ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「や~れやれ…すっかり遅刻しちゃったじゃないの」
『レインベース』の裏通り。
しんと静かなその場所で、エレノアが忌々しげにため息をつく。
「私一人に何人かかってくるつもりなのよ。こんなに兵力無駄にしちゃってまァ………別に全然余裕だけど」
彼女が腰掛けているのは、柄の悪い人相で凶器を持った男たち。バロックワークスに属する賞金稼ぎたちだ。
全員まとめてボコボコにされているのに対し、エレノアに至ってはかすり傷ひとつない。
「さてと…いい加減いかなきゃみんな待ってるかも………」
待ち合わせ場所である『レインディナーズ』から少し離れてしまったことを悔やみ、エレノアが腰をあげる。
しかしその直後、表情を変えたエレノアは勢いよく飛びのいていた。
黒い刃が、壁を斬り裂いて襲いかかってきたからだ。
「あらら…一瞬で片付けて上げようと思ったのに、思ったより勘がいいのね」
ガラガラと家屋を崩し、賞金稼ぎたちを吹き飛ばした二人組が、瓦礫を踏み越えて姿を現わす。
しかしエレノアは、彼女たちの姿を目にする前から、表情を引きつらせていた。
「でも本当にかわいそうな子……苦痛がその分長引くことになっちゃったわね…‼」
「…………最っ悪だ」
蠱惑的な笑みを浮かべ、長く伸びた爪を見せつける眼帯を巻いた美女を凝視し、エレノアは頬をひくつかせる。
一目で、油断ならない敵と本能が告げていた。
「冥途の土産に名乗ってあげる。バロックワークス・オフィサーエージェント、ミス・リープデイ」
「みすたーはーふわん」
「悪く思わないでほしいんだけど、
不敵に笑う美女、ミス・リープデイとにんまりと笑う丸い男、Mr.0.5。
組織の中でも凶悪と噂される二人組が、エレノア一人に向けられていた。
「せめて苦しまないように殺してあげるわ」
「そいつはどうも…………」
いっそ慈悲深い言葉に、エレノアは笑みを浮かべる。
だがそれは、ヤケになったがゆえにこぼれたものではない。
「ご愁傷さま」
自分の狙いが当たったことに対する、安堵の笑みだった。
「サンジのマネ。『肉くったのお前かー‼』」
檻の中に囚われたままのルフィが、一発芸を披露してウソップを爆笑させる。
そんな緊張感のない二人に、ナミの鉄拳が容赦なく襲いかかった。
「まじめに捕まれ!!! こんなに深刻な事態になんであんた達は…!!!」
「だって出られねェんだからヒマじゃねェかよっ」
「出られないから深刻なんじゃないのよ!!! このまま殺されちゃかもしれないのにっ!!! ――で、あんたは何寝てんの!!?」
「お、朝か」
「ずっと朝よ‼」
さっきからぐーぐーといびきをかいていたゾロが、眠気まなこをこすってようやく起き上がる。
ツッコミに忙しいナミに、檻の外のクロコダイルが小馬鹿にするように呟いた。
「………威勢のいいお嬢ちゃんだな…」
「何よ…‼ そうやって今のうちに余裕かましてるといいわ…‼ こいつらがこの檻から出たらあんたなんか雲の上まで吹き飛ばされておしまいよ‼ そうでしょ⁉ ルフィ!!!」
「あたりめェだこのォ!!!」
「………ずいぶんと信頼のある船長の様だな、麦わらのルフィ…」
拳を構えて、微塵も臆した様子を見せないルフィに、クロコダイルは笑みを見せる。
完全に見下した、嘲笑の目を向けて。
「………信頼…クハハ、この世で最も不要な物だ」
「なにあいつっ‼ 人をバカにして‼」
「やや…やめとけって、いまにも怒るぞあいつも」
自分たちを一切問題と思っていない余裕の態度に、ナミが目を剥いて肩を震わせる。ウソップが止めても聞きそうになかった。
