ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第12章 砂漠の王国〈後編〉
第96話〝焔〟


 通路の半ばにいるクロコダイル達の会話が聞こえ、ナミたちがハッと目を見開く。耳に届いたその声は、間違いなく仲間の声だった。

 

「オイ、聞いたか……⁉」

「エレノア…!!! いつになっても来ないと思ったら…」

 

 ナミたちの表情に希望の兆しが混じっていく。

 クロコダイルはそんな彼らに気づくことなく、電伝虫越しに不敵な笑みを浮かべている天使を睨みつけた。

 

「おい…‼ てめェの方にはあいつらを向かわせたはずだぞ…!!? どこで油売ってやがる…!!!」

『にゃはははは…‼ 逃げ回るのは得意分野さ……あんたのことだから、私に対しては自分に次ぐ実力者を差し向けてくれると確信していたよ。国をひっくり返す作戦の最中であろうと、貴重な戦力をね…‼』

「てめェ……!!!」

『誰がバカ正直に真正面から戦うものですか』

 

 クロコダイルは、自分がまんまと乗せられたことに気づき、憤怒で鬼のような形相に変わっていく。計略を立てる側である自分が逆にはめられたという、屈辱に身を震わせて。

 

「エレノア~!!! 助けてくれェ!!! 捕まっちまってんだよォ~~~っ!!! 時間がねェんだ!!!」

『…案の定ウチの連中はそっちにいるときたか。――任せなよ、()()()()()…』

 

 ウソップの絶叫が聞こえたのか、思わず苦笑する声が聞こえる。

 ルフィたちとエレノアの間に、かなり強い信頼ができていることを悟ったのか、クロコダイルは心底呆れた様子でため息をついた。

 

「オイオイ…天下の〝妖術師(ウィザード)〟様も随分目が衰えたな。こんな弱小連中のために何を熱くなってやがる……なんなら、おれがお前を雇ってやってもいいんだぞ?」

『…へェ。あんたともあろう者がずいぶん破格な話を持ち出すじゃないか。………でも願い下げだね』

 

 クロコダイルの提案に、エレノアは意外そうに笑うが、すぐにそれを一蹴する。どれだけ好待遇をうけようが、拭いきれない嫌悪感を放ちながらエレノアは告げる。

 

『――お前に私の王となる資格などない。戯言を抜かすな』

 

 ビキリ、とクロコダイルの顔の血管が太く浮き上がる。

 確かに相手は、世界最強と謳われる海賊の娘で、恐るべき実力者の一人。しかし、己もまたそこらの海賊とは一線を画する強者、バカにされるのは我慢がならなかった。

 

「小娘が…!!! 上等だ…!!! こいつらの最後の希望がてめェだってんなら、おれがこの手で殺してやる」

『そのまま返すよ、若造……‼︎』

 

 バキン‼と小電伝虫がクロコダイルの手によって砕かれる。

 怒りで拳を震わせていたクロコダイルは、アルバーナに向かう通路を半ばで引き返し、カジノの方へ向かっていった。

 

「いくぞ」

「いいの? 店の前のミリオンズはまだ社長(ボス)が誰なのか知らないわ」

「別に社長(ボス)として行くわけじゃねェ。おれもお前もナンバーエージェント以外には顔は割れちゃいねェんだ。クロコダイルとして、店の経営者(オーナー)がてめェの店先で起こったゴタゴタを見物するのに何の不思議がある」

 

 逃げ回っているというが、エレノアの力を考えればミリオンズごときでは足止めにもならないだろう。

 そう考えたクロコダイルは、先ほどバナナワニによってかみ砕かれた階段にしがみついているビビに気がつく。檻の中からルフィたちも、それに心配する声をあげていた。

 

「何する気だ、ビビ‼」

「この部屋に水が溢れるまでまだ時間がある‼ 外に助けを呼びに行くわ‼」

「そうだ…エレノアだけじゃねェ。サンジやチョッパーもいる!!!」

 

 クロコダイルに顔の割れていないサンジや、人相を多少変えられるチョッパー。まだ頼れる仲間が残っているのだと気付かされ、ルフィたちは唯一動けるビビに期待の眼差しを送る、が。

 

「おい!!! 危ねェ!!!」

 

 階段をよじ登っていたビビの首に、砂を纏った金色のフックが巻き付く。

 一瞬で砂になり、ビビのもとに接近したクロコダイルは、目を見開くビビを床に向かって叩きつけた。

 

「くだらねェマネするんじゃねェ!!!」

 

 苛立たし気に瓦礫の上にぶつけられたビビは、額から血を流して項垂れる。

 脳を揺らされてしまったのか、ビビはぐったりしたまま動かなくなってしまった。

 

「ビビ!!! 目ェ覚ませ!!!」

「ワニが来るぞ!!!」

「そんなに仲間が好きなら…揃って仲良くここで死にゃあいいだろ。じきに水は〝ワニのエサ場〟を埋め尽くし、この部屋を沈め始める」

 

