ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第11章 砂漠の王国〈前編〉
第82話〝偽りの英雄〟


 とある国、とある場所の地下深く。

 輝かしい名を持つ『表』の仮面の下におぞましい悪意を持つその男は、一人の女が持ち込んだ報告にピクリと片眉を跳ね上げた。

 

「何、王国で海賊が暴れてる?」

 

 男は葉巻の煙とともにため息をこぼし、うっとうしそうに舌打ちした。彼が今の地位に立ってから、しばらくはなかった面倒事だったからだ。

 

「この国にはおれがいると知らんのか…」

「さァね…サー・クロコダイル。暴動中の国は海賊のいいカモなのよ………いくの?」

「いや…」

 

 自分の秘書である女にそう答え、男―――サー・クロコダイルはにやりと笑みを浮かべる。

 

「あいつらがもう向かっている」

 

 

「いやいやもう、ほんと。なんも知らねェから、おれはっ」

「おい何目ェそらしてんだ。ちゃんとおれの目を見ろ。じゃあ聞くがな、しっかりアラバスタまで持つ様におれが、ちゃんと配分しといた8人分の食料が夜中の内に、なぜ消えるんだ?」

 

 ほお袋をリスの様に膨らませたルフィが、睨みつけてくるサンジから必死に目を逸らして答える。冷や汗をかきまくっていて、怪しいことこの上なかった。

 

「ムダな抵抗はよせ。てめェはポーカーに向かねェ人間なのさ」

「あっ、口のまわりに何かついてる」

「しまった!!! 食べ残し⁉」

「「おめェじゃねぇかァ!!!」」

「ふべェ!!!」

 

 犯人を見つけたサンジがそれ見たことかと思いっきりルフィを蹴り飛ばす。

 口の中の食べ物のかけらをブッと吐き出して転がっていくルフィに、義足の整備を行っていたエレノアが深い深いため息をこぼした。

 

「ああナミさん、見ただろ。あんにゃろひどいんだ~~‼ 鍵付き冷蔵庫買ってくれよォ♡」

「そうね。考えとくわ。命にかかわるから…」

 

 ちょうど会話の一端を聞いていたナミが、本気で不安げな表情で答える。

 エレノアは眉間にしわを寄せ、メリー号の欄干に腰かけて釣り糸を垂らしている一人と二匹にじろりと目を向ける。

 

「…………おい、そこの共犯ども。そこになおれ」

「「「!!!!」」」

 

 もぐもぐと口を動かしていた彼らは、顔を真っ青に染めて凍り付くのだった。

 

 

英雄(ヒーロー)? クロコダイルはアラバスタの英雄(ヒーロー)なの⁉」

 

 ボコボコにしたルフィたちを積み上げて山にしたナミが、ビビに驚きの眼差しを向けた。

 ビビは神妙な表情で頷き、エレノアも同意するように苦虫を噛み潰したような微妙な表情で先を引き継いだ。

 

「そう。〝王下七武海〟っていうのはようするに世界政府に雇われた海賊。七武海が財宝目当てに海賊(同業者)を潰すのも、〝海軍〟が正義のために海賊()を潰すのも、国の人達にとってのありがたさは変わらないってわけさ。結果は同じだからね」

「まァ、そりゃそうだ」

 

 エレノアがやれやれと困ったように肩をすくめると、サンジも納得の声を上げる。この一味があまりに海賊らしからぬため忘れそうになるが、世間一般的に見れば海賊は犯罪者である。

 

「…しかし、そのアラバスタの英雄が実はアラバスタを乗っ取ろうとしてるとは、みんな夢にも思ってねェんだろうなァ」

「〝世界政府〟公認の肩書は、それだけ強い力を持ってるんだよ。疑おうともしないんだから…」

「とにかく、おめェクロコダイルをよ!!! ブッ飛ばしたらいいんだろ!!?」

「結論を言えばね?」

 

 今からやる気を漲らせるルフィを適当にあしらい、エレノアは腕を組んで胡坐をかいているエドワードに目を向けた。

 

「そういえばエドくん、アルくん。バロックワークス内の力関係ってどうなってたの?」

「ん? ああ…」

 

