ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第8話〝犬と少女と老人〟

 ガリガリと檻を引きずり、人気のない通りを歩いていく。

 一歩を踏み出すたびにゾロの脇腹からは血が流れ、地面に点々と跡を作っていく。

 その都度、エレノアが足で地面を蹴り、痕跡を消していった。

 

「もう、だいぶ酒場から離れた。とりあえずすぐには追っちゃ来ねェだろう。おい、ほんとにこの檻は壊せねェのか…!!!」

「ごめん…錬成反応は目立つからさ。とりあえず鍵開けはやってみるけど期待はしないで」

「ちくしょう、これが開かねェとあいつが来ても何もできねェよ‼」

 

 ガシガシと檻を噛むルフィだが、鉄の檻はそれぐらいでは壊れてくれない。

 ゴトン、と檻を置き、ついにゾロはうつぶせに倒れた。

 

「もうダメだ、血が足りねェ。これ以上歩けん…‼」

 

 力尽きて意識が遠のきかけるゾロ。

 しかし、倒れた目の前にいた白い犬を目にし、ぎょっと慄いた。

 

「…何だこの犬は………‼」

「犬? あ、犬だ」

「置物かと思った…」

 

 一軒の建物の前でじっと鎮座したまま、ピクリとも動かない犬を見てルフィとエレノアが寄ってくる。

 注目されても、白い犬は視線を向けもしなかった。

 

「おい、ゾロ。こいつ全然動かねェよ」

「知るか…そんなもん犬の勝手だ。とにかく今はお前が、その檻から出ることを考えろ」

 

 気にはなるが、確かに犬がいるぐらい気にする暇はない。

 ゾロが体を休めている間に、エレノアは懐から取り出した針金でカギを開けられないか挑戦を始めた。

 暇を持て余したルフィが、檻の前の犬が生きているのか確認しようとずん、と目をつつく。

 さすがに怒った犬がルフィにかみつき、即座に喧嘩に発展した。

 

「何すんだ犬っ‼」

「ワンワン‼」

「てめェ、今の事態わかってんのか!!?」

「うるせェ騒ぐなっつってんでしょうが!!! あと傷開くよ!!!」

 

 倒れたままのゾロと、鍵開けを放り出したエレノアが怒鳴りつける。

 人が必死になっているときに一体何をやっているのかと。

 

「犬め‼」

「あーもう無理‼ めんどくさくなった‼」

「くそ…血が足りねェ‼」

 

 打つ手がなくなった三人は、その場で仲良く仰向けに寝転ぶ。

 そんな三人のもとへ、あきれ顔のナミが近づいた。

 

「あんた達、一体何やってんの三人して…こんな道端で寝てたら、バギーに見つかっちゃうわよ!」

「「「よォ、航海士」」」

「誰がよ!!!」

 

 勝手に仲間に任命されていることで、ナミがくわっと豹変する。

 だがそれも一瞬のことで、訝し気にエレノアの方に視線を変えた。

 

「ていうかあんた、さっきやってた変な力でそいつの傷ふさいだりできないの?」

「あ、そらそうだ」

「その手があるじゃねェか。よし、やれ」

「あー、いやー、それは―…」

 

 ナミのもっともな指摘に、珍しく申し訳なさそうにエレノアは頭をかく。

 ツンツンと指をつつき合わせ、言いづらそうに告白した。

 

「その…私って、作ったり形を変えたりするのは得意なんだけどさ…元通りに直したりするのは苦手で……内臓がくっついたり腸が蝶結びになったりするかもだけど…………やる?」

「やめろ!!!」

 

 そんなリスクを背負ってまで治療されたくない、というか前よりひどいことになりそうだったのでゾロは断固拒否する。

 何でもできそうで頼りがいのあるイメージがあったが、不得意な分野もあったようだ。

 

「じゃあしょうがない。一応、お礼のつもりで来たわけだし」

「礼?」

 

 そう言ったナミが、ルフィの目の前にチャリンと何かを落とす。

 リングに束になったそれは、何かしらの用途の鍵だった。

 

「あ、鍵!!!」

「あのどさくさで盗んでくるとは大したもんだ…」

「まァね…我ながらバカだったとは思うわ。他に海図も宝も何一つ盗めなかったもの、そのお陰で」

「は――っ‼ ホント、どうしようかと思ってたんだこの檻‼」

「……は…これで一応逃げた苦労が報われるな」

 

