ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「仲間になってくれ‼ 頼む!!!」
復活し、様々な事情を知ったルフィが開口一番に発したのは、くれはへの勧誘の言葉だった。
くれははやる気なさげに椅子に腰かけ、恐るべき年上相手にも臆さない青年ににやりと笑みを浮かべた。
「ばあさん」
「ルフィ…そう言ったね、お前の名は」
「ああ」
なぜか自信満々に答えるルフィ。
そんな彼に突如、くれはの強烈な回し蹴りが放たれた。
「口にゃ気を付けるこったね!!! あたしゃ、まだツヤツヤの130代だよ!!!」
「うぶっ‼」
「おお…すげェババアだな」
目の前の凄まじい光景に余計なことを口にしたサンジを叩きのめすと、くれはは懲りない様子で立ち上がるルフィを鬱陶しそうに睨みつけた。
「あたしに海賊をやれって? バカ言っちゃいけないよ‼ 華の時間の浪費だね。あたしゃ海には興味ないんだ」
「興味なくてもいいじゃん、行こう‼ 冒険しよう、ばあさん!!!」
「おいおい。今、口には気をつけろと言ったばかりだよ」
老婆扱いされることを嫌う、いつまでも若々しくありたいくれはは勧誘を諦めないルフィにまた苛立ちを募らせていく。
反対に、ルフィたちに興味を示し始めたのは、隠れるつもりで体を晒しているチョッパーだった。
(あいつら、海賊なんだ………‼)
昔救ってくれた人が教えてくれた、いかなる荒波をものともしない『信念』を持った者達。
それが今自分の目の前にいるのだと、チョッパーは胸の内から湧き上がる高揚を自覚していた。
「は」「は」「は」
しかし彼らの眼が自分に向けられた時、それが獲物を見つけた時のものの気付く。
即座にチョッパーは、ルフィたちの前から全力で逃走を開始した。
「「待て、トナカイ料理っ!!!!」」
「待ちなガキ共!!!」
「ぎゃああああ!!!」
悲鳴を上げるチョッパーを追いかけ、ルフィとサンジが目をケダモノに変えて追いかけてくる。
そのあとを、それより恐ろしい鬼の形相となったくれはが追いかけていった。
「待っててナミさん‼ エレノアちゃん‼ 精のつくトナカイ料理を作るからね♡」
「その前にお前らをあたしが食ってやるよ!!!」
「ぬあっ‼ っババァ!!!」
「包丁持ってんぞ‼」
弟子を食おうと画策する小僧共を抹殺する勢いで、くれはがどこからともなく包丁を持ち出して投擲してくる。
もはや全く医者とは思えない凶行に、ルフィたちは肉を諦めないまま逃走に移行した。
「料理はいいから大人しくしててほしいわ…」
「ねー、ニーナ♪」
「おと、なし、く?」
「そ、大人しくね」
ベッドの上で体を起こすナミと、ニーナを膝の上に乗せて遊ぶエレノアが呆れたため息をつく。
ふとナミは、ドアの外に吹いている雪風にぶるりと体を震わせた。
「お城の中のはずなのに………雪…」
「体冷やしちゃだめだよね。閉めてくるよ…」
「寝てろよ、ちゃんと‼」
絶対安静を言いつけられたナミに代わり、エレノアがニーナに断ってからドアを閉めようと腰を上げる。
しかしその前に、戻ってきたチョッパーがエレノアを止めて叱りつけた。
「お前まだ熱があるし…お前は全身骨折しまくってるんだから‼」
「ないわよ。もう、ほとんど引いたみたい」
「私もこの程度ケガの範囲に入らないよ」
「いやそれはウソでしょ」
「でもだめだ。ドクトリーヌの薬は良く効くから熱はすぐひくんだ。だけど〝ケスチア〟の細菌は、まだ体に残ってる。ちゃんと、まだ抗生剤打って安静にしてなきゃ、また」
口では厳しい事を言いつつも、ナミとエレノアの看病のためにてきぱきと準備を進めるチョッパー。
自分に課せられた仕事を全うしようとするその姿に、ナミもエレノアも嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「ん?」