場の雰囲気が険悪になってきた時、地下の部屋に新たな客人が訪れた。
「クロコダイル!!!」
険しい形相で、肩を上下させるビビが、階段の上からクロコダイルを睨みつける。
それに対するクロコダイルの表情は、醜悪な愉悦だった。
「…やァ…ようこそ、アラバスタの王女ビビ。いや…ミス・ウェンズデー。よくぞ我が社の刺客をかいくぐってここまで来たな」
「来るわよ…!!! どこまでだって…………!!! あなたに死んでほしいから………‼ Mr.0!!!」
「死ぬのは、この
暗器を構えたビビが、憎い男に向かって走り出す。
策も何もない。頭に血が上った王女はただ、国の敵に一矢報いることしか考えられていなかった。
「待てビビ!!! ここを開けろ‼ おれ達を出せ!!!」
「ビビ!!!」
「王女さん!!!」
無謀な挑戦を止めようと叫ぶ一味だが、ビビがその足を止めることはない。憎悪に燃える目で仇敵を見据え、暗器を思い切り放った。
狙いは外れず、クロコダイルの首に食らいつき、見事にその頭部を斬り裂いてみせた。
「うおおっ!!?」
「ムダだ…」
歓喜の声を上げるルフィたちだが、エドワードやアルフォンスが返すのは悔しげなうめき声のみ。
次の瞬間には、急所を斬られたクロコダイルの身体が、サラサラと砂つぶに変わり、ビビの真後ろで復活していたのだから。
「気が済んだか、ミス・ウェンズデー」
目を見張るビビの首に片腕のフックをかけ、不敵な笑みを見せる。
一気に血の気が引いたビビは、悲痛な表情で言葉をなくした。
「この国に住む者なら…知ってるハズだぞ。このおれの〝スナスナの実〟の能力くらいな………ミイラになるか?」
「!!! …す…砂人間………!!!」
「
「コラお前ェ!!! ビビから離れろぶっ飛ばすぞ!!!!」
一味のある者は絶句し、ある者は激昂し、ある者は歯を食いしばる。
圧倒的な実力の差を見せつけられたビビは、なすすべもなく並べられた椅子の一つに座らされた。
「座りたまえ…………そう睨むな。ちょうど頃合………パーティーの始まる時間だ。違うか? ミス・オールサンデー…」
「ええ……7時を回ったわ」
クロコダイルの確認に、ミス・オールサンデーはフッと微笑んで頷く。入念な準備が進められてきた計画が、ついに実行される。
悪夢の時間が、始まるのだ。
「なぜそんなことを…!!! ………国王様…」
『ナノハナ』の港町は今、騒然としていた。
突如町を訪れた一団、その最前面に立つ男性の言葉に、理解が追いついていなかったからだ。
「正式に謝罪しているのだ!!! この国の雨を奪ったのは私だ!!!」
「コブラ様…何をそんな冗談…!!!」
「………国王様…!!!」
「よって、あの忌々しいダンスパウダーの事件を忘れるために、この『ナノハナ』の町を消し去る」
信じられない言葉が連続して放たれ、住人たちは皆呆然と立ち尽くす。
しかしアラバスタ王国国王コブラの表情に、冗談やからかいの意図は全く見受けられなかった。
「不正な町だ、破壊して焼き払え!!!」
「はっ!!!」
王の命令で、付き従っていた兵士たちが動き出す。
言葉をなくし立ち尽くしたままの住民たちを追い払い、あたりの建物を破壊し始めたからだ。
途端に街には悲鳴がこだまし、騒がしさは頂点に達した。
「おい国王!!! お前が雨を奪うから…!!! 町は、みんな枯れてくんだ!!!」
それを止めようと立ちふさがったのは、以前反乱軍に入りたいと抗議した少年カッパだった。
コブラは彼を無表情で見下ろし、あろうことか無言のまま蹴り飛ばした。
「みんなの敵をおれが取ってやる!!!」
「キミ! だめよやめなさい‼」
地面の倒れながらも、立ち向かおうともがくカッパを町の女性が慌てて止める。
