歩いて20分、地下鉄から30分先に、その学校がある。
【雄英高等学校】――通称“雄英”と呼ばれる全国一番人気のヒーロー科の学校が。
――やっぱり大きいな……。
頭上にある校門と言うのには似合わず、近代的なゲートと言った方が似合う門の前で竜牙はポツンと立ちながら心の中で呟いた。
今や数多く存在するヒーロー。その中のNo.1――“オールマイト”
彼を筆頭に多数の有名ヒーローの母校であり雄英高校。
それ故に入学の倍率は驚異の300超え。
だからだろう。雄英に入って行く者達は皆、纏う雰囲気が一般的受験生の
受かろうが、落ちようが大きな一歩となる門。受けるだけでも称賛される程の試験を前に、まるで戦場へ向かう兵士のそれだ。
「――行こう」
自分に言い聞かせる独り言を呟き、場の雰囲気に呑まれることなく竜牙も門の中に足を踏み入れて歩き出した。
――そんな時だ。不意に竜牙は一人の少年に目を奪われた。
――なんだあれ?
その少年は緑色の髪の受験生だが、他の受験生とは明らかに違う雰囲気を纏っている。
皆、研ぎ澄ます様な雰囲気の中、既に足はガクガクと震えており、リュックサックをこれでもかと両手で握り絞めていた。
緊張するのは当然と言えるが、明らかになんか起こしそうだ。――と、竜牙がそう思っていた時だった。
――あっ……コケた。
案の定、その少年はコケた。足を伸ばしたまま、本当に綺麗に地面へと倒れていく。
確実に顔面直撃コース。試験前から脱落と思われたが、丁度に少年の傍にいた一人の女子がいた。
彼女が触れた瞬間、少年の身体が宙へフワフワと浮く。
どうやら少女の個性らしく、その少年は難を逃れた。
そんな幸先が良いのか悪いのか分からない光景を見て、竜牙は思わず小さく笑ってしまう。
「フッ……」
まさかの展開で肩の力を抜く事が出来た。
竜牙は緊張していたのは自分も同じかと理解し、緑髪の少年に心の中でお礼を言い、白く長い髪をなびかせながら試験会場へと入って行った。
▼▼▼
『今日は俺のライブへようこそぉ!!!』
広大な講義室。そこで試験説明されるのだが、その第一声がこれだ。
ボイスヒーロー――“プレゼント・マイク”が名に恥じない声を室内全体に響かせる。
――が、応える程ノリの良い受験生は竜牙も含め、流石にいなかった。
『オーケー! オーケー!――緊張してるんだな!!』
しかし、そこはラジオ番組もやっているマイク。
お構い無しと言わんばかりに説明を進めて行った。
『この後は事前に渡した入試要項通りだ!!――持ち込み自由の“模擬市街地演習”!!』
相も変わらない声量のマイクは説明を続けると、試験の内容は以下なモノだった。
制限時間は10分。
演習場には1~3Pの三体の仮想敵がおり、それを行動不能にしポイントを稼ぐ事が受験生の目的。
謂わば、市街地戦を想定した実戦試験。口だけならば幾らでも言える。
――結果を見せろ、と雄英は言いたいのだろう。
竜牙は今までの説明を理解し、静かに頷くと同時に配られた用紙の
「四体目……?」
竜牙がプリントに蒼白い瞳を向けると、そこには確かに四体目の仮想敵の存在が記されている。
だが、仮想敵の説明には四体目の事が一切触れていない。
竜牙は気になったが、説明しないのならば後々分かる事だと判断し、それ以上は気にしない事にしていると、隣の受験生が動く。
「ぼ……俺もそれが気になっていた」
竜牙は隣の席の眼鏡を掛けた受験生に声を掛けられた。
先程の呟きを聞かれていたらしく、その受験生はプリントを睨みながら突然立ち上がり、大きな声で用紙をマイクへ向けて言い放った。
「質問よろしいでしょうか! プリントに記載されている4種目の仮想敵についてです!――これに関する説明がなく、もし誤載ならばこれは恥ずべき痴態! どういう事か説明を求めます!」
――凄い奴だな……。
竜牙は隣で叫ぶ様にマイクへ説明を求める受験生を見て、特に表情を変える事なく思った。
緊張が場を包んでいた会場。それをマイクに劣らずの声で壊した様なもの。
結果、凄い奴。それが名も知らぬ眼鏡の竜牙の評価。
――しかし、その受験生の行動は更に上を行く。
その受験生は突如として振り返り、一人の受験生へ指差した。
「ついでにそこの君!――そう縮れ毛の君だ!! さっきからボソボソと気が散るじゃないか! 物見遊山ならば立ち去りたまえ!」
確かに時折、話し声がうるさかったと竜牙は思い出す。
それはマイクが登場した時からだが、確かに確実に耳に入ってきて、耳障りなのは間違いなかった。
誰がその元凶かと振りかえると、その指の先にいたのは校門で転びかけた緑髪の少年だった。
その少年は周囲に笑われながらも小さく謝っており、それと同時にマイクからの返答も始まる。
『オーケーオーケー! そこの受験生、ナイスお便りサンキュー! 説明しちまうと、この四体目は――』
――0Pの
マイクの言葉が会場に響き渡る。
この四種目の仮想敵は得点0で、しかも倒すのはほぼ不可能。
文字通り邪魔なだけの仮想敵であり、その説明に受験生達は納得し、同時に避ける為の存在だと判断した。
――アクシデントは付き物って事か……?
