ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第75話〝二人のバケモノ〟

「下がれ下がれ、ドルトンはもう死んだ!!!」

 

 雪崩に襲われ、真っ白に染まった村の中心で、ワポルの配下たちが住民たちを解散させようと怒鳴っていた。

 ドルトンが吞みこまれたであろう箇所に立ち、近づこうとする住民たちを牽制していた。

 

「ドルトンさんがあれくらいで死ぬもんか!!! お前達元部下だろう、何とも思わないのか!!!」

「おれ達は国王ワポルの家来だ‼ ワポル様の敵に回れば命はない!!!」

 

 住民たちを守るために最前線に出ていたために、雪崩から逃れられなかったドルトンを救いたいのに、兵士達じゃ立ちはだかってそれができない。

 ワポルの姿はすでになく、邪魔者がいなくなったと判断して兵士たちを残して、先に城に向かったようだ。

 

「文句がある奴は遠慮なくかかってくるがいい‼ ドルトン抜きじゃそんな勇気もな……」

 

 住民たちが何もできないことをいいことに、隊長格の兵士が下卑た顔で嘲笑する。

 だがその顔が突如、二組の拳によって真横から思いっきり殴り飛ばされた。

 

「「ふんっ!!!」」

「な、Mr.ブシドー⁉」

「誰だ!!?」

「おい君やめろ‼ そいつらに手を出すと」

 

 絶対的な権力と兵力を有する相手に喧嘩を売った緑の髪と金色の髪の男たちに、住民たちはなんてことをと震えあがる。

 しかしゾロは気にせず、ぶん殴った兵士から上着をはぎ取ってご満悦になっていた。最初からそれが目的であったらしい。

 

「うっはっはっは‼ あったけェっ!!!」

「かまうことねェっ、ゾロ‼ あったまったらこいつら潰すの手伝え!!!」

「あいよ」

 

 もう絶対に許さん、と猛牛のように鼻息を荒くするエドワードに、ゾロは即座に応じた。

 そして数十人の兵士たちに対する一方的な蹂躙が、始まった。

 

 

 どこを見ても、真っ白な寒空が広がる山頂の美しい城。

 穏やかな雪風が()から聞こえる中、城の中の一室で一人の老婆と少年の声が交わされていた。

 

「ドクトリーヌ、抗体の反応があるよ」

「ああ…そうだろうね。じゃ原因は何だい、答えてみな」

「ケスチア」

「そうさ、お前が看てな」

 

 ナミは少しだけぼんやりとしながら、どこからか聞こえてくる何かを削るような音と水音に気づく。

 うっすらと開いた目に、お盆を持った小さな人影が近づいてくると、ナミは思い切って体を起こした。

 

「だれ?」

 

 突然かけられた声に、小さな人影―――鹿科の角を生やしたぬいぐるみのような何かが、ビクゥッと後ずさる。

 それは慌てて走り出し、部屋の入口の方に向かい影に飛び込むが、なぜか全身をほとんど晒したままであった。

 

「逆…なんじゃない?」

「……………‼」

「遅いわよ。隠れきれてないし、何なの? あんたたち」

 

 体を隠しつつ顔を覗かせるという本来の形にすぐに変わるが、大きな角やつぶらな瞳が半分見えているために意味がない。

 指摘されたことで焦ったのか、誤魔化すように謎の生物は声を張り上げた。

 

「う……うるせェ!!! 人間っ!!! それと、お前熱大丈夫か?」

「喋った!!!?」

「ぎゃあああああっ!!!」

「ううるっさいよチョッパー!!!」

 

 ナミが驚きの声を上げると、それ以上に驚いた謎の生物が悲鳴を上げて盛大に倒れこむ。

 隣の部屋にいた老婆が、聞こえてくる騒音に怒鳴り声を上げ、ナミのいる部屋に姿を現した。

 

「ヒ――ッヒッヒッヒッヒッヒ‼ 熱ァ多少ひいたようだね、小娘‼ ハッピーかい⁉」

「……? あなたは?」

「38度2分…んん…まずまずだ。あたしゃ医者さ、〝Dr.くれは〟。『ドクトリーヌ』と呼びな、ヒ――ッヒッヒッヒ」

 

 老婆とは思えない高い身長に艶のある肌、さらにはサングラスに腹出しルックという若々しい姿のその医者は、ナミの額に指をあてただけで正確に熱を測る。

 顔に刻まれたしわだけが年齢を示しているDr.くれはは、まさしく〝魔女〟といった笑い声でナミを歓迎した。

 

