ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第80話〝君の背中を押すために〟

「よし、おれが見てきてやる。みんな後から来るといい‼」

 

 城の前の停留所に着いたゴンドラの中から、ウソップが顔を出す。…ゾロを盾にしながら。

 

「おい、引っ張るな」

「よし、援護するぞ‼」

「てめェ、ビビってんなら後から来りゃいいだろうが‼」

「び…びびってねェよよよ!!! なぜなら、おれは」

 

 的確な指摘に即座に否定するウソップだが、震えながらゾロを押し出す格好はどう見ても勇ましさからは程遠い。

 そんな彼らに向かって、勢いよく迫るある人影があった。

 

「おりゃああああああああああああああ!!!」

「なにいィ――っ!!!?」

「ルフィ!!!」

「あ、ゾロ、ウソップ」

 

 鬼気迫る形相で飛来したルフィは、狙っていた二人が仲間だと知るとすぐに闘志を収める。

 が、一度ついた速度は止められず、そのまま二人のもとにつっこみ盛大に雪煙を巻き上げた。

 

「何してくれてんだてめェっ!!!」

「なーんだ、その服なんか見覚えがあったから、またあいつの仲間かと思ったよ。お前らも登ってきたんだな」

 

 普通に立ち上がり、のんきに笑うルフィだが、ふっ飛ばされたゾロとウソップはそうそう怒りが収まらない。

 ルフィはこの場に仲間達がいることに疑問を抱き、鼻血を垂らして沈黙するウソップに目を向けた。

 

「ウソップ、お前登れねェとか言ってなかったか?」

「はっはっはバカいえおれはそこに山があれば登る男だぜ。しかしこの絶壁はちょっとした冒険だった――」

「ロープウェイで登ってきたの、ルフィさん。ナミさんとサンジさんとエレノアさんは無事なの⁉」

「ああ、元気になった」

「よかった」

 

 饒舌にホラを吹き始めるウソップを放置し、ビビが急いで駆け寄ってくる。

 ひとまず安堵していると、ソロは薄着のルフィに訝しげな目を向けた。

 

「――で? お前は城のてっぺんで何してたんだ」

「王様をブッ飛ばしてたんだ」

「…じゃあ、やはり…さっき空へ飛んでいったのはワポル……‼ あとの三人はどうしたんだ!!?」

「トナカイがブッ飛ばした。そうだっ‼ おい聞いてくれよ、新しい仲間を見つけたんだ」

「なにっ⁉」

 

 駆け寄ってきたドルトンは、ルフィの返答に驚愕をあらわにし、そして近くの木々の影に隠れようとして失敗している見知らぬ生物と、一匹の合成獣(キメラ)を発見する。

 そのわきで、ようやく到着したエドワードとアルフォンスが、雪原のど真ん中に倒れ伏すタッカーを目にして目を剥いていた。

 

「おい!!! こいつタッカーじゃねェか!!?」

「何で黒こげに…!!! 顔もなんかすごくむごたらしいことに…‼︎」

「そっちはエレノアがやった」

「ちくしょう‼ 先を越されちまったか…!!!」

 

 国について真っ先にやりたかったことを先取りされ、悔しげに地団太を踏むエドワード。

 そんな彼らに近づく、小さな存在があった。

 

「エド、ワード…お、にい、ちゃ」

「………‼ ニーナ…‼」

 

 たどたどしい声で呼ばれ、エドワードとアルフォンスは思わず立ち尽くす。

 別れた時と何ら変わらない、一目見ただけで後悔が募る姿を前に、二人は視線をそらしてしまった。

 

「……その…何だ………久しぶりだな」

 

 何か話しかけたくとも、その資格がないようでどうしてもそれ以上話題が思いつかない。

 奇妙な沈黙の中、ドルトンは目を見開き、倒れ伏すタッカーやチェス、クロマーリモ達を凝視していた。

 

「……あの、ワポルたちを………………トナカイ⁉」

 

 ドルトンはハッと振り向き、こちらを警戒している様子のチョッパーを見つめる。

 人でも獣でもないその奇妙な姿は見たことがない、しかし彼の鼻の奇妙な色は、忘れるはずもなかった。

 

「…青い鼻…君は…!!! あの時の…⁉」

 

 ヒルルクが死んだとき、怒りを携えて向かってきた青い鼻の化け物。

 あの時は何の力もなく、ただ逃がしてやることしかできなかった彼が戦ってくれたのだと知り、ドルトンは思わずその場で深々と頭を下げていた。

 