 手が届く距離に置かれた鍵に、ルフィは目を輝かせ、エレノアは感心し、ゾロは安堵のため息をつく。

 早速開けようと手を伸ばしたルフィだったが、それよりも前に檻の前にいた白い犬がぱくりと鍵を咥えた。

 

「あ」

 

 止める間もなく、先ほどの腹いせのつもりか、犬は鍵を飲み込んでしまった。

 呆然となる一同、その中でいち早く立ち直ったルフィが、白い犬につかみかかった。

 

「このいぬゥ!!!! 吐け、今飲んだのエサじゃねェぞ!!!」

 

 ガシャンガシャン通り越しに乱闘を再発させるルフィと犬。

 そんな時、どこかから雷のような怒鳴り声が響き渡ってきた。

 

「くらっ‼ 小童ども‼」

「シュシュをいじめるな‼ よそ者めっ‼」

 

 突然聞こえてきた声に、パット動きを止めるルフィたち。

 振り返ってみれば、鎧を着た真っ白な髪に眼鏡の老人と、赤毛のショートヘアの少女がルフィを険しい表情で睨みつけていた。

 

「シュシュ?」

「誰だ、おっさんとガキ」

 

 聞きなれない名前に眉を寄せ、人の気配が薄い町に現れた老人と少女を見て、首をかしげる一同。

 ぽかんとしているルフィたちに、老人と少女は胸を張って答えた。

 

「わしか、わしはこの町の長さながらの町長じゃ!!!」

「そして町民代表だ‼」

 

 

 数分後、いまだ檻から出られないルフィのもとに、少し疲れた様子の町長・プードルと町の娘・アルモニが戻ってきた。

 

「ゾロは?」

「休ませてきたよ。となりは町長の家なの」

「避難所へ行けば医者がおると言うとるのに、寝りゃなおるといって聞かんのじゃ。すごい出血だというのに‼」

「おバカですいません、ウチのものが」

 

 妙な意地を張っているゾロが迷惑をかけたと、エレノアが深々と頭を下げる。

 ナミはアルモニが持ってきたエサを食べている白い犬を見下ろし、思い切って尋ねた。

 

「この犬、シュシュって名前なの?」

「ああ」

「こいつ、ここで何やってんだ?」

「店番だよ。私たちはエサを上げに来ただけなんだ」

「あ! 本当。よく見たらここお店なんだ。ペットフード屋さんか…」

 

 視線を上げれば、店の看板がちゃんと出ている。

 プードルはペットフード屋を見上げ、懐かしそうに目を細めた。

 

「この店の主人は、わしの親友のじじいでな。この店は10年前、そいつとシュシュがいっしょに開いた店なんだ。二人にとっては思い出がたくさん詰まった大切な店じゃ。わしも好きだがね」

「ほら、この傷みて。きっと海賊と戦って、お店を守ったんだよ」

「だけど! いくら大切でも海賊相手に店番させる事ないじゃない。店の主人はみんなと避難して…」

「…たぶんだけど、ご主人はもう、亡くなってるんじゃないかな」

「!」

 

 エレノアが呟いた予想に、プードルとアルモニのほうが驚いた様子で振り返る。

 先に答えを当てられたことが予想外のようだった。

 

「お前さん、なぜそれを…」

「部屋の窓のホコリのたまり方がさ。数か月はたってそうだから」

「…うん、そうだよ。三か月前に病院へ行ったきり、病気で…」

 

 親交があったのか、アルモニが寂しそうな表情でうつむく。

 ナミは少女の悲しげな横顔を見つめ、次いでシュシュにも視線を向けた。

 

「もしかしてそれからずっと、おじいさんの帰りを待ってるの?」

「みんなそういうがね…わしは違うと思う。シュシュは頭のいい犬だから、主人が死んだ事くらいとうに知っておるだろう」

「じゃ、どうして店番なんて…」

「『宝物だから』」

 

 ナミの疑問に、エレノアが答えた。

 振り返るとエレノアは、じっとシュシュと視線を合わせて目を細めている。まるで会話でもしているようだ。

 

「『ここは、大好きだったあの人のものだから。あの人がいないときは僕が守るって、約束したから、守りたいんだ』……だって」

 

 声からわかる、真剣な思いが伝わってくる。

 エレノアのその言葉は、シュシュの声の代弁そのものだった。

 

「お前さん…!」

「シュシュの言葉がわかるの⁉ すごーい!!!」

「…………ホントに、ご主人様のことが大好きだったんだね」

「困ったもんよ。わしが何度、避難させようとしても、一歩たりともここを動こうとせんのだ。放っときゃ餓死しても居続けるつもりらしい」

 

 プードルは呆れながら、主人との約束を守り続ける忠犬をまぶしそうに見つめる。

 人間よりも強い愛で宝物を守り続ける小さな存在に、いつの間にかルフィたちも黙り込んでいた。

 その時だった。

 

グオオオオオオ…!!!!

