ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第77話〝医者の意地〟

 突如として現れたイッシー20に、住民たちは警戒しながらもかすかな希望を抱き始める。

 ドラム王国が誇る医療技術の粋を有する彼らならば、心配が停止したドルトンももしかしたら蘇生させられるかもしれない。

 

「まて、信用出来ねェぞ‼」

 

 それでも、かつて国を裏切ってワポルと共に逃げ出した連中に、信頼を預けることはできない者もいた。

 ましてや、彼らが救うと言っているのは、新たな国の長となるべき男、ドルトンなのだから。

 

「ワポルに…‼ 王の権力に屈したお前らにドルトンさんを任せろだと⁉ 一体ドルトンさんをどうする気だ…」

「彼を救いたくば言う通りにしろ!!!」

 

 だがイッシー20は、そんな住民たちを一喝して黙らせた。

 思わず口を閉ざした住民たちの前で、イッシー20たちはサングラスを外しながら愁いを帯びた目でドルトンを見下ろした。

 

「おれ達だって医者なんだ…………!!! 奴らの〝強さ〟にねじふせられようとも医療の研究は常に、この国の患者達のために進めて来た‼」

 

 医師達が見ているのは、ドルトンだけではなかった。

 ドルトンを通して、誰かのために命を削り続けたある一人の〝医者〟のことを、重ねていた。

 

 

 その名は、Dr.ヒルルク。

 ヒルルクは、かつてろくな医学を修めることなく医者として活動を始めたため、人々から嫌われていた。

 それでも人を救いたいという意志は並の医師とは比べ物にならないほどに大きく、誰よりも優しい医者だった。ヒルルクはワポルの悪政から逃げ回りながら、二つの意味で違法な治療行為を続けていた。

 

 チョッパーと出会ったのも、その最中だった。

 人間に追われ、心も体もボロボロになった彼をヒルルクは体を張って救い、傷を癒した。心を開いたチョッパーは、ヒルルクを父のように慕い、時に喧嘩をしながら、笑顔にあふれた一年を過ごした。

 だがそんな時間も長くは続かなかった。ヒルルクは重病に侵されており、数日ももたない命だった。

 それを知っていたヒルルクは、傷が癒えたチョッパーを力尽くで追い出し、Dr.くれはに懇願し数日の命を数週間にまで引き延ばした。

 ワポルの悪政によって腐ってしまった国を、自分の医療で癒すために。

 かつてどうしようもない悪人で、同じくらい重い病に苦しんでいた自分を治療した〝桜〟を、この国に咲かせるために。

 

 チョッパーはそんなヒルルクの想いを知り、どうにか自分も力になろうと山へ入った。

 かつての同族に追い回され、崖から突き落とされ、傷だらけになりながらも見つけた〝万能薬〟のきのこを、ヒルルクのもとに届けた。

 ヒルルクはそれを目にし、涙を流しながらチョッパーを抱きしめた。「お前ならきっと医者になれる」と、そう言いながら。

 そのきのこが、食えば数時間も持たない猛毒と知りながら。

 

 彼はチョッパーを家に置き、最後の仕事を果たすためにワポルの城に向かった。病で倒れたというイッシー20を救うために。

 しかしそれは罠だった。ワポルは自分の言うことを聞かず、抵抗を続ける医者達を根絶するために、ウソの情報でヒルルクをおびき寄せたのだ。

 それを知ったヒルルクは膝をつき、涙を流して()()()()

 

 ―――よかった…。

    病人はいねェのか…。

 

 その言葉は、ドルトンの心にかつてない痛みをもたらし、イッシー20にも動揺を走らせた。

 求められていなくとも、嫌われていようとも、患者のために全てを捧げた本物の医者が、そこにはいたからだ。

 

 最後を悟ったヒルルクはその場で胡坐をかき、持ち出した器に酒瓶から液体を注ぎ、ドルトンたちに向かって語った。

 自分は死なない。自分のことを覚えている者がいる限り、人は死なないのだと。

 受け継ぐ者がいる限り、人は決して死なないのだと、涙を流し震えるドルトンに語り聞かせた。

 ヒルルクは、それを伝えると笑って杯を煽った。

 自らを爆炎で吹き飛ばしながら、それでもいい人生だったと、満面の笑顔で命を絶ったのだ。

 自らに毒を呑ませてしまったチョッパーを想って。

 

 

「……とあるヤブ医者に…………『諦めるな』と教えられたからだ…!!! もう失ってはならないんだ‼ そう言う…〝バカな男〟を…!!!」

 

