ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
その日、人々は目撃した。
月光を背に天を走る、青く輝く鼻を持つトナカイが引くそりに乗り、愉快な悲鳴をあげる青年たちの姿を。
空を飛び笑い声をあげる、魔女のそりを。
城の停留場と、かつてのくれはの家の間につながれたロープ。
その上を滑りきったそりは、あっという間に雪山を駆け下りていった。
「うは――――っ!!! いい~~~気持ちだったァ‼ おい‼ もっかいやってくれ‼」
「バカッ‼ 出航するのよ、もう‼」
「ほんっと勘弁して‼」
「し‼ し…死ぬかと思った…」
「っぬお!!! ん⁉ ここはどこだ!!?」
「あ、サンジさん気がついた⁉」
恐怖やら快感やら、思い思いに騒ぎ続けるルフィたち。
それをじっと見つめていた二組の視線に、気づくことはなかった。
「あんな別れ方で…よかったので?」
「ヒーッヒッヒ…預かってたペットが一匹もらわれてくだけさね‼ 湿っぽいのは、キライでね」
足元にニーナを連れたくれはは、目尻に涙を溜めながらドルトンにそう返す。
素直になれない老婆に苦笑していたドルトンは、いきなり頭を叩かれて我に返った。
「来な‼ 船出ってのは派手でなきゃいけないよ‼」
くれははドルトンを促し、すでに指示を与えておいた住民たちの方へと向かう。
並べられた大砲、そしてくれはが用意した特別な砲弾。
あとはもう点火するだけのそれらを見回し、くれはは声を張り上げた。
「用意はいいかい、若造共!!!」
「へいっ!!!」
「撃ちなァ!!!」
くれはの号令で、駆り出された住民たちは大砲に火を入れ、次々に発射していく。
ドンッ、ドンッと打ち上がる光を前に、同じく手伝わされたドルトンが戸惑いの目を向けた。
「Dr.くれは。一体、何を…」
「黙って見てな」
くれははそう返し、打ち上げた砲弾をーーー今は亡きヒルルクに託されたものが詰め込まれたそれを見上げる。
全ての大砲が砲撃を終え、住民の一人が報告に駆け寄ってきた。
「Dr.くれは‼ 全弾打ち上げました!!!」
「ライトアップ!!!」
くれはの命令で、空中に飛び散った砲弾の中身に光が当てられていく。
それが作り出した光景に、ドルトンや住民たちは思わず言葉を失い、立ち尽くしていた。
それは、城から遠く離れたルフィたちの目にも届いていた。
いや、その光景はチョッパーのために広がっていた。
ある男が国を癒すために残した努力の結晶。それが今、息子を海へ送り出すために咲き誇っていた。
「ウオオオオオオオオオオ!!!!」
「すげェ………」
「……ああ」
「奇麗……」
滂沱の涙を流し、歓喜の咆哮をあげるチョッパーと同じように、ルフィたちも目の前に広がる光景に息を飲む。
まるでこの世のものとは思えないような、あまりに美しいその光景には、生半可な感想など余計なものでしかなかった。
ーーーいいか…!!!
この赤い塵はな、ただの塵じゃねェ‼︎
コイツは大気中で白い雪に付着して…そりゃあもう鮮やかなピンク色の雪を降らせるのさ!!!
