ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「――で…何なんだ。このラクダは…」
なんとか食糧を確保できたのはいいが、とゾロはルフィの傍らを睨む。
その先で仏頂面で佇んでいるのは、先ほどルフィと一緒に逃げていた一頭のラクダである。
「さァ…さっきの鳥を追ってたらよ、あいつら飛んで逃げやがって。そしたら前からコイツがトカゲに追われて走ってきたんでとりあえずおれも走ったんだ」
「野生のラクダではなさそうね。ちゃんと鞍がついてる」
「乗れるな‼ こいつに乗ってけば楽だ‼」
「おお、そりゃ助かるなァ、2人は乗れそうだぜ」
「やっぱ砂漠にはラクダがつきものだ」
アクシデントも乗り越え、ついでにいい拾い物をしたと気分を上げ始める一味。
問題が起こったのは、ルフィがさっそくその背に乗ろうとした時だった。
「…じゃ、まずおれが…」
「ヴオオヴオ‼」
「うぎ‼ 何だ⁉」
勝手は許さん、とラクダが背に乗ろうとしたルフィの頭に噛みつく。
何を嫌がっているのか、とチョッパーが通訳の役目を買って出た、すると。
「『おれは通りすがりのヤサラクダ。危ねェところを助けてくれ、ありがとう。乗っけてやってもいいが…おれは男は乗せねェ派だ』って言ってる」
「ヴォ…」
「コイツ生意気だぞ‼ 誰が命を救ってやったと思ってんだ‼」
「おめーじゃねーだろ」
ウソップがぷりぷりと怒りをあらわにするが、ラクダは舌を出してなおも拒否する。
しかし、代わってナミが頬を撫でると、先ほどとは打って変わってデレデレした態度を見せだした。やはり女が好きらしい。
「いいコじゃない♡ キミ何て呼んだらいい?」
「アホ」
「ボケ」
「タコ」
「じゃ〝マツゲ〟ってことで」
「ヴォ」
「お前それ一番変だぞ」
恩知らずにせめて不名誉な名をつけてやろうと男性陣だったが、最終的にナミの独断で呼び名が決定してしまう。
ナミは不満の声も気にせず、ラクダ――マツゲの背に乗るとビビに手を差し出した。
「ビビ! 乗って!」
「ううん、大丈夫。エレノアさんこそ…」
「へーきへーき。乗りな」
「これで少しは早く〝ユバ〟へ着けそう」
遠慮するビビを半ば無理やり乗せ、エレノアとナミがほっと安堵のため息をつく。
再び目的地の方角を向いたナミは、手綱を握ってマツゲに前進を命じた。
「それ行けっ、マツゲッ!!!」
「ちょっと待て―――っ!!!!」
「ホラみんな急いで! はぐれたら、あんたら生きて砂漠を出られないわよ?」
「フザけんなー!!!」
自分たちだけ楽をしておいて何を勝手なことを抜かしているのか、とルフィたちから抗議の声が上がる。
しかしその間にも、ナミとビビを乗せたマツゲはあっという間に砂漠の向こうへと突き進んでいってしまうのだった。
それからの行程は、さらに過酷を極めた。
腹をすかせたルフィがそこらにあった毒を持つサボテンを食べて、幻覚を見て暴れそうになったり、マツゲを見失いかけたり、砂嵐に巻き込まれかけたりと、次々にトラブルが舞い込んでくる。
既に蓄積していた肉体的疲労に加え、そんな厄介事による精神的疲労も重なり歩みは徐々に落ちていく。
それでも一行は、着実に目的地である『ユバ』へと近づいていた。
「夜になっちゃったわね…」
「しかし何だ、この昼と夜の温度差は」
「………砂漠の夜は氷点下まで下がるから」
「ニッキシッ!!! 氷点下ァ!!?」
あまりの寒さに震えあがる一味は、一刻も早く『ユバ』に着こうと急ぎ歩を進める。
その願いが届いたのか、ビビの目に暗闇の中で灯る光が映った。
「あそこ‼ 明かりが見える⁉」
「着いたのか⁉〝ユバ〟に‼」
「砂が舞っててよくわかんねェや…!!!」
