ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第91話〝帰還者達〟

 エースはふと、目をさました。

 朝になれば勝手に目が覚めるように、ごく普通に。

 

「お…おおおお!!! エース‼ 目が覚めたか!!!」

「ウソだろ…‼ 信じられねェ!!!」

「……おれは、何で…何があった…?」

 

 サッチやほかの面々がエースに気づき、歓喜の声を上げているが、エースにはその理由がわからない。

 自分がなぜベッドで寝ていたのかも、全く理解できなかった。

 

「エレノアに感謝しろよ…‼ あいつは命がけでお前を助けたんだからな」

「今回ばかりは、おれでもお手上げだったからよい」

「お手上げ…? お前…船医だろ…なのにお手上げって……」

「……見りゃわかるよい」

 

 訝し気に問いかけるエースの、マルコは悲痛に顔を歪めて促す。

 嫌な予感がしたエースは、恐ろしく気怠い身体に叱咤しながらマルコの視線の先、医務室の方へ向かう。

 

 そこでエースは、絶句した。

 医務室のベッドの横になる、両足のない天使(エレノア)の姿を目にして。

 

「お前…‼ 足が…!!!」

「錬金術の禁術とやらで……自分の両足を犠牲にしてお前の魂を呼び戻した…らしい」

「その結果が……これかよ!!!」

 

 失った足がひどく痛むのか、ベッドの上で冷や汗をかいてうめいているエレノアに、ナースたちが懸命の看護を施している。

 がっくりと膝をついたエースは、エレノアの痛みを自らも感じているように、くしゃくしゃに顔を歪めた。

 

「何で……おれのために…こんな…!!!」

 

 ずっと敵愾心を燃やし、やさしくかけられた言葉も払いのけて来たのに、命を懸けて救ってくれた。

 誰にも望まれずに生まれてきた彼には、そうする意味がまだわからなかった。

 

「なんで……お前は、おれにそこまでの事を………!!?」

「あなたに生きてて欲しいから……。理屈じゃないの……ただ……体が勝手に動いてた」

 

 高熱で苦しみながら、エレノアはか細い声で答える。

 その顔に、無理矢理作った、しかし本心からの笑顔を浮かべて。

 

「あなたに会えて…よかった。そう思えるの」

 

 エースにはまだ、理解できない。いや、頭が納得することを拒む。

 それでも彼の中には、形容しがたい暖かい何かが生まれていた。幼き日に出遭った、二人の兄弟からもらったものと同じ何かが。

 

 

 その日の夜、エースは一人白ひげのもとを訪れていた。

 それまで抱いていた敵愾心をすべて捨てた、真剣な様子を伴って。

 

「話ってのは……何だ?」

「……おれはさっきまで、真っ暗な闇の中にいた」

 

 樽ごと酒をかっ食らう白ひげの前で、エースは語り始める。

 

「そこは何もなくて、ただ身体が引っ張られる感覚だけがあった……何でそんなところにいるのかもわかんなかったけど…このままじゃまずいって事だけはわかった」

 

 白ひげにとって、目の前で一味に誘った者が手にかけられた光景は最低なものだったのだろう。明らかに腹立たし気に眉間にしわが寄っていた。

 

「そんな時、あいつがおれの手を引いてくれた。取り返しのつかないところに行きかけてたおれの手を掴んで、あそこから引っ張り出してくれた。………そして目が覚めて…あいつが払った代償を知った」

 

 黙り込む白ひげの前で、エースは徐々に項垂れ、身を震わせる。

 自分が作ってきた心の壁が、どれだけの痛みをあの天使にもたらしたのか。それを身に沁み、湧き上がる想いを自覚しないまま。

 

「おれは…あいつの想いに応えなきゃならねェ……おれの持てる全力で…応えてェ…!!! ……頼みがある…〝オヤジ〟」

 

 顔を上げ、拒み続けてきた呼び名を口にするエースの目に浮かぶ、新たな炎。

 白ひげはそれを目にし、にやりと笑みを浮かべた。

 

「…覚悟決めやがったか……グララララ」

 

 