「あんたが看病してくれてたんでしょ?」
「う……‼ うるせェなっ‼」
何故かナミたちに礼を言われると、チョッパーが態度を変えた。くれはを除く人間に対して何か隔意があるのか、返された言葉は強い拒絶を含んでいる。
だが、大して表情と声は喜びのあまりでれっでれに緩んでいた。
「に…人間なんかにお礼を言われる筋合いはねェ‼ ふざけんな‼ コノヤローが‼」
「感情が隠せないタイプなのね」
「うき、うき? にこ、にこ?」
「うん。うきうきニコニコしてるね」
セリフと全くあっていない、心底嬉しそうな様子にナミは呆れ、エレノアは首を傾げるニーナとまた戯れる。
しばらくして我に返ったチョッパーは、ナミが先ほどの海賊の青年たちが仲間だということを思い出し、恐る恐る近づいてきた。
「…お前ら、海賊なのか…………………‼」
「ええ」
「そうだよ」
「ほ……本物か……‼」
「本物よ」
「ド…ドクロの旗を持ってるのか…⁉」
「船についてるよ」
そろりそろりと、ナミに蹄の先で触れようとするチョッパーの姿は、待ち望みながらも目にすることのできなかったものを前にして興奮する子供そのもの。
ナミは微笑まし気にチョッパーを見つめ、思い切って尋ねてみることにした。
「海賊に興味あるの?」
「ねェよバカ‼ ねェよ!!! バカ!!!」
「わかったわかった、ごめんごめん」
「そこまで否定せんでも…」
悪戯する姿を見つかって慌てるように、勢いよく後ずさって壁に激突するチョッパーを見て二人は呆れ、ニーナはあくびをこぼす。
ふと、ナミはあることを思いつき、エレノアに目配せするとチョッパーに問いかけてみた。
「…でも、…じゃあ、あんたも来る?」
「お!!?」
「海よ‼ 一緒に来ない?」
「そしたらナミも私も助かるしね。船に医者がいればここに3日もいる必要はないし」
尋常じゃないほどに目を見開き、口をあけたままにして驚愕するチョッパーに、ナミとエレノアは続けて提案する。
どれだけ意外だったのだろうかとも思うが、降って湧いたチャンスを逃すつもりは二人ともなかった。
「それに今、うちの船には…」
「バ……バ…バカいえ!!! おれはトナカイだぞ‼ 人間なんかと一緒にいられるか!!!」
しかしやはり、人間に対して壁をつくるチョッパーは、簡単には頷いてはくれない。
それでもチョッパーの表情には、並々ならぬ海へのあこがれと期待があった。
「…………大体お前ら…おれを見て…怖くないのか………⁉ おれは…トナカイなのに2本足で立ってるし、喋るし…」
「そんなの外の海じゃ珍しくもないよ……私ほどじゃない」
「なに、あんた私達を恐がらせたいわけ?」
「…………青っ鼻だし…」
いろいろと理由を言われては否定することを繰り返し、ナミとエレノアが勧誘の圧を強める。
しかし、最後に呟かれた一言の意味が分からず、ナミたちは首を傾げる。
そこへ、城の中を一周してきたルフィたちが勢いよく飛び込んできた。
「そこにいたかトナカイ~~!!!」
「ギャ―――ッ!!!」
「待てェ!!!」
まだトナカイ料理を諦めていないようで、とたんに逃げ出したチョッパーを追いかけてあっという間に姿を消してしまう。
しばらくすると、バタバタと騒がしい部屋の外から、若干疲れた様子のくれはが戻ってきた。
「はァ、すばしっこいガキどもだ………」
「ご迷惑かけてすみません…」
「感心しないねェ小娘ども…あたしのいない間に許可なくトナカイを誘惑かい?」
「…あら。男をくどくのに、許可が必要なの?」
「ヒ――ッヒッヒッヒッヒッ‼ …いーや、いらないさ‼ 持っていきたきゃ持ってきな!」
好戦的に言うナミに、くれはは虚を突かれたように片眉を上げると愉快そうに笑う。
しかしその目は、あまり笑ってはいなかった。
「………だがね、一筋縄じゃいかないよ! あいつらは心に傷を持ってる…………
