私の持論では艦娘と人間は絶対に分かり合えません。
何時もの様にひねくれて、ものを書いています。


※作者にイデオロギー的意図はありません

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あの日から七十三年が経った。


過去を忘れられない艦娘を泣かす

 その日の鎮守府は騒然としていた。

 駆逐艦は涙目で廊下をおろおろ歩き回り、それを宥める戦艦や空母でさえも何処か不安そうにしている。女所帯で何かとトラブルの絶えない場所といえど、今回の様なケースは初めての出来事であった。

 何も敵が基地に大挙して攻めてきたとか、誰かが轟沈したという訳では無い。それでいて、理由は実に明快であった。

 

 あの(・・)雷が、あの(・・)提督に泣かされたからだ。

 

 雷は鎮守府最古参の一隻であり、数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者だ。血を血で洗う地獄の様な戦争の最中でも擦れず、純粋でひたむきな姿勢を崩さない強さを持っている。

 また世話焼きな一面もあり、彼女に魂を救われたという艦娘は後を絶たない。

 

 提督を称すならば、正に質実剛健。口数も表情も極めて少ないものの、状況判断は的確、下す命令は冴え渡る。如何なる危機や犠牲にも、ずんとして動じない太い肝を持っていた。

 戦争故に轟沈は避けられないものの、彼はその摂理を深刻に捉えており、指揮する作戦では戦果に対する被害の量は極めて少ない。大体の艦娘は、その指揮方針を優しさ(・・・)と捉えるのだった。

 

 周囲の艦娘たちは、この二人の素性を良く知っていた。

 だから雷が提督に酷く泣かされて、理由も語らず閉じこもり、姉妹の声にも耳を貸さない。そして、それが単なる青葉の嘘っぱちでないらしいと裏付けが取れた時、鎮守府には大きな動揺が生まれたのだった。

 

 事は極めて重大である。

 雷はちょっとやそっとの事では涙すら見せない強い駆逐艦だ。片や提督は厳しい人だが他人を傷付ける様な言葉は決して口にしない人間だ。

 一体どうしてそんな事態に成り得ようか。

 

 この緊急事態に駆り出されたのが、提督代理も担う、戦艦長門であった。

 

 この日部屋で陸奥と茶を飲んでいた長門であったが、雷を抜いた第六駆逐隊がドアを破らんばかりに転がり込んだのだ。涙声で行われる支離滅裂な言上に、良く分からんがいたいけな少女の危機であると合点した長門は、駆逐隊に負けないぐらいの勢いで部屋を飛び出した。

 義理人情の情熱にかけては鎮守府一のビックセブンが、勢い余って提督室をぶち破ろうとするのを、追いかけてきた陸奥が決死の覚悟で羽交い締め、まずはあなたが落ち着きなさいと説教した後、ただ今の事情を収集、把握。

「はあなるほど」と分かった様な分からない様な、ともかく深刻そうな表情で長門が頷いたのを確認してから陸奥は長門に提督室の扉を叩かせた。

 

「入れ」

 

 返ってきた返事はぴんとしていたが、心持ち張りが無い様に思われた。長門が扉を潜ると、普段はすっと伸びた背中を少し丸めた、やはり元気の無さそうな提督が待っていた。

 

「用件は分かっている様ですね」

「分かっているとも。恐らくお前たちよりも詳しい。だが本当のところでは何も分からない」

「はい、私も不思議でなりません」

「まずい事を言ったのかもしれないと思って振り返ってみた。が、お手上げだ。私に出来るのは、今すぐお前たちに殺されないように、やはりこうして諸手を上げる事だけだ」

「外は大変な事になっていますよ。動揺は過ぎたようですが、代わりに殺気(・・)が充満しています。雷が提督に泣かされた、という事実だけが誇張されていて」

「予想はしていたが、それ程なのか」

「『仇討つべし』などと言い出す艦娘も居る始末で」

「誰か」

「神通です」

「そうか……」

 

 提督は首の付け根に空白(・・)を感じて、その辺りを撫でた。まだ首が付いているうちに、何とかしなければならなかった。さもなくば、せめても一思いの介錯を頼む他無くなる。

 

「とにかく説明して下さい。提督に分からずとも、同じ艦娘である私には分かる事も有るでしょう」

「正直に話したら殺さないでくれるかな」

「内容次第でしょうね」

 