竜牙はマイクの言い方に何故か違和感を覚えたが、答えへの材料がない以上、頭の隅に入れておく事で考えを終える。
そして説明が終わると、プレゼント・マイクはゆっくりと手を叩いて己へと注目させる。
『それじゃ俺からは以上だが……
――“真の英雄とは人生の不幸を乗り越えて行く者”だと。
『“Plus Ultra”!!――それでは皆……』
――良い
ハイテンションなプレゼント・マイクの説明会だったが、最後の言葉はずっと竜牙の脳裏に焼き付る事は成功させた。
▼▼▼
説明会後、A~Gの七か所の試験会場に別れた竜牙達受験生は、それぞれジャージなどの動きやすい服装なり、試験会場の入り口で待機していた。
雑談、準備運動、深呼吸等々、受験生達はそれぞれ行動する中、竜牙は瞳を閉じ立っていた。
視界を閉じて、感じるのは風と音。見る者からしても精神統一に見える程に無駄のない佇み。
しかし最初と違い、変化している部分があった。
――それは“耳”
人の耳だった箇所。それが犬、狼の様な尖った耳へと変化している。
エメラルドグリーンの鱗の様な皮膚に覆われたそれが、時折、静かに、そして激しく動いて周囲の音を拾う。
すると、そんな様子を見て、竜牙の変化に気付く者が現れる。
「変った耳……うちみたいに“音”に関する個性?」
黒髪。そして耳たぶにプラグのある少女が竜牙を見ていた時だった。
――竜牙は“変化”に気付く。
(!――音に変化。モスキート音の様な……スピーカーの様な……!)
集中していた故の微かな変化の察知。だが、それは集中だけではなく、常人以上の存在――竜牙の“個性”があってこそ実行できる能力。
竜牙は同時に会場の入口から微かな機械音も察知すると反射的に膝を折り、上半身を前に屈める。
「?」
竜牙の動きに周囲は、何をしているんだあいつは?――と変人を見る様な目で見ていた時だ。
『ハイ!――スタァァァァァトッ!!!』
「ッ!」
それは反射に近かった。プレゼントマイクの合図を聞いた瞬間、それは狩りの時間に入った“獣”だ。
狩りで獲物が獲れねば死ぬ。そう思わせるかのように、竜牙の“個性”が――本能として働きかけ、一気に開いた入口へ飛び出し、仮想市街地を駆け抜ける。
両手・両足を変化させると巨大な黒き爪を持ち、黄色の甲殻の装甲を身に纏う。
竜牙はその手足で四足歩行で市街地を走り、そして仮想敵と接触を果たす。
『ブッコロス!!』
人工音声で叫びながら己へ突っ込んで来る、2と記された四足歩行の仮想敵。
その存在を見つけた瞬間、竜牙の眼光が光る。そして――
『ブッコ――』
――まさに刹那の狩り。竜牙は両足に力を入れて飛び出し、前足と呼べる右腕を振ってそのまま仮想敵の上半身を刈り取った。
同時に耳に届く周囲の仮想敵と同じ機械音。油・火薬の匂い。
周囲に何体の仮想敵がいるのか素早く判断し、再び動こうとした時――背後から1Pが奇襲を仕掛けてきた。
『ブッ――!』
だが、既に捕捉済み。
竜牙の背後を襲った1Pは薙ぎ払われ、そのままビルの壁へ激突し大破して動きを止めた。
「……尾も良好だ」
己に生えた巨大な“尻尾”の存在。
白い毛と幾つもある巨大な突起を持つ尾のコントロールに竜牙は満足そうに頷き、再び市街地を駆け抜ける。
――そして結局、他の受験生達がまともに動き出したのは竜牙が18Pを確保した時だった。
▼▼▼
――試験開始から7分経過した頃、竜牙は今も尚、市街地を走り回って仮想敵と戦闘を行っていた。
「これで――80!」
目の前の2Pを爪で破壊した竜牙は周囲を音と匂い索敵し、周囲の仮想敵が全滅したことを確認。
個人的にかなりの数を撃破した思いだが、少し離れた辺りでは今でも煙が上がり、爆音などが鳴り響いていた。
未だに少し離れたエリアでは仮想敵との戦いが行われている証拠であるが、ポイントを大量に確保した竜牙は気になる事が一つあった。
――0Pがどこにもいない……。