そこへついに、王を最も憎んでいると言っても過言ではない男が、馬を操って駆けつけてきた。
「コーザ!!!」
「コーザさん‼」
国を憂うもう一人の英雄の登場に、住民たちの表情が少し晴れる。
コーザは町を襲う光景に目を見張り、ギリギリと歯を食いしばりながらコブラを睨みつけた。
「何のマネだ…貴様…」
「謝りに来たのだ」
「フザけるな、黙れ!!! …なんて侮辱だ…!!!」
「ダンスパウダーでこの国を枯れさせているのは、私だ」
「黙れと言ってるんだ!!! くそったれ!!!」
謝罪と言いながら、全く悪びれる様子のない王の姿に、コーザの怒りが爆発する。
誰よりも言ってはならない男が、何よりも言ってはならない言葉を吐いているのだから、当然の感情であった。
「枯れた町に倒れた奴らが、どんな気持ちで死んだかを知ってるのか!!? お前に恨みや怒りをもってたわけじゃない…!!! どいつもこいつも最後までお前を信じて死んだんだ!!!」
コーザの剣幕にも、コーザを追って駆け込んでくる反乱軍を見ても、コブラは表情一つ変えない。
それがさらに、コーザの激情をさらに煽り続けていた。
「ウソでもせめて〝無実〟だとお前が言わなきゃ、彼らの気持ちはどうなるんだ!!!!」
コーザがそう、本音を叫んだ直後だった。
コブラの兵士たちが突然、コーザに銃口を突きつけて発砲したのだ。
「キャ――!!!」
「コーザ!!!」
目の前で起きた残酷な光景に、逃げ回っていた住民たちが悲鳴をあげて目を覆う。
駆けつけてきた反乱軍も、リーダーを襲った悪意に言葉をなくしてしていた。
「コーザさん!!!」
「リーダー!!!」
「コブラァ~~~~~~!!!!」
額に傷のある男も、同志を無慈悲に傷つけた男に対し、まるで鬼のような形相で吠える。
怒号と悲鳴が響き渡る中で、不意にコブラはにんまりと、別人のような満足げな笑みを浮かべた。
「そろそろ時~~間だ~~わねェいっ!!!」
口調も、表情ももうコブラではなかった。
コブラがそれをみせた時には、住民は逃げ、反乱軍はコーザのもとに駆け寄り、注意をそらしてしまっていた。
「コーザ‼ しっかりしろ!!!」
「国が…本当はみんなが…その答えを知りたがったから……!!! おれ達は戦ってたんじゃないのか!!!! 少なくとも、おれはそうさ」
安否を確認しようと声をかける仲間をよそに、コーザは悔しげに顔をしかめてうめき声をこぼす。
額に傷のある男が、コブラに凄まじい殺気を向けて襲いかかろうとした時だった。
「巨大船が港につっ込むぞ――っ!!!」
港に向かって、あまりに大きすぎる船が迫っていた。
不自然にボロボロの状態のそれは止まる気配を見せず、火の手が上がる街に倒れこんできた。
「何だあの船はァ!!!」
「うわああ!!!」
「倒れるぞ!!!」
「港から離れろ!!!」
さらなる悲鳴が起こる『ナノハナ』の町。
逃げ惑う人々の間を、一組の男女が悠々と通り抜けていった。
「最終作戦にしては…骨のない仕事だったわ」
「今までに一度でも骨のある仕事があったか?」
つまらなそうに呟くミス・ダブルフィンガーと、あきれた様子のMr.1。
二人から少し離れた場所では、やかましく笑うコブラいや、コブラになりすましていたMr.2・ボン・クレーが撤収を始めていた。
「が―――っはっはっはっはっはっは!!! ど――うだったかしら‼ あちしの
「最高――っス♪ Mr.2・ボン・クレー様!!!」
元の姿に戻ったMr.2に合わせて、兵士を装ったバロックワークスの社員たちが逃げていく。
全ては偽り、計画された演技だったのだ。
彼らの誤算はただ一つ、それを目撃してしまった少年がいたことだ。
