ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第84話〝炎の男〟

『ナノハナ』のとある一軒の飯屋で、その事件は起こった。

 席の一つに腰かけカウンターの上に突っ伏した男を、客たちが遠巻きに見つめている。その視線は、哀れなものを見るような物であり、同時に恐ろしげなものを見るようであった。

 

「店主と会話してる途中で突然死んじまったらしい」

「こいつは旅の男だ…旅路で知らずに〝砂漠のイチゴ〟を口にしたんじゃねェかとみんな言ってるよ」

「〝砂漠のイチゴ〟?」

「赤いイチゴの実の様な姿をした毒グモだ。間違って口に入れちまったら数日後に突然死ぬ。そしてその死体には数時間、感染型の毒がめぐる。だから誰も近づけずにいるんだ…砂漠じゃ知らねェことは命取りになる」

 

 ひそひそと語りながら、客の一人が男を気の毒そうに見る。

 食事中に急死したために、顔が飯の中につっこんでしまっている。最期としてはあんまりな姿だ。

 

「見ろ、肉を持ち上げた瞬間の手。そのまま固まっちまって…いかに〝砂漠のイチゴ〟の毒が強力かを物語ってる……!!!」

 

 可哀想だとは思うが、ここは飯屋。このまま毒の塊となっている彼を放置していては店の運営にもかかわる。

 どうしたものか、と遠巻きに店主が考え込んでいた時だった。

 

「ぶほ!!?」

「うわ‼ 生き返った!!!」

 

 突如、突っ伏していた男が飯を吐きながら体を起こしたのだ。

 てっきり死んでいるものと思っていたのに、突然息を吹き返したため、周りの客たちは安堵より先に驚愕が勝っていた。

 

「ん?」

「だ…大丈夫?」

「ん」

「きゃああ!!!」

 

 何事か、と辺りを見渡す男に女性客が話しかけると、あろうことか男は女性客のスカートで汚れた顔をぬぐい始める。

 ようやく落ち着いた男は、食事を再開しながら困り顔でため息をついた。

 

「ふう…いや~~まいった…寝てた」

「「「「寝てたァ!!?」」」」

「しかし何の騒ぎだいこりゃ」

「「「「おめェの心配して騒いでたんだよ!!!」」」」

 

 本人としては普通に食事を楽しんでいたらしい。騒がしい店内に少々迷惑そうにしていた。

 

「この店はコント集団を雇ってんのかい?」

「いや…そうじゃねェが。まァ…無事ならよかった」

 

 自分が事の発端とは全く思っていないようで、男は呆れた視線をまわりの客に向ける。

 ホッと店主が安堵するのもつかの間、男はまたしても糸が切れたように皿に突っ伏し、いびきをかき始めた。

 

「「「「「うをいっ!!!」」」」」

 

 男が無自覚のボケを連発し、客たちが全員でツッコミを入れる。これこそコントの様であった。

 一度食事を中断した男は、思い出したように懐から二枚の紙を取り出し、店主に話しかけた。

 

「ところでおやっさん。こんな奴らが、この町に来なかったか? 羽生やしたキレーな……」

「よくもぬけぬけと大衆の面前でメシが食べられるもんだな」

 

 もはや驚くまい、とうんざりした顔になる店主が答えようとした時、また別の声が男にかけられる。

 振り向いた客たちは、そこに立っていた葉巻を咥えた男―――スモーカー大佐に驚愕の目を向け、ザザッと後ずさった。

 

「〝白ひげ海賊団〟の二番隊隊長がこの国に何の用だ。〝ポートガス・D・エース〟」

「し…〝白ひげ〟!!? 海賊〝白ひげ〟の一味か…!!?」

「そういやあいつの刺青(マーク)見たことあるぞ」

「なんでこんなとこに…!!?」

 

 スモーカーからもたらされた情報に、客たちは今度は戦慄の表情を話題の男に向ける。

 名指しされた男、エースはスモーカーに大胆不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「………ある女と弟をね、探してんだ」

 

 海兵の実力者に睨まれても、エースの顔から余裕は消えない。

 そんな彼に、もう一つ好戦的な声が声がかけられた。

 

「こんなところで会えるとは、今日の私はかなり運がいい…」

 

