ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第87話〝雨を呼ぶ粉〟

「〝ダンスパウダー〟だと…!!?」

 

 ビビからその名を聞いた直後、アームストロングが表情を変える。

 明らかに動揺している彼やエドワード達、ナミに、ルフィが首を傾げた。

 

「なんだ、知ってんのか?」

「別名を〝雨を呼ぶ粉〟といってな……昔、とある雨の降らない国の研究者が作り出した代物だ」

 

 エドワードらがその実態は、霧状の煙を発生させ空に立ち昇らせ、空にある氷点下の雲の氷粒の成長を促し、降水させるというもの。つまりは人工的に雨を降らせる粉である。

 気象学に長けたナミも、その発明にはかなり詳しかった。

 

「それが〝ダンスパウダー〟よ」

「ははーん、〝不思議粉〟か」

「雨を降らすんだろ、要は」

 

 小難しい話は微塵も理解できない者達だが、ゾロの一言で疑問の大半は解決した。

 しかしそこで、ウソップが訝しげな表情で待ったをかける。

 

「ん? だったらこの国にはうってつけの粉じゃねェか」

「最初はな。〝ダンスパウダー〟を開発した国も、その名の通り踊るように喜んだって話だ。……だがそれには大きな落とし穴があった」

 

 エドワードが険しい表情でその理由について説明する。

 一科学者として、その技術の素晴らしさは評価したいが、それがもたらした悲劇を嘆いているような、そんな様子だった。

 

「風下にある隣国の〝干ばつ〟!!! ………わかる?」

「〝人工降雨〟は、つまりまだ雨を降らすまでに至らない雲を成長させ、雨を落とすというものだから…」

「そうか…‼ 放っときゃ隣国に自然に降るはずだった雨さえも奪っちまってたわけかっ‼」

「そう…それに気づいたその国はついに戦争を始め、たくさんの命を奪う結果になった…」

「以来、世界政府では〝ダンスパウダー〟製造・所持を世界的に禁止しているのである」

 

 世界政府に属する者として、かつて起こった凄惨な事件については詳しいらしい。

 話を聞いたウソップは、それがアラバスタに持ち込まれたという事件について眉間にしわを寄せた。

 

「………使い方一つで、幸せも悪魔も呼んじまう粉か…」

「その〝ダンスパウダー〟が大量に運び込まれた時、国では王の住む町以外は全く雨が降らないという異常気候………‼」

「王を疑うのが普通だよな。その粉で国中の雨を奪ってやがるんだと…」

「なんだビビ、そりゃ、お前の父ちゃんが悪ィぞ‼」

「バカ‼ ハメられたって話でしょ!!!」

「…今思えば、その時すでにクロコダイルの壮大な作戦は始まっていたの」

 

 ビビは悲痛な表情で当時のことを語る。

 ()にそんなものを求めた記憶はない。しかし送り主の不明な〝ダンスパウダー〟は次々に運び込まれていて、否定はもはや何の意味ももたらさない。

 

「全てはクロコダイルの仕組んだ罠…!!! 彼の思惑通り…反乱は起きた!!!」

 

 町は枯れ、人は飢え、その怒りは国を燃やしさらなる悲劇が積み重なる。

 クロコダイルは国の平和も王家の信頼も、雨も町も、人の命までも奪い全てを狂わせた。

 

「…なぜ、あいつにそんなことをする権利があるの⁉ …私は!!! あの男を許さないっ!!!」

 

 溢れ出しそうな涙を必死に抑えつけ、ビビは痛々しい叫びを響かせる。

 そん時、離れたところにあった廃墟が突如、轟音とともに崩れ落ちた。その跡から姿を現したのは、ぐるぐると腕を回すルフィたち。

 

「………――ったく、ガキだな、てめェら……」

「………あんた達一体、何を……‼」

「…さっさと先へ進もう。ウズウズしてきた」

 