 その事件以来、ドルトンはワポルに従うばかりであった自分を恥じ、反旗を翻した。どれだけ愚か者と笑われようと、踏みにじられようと、先代の意志を継ぐために、ヒルルクの遺志を継ぐために、かつての国を取り戻そうと戦い続けた。

 イッシー20の中にも、事件以来強い迷いが生じていた。

 ヒルルクの〝意志〟は、多くの人達の中で生き続けていた。

 

 

「大変だよ、ドクトリーヌ‼」

 

 ナミの病室でくつろいでいたくれはを、飛び込んできたチョッパーが呼んだ。

 慌てた様子の彼に対して、くれはは何もかもわかっているというように穏やかなままだ。

 

「ワポルが…帰って来た!!!」

「………そうかい」

 

 チョッパーの報告を聞いても、時間が来たか、といった様子の反応しか見せなかった。

 

 

 雪カバの背に乗り、切り立ったドラムロッキーの山肌を進んだワポル。

 最後まで他者を使いながら山頂に到達したワポルは、堂々とそびえたつ純白の城が健在であることに歓喜の声を上げた。

 

「見ろ、何もかもが元のままだ!!! さァ、ドラム王国の復活だァ!!!」

「お待ちくださいワポル様…城のてっぺんに妙な旗が…‼」

「ん?」

 

 さっそく中に入ろうとしたワポルだったが、配下たちに言われて城の天辺に目を凝らす。

 国旗が飾られていた筈のその場所には、桜の花びらを纏った骸骨のマークが踊っている。掲げた覚えも作った覚えもないマークだ。

 

「何だ、あの髑髏の旗は。ドラム王国の国旗はどうした⁉」

「ヒ―――ッヒッヒッヒッヒッヒ‼ 燃やしちまったよ、そんなモンは」

 

 怒りに燃えるワポルに向かって、小馬鹿にした様子のくれはが告げる。

 正面の扉から堂々と姿を現した老婆を前に、ワポルの怒りはまた一段階高まった。

 

「ぬ!!! 出ェたなDr.くれは!!!〝医者狩り〟最後の生き残り!!! この死に損ないめがっ!!!」

「この城はね…ヒルルクの墓にしたんだ。お前らのような腐ったガキ共の来る所じゃないよ。出て行きな、この国から‼ …もうドラムは滅んだんだよ………!!!」

 

 傍らにチョッパーを従え、くれはは臆する様子もなくワポルに告げる。

 ワポルは耳に届いた聞き覚えのある名前に、不快げに眉間にしわを寄せた。

 

「墓⁉ あのバカ医者の墓だと!!? まっはっはっは笑わせるな!!!!」

 

 自分の政治に逆らい続け、最後は自ら爆死した見たこともないほどの馬鹿。

 存在するだけでただただ不快でしかなかった男の墓に、自分の自慢の城を使われたと知った愚王は、クレハに対する敵意をより強めていた。

 だが、そんな彼の怒りを上回る怒りが、勢いよく近づいていた。

 

「おおおおおお前らァ、さっきはよくもやってくれたな!!!」

 

 城の奥から物凄い突進をしてきているのは、海上で、街で、そして山中で散々逆らってきた麦わら帽の男。

 そのあとに金髪の見覚えのない男と、忌々しいフードの小娘を見つけた時には、麦わら帽の男は己が腕を大きく伸ばしていた。

 

「ん?」

「ワ…ワポル様、麦わらですっ!!!」

「〝ゴムゴムのォ〟!!!」

「おい」「え…」「⁉」「あ」

 

 ワポルの目の前に突撃するルフィに、サンジとエレノア、くれはとチョッパーが思わず声を上げる。

 次の瞬間には、目を見開いて硬直するワポルに、ゴムの伸縮を利用した拳が突き立てられていた。

 

「〝銃弾(ブレッド)ォオ〟!!!!」

「「「ワポル様ァ――――っ!!!」」」

 

 完全に予想外だった予告なしの一撃により、ワポルの樽のような肥満体は大きく吹っ飛ばされる。

 チェスとクロマーリモが間一髪で足を掴んでいなければ、崖から下に一直線だったところだ。

 

「何事だい…………………‼」

「あ~あ…やっちゃった」

「お⁉ あいつらは…………‼ 何でここに?」

 

 くれはは急な展開で目を丸くし、エレノアは顔を手で覆い、サンジは知っている顔がいることに驚く。

 しかしエレノアの反応に至っては、王に対する暴挙への後悔ではなかった。

 