ほっと安堵の息をつく面々だが、視界がひどすぎるためにルフィは険しい顔で目を凝らす。
そんな一味の中で、エドワードとアルフォンスは遠い目で立ち尽くしていた。
「――とうとう、来ちまったなァ…」
「うん…」
「……師匠…留守だといいなァ‼」
「うん‼」
「あんた達…」
がくがくブルブルと生まれたての小鹿のように震える兄弟に、ナミが呆れた目を向ける。『ユバ』が近づいてくるにつれ、兄弟の反応もよりひどくなっていた。
だがその時、光が見える方を見つめていたビビが声を上げた。
「…何かしら、この地響き!!?」
「…………‼ …町の様子がおかしい…!!!」
まるで地震でも起きているかのような揺れに、全員が嫌な予感を覚えて立ち止まる。
闇に目を凝らしていたエレノアが、その正体に気づいてハッと目を見開いた。
「砂嵐だっ!!!! 町が砂嵐に襲われてる!!!」
砂嵐が収まるのを確認し、一味は急ぎ『ユバ』へと足を踏み入れる。
しかしそこはもはや、かろうじて町の形を保っているだけの廃墟にしか見えなかった。
「そんな…」
「こりゃひでェ…………‼ あのエルマルって町と大して変わんねェぞ……‼」
「水は!!?」
「ここはオアシスじゃねェのかよ、ビビちゃん…‼」
「砂で地層が上がったんだ…オアシスが飲み込まれてる…!!!」
かつて商売の要であった豊かな水源の慣れの果てに、ビビが愕然とした声をこぼす。
全員が絶句していると、水場があったと思わしき場所で一心不乱に砂を掘る人影があることに気づいた。
「旅の人かね…砂漠の旅は疲れただろう。すまんな、この町は少々枯れている…………」
見ればそれは、やせこけた一人の老人だった。
今にも倒れそうなほどに疲弊しながら、それでも握りしめたスコップから手を離さない彼は、突然現れたルフィたちに目を向けた。
「だが、ゆっくり休んでいくといい…宿ならいくらでもある…それが、この町の自慢だからな…」
「あの……この町には反乱軍がいると聞いて来たんですが…」
顔を隠したビビが恐る恐るといった様子で訪ねると、途端に老人の態度が豹変する。砂だけを見つめていた目は、刃物のような鋭さでルフィたちを射抜いた。
「反乱軍に何の用だね……貴様ら、まさか反乱軍に入りたいなんて輩じゃあるまいな!!!」
「うわっ‼ 何だ何だいきなりっ!!!」
急に激昂し始めた老人が、手当たり次第に物を投げつけ追い出そうとする。
しかしやはり疲れ切っていたらしく、投げるものが無くなると老人はその場にがっくりと項垂れてしまった。
「…あのバカ共なら…もう、この町にはいないぞ…!!!」
「何だとォ~~~っ!!!?」
「そんな…!!!」
落胆の声を上げるルフィたちに、老人は目を逸らしながら告げる。その表情はどこか、身内の恥を晒すような居心地の悪そうな様子があった。
「…物資の流通もなくなったこの町では、反乱の持久戦もままならない…反乱軍は『カトレア』に本拠地を移したんだ…」
「『カトレア』!!?」
「『ナノハナ』の隣町じゃねェか、王女さん!!!」
「おい…‼ おれ達ァ何のためにここまで」
何日もかけて砂漠を越えて来たというのに、それが全くの無駄であったという事実にルフィたちが嘆き喚く。
その時、ふと会話を聞いていた老人の目が驚愕で大きく見開かれた。
「王女…⁉ …今…王女と…⁉」
「おいおっさん‼ ビビは王女じゃねェぞ!!?」
「言うな」
「あの…私はその…」
馬鹿正直に話しそうになるルフィに、ウソップがツッコミを入れる。
今やこの国で王族は悪役、正体を知られれば何をされるか分かったものではない。
だが老人の表情には、微塵の敵愾心も感じられなかった。
「ビビちゃんなのか…⁉ そうなのかい!!? それに…エドワード君とアルフォンス君なのかい…!!?」
