ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第86話〝砂漠の王国〟

「さァあんた達!!! ぼーっと突っ立ってないでさっさと働きなさい!!!」

 

 突然やる気を漲らせるナミが裁縫道具を持ちながら、いまだ衝撃から立ち直っていない男性陣を鼓舞する。その頬はまだ赤かった。

 

「なんだ、お前ら変に生き生きしてんな」

「何でかしらね…‼ さっきから妙に元気なのよ」

「まだ顔があつい……」

 

 海賊に襲われ、少女らしい時間を過ごすことのなかったナミ。王女としてそういった話題には疎かったビビ。

 そんな二人が身近な女性から(無理矢理)聞き出した話は、少々刺激が強かったらしい。

 

「ところでお前、兄貴からいったい何受け取ったんだよ」

「さー、わかんねェ。紙きれだ」

 

 足元でうつぶせになり、沈黙しているエレノアを放置し、ルフィは不思議そうにナミの手元を見やる。

 いったん貸した麦わら帽のリボンに、エースからもらった紙を縫いつけてもらっているのだ。

 

「本当に紙きれだな。メモでもあるわけでじゃなし」

「何なんだろうな」

「ああ、わかんねェけどエースが持ってろって言うんだから持ってるんだ、おれは‼ だからしっかり縫いつけてくれよ‼」

「リボンの裏にね…わかった」

 

 一度、バギーに破られた麦わらを補強してくれたナミにとって、その程度のことは造作もない。そう時間もかからず、ナミは作業を終えて麦わら帽をルフィに返した。

 

「はい、どうぞ」

「おお、ありがとうナミ! ここなら安心だ。絶対なくさねェもんな」

「なくさねェ意味あんのか?」

「……あるから渡したんだよ」

 

 不思議そうに首をかしげるウソップに、やっと回復してきたエレノアがしんどそうにぼそりと呟く。が、まともに聞いている者はほぼいなかった。

 

「ルフィさん、これを着て!」

 

 しばらくすると、船室に引っ込んでいたビビが人数分のローブを持って戻ってきた。

 

「え⁉ 何でだよ。暑いじゃねェか」

「暑いから着るんだよ。砂漠じゃ日中50℃を越えるから、肌を出してると火傷すんの」

「何で。おめェら涼しそうじゃん」

「私達だって上から、ちゃんと着るわよ」

「え――――――――――――っ!!! 着ちゃうのォオオ!!!?」

「あんたは女好きなのかただエロいだけなのかどっちよ!!? 火傷するっつってんでしょうが!!!」

「そうか、しょうがねェな」

 

 せっかくセクシーな衣装を選んだサンジが号泣し、エレノアは額に青筋を立てて怒鳴りつける。無論、彼女もいつものローブをかぶって準備を終えていた。

 その時、船の進路を見ていたチョッパーがぎょっとした声を上げた。

 

「ああっ‼ あれっ? 島の端っこに出ちゃったぞ⁇」

「ん? ああ、違う違う。ここは島の端じゃなくてサンドラ河の河岸。向こうにうっすら対岸が見えるでしょ?」

「あ、ホントだ」

 

 エレノアが指さした方向を見て、チョッパーはほっと安堵する。

 ビビはそれを見て、改めて目的地を説明するために、一緒に持ってきた地図を広げて見せた。

 

「目的地はここ‼『ユバ』という町。サンドラ河を抜けてこの町を目指すわ‼」

「そして〝ユバ〟には反乱軍のリーダーがいるってわけか」

「そいつをブッ飛ばしたらいいんだな!!?」

「やめて!!!?」

 

 拳を構えるルフィにビビがすかさずツッコむ。さっきからこの男は、暴れることしか考えていないのではないだろうかと不安になった。

 

「反乱軍は説得するの。もう二度と血を流してほしくないから…!」

「〝70万人〟の反乱軍をだぜ? 止まるか?」

「………止まるか…ですって…?」

 

 ゾロの指摘に、ビビはピクリと反応し視線を強める。

 確かに、人から見れば無謀にしか思えない考えかもしれない。だからといってビビは、止まるつもりはさらさらなかった。

 

「…ここから〝ユバ〟への旅路で全てわかるわ…バロックワークスという組織が…この国に一体何をしたのか……‼ アラバスタの国民が一体どんな目にあっているのか…‼」

 

 旅の道中であっても伝えきれなかった、故郷が受けてきた悲劇の数々が彼女の脳裏に蘇る。それが王女ビビビ、怒りという名の活力を与えていた。

 

「止めるわよ………!!! こんな無意味な暴動…!!! …もう、この国をバロックワークス(あいつら)の好きにはさせないっ!!!」

「ビビ………」

 

 悲痛な叫びに、その姿をすぐそばで見てきたナミが言葉を失う。

 どんなに危険な目に遭っても、死にかけても、この少女は故郷のことばかりを気にかけてきた。その意志は、ルフィたちにも痛いほどに伝わっていた。

 

「よし! わかったビビ‼ 行こう‼」

「ならば我輩も同行させてもらおうか」

 