「何という幻想的な…」
「ヒッヒッヒッヒッ…バカの考えることは理解できないよ…」
夜空にいっぱいに咲き誇るピンク色の輝きを仰ぎ見て、ドルトンやくれは、国中の者たち全員が驚嘆の声をあげる。
白く染まった永遠の真冬の国に咲いた、満天の〝桜〟に。
「さァ…
大きな一歩を踏み出した家族を見送るように、〝桜〟は堂々と咲き誇るのだった。
―――後に―――
語り継がれるこの〝ヒルルクの桜〟は、まだ名も無きその国の自由を告げる声となって夜を舞う。
ちょうど、この土地でおかしな国旗を掲げる国が誕生するのは、もう少し後の話だ。
「…もう島を、出た頃でしょうかね…」
〝桜〟が咲き続ける下で、腰を下ろしたドルトンがとなりのくれはに話しかける。
膝にニーナの頭を乗せたくれはは、持ち出したワインを丸々一瓶口にしていた。
「医者としての最高の心と…最高の腕を継いだトナカイとは…」
「ヒルルクが命を懸けた〝桜〟が起こした奇跡があるとすりゃ、あのヘッポコトナカイが海へ飛び出したことと、ウチの娘が兄離れしたことくらいかね…」
グビリグビリとワインを飲み干し、くれはは一味が去った方向を見やる。
その表情は、明るく喜びに満ちたものであった。泣き虫だった息子が見せた成長が、何よりも嬉しいようだ。
「いっぱしの男ぶりやがって………ヒッヒッヒッヒ…」
「この国も生まれ変わりますよ。彼のように……」
「ドルトンさ――ん‼」
小さな体に大きな勇気を抱いて旅立ったトナカイを思い、ドルトンも感慨深げに呟いていた時だった。
大砲の後片付けをしていた住民たちのうち、二人が慌てた様子で向かってきたのだ。
「大変だ! 大変なこと思い出しちまった‼」
「どうしたんだ」
「これ! これを見てくれ‼ あいつらだったんだよっ‼ 間違いねェっ‼」
二人はドルトンとくれはに、二枚の手配書を見せる。
そこに写っていた見覚えのある顔に、ドルトンたちはやや驚いた様子を見せた。
「3千万ベリーと1億ベリーの賞金首…彼らが……」
「ほう…大した悪党じゃないか。ヒッヒッヒッヒ…」
しかしさほど衝撃を受けた様子はない。むしろ彼らの強さに納得がいったように、感心した目を向けていた。
「…これをどこで?」
「それが…あんたに報告すんのをすっかり忘れてたんだが。一週間くらい前に突然ロベールの街に旅人らしい男が一人現れたんだ。めずらしく雪の降らない日だった。どっから上陸したのかわからねェが」
「とにかくそいつは…この国を襲ったあの海賊〝黒ひげ〟を追っていると言ってた」
「――でも、とっくにこの国を去ったことを知ったら…」
―――じゃあもう一つ聞くけど、麦わら帽子をかぶった海賊と羽の生えた女がここへ来たか?
食後だったのか、爪楊枝で歯の間を掃除していた男は、訝しげに首を降る彼らにそんなことを尋ねたという。
知らないと答えると、男はニヤリと笑みを浮かべて、二人の海賊の手配書を渡して付け加えた。
―――…もしコイツらがここへ来たら、おれは10日間だけアラバスタで、お前らを待つと伝えてくれ。
じゃ、頼んだよ。
用件だけ伝えると、男は返事を待つこともなく足早に立ち去ろうとした。
慌てて住民はそれを引き止め、せめて名前だけでも教えてくれと頼んだ。すると男は、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
―――おれは〝エース〟。
そのルフィとエレノアってのが来たら、そう言ってくれりゃわかる。
エースと名乗った男は、そういって立ち去っていった。
どうやら飯屋で金も払わずに出てきたらしく、店主に怒鳴られながらあっという間に島を後にしてしまったのだとか。
礼儀正しいのか礼儀知らずなのか、よくわからない相手であったと、住民たちは語った。
話を聞き終えたドルトンは、安堵のため息をついて住民たちの不安を否定する。
彼らが心配するような人物たちでないことは、もはや明らかだったからだ。
「なるほど…だがその伝言は伝えるまでもないさ」
「え? どうして」
「彼らの次の目的地はアラバスタだからだ。………心当たりがあってね…」