「私が今度こそ歯ァぜんぶ折ってやろうと思ってたのに…」

「おォ…言うねェ小娘…」

 

 平然とした様子でさらっと恐ろしい事を言うエレノアに、くれはも若干引いた様子で頬を引きつらせる。

 ルフィは振りぬいた拳を掲げ、崖のすれすれでもがく連中を見ながら、やがて満面の笑みを浮かべた。

 

「あ、危ねェ…‼」

「おまえら、さっきはよくもやってくれたな。しっしっしっしっしっしっしっしっも~~~~我慢しなくていいんだっ!!!」

「そういうことっ‼」

 

 エレノアも前に出て、散々聞いた過去について思いを巡らせ闘志を募らせる。

 直接の因縁はなくとも、ここまで苦労させられた原因があの男にあることもあり、許す理由など一切なかった。

 

「ぬうっ!!! 貴様いきなりドラム王国の国王であらせられるワポル様に向かって何たる狼藉を!!!」

「そうだぞ、国王様だ!!! この島中の国民達を……」

「黙れ…!!!」

 

 どうにかワポルを引き上げたチェスとクロマーリモが、権力を笠に着て喚き散らす。

 しかしエレノアが突如発した、地の底からひびくような異様な圧と声、そして脱ぎ捨てられたフードの下の容姿によって、二人の幹部は途端に黙らされた。

 

「……天族……!!!」

「その男に王たる資格などない……拾った王冠で偉くなった気になっているただの俗物…我らが宿願と同一視するなど片腹痛いわ…‼ 失せろ下郎ども…!!!」

「う…おォ…⁉」

 

 知らぬうちに、エレノアの口調も雰囲気も、全てが豹変していた。

 射殺すような冷たい眼差しも、重くのしかかるような声の圧も、まるで彼女に別人が乗り移ったかのような変化で、誰もが言葉を失う。

 ルフィでさえ、エレノアの変化に対し険しい表情で振り返っていた。

 

「……エレノアちゃん…?」

「…ん? なに?」

 

 恐る恐るといった様子でサンジが問いかければ、途端に異様な雰囲気は霧散していつも通りの反応が返ってくる。

 あまりの変化に絶句し冷や汗を流すサンジのそばで、くれははチョッパーも見たことがないほど衝撃を受けたような表情を見せていた。

 

「お前……まさか…」

 

 小さな呟きは誰の耳に届くことはなく、ルフィもエレノアが元に戻ったことで改めて敵に向き直る。

 途中に何があろうとも、ワポルに対する怒りが微塵も揺らぐはずもなかった。

 

「もう許さねェぞおれは!!!」

「それよりおめェは寒くねェのか」

「え?」

「ホラみなさい」

「〝王様〟って言わなかったかあいつ⁉ 海賊じゃねェのか」

「「そっちかよ!!!」」

 

 サンジとエレノアの指摘で我に返ったルフィは、全く違う点で驚愕をあらわにする。

 そしてすぐに、自分に先ほどから突き刺さる雪山の冷たさにもようやく気が付いた。

 

「フン……‼ バカめ、やっとてめェの無礼に気づいたらしいな。そうとも、このお方こそこのドラム城の主…」

「おい‼ 寒いぞ、ここ」

「だから言ってんだろうが‼」

「マイナス50度だよ」

「あいつらおれらをナメてるぞ!!!」

 

 国王をぶん殴ったことに対する恐怖など微塵も抱いていない、一切の畏怖も抱く様子のないルフィたちにチェスとクロマーリモの額に血管が浮かび上がる。

 タッカーもまた、王族を相手にしながら一切の敬意を払わない連中を相手に、戸惑いの表情を浮かべていた。

 

「ウガ―――ッ!!!」

「ワポル様っ!!!」

 

 そのうちに、ようやく正気に戻ったワポルが怒りの咆哮とともに起き上がった。

 口や鼻から血を流しながら、日に何度も自分を虚仮にしてくれたルフィに強烈な殺意を湧き上がらせた。

 

「まっはっはっ…まっはっはっはっ……麦わらァ…‼ おれ様、もう怒ったぜ…!!! 食い殺してやる…」

「あ――…ちょっと待ってくれるか。服、取りに行ったから」

「いねェのかいっ!!!」

 

 なのに当の本人は、自分をブッ飛ばしたことにさしたる反応も見せずに姿を消していた。

 怒りを持て余したワポルがだんっと地面を踏みつけるが、何も事態は好転しなかった。

 