 呆れたため息をつくゾロやエレノアを放置し、猛り始めた内なる闘志のままに、ルフィは向かうべき砂漠の先を見据えて告げた。

 

 

 しかし、勇ましく歩き出したルフィだが、次第にその進みは衰え始めた。

 理由は言うまでもない、砂漠のあまりにも過酷な環境のせいだ。

 

「ア――…アー…」

「あんまりアーアー言わないでよ、ルフィ‼ 余計ダレちゃうじゃない…」

「ア――……焼ける…汗も出ねェ………」

「口元を覆いなよ。自分の息の方が外の空気より涼しいし、水分も逃げないから」

「お前はまだマシだろ……おれなんて腕と足に鉄の塊ぶらさげてんだぞ…」

 

 舌を出して唸るルフィにナミが文句を言うが、ルフィとしても口にしたくてやっているわけではない。

 全身を毛皮で覆われたチョッパーや、機械鎧(オートメイル)のエドワードにしてみれば、この世の地獄のようにも感じられていた。

 

「姉弟子は……ずいぶん砂漠に詳しいな」

「あれ? 言ってなかったっけ? 私はこの砂漠で修業してたんだよ」

「ってことは………例の一ヵ月生き延びろってやつか?」

「そう、それ」

 

 アラバスタで育ったビビと同じくらい、エレノアは慣れた様子で軽快に歩いていた。

 が、エドワードとの会話の途中、その目は遠いものを見るようになった。

 

「………今さらながら無茶苦茶だったよな、アレ」

「………よく生き延びたよね、私達」

「お前達は一体どんな過去を背負っているのであるか?」

 

 渇いた笑い声をこぼす三人に、思わずアームストロングが困惑の声を上げる。

 ナミも聞こえてきた内容に、疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「砂漠でサバイバルと錬金術にどんな関係があるのよ…?」

「まーなんつーか………錬金術の極意を知るための精神的な修行? 1ヶ月以内に答えを見つけなきゃ失格って師匠(せんせい)に言われて、必死にな……」

「厳しい師匠だったんだなァ」

「で…いま何より問題なのが」

 

 サクサクと一歩ずつ確実に進んでいたエドワードとアルフォンスの足がふと止まる。

 そして次の瞬間、兄弟はがっくりとその場に膝をついていた。

 

「師匠の家が……〝ユバ〟にあることなんだよなァ…」

「どうしてよりによって……」

「あら、だったら都合がいいじゃない。ついでに挨拶していきなさいよ」

「そうだな……挨拶しにいって…そんで死ぬんだ…」

「短い人生だったなァ…」

「あんたたち一体何を背負ってるわけ!!?」

 

 何を気にする必要があるのか、とあきれていたナミは、絶望しているエルリック兄弟に驚愕の声を上げる。いったい何をやらかしたのかと。

 

「まー二人に関しちゃ、ものすごい爆弾背負っちゃってるわけだしねェ…」

「それは姉弟子だって同じだろうが!!!」

 

 人ごとのようにため息をつくエレノアだったが、エドワードの激しいツッコミを受けて同じように項垂れる。

 しかしこんなところで立ち止まっていても仕方がないと、三人は悲痛の表情で歩き始めた。

 

「あー…行きたくねェ…」

「遺書でも書いとく?」

「………一応もらっとく」

「師匠と会うのにどんだけ覚悟決める必要があるんだよ」

 

 何が彼らをそこまで追い詰めているのか、とウソップが尋ねるが彼らが答える様子はない。

 ルフィはそんな彼らを放置し、涎を垂らしてサンジの方を向いた。

 

「おいサンジ、弁当食おう。〝海賊弁当〟」

「まだダメだ。ビビちゃんの許しが出るまではな」

「ビビ! 弁当食おう。力が出ねェよ」

「だけど、まだ『ユバ』まで4分の1くらいしか進んでないわ、ルフィさん」

「ばかだなー、お前。こういうことわざがあるんだぞ?『腹が減ったら食うんだ』」

「ねーよ」

 