「医者……じゃあここは…」

「若さの秘訣かい⁉」

「ううん、聞いてないわ」

「ここはそうさ。山の頂上にある城さね」

 

 窓の外を見れば、確かに吹雪いている以外に見えるものは何もない。今自分がいるのは、島で最も高いという山頂の城に他ならなかった。

 そこでナミはハッと我に返る。自分を背負ってここまで連れてきてくれた仲間達の姿が見えなかったからだ。

 

「……だったら私の他に、あと4人いたでしょう⁉」

「一人は知らないが…ほかの3人ならとなりの部屋で寝てるよ、ぐっすりとね。タフな奴らだ」

 

 慌てるナミに対し、くれはは平然とした様子で応える。

 別の部屋の方を見やり、治療を終えてベッドの上に寝かせた三人の特徴を思い出し、くれはは呆れた笑みを浮かべていた。

 

「麦わら帽子の小僧とぐるぐる眉毛の小僧と……あとは妙な羽の生えた小娘さ」

「そっか……いないのはアルだけか。じゃあまだ安心だわ…別の意味で丈夫だもん、あいつ」

「ヒッヒッヒ…‼ 大した信頼だね」

 

 聞きようによっては薄情なセリフだが、アルフォンスの事情を考えれば心配するだけ無駄な気もする。

 その時、ナミたちのいる部屋の扉が開き、全身を包帯でぐるぐる巻きにしたエレノアがふらふらと入室した。

 

「……Dr.くれは。お会いできて…光栄です……」

「おや、もう起きてたのかい。お前さんもたいがい丈夫だね」

 

 がくりと膝をつきながら、エレノアはか細い声でくれはに告げる。

 重傷で動くことさえ辛かろうに、わざわざ礼をするためにやってきた律義さに、くれはは思わず険しい目でエレノアを睨んでいた。見ていていい気がしないのは、ナミも同じ事であった。

 

「エレノア…私のことはいいから寝てなさいよ。見てるだけで痛々しいわ」

「ぶっ倒れてるあのバカたちの分も……私の方から礼を言っておかないと、気がすまないんだよ」

 

 治療はされているとはいえ、ところどころ血がにじんでいる姿はまともに見てなどいられない。

 エレノアは全身に走る激痛を押しのけ、くれはに深々と頭を下げた。

 

「………本当に…‼ 本当に…ありがとうございました……!!! お礼は必ず……どんなに高くてもさせていただきます…ありがとう……!!!」

「ヒ――ッヒッヒッヒ‼ その怪我(ハッピー)、忘れんじゃないよ?」

 

 痛むのも、苦しいのも、自分がしっかりと生きている証拠。

 それをわかりづらく伝えるくれはに、顔を上げたエレノアは思わず苦笑を返していた。

 くれははナミの方に近寄ると、ナミのシャツを捲り上げて腹部を二人に見せた。

 

「見な。こいつが原因だよ」

「え、何⁉ これ…!!!」

 

 ナミが見下ろすと、自分の脇腹に何か発疹のようなものができていることに気づく。

 虫刺されのようにも見えるが、ハエや蚊ではならないような毒々しさを感じる症状に、ナミは困惑の目を向けた。

 

「〝ケスチア〟って虫にやられたのさ。高温多湿の密林に住んでる」

「…‼ あの〝5日病〟の……!!?」

「よく知ってるじゃないか……有毒のダニでね、コイツに刺されると刺し口から細菌が入っちまって、体の中に5日間潜伏して人を苦しめ続ける」

「……名前だけなら、でもそれって確か……」

「40度以下にゃ下がらない高熱・重感染・心筋炎・動脈炎・脳炎‼ 刺し口の進行から見て今日は感染から3日目ってとこか。並の苦しみじゃなかったはずだが、放っといても5日経てば楽になれた…ヒッヒッヒ…」

 

 楽になれたならそんなに問題ではなかったのではないか、そう思うナミだったが、話を聞いていたエレノアは渋い表情でくれはを見つめた。

 

「それ、ようするに5日目に死ぬからってことですよね」

「そのとおり…」

「…………え!!?」

 

 目の前で交わされる聞き捨てならない会話に、ナミはぎょっと目を剥いて固まる。

 ようやく自身がどれほど危険な状態にあったのか理解し、戦慄するナミにくれははむしろ楽しそうに語ってみせた。

 