 

 大気を震わせるすさまじい咆哮が、ナミたちの耳朶を襲った。

 人間ではありえないその咆哮に、プードルとアルモニはさっと顔を青く染めた。

 

「な…何、この雄叫び……‼」

「こ…こりゃあいつじゃ‼〝猛獣使い〟のモージじゃ」

「ぎゃ―――っ!!!」

 

 何者かはよくわからないが、こんな声を発する奴が普通なわけがない。

 不利を悟ったエレノアは、いまだ動けないルフィをいったん放置してその場で回れ右をした。

 

「よし、戦略的撤退‼」

「「「逃げろォ―――っ!!!」」」

「ルフィ、後でねーっ‼」

「あーあ、なんか来ちまったよ。鍵返せよ、お前ェ」

「ガウ」

 

 めんどくさい事態になったと嘆きながら、ルフィは頑固にその場を動かないシュシュを睨む。

 店の陰から様子をうかがっていたエレノアは、ルフィのもとに巨大な獅子にまたがった着ぐるみの男が近づいてくるのを見ながら、しばらく放っておいても大丈夫だろうとその場を後にした。

 

「……さて、と。まァ、あいつらが店に近づかなきゃ死ぬことはないでしょ…」

 

 シュシュが心配なわけではないが、向こうも人のいないペットフード屋に用はないだろうと放置する。

 ゾロが復活するまで時間をつぶそうと店の裏の通りを歩いていると、轟音とともに何かが吹き飛ばされてきた。

 

「お」

 

 反対側の民家に突っ込んだそれ――破壊された檻から抜け出したルフィを目にし、エレノアはやれやれと肩をすくめた。

 

「よっ。うまい具合に檻が壊れたもんだねェ」

「あーっ、やっと窮屈なところから出られた‼︎ これでようやくあいつら全員ブッ飛ばして、泥棒ナミに航海士やってもらうぞ!!!」

「はいはい…ま、そんだけやる気があるならいいけどさ」

 

 めげない船長に呆れながら、エレノアはルフィとともにぶらぶらと港町を歩く。

 しばらく通りを散歩し、シュシュのペットフード屋の近くに戻ってきたとき、彼らはそれを見た。

 

「ワンワン‼」

 

 響き渡る、シュシュの鳴き声。

 威嚇のものとは違う、深い悲しみを帯びたその声が向けられている方向を見て、二人は絶句する。

 

 そこは、火の海になっていた。

 バギーの手下のモージが操るライオン、リッチーが店を荒らし始めたのを止めようとして、怒りを買ってしまい火をつけられたのだ。

 

「ワン‼ ワンワン‼」

 

 炎にのまれる、主人との大切な思い出の店が灰に変わっていく光景を前に、シュシュは吠え続ける。

 その目から、ぽろぽろと涙を流しながら。

 

『…あんた、なんでこんなことやってんのよ。ご主人はもういないってわかってるでしょ?』

 

 エレノアの脳裏に、シュシュとの対話が蘇る。

 

『このままここにいたら、いつか本当にあいつらに殺されるよ? 何をそんなに……』

『宝物だから』

 

『ここは、大好きだったあの人のものだから、守りたいんだ』

 

『そのためなら、ぼくはここでずっと戦い続ける』

 

 小さな忠義者は、そう胸を張って答えて見せた。

 そんな彼が泣き続ける姿を見て、エレノアの手に力がこもっていった。

 

 

「畜生、あの犬おれにまで噛みつきやがって…あーあー、血が出てる」

 

 バリバリとペットフードを箱ごとむさぼるリッチーの背中に乗ったまま、モージは傷跡の残る自分の腕を抑える。

 腹が立ったが、ずいぶん大事そうにしていた店を燃やしてやってからは随分すっきりした。

 

 それでもぶつぶつ言いながら一味のもとへ戻る途中、立ちふさがる二つの陰に気が付いた。

 