「……え⁉」
「生きてたんだな、よかった………‼ 私だよ‼ わからないか⁉ 無理もないな、少しやせたから」
親し気に話しかけてくる老人に、ビビやエドワード達は呆気にとられる。
だがその表情は、次第に悲痛に歪められていった。
「………‼ トトおじさん……………………⁉」
「そうさ………」
「そんな…!!!」
「ウソだろ…おっさんなのか…⁉」
老人の正体に気づいたびびたちは、かつては豊かに肥えていた老人、トトの変貌に愕然とする。
痛々しくやせ細ってしまったトトは、涙を流しながらビビに縋りついた。
「私はね…ビビちゃん‼ 国王様を信じてるよ…!!! あの人は決して国を裏切るような人じゃない…!!! そうだろう!!?」
必死に確かめようとするトトに、ビビもまた泣きながら力強く頷く。
思い出されるのは、トトの息子コーザとアラバスタの明るい未来を夢見て過ごしていた幼き日々のこと。
子供ゆえの意地の張り合いで喧嘩しながらも、『砂砂団』というチームを作って一緒に遊ぶ仲であったコーザのことが、脳裏によぎる。
正義感にあふれ、干ばつで枯れた村のみんなのために王に直訴したり、攫われかけたビビを救うために大ケガを負ったり、子供たちの中でも頼れる少年だった。
そんな彼は今、反乱軍のリーダーとなっている。
かつて信じていた王に裏切られた憎しみを糧に、戦うことを選択してしまったのだ。
「…反乱なんてバカげてる…!!! …あの
泣き崩れるトトの前に膝をつき、ビビはその願いを受け止める。
もはや王家の信頼は地に墜ちたと思っていたのに、まだここにも信じてくれている者がいたのだと、噛みしめるように。
「何度もねェ…何度も…何度も止めたんだ!!! だが何を言っても無駄だ…反乱は止まらない。
自分の力が及ばなかった無念が、痛いほどにトトから伝わってくる。
ビビは優しい笑みを浮かべ、トトの肩に手を置いて涙に濡れる顔を上げさせた。
「トトおじさん、心配しないで。反乱は、きっと止めるから!」
「………ああ、ありがとう………‼」
トトはビビの笑顔で安堵したのか、どこか憑き物が晴れたような笑顔を見せる。
それを無言で見つめるルフィたちに気づかないまま、ビビは自身の中の覚悟を再確認する、その時だった。
「……‼ 何か近づいてくる」
「‼ 敵襲か⁉」
ピクッと耳を振るわせたエレノアの一言で、全員が警戒を開始する。
トトも急な事態に表情を強張らせたが、やがてある方向を見やって肩の力を抜いた。
「………ああ、大丈夫。敵じゃないよ…」
安堵のため息をつくトトが見ている方に、一味が訝しげな視線を向ける。
やがて一味は、『ユバ』に向かって近づいてくる大きな影に気づいた。
「サンドラ大トカゲ…!!? 昼間のよりもずっと大きいわ!!!」
ビビが戦慄の声を上げるが、やはりトトの表情に狼狽の色はない。
その時、同じく身構えていたエレノアとエドワード、アルフォンスが、ヒクヒクと頬を引きつらせ始めた。
「………あれは、まさか」
「だよねェ…」
「ウソでしょ……町がこんなんだからいないと思ってたのに‼」
「私を心配してね…3人とも残ってくれたんだ」
「何だ⁉ 何が来るんだ!!?」
何が向かってくるのか、と戦々恐々とするウソップをよそに、それはついに姿を現す。
巨大で危険な砂漠の狩猟者サンドラ大トカゲ、それを軽々と担ぐ二人の筋骨隆々な男たちが。
「あ?」
「ど…どうもお久しぶり………………です」
「メイスンさん、シグさん、お久しぶり」
男たちの一人、強面でひげ面の方が、びくびくしながら挨拶をするエドワードとアルフォンス、いつも通りのエレノアを睨みつける。
後ろにいたもう一人も、三人に気づいて目を丸くした。
「ん…? おォ⁉ なんだか懐かしい気がしたと思ったら‼」
