ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第95話〝手も足も出ない〟

 レインディナーズの秘密の部屋に、クロコダイルの哄笑が響き渡る。

 ビビたちに見えないその光景を教えてやったことが、愉しくて仕方がないように。

 

「始まっちまったか」

「なんて作戦を…‼」

 

 血も涙もない、人の道を外れた計画の全貌を聞き、両腕を縛られたビビが歯を食いしばる。

 目の前にいるこの男が、もうビビには悪魔にしか思えなかった。

 

「どうだ、気に入ったかねミス・ウェンズデー。君も中ほどに参加していた作戦が今、花開いた…耳を澄ませばアラバスタの唸り声が聞こえてきそうだ!!!」

 

 人と人が殺し合うのに必要なのは、まさしく『正義』。

 己の想いこそが正しいと信じ、それをかなえるために他の全てを敵に回す。クロコダイルはそれを、見事に利用してみせたのだ。

 

「…そして心にみんな、こう思っているのさ。おれ達がアラバスタを守るんだ…!!!」

「やめて!!! なんて非道い事を……!!!」

「ハハハハ………‼ 泣かせるじゃねェか…‼ 国を想う気持ちが国を滅ぼすんだ…!!!」

「…外道って言葉はコイツにピッタリだな」

「…あの野郎ォ~~っ‼ この檻さえなけりゃ……‼」

 

 一発といわず、何十何百発でもぶん殴りたい衝動に駆られるルフィやエドワードだが、悲しいことに海楼石の檻はびくともしない。

 クロコダイルは満足げに、計画が完遂されるその瞬間を待っていた。

 

「思えばここへ漕ぎ着けるまでに数々の苦労をした…‼」

 

 クロコダイルが笑みを浮かべ、重ねてきた仕事の積み重ねを思い出す。

 社員集めに始まり、ダンスパウダー製造の為の『銀』を購入する資金集め。

 滅びかけた町を煽る破壊工作。

 社員を使った国王軍濫行の演技指導。

 それらはすべて、同じ結果に向かっていった。王への信頼の崩壊へと。

 

「なぜ、おれがここまでしてこの国を手に入れたいかわかるか、ミス・ウェンズデー」

「あんたの腐った頭の中なんてわかるもんか!!!」

「…ハッ…口の悪ィ王女だな」

 

 ビビの叫びも、クロコダイルは気にしない。

 スモーカーやミス・オールサンデーが意味深な沈黙を貫く中、ビビが突如椅子を倒し、立ち上がった。

 

「オイオイ…どうした。何をする気だミス・ウェンズデー」

「止めるのよ!!!! まだ間に合う…!!! ここから東へまっすぐ『アルバーナ』へ向かえば…‼ 反乱軍より先に早く『アルバーナ』へ回り込めれば…‼ まだ反乱軍を止められる可能性はある!!!」

「……ホォ…奇遇だな。オレ達もちょうどこれから『アルバーナ』へ向かうところさ。てめェの親父に一つだけ質問をしにな…‼」

 

 クロコダイルを押しのけて進む決意を抱いたビビに、クロコダイルはニタリと口角を上げる。その顔に、ビビはハッと息を呑んだ。

 

「一体……これ以上父に何を…‼」

「んん? 親父と国民とどっちが大事なんだ、ミス・ウェンズデー」

 

 通路をどうにか通り抜けようと、隙を窺うビビを嘲笑い、クロコダイルは懐から一本の鍵を取り出した。

 

「クク…‼ 一緒に来たければ好きにすればいい…」

「鍵ィ!!? この檻のだな!!? よこせこの野郎!!!」

 

 一発で気づいたルフィが、檻の中から手を伸ばして吠える。

 渡すはずもなかったが、クロコダイルは不意にそれを床に向かって落とす。するとその真下の床が開き、鍵はその穴に真っ逆さまに落ちていった。

 

「え…!!? 穴が!!!」

「お前の自由さ…ミス・ウェンズデー」

 

 鍵が落ちたのは、秘密の部屋の真下にある大きな空間だった。

 周囲には分厚いガラスが張られ、レインディナーズの周囲の泉の中が覗けるようになっている。

 さらにその空間の四方には、用途の不明な四つの通路があった。

 

「確かに『反乱軍』と『国王軍』の激突はまだ避けられる。奴らの殺し合いが始まるまであと〝8時間〟ってとこか…時間があるとは言えねェな……ここから『アルバーナ』へ急いでもそれ以上はかかる。反乱を止めたきゃ今すぐにここを出るべきだ、ミス・ウェンズデー。さもなくば…ハハ…‼ 何十万人死ぬことか…‼」

 

 クロコダイルの意図が見えず、困惑の表情を浮かべるビビ。

 その時、彼女の耳が何かが水中から上がる水飛沫の音と、生物の唸り声を捉えた。

 

「無論、こいつらを助けてやるのもお前の自由、この檻を開けてやるといい。もっとも…ウッカリおれが鍵をこの床の下に落としちまったがな」

 