ドルトンの脳裏に蘇るのは、一味と共にいたエルリック兄弟と水色の髪の少女。
ワポルも出席していた数年前の王たちの会議で、幼くも王族としての気品と覚悟を備えた聡明な少女の顔と、ぴったり重なる。
ドルトンがワポルのやり方に拒否感を覚え始めたのも、思えばその時からだった。
(どんな事情で海賊達やエルリック兄弟と一緒にいるのかは知らんが、何か考えあってのことだろう…立派になられたものだ…‼)
どんな事情があったとしても、その目に秘めた覚悟は確かなもの。
大願があるのならどうか叶えて欲しいと切に願い、ドルトンははるか沖を見つめていた。
一方でくれはは、手渡された手配書を見つめて黙り込んでいた。
「Dr.くれは…どうしたんです。ぼんやりして…」
「………お前達…ゴール・〝D〟・ロジャーを知ってるかい…」
「D? ……ゴールド・ロジャーのことですか? それならば知らない方がおかしい世の中ですよ」
「…今はそう呼ぶのかい? どうやらウチのトナカイは大変な奴について行っちまったらしいね…」
くれはは手配書に写る、麦わら帽の少年と天使の少女を見て、笑みを浮かべる。
その名に刻まれた〝過去〟に、想いを馳せるように。
「生きてたのか、〝D〟の意志と〝賢者〟の意志は…」
そのつぶやきは誰にも届くことはなく、唯一耳にしたニーナも、その意味を理解することはなかった。
「アッハッハッハッハッハ!!!」
「めでてーめでてーっ!!! 月が出てるし桜が咲いたぞ!!!」
思わぬトラブルに見舞われ、ようやく改めてアラバスタに向けて出発することができたメリー号。
その甲板上はすでに、ドタバタと騒がしい宴の場へと変貌していた。
「チョッパー!!! チョッパーコノヤロー‼ てめェいつまでそこでボーッとしてんだ‼」
「飲め‼ こっち来て飲め‼」
「おいナミ、みろ。ヨサクに習ったんだ」
「いや、しかしいい夜桜だったぜ。まさかこんな雪国で見れちまうとはな‼」
「ああ、こんな時に飲まねェのはウソだな‼」
島を出る際に見えた、とんでもなく美しい光景を肴に、いつもは仲が悪いゾロとサンジが互いに酒を注ぎ合う。
鼻の穴に割り箸を突っ込んだルフィやウソップは、欄干に腰掛けて黄昏ているチョッパーを呼びながらさらに騒いでいた。
「……お前の父ちゃんはすげェな。聞く話じゃ……医者としてはまだまだド素人の域を出なかったみてェだけど」
島の方を見つめて佇むチョッパーの元に、未だ興奮冷めやらない様子のエドワードとアルフォンスが近づいた。
少しだけ警戒していたチョッパーだが、ヒルルクのことを褒められていると気づき、話を聞くことにしたようだ。
「だが…錬金術師としてなら、きっと歴史に名を残す偉業を残してたかもしれねェな。その気合と根性は、もっと讃えられるべきだった…‼︎」
今まで誰も見たことがない、素晴らしい景色を作り出した偉大なヤブ医者。
知識や技術は無くとも、それを補って余りある尋常ではない根気と熱意。世の錬金術師の何人が、それだけの想いを抱いているであろうか。
「会って話をしてみたかったなァ…‼︎ おれたちがあと10年早く生まれてたらなァ………」
「うん…‼ 生きてる間に会ってみたかった…!!!」
お世辞やおべっかでもなんでもない、本心から讃える言葉だった。
チョッパーはただ、自分を褒められるよりもくすぐったい気がして、どう返したらいいのかわからずにいた。
だが、全員が全員感動に浸っているわけではなかった。
「ちょっとあんたら‼ 少しはこっちの心配をしたらどうなの?」
「なんだ、生きてたからいいじゃねェか」
「カルーあなた、どうして川で凍ってたりしたの!!?」
「クエー…」
毛布を分厚く巻いたカルーが、ビビに抱きしめられながらガタガタと震えている。
メリー号に戻った彼らを出迎えたのは、川の水面上に半身を出して凍り付いていたカルーの憐れな姿だった。
「足でも滑らせたんだろ? ドジな奴だな、はははは」
「黙ってMr.ブシドー‼」
「ゾロってやつが川で泳いでていなくなったから…」
「大変だと思って川へ飛び込んだら凍っちゃったって」
「あんたのせいじゃないのよ‼」
