ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第97話〝先に行け〟

「出たァア!!!」

 

 二人の強者により仕留められ、うなり声が一致したバナナワニの口から、唾液や胃液まみれの『何か』が吐き出される。

 膝上まで満ち始めた水の上に落ちたそれを、ルフィたちはぎょっと凝視する。

 

「お…檻の鍵……!!?」

「鍵っぽくねェぞ!!!」

「何だありゃあ!!!」

 

 予想外の、全く求めていなかったものが出てきたことで、誰もが驚愕する。

 すると、出てきた『何か』―――蝋でできたボールの表面に、ピキピキと亀裂が走り始めた。

 

「〝ドルドルボール〟…解除……‼」

 

 すると次の瞬間、蝋のボールはぱかっと左右に開き、一人の見覚えのある男が立ち上がる。まるで、卵からかえった雛のように。

 

「オオ…‼ み…水‼ 水だガネ、奇跡だガネ」

「なに――っ!!!」

 

 現れた男、Mr.3は辺りを満たす水を飲み、歓喜の声を上げる。後ろで絶句するルフィたちに気づくことなく、ミイラのように乾いた身体を水で癒し続けた。

 

「ぷは――っ、生き返った‼ 死ぬかと思ったガネ!!! 我ながら素晴らしい作戦だったガネ。ん⁉ しかし、この〝ドルドルボール〟に付着した〝鍵〟の様なものは一体…‼」

 

 任務の失敗を咎められ、クロコダイルに体中の水分を奪われたあげく、ワニの巣に放り込まれた彼は自画自賛する。

 だがそこでようやく、後ろの檻の中にいるルフィたちに気づいた。

 

「ギャ―――――――!!! お前らは!!!」

「あ―――その鍵はァ~~~っ!!! よこせ――っ!!!」

 

 悲鳴を上げるMr.3と同時に、ルフィたちもMr.3が見つけた鍵を見て叫ぶ。

 しばらくその姿を凝視したMr.3は、少しの間思考すると、やがてにやりと下卑た笑みを浮かべた。

 

「…現状把握だガネ…」

「てめェがMr.3か…大人しくその鍵を」

「これでどうだァ~~~~~っ!!!」

 

 外にいるサンジがMr.3から鍵を奪おうと近づくが、それより前にMr.3は大きく腕を振りかぶり、手にいれた鍵を投げ飛ばしてしまった。

 鍵は宙を舞い、弧を描いてどことも知れない水中に沈んでしまった。

 

「フハハハハ!!! ……お前が誰だか知らんが、奴らの味方の様だな‼ 鍵が欲しくば探すがいい‼!! …ただし…大人しく探せるかどうかは責任持たんガネ‼」

「くだらねェマネしやがって…」

「ちょっと待てサンジ!!!」

 

 余計なことをしでかしたMr.3に制裁を咥えようと、サンジとマスタングが怒りをあらわに近づいていくが、それをウソップが止めた。

 

「……そいつの〝ドルドル〟の能力で…この檻の合鍵造れねェかな…」

 

 

 数秒後、檻の鍵はあっさりと開かれた。

 ウソップの言う通り、Mr.3の作った蝋の鍵によって。

 

「オー…やるもんだロウソク人間」

「えへ♡ え? ヘブッ!!!!」

「よくよく考えれば、おれらが合鍵造ってもよかったな」

「でも材料ないし…」

 

 用のなくなったMr.3をサンジが蹴り飛ばし、ルフィたちはようやく檻から解放される。ビビとミス・チューズデイも、急ぎそれに合流した。

 

「急ごう、時間がねェ‼」

「ええ、奴らがいったん行こうとした通路がきっとアルバーナ方面よ……でもあの通路にはまだバナナワニがたくさん!!!」

 

 Mr.3の登場で忘れていた、とビビが表情を変える。

 だが振り向いたナミは、あきれた様子でビビの肩に手を置き、首を振った。

 

「心配ないみたい」

「うらァ!!! もう居ねェのかァ!!!」

「くそ――水に浸かってちゃ本気出ねェ‼」

「……私があれ一匹にどれほど……」

「いや、おかしいのはあいつらの強さの方だから気にすんな‼」

 