竜牙は一か所に集中していた訳ではない。広範囲に渡って仮想敵を破壊していた。
だが“お邪魔虫”と言われていた0Pを見ておらず、全く邪魔された覚えもない。
「……完全ステルス?」
竜牙は0Pの正体が、まさかの音も匂いもない完全ステルス機の可能性を考えた。
天下の雄英だ。それぐらいの邪魔をしてもおかしくはない、と竜牙がそんな事を考えていた時だ。
――巨大な轟音を捉え、同時に揺れや悲鳴が響き渡る。
「!?――まさか……」
何かを察した竜牙は爪を使ってビルを一気に駆け上がり、屋上からその音源の方を見渡した。
だが、そんな必要性はなかった。何故ならば……。
「でかい……!」
巨大な仮想敵。それはビルを薙ぎ倒しながら進んでいた。
1~3Pの仮想敵と大きさを比べるのもおこがましい程の大きさであり、規模が災害レベル。
立ち向かう者などいる訳がなく、見える範囲でも受験者達は逃げ惑っている。
――だが、竜牙は違った。不思議と恐怖はなく、気付けば……。
「やっぱりでかいな……」
竜牙はすぐそこまで迫る場所まで来ていた。
瓦礫は散ら張り、振動で周囲のビルも亀裂が走る。
そして当然の事ながら、竜牙の周りは逃げる受験生達で溢れているが、竜牙には不思議と恐怖は無く、0Pを待つかの様に佇み続ける。
――丁度そんな時だった。
「ヤバッ!?」
焦った様子の女子の声が耳に入った。
反射的に竜牙がそちらの方を向くと、そこには一人の少女が地面の亀裂に足を引っかけたのか、倒れていた。
だが不運は続くもの。0Pが更に移動した衝撃により電柱が倒れる――その受験生へ向かって。
「クッ!」
流石にまずい。いくら試験でも電柱が落ちて来てはどうにもならない。
竜牙は走り、尻尾を振り電柱へとぶつける。――が、その衝撃は思っていたよりも少し軽いものだった。
その隣で触手な様なモノを拳に変え、共に電柱を殴った大柄の受験生がいたからだ。
竜牙、そしてもう一人の活躍で電柱は少女に当たる事はなく、二人は頷き合い少女の傍へと向かう。
「……大丈夫か? 破片で足などに怪我は?」
「まず立てるのか?」
竜牙と大柄の少年が尋ねながら手を差し出すと、少女は頷きながら二人の手を取って立ち上がる。
「まじありがと……そんでごめん。完全に油断した……」
「気にするな。流石にあれは……」
「規格外だな……」
少女の言葉に竜牙は0Pを見つめ、大柄の少年の言葉に頷き合う。
1~3Pでもまぁまぁ良い大きさだったのだ。それなのに突然の巨大ロボ。
立ち向かう者もいるが、それは数秒だけ。すぐに逃げる側へ合流してしまう。
「うちらも逃げよう!」
「そうだな……もうポイントは十分稼いだ」
少女と大柄の少年も流石に身の危険を感じたのだろう。もう目の前まで迫っている中、二人も逃げ始めた。
しかし竜牙は動かない。そんな様子に気付き、二人も思わず足を止めた。
「何やってんの!? 踏みつぶされるよ!」
「……どうした?」
少女は焦る中、大柄の少年は竜牙の様子が変な事に気付き、問い掛けてくる。
すると……。
「……“更に向こうへ”」
「えっ……校訓?」
竜牙が呟いたのは雄英の校訓。
少女も思い出したが、何故に今のタイミングなのだろうかと疑問を抱くと、竜牙は二人の方を振り返った。
しかし、目線は更に向こう側。逃げている受験生達に向けられている。
「小さい頃……大災害の中、たった一人で千人以上助けるヒーローの動画を見たんだ。――その人は周りを安心させる様に笑い続けて、そして言った」
『もう大丈夫!――私が来た!』
「それって……“オールマイト”の動画じゃん? 私も見た事あるし」
「俺もだ。と言うより、あれは伝説だ……見てない奴の方が珍しいだろ?」
誰でも知っている伝説。
オールマイトの偉大さが分かる話であり、竜牙の話に付いて行けない二人は首を傾げたが、竜牙の話は終わっていなかった。
「それじゃ、今逃げているあの連中がヒーローになり私が来た”って言ったとして――」
――人々は“安心”するのか?