 下卑た笑みを浮かべ、ビビを見下ろすクロコダイル。

 その視線の先、真下の空間には、巨大な爬虫類の怪物がのそりとはい出てきていた。

 

「バナナワニか…‼」

「な…なんなの⁉ あのバカでかいワニ‼」

「……ここは……‼ 水の中の部屋だったのか!!!」

「変なバナナだ」

「ばかだな、よく見ろ。ありゃワニからバナナが生えてんだろ。変なワニさ」

 

 頭からバナナに似た突起を生やした、見た目通りのバナナワニ。

 どしどしと巨体を思った以上の速さで動かしたそいつは、地面に落ちている鍵に気づくと、咥えてそのまま飲みこんでしまった。

 

「おい、どうしたビビ!!!」

「バナナワニが檻の鍵を……飲みこんじゃった………‼」

「何ィ~~~っ!!!」

 

 ビビが伝える衝撃の報告に、一味は絶望的な表情で固まる。

 エドワードは部屋の外が見える窓、水中を睨みつけ、同じバナナワニが何体も泳いでいる姿を見て歯噛みした。

 

「マズイぜ……バナナワニは海王類でも食っちまうほど獰猛な連中だ…!!! 王女さんじゃ取り戻すのはムリだぞ…!!!」

「しかもあの数…!!! 飲みこんだやつはどれですか…!!?」

「ア~~…こいつは悪かった…奴ら、ここに落ちた物は何でもエサだと思いやがる…‼」

「なんてヤツっ!!!」

「さて……じゃあ、おれ達は一足先に失礼するとしようか…」

 

 恨みがましい一味の目を受け、平然としながらクロコダイルが背を向ける。

 ミス・オールサンデーを伴い、アルバーナに通じる通路に向かうが、クロコダイルは言い忘れたというように足を止め、振り向いた。

 

「――なお、この部屋はこれから一時間かけて自動的に消滅する。おれがバロックワークス社社長として使ってきたこの秘密地下はもう不要の部屋。じき水が入り込み、ここはレインベースの湖に沈む」

 

「罪なき100万人の国民か…未来(さき)のねェたった6人の小物海賊団か。救えて一つ、いずれも可能性は低いがな、〝賭け金(BET)〟はお前の気持ちさ、ミス・ウェンズデー。ギャンブルは好きかね」

 

 檻の中のルフィやスモーカー、そして膝をつくビビを見て、クロコダイルは嘲笑する。

 計画の全てが順調に進む、その状況さえも愉しむように。

 

「一国の王女もこうなっちまうと非力なモンだな。この国には実にバカが多くて仕事がしやすかった……若い反乱軍やユバの穴掘りジジイ然りだ…‼」

「何だと⁉ カラカラのおっさんのことか‼」

「なんだ、知ってるのか…もうとっくに死んじまってるオアシスを…毎日もくもくと掘り続けるバカなジジイだ…ハッハッハッ…笑っちまうだろ? 度重なる砂嵐にも負けずせっせとな…」

「何だとお前っ!!!!」

 

 無謀な、しかし決して揺るがぬ意志で戦い続ける男をもバカにするクロコダイルに、ルフィがいち早く激昂する。

 そんなルフィに、クロコダイルは心底呆れた様子で目を向けた。

 

「聞くが〝麦わら〟のルフィ。〝砂嵐〟ってやつがそう何度もうまく町を襲うと思うか………?」

「…まさかてめェ」

 

 クロコダイルが何を言おうとしているのか察したエドワードが、まさかといった様子で表情を強張らせる。

 クロコダイルはにやりと笑い、手のひらの上で小さな砂塵を巻き上げてみせた。

 

「お前がやったのか…!!!」

師匠(せんせい)もいたんだぞ…!!!」

「殺してやる…」

 

 すべてを理解した全員が、その目に怒りの炎を燃やして睨みつける。

 信頼を壊し、人々を追い立てただけではない。自らの能力によって追い打ちをかけたのだと、この瞬間理解した。

 理解し、今ここで何もできないことに愕然としていた。

 

「げっ‼ 水が漏れてきたぞ!!?」

 

 いつの間にか床の一部が開き、そこから少しずつ水があふれ出していることに気づく。まだたいした量ではないが、このままここでじっとしていれば間違いなく溺死するだろう。

 自動的に消滅するという意味が、今やっとルフィたちにわかった。

 

「このままじゃ部屋が水でうまっちまう‼ ビビィ‼ 助けてくれ、何とかしてくれ!!! あと一時間の命なんておれはヤだぜ」

「騒ぐなてめェは…」

「バカ野郎、これが騒がずにいられるか‼ 死ぬんだぞ放っときゃあ、わかってんのか⁉」

 

 いやに落ち着いているゾロにウソップが噛みつくが、ゾロ自身も険しい表情を浮かべている。

 ルフィは檻の格子にしがみつき、項垂れているビビに向かって叫んだ。

 