 闘志をたぎらせ、一刻も早く目的日に向かおうとしたルフィたちのもとに、聞き覚えのない声が割って入る。

 固まった彼らは、メリー号の後方からゆらりと姿を現す巨漢を目の当たりにし、全員で絶句してしまっていた。

 

「………詳しい話を…聞かせてもらおうか。〝麦わらの一味〟…!!!」

「しょ………少佐……!!!」

 

 眩く輝く頭皮、見上げるほどの鍛え上げられた巨体、そして術式の刻まれたナックルダスター。

『ナノハナ』で大暴れしたもう一人の錬金術師の登場に、若き海賊達は戦慄の表情を浮かべていた。

 

 

 が、想像していたような展開は起こらなかった。

 

 

「なんたる悲劇!!! 国を救う英雄が…実は国を脅かす悪魔だったという真実!!! そしてただ一人その真実を知り、幼い頃からの護衛を犠牲にしながらも、懸命に国を救おうとする健気な王女!!!」

 

 ビビやエドワードから話を聞いたアームストロングが、滂沱のごとく涙を流してギリギリと拳を握りしめながら身を震わせる。その壮絶な姿に、一味は全員警戒とは別の理由で一歩距離をとっていた。

 

「我輩感動!!!!」

「おっと」

「ぎゃあああああ!!!」

 

 感涙のあまり抱きしめようと突進してきたが、とっさにエレノアがビビの肩を引いて救出する。代わりにエドワードとウソップが剛力の犠牲となっていた。

 

「こ…こいつ、さっき海兵たちと一緒にいた…」

「そう…国家資格を持つ〝剛腕〟の錬金術師アームストロング・ルイ・アレックス少佐。…まさかつけられてたとは」

「我がアームストロング家に伝わる追跡術である‼ …そんなことよりも、だ」

 

 全身の骨がバキバキにされてぐったりしているエドワードとウソップを置き、アームストロングはいったん涙を止める。

 そしてビビの前で跪き、深々と頭を下げて謝意を表した。

 

「ネフェルタリ・ビビ様……不甲斐なくもそのような悪魔に〝七武海〟の称号を与え、放置していた我々世界政府に代わり、謝罪させていただきたい…‼ 本当に…申し訳ない…!!!」

「ア…アームストロングさん…!!! 顔を上げてください‼」

「いや!!! 願わくばこの罪、貴殿と共にアラバスタを救う手助けをすることで拭いたい…‼ どうか…同行を許可していただきたい…!!!」

「おいおい‼ まさかあんたもついてくるつもりかよ!!? おれ達海賊だぞ!!?」

 

 勝手な希望にサンジが待ったをかける。

 ビビやエルリック兄弟がいるとはいえ、海賊の一味の話を信用するなど人が好過ぎるのではないかと、どうにも疑ってしまっていた。

 アームストロングはそれに対し、険しい表情で首を横に振った。

 

「確かに海賊は…世界政府の立場からいえば捕えなければならぬ敵………しかし!!! このようなだまし討ちで拿捕するような真似は、我輩の美学に大いに反する!!! ……頼む。我輩にも共に戦わせてくれ」

「おう。いいぞ」

「おいルフィ!!?」

 

 自分が海賊だということを忘れてはいないかと、能天気に応じるルフィにゾロがツッコむ。

 話にならないと、今度はバツが悪そうな様子のエドワードに振り向いた。

 

「おいエド‼」

「あー…悪ィ。だがまァ……少佐なら大丈夫だと思うぞ」

「軍人にあるまじきレベルのお人好しだからねー」

 

 本来政府側の人間である兄弟は、アームストロングの人柄をよく知っているのか困り顔で肩をすくめる。

 アームストロングはさらにやる気を見せ、ビシッとアラバスタを指さして目を輝かせた。

 

「さァ!!! いくぞ若者たちよ!!! 正義のため‼ 友情のため!!! 無辜の民の血が流れる事態を防ぐのだ!!!」

「おお―――っ!!!」

 

 いつの間にかアームストロングのやる気に触発され、あるいはやけくそになったルフィたちが一緒に騒ぎ始める。

 その暑苦しさに、ナミは思わず頭を抱えていた。

 

「……頭痛いわ」

「はは…」

 

 ビビやエレノアが苦笑し、一気に仲を深めていく男たちに呆れた目を向ける。

 そんな中、エレノアは一人目的地を見やり、深いため息をついていた。

 

「しかし………よりによって〝ユバ〟かァ」

 

 

「ついたぞ!!!『ユバ』!!! いや――なんもねェな、ここはっ‼」

 

 数時間の航海の後、一行は再び陸地に降り立つ。

 しかしそこは『ナノハナ』とは打って変わって、人の気配が一切感じられない廃墟の様相を晒していた。

 

「リーダーを探すか‼ どの辺にいるんだ⁉」

「違うのルフィさん。ここは、まだユバじゃないわ」

「ここは『緑の街エルマル』。ユバにはあと半日は北西に向かって進まないと」

「半日も!!?」

「緑の街? 緑なんかどこにもねェぞ⁉」

「…ええ、今はね……!」

 