 問われたエドワードがそう言えばという風に居住いを正す。

 バロックワークスに潜入していたのはビビだけではない。エドワードとアルフォンスも別ルートで一緒に調査していたのだ。

 

「Mr.0……クロコダイルが一番偉くて、そのパートナーがミス・オールサンデー。その下のメンバーは番号順に地位が高くて、同等の実力者同士で男女のパートナーを組んでんだよ。……でも確かMr.2は一人だったような」

「リトルガーデンで戦ったMr.5以上のペアは〝オフィサーエージェント〟って呼ばれてまして、有事の際にしか動かない実力者なんです。それ以下…つまりボクらの地位にいた人たちは〝フロンティアエージェント〟。平社員として資金集めをするのが仕事でした」

「そ~~か、じゃあ!!! クロコダイルをよ!!! ブッ飛ばしたらいいんだろ!!?」

「お前、絶対理解してねェだろ」

 

 先ほどから発言が空回りばかりしているルフィを放置し、極めて冷静なメンバーが顔を見合わせ合う。全員、考える作業は船長にはまったく不向きなのを分かっていた。

 

「――ってことは間違いなく、バロックワークス社最後の大仕事、アラバスタ王国の乗っ取りとなれば」

「ああ…残る〝オフィサーエージェント〟が全員終結することになる」

 

 真剣な表情でそう答えるエドワードに、数名が知らず知らずのうちにごくりと息を呑む。逆に闘志を漲らせている者もいるが、全体で見れば半分もいない。

 ふとその時、エレノアが訝しげな表情でエドワードとアルフォンスの方に視線を向けた。

 

「…………ところで気になってたんだけどさ」

「ん?」

「エドくん…いや、あの場合アルくんか。パートナーは誰だったの?」

 

 エレノアの質問に、エドワードとアルフォンスを除いた全員がハッと目を見開く。

 彼らの言う通りなら、フロンティアエージェントである彼らにも女性のパートナーが、つまり敵がもう一人いるはずだった。

 

「あ! そういえば…‼」

「ペアがいるって話だったな、お前‼」

「ミス・テューズデーはどうしたの⁉」

「ああ……あの人は…」

 

 一斉に問い詰められるエドワードだったが、その表情はあまりにも緊張感がない。忘れていた、という感想が全面に現れていた。

 

「………まァ、気にすんな」

「「「「「「いやいやいやいやいや」」」」」」

「とにかく大丈夫だ。心配するようなことにはならねェから」

「「「「「「おいおいおいおいおい!!!」」」」」」

 

 ヘラヘラと笑ってごまかすエドワードだが、一味としてはそうはいかない。不確定要素を抱えたまま敵に挑むなど恐ろしくて仕方がなく、ルフィでさえも待ったをかけていた。

 しかし質問した当のエレノアはエドワードの方を見て何事か考え、やがて引き下がった。

 

「……君がそう言うなら」

「オイいいのかよ、敵がまだほかにもいるんなら警戒したほうが…」

「まァ……10番のエージェントならここに来ることもないでしょ。平気へいき」

 

 一味でも慎重派なエレノアに気にするな、と気の抜けた態度で言われてしまったため、ナミたちも納得できずとも引き下がるほかにない。

 奇妙な緊張感が漂う中、急に表情を引き締めたエドワードが真剣な眼差しを全員に見せた。

 

「だが……問題が一つある」

 

 トーンの変わったエドワードの声に、一味はハッと意識を切り替える。

 隣に座るアルフォンスも、表情こそ読み取れないもののかなりの緊張が感じ取れて、非常に重要な情報であることが伝わった。

 

「王女さん………あんたはまだ知らねェかもしれねェが、実はごく最近ある一組のペアがオフィサーエージェントに加わることになった」

「え……!!?」

 

 初耳だ、といわんばかりにビビが目を見開き、どういうことかと問い詰めるようにエドワードの方に身を乗り出す。

 オフィサーエージェントということは、少なくともエドワード達よりもはるか上に位置する実力者。かなり警戒しなければならない相手ということだ。

 