「ありがとう、ドラムは、きっと生まれ変わる!!!」

 

 全身全霊で感謝を述べるドルトンに、チョッパーも思い出したらしい。

 逃げることなく、かつてワポルから逃がしてくれた人間をじっと見つめていた。

 それを見ていたエドワードは、少しだけ緊張をほぐして笑みを浮かべ、しゃがみこんでニーナの頭を撫でてやった。

 

「今回おれ達……踏んだり蹴ったりで役立たずだったな‼ アル!!!」

「迷惑しかかけられなくて申し訳ない…」

「いや…君達にも救われた…‼ なんとお礼を…」

 

 慌ててドルトンが、そんなことはないと否定する。

 そんな中、次々にゴンドラの中から降りて来た住人達が集まり、そして木々の間に立っているチョッパーを目にしてどよめき始めた。

 

「ああっ‼」

「な…何だあの変な生き物は」

「ト…トナカイ⁉ …違う」

「バ…ババ……化け、バケ…!!!」

「おい、よさないか‼」

「バケモノだ―――っ!!!!」

 

 即座にドルトンがやめさせようとするが、最後の最後でよりによってウソップが叫んでしまう。

 チョッパーはガーンと目を剥き、その場から走り去ってしまった。

 

「バカ野郎‼ おれが見つけた仲間ってあいつなんだぞ!!!」

「なにィ、あれが!!?」

「ショック受けて逃げちまったじゃねェか‼」

 

 せっかく見つけた仲間への暴言に、ルフィがウソップを殴りつける。

 すぐにルフィは、走り去ったチョッパーを追いかけ始めた。

 

「ぎゃああああ!!!」

「待てよ‼ バケモノォ!!!!」

「オイ」

 

 人には言うなといっておいて、ルフィはまだ名前もよく知らない新たな仲間を呼びながら駆け出していく。

 あっという間に見えなくなっていくその小さな背中に、エドワードは目を丸くしていた。

 

「…あいつ、確かあのバアさんの…」

「おい、お前達っ!!!」

 

 どこであったのか、と思い出そうとしていると、聞こえてきた怒鳴り声に思わず全身を震わせる。

 エドワードだけでなく、その場に集まった全員が、現れた人物を前に目を剥いて硬直していた。

 

「うゲゲゲェっ!!!! ド…ドド…ドドド……ド………!!! Dr.くれは!!!!」

「ハッピーかい? そのケガ人を連れて病室へ入んな!!! 一人残らずだ」

「は…はいっ‼」

 

 いきなり現れたにもかかわらず、ぶつけられた命令に逆らえない住民たちとエルリック兄弟。

 バタバタと騒がしくなる城の前から、くれはは城の影でコソコソしている二人を見つけて突撃した。

 

「お前達も病室へ戻んな!!!!」

「「ギャ―――――――っ!!!!」」

 

 ナミとサンジが隠れる城の壁を蹴り砕き、悲鳴を上げさせるくれは。

 この老婆から逃げることは、誰にも不可能な様だった。

 

 

「うげアガガガラガバババ!!!」

「ふぎゃああああああああ!!!」

 

 城の中の治療室から、とんでもなく痛々しい悲鳴が上がる。

 しばらくして治療を終えたくれはは、血まみれのゴム手袋を捨ててナミたちのいる病室に戻ってきた。

 

「ヒッヒッヒ、やっぱり悪化してたよ。無理するからさ」

「相変わらず怖ェバアさんだ」

師匠(せんせい)並みだよね」

 

 医者とは思えない恐ろしさを久々に目の当たりにし、エルリック兄弟は互いに身を寄せて震える。

 少しの沈黙の後、おずおずとアルフォンスがくれはに話しかけた。

 

「Dr.くれは…あの、ニーナのことなんですが……」

「心配いらないよ……今のところ目立ったケガもしてないし病気になったこともない。しいて言うなら……少し体が育ったことぐらいかね…」

「……そうか。ありがとな…バアさん」

「口の聞き方には気をつけな、小僧共」

 

 ぺこりと頭を下げる兄弟に、くれはは少し厳しい態度を返す。やはり錬金術に対する隔意はあるようだが、以前会った時よりも幾分か和らいでいる気もしなくもない。

 くれははワインの瓶を煽ると、ベッドの上のドルトンに目を向けた。

 