 コツコツと靴音を鳴らし、純白の外套を羽織った黒髪の優男がエースの方へ近づいていく。その手にはめられるのは、奇妙な円陣の描かれた白い手袋だった。

 

「お前の()と私の()……どちらがより熱いか、ためすとしようか?」

「それが嫌なら、大人しく捕まるんだな」

「却下。そりゃゴメンだ」

 

 小馬鹿にするような態度でエースは椅子の上で足を組み、二人の海兵を挑発する。

 激昂こそしないが、二人の海兵は明らかにエースの対する戦意を高めつつあった。

 

「…おれァ今別の海賊を探してるとこだ。お前の首なんかにゃ興味ねェんだがな…」

「じゃ、見逃してくれ」

「そうもいかない」

「おれ達が海兵で、お前が海賊である限りな…‼」

「つまらねェ理由だァ…楽しくいこうぜ」

 

 拳を構えるスモーカーと、指を鳴らす動作を見せる優男、そしてとくに構える様子のないエース。

 まさか自分の店で戦うのか、とハラハラし始める店主をよそに、場の緊張感が高まり始めたその時だった。

 

「ロケットォー!!!」

「ぐあァ!!!」

「を!!?」

 

 突如、スモーカーの背中に何かが激突する。

 スモーカーはそのまま吹き飛ばされ、唖然としたままの優男を放置し、エースを巻き込んで店の奥へとつっこんで行った。

 

「うは――っ!!! メシ屋だ!!! ハラへったー!!!」

「あーもう……すみません、うちのものが。弁償させていただきますので…」

「おっさん、メシメシメシ!!!」

「あ、ああ……いや、多分危ないから逃げた方がいいと思うよ?」

 

 乱入してた麦わら帽の青年は、自分が何をしたかもわかっていないようでナイフとフォークを持ってっ店主を催促する。

 ペコペコ頭を下げるローブをかぶった少女に困惑しながら、店主は言われた通りに調理を始めた。

 

「…んのヤローが、どこのどいつだ…‼ あ、どうも、お食事中失礼しました」

 

 一方、いきなりふっ飛ばされたエースは怒りをこらえて立ち上がり、破壊してしまった民家に頭を下げて歩き出す。

 だが、一言文句でも言ってやろうと飯屋に戻った時、エースの目は驚愕と歓喜で大きく見開かれていた。

 

「おい‼ ル………」

「麦わらァア!!!!」

「ウゲ!!!」

 

 声をかけようとした瞬間、復活したスモーカーがエースを押しのけて怒鳴りつける。

 食事を堪能している途中で呼ばれたルフィは、睨みつけてくるスモーカーを不思議そうに凝視していた。

 

「やっぱり来たか、この国へ……食うのをやめろ!!!」

「やっべ…」

 

 隣でエレノアが引き攣った声を出すと、ルフィも次第に思い出してくる。

 一度しか会っていないうえ、視界も悪かったためにあまりよく思い出せないが、格好と声には確かに覚えがあった。

 

ばもぼいもめうい(あの時のケムリ)!!! なんべぱんべもばぴぴ(何でこんな所に)!!!」

 

 口に含んだ食べ物をブッと吐き出しながら、ルフィは驚愕の声を上げる。

 ルフィはすぐさま出された料理をかき集め、口の中に放り込んで走り出した。

 

「も――ああ~~おむ~~《どうもごちそうさまでした》!!!」

「待てェ!!!」

「む! まさか妖術師(ウィザード)か⁉」

「ごめんなさ―――い!!!」

 

 スモーカーがルフィを追い、放置されていた優男がエレノアに気づいて振り向くと、エレノアも急いでルフィに続く。

 店主が「お代…」と呟くのも無視し、海賊と海兵の大捕物が開始された。

 

「あんたって子は‼ どうしてこうもトラブルばっかひっさげて戻ってくるのかな!!?」

まうばっぱぺぱ(悪かったってば)!!! ん~~~みいゴクン…ぽう(とりあえず逃げるしかねェや)‼」

「いや何て言ってんのよ!!?」

 

 そもそもの始まりといえば、島に着いた瞬間ルフィが飯屋を求めて全力疾走を始めたためであった。相変わらず欲望に忠実な船長に呆れながら、エレノアは心の内でビビたちに謝るほかになかった。

 