 ルフィとゾロ、エドワードらによって既に全滅しているバナナワニたちに、ビビががっくりと肩を落とすが、同じ分類であるウソップがそれを慰める。

 その時だった。戦闘の余波を受けたらしい壁が砕け、大量の水が流れ込んできた。

 

「うわあっ‼ 壁が壊れたァ!!!」

「アホォ‼ やり過ぎだ!!!」

「通路まで壊れたぞ‼」

「脱出だ‼ 脱出するぞ!!!」

 

 不測の事態に右往左往する一味と海兵たちは、あっという間に激流の中にのみこまれていった。

 

 

 町で起きた騒ぎによって、人気のなくなったレインディナーズの店先。

 すると、オアシスの岸にざばっと人の手がかけられ、青年たちが仲間を背負いながら這い出していった。

 

「おい、生きてるか? ルフィ‼ ――ったく、能力者ってのは厄介なリスク背負ってんな」

「ウソップさんしっかり‼」

「まったく何やってんのあんた⁉ しっかり泳ぎなさいよっ‼」

「重っ‼ アル重っ‼ 沈むかと思ったぜ!!!」

「手間をかけてごめんよ兄さん…」

「ホントに水の中だと無能なんですから…」

「ぐふっ…‼」

「………く…………‼」

「ガハッ」

 

 能力によって泳げない者、泳ぎに向かない身体の者、不測の事故に遭った者が、仲間や傍にいた者によって救出される。

 その中で、ゾロがスモーカーを担いで岸に上がったのを見て、サンジが目を剥いた。

 

「うわっ、スモーカー‼ おいおいゾロ、てめェ何敵連れてきてんだよ‼」

「うるせェ、不本意だよ。…どうせくたばり損ないだ」

「…まァいい。とにかく先を急ごう!」

 

 ずぶぬれで弱っているスモーカーを見て、気にする必要もないとサンジが全員を促す。

 エドワードはマスタングを見やり、フンと鼻で笑ってそっぽを向いた。

 

「…報告は後回しだ。先に行くぜ、大佐」

「仕方がないな………ならせいぜい派手に暴れてくるといい」

「エド…‼ あんたコイツとどういう関係なわけ…⁉」

「いわゆる…直属の上司です」

「不本意ながらな!!!」

 

 ナミの詰問に、エドワードは本気でいやそうに吐き捨てる。

 もともと海軍の側の人間であるのはわかっているが、本来敵である自分たちの前で親交があるように話されれば疑ってしまうのも当然だった。

 それを察し、マスタングが説明を始めた。

 

「エルリック兄弟とホークアイ中尉には、ある仕事を託していたのさ……軍で度々話題に上がる謎の組織バロックワークスの調査をね」

「あんた…ナノハナでエレノアを捕まえようとしてたんじゃないの…?」

「最初はそのつもりだったんだがね……事情が変わったのさ」

 

 マスタングの脳裏に浮かぶのは、『ナノハナ』でのエレノアとの戦闘。

 エレノアはマスタングを相手にしながら、こう話しかけてきたのだという。

 

 ―――ウチの弟弟子たちが世話になってるみたいだね…。

 

『あいつらも忙しそうで何よりだよ』

『……‼ ああ…、こちらも気苦労に耐えないよ、特に今はね…‼』

 

 何かしらの意思を伝える意思を感じ、マスタングはエレノアとの対話を試みた。案の定、暗号の様に真意を隠しながら、エレノアは饒舌に語ってきた。

 

『気をつけることだね…‼ 組織ってのは内側から崩されるのが一番効くんだ…!!! 政府から信頼の厚い連中ならなおさらさ‼』

『……せいぜい参考にさせてもらおう…‼』

『せめて…‼ もう少し気を使ったらどうなの⁉ ただでさえこの国の人達は()()()のせいで困ってるっていうのに…‼』

『仕方がないだろう…‼ 我々がお国の事情に関わるわけにはいかないんだからな!!!』

『いまさらだっての‼ 一から十まで横から引っ掻き回されんのが一番腹立つんだよ!!!』

 