 砂漠越えの厳しさをまだ痛感していない能天気な船長に、サンジやビビは思わず渋い顔になる。

 それでもここでやる気をなくされては困ると、ビビは妥協案を提示した。

 

「わかった…じゃあ次に岩場を見つけたら休憩ということでどう?」

「よ~~し‼ 岩場ァ………岩場~~~~っ⁉」

 

 やっと休めると喜ぶルフィだが、それはそれでかなり厳しい我慢を強いられることを知り愕然とした声を上げるのだった。

 

 

「重い…重いぞ、暑いし…」

「お前がジャンケンで負けたせいさ。黙って運べ」

「落とさないでよ、ルフィ!」

「ア~~……………」

 

 数十分後、またしても気まぐれを起こし、重い荷物をそりでまとめて運ぶ役割を担う羽目になったルフィが喚く。

 身軽になったウソップが前方を確認していた時、ゴーグルに何かが映った。

 

「ややっ!!! 前方に岩場発見‼」

「ほんとかっ!!? 休憩タイムだ―――――――っ!!!!」

「速ェな」

「いく前に荷物置いてけ‼ なんかすごく不安‼」

 

 途端に元気になって、まだ影も形も見えない岩場に向かって全力疾走するルフィに、エレノアが慌てて待ったをかける。

 

「あのアホは全く……」

 

 やれやれとか当たをすくめていると、あっという間に見えなくなったルフィが急いで引き返してくる姿が見えた。

 

「大変だ―――っ‼」

「なんだ⁉ あいつ戻ってきたぞ…」

 

 ひどく狼狽した様子で、重い荷物を一旦放り出して戻って来るルフィに、全員が警戒を強める。

 その間を駆け抜け、ルフィはチョッパーのもとに向かった。

 

「大ケガして死にそうな鳥がいっぱいいるんだ‼ チョッパー来て治してやれよ‼」

「う…うん、わかった‼」

「鳥…!!?」

「ちょっと待ってルフィさん、その鳥って…まさか…!!!」

 

 一大事だと心優しいチョッパーが応じようとした時、ビビとエレノアがぎょっと表情を変える。

 いやな予感を抱いた一味が件の岩場に向かうと、全員の表情が愕然としたものに変わった。

 

「荷物が全部消えてるぞ―――っ!!!?」

「やられた…」

 

 11人分の荷物をまとめたそりが忽然となくなっていたことに、ルフィたちは悲鳴を上げる。

 ビビやエレノアは膝をつき、強い後悔にその表情を歪めていた。

 

「さっきここに本当に死にそうな鳥が!!!」

「〝ワルサギ〟は旅人をダマして荷物を盗む〝砂漠の盗賊〟よ。ごめんなさい、話しておくべきだった…」

「鳥がケガしたフリを!!? …そりゃサギじゃねェか‼」

「そう、サギなの」

「ボケとる場合か」

 

 人の善意に付け込むとんでもない種がいたものだと、ウソップはアラバスタの自然の容赦のなさに戦慄する。

 サンジはそれにまんまと騙された船長の襟首を掴み、噴きあがる怒りを叩きつけるほかになかった。

 

「あれは3日分の旅荷なんだぞルフィ‼ 鳥なんかに盗まれやがって‼ この砂漠のド真ん中でよりによって全員の荷物を全てだと!!? 水も食料もなくて、どうこの砂漠を…」

「だってダマされたんだから仕方ねェだろうが‼」

「てめェの脳みそは鳥以下か‼」

「何を―――っ!!!」

「やめろ、お前ら!!!」

 

 言い合いを始めるルフィとサンジを、ゾロが厳しい口調で止める。

 抱いている怒りは同じものの、それをどうにか抑え込んだ彼は先へ進むためにやるべきことを考える。

 

「…ちょっと休もう…カッカすんのは全部暑さのせいだ。頭冷やせ。夜中には〝ユバ〟に着くんだよな?」

「ええ………」

「その町がオアシスならそれまでの辛抱だ。死ぬほどのことじゃねェ‼」

「…このことは忘れよう。考えると余計ノドが乾いちまう。10分休んだら出発だ」

「……それが懸命だね」

 