「!……それは……」
「むぅ……」
竜牙の言葉に二人は言葉を詰まらせた。
ヒーロー科志望なだけに、今の現状に思う事があるのだろう。
気まずそうに、だがどうしようも出来ない状況に迷っていると、竜牙は再び0Pへと向き直った。
「俺には”夢”がある……この俺の“個性”で色んな人を……」
竜牙の夢。ずっとそれを叶える為に努力して来た。
身体も個性も、家の中で出来る限りのトレーニングをしてきた。
家に来るお手伝いさんが所有している山に行かせてもらい、そこでも訓練し続けた。
全ては夢の為に……。
「“Plus Ultra”……更に向こうへ――この受難に感謝……!」
竜牙はそう呟くと構え、0Pへ戦闘態勢を取る。
両手・両足も既に変化させており、更に肉体からスパークが発生。髪の毛も逆立ち始める。
そんな逃げる者達ばかりの中、このエリアで敵に背を向けない竜牙の背中を見て、二人は目を奪われる。
「……超ロックじゃん」
「ヒーローが背を向ける訳には行かないな……」
竜牙の戦う気満々な姿を見て二人は呟くと、少女は溜め息を吐き、大柄の少年は触手を動かし始めて竜牙の左右にそれぞれ立つ。
「うちだって……ヒーロー目指して雄英に来たしね」
「今こそ“Plus Ultra”だ」
「そうか。じゃあ戦うか……“プラグ”と“触手”」
「うちの名前は耳郎 響香!」
「俺は障子 目蔵だ……」
名前が分からなかった故、特徴的な部分を竜牙が言ったらやや怒り気味に名前が返って来るが、竜牙は気にせずに名乗り返す。
「……雷狼寺 竜牙だ」
「……っそ。よろしく」
「それで早速だが雷狼寺……どうするつもりだ?」
障子が竜牙に問い掛けると、竜牙は四足歩行状態に構える。
「何とかなる……“充電”も十分だ」
「えっ、いや……だから作戦とかはって――ちょっ!?」
耳郎が作戦を聞こうとするが、それよりも先に竜牙は駆け出す。
そのまま0Pの近くのビルを上り始めるが、他の仮想敵同様に受験生である竜牙を見つけた0Pが狙いを定めた。
しかし竜牙が上るビルへ迫ろうとした時だった。
不意に0Pの動きが停止する。――何故ならば、足であるキャタピラに異常が発生したからだ。
「もう……あいつの言葉に感動したうちが馬鹿みたいじゃん!」
「心を動かされたものは仕方ない……ここにいるのは俺達の意志だ」
そのキャタピラ部分には耳郎が耳のプラグを0Pに突き刺しており、己の心音を大ボリュームで攻撃中。
障子も電柱やら瓦礫やらを挟めたり、歪ませて0Pの動きを止めてた。
しかし、それでも巨大な0Pは完全な動きを止めることはない。奇音を鳴らしながら無理矢理動こうとし、周囲のビルを破壊した時だ。
「離れろ!!」
竜牙の声が二人の耳に届く。どっちにしろ近くのビルが崩れるので退避するしかなく、二人が0Pから離れた時だった。
――0Pに轟音と共に、一本の“雷”が落ちる。
それは強烈な衝撃と轟音を生み、0Pは身体がめり込むように沈んで装甲が弾け飛ぶ。
最早、落雷。だが正体は“巨大”な何かが巨大ロボに目掛けて落下したことで発生した音だ。
だがどちらにしろ、それを目の前で見た二人はもっと衝撃的だっただろう。
「……ハッ!――雷狼寺は?」
「……む。――確かに、無事なのか?」
目の前の0Pの最後が衝撃的だったが、感覚が麻痺しているのか我に返ると意外に冷静になれた二人は、急いで0Pの残骸まで駆け寄った。
そんな時、二人の耳にある声が届く。
『グルルルル……!!』
まるで獣の様な唸り声。檻から出た獣がいるかの様に感じ、耳郎と障子は緊張から息を呑む。
そして二人は確かに見てしまった。――巨大な“獣”を。
「!」
思わず息を吐き出し、すぐにまた息を呑んでしまう二人。
影になって見えないが、何か巨大な生物な事だけが分かる。