「エレノアに…………エド……か?」
確認するように名を呟いたシグと呼ばれた巨漢は、エドワードを見下ろすとやがてギラリと目を光らせる。
そしてエレノアとエドワードの頭をガッと掴むと、乱暴にかき混ぜるように撫でまわした。
「よく来た。大きくなったな」
「あたたた…‼」
(ちぢむ………‼)
「こっちは?」
「アルフォンスです。ごぶさたしてます」
「そうか、すごく大きくなったな」
鎧姿に特に驚く様子もなく、シグはアルフォンスの頭もなでる。
久しぶりに撫でられた、と喜んでいるのはアルフォンスだけだった。
「こんなところに一体どうしたんだ? ずいぶん大所帯だな」
「実は偶然立ち寄ることになりまして…」
「少し邪魔をするのである」
申し訳なさそうにアルフォンスが頭を下げると、アームストロングが割って入る。
すると、途端にシグの視線が剣呑になった。見るからに海兵の格好の男が海賊とともにいることに、疑念を抱いたらしい。
「……海兵が何の用だ」
「シグさん…‼ この人とは今協力してて…」
「いや、不要だアイザック嬢!!! 隔意は自分で払うのがせめてもの礼儀!!!」
エレノアが事情を説明しようと前に出るが、アームストロングはそれを手で制す。
そして彼はなぜかその場で上着を全て脱ぎ捨て、鍛え上げられた己が肉体を見せつけるポーズをとった。
「見よ‼ 我輩の誠意を!!! その瞳にとくと刻むがよい!!!」
何を伝えたいのか全く分からない、しかし本人は大真面目に筋肉を誇示する。
シグはしばらく黙っていたが、やがて軽く息を吸い、己の筋肉を膨張させて上着を破裂させた。
「ぬうッ!!!」
自身と同等の肉体を見せられ、アームストロングが目を見開く。
呆然と立ち尽くすエレノアは、隣を歩き去っていった緑髪の剣士を思わず二度見していた。
「…ん? ゾロくん?」
「ふんっ!!!」
「ゾロくん!!?」
なぜか対抗心を燃やしたらしく、ゾロまで筋肉で服を破る謎の行動を見せる。
めきめきと筋肉を軋ませ、半裸の男たちが恐ろしい形相で睨み合う、謎のポージング対決が始まる。
やがて彼らは、がっしりと手を組んで満足げな表情を浮かべるのだった。
「…………いや、何してんの?」
本気で意味不明な行動にエレノアはかける言葉が見つからない。
完全に置いてけぼりになったナミは、小声でエレノアに尋ねてみた。
「…………あれがあんた達の錬金術の師匠?」
「ううん。あの人は
「ダンナ……ってことは女か⁉」
思わぬ事実にウソップが目を見開く。
旦那だという男ですでに相当なインパクトなのに、これ以上の人物がいるのかと思わず戦慄の声を上げてしまった。
「
「そこそこ元気だがまァ病弱にはかわり無いな。おいイズミ、エルリックのチビ共とエレノアが来たぞ」
ゾロやアームストロングとすっかり意気投合したらしいシグが、一軒の家屋の中に向けて話しかける。すると、声がすぐに返ってきた。
「エドとアルとエレノアが?」
「起きれるか?」
「大丈夫、今日は少し体調がいいから」
家屋から、軋むような音が聞こえてくる。ベッドに横になっていたのだろうと察し、エドワードとアルフォンスが顔を見合わせた。
「先生、具合悪くて寝てたんだ」
「また身体悪くなったんじゃねー?」
ひそひそと囁き合い、師の体の具合を心配する兄弟。
すると次の瞬間、兄エドワードの姿が忽然とその場から消えた。
「もぎゃああああああああ!!!」
いきなり扉が蹴り開けられたことで、ふっ飛ばされたエドワードがボールの様に転がっていく。
目を見開いて絶句する一同は、ギギギとぎこちなく振り向き立ち尽くす。
「お前の噂は
呆然とした視線にさらされながら、その女性は獰猛な獣のような笑みを浮かべて、ルフィたちの前に姿を現した。