 砂から人の姿に戻ったクロコダイルが、階段の上に立ってビビとルフィたちを見下ろす。

 もはや自身の野望は止められないのだと確信し、ビビたちを嘲笑いながら、表に向かって歩き出した。

 

「何ならあの生意気な小娘もここへ運んでやろう…死体でよけりゃあな…………‼ ハハ…!!!」

「くそォオオ!!!!」

 

 悠々と階段をのぼり、姿を消すクロコダイルに、ルフィが悔し気な咆哮を漏らす。

 そこで、それまでのやり取りをじっと見つめていたスモーカーが、無表情で腕を組んだまま声をかけた。

 

「おい、お前ら……」

「何で、てめェそんな余裕なんだよ!!! お前も何か方法考えろよ!!!」

「お前らどこまで知ってるんだ………クロコダイルは一体、何を狙ってる…!!!」

 

〝王下七武海〟という存在そのものを疑問視している彼にとって、この事態は予想の域を出ない事件だった。クロコダイルと共にいた、黒髪の美女のことを除いては。

 

「クロコダイルの傍らにいた女…あいつは世界政府が20年追い続けてる賞金首だ。額は確か七千万を越えてる………‼」

「な‼ …七千万!!? …だ‼ …と。そ…それがどうした!!!」

「クロコダイルとかわらない額…」

「あの2人が手を組んでた時点で、こいつはもうただの国盗りじゃねェ。放っときゃ世界中を巻き込む大事件にさえ発展しかねねェってこった」

 

 スモーカーが真顔で口にした言葉に、ナミもウソップも絶句する。

 なにをバカな、と一笑に付したくなるような無茶苦茶な考えだったが、それをさせない圧が今のスモーカーからは感じられた。

 

「〝世界〟ですって⁉ どういうこと!!?」

「…そりゃちょっと話がデカすぎ…」

「……何言ってんだお前ら」

 

 戸惑いの声を上げるナミたち。だが、ルフィはそれに一切興味を示さず、怒りをあらわにする。

 

「…あいつをブッ飛ばすのに…!!! そんな理由要らねェよ!!!」

「………そうか」

 

 呆れているような、わかりきっていたというような態度で、スモーカーは軽くため息をつく。

 そしてその視線は、足元を満たし始めている大量の水に向けられた。

 

「――で? ここをどう抜けるんだ」

「太モモまで来てるぞ‼ うおおおっ!!!」

「死ぬーっ!!! 死ぬーっ!!! ギャ――!!! ギャ――!!!」

「いや~っ!!!」

「あ…なんかおれ力が抜けてきた」

「やべー!!! やべーな!!! 我慢しろ!!! アル!!! 持ち上げてくれ!!!」

「姉弟子助けて~~~~!!!」

 

 スモーカーが指摘したことで、一味は頭に昇っていた血が退いて現実を直視した。いや、してしまった。

 何もしなくても着々と死が近づいてきていることを、今さらになって思い出したらしい。

 

「ビビ~~っ!!!」

 

 最後の希望、ビビは手をついたまま立ち上がれずにいる。体に残る痛みが、彼女から抗う力を奪っていた。

 それでもビビは、歯を食いしばって力を振り絞る。

 

 ―――今までずっと助けてもらったんじゃない…‼

    見殺しになんてしてたまるもんか‼

 

 短くも濃厚な時間、共に過ごした時間が、ビビに諦めるという選択肢を取らせない。決して逃げたりしないという確固たる意志で、立ち上がろうともがく。

 そんな彼女に、死神は容赦なく近づく。大きく口を開けたバナナワニが、ビビを一口で飲みこもうと飛び掛かった。

 

「……よく頑張ったわね」

 

 だが、死神は間一髪のところで退けられた。

 ふわりと体が浮く感覚とともにかけられた、優しくも力のこもった声を耳にして。

 ビビは目を見開き、自分を抱えて階段の上に降り立つ金髪の女性を凝視する。

 

「あなたはちゃんと戦った…‼ ()()は見ていたわ…‼」

「……!!? ミ…ミス・チューズデー!!?」

 

 誇るように見つめてくる、眼鏡をかけたその女性の登場に、ビビが一番信じられない気持ちで言葉を失くす。

 檻の中のナミも、ビビが呟いた名称にハッと息を呑んでいた。

 

「ミス・チューズデーって……あんた達のペアの…⁉」

「中尉~~~‼ ナイスタイミング――っ!!!」

 

 何が起きたのか、と立ち尽くすナミの横で、エドワードとアルフォンスが格子から腕を出して親指を上に立てる。

 眼鏡をはずしたミス・チューズデイは、それに軽く頷いて微笑みを浮かべた。

 

「!!! まだバナナワニが…!!!」

「動かないで。巻き込まれるわ」

 

 背後からなおも狙ってくるバナナワニに警戒の声を上げるビビだが、ミス・チューズデイは安心させるように肩に手を置く。

 次の瞬間、バナナワニの腹辺りから聞き覚えのある声が届いた。

 

「〝食事中は極力音を立てません様に〟」

「『その美しさは何より甘美で危険』──」

 

 バチッ‼と空気中に青い閃光が走り、バナナワニの腹の下で一気に熱が広がる。

 ギョッと目を見開いたバナナワニは、自身の腹に叩きつけられる衝撃に白目を剥いた。

 

反行儀(アンチマナー)キックコース〟!!!!