「ケスチアは100年も前に絶滅したときいてたが、一応抗生剤を持ってて役に立ったよ。お前達一体どこから来たんだい。()()()()()()()()()()()()散歩でもしてたってのかい? ヒッヒッヒ、まさかそんなわけ…」

「あ」

 

 冗談のつもりだったのか、おかしそうに笑うくれはだったが、ナミがそう言えばと真面目な顔で固まるのを見て目を丸くする。

 エレノアも、巨人達の島でナミがしていた格好を思い出し険しい顔になった。

 

「心当たりがあんのかいっ、あきれた小娘だ」

「…今度から、ちゃんと準備してから島に上がろうね」

「うん…」

「寝といで。まだ完璧に治療は済んじゃないんだ」

 

 元をたどれば自業自得ではないのか、そんなことを思い頬を引きつらせるナミの額をつき、くれははナミに布団に戻るように言った。

 しかし急ぐ理由のあるナミは、どうにか早く旅立てないかとくれはを見上げる。

 

「どうもありがとう。熱さえ下がればもういいわ。あとは勝手に治るんでしょ?」

「甘いね、お前は。病気をナメてる‼ 本来なら治療を始めて完了まで10日はかかる病気だ。また、あの苦しみを繰り返して死んじまいたいなら話は別だがね。あたしの薬でも3日は大人しくしててもらうよ!」

「3日なんてとんでもない。私達、先を急いでて…」

 

 告げられた残酷な診断に、そんなわけにもいくかとナミは無理に起き上がろうとする。

 しかしそれは、恐るべき素早さでナミを組み伏せ、メスを突きつけたくれはによって叶わなかった。

 

「あたしの前から患者が消える時はね…ヒッヒッヒ治るか‼ 死ぬかだ!!! 逃がしゃしないよ」

 

 一ミリでも動けば、本気でこの老婆は自分を殺す。

 本当に医者なのか疑いそうなほどに、くれはの放つ殺気は凄まじいもので、ナミは逃げ出すことも考えられなかった。

 

「……あの主治医怖すぎるよ」

「絶対逆らおうと思うなよ。ほんとに殺されるから」

 

 それを間近で見ていたエレノアは、あのメスが自分に向けられたらと想像し顔を青くする。隣に戻ってきた謎の生き物、チョッパーが深刻な声で忠告する。

 とりあえずいう事を聞いておこうと、エレノアは何度もうなずいて答えた。

 その時だった、どこからか騒がしい声が聞こえてきたのは。

 

「ギャンッ‼ ギャインッ!!!」

 

 バタンッ‼と盛大に扉を開いて飛び込んできたのは、長い人の髪を生やした、奇妙な姿をした犬のような生物。

 そしてそれに食らいつこうとするルフィと、それを止めようとするサンジだった。

 

「いたい‼ いたい!!!」

「待て肉っ!!!」

「待て待てルフィ、こいつは流石に食えそうにない。狙うならもっと別のを狙え」

 

 腹を空かせてちゃんとした判断力を失ったルフィを、サンジは比較的常識的に引き留める。

 二人とも、狙われている生物が大きな声で叫んでいることに全く気付いていなかった。

 

「ルフィ、サンジ…」

「何やってんのあんた達……ってあの子は…!!!」

「驚いたね、あいつらもう動くのかい」

 

 てっきりエレノアと同じくひどい状態なのかと思っていたナミは目を丸くし、くれはは医者から見ても重症だった2人が元気に騒いでいる姿に驚きの声を上げる。

 エレノアは二人の無事に安堵しながら、二人が捕らえようとしている生物に見覚えがあることに気づいた。

 

「お前らっ……!!!」

 

 その時だった。エレノアの隣に立っていたチョッパーが飛び出したかと思うと、そのシルエットを大きく変貌させていく。

 目を見開くナミとエレノアの前で、筋骨隆々の人の姿に変わったチョッパーが、ルフィとサンジに襲い掛かった。

 

「ニーナをいじめるなァ!!!!」

 

 思いっきり殴り飛ばされたルフィとサンジが、家具につっこんで謎の犬から離れる。

 ニーナと呼ばれた犬はすぐさま走り出し、エレノアを盾にするように回り込むと、それを見たチョッパーは安堵のため息をつき、すぐさま逃げ出した。

 