 振り向いたルフィの指摘にビビは悲痛な表情を、エレノアやエドワードらは苛立った態度を見せる。

 そんな四人を訝しげに見ていると、海岸付近にいたウソップが突然声を上げた。

 

「うお――っ何だこりゃあ、カメか⁉ アザラシか⁉」

 

 ざばっと飛沫を上げて陸地に上がってきた、甲羅を背負った奇妙な生物にウソップは後ずさる。

 

「あっ、クンフージュゴン!」

「クンフー⁉」

「やめとけウソップ。近づくと危ねェぞ」

 

 クンフーと聞いて思わず構えるウソップを慌てて止めようとしたが、すでに遅かった。

 次の瞬間には彼は、ボコボコにされて地面に転がされていた。

 

「強ェから」

「ハウッ!!!」

「敗けんな」

 

 見るからに水棲の生物に、陸地であっという間にのされたウソップの情けなさに、ゾロが思わず呆れた声を上げる。クンフージュゴンもやや物足りなさそうにしていた。

 ふとその横を見れば、下したクンフージュゴンの前でうおーっと勝ち鬨を上げたルフィがいた。

 

「あっちで勝ってるヤツいるけど」

「勝ってもダメだよ。勝負に敗けたら弟子入りするのがクンフージュゴンの掟らしいから」

「武闘派だな」

「素晴らしい精神の生物であるな‼」

 

 ぺこりとルフィに頭を下げるクンフージュゴンに、アームストロングが感嘆の声を上げる。

 が、それだけで終わらないのがルフィだった。

 

「「「「クオッ‼」」」」

「違う、構えはこうだ‼」

「弟子増えてるわよ!!?」

「そしてこうである!!!」

「やめろヒゲ!!!」

 

 何十匹ものクンフージュゴンに教えを授けるルフィにビビが叫ぶ。なぜかそこに、上半身裸になったアームストロングが加わっていて、収拾がつかなくなっていた。

 

 数分後、メリー号を止めた岬では、食糧を咥えたクンフージュゴンの群れが泣きながらハンカチを振っていた。

 

「さァ行くか、ユバへ‼」

「うむ‼」

「お前らのせいでずいぶん食糧減ったぞ‼」

「チョッパーとエレノアが説得してくれなかったらえらいことになってたのよ⁉」

「うん…『お供するっス』ってずっと言ってた」

「食糧で手を引いたけどね」

 

 義理堅いのか薄情なのか、よくわからない武闘派精神の連中にエレノアとチョッパーが呆れた声をこぼす。

 良かれと思ってやったルフィは、一方的な言われように唇を尖らせた。

 

「連れて行きゃいいだろ」

「あんな大所帯じゃどこの町へも入れなくなるじゃない‼ ばかねっ」

「ていうか海の生き物に砂漠を進ませる気か」

「海? あいつらがいたのは河じゃなかったか?」

「……ううん。海よ」

 

 ビビは語る。かつては栄華を誇ったサンドラ河も、昨今はその勢いを失い海に侵食されつつあると。

 

「…じゃあ、さっきジュゴン達のいた辺りの河の水は…」

「海水よ。飲み水にも畑にも使えない水」

「それで枯れたのか? この町は…」

「いや…まれに降る雨水を確実に貯えて何とか保ってたって聞くよ。私が前にいた時は、この辺りは緑がいっぱいの活気ある町だった」

「ここがねェ…」

 

 ゾロがあたりを見てみれば、人骨や瓦礫が残る哀れな景色ばかりで、ビビが言うような栄えた光景など想像できない。

 ビビもそれには反論できないようで、切なげに町の跡を見ながら目を伏せた。

 

「だけど…ここ3年、この国のあらゆる土地では、一滴の雨さえ降らなくなってしまった…」

「さっきの港町は大丈夫だったのか?」

「『ナノハナ』は隣町の『カトレア』というオアシスから水を供給してるから無事なの」

 

 ビビの悲痛な声に、なぜかエレノアとエドワード、アルフォンスも険しい表情を見せていた。

 

「降雨ゼロなんてアラバスタでも過去、数千年あり得なかった大事件…だけどそんな中、一ヵ所だけいつもより多く雨の降る土地があったの」

「……そうか、それが首都『アルバーナ』。王の住む宮殿のある町か…」

「そう…人々は、それを『王の奇跡』と呼んだ。――あの日、事件が起きるまではね…」

 

 思い返されるのは、王都アルバーナにとある積み荷が運び込まれた時。

 見慣れない男たちが、今にも壊れそうな荷車に一杯に乗せた砂袋が、事故によりその中身を晒される。

 心配して手を貸そうとしたが、男たちは妙に慌てた様子で走り去ってしまった。「王にこの荷物を運ばなければならない」と言い残し。

 不審に思っていた国民達の中、ある一人がこぼれた中身を掬って呟いた。

 

〝ダンスパウダー〟と。

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