くれはは椅子に腰を下ろすと、笑顔のまま重い雰囲気を放ってナミたちに語り始めた。
城に住む二人の化け物たちにまつわる、胸糞悪い昔話を。
「チョッパーは…この世に生まれた瞬間に…親に気味が悪いと見離された」
「え…!!?」
「〝青っ鼻〟だったからさ…!!! あいつはいつでも群れの最後尾を一人寂しく離れて歩いた。生まれたての子供がだよ‼」
「………ひどい…」
「そしてある日―――〝悪魔の実〟を食っちまって奴は、いよいよバケモノ扱い。トナカイ達はあいつを激しく追い立てた―もう完全に普通のトナカイじゃなくなってたのさ」
想像を絶するほど過酷な過去に、ナミもエレノアもかける言葉が見つからない。
想像するだけで悲しみで胸が痛くなる話だが、くれははまだ口を閉ざしてはいなかった。
「…それでも仲間が欲しかったんだね…今度は人として…人里におりた。――だがその姿もまた完全な人型じゃない。どういうわけか〝青っ鼻〟は変わらない」
エレノアはそこで、チョッパーが先ほど口にした言葉の意味を理解する。
自分が迫害される最たる理由だった青い鼻、それがある限り自分は受け入れられることはないのだと、チョッパーは半ばあきらめてしまっていたのかもしれない。
「何が悪いのかわからない。何を恨めばいいのかもわからない。ただ仲間が欲しかっただけなのにバケモノと呼ばれる。もうトナカイでもない…人間でもない…あいつはね、そうやって…………たった一人で生きてきたんだ…」
続いてくれはは、エレノアの膝の上で寝息を立てているニーナに目を向ける。
彼女もまた、理不尽な運命によって苦しめられている被害者。くれはが語った簡単な概要を聞いただけでも、ナミは気が滅入りそうであった。
「ニーナも同じさ……最初はドルトンの奴が憐れんで引き取ってたけど………人目にはやはりバケモノにしか映らない。好奇や畏怖の目にさらされて…ニーナは日に日に弱っていった。見かねてあたしが連れてきてみれば………思った以上にチョッパーと仲良くなってね」
ナミとエレノアの脳裏によみがえるのは、危うくルフィに食糧にされかけたニーナを救うため飛び出したチョッパーの姿。
ナミに対しても怯えまくっていた彼が、迷うそぶりも見せずに立ち向かった光景は、彼の想いの強さを表していた。
「初めてだったのさ…
くれはは静かに語り終えると、真剣な表情で見つめてくるナミたちを見据える。
彼女たちが抱く思いがどれほど真剣なものなのか、確かめるように。
「お前達に…あいつらの心を癒せるかい? 兄妹のように生きる二人を…引き離せるかい?」
ナミとエレノアは、くれはの問いに即答することはできなかった。
優れた力を持った相手を誘いたかっただけで、その過去さえも背負えるほど気負っていたわけではない。
それを指摘されてしまったようで、二人ともばつが悪そうに黙り込んでしまった。
「…一人いたんだがね。…あいつが心を開いたただ一人の男が…昔ね」
くれはは不意に遠くを見つめ、また別の過去を語り始めた。
懐かしそうな、それでいて寂しそうな、そんな複雑な感情が、くれはの横顔からうかがい知れた。
「…ドラム王国に生きたそいつの名前はDr.ヒルルク…チョッパーに名を与え、息子と呼んだ…ヤブ医者だ」
「なんだ…終わりか」
「やっぱこいつらガワだけだな…拍子抜けだ」
バタバタと倒れ伏す兵士たちを足蹴にし、ゾロとエドワードは鬱陶しそうにつぶやく。
ゾロは船においてきた自前の刀の代わりの刀剣を放り出し、つまらなそうにその場から歩きだした。
「………すごい」
「よし‼ よくやったゾロにエド‼ おれの指示通りだ」
ビビはあっという間にドラムの精鋭たち出遭った兵士たちをのしたゾロたちを凝視し、ウソップはいつもの調子の良さを見せる。
あっけにとられていた住民たちは、我に返るとすぐさま兵士たちがいた場所に集まり、降り積もる雪をかき分け始めた。