「……あの国王は…!!! ニセ者だったんだ!!! ……‼ 大変だ……‼ みんなダマされてるんだ…‼ 早く伝えなきゃ」
先ほどコブラに吠えていたカッパが、真実に気づいて愕然となる。
どうにか我に返ったカッパは、すぐさま誰かに伝えねばと踵を返そうとする。
だが、それは叶わなかった。
「いけないボウヤね………何を
「…あのオカマ野郎、くだらねェミスしやがって…‼」
Mr.1とミス・ダブルフィンガー、組織の中でも凶悪な二人が、少年に気づいてしまっていた。
「誰だ…」
「黙っててくれっつっても…無駄だろうな……」
町はもはや地獄と化していた。
あちこちで火の手が上がり、悲鳴と怒号が混じり、傷ついた人が倒れていく。
その中には、カッパの姿もあった。
「おい、ボウズ!!! 大丈夫か!!?」
「非道い!!! まさかこれは…!!! 国王軍が…!!?」
血まみれで地に転がるカッパに気づき、反乱軍の青年たちが慌てて駆け寄る。
カッパは朦朧とする意識の中、真実を伝えようと必死になっていた。
「……ぢ………ちが………‼ ゲホ!!! ちが…」
「血…⁉ ああ、わかった!!! 血はすぐに止めてやる。あまり喋るな、すぐに医者に診せてやるから」
「なんて奴らだ!!! こんな子供を!!!」
だが、カッパの声は届かない。
違う、と口にしようとしても、それが言葉として形になってくれなかった。
傷を負ったコーザは、そんな少年の姿に眉間にしわを寄せた。
「コーザ…!!!」
「…この国を…終わらせよう…!!!」
「信じた己が……バカだった…!!! もはや慈悲は………必要ない!!!」
戦いに、ためらいがあった。何かの間違いであることを心の何処かで信じて、出す必要のない犠牲が出てしまった。
思いを踏みにじられた彼らは、もはや止まらなかった。
「全支部に連絡を……‼ …これを最後の戦いにすると…」
「戦うのかコーザさん‼ でも武器が全然揃ってないんだ…!!!」
「待て…‼ …港に突っ込んできた巨大船は〝武器商船〟だ。武器なら腐るほどある」
「………ほんとか」
「…まるで天の導きだな…」
人々を苦しめる運命を定めながら、救いの手を差し伸べるのか。
皮肉げに笑い、コーザは立ち上がると人々に見えるように壇上に立ち、片腕を掲げる。
「聞け反乱軍…!!! 現アラバスタはもう死んだ!!! これが最後の戦いだ…アルバーナを攻め落とすぞ…!!!」
和解の時はもう来ない。その火蓋は、今まさに切って落とされた。
つもり続けた悲劇が今、憎しみの炎となって激しく燃え上がろうとしていた。
「アルバーナに総攻撃を仕掛ける!!!!」
「チャカ様!!! どうか御判断を!!!」
「我々はあなたに従います!!!」
また王宮でも、大きな騒ぎが起こっていた。
突如行方知れずになったコブラが街に現れ、破壊活動を始めるという暴挙に出たというのだから。
報告を聞いた護衛部隊の一人、チャカは険しい表情で頭を抱える。
決してそのようなことをする人物などとは思わない。
しかし現にその目で見たという者がここまで多く現れたのならば、その信頼は揺らいでしまった。
「かくなれば我らの本分を全うするまでだ!!!」
もはや真偽を確かめている時間はない。
王やもう一人の守護者がいない今、ここまでの大事を決断できるのは自分一人しかいないのだ。
「私達はアラバスタ王国護衛隊!!! 国王不在にして滅びる国などあってはならぬ‼ 目に見える真実を守れ!!! この国を守るのだ!!!」
賽は投げられた。抗う他にすべはない。
積み重ねてきた誇りが、この窮地に立ち向かうことを選ばせた。
「反乱軍を迎え撃つ!!! 全面衝突だ!!!」
最大最悪の悲劇が、始まろうとしていた。