ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「軍の狗に成り下がったって? ああ? なんとか言え!!!」
「無理です
「エレノア…おいおい、海賊のあんたとエドが一緒とは思わなかったね」
ぼろくそになったエドワードをルフィたちが心配する中、イズミと呼ばれた女性はエレノアを見て目を丸くする。
そしてその隣に立つアルフォンスに訝しげな視線を向けた。
「ん? この鎧はどちら様?」
「あっ…おっ…弟のアルフォンスです。
「アル! ずいぶん大きくなって!」
声や反応で気づいたのか、イズミは満面の笑顔であるに手を差し出す。
ほっと安堵の息を吐き、アルフォンスも握手の手に応じた。
「いやぁ、
が、次の瞬間アルフォンスの巨体は、ぐるりと宙を舞って地面に叩きつけられていた。
その鮮やかさたるや、アームストロングやゾロが感嘆の声を上げる程であった。
「鍛え方が足りん!」
「
「何を言う! お前達が遠路はるばる来たというからこうして…」
腹立たしい、と声を荒げるイズミだったが、それがまずかったらしい。
ごばっ‼と大量に吐血し、周りにいた全員を絶句させた。
「血ィ吐いたァ!!? 医者〜〜〜!!! 医者〜〜〜!!!」
「おめーだろ!!!」
「おれだァ!!!」
「無理しちゃダメだろ、ほら薬」
「いつもすまないねェ」
「お前、それは言わない約束だろ」
「あんた…‼」
シグに口元の血を拭われ、ひしと抱き合う夫婦にルフィたちは何とも言えない表情で目を逸らす。
チョッパーがギャーギャー騒ぐ中、しばらくしてエドワードが気まずげに愛想笑いを浮かべた。
「え~と………あらためて」
「お久しぶりです」
「おじゃまします」
「うん、よく来た!」
バシン、とエドワードの肩を叩き、イズミは笑顔で弟子とその仲間達を迎えるのだった。
「は――まさか事件の黒幕が〝七武海〟なんてねェ…」
「それで反乱軍を追ってか…たいした度胸だねェ、我が国の王女様は」
「いや、まったくだ」
「見ててヒヤヒヤしたもんだぜ、この王女さんはよ」
「でも結構ノリノリで悪役演じてたよな」
「今でも別人なんじゃないかってくらいはっちゃけてたわよね」
「あの……あんまり当時のことを掘り返さないでいただけますと……その…」
「あんまり危ない事しちゃダメだぞ、子供なんだから」
「我輩も同意見である」
「ボクは平和に生きたいと思ってるんですけど兄さんがねェ……」
「なんだよ、おれのせいかよ!」
「……‼ ……!!!」
「一人分はちゃんとあるから飲め、ほら‼」
カーティス夫妻の食卓は、これまでにない騒がしさで包まれていた。
理由は簡単、普段は二人、時に三人だけの空間に、十人もの客人が加わっているからだ。
「にしても大所帯になったもんだ。全員海賊なんだって? みんな随分若そうだが……」
「将来性があると言ってやってよ」
イズミが不思議そうにエレノアに目を向けると、エレノアはどこか誇らし気に胸を張る。
それに対し、エドワードも口を尖らせて肩をすくめた。
「おれ達だって、まさか海賊と一緒に行動する羽目になるなんて思いもしなかったんですよ。成り行きで仕方なくて……」
「そのわりには結構楽しんでたわよね…」
「兄さん、政府に仕えるよりよっぽど向いてるんじゃないの?」
「誰が悪人ヅラだコラ!!!」
好きかって言われるのが我慢ならなかったようで、エドワードがナミやエレノアに怒鳴り返す。
その目の前を、ルフィの手が勢い良く伸びていった。
「あっ‼︎ そりゃおれの肉だぞ!!!」
「うおっ、危ねっ‼︎」
ウソップに肉を奪われたルフィが取り返そうとしたらしいが、伸ばされた手は空を切る。
しかし勢いは死なず、ルフィの手が壁に激突し、大きな罅を入れてしまった。
「あ…」
我に返るルフィだが、時すでに遅し。
次の瞬間には、怒髪天をついたイズミの手によってボッコボコにのされてしまっていた。
「なにうちの店をブッ壊してくれとんのじゃゴルァ!!!」
「ご…ごべんなざい…」
「あーあー、派手に壊してくれちゃって……」
「すみません……すぐ直させますので」
哀れなほどにたんこぶだらけになっているルフィを放置し、エレノアとエドワードが壊れた壁に近づく。