「ドルトン…この城の〝武器庫〟の鍵ってのはどこにあるんだい。知ってるね?」

「武器庫…なぜ、あなたがそんなものを」

「どうしようとあたしの勝手さね」

「あのカギは昔からワポルが携帯していたので、ずっとそうなら…ワポルと一緒に空へ」

「なに、本当かい? 困ったね」

 

 くれはは本気で残念そうな表情を見せるが、ドルトンはその理由がわからず首を傾げる。

 その時、話を聞いていたナミがきらりと目を光らせた。

 

「ドクトリーヌ? ウチの船員の治療代なんだけど…タダに‼ …それと、私を今すぐ退院させてくれない?」

「ん? そりゃ無理な頼みだとわかって言ってみただけかい」

 

 数時間前にもやったやり取りに、くれはは呆れたように目を細める。

 ビビもナミの病状のことを考え、安静にしているように言おうとしたが、その前にナミが懐から鍵の束を取り出した。

 

「〝武器庫〟の鍵、必要なんでしょーう?」

「な……なぜ君がその鍵を⁉」

「本物なのかい⁉ どういうこった」

「スったの」

「お前……」

 

 悪びれる様子もなくそう答えるナミに、くれはだけでなくエドワードも呆れかえる。先ほどワポルとひと悶着遭ったらしいが、その際に盗むとはとんだ胆力である。

 

「このあたしに条件をつきつけるとはいい度胸だ。ホンットに呆れた小娘だよ、お前は」

「お恥ずかしい…」

 

 恥ずかしげもなく鍵を見せびらかすナミに代わり、アルフォンスが頭を抱える。

 くれはは渋々鍵を受け取り、上着を肩にかけながらナミに背を向けた。

 

「………いいだろう。治療代はいらないよ。ただしそれだけさ。もう一方の条件はのめないね、医者として」

「ちょっと待って、それじゃ鍵は渡せないわよ、返して‼」

 

 約束が違う、と慌てて鍵を取り戻そうとしたナミだったが、その前にくれはが鼻先にビシッと人差し指を突きつけた。

 

「いいかい小娘。あたしはこれからちょっと下に用事があって部屋をあけるよ。奥の部屋にあたしのコートが入ってるタンスがあるし、別に誰を見はりにつけてるわけでもない。それに背骨の小僧の治療はもう終わってるんだが」

 

 いったん言葉を止めてから、くれはは有無を言わさぬ口調でナミたちに告げる。言葉以外の何かで、ナミたちに察するように促しながら。

 

「いいね。決して逃げ出すんじゃないよ‼」

 

 言うだけ言って、くれははナミたちのいる病室を去っていく。

 足音が完全に聞こえなくなってから、唖然としていたエドワード達の間でナミが肩をすくめた。

 

「…コート着てサンジ連れて今のうちに逃げ出せってさ…」

「私にも…そう聞こえた」

「ははは…素直じゃねーの‼」

 

 医者としての義務を果たしつつ、ナミたちの望むように願いを聞いてくれた優しい医者に、エドワード達は苦笑する。

 ドルトンが不思議そうに見つめてくる中、ふとエドワードは辺りを見渡して首を傾げた。

 

「……そういやァ、ニーナはどこに行ったんだ?」

 

 

 まん丸の月が天に昇る夜。

 木々の間で月光に照らされながら、チョッパーは荒い息をついて座り込んでいた。

 

(ずいぶん逃げ回ったな…………いつの間にか夜だ…今夜は、満月か………)

「お――いトナカイ~~~っ‼」

 

 耳を澄ませば、城の前で麦わら帽の人間が大声で騒いでいる。

 何度逃げても、どんなに撒こうとしても、仲間になれとあきらめずに追いかけてくる青年から、チョッパーは必死に身を潜めた。

 

「一緒に海賊やろう――っ!!!」

「…おいルフィ、もう諦めろよ。これだけ呼んでも探しても出て来ねェんだ」

「海賊になんてなりたくねェんだよ、あいつは」

「それは違うぞ。おれは、あいつを連れていきてェんだ‼」

「だからそれはお前の都合だろうが!!!」

「トナカイ――――ッ!!! ドナガイ~~~~っ‼」

 

 仲間らしき人間達に止められても、声がかれそうなほどにチョッパーを呼び続けている。

 チョッパーは思わず飛び出したくなるが、どうしても迷いが生じて踏み出すことができずにいた。

 

「……いか、ない、の?」

 

 不意に駆けられた声に、チョッパーはハッと息を呑んで振り向く。そこにいた妹分の不思議そうな眼差しに、チョッパーは返す言葉が見つからなかった。

 