 提督は暫く天を仰いでいたが、やがて現世の未練を断ち切ったらしく、当時の状況を語り出した。

 

 

 ◆

 

 

「なあ、雷の戦う理由は何だ」

「司令官のためよ」

 

 大して汚れているとも思えない部屋の掃除をしながら、雷は即答した。まるで、私の問を予測していたかのようだった。

 

「世辞はよせ」

「あら、私本気なんだからねっ」

「だったら手を止めて、目を見てみろ」

「本当だってば」

「雷。お前が強い心の持ち主で、その強さと私が見合っていないのは重々承知するところだ。少し考えれば分かるさ。私という存在は、お前が命をかける理由には足りていない。長い付き合いだ、お前がそれを承知しているのも知っているよ」

 

 雷は手を止めて、私の目を見た。

 箒を持つ手が、少し震えていた。とても珍しい。つまり、核心を突いたという証明か。

 

「司令官が好きなのは本当よ。きっと皆もそう。だから、それで良いじゃない」

「そうかもしれない。だがお前たちの戦う理由は、それだけではないだろう」

「それだけよ」

「艦娘は前世(・・)の記憶を持っていたな」

 

 雷の目が大きく揺れた。

 

「お前たちは、誰もが軍艦としての前世を持っている。それが今、再び艦娘として生まれ、戦う理由に何か関係があるんじゃないか」

「…………」

「雷。私はお前たちの事が知りたいだけだ。命を預かる指揮者として、出来る限りの義務を果たしたいのだ。教えてはくれないか」

「司令官。お願い、やめて……」

「何故だ。恥じる事など何も無い。確かに艦娘と人間の産まれは違う。しかし私はお前たちを戦友として信頼している。差別したりするものか」

「違う、違うの。戦う理由なんて、本当にもう無くなって、だから今度は全部司令官のために……でも、でも、じゃああの人たち(・・・・・)は……」

 

 雷は苦しそうに頭を抱えて呻き、そして

 

「う、ぅわああああん!!」

 

 いきなり大泣きして、箒も雑巾も何もかも放り出すと部屋を飛び出して行ってしまった。

 

 

 ◆

 

 

「──後は、知っての通りだ」

 

 話が進む程に長門の表情が険しいものになっていったので、やはり雷にまずい事を言っていたのだと、提督は察していた。

 

「雷……可哀想に……」

 

 長門は初めに哀れみを述べ、雷に共感する様に唇を噛み、涙を溜めた。

 

「提督、あなたは鋭い。同時に、どうしようもなく鈍感だ。その両者で艦娘にとって一番聞かれたくない事を探り当てましたね。まして雷の様な駆逐艦にとっては、余りに酷過ぎる」

「何だ、一体何だと……いいや、聞くまい。お前たちにとって、これが残酷だと言うならば」

「いいえ、白状致しましょう。我らが何のために戦っていたのか? 当時の軍艦を代表するならば、私しかおりますまい。この戦艦『長門』以外には」

 

 長門は深呼吸をして、姿勢を正し、詠じた。

 

「私たちは御国(・・)のために戦っていたのです。大東亜共栄圏に属する全ての皇国臣民のために。帝国元首たる天皇陛下のために」

 

 提督は、間も無く絶句した。

 遠慮の欠片も無い言葉が、目の前で敬礼する麗しき艦娘から発せられたという強烈な違和感。一般的モラルを持つものであれば、漏れなく抱くであろう反感の濁流。

 その刹那、艦娘を見つめる彼の視線は、凶悪な犯罪者か、さもなくばテロリストを見るものと同列であった。

 

「その目」長門は上官を指で指した。「その目だ! 雷はそれを向けられるのが怖かった。大好きなあなたに嫌われるのが耐えられなかったんだ。だから、言いたくても言えなかったんだ……」

「いや、違う、私は」

「分かっております、分かりますとも」

 

 慌てて気を整えて弁明しようとする善良なる提督を、長門は制した。

 

「あなたは正しい。その様に教育されたのでしょう。再びあの惨劇を繰り返さないため、永遠なる平和を守護するために。ですから、あなたは正しい。故に、だからこそ、あなたには分からない──」

 

 長門は、そう『戦艦長門』は、涙ながらに訴えた。

 