「たしぎィ!!!」

「は‼ はいっ!!! なんでしょうかスモーカーさん‼ タ‼ タオルですか⁉ 暑いですよね、この国…」

「そいつらを抑えろ、〝麦わら〟と〝妖術師(ウィザード)〟だァ‼」

「麦わらっ!!? し…仕留め……‼」

「邪魔ァ!!!」

「きゃあ!!!」

 

 立ちはだかろうとしたたしぎだが、エレノアに蹴り飛ばされ、ルフィの曲芸のような動きであっさり突破されてしまう。

 

「たしぎ‼ 海兵どもを緊急招集!!! 町をくまなく回って〝一味〟を探せ!!!」

「はいっ!!!」

「ではいい加減……私も本気を出すとしようか」

 

 周りが慌ただしくなっていく中、ルフィたちの動きを見ていた優男が動く。

 手袋をはめたまま指を鳴らすと火花が散り、あっという間に凄まじい業火が生み出された。

 

「こういう空気の乾燥とチリに満ちた空間は……私にとって絶好の戦場だ」

「ヤバイ…………あれはマスタング大佐‼〝焔〟の錬金術師だ!!!」

 

 背後で広がる炎の気配に気づいたエレノアが、目を見開いて頬を引きつらせる。

 マスタングの前方に集まった焔は見る見るうちに太い焔の槍を生み出し、エレノアとルフィに向けて勢いよく放たれた。

 

火憐(レディ・クロエ)〟!!!

 

 大気をも焼く業火の槍が、ルフィたちに襲い掛かる。

 エレノアはいったん立ち止まり、パンと掌を打ち合わせて地面をたたくと、瞬く間に土の壁が創造されて焔の槍を受け止める。

 だがあまりの威力に、分厚い壁は一撃で粉々に破壊されてしまっていた。

 

「やはり一筋縄ではいかんか…」

「では我輩の〝芸術〟がお相手しようか」

 

 やや不服気にマスタングが呟くと、その背後からまた別の声が響く。

 これにはマスタングも驚きの表情を浮かべ、我に返ると慌てて横に飛びのいていた。

 

「ぬうううあああああああ!!!」

 

 突然現れた、見上げるほどの巨体を持つ豪傑が、雄叫びとともに奇妙な模様の刻まれたナックルダスターを振りかぶった。

 

「見よ、これぞ我がアームストロング家に伝わりし秘技!!!金剛不壊(アイアン・バイセップス)〟!!!!

 

 青い閃光が走り、土がまるで生き物のように蠢いて無数の巨腕となる。

 ギョッと目を見開いたエレノアは、決死の形相になりながら迫りくる土の塊を全力でかいくぐる。

 地形をも変える大技を放った豪傑は、不敵な笑みとともにエレノアを見やった。

 

「フフフ……これも避けるか」

「ちょっと少佐ァ‼ 街壊さないでくださいよ!!!」

「何を言う!!!」

 

 集まってきた海兵たちのうち、金髪の男性と顔にほくろのある女性が咎めるように叫ぶが、豪傑は全く反省するそぶりを見せない。

 

「破壊の裏に創造あり‼︎ 創造の裏に破壊あり‼︎ 破壊と創造は表裏一体!!『壊し』て『創る』‼ これ大宇宙の法則なり!!!」

 

 軍服の上を脱ぎ捨て、鍛え上げられた見事な肉体美を見せつける豪傑に、上司や部下からは呆れた視線が向けられる。

 

「なぜ脱ぐ」

「て言うかなんて無茶苦茶な錬金術……」 

 

 がっくりと肩を落とす海兵たちは、とんでもない爪痕が残る『ナノハナ』の町に目を向けてため息をつく。これでもまだ、〝妖術師(ウィザード)〟を相手にしてマシな被害であるというのだから。

 

「〝豪腕〟の錬金術師、アームストロング少佐まで……! こりゃちょっと厄介だな」

 

 冷や汗をかきながら、エレノアは未だ向けられている敵意に辟易していた。

 

 

 騒ぎは、仲間達の方にも聞こえていた。

 はるか遠くから聞こえてくる怒号と悲鳴、それらが徐々に、近くなってきているのだ。

 

「何?」

「海軍だ。何でこの町に……⁉」

「…しかもえらい騒ぎ様だぜ…海賊でも現れたか」

 