エドワードが前に出て手のひらを打ち合わせ、青い閃光を走らせ壁を元通りに錬成してみせた。
「やっぱりいつ見てもハデね〜」
「私は結構好きな色かも……」
「へへへ…!」
その技術のすごさを見直したナミやビビに褒められ、エドワードは照れ臭そうに笑う。
それを凝視し固まる、師に気づかないまま。
「……エドワード…お前」
イズミの口からこぼれた声に、エドワードは表情を改める。
師が向けている、鬼気迫った険しい表情に、浮かれていた気分が一瞬で消え去った。
「あれを見たのか?」
ドクン、とエドワードの中で動悸が強まる。
過ちを見透かされたように、エレノアとアルフォンスも思わず肩を震わせた。
「……な…何を……」
「見たんだろう?」
「…見ました」
嘘偽りを許さない厳しい声に、エドワードは観念したように頷く。
イズミはじっとその横顔を見つめ、やがて不意と目を逸らした。
「さすがはその年で国家資格を取るほどの天才……って事か」
「天才なんかじゃありません。おれはあれを見たから…
話題について行けず、訝し気に二人を交互に見るルフィたちをよそに、室内は重苦しい沈黙に支配される。
イズミは窓の外を見やり、遠い目になって口を開いた。
「…あそこには、この町の住民が何十人も眠っている」
つられて視線を向ければ、確かに少し先の広場にいくつもの簡素な墓が立っているのが見えた。住人たちなのだろう、と全員が悟った。
「意外なことに、死者は子供の方が少なくってね………みんな自分の子だけは守ろうと必死になって…食べ物を全部与えて飢えて……最後は衰弱し死んだ。うちもどうにか旦那が獲物を仕留めては、食料を与えようと頑張ったんだがね……どうしても間に合わないことも多かった」
それは、どれだけの痛みだっただろう。
救おうと、助けようと努力し続け、それが届かなかった悲しみは、苦しみは。
ルフィたちには、想像することさえ難しかった。
「そんな時にね、子供達に頼まれるのさ……『お父さんとお母さんを生き返らせて』ってな」
ぐっ、とエドワードの表情が苦痛に歪む。
隣のアルフォンスも体を揺らし、兄弟は咎められているかのような態度を見せた。
「生きていればいつか命は尽きて、肉体は土に還り、その上に草花を咲かせる」
かつて弟子たちに語った言葉を、今一度イズミは口にする。
決して忘れていないと示すように、エレノアがその続きを継いだ。
「魂は『想い』という糧になり、周りの人々の心に生き続ける。世のあらゆるものは流れ、循環している。人の命もまたしかり」
「そう…自分ではこんなにもわかりきっているのにな。未だに子供に死を納得させるのはむずかしい」
やるせなさを感じさせる背中を、イズミは弟子たちに向ける。
エドワードは少しの間悩んでから、表情を見せないイズミに問いかけた。
「…
「あるよ」
悩む素振りも見せず、イズミは答える。その現実離れした言葉に目を見張るナミたちをよそに、イズミは背を向けたままエドワードに尋ね返した。
「エド、お前は軍の狗でいてよかったと思った事はあるか?」
「………いつ、いつ人間兵器として召集されて、人の命を奪うことになるかわからなくて…こわいです」
「それでもその特権を利用して成し遂げたい事があると?」
「成し遂げねばならない事があります」
「
ようやく振り向いたと思えば、今度は容赦のない蹴りがエドワードを襲う。
今度は恐怖で絶句するウソップやチョッパーの前を通り過ぎ、イズミは倒れこむエドワードの前に歩み寄った。
「アル、その鎧の中…空っぽだな」
ハッと顔を上げ、アルフォンスがイズミを凝視する。
次いでイズミは、苦痛に顔を歪めるエドワードとエレノアを睨みつけた。
「エドもエレノアも
「どっ…」
「どうしてわかったって? さっきお前を投げ飛ばした時! 左右でちがう足音! 以前よりもぎこちない歩き方! 気付かないと思ったか、私をなめるなバカ者。…言え、何があった」
有無を言わさぬ覇気を伴って、イズミは告げる。
エドワードとアルフォンスは、観念したようにすべてを語り始めた。
彼らが願ったのは、若くしてこの世を去った母を取り戻すことだった。
流行り病で亡くなった母を諦められず、兄弟は〝