「で、でもそれなら私達のナンバーにも変化が……!!!」

「そう…そのあまりの強さゆえに、M()r().()()()()()()()ナンバーを下げなきゃならないほどの実力者だ」

「ミ…Mr.1って………クロコダイルの次に強いやつって事だろ!!? そいつらよりも強いってのかよ!!?」

「確かな情報だ………聞きゃあそいつらは、自らバロックワークスに売り込み、何千万の賞金首をいくつもみやげにすることで実力を示したとんでもねェ強者だってことだ………!!! それまでそんな奴らが裏の業界にいたなんて話はなかったってのに…たった数ヵ月で頭角を現したやべェ奴らだ…」

 

 エドワードのもたらした情報に、ナミとウソップ、チョッパー、カルーが顔を引きつらせてごくりとつばを飲み込む。

 好戦的な笑みを浮かべていたルフィやゾロ、サンジも、さすがに警戒したように険しい表情を浮かべていた。

 

「そいつらこそが謎多きエージェント………〝Mr.0.5(ハーフワン)〟と〝ミス・リープデイ〟!!!」

 

 エレノアの鋭い視線を受けながら、エドワードは冷や汗をかきながら引き攣った笑みを浮かべる。

 彼の知った新たな敵に関する情報がどれほど恐ろしいものなのか、それだけで十二分に伝わってきた。

 

「覚悟しておけ、お前ら……じかに目にしたわけじゃねェがこいつら、マジで化け物らしいぜ」

 

 

 とある港町に、人々の悲鳴が響き渡る。

 アラバスタの沿岸に存在する『ナノハナ』は今、海賊に襲われていた。

 

「ごらんなさい、グラトニー。人間はどうしようもなく愚かだわ」

「おろかおろか」

「私達が介入しなくても、あの男ならきっと自分でここまでの惨劇を作り出せた。まったくもって度し難いわ、人間って」

 

 あちこちで血が流れ、怒号と悲鳴が木霊する惨状の中で、その男女は別世界のような優雅な時を過ごしていた。

 艶やかに波打つ長い黒髪の、眼帯をした長身の美女と、まるでボールのような肥満体型の男。あまりに不釣り合いな二人が、惨劇を前に平然とした顔をしていた。

 

「流血は流血を、憎悪は憎悪をよび、ふくれ上がった強大なエネルギーはこの地に根を下ろし血の紋を刻む…何度くり返しても学ぶ事を知らない。人間は愚かで悲しい生き物だわ」

 

 ゾッとするほどに美しい顔立ちの女はそう呟くと、その口元に艶やかな笑みを浮かべる。豊満ながら引き締まった見事な肢体の彼女がそんな笑みを浮かべるため、常人ならば正気を失くしそうな蠱惑的な魅力を醸し出していた。

 

「まァ…だから私達の思うツボなんだけどね」

「つぼつぼー」

「おい、そこで何をやってる‼」

 

 すると、悲鳴の中でも顔色一つ変えない二人に気づいた海賊の一人が、どすどすと荒々しい歩調で近寄ってきた。

 優雅に過ごしていた女がピクリとこめかみを動かすと、それに気づいた男も不機嫌そうになり、刃を突き付けてきた海賊を睨み始めた。

 

「この状況で余裕かましやがって……ちっとは人質らしくしねェかこのクソアマ……」

 

 歯牙にもかけていないような態度が気に入らなかったのか、口汚く女を罵ろうとした海賊の男。

 だが、大きな黒い影が彼に襲い掛かり、耳障りな声がぶつりと途切れた。

 

「食べちゃダメだってば、おバカさん」

 

 困り顔で、そう男に告げる女。

 そのすぐそばでは、ぼきぼきブチブチと耳をふさぎたくなるような恐ろしい音が鳴り響いていた。

 

 

「バルド、港の連中からの連絡が途絶えた」

 

 町の中心、町の運営を行う町長の職場にて、一人の眼帯の大男が部下からの報告に眉を寄せた。

 ナノハナを占拠した海賊、バルドは電伝虫による情報網を作っていたが、その一部が繋がらなくなったらしい。

 

「どういうことだ?」

「…だれか歯向かう気でいやがる」

「バカな! 兵士は反乱軍の相手でそうそう向かって来れねェし、外部の連絡手段もおさえてある。住民が助けを呼べるはずは…仲間が裏切りを?」

「まさか!」

「…フン、しょせんはクズの寄せ集めだな……不測の事態が起こるとすぐに崩れる」

 