血濡れの令嬢(レディ・エリザベート)〟!!!!

 

 強烈な蹴りの一撃と、猛烈な爆炎の槍が炸裂し、バナナワニの巨体が空中に浮かぶ。

 衝撃と熱がバナナワニの腹に食らいつき、バナナワニは唾液を撒き散らしながら吹っ飛ばされ、水の中に叩きつけられた。

 

「オッス、待ったか⁉」

「手助けは必要かね? 鋼の‼」

 

 加えた煙草を突き付けるサンジと、不敵な笑みを浮かべるマスタング。

 二人の男の登場に、檻の中に捕らわれた青年たちは歓喜の咆哮を上げて彼らを迎えた。

 

「遅ェんだよクソ大佐ァ!!!」

「サンジさん……何で大佐と一緒に……⁉」

 

 泣き叫び、憎まれ口をたたきながらも歓迎するエドワードとは反対に、アルフォンスは困惑したまま海軍大佐を凝視する。

 サンジは檻の中のナミを見つけると、途端にきりっとしていた表情をでれっと崩した。

 

「ナミさーん♡ ホ…ホレ……」

「失礼、レディ」

 

 しかしその前に、ズズイッとマスタングが割って入る。

 まるで捕らわれた姫を迎える騎士のように、気障ったらしくナミの手を取って、キラキラした笑みを見せた。

 

「このような武骨な檻に閉じ込められたままなど心苦しいが…もう少しご辛抱を。必ずや私があなたを救い出しますゆえ」

「え…ええ…ありがとう」

 

 ナミは手を取られ苦笑するも、ある種の確信を抱いていた。ああこいつ、あのコックと同類だ、と。

 当然この男が、愛しい女性を口説きかけているマスタングを放置しておくはずもなかった。

 

「おいこのクソ優男。どういう了見で勝手にナミさんを口説いてんだてめェ…!!!」

「おや…? これは予想外だ。女性を口説くのに横入りをする無粋な輩がいたとはな…!!!」

「やんのかあァ!!?」

「消し炭になりたいようだな…!!!」

 

 額をぶつけ合う勢いで、ドスの効いた声で睨み合う二人。同族嫌悪とでもいうのか、単に根本的に気が合わないのか、状況も忘れて互いを牽制する。

 そんな二人に呆れたナミが、いい加減にしろと言う意味も込めて二人に叫んだ。

 

「いいからさっさとここ開けてよ‼」

「「ア~~イ!!!」」

「果てしなきバカだなあいつら」

 

 睨み合いを始めたと思えば、全く同じ反応で返答する二人に全員があきれ果てる。

 だが、時間はのんびりことを済ませてくれそうにはなかった。

 

「グルルルル!!!」

「ガルルル」

「ゴルルルル!!!」

 

 最初の一体に続き、何体ものバナナワニが唸り声を上げて水中から姿を現していく。

 それは同胞をやられた仕返しなどではなく、獲物を先取りされずに済んだという歓喜のようにも見えた。

 

「っか~~~‼ 出てきやがった次々と……………!!!」

「行けー!!! サンジ全部ブッ飛ばしてくれェ!!!」

「大佐ァ~~~!!! ぶちかましちまえ!!!」

「何本でも房になってかかってくるがいい、バナナ頭共」

「レディーに手を出すような行儀の悪ィ奴らには、片っ端からテーブルマナーをたたきこんでやる…‼」

 

 ウソップやエドワードが、苛立たしげにバナナワニを睨みつけるサンジとマスタングにエールを送る。

 足技の使い手と〝焔〟の錬金術師はそれに答えるように、示し合わせたように揃って構えてみせた。

 

「とにかく時間がねェぞ、秒殺で!!! 瞬殺で頼む!!!」

 

 唯一檻を開けられるのは、あるバナナワニが飲み込んだ鍵のみ。

 それを手に入れるのは、片っ端からバナナワニを仕留め、腹の中を調べるほかにない。

 そんな中、それまで黙っていたスモーカーが不意に口を開いた。

 

「今…三番目に部屋に入ってきた奴を仕留めろ」

「え?」

「何だ⁉ お前…わかんのか?」

「てめェらの耳は飾りか? …今の声、カギ食ったヤツと唸り声が同じだろ」

 

 スモーカーの一言に、その場にいた全員がハッと目を見開くのだった。

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