イズミに弟子入りしたのもそのためで、散々禁術に手を出すことを、人を生き返らせようとは思うなと釘を刺されたにもかかわらず、研究を重ね続け、ついに実行に移った。
結果は、完全な失敗だった。
錬成の過程においてエドワードは左脚を、アルフォンスは全身を奪われ、生み出された
エドワードは咄嗟に右腕を犠牲にしてアルフォンスの魂のみを取り戻し、鎧に定着させることで窮地を脱したが、失ったものはあまりにも大きすぎた。
兄弟は人体錬成を諦め、失った肉体を取り戻すことを目的にする。エドワードはそのために、より大きな支援を受けられる国家錬金術師になることを決意した。
たとえ、どれほどの地獄を見ることになろうとも。
そして、今に至るのだ。
「……エドとアルにそんなことが…」
「………馬鹿弟子どもが」
耳にしてしまった、エルリック兄弟の壮絶な過去に、ルフィたちはかける言葉が見つからない。
イズミは険しい顔を手で覆い、腹立たしさを隠さずに呟く。
「…しかしまさか、お前までアレに手を出すなんてね」
「………すがりつけるものが、それしかなかったので」
「誰にくれてやった。その両足」
押し殺したようなイズミの静かな問いに、エレノアは表情を綻ばせながら、なぜか誇るように答えた。
「……この世で最も、愛しい人に」
「…そうか、お前にもそんな相手が現れたか」
顔を伏せるイズミはその表情に気づかず、ただ嘆かわしいと眉間のしわをさらに深くする。
誰も口を開けない、重い沈黙が降りていた時だった。
「ん?」
ふとエドワードが、違和感に気づいてエレノアを凝視する。
何か、ものすごく聞き捨てならない要素を聞きのがした様な気がした。
「おい…ちょっと待て姉弟子。え? あんたの愛しい人って……ひょっとしてエースのことか?」
「…わざわざ言わせないでよ、恥ずかしい」
やがて他の者もおかしな部分に気づいたのか、我に返ったように勢いよくエレノアに振り向く。
頬を染めるエレノアに、エドワード達はまさかと目を見開いた。
「……ってことはあいつ、いっぺん死んだってことか?」
「なっ…⁉」
エドワードの言葉に、いち早くルフィが反応する。
慕っている兄が一度命を落としたなど、到底看過できる話ではなかった。
「エースが一回死んだってどういうことだ!!! 何でそんなことになったんだ!!?」
「ちょ…ちょっとルフィ‼ 落ち着きなさいよ‼」
思わず掴みかかりそうになったルフィをゾロやウソップが止めにかかるが、彼らもエレノアに驚愕の視線を向けている。
泰然とした態度で佇んでいるエレノアに、イズミは険しい表情で口を開いた。
「何があった、全て話せ」
問われてエレノアは、事件があった時から数日前のことを思い出す。
忘れようもない、鮮烈な出会いを。
―――〝
グララララ…‼︎
「……こりゃまた無鉄砲なやつが現れたもんだね」
2年ほど前、まだエレノアが〝白ひげ〟の船にいた時のこと。
購入した新聞に目を通していたエレノアが、一面に写っていた若き海賊についての記事に思わず呆れた声を上げた。
「なんでもここ最近で、ものすげェ勢いで名を上げてる海賊らしいぜ」
「〝火拳〟のエース……まだ10代か。なんかそのままとんでもない速さで燃え尽きちゃいそうな子だね」
「ゼハハハハ‼︎ なかなか辛辣だな、エレノア!!!」
半目で頬杖をつくエレノアに、
若くして無謀ともいえる暴れっぷりを披露する青年に、エレノアはなぜか妙な興味を惹かれていた。
「〝D〟か……あんたの名前にもあるよね。なんか意味あんの?」
「さてな……詳しくは言えねェが、探せば他にも結構いるんじゃねェか? なんなら本人に聞いてみりゃいい‼︎」
「そんなもんか…」
自身の中の奇妙な衝動に気づかないまま、エレノアはしげしげと記事を見つめる。
そんな時、エレノアの耳がピクリと震え、遠くから近づく気配を感じ取った。
「……ティーチ、4時の方向から大型船の接近を確認。みんなに警戒を…………促さなくてもいいや」
「んあ?」
「魚人海賊団の船だ」
エレノアの見つめる方向にティーチも目を向け、納得したように肩の力を抜く。
向かってきていたのは、魚の船首を持つ知人を乗せた海賊船だった。
「アラディン、久しぶりだね。今日は一体どんな要件なの?」