 数日後、エレノアの熱がようやく引いたという知らせに、エースは船内を全速力で駆ける。

 背中を見たほかの船員たちを驚かせ、気にせずエースは医務室へ向かう。

 

「おいエレノア!!! 見てく…」

 

 ドアを蹴り破る勢いで入室したエースが、初めて見せる笑顔でエレノアを探す。

 が、上半身をあらわにしてナースに背中を拭いてもらっている彼女を見て、その表情が固まった。

 

「レディの部屋に入るときはまずノックが基本です…!!!」

「ず…ずまん……ずびばぜんでじだ…!!!」

「にゃははは…気にしてないからいいよ」

 

 鬼の形相と化したナースにボッコボコにされ、地に伏したエースにエレノアは恥ずかしそうに笑う。

 エレノアが服を着替えてから、エースは改めてエレノアに向き直った。

 

「見てくれエレノア…‼ ホラ‼」

 

 そう言ってエースが背中を見せると、そこに刻まれているのは海賊マーク。

 白ひげの息子であることを示すマークを、エースは誇らしげに見せた。

 

「…‼ そっか…決めたんだね」

「ああ…‼ ――これからはおれがお前を……家族を守る…!!!」

 

 真剣な表情のエースが見つめるのは、太腿の半ばから先が無くなったエレノアの両脚。

 以前の気の強さは健在ながら、かつての力を奪われてしまった命の恩人にして、今や誰よりも強く想う女。

 

「…これから、よろしく頼む…‼」

「………うん。よろしくね、エース」

 

 華が咲くような柔らかな笑みを浮かべるエレノアに、エースもまた笑う。

 その後、互いが互いに抱く想いに気づくまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 時は戻り、『ユバ』のカーティス宅。

 エレノアの持つ過去を聞き終えた麦わらの一味とカーティス夫妻は、沈黙の中にあった。

 誰もが信じられないといった様子で、エレノアを凝視していた。

 

「……店を出て五軒となりに………」

 

 顔を手で覆っていたイズミがふと口を開き、全員が訝し気に振り向く。

 直後、イズミの両目がギラリと光り、凄まじい怒気が噴き出した。

 

「……カンオケ屋があるから自分のサイズに合ったのを作って来い‼」

 

 ボキボキと拳を鳴らす師の殺気に、弟子達だけでなくルフィ達も震えあがる。

 涙目で距離をとるエレノアたちだったが、やがてイズミの殺気は何事もなかったかのように霧散していった。

 

「冗談はさておいて…あれほど人体錬成はやるなといったのに 師弟そろってしょーもない…」

「やっぱり師匠(せんせい)も…」

内臓(なか)をね、あちこち持って行かれた」

 

 呆れたようにイズミが呟き、自らの腹をさする。

 そのため息はエレノアたちに向けてか、それとも自分に対してか。

 

「大馬鹿者だよ、ほんとに」

「すいません」

「ばかたれ!」

「すいません」

「おろか者!」

「はいっ」

「くそ弟子!」

「おっしゃる通りで」

「豆‼」

「……………………はい…」

「…………頑張ったんだね」

 

 次々に襲い掛かる罵倒の直後に、イズミは悲し気にエレノアと兄弟を見つめる。

 思わぬ優しさに、エレノアもエドワードもアルフォンスも、一瞬ぽかんと呆けてしまった。

 

「いえ…これは自業自得ですし、慰めてもらう資格なんて…」

「ああ…」

「うん」

「このばかたれが、無理しなくていい」

 

 戸惑い気味に返答する弟子たちを、イズミは優しく抱き寄せる。

 そのぬくもりに、弟子たちは目を見張り、やがて苦し気に顔を歪めていく。

 

「すいません」

「すいませ……ごめんなさい」

「ごめんなさい」

 

 ルフィたちやシグたちが痛々しそうに見つめてくる中、心と体に大きな傷を負った弟子たちはただ、謝り続けた。

 そしてイズミは、エレノアに羨望のような目を向け、深いため息を吐いた。

 