「何あの鼻の青い…しかみたいな何か」

「………!!! 悪魔の実!!!」

「あいつが何かって? 名前はチョッパー、ただの青っ鼻のトナカイさ…―――ただし、〝ヒトヒトの実〟を食べて〝人の能力〟を持っちまっただけさ。あいつにゃあ、あたしの〝医術〟の全てをたたき込んであるんだよ」

 

 沈黙するルフィたちを放置し、驚愕の声を上げるナミとエレノアにくれはは淡々と説明する。

 彼女にとっては、少し変わった力を持った一人の弟子でしかないようだ。

 

「ご……ごめんね? うちのバカどもは後でたっぷり叱っておくから…」

「…………」

 

 やがて我に返ったエレノアは、背後でぶるぶると震えているニーナに誠心誠意謝罪する。

 この部屋に来てから謝罪ばかりしているな、と自嘲していると、やがて落ち着いたニーナが恐る恐るナミに目を向けた。

 

「だい、じょう、ぶ?」

「………!!! この子も喋った……」

「悪魔の実の能力者……にしてはなんか違和感があるな」

「いわ、かん? いわかん」

 

 チョッパーほどの驚きではなかったが、十分不思議そうに見下ろすナミに対し、エレノアはニーナの存在に疑問を抱く。

 なんというか、これまで彼女が見てきた動物(ゾオン)系の能力者と比較すると歪なのである。具体的に言うと、知能が著しく低い点など。

 

「………まさか」

 

 しばらく考え込んでいたエレノアは、ふと思い至った可能性に目を見開く。

 背筋に走った寒気を抑え込み、無言で立っていたくれはに確かめるように問いかける。

 

「この子……合成獣(キメラ)なんですか…!!? しかも……ベースは犬だけど人間の特徴も見られる…!!! いったい誰がこんな非道なことを……!!!」

「ど…どういうこと?」

「誰かがこの子を……人間と犬かなにかの生き物を合成させたんだ。しかも……すごく歪な形で」

「………それがわかるってことは、お前も錬金術師だね?」

 

 絶句するナミをよそに、くれはは先ほどとは打って変わって冷たい声で返す。

 エレノアはなぜか、くれはから強烈な敵意を向けられていることに気づき、困惑で視線を逸らすと嫌悪に満ちた表情を浮かべた。

 

「……はい。こんな子をつくってしまうような人と同一視されるのはしゃくですけど」

「そうかい……なら、あんただけは別に放り出してもよかったかね」

「っ………!!!」

「ニーナが助けてやってくれとせがむから治療はしてやったがね…そうじゃなきゃ見殺しにしてたところさ。……医者失格といわれようがね」

 

 吐き捨てるようなくれはの言葉に、エレノアはバッとニーナに振り向く。

 崖から落下し、意識を失う寸前に見た何者か。それがニーナだったのだとすれば、この子は自分の命の恩人であるということになる。

 その恩人の言葉がなければ動かなかったというくれはに、エレノアは苦しげな表情で訪ねた。

 

「………錬金術師は、お嫌いですか…?」

「…ああ、大きらいさ」

 

 迷うそぶりも見せず、くれははエレノアから視線を逸らして断言する。

 心配そうなナミの視線を無視し、くれはは椅子に腰を下ろして、険しい表情のまま深いため息をついた。

 

「昔…人によっちゃ……人間の体を癒す医療方面に特化した錬金術もあると聞いて興味を持ったこともあるが…この子を見たとたん失せたよ。こんな哀れな生き物を作り出すのが錬金術なのかってね」

「…………さすがにここまでひどいモノを作りたがる人はそうそういませんよ」

「ヒッヒッヒ……だが、現にここにいる」

 

 否定するエレノアだが、気まずげな心地になってしまうのは仕方がない。

 自分は違うと自信を持って言えるが、世の中には錬金術を悪用するどうしようもない連中がいるのを知っている。

 錬金術師を知らない人たちからすれば、エレノアもまたそいつらと同類なのだ。

 

「こいつの名はニーナ……人間だった頃の名はタッカー・ニーナ。父親の研究のために、その資金を得るために犠牲になった……かわいそうな娘さ」

 

 エレノアの膝の上に顔を乗せ、眠りについてしまったニーナを見つめるくれはの眼差しは、厳しい言葉とは裏腹に慈愛に満ちていた。

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