 敵に潜入を気取られないために、住民の格好(ナミとビビはサンジの独断でセクシーな踊り子)に変装した一味だが、海軍が近くにいるとなれば厄介なことになる。

 一体だれを追っているのか、友の影から覗き込んでみれば、見覚えのある麦わら帽が走り回っているのが見えた。

 

((((((((お前か―――っ))))))))

 

 思わずがくーっとずっこけてしまうゾロたち。

 それに気づいたルフィは、あろうことか満面の笑みで方向転換してきた。

 

「よう‼ ゾロ!!!」

「なにィ――っ!!!」

「麦わらの一味がいたぞォ!!!」

「バカ‼ てめェ一人でマいて来い!!!」

「お! みんないるなー‼」

「あなたやっぱなんもわかってないじゃないですか!!!」

「何してんだよ保護者!!!」

「ごめんね!!? ほんとにみんなごめんね!!!」

 

 半泣きで一緒に向かってくるエレノアが、非常に憐れでこっちも涙が出てくる。

 やむなくメリー号に戻るために走り出す一味だが、それよりも先にスモーカーが動いた。

 

「お前達下がってろ‼ 逃がすかっ!!!〝ホワイトブロー〟!!!」

 

 普通の人間には避けられない、触れない煙の拳がルフィを捕えようと迫る。

 自分が逃げるだけでも精一杯なエレノアが蹴り飛ばそうとした時、彼女の目の前に割り込む人影があった。

 

〝陽炎〟!!!

 

 赤々と燃える炎が、壁のように広がってスモーカーの拳を受け止める。

 不発に終わったスモーカーは、そして他の海兵たちは目を見開き、すぐにその人物に対する警戒を高めた。

 

「……………!!? てめェか」

「やめときな。お前は〝煙〟だろうがおれは〝火〟だ。おれとお前の能力じゃ勝負はつかねェよ」

 

 小馬鹿にするように笑う男の身体は燃えている。否、灼熱の炎となっている。

 その背に庇われるエレノアとルフィの表情も、男の登場に対する驚愕で固まっていた。

 

「誰なの……⁉ あれ」

「エース……⁉」

「変わらねェな。ルフィ、エレノア。とにかくコレじゃ話もできねェ。後で追うからお前ら逃げろ。こいつらはおれが止めといてやる。行けっ!!!」

 

 信じられない、といった様子で名を呼ばれたエースは、自身も喜ばしそうに笑みで返す。

 そしてすぐに、じりじりと包囲してくる海兵たちを睨み、真っ赤に燃える拳を構えた。

 

「行くぞっ‼」

「え⁉ なに、あいつ誰なの⁉」

 

 迷うことなく応じたルフィに戸惑いながらも、ナミたちは好機とばかりに急いで走り出す。

 海兵たちは追おうとするが、立ちはだかるエースとその隣に立ったエレノアを前に踏み出せなくなっていた。

 

「エース一人でこいつら相手にする気? …私にもやらせなよ」

「エレノア…リハビリは足りてんのか?」

「私を誰だと思ってんの? あれなら十分なくらいさ」

「ならいい…‼」

 

 先ほどの引き攣った表情とは打って変わり、頼もし気に笑みを浮かべ大人の姿に変わるエレノアに、エースは満足げに頷く。

 パチン、とエレノアが指を鳴らすと、エースの物とよく似た炎が煌々と燃え上がった。

 

「久しぶりに、一緒に暴れようか!!!」

 

 二人の放つ炎によって、砂漠の王国の気温がさらに数度上昇する。

 海兵たちはその光景に、戦慄と焦燥の表情を浮かべて後退った。

 

「ウソだろおい…‼〝妖術師(ウィザード)〟だけじゃなくて何で〝火拳〟まで…!!?」

「ひるむな‼ こっちには大佐たちがいるんだ…数ではこちらが勝っている!!!」

 

 怖気付く部下を怒鳴りつけ、上官らしき海兵が銃を構える。

 噂こそ知っているものの、海兵の中でもかなり上の実力者である大佐と少佐がいる以上、敗北はまずないと高をくくっていた。

 

「海賊どもを討ち取れェ!!!」

 

 吠えるような号令とともに、海兵たちが一斉にエースとエレノアに向かって突撃する。

 男女の海賊はそんな彼らに、全く崩れない余裕の笑みを浮かべていた。

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