郎は……自分の娘を…!!! いや、それだけじゃねェ……3年前の研究結果だって…自分の妻を
「ひどい……自分の家族を…研究のための犠牲にするなんて……!!!」
「それも違う…‼ 奴は…自分が国家錬金術師の資格を失うことを恐れていた…‼ だから…‼ 研究結果を偽るために、ニーナを犠牲にしたんだ……!!!」
エドワードの表情は、まるで鬼のように険しく凄まじいものになってしまっている。
時がたった今でもこの状態なのだ。犯行を目撃した直後の彼の怒りがどれほどすさまじいものだったかなど、想像するも計り知れなかった。
「アルが止めなかったら、おれは奴をブッ殺してた……やつがおれと同じ国家錬金術師だと思いたくなかった…おれ達は………あんなことをしたかったんじゃない……そう…否定したかった…!!!」
ビビは絞り出すようにそう呟くエドワードに、彼ら兄弟の過去にも何かあったのだと察する。
認めたくはない。しかしそれでも自分たちのかつての行いが重なってしまうのだと、激しい苦しみに苛まれているのだと、ビビは直感した。
「今の技術じゃ…
ドルトンは背を向けたまま、それでも怒りや悲しみを握りしめる手に表し、唇を噛んで無言を貫く。
人でなくなった少女を引き取ったドルトンが何を感じたのか、それを問うことはこの場にいる誰にもできなかった。
「おれ達は今も昔も変わらねェ……ただの人間だ。たった一人の女の子さえ助けてやれない、ちっぽけな人間だ………‼」
「………急ごう‼」
自分の力不足を責め続けるエドワードに、思考の咆哮を変えさせようとしてか、ドルトンはそりの速度を上げさせる。
今考えるべきなのは、仲間の病気を治すことなのだと、そう伝えようとするように。