突然来訪した魚人の海賊達に、エレノアが真っ先に挨拶に向かう。
船医を務めるイタチウオの魚人を迎え、エレノアは久方ぶりの邂逅に笑顔を返した。
「急ぎ、おやっさんに取り次いでくれ……うちの船長が厄介なことになっている」
「……ジンベエが?」
魚人海賊団の船長を務める実力者に関わる話題と聞き、エレノアは訝しげにアラディンを見つめ返した。
そこには、惨状が広がっていた。
割れた大地、焦げた草木、あちこちに激戦の跡が刻まれた島の端で、一人の人間の青年と魚人の男がうつぶせに倒れこんでいた。
「もう5日も勝負がつかねェ…‼︎」
「死んじまうよ2人とも‼︎ エース〜!!!」
青年の仲間らしい男たちの声が聞こえ、その青年こそが話題の若き海賊〝火拳〟のエースであることが伝わる。
エレノアはその凄まじさに、やれやれと肩をすくめていた。
「これはまた派手にやりあって……」
「どっちも早く応急処置が必要なレベルだよい」
「じゃ、行く?」
「いや………まだだ」
〝白ひげ〟海賊団の船医マルコに確認すると、そんな返答が返ってくる。
エレノアとしては、なぜか今すぐにでも向かいたい衝動があったが、巻き込まれても困るとその言葉に従った。
「にしても…〝七武海〟のジンベエと互角にやりあうとはなかなかの実力者……‼︎ ここで両者相打ちとなると惜しいな…‼︎」
「おめェのお眼鏡にかなうたァ大したやつだ。
感心したように、やや興奮した声を上げていると、エレノアの背に聞きなれた声がかけられる。
一味で最も強く、大きく偉大な海賊の姿を目にし、エレノアは意外そうに目を見開いた。
「パパ…!」
「グララララ…‼︎ そんだけの根性を見せた野郎だァ………ちっとは期待に答えてやろうじゃねェか」
〝白ひげ〟と呼ばれるその男は、満身創痍になりながらも戦おうとしている青年を見やり、楽し気に笑みを浮かべた。
「おれの首を取りてェってのはどいつだ? 望み通りおれが相手してやろう…………‼」
「『白ひげ海賊団』……!!!」
激戦の最中、海岸に現れた巨大なクジラを模した船。
その上に立つ何人もの強者たちと、比較にならない覇気を放つ男を前にして、青年の仲間達は戦慄の声を上げた。
「おれは一人で構わねェ」
そう言って、世界最強と謳われる海賊はその島に降り立つ。
そこからはあまりに一方的だった。全員で立ち向かうが、誰一人として敵わず、弾き飛ばされる。まるで遥か高い山を相手にしているような虚しさだった。
「〝炎上網〟!!!」
その時、エースが咄嗟に動く。自らの身体から炎を噴き出し、自分と仲間の間に灼熱の壁を作り出したのだ。
「船長!!!」
「エース船長ォ‼ 何すんだよ」
「お前ら逃げろ!!!」
「………何だ…今更腰が退けたか…」
勇ましく挑んできて退くつもりか、と白ひげは目を細めるが、エースの目に臆した様子はない。
見覚えのある目に、白ひげはいつの間にかにやりと笑みを浮かべていた。
「仲間達は逃がして貰う…!!! そのかわり…おれが逃げねェ……!!!」
「ハナッタレが、生意気な…」
己を犠牲にしてでも仲間を、そして己が誇りを守ろうと立ち塞がる若き命。
火炎を纏い、まっすぐに突っ込んでくる無謀ながらバカにできない逸材に、白ひげは可能な限りの全力で応えてみせた。
「グラララ………まだ立つか…今死ぬには惜しいな、小僧」
なすすべ全てが防がれ、圧倒的な力を前に膝をつくエースに、白ひげは懐かしさを覚えながら笑う。
娘の勘がここまで的中していることに、驚嘆を隠せないまま。
「まだ暴れたきゃ、この海でおれの名を背負って好きなだけ暴れてみろ………!!! おれの息子になれ!!!」
「フザけんなァ!!!」
敵として、命を狙ってきた相手にかけるとは思えない、異質な言葉。
受け入れることなどできるはずもなく、最後の抵抗とばかりに吠えたエースは、そのままゆっくりと倒れていく。
その体を、瞬時に舞い降りた一人の天使が全身で受け止めた。
「…なんだろう。なんかやっと………見つけた気がする」
ゾクゾクと全身に走る震えに困惑しながら、エレノアは深い眠りについたエースをじっと見つめ続けていた。
ずっと探していたなにかが、目の前に現れたような気がして。