「ビビ!!! 何とかしろっ!!! おれ達をここから出せ!!!」

「ルフィさん…‼」

「クハハハ…ついに命乞いを始めたか麦わらのルフィ!!! そりゃそうだ、死ぬのは誰でも恐ェもんさ…」

 

 動けないビビに無茶を言うルフィに、クロコダイルが待っていたとばかりに笑う。

 己が命を惜しんで、見苦しく泣き喚く姿さえも、彼にとってはショーの一環なのかもしれない。

 だが彼は、そんなつもりで吠えたわけではなかった。

 

「おれ達がここで死んだら!!! 誰があいつをぶっ飛ばすんだ!!!」

 

 ビリビリと空気を震わせて届いたその叫びに、クロコダイルの方がピクリと震える。

 笑顔のまま振り向き、ルフィに向けられたクロコダイルの目には、凄まじい圧力の殺気が宿っていた。

 

「…………自惚れるなよ、小物が……」

「…………お前の方が、小物だろ!!!」

 

 空気が凍り付きそうな視線を受けながら、ルフィは一切臆さない。

 先にナミやウソップが限界を迎えそうな圧を受けながら、ルフィは真正面から喧嘩を売ってみせた。

 

「来い」

 

 通路に入ったクロコダイルは、開いた地面から顔を出したバナナワニに命じる。

 力の差を理解しているのか、獰猛さで知られるバナナワニが素直に言うことを聞き、ビビの方へと向かって言った。

 

「さァ、こいつらを見捨てるなら今の内だ、ミス・ウェンズデー。反乱を止めてェんだろう?」

 

 ビビの反応を楽しむように、クロコダイルが笑みを見せる。

 近づいてくる怪物のその大きさに、凶悪さに息を呑むビビが立ち尽くし、目を見開いて硬直する。

 どう戦えばいいか、全く分からなかった。

 

「よし勝て‼ ビビ!!!」

「だからムリだっつってんだろ!!!」

「王女様‼ 逃げてください!!!」

「で…でも助けてくれ」

「無茶言ってんのお前じゃねェか‼」

 

 檻の中のルフィたちには、ただ見ていることしかできない。声援を送ろうとも、何の気休めにもなりそうになかった。

 そしてさらに、悲劇は続いた。

 

「おい、窓の外を見ろ‼ あいつら順番待ちしてやがる!!!」

「完全にエサ扱いだな…」

 

 窓の外に見える、列をなして入り口に向かうバナナワニたちを見て、エドワードやゾロが目を細める。

 ビビは迫りくる恐怖に必死に抗い、震える体で暗器を構えた。

 

「やる気らしいな…好きにしろ。全部殺せばどいつかの腹に中に鍵がある」

 

 呆れたようにクロコダイルが吐き捨て、ふいと背中を向ける。

 その直後、最初に入ってきたバナナワニが大きく口を開け、巨体に似合わぬ俊敏さでビビに襲い掛かり、背後の階段をかみ砕いた。

 

「は…速ェっ!!! 一瞬で石の階段を食いちぎった!!! なんちゅうアゴだ!!!」

 

 紙一重でそれを躱したビビだが、あまりの恐怖でそれだけで息が切れ始めてしまう。

 どうにか突破口を探そうと努めるが、考える暇もなく鈍器のように硬い皮がビビを弾き飛ばした。

 

「しっぽ!!!」

「畜生ォ!!! どうにもなんねェぞ、こんなバケモノ!!!」

「王女さん逃げろ!!! 立て!!! 食われちまうぞ!!!」

 

 さすがに無謀だとわかり、ビビをどうにか逃がそうと檻からルフィたちが叫ぶ。それに答える余裕も、今のビビからは失われていた。

 そんな声を、クロコダイルは通路を進みながら堪能する。王女が無謀な試みに失敗するのも、あきらめて逃げ出すのも、愉悦には違いなかった。

 

 その時だった。

 ミス・オールサンデーが所持する小電伝虫に、通信が入ったのは。

 

「……連絡が…」

 

 思わぬタイミングで来たことで、ミス・オールサンデーは訝しげに小電伝虫を取り出し、ボタンを押して応じる。

 その向こうにいるのが、社員の誰かだと考えて。

 

「なに?」

『……その声は、ミス・オールサンデー………いや、ニコ・ロビンって呼んだ方がいいかな?』

「……⁉」

 

 電伝虫から届いたその声に、ミス・オールサンデーだけでなくクロコダイルも目を見開き、ハッと息を呑む。

 次第にクロコダイルの目が、忌々し気に吊り上げられていった。

 

「てめェ…〝妖術師(ウィザード)〟……!!!」

『やァ…久しぶりかな? クロコダイル…』

 

 彼が最も警戒する天使が、不敵な声で話しかける。

 反撃の狼煙を、上げるために。




後編に続きます。
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