元凶たる剣バカに、ビビが怒りのゲンコツを落とす。
ひとまず落ち着いたビビは、カルーの言葉を代弁したエレノアともう一人、チョッパーに驚きの視線を向けた。
「トニー君、あなたカルーの言葉がわかるの?」
「おれはもともと動物だから動物とは話せるんだ。こいつの方が異常なんだよ」
「あははは…何でだろうね」
多少違うが、どうみても人間のエレノアが普通に動物の言葉を理解していることが、チョッパーには不思議でならなかった。
対するエレノアが苦笑していると、ナミが思わぬ特技を持つチョッパーに目を輝かせる。
「すごいわチョッパー‼ 医術に加えてそんな能力もあるなんて!」
「バ…バカヤロー、そんなのほめられても嬉しくねェよ‼ コノヤローが」
「「嬉しそうだなー」」
「ところでナミさん、〝医術〟って何のことだ?」
相変わらず褒められ慣れず、思いっきりニコニコ感情をあらわにしてしまうチョッパー。
そんな中、口を挟んだサンジは改めて新たな仲間について、詳しく知ることとなった。
「何ィ⁉ チョッパーお前、医者なのか⁉」
「あんた達、チョッパーを一体何者のつもりで勧誘してたの?」
「七段変形面白トナカイ」
「非常食」
「………‼」
予想外の返答に思わず逃げ出そうとしたチョッパーを、すぐにナミが抑える。
ふとチョッパーは、自分の身の軽さに気づき慌てて振り返った。
「あ……しまった‼ おれ慌てて飛び出して来たから医療道具忘れてきたっ‼」
「これのことじゃないの? そりに乗ってたけど…」
狼狽するチョッパーだが、エレノアが持ち上げた荷物を目にして一瞬固まり、目を見開くと慌ててそれを受け取った。
「おれのリュック‼ 何で…⁉」
「何でって、あんた自分で旅の支度したんじゃないの?」
「…………ドクトリーヌか…結局、あんたの考えてること全部見透かされちゃってたわけだ」
追い出すようにきつい物言いをしていた彼女が、涙をこらえて荷物をまとめる姿が目に浮かぶ。
最後の最後まで面倒を見てくれた恩人の心意気に、チョッパーはジーンと胸が熱くなるのを感じていた。
「素敵な人ね…」
ナミとエレノアも、そうそう真似できない愛の深さを持つ医者を思い浮かべ、微笑みを浮かべる。
少ししんみりとした空気が流れていたが、それをぶち壊す騒がしい声がまた聞こえてきた。
「アッハッハッハッハッハッハッ‼」
「
「うっさいお前ら!!! すな!!!」
鼻の穴と口の端で割り箸を挟み、ざるを持ってドタドタ駆け回るルフィたちにナミがツッコミを入れ、エレノアはあきれ返る。
真似しようとしたチョッパーはもちろん止めていた。
「よ――し、てめェらみんな注目――っ!!!」
宴がヒートアップしてきた時、頃合いだとウソップが船室の上に上がり笛を鳴らす。
いい感じに酒が入って、みんなほとんど聞いていないも同然だったが、一味の盛り上げ役を買って出たウソップは構わず続けた。
「えー、ここでおれ達の新しい仲間〝船医〟トニートニー・チョッパーの乗船を祝し」
「カルーあなた飲みすぎよ‼」
「クエーッ‼」
「おい、クソコック。もっとつまみ持って来い」
「おォ!!? てめェ今なんつった⁉ おれをアゴで使おうとはいい度胸だ」
「お酒たりないよー‼︎」
「サンジ、恐竜の肉もうねェのか!!? いっぱい積んだだろ⁉」
「あんたが全部食べちゃったんでしょうが!!!」
「ルフィてめェおれの分まで食いやがったな!!?」
「喧嘩しないでくださいよ!!!」
「あ――あらためて乾杯をしたいと思う‼」
ワイワイガヤガヤギャーギャーと、小さな海賊船はたちまち笑いと悲鳴と歓声に満ちる。
ずっと孤独に生きてきた、化け物と呼ばれたトナカイにとって、それはみたことも体験したこともない感覚だった。
「おれさ………こんなに楽しいの、初めてだ‼」
「新しい仲間に!!! 乾杯だァア!!!!」
「「「「「「「「「「カンパ――イ!!!」」」」」」」」」」
ガッシャアアアン‼︎と、掲げたジョッキが音を鳴らす。
皆で満面の笑顔を浮かべ、新しい仲間の乗船を全身全霊で祝福する。
孤独だった化け物はもう、一人ではなくなったのだ。