「………聞くけど………! あいつ…伸びたぞ⁉」

「ああ、伸びるな…ゴム人間だ」

「な…何だ、それ…!!!」

「バケモノさ」

 

 目の前で見られた異様な光景に、思わず問いかけるチョッパーに、サンジは得意げに語って聞かせる。

 たいしたことではないとでも言うような軽い反応に、チョッパーは思わずサンジを見上げたまま固まってしまっていた。

 

「ドルトンも死に…ここには反国ババアと麦わらの一味……そして不老不死の力を持つ天族もある、まっはっは。こいつらを消せば、もうおれ様に歯向かおうって生意気な輩はいなくなるわけだ…」

「そうですな…晴れ晴れとしたドラム復活の日になるでしょう。お任せをワポル様。すぐに掃除いたしますので」

「どういうつもりか知らねェが‼ おれ達の留守中に城に住みつくとはいい度胸だDr.くれは!!!」

「……おや? これは私もやらないといけない流れですか?」

 

 国王に戻り、勝手気ままな政治を再開させる第一歩として城に戻るために邪魔なくれはを見据え、三人の男たちが身構える。

 送れて続いたタッカーに厳しい目を向けてから、くれはは意地の悪い笑みを浮かべてワポルたちを見据えた。

 

「ヒーッヒッヒッ。あたしゃ別にこんなボロイ城に興味はないさ…だがコイツがね…ここにヒルルクの墓標を立てるんだってきかなくてね」

 

 くれはが告げると、その隣でチョッパーがめきめきと自分の体を変形させていく。

 両の眼に怒りの炎を燃やしながら、チョッパーは頭上ではためく海賊旗を背にしてワポルたちを睨みつけた。

 

「ドクターはこの国を救いたかったんだ!!! だから、おれは…お前達を城へは入れない!!! あのドクターの〝信念〟は絶対に下ろさせないぞ!!!」

 

 断固とした意思を掲げ、チョッパーはワポルたちの前に立ちはだかる。

 そんな彼を、クロマーリモは一丁前の人間の意地を見せる化け物と嘲け、見下すような目を向けた。

 

「フン‼ 神聖な城をカス医者の墓にだと!!? まずお前から死ねDr.くれは!!!〝静電気(エレキ)マーリ…〟」

 

 燃えやすい素材である自分のアフロの一部をちぎり、まずはくれはに向かって投げ飛ばそうとしたクロマーリモ。

 だがその寸前、突然自分のアフロが燃え上がり、一瞬で彼は火だるまになった。

 

「もぎゃあああああああ!!!?」

 

 突然のことで、クロマーリモはもちろんワポルやチェス、タッカーも驚愕で固まり、燃え上がるクロマーリモから距離をとった。

 

「なっ…何だ!!? いきなり火がっ!!?」

「熱イッ!!! 雪っ雪っ!!!」

 

 クロマーリモは何とか火を消そうと、自ら冷たい雪の中に潜って鎮火を試みる。

 大の大人が慌てふためく姿を、エレノアが掌の上でパリパリと閃光を走らせながら、フッと鼻で笑った。

 

「………大気中に(水分)が大量にあるからね……レンズもたくさん作れるんだよ。人を簡単に焼き殺せるぐらいにね………!!!」

「……収れん火災…だと!!! バカな…!!!」

 

 どうにか火を消したクロマーリモを診ていたタッカーが、エレノアが口にした言葉で信じられないとばかりに硬直する。

 窓際に置いた丸いガラスや、ビニールの上にたまった水分がレンズとなり、光を収束させて熱を発生させ、火災を起こすという自然界の現象。それを再現したのだと聞かされれば、この反応も仕方がなかった。

 

「すげェなお前………」

「いやーあったけーあったけー。ん? もう始まってんのか?」

「おいルフィ‼ てめェ、それナミさんのジャケットじゃねェのか‼ 脱げ、お前それ‼」

 

 ただただ驚くしかないチョッパーとは異なり、ルフィとサンジはこの程度気にする必要もないとばかりに反応を見せない。

 衝撃を受け、狼狽しているのは敵対しているワポルたちだけであった。

 

「大丈夫かクロマーリモ‼ ワポル様‼ やつら予想以上にできますぜ‼ あなどった‼」

「ああそのようだな……殺すぞ、あいつら。見せてやる…〝バクバクファクトリー〟!!!」

 

 チェスの申告で、ワポルも己の中の優先度を変えたらしい。

 最優先抹殺対象が、くれはからルフィとエレノアに変更された。

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