 不測の事態にざわめき始めた時、部屋の隅で椅子に縛り付けられていた初老の男が吐き捨てた。

 ナノハナの町長を務める彼は、一度起こった異変に右往左往する彼らを見下すように睨み、不敵な笑みを浮かべる。

 

「そうそう貴様らの思い通りにはならんということだ。今のうちに降伏することを考えておけ。この国にはあの方が………」

 

 不遜な態度で優位性を示そうとした彼だが、次の瞬間破裂音と共に彼の耳が吹き飛ばされる。

 突如襲い掛かった激痛に、町長は椅子ごと倒れてその場を転げ回った。

 

「うあああああああ!!!」

「ムダ口たたくんじゃねェ。次は尻の穴増やすぞ」

 

 ガシャン、とバルドは自身の銃器を搭載した機械鎧(オートメイル)を鳴らし、町長を冷たく見据える。

 その目に、殺人を厭う様子は微塵も感じられない。次は確実に本気でやりかねなかった。

 

「さっさとそのネズミ片付けて来い」

 

 バルドが部下に告げ、何人かが武器を手に部屋を出て行ったちょうどその時、

 机の上に置かれていた電伝虫に通信が入り、電伝虫が顔マネをしながら音声を発し始めた。

 だがそれは、望んでいた声とはまるで異なっていた。

 

『助けてくれ、化け物が仲間を食っ…』

「化け物!!? 何を寝惚けて…」

『あっ…ぎゃああああああああ!!!!』

 

 恐怖に引き攣った顔で、ボロボロと涙を流しながら叫ぶ電伝虫。

 それが顔マネをする場ではいったいどのような惨劇が起こっているのか、悲鳴だけではなく肉を引き裂きすり潰すような悍ましい音が聞こえてきていた。

 さすがに表情を変えて硬直するバルド。そこに、先ほど出て行った部下の一人が慌てた様子で駆け込んできた。

 

「バルド‼ ネズミどころじゃねェ!!! なんかよくわからんがとんでもねー奴がこの町に…!!!」

 

 驚愕と焦燥で冷静さを失った様子の部下は、急に白目を剥いてその場に倒れ込んだ。

 すると、おびただしい鮮血が噴き出す彼の後ろから、見覚えのない一人の美女が姿を見せた。

 

「な……何だてめェ…!!!」

 

 バルドは目を見開いて後退るも、何とか高圧的な態度を保ったまま銃器を向ける。

 正体不明の女は町長室の唯一の出口にいるため、一度場所を変えることもできず、逃げ場が無くなって不安にさいなまれていた。

 

「何だってんだこのクソアマがァああああ!!!!」

「うるさい男はキライよ」

 

 状況の異様さと恐怖感から、早々に敵と見定めたバルドが引き金を引きかける。

 だがそれよりも速く、女はバルドに向かって自分の腕を軽く振っていた。

 

「〝黎明の腕〟」

 

 その瞬間、バルドの機械鎧(オートメイル)は鋭利な刃物で切断されたようにキレイにバラバラになり、バルド自身も全身を切り裂かれる。

 何が起こったのかもわからないまま、バルドは悲鳴一つ残せず、その場に崩れ落ちた。

 

「あ……あなたは…一体……!!?」

 

 町長は椅子に縛られたまま、突然現れた美女を凝視して問いかける。

 女は無言で町長のもとに近寄り、小さく指を振る。すると町長を縛り付けていた縄がはらりと切られ、女は自由になった町長に優しい微笑みを見せた。

 

「………お礼なら〝砂漠の王〟に。私達はただの使いよ」

 

 町長はその笑顔に、見る見るうちに歓喜の表情を浮かべていく。

 今やアラバスタの新たな守護神のように扱われる英雄・クロコダイル。その使いであるという彼女が、悪人のはずなどなかった。

 

「クロコダイル!!! クロコダイル!!!」

 

 大量の宝物が入った袋を担ぎ、称賛の声もまともに受け取らずに町を後にする男女。

 その背中に、町の人々はまるで天の使いを見るような心酔した声を上げ続けるのだった。




リープデイ(Leap day)は『閏日』ってことらしいです。
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