 一味の冷静な部分を担おうと努めるゾロに従い、エドワードとエレノアも続く。それを聞いて、サンジもようやく留飲を下げた。

 その時ルフィは、離れた砂漠の真ん中でこれ見よがしに水を飲む鳥たちを発見した。

 

「アアアアアアあいつらだァアアア!!! おれ達の荷物を返せ―――っ!!!」

「ゴア――♪」

 

 自分を騙したワルサギたちを見つけ、ルフィは怒号を上げる。

 馬鹿にするように鳴き、荷物を持って逃げだすワルサギにルフィの怒りは爆発し、全力で走り出していた。

 

「ルフィ‼ だめよ追っちゃ!!! あんたここへ戻って来れるの!!?」

「そうか、そっちの方が面倒だっ‼ ルフィ‼ 戻れ―――っ!!!」

「戻るのである麦わらァ!!!」

 

 仲間達の制止の声も聞かず、ルフィは取られた荷物を取り戻すためにあっという間に砂漠を駆け抜けていく。

 ワルサギたちはそれすら愉しむように笑っていたが、その首に不意に鋭い光が走った。

 

「ゴアッ…!!!」

 

 ドスドスドスッ‼と血を吐き、バタバタと何羽かのワルサギたちが倒れていく。

 目を見開く一味の前で、そのそばに舞い降りたエレノアが一羽のワルサギを持ち上げ、ザクッと首を両断した。

 

「ヒィイっ!!?」

 

 悲鳴を上げるウソップたちを放置し、エレノアは両断したワルサギの首を口元に持ち上げる。こぼれだす赤い血をぐびりぐびりと飲み干し、忌々し気に砂漠の先を睨みつけた。

 

「チッ…何羽か逃したか」

「…やっぱあいつ怖ェよ」

「…きっと、前もあいつらに同じ目にあわされたんだろうな」

 

 グイッと真っ赤に染まった口周りを拭うエレノアはそれはそれは恐ろしく、その容赦のなさに改めて恐怖を抱く。

 その衝撃に、全員がワルサギを追いかけたままの船長を忘れてしまっていた。

 

「うううわあああ~~~っ!!!」

「今度はなんだァーッ!!!」

「何かに追われてるわっ…!!!」

 

 砂漠の向こう側から聞こえてくる青年の叫び声に、一味は何事かと我に返る。

 見れば激しい砂埃を起こす何かから、ルフィと一頭のラクダが逃げ込んでくる姿があった。

 

「…サンドラ大トカゲ‼」

「でけェっ!!!」

 

 海王類にも匹敵するのではないか、とも思える巨体を俊敏に動かし、逃げるルフィとラクダを追いかける爬虫類に、全員が息を呑む。

 だがその前に立ちはだかったエレノアは、にやりと不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「…運がいい…!!! これで減った食糧の心配をせずに済む…」

 

 そう呟いた直後、エレノアの両脚からシャキンと刃が展開される。

 猛然と向かってくるサンドラ大トカゲを見据え、エレノアは翼を羽ばたかせ大きく宙に躍り出た。

 

「〝壊神戦斧(パラシュ)〟!!!」

 

 天空から急降下したエレノアの刃が、猛烈な速度で振るわれ大トカゲの首に食らいつく。

 さしたる抵抗もなく、大トカゲも天使の刃によって首を両断され、絶叫一つなくズズンと地に墜とされた。

 

「な…なにもそこまで…」

「…あの子が相手だと怪物に同情しちゃうわ…」

「おい男ども‼ ボサッとしてないで解体手伝え!!!」

「ヘイっ‼ ただいまっ‼」

 

 凄まじい血の匂いに頬を引きつらせる一味だったが、ややイライラした様子のエレノアに逆らう愚行は犯さなかった。

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