 会話はわずかそれだけ、しかしマスタングは、隠された意図から多くの情報を手に入れる事ができた。

 

 内側の敵……この場合差すのは世界政府による公認の海賊〝七武海〟。

 エルリック兄弟のことを話したということは、彼らに任せた案件が深く関わるということ。すなわち、行方不明のビビ王女と謎の組織バロックワークスに連なるもの。

 ビビの故郷はここアラバスタ。そこにいる〝七武海〟はただ一人、〝砂漠の王〟クロコダイル……すなわちバロックワークスを統べる黒幕こそ、あの男だということ。

 そしてよそ者に引っ掻き回されるという言葉……この国の状況と照らし合わせて考えれば、反乱が起こった背景にも何者かの介入があったということを示していた。

 

「……まったく口の軽いお人好しな娘で困るよ」

 

 困った様子で嘆息し、しかしありがたそうに笑みを浮かべるマスタング。

 ナミは聞かされた真相に、たまげたように目を見開いていた。

 

「エレノア……そんなことしてたんだ…!!!」

「――で、レインベースでの君らのやり取りを聞き、困っているだろうと踏みこんでみればこの男とはちあわせしたというわけだ」

「おれ一人で十分だってのによ…!!!」

 

 忌々しそうにエドワードが愚痴る。事情は知らないが、ただ嫌っているのではなく、いいように使われているのが気に入らない様子が伝わる。

 いつも通りの彼に苦笑し、マスタングはルフィたちに向き直った。

 

「〝妖術師(ウィザード)〟から君達に伝言を預かっている………『先に行け』と」

 

 たったそれだけの伝言に、ルフィたちは息を呑む。

 大きなハンデを背負った彼女が残した想いを、言葉に表さない確固たる覚悟を察して、返す言葉を失くした。

 

「彼女はここで、バロックワークスのエージェントの一組を足止めする気だ……その意思を組んでやれ」

 

 有無を言わさぬ口調で、マスタングはルフィたちを見つめる。

 しばらく見つめ合った若き海賊と海軍大佐は、やがてルフィが目を逸らすことで互いに背を向け、歩き始めた。

 

「いくぞ!!!」

「…だいぶロスしちまったな。 ビビちゃん、間に合うか⁉」

「わからない」

 

 全員が己の成すべきことを再確認し、使命を果たすために動き出す。

 アルバーナに向かって走り出しながら、不意にサンジがナミに目を向けた。

 

「ナミさん、『ナノハナ』で買った香水持ってるか?」

「え…ええ…何で?」

「体につけるんだ」

「こう?」

「ア~~~~あの世の果てまでフォーリンラブ♡」

「いや、マジでイっちまえお前」

 

 意図はわからないがナミは従い、チョッパーには不評だった香りの強い香水を振りかけ、サンジを悩殺する。

 それに呆れていたゾロだったが、フッと表情を変え、突き出された十手の刺突を刀で防いだ。

 

「ロロノア!!! 何故おれを助けた」

「〝船長命令〟をおれはきいただけだ…別に感謝もしなくていいと思うぜ? コイツの気まぐれさ、気にすんな」

 

 不本意だ、といわんばかりに睨みつけてくるスモーカーに、ゾロもまた忌々しいというように眉間にしわを寄せる。

 ルフィが助けろと言うから従っただけで、彼としては別に放っておいても構わなかったのだ。

 

「…じゃあ…おれがここで職務を全うしようと…文句はねェわけだな?」

「見ろ…‼ 言わんこっちゃねェ、海兵なんか助けるからだ‼」

 

 サンジは呆れ、鋭く睨みつけてくるスモーカーに構える。

 しかしスモーカーは仕掛けることなく、ただゾロたちを見据えるだけだった。

 

「ッア―――シ!!! 野郎ども『アルバーナ』へ一目散だっ!!!」

「クロコダイルは何処だ――っ!!!」

「あ、気がついた」

「うおっ‼ けむりっ‼ やんのかお前っ!!!」

「ぐあァ!!! スモーカー‼ おいルフィやめとけ、逃げるぞ!!!」 

 