「ニーナ……」

「いき、たく、ない、の?」

「い、行きたくないわけじゃないさ…だけど行けない……!!! おれは……‼」

「………」

 

 本当は行きたい、でも本当に行ってもいいのだろうか。くれはやニーナを置いて行ってもいいのか、そんな迷いがありありと見て取れた。

 それを見ていたニーナはやがて大きなため息をつき、立ち尽くしているチョッパーの尻に向かって大きく口をあけた。

 

「ガルルルルル!!!」

「ギャ―――ッ!!!」

 

 突然尻にニーナの牙が食らいつき、悲鳴をあげたチョッパーがたまらず飛び上がる。

 その勢いによって、チョッパーはついにルフィ達の前に姿を現してしまっていた。

 

「あっ…」

「トナカイ!!! おい、お前いっしょに海賊やろう‼」

「…無理だよ…」

「無理じゃねェさっ!!! 楽しいのにっ!!!」

「意味わかんねェから」

 

 ルフィが懸命に誘うが、やはりチョッパーは頷くことができない。

 それでも伝えなければならないことがあると、ニーナに背中を押してもらったことに感謝しながら口を開いた。

 

「おれは…お前達に…感謝してるんだ‼」

「………チョッパー………」

「だっておれは………トナカイだ!!! 角だって…蹄だってあるし……‼ 青っ鼻だし…………!!!」

 

 どうしてもルフィの誘いに乗れなかったのは、また拒絶されるかもしれないと言う不安から。

 長く孤独に生きてきた彼にとって、存在を否定されることは何よりも恐ろしいことだった。

 

「そりゃ…海賊にはなりたいけどさ…‼ おれは〝人間〟の仲間でもないんだぞ‼ バケモノだし…!!! おれなんかお前らの仲間にはなれねェよ!!! …だから…お礼を言いに来たんだ!!!」

 

 胸の内にしこりのように残る未練に蓋をし、チョッパーはルフィ達に笑顔を見せる。

 一度でも仲間と読んでくれた感謝を込めて、精一杯の想いを。

 

「誘ってくれて、ありがとう…おれはここに残るけど、いつかまたさ…気が向いたらここへ」

うるせェ!!! いこう!!!!

 

 チョッパーの心を縛り付けていた迷いと躊躇いの鎖が、ルフィの大きな声で弾け飛ぶ。

 どんなしがらみも壊して、広い世界に連れ出してくれるようなその言葉に、チョッパーは大粒の涙を流す。

 

 ニーナはそんなチョッパーの背に、優しく満足げな笑顔を向けるのだった。

 

 

「……お前、挨拶していかなくていいのか?」

 

 ルフィ達とともに行くことを、くれはに伝えに行ったチョッパーを待つ間、エドワードがアルフォンスに尋ねる。

 ナミの病状やビビの事情のこともあり、あまり長くいられないため、二人ともニーナとそれほど話す時間が取れていなかった。

 

「いいよ。兄さんこそ、ニーナとあんまり話せてないじゃないか」

「いいんだよ…話せることなんざほとんどねェしな」

 

 救うことができなかった少女と何を話せばいいのか、未だ出発点から動けずにいると自覚している少年たちは、待つことしかできない。

 寝かされたエレノアがそんな彼らを横目で見ていると、何やら城の中から騒がしい声が聞こえてきた。

 

「何だ、城の中が騒がしいぞ…」

「まったくヤボなんだから…人の別れの夜にどうして静かにしてあげられないのかしら」

 

 わーきゃーとやかましい住民たちの声に、ナミが思わず眉間にしわを寄せる。きっと涙の別れになるだろうに、空気を読んでやることもできないのかと。

 だがそんな中、城からソリを引いたチョッパーが猛スピードで向かってくる姿が見えた。

 

「おい来たぞ、あいつが⁉」

「え!!? どういうこと!!?」

「追われてるっ!!!」

「おーい、ロープウェイ出す用意が…」

「ん?」

 

 何事か、と一斉に視線を集める一同は、しばらくしてようやく気づく。

 鬼気迫る表情で向かってくるチョッパーが、背後から迫る包丁を投げまくるくれはから必死に逃げようとしていることに。

 

「みんな、そりに乗って!!! 山を下りるぞォ!!!」

「待ちなァ!!!」

「「「「「「「「んな、何イ~~~~~~~っ!!?」」」」」」」」

 

 明らかに殺す気にしか見えない老婆を前に、ルフィたちは一目散にそりに乗り込み、走り出していた。

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