しかし、その巨大な影は縮んで行く様に小さくなり、やがて人の形を取った。
――正体は雷狼寺 竜牙。
「まだ街への被害が大きいか。今後の課題だな……」
先程までの騒動が嘘の様に、冷静に独り言を呟く竜牙の姿を見て、ようやく安心できた二人。
――それと同時。
『終了ぉぉぉぉぉぉ!!!』
プレゼント・マイクの声が辺りに響き渡る。
これにて実技試験――終了。
▼▼▼
――試験の様子を、巨大なモニターで雄英の試験官達が見ていた。
「YEAH! またやりやがった!! 今年は本当に大漁だな!」
「うん。まさか0Pが一日に二体も壊されるなんてね」
プロヒーローでもある者達。そんな彼等が見ている映像には二人の人物が映っていた。
一人はオドオドした様子ばかりの緑髪の少年。
――だが、その少年は0Pへと飛び出し、そのまま文字通り“ぶっ飛ばした”のだ。
そんな少年の映像と実技の総合結果を見ながら、試験官達は再び話し合い始める。
「しかし、まさか敵Pが0……“救助活動P”だけで合格とはな」
「倍率300……全員がライバルだ。――だからといって、それが“助けない”理由にはならん。そんな奴はヒーローになる資格もない」
受験生に知らせていない、この試験のもう一つの採点P。
――それが【救助活動P】
文字通り、救助活動に対しての追加得点。しかも審査制。
緑髪の少年の名前――緑谷 出久の成績は敵Pが0Pだったが、救助活動Pは60Pを獲得。
結果、総合成績は全体の第8位。
「ずっと典型的な不合格者の動きだったけど、最後のは痺れたわねぇ……」
「本当に大した奴だぜ! YEAH!って何度も叫んじまった!――が、インパクトだったら“総合1位”も負けてねぇな!」
「――と言うよりも“彼”は既に頭一つ出ているよ」
そう言うと、モニターの画面が大きく一人の少年――雷狼寺 竜牙の映像に変わる。
「雷狼寺 竜牙――敵P80P・救助活動P42の総合1位。救助活動Pは8位に劣るが、それを霞ませる程の実力だ」
試験官達の見つめる映像。そこには手足を変化させて仮想敵を薙ぎ倒す映像が映っていた。
「手足……そして尻尾まで変化させ、更にこうも扱うか」
「それだけじゃない。耳や鼻も変化させて周囲の索敵も行っているな」
「俺の合図に唯一反応してスタートダッシュ決めたのはコイツだけだったしな!!」
戦闘力は申し分なし。情報収集・スピードも問題ない動きを行っている。
試験官達は竜牙の能力、そして個性の強力さに頷き合っていた時だ。
「――個性の扱い方も上手いな」
黒い服装に身を包んだボサボサ髪の男が不意に呟き、試験官達の視線がそこに集まる。
「どういう事?」
「この映像見て下さい……」
男の示す映像には、竜牙が3Pを両断している姿が捉えられていた。
だが、注目するべき場所は竜牙の両腕。――その両腕は最初の爪の前足ではなく、まるで双剣の様に鋭利な形となっている点だ。
「おいおい! こいつはどういうこった!?」
「――極めつけがこれだ」
返答する事なく、男が最後に示したの0Pを粉砕した映像。
そこに拡大されて映る“一体”の生物。それに試験官達の目線は奪われた。
「0Pの時に気にはなっていたが、これは……」
映像に映る、0Pの上に落下した巨大な生物。
頭部は狼の様な形状だが、身体の構造や“鱗”の様な皮膚がある。
これではただの狼系の個性とも思えず、試験官達は困惑してしまう。
「彼は色々と特殊なんだよ。突然変異で生まれた個性で、家庭の方もそれでやや複雑だと聞いている」
だが一人――否、一匹のネズミが試験官達に語り始め、その言葉に全員が黙る。
「なんにせよ。彼は文句なしの合格だ。色々と考えるのは彼が入学した後にして、しっかりと導いてあげよう」
ネズミ――根津校長の言葉に試験官達は頷きあうと、次の受験生へと映像を変えて行くのだった。
END