「ド……‼ ドルトンさんを探すんだ‼」
「ありがとうきみっ‼」
「急げ‼ 掘りまくれ‼ 雪を溶かせ‼」
ザクザクと雪を掘り進め、皆が一致団結してドルトンを探す。
事情を全く知らないままに戦いを挑んだゾロは、必死な様子で雪を掘る住民たちを不思議そうに見下ろしていた。
「……で? 何なんだこの騒ぎは一体」
「この島で一番頼りになる奴が雪崩で埋まってんだ‼」
「おれ達も手伝うんだよ」
エドワードとウソップも、雪に埋もれたドルトンを救おうと住民たちに混ざり、あちこちを掘りまくる。
分厚い雪の下では姿が見えない、おおよその場所をとにかく手当たり次第に探すほかになかった。
「ドルトンさん……‼ 生きててくれ‼」
「んおおおお‼」
「急ぐんだ、急げ急げ!!!」
そうして数分、みんなで雪を掘り続けていた時だった。
エドワードの右腕の指先が、途中で何か固いものにぶつかったのだ。
「ん…? 何かあった‼ ここか!!? 待ってろドルトンさん…今助けて……‼」
きっとドルトンに間違いない、とエドワードは全力でその場所を掘り進めていく。
ようやく見え始めた鈍色を、エドワードが渾身の力で引っ張り出した。
「…………兄さ~ん」
目の前に持ち上げた、見覚えのある兜と聞き覚えのある声に、エドワードは思わず絶句する。
しばらく無言で立ち尽くしていたエドワードは、ギギギとぎこちない動きで辺りを見渡し、頬を引きつらせた。
「誰か…誰かァあああ~~~!!! 弟が…!!! 弟が!!! 雪崩に巻き込まれて…
「な…何だって!!?」
「何て痛ましい……!!!」
アルフォンスの頭部のみを掲げたエドワードの叫びに、聞いてしまった住民たちがぎょっと振り返る。
雪崩によって起きてしまった凄惨な事件に、人々は思わず手を止めて同情の眼差しを送っていた。
「おい、なんかものすごく勘違いされてるぞ」
真相を知るゾロやウソップ、ビビだけが、若干居心地悪そうに住民たちの方を見つめるのだった。
「生き埋めになったまま凍りつくかと思った…!!! 恐かった……!!!」
雪崩によってあちこちに散らばってしまったアルフォンスの体は、エドワードの尽力によってなんとか集められた。
一刻も早くドルトンを探さねばならないのに、余計な体力を使ってしまったエドワードはもうすでにフラフラになってしまっていた。
「いた!!!」
「ドルトンさんを見つけたぞ!!!」
「いたか…」
「よかった…」
「だれだ、ドルトンって」
聞こえてきた声にエドワードたちは安堵し、名前を知らないゾロを放置して住民たちの方に急ぎ向かう。
しかし事態の解決を喜びかけたエドワード達は、仰向けになったドルトンの姿を目にして表情を凍り付かせた。
「何てことだ……‼」
「手遅れだった………ドルトンさんの心臓は、もう…止まってる!!!」
住民たちを、そしてエドワードを救うために己が身を顧みなかったドルトンは。
既に物言わぬ身体へとなり果ててしまっていたのである。
「そんな…‼」
「酸欠状態に陥ったのか……‼ おいあんたら手伝え!!! 人工呼吸をやる!!!」
「…!!! む、無理だ…‼ ちゃんとした知識もないのにそんなこと…‼」
「だが放っておいたらドルトンさんはほんとに死ぬぞ!!!」
庇われたエドワードが、責任感からかほぼうろ覚えの応急措置を試みる。
しかし明らかに門外漢であるエドワードに預けることは咎められ、住民たちに止められてしまう。
なすすべなしか、と誰もが絶望しかけた時だった。
「ドルトンは生きている。体が冷凍状態にあるだけだ………‼」
「我々に任せてくれないか…!!!」
そんな言葉が、エドワードと住民たちに向かってかけられた。
驚きに目を見開き、慌てて振り向いた全員が、その場に整列していた20人分の白衣に言葉を失った。
「〝イッシー20〟‼」
かつて国を裏切った者たちが、現在の国の要である男を救うと、そう告げたのだ。