アクアビット社の基地に着き、休憩室の一室に通されしばらくすると、職員の一人が部屋に入ってきた。
「レイレナード社のリンクスの方ですね。この度は援軍に来ていただきありがとうございました」
「たまたま俺が一番近場に居ただけだ。それにあのレイヴンに少し用があったんでな。それで、整備の方はどのくらいで終わりそうだ?」
「はい、機体の損傷はそこまで深刻ではないようですので、補給作業修復作業合わせて5時間程で終わる予定です」
「そうか、なら俺は少し休ませてもらう。終わったら知らせに来てくれ」
職員が部屋から出ていくのを確認し、そのままソファーで少し眠ろうと目を閉じたところで、俺は部屋のドアがゆっくりと開くのを感じた。
「…」
ドアから入ってきた気配は息を潜めてこちらに向かって来ていた。
これは…どうするべきだ?アクアビット社はレイレナード社と同盟関係にあるからここで俺を殺すことは無いと思うが…いや、国家の刺客か?だがさっき職員が出ていったばかりだぞ?いくらなんでも早すぎる…
そうこうしているうちに気配はどんどん近づいてきており、とうとう俺が横になっているソファーの目の前で停止した。
「…」
見られている。無言で見つめられている。
なんだ、何がしたいんだこいつは。刺客ではないのか?だったらなぜ息をひそめてこちらに…
部屋は物音一つせず、室温も心地よい温度になっていたが俺はとてつもない重圧を感じていた。
あれから一時間ほどが経過しただろうか。本当ならすでに夢の中に旅立っていたはずの俺は、いまだに重圧に苦しんでいた。
おいおい、一体いつまでこうしているつもりなんだこいつは。頼むから用が無いなら休ませてくれ。
目の前から発せられる重圧に耐えかねた俺は、とうとう目を開けてしまった。
「…」
目を開けると、すぐ目の前に淡いピンク色をした目があった。
「!?!?」
驚き、後ずさろうとするが既にソファーに寝ているために逃げ場などどこにもない。
そのまま無言で見つめ合っていると、それまで殆ど動かなかったそいつはスッと顔を離した。
「…起こしちゃいましたか」
目の前から顔が離れていったことにより、そいつをしっかりと視認できるようになる。
ついさっきまで目の前にあった瞳に、それと同色の長い髪。身長はあまり高くなく、むしろ低いくらいで全体的に小柄な印象だ。服装は先ほどの職員のようにスーツを着ているわけではなく、黒と白のワンピースを着ており、両手でクマとウサギのぬいぐるみを抱きかかえていた。
目の前のその女性に見覚えはなかったが、口調こそ違うもののその声には聞き覚えがあった。
「ヒラリエスのパイロット…アクアビットのリンクスか」
「はい、私がヒラリエスのパイロットです。名前はP.ダムと言います」
こちらの推測通りの言葉が帰ってくる。
無線越しに声を聞いたときに抱いた印象よりも幼く見えることにも驚きだが、それよりも口調が全くの別人のようになっていることに驚く。
すると、こちらの反応に少し焦りながら彼女がしゃべり始めた。
「あ、あの。私、ネクストに乗っている間は少し性格が変わっちゃって…仲間の方たちは気にしないでいいって言ってくれるんですけど、やっぱり怖くて…変ですよね…」
これもAMSの影響なのだろうか。
AMSと言うのは精神的な負荷がとてもひどい技術だと、エンジニアが言っていたのを思い出す。俺にはネクストから降りた後に気分が悪くなる程度の影響しかなかったからそこまで気にしたことはないが、人によってはそれこそ人格が崩壊してしまう恐れもあるほどだと言っていたことも。
「いや、性格が変わるだけで人格が変わっているわけではないのだろう?だったらどちらの性格でも君は君だ。その仲間の言う通り気にしなくてもいいだろう」
あまりありがたみのある言葉ではないが、それでも少しは助けになるといいのだが…
そう思いつつ改めて彼女の顔を見ると、なぜか嬉しそうに笑っていた。
「そう、ですか…そうですよね。うん、確かに私は私です。なんだ、言われてみれば確かにどっちも私です。なら怖がらなくてもいいですよね。えへへ、ありがとうございます、えっと…」
「ゴーシュ・アインザックだ」
「ありがとうございます、ゴーシュさん。おかげで悩みが解決しました」
そんなに良いことを言っただろうか。少なくともここまで笑顔になるようなことは言ってないはずだが…
そう考えながら、しばらくの間嬉しそうな彼女を眺めていた。
この話の展開にも悩みましたが次の話の展開にも悩んでいます。
一体どういう展開にしようか…