「……人体錬成、その中でも死者の蘇生を成功させたか………我が弟子ながら恐ろしいやつだよ」

「……たんに運が良かっただけです。ゼロから人間を創造したわけじゃなくて…破損した肉体を修復し、魂を()()()()から呼び戻して繋ぎ合わせる……最初から最後まで必死でした。…………手遅れだった家族も、いますし」

「時間が遅ければ、間に合わなかったわけか…」

 

 エレノアとエルリック兄弟の違い、それは人間を創造したか修復したか。

 どちらも神の所業に近く思えるが、聞いてみればかなりの難易度の違いがあるようだ。

 

 ナミはそれを聞きながら、ずいぶん前にエレノアと交わした会話について思い出していた。

 

 ―――いったいどういう事情があってそんな足になるわけ?

 ―――…………女の意地、かな?

 

「…あれってそういう意味だったんだ」

 

 今なら、あの時どこか誇らしげだった表情の意味が分かる。

 ルフィはじっとエレノアの横顔を見つめ、やがてその場で深々と頭を下げた。

 

「ありがとう、エレノア…!!! おれの兄ちゃんを…助けてくれて……!!!」

「……もう…家族を失いたくなかったからね。代償は大きかったけど……私は後悔していない」

 

 エレノアは苦笑し、ルフィの肩を軽く叩く。

 イズミはそれに、悔し気な微笑みを見せていた。

 

「しかし、私でさえできなかった域にまで達しちまうとは、天才ってやつかねェ」

「…天才なんかじゃありません。私達はあれを見たから…」

「いや、あれを見て生きて帰って来れただけでも十分に天才と呼べるだろう。わが弟子ながらたいしたものだね」

 

 代償として、体の一部を奪われる。それがどれだけ恐ろしいことか。錬金術には全くもって疎いチョッパーにも、背中に震えが走る。

 やがてイズミは、表情を改めてエレノアたちに向き直った。

 

「でも、ケジメはつけなきゃならないんだよ。破門だ」

 

 わかりきっていた言葉に、それでもエドワード達は息を呑む。

 

「私はね、お前達をそんな身体にするために錬金術を教えたんじゃないんだよ。もう弟子とは思わない」

(せん)……」

「アル」

「やることがあるんだろう。今日はもうさっさと休みなさい」

 

 背を向けてしまったイズミに、エレノアたちは寂しげな目を向ける。

 だが、告げられた決断は覆らない。考え着く中でも最も優しい処分に、エレノアもエドワードも反論はしない。

 

「お世話になりました‼」

 

 深々と頭を下げる弟子に、イズミは決して痛みに歪む表情を見せなかった。

 

 

「あいつ、一人目の子供を身籠もった時に病気をしてな。頑張ったんだけど産んであげられなくて、その時二度と子供ができない身体になって…一晩中謝られたよ。あいつは何も悪くないのにな」

 

 砂塵が吹き抜ける夜の『ナノハナ』の町を、シグとエドワード達が歩く。

 夫であるシグが、当時の妻の悲しみを癒せない無力感に、どんな思いを抱いていたことだろうか。

 

「その時から人体錬成を考えてたんだろうなァ、結果あのザマだ。気付いてやれなかったおれもバカだけどよ」

 

 深い深いため息に、エレノアたちも悲し気に目を伏せる。

 ただ一人、家族を奪われずに済んでいるエレノアを見やり、エドワードは夜空を仰いだ。

 

「……何が足りなかったんだろうなァ。おれ達も師匠(せんせい)も…」

「兄さんの理論は完璧だった…あの時はそう思えた」

「…東の海(イースト・ブルー)で聞いた話なんだけどね」

 

 果てしない無力感を抱いているエドワード達に、エレノアは迷うように口を開く。

 慰めにしかなりそうにないが、言っておいた方がいいような、そんな気がしていた。

 

「人の…生き物の魂はみな不滅のもので、肉体が死ぬとそこから離れ、また別の肉体に宿るんだって。俗にいう……輪廻転生」

 

 エレノアが何を言いたいのか察したのか、エドワード達は納得したようにハッと息を呑む。そしてやはり、自分の不甲斐なさを嘆くように顔を伏せてしまった。

 