軍艦(われわれ)は戦うために生まれた。あの人たちの身体や、家族や、国家を守るため。それを脅かす敵に、我々の正しさを知らしめるため」

「…………」

「誇りだったのです。大義のために戦える身が、正道を進んでいると胸を張れる事が、御国のために死ねると言える事が、何より誇らしかった。進む先には、輝かしい未来があると信じて疑わなかった」

「長門」

「何時も一緒だった。生ける苦しみも、道半ばで散りゆく無念も、大切な人を残す嘆きも、あの人たちと共にした。私は見た、全ては我々の内側(・・)で起こった、だから知っている。それらの尊さと、それ以上の罪深さを」

「長門、もういい」

「確かに敗北した。あなた方、後の方々からすれば、どうしようもなく愚かで、間違っていたのかもしれない。しかし、他ならぬ艦娘(われわれ)が否定してしまったら──あの人たちが捧げた信念と生命は、決して無駄でなかったと、誰が言えるのです。一体誰が、この世の何処に。私は見ていた、この『戦艦長門』は見ていたんだ!!」

「長門……っ」

「あの人たちは生きていた、今と何も変わらない。どうにもならない世界の中で、頼りない正義を信じて、必死にもがいていた。何度生まれ変わろうと、どの様な姿に成り果てようと、あの人たちの生き様だけは魂にこびり付いて離れない!!」

「長門ッ!!」

 

 提督は執務椅子を蹴飛ばして、長門の肩を抱いた。艦娘の肩は、決して鋼鉄では有り得ない柔らかさと、そして熱を持っていた。

 

「すまない、私が軽率だった、許してくれ」

「違う、提督は悪くない。悪いのは、悪いのは……っ」

「誰も悪くは無い、お前も、あの人たち(・・・・・)も」

 

 提督は、より強く、彼より遥かに力で勝るであろう戦艦の化身を抱いた。

 

「ただ、悲しい事だった。悲しい事だったな、長門」

「かなしい、こと」

「悲しかったろう、苦しかったろう。お前たちは、その事を忘れなくても良い(・・・・・・・・)んだ」

 

 長門は提督を抱き返し、彼女らしくもない細い声で独白した。

 

「提督、私は──沈んで居たかったんだ。そっとして置いて欲しかった。どんなに悲しい結末でも、必死に生きた結果なんだ。二度目の生など、要らなかった──人の心は、生身に乗せるには重過ぎる」

 

 ずっと溜め込んでいたのだろう。長門は涙を流して提督を抱き返した。

 誰よりも情に篤く、正義感の強い長門だからこそ言えない事があったのだろう。

 

「分かるよ長門。それだけは、私にも分かる」

 

 提督は、艦娘と全て分かり合えるのは不可能なのだろうと悟っていた。過去も、産まれも、在り方も異なる両者なのだ。

 けれどもせめて、生の苦しみだけは分かち合えないだろうか。

 

 

 ◆

 

 

 その後、提督は第六駆逐隊の部屋まで出向いた。

 何人もの殺気立った艦娘に阻まれたため、遅々とした足取りであったが、後に控える長門が睨み(・・)だけで、並み居る艦娘を退散させたので、事件には至らなかった。

 

 毛布に包まる雷を囲んで、番犬の様に威嚇する姉妹たち越しに提督が言ったのは「忘れなくても良い」とだけだった。

 その言葉を聞いた途端、雷は飛び起きて提督の腰に抱きついた。

 

「本当に、本当に良いの? 提督だけが特別なんじゃないの、それでも良いのね?」

 

 提督が無言で頭を撫でると、雷はわんわん泣き出した。何の話だが分からないが、連られて姉妹たちも泣いた。

 情に脆い長門も再び涙を流した。

 

 青葉はこの光景を激写した。

 

 艦娘とは一度終わった(・・・・)存在である。

 故に、大切に想うもの、それに恐怖の対象が、人間とはずれているのだ。

 死を恐れない、一度死んでいるから。敵を躊躇いなく殺す、そのために生まれたから。新しくは生きれない、譲れない過去が在るから──人間と艦娘は分かり合えない、思想が根本的に異なっている。

 しかし、その揺るがぬ事実こそ、分かり合えない相手を尊重し歩み寄ろうとする──彼らが手にしようと望んでいるものにとって、最も肝要なものではないだろうか。




【悲報】提督の犠牲者、増える【女の敵】
(日刊『ワレアオバ』一面より抜粋)

提督「なんで?(殺意)」

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