「……? てめェは…オイ……‼」

「しゃべるな、下郎」

 

 殺したはずの麦わら帽の男がぴんぴんした様子で立っていることに、モージは驚愕を抑え込むのに必死になる。

 

 しかしエレノアは、そんな声すらも耳障りというように遮る。

 フードの下の目を怒りでめらめらと燃やすエレノアの隣で、ルフィは小馬鹿にしたように笑った。

 

「あれくらいじゃ死なないね。おれはゴム人間なんだから」

「ごむ人間? 悪運の強さは認めるが、多少頭は打ったか…バカなことは言い出すし……」

 

 モージはリッチーの背中から降り、ぽんとその背中をたたく。

 直後、新たな獲物を用意されたリッチーはすさまじい咆哮とともに二人に襲い掛かった。

 

「また、おれの前に現れるってのもバカだ!!! 頭をかみ砕いてやれっ!!!!」

「ガルルルルルルル!!!!」

 

 向かってくる巨大な獅子を前に、エレノアは片足を差し向ける。

 柔らかい肉を食いちぎろうとその足に噛みつくリッチーだが、ガキンと金属音がして牙が通らないことに困惑する。

 それどころか、数百キロはあるはずの自身の体が、徐々に持ち上げられていくのだ。

 

「どうしたネコ野郎、しっかり味わいなよ」

 

 バリバリと爪を立て、顎の力を強めるリッチーだが、一向にその足が傷つく様子はない。

 慌て始めたリッチーの視界の端で、エレノアはまた指をパチンと鳴らし、手の上に炎を錬成して見せた。

 

「!!? 火がっ…」

 

 屋上にいなかったモージは、エレノアが見せた不思議な力に驚愕で目を見開く。

 エレノアはリッチーを抑え込んだまま、手のひらの上の炎の形を徐々に長く変えていく。

 

「所詮は私も同じ穴の狢………あんた達のやる事にとやかくいうつもりはなかったけど、流石に我慢の限界だよ。お前と同類になんて思われたくない……!!!」

 

 炎は十字の形に変わり、一振りの炎の剣へと形を変えていく。

 ごうごうと燃え盛り、空気を灼剣を振り上げ、エレノアは獅子を睨みつけた。

 

選定金剣(カリバーン)〟!!!!

 

 振り下ろされた炎の剣が、リッチーの腹で炸裂して大爆発を起こす。

 憐れな獅子は業火に呑み込まれ、同時に自身が行った所業の裁きを、主に代わって受ける羽目になった。

 ぶすぶすと煙を吐きながら倒れていく自分の獣に、モージは言葉を失った。

 

「!!!? リッチー……!??」

 

 なにが起こったのかいまだにわからない。

 とにかく、猛獣を失った自分は非常にピンチに陥っているという事だけはわかった。

 

「なんだ……お前ら…何なんだ!!?」

「答えるつもりも、話すつもりもない…‼︎」

 

 怒りを声ににじませ、ザクザクと近づいてくるエレノアにモージは焦る。

 飛び散る火花が、彼に恐怖を刻み込んでいた。

 

「よ…よしっ! お前にな! 好きなだけ宝をやろう‼︎ そ…それと、ここは一つ穏便に……‼︎」

「喋るなと言っている!!!」

「もう謝んなくていいよ。今さら何しようと、あの犬の宝は戻らねえんだから」

 

 穏やかな声で、ルフィはモージに告げる。

 しかしその脳裏によみがえるシュシュの姿に、ごうごうと怒りの炎が燃え盛っていた。

 

「だからおれはお前を、ブッ飛ばしに来たんだ!!!!」

 

 シュシュの無念に代わり、ルフィがモージに向かって手を伸ばす。

 着ぐるみに見える自分の胸毛を掴まれたモージは、普通じゃありえない光景に目を見張り、恐怖で涙を流した。

 

「うわっ、手が…まさか、お前…バギー船長と同じ〝悪魔の実〟の能力者…!!!」

「思い知れ」

「あ…あああおい‼︎ や…やめてくれェああああ!!!!」

 

 懇願むなしく、二人と一匹分の怒りを込めた拳がモージの顔面を貫き、男の体を地面に叩きつけた。

 たとえその宝が戻ってこないとしても、因果は悪漢に戻ってきたのだった。




アルモニはゲーム版・鋼の錬金術師のキャラクターです。
ラストが切なくて仕方がなかったので、勝手に救済することにしました。
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