師匠(せんせい)や…おれ達が人体錬成を行ったときにはすでに……」

「……母さんの魂は、別の誰かに生まれ変わっていたと」

「エースは肉体を離れて間もない間に()()()()から呼び戻された。だから蘇生に成功した…そういうこと?」

「可能性としては…」

 

 ぼりぼりと頭をかき、エドワードは肩を落とす。しんと黙り込んでしまった兄弟から、エレノアは辛そうに目を逸らした。

 

「輪廻転生…か。そう言われてみれば、納得しちゃいそうなものがあるね………」

「俺たちが研究を始めた時には、すでに遅かったわけだ」

「あの…ごめん。傷口に塩を塗るような真似して」

「いや、いいんだ。むしろ大事なことが聞けた……もうどこかのだれかのものになっちまってたんなら、呼び戻せるわけないよな………かなわねェな、姉弟子には」

 

 おれ達何やってんだろうな、とエドワードは虚空を見つめる。

 ここではないどこかを見つめる弟弟子を見ながら、エレノアも目を細めた。

 

「………サッチは、救えなかった私を恨むかな………」

 

 ()()()彼とは異なり、()()()()()()()()家族のことを思い、エレノアはずきりと胸が痛むのを感じていた。

 

 

 翌日、一時の休息を終えたルフィたちは、トトやイズミたちと向かい合い、別れを惜しんでいた。

 

「すまんね、ビビちゃん…エルリック君たちも…とんだ醜態をみせた…」

「ううん、そんなこと………」

「…じゃ、おれ達行くよ…色々ありがとうございました、せんせ…」

「やめな。破門だと言ったはずだよ……とにかく、体には気をつけな」

「……すみません」

 

 最後まで厳しいイズミに、兄弟とエレノアは気まずげに頭を下げる。

 そんな中トトは、ちゃぷちゃぷと音を立てる、中身が詰まった小さな樽をルフィに手渡した。

 

「ルフィ君、これを持って行きなさい…」

「うわっ、水じゃん‼」

「水――――!!?」

 

 思わぬ餞別にルフィが目を輝かせる。

 昨晩ルフィは、せめてもの手助けになろうと一緒に砂を掘り続けていたらしい。途中ほとんど邪魔になっていた上、途中で眠ってしまったようだが。

 

「出たのか⁉」

「昨夜、君が掘りながら眠ってしまった直後にね、湿った地層までたどり着いたんだ。なんとかそいつを蒸留して水をしぼりだした」

「おおーっ‼ なんか難しいけど、ありがとう大切に飲むよ‼」

「正真正銘ユバの水だ…すまんね、それだけしかなくて…」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるトトだが、一味にとってはかけがえのない贈り物である。

 少しばかりやる気が上昇し、エドワード達も顔を上げた。

 

「じゃあ…先生、お元気で」

「待ちな!!!」

 

 背を向けようとしたエドワード達を、イズミが大きな声で呼び止める。

 何事か、と振り向く弟子たちに、イズミは腕を組んで告げる。

 

「……お前達はもう私の弟子じゃない。だが……見捨てたわけじゃない」

 

 ハッと目を見開き、エレノアと兄弟はイズミを凝視する。

 突き放した弟子の手前、どこか言い辛そうなイズミは、それでも我慢して先を続けた。

 

「もう…錬金術について何かを教えるつもりはないが……一人の人間としてなら話を聞いてやってもいいとは思っている」

 

 シグやメイスン、トトが微笑ましげに見つめてくるのを恥ずかしく思いながら、イズミはキッとエレノアたちを見据えた。

 

「お前達が相手にしようとしているのは、国の信頼を受けている強大な敵だ。……どんな結末を迎えることになろうと、決して折れるな。私の()()()()()なら…最後まで全力で戦え」

「……!!! はい!!!」

 

 彼女らしい、厳しさと優しさが詰まった声援に、エレノア、エドワード、アルフォンスは力強く答える。

 形なき応援を受け取ったルフィたちは、使命を果たすため、元来た道を引き返していくのだった。

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