 ずっと気絶していた二人が起き上がり、十手を持って睨んでいるスモーカーに身構える。

 何を考えているのか全く分からない青年を見つめ、スモーカーはやがてため息をついた。

 

「………行け」

「ん?」

「―だが今回だけだぜ…おれがてめェらを見逃すのはな………次に会ったら命はないと思え。〝麦わら〟のルフィ…」

 

 何か思うところがあったのか、スモーカーは鋭くルフィを見据えながら告げる。

 ルフィもそんな彼を、じっと見つめるばかりだった。

 

「あそこだ‼ 麦わらの一味だァ!!!」

 

 気づけば、街中でまいた海兵たちがルフィたちを見つけ、駆け寄ってくるのが見える。

 それを見た一味は、ボサッとしている場合ではないと急ぎ駆けだした。

 

「さァっ‼ 行こうぜ、海軍が来る。アルバーナはどっちだ⁉」

「向こう‼ 東へ真っすぐよ」

「おいルフィ急げ、何してる‼」

「ああ」

 

 一人スモーカーと相対していたルフィが、ゾロたちに続く。

 しかしその前にもう一度スモーカーに向き直り、嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「おれ、お前きらいじゃねーなァ~‼ しししし‼」

「さっさと行けェ!!!」

「うわっち!!!」

 

 癪にさわったのか、声を荒げたスモーカーが十手を振り回す。

 慌ててルフィが逃げていくと、ようやく留飲を下げ、代わりに意味深な笑みを浮かべているマスタングを睨みつけた。

 

「マスタング…てめェ何で黙ってやがった」

「君には伝えておきたかったんだが…あの男の魔の手は国中に広がっている。油断をみせれば食い殺されかねなかったのでね」

「しかも…いつの間に〝妖術師(ウィザード)〟と組んでたんだ。てめェが海軍ってこと忘れてんじゃねェだろうな」

 

 場合によっては味方であろうと容赦はしない、そんな意志を感じさせるスモーカーに対し、マスタングは飄々とした態度で応えた。

 

「利用できるものは何でも利用するべきだろう……? そうしたまでさ、私は…」

 

 全く悪びれる様子のないマスタングに、スモーカーは呆れてもはや何も言えない。これが下の階級なら拳骨でも見舞っているところだが、例えそうであってもやる気にはならなかった。

 

「大佐‼ 追われないんで⁉」

「…………ああ…疲れた」

「疲れた⁉」

 

 追いついてきた部下たちに、スモーカーは気だるげに告げ、自身の愛車がある方へ向かう。

 サドルに腰かけながら、付き従ってきた海兵の一人に億劫そうに命じた。

 

「オイ…今追ってった奴ら、無駄だから呼び止めろ…そしてここに招集。本部にも連絡を。現在アラバスタ王国周辺にいる軍の船を全て、この国に集めろと」

「援軍を呼ぶのですか⁉ …ですがあんな少数海賊相手のために上官(うえ)が船を動かしてくれるかどうか」

「おれがいつ上官(うえ)の意見を聞いたんだ!!?」

「あ…いえ…はい…‼ す…すぐにっ!!!」

 

 ギロリ、といつぞやと同じ殺気のこもった目で睨まれ、震えあがった海兵がすぐさま応じる。

 それに苦笑するマスタングは、同じく集まってきた自分の部下たちに目を向けた。

 

「大佐! おれ達はどうするんで?」

「…返さねばならん借りがあるからな」

 

 煙草をくわえた金髪の男に問われ、マスタングはふと虚空を見やる。

 別にその方向にいるわけではないが、手を貸さなければならない相手が一人、この町にいるからだ。

 

「……マスタング隊全員に通達。これより、この町に潜伏している秘密組織のエージェントを拿捕する。()()()()は放置せよ」

「了解…‼」

 

 敬愛こそしていないが、信頼している上官の真意を悟りながら、マスタング隊の海兵たちは敬礼を向けた。

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