僕のヒーローアカデミア~ジンオウガの章~   作:四季の夢

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第二十話:信念の輪廻

 

 

 雷狼寺ミキリはヒーローに代わり、途中で警察に避難誘導されながら危険区を脱していた。

 だがその表情と内心は晴れていない。安全圏に避難できても曇ったままだ。

 

(あれは……竜牙だった)

 

 ついさっき自分達を助けたヒーローの正体――息子の竜牙の存在がその理由。

 その話を寸前までしていたのだ、気付かないわけがない。

 

(あんなヴィランにも立ち向かうのか……お前は)

 

 サポート会社としてヒーローとの関りはあり、それによって理解もある。

 だがだからといってミキリ自身がヴィランに対峙する訳ではなく、その感情など分かる筈がない。

 なのに捨てた同然とはいえ、息子があんな脳みそ剥き出しの異常なヴィランにすら立ち向かっている事実に胸の中が異常なまでにざわついてしまった。

 この間再会した時だって互いに会話らしいものもなく、互いに割り切った存在だと思っていた。

 しかし、脳内にはずっと去り際に見たヴィランを抑え込む姿が離れない。

 

(職場体験と言っていたがもうあんなヴィランと戦うのか?……担当のヒーローは何をしている!?)

 

 再会してしまった事で、その現場を見てしまった事でミキリの心情はザワめく。

 自分がどこかで間違ったのだろうか? そんな考えが浮かぶがミキリは振り払い、深呼吸しながら落ち着こうとする。

 

――そもそも、十年前の()()さえなければ私達は普通に家族だった……!

 

 思い出すは忌々しい十年前の事件。あれさえなければ、こんな歪んだ家族関係ではなかった。

 

『それは可哀想に……だけど僕ならばそれを解決してあげられる』

 

――あの男の言う通りにしていれば……!

 

 ミキリが後悔を思い出していた。その時だ。彼の妻が騒ぎ始める。

 

「あなた!? “あの娘達”がいないの!!」

 

「なんだと……! なぜ目を離した!!」

 

 いた筈の場所に娘達がいない。周りには避難してきた者達もおり、まさか誘拐かと不安が過った時だ。

 ミキリは別の事を思い出す。

 

『お兄ちゃん!!』

 

 去り際に娘達が放った言葉。少なくとも娘達は竜牙の存在を気づいた事実を。

 

「……まさか」

 

 ミキリに最悪な可能性が過った。

 

 

▼▼▼

 

 

 竜牙と、装備を纏った緑谷は同時に飛び出してステインへ攻撃を仕掛ける。

 まず一の手は竜牙だ。

 

「――この受難に感謝」

 

「……良いなお前」

 

 その速さとスピードでステインへ接近、そのまま双剣を振るえばステインもナイフで受け止め、その時に二の手――緑谷だ。

 竜牙とぶつかり合い、動きを止めたステインを狙って壁を蹴って横から襲撃。

 だがステインもそれに反応。口で肩のナイフを加え、緑谷を牽制。

 しかし竜牙もここで動く。緑谷に注意を向けている瞬間、低出力で放電を放つ。

 高威力はその予備動作でステインに反応されるが、低出力ならば緑谷の存在もあってステインも回避が出来なかった。

 

「――ッ!」

 

 痺れで動きが止まるステインへ、緑谷がそのまま横から右ストレートを放つ。

 ステインはそのまま身体が飛ぶが、痺れは一時的なもの。すぐに受け身をとって態勢を整え、追撃を行う緑谷へ飛び出しナイフで迎撃。

 だが緑谷はそれを竜牙がから受け取ったガントレットで受け、ナイフから身を守る。

 その光景にステインの表情も崩れた。

 

「ハァ……あいつの個性か。爪に電気に装備まで……何の個性だ?」

 

 ステインの余裕が崩れる中、緑谷もそのガントレットの丈夫さに驚きを隠せないでいた。

 

(凄い……! 重量はあるけど許容範囲でこの防御力。これが雷狼竜の強さ……!)

 

 鋭利なナイフを防ぐ防御力。ワン・フォー・オールにも馴染ませやすい素材の力。

 これでステインの個性にも多少なりとも対応できるが、それでもステインは脅威でしかない。

 竜牙と轟を相手に多少は疲労しているとも思ったが、寧ろ逆だ。――反応速度も更に磨きかかり、先程以上の動きを魅せる。

 

 ステインは刃が駄目ならばと身体をしならせ、カウンターの蹴りで緑谷の顔面へヒットさせ、緑谷は宙に舞う。

 

「――緑谷!」

 

 そこに竜牙が尻尾で緑谷を自分の後ろへ運び、選手交代の様にステインへ飛び掛かった。

 

「……さっきと同じと思うな」

 

「ハァ……面倒だな……!」

 

 双剣をしまい、爪と耳を出して現れる竜牙にステインも困惑気味だ。

 耳を出し、更に速さに対応できる形態となった竜牙は接近戦を仕掛け、フェイントを挟みながら爪を振るってステインも刀で受け止める。

 高速で刃と爪をぶつけ合う両者。一進一退とも呼べる戦いでプロが来るまで時間が稼げる。

――そう、竜牙が思った時だ。

 

「強いな……」

 

――だが、その丈夫な防御力故に油断したな。

 

 僅かな竜牙の気の緩みをステインは察知。腰を入れた一太刀が竜牙の左腕を捉え、甲殻と鱗ごと斬り裂いた。

 勿論、竜牙も痛みと流れる出血にそれを理解するが、驚きの方が大きかった。

 

「――グゥッ!! 雷狼竜の鱗と甲殻を突破した……!?」

 

「雷狼寺が斬られた!?」

 

「雷狼寺くん!」

 

 緑谷が急いで加勢しようとするが遅かった。

 竜牙は血を舐められ、そのまま仰向けに倒れてしまう。

 

「身体……が……!」

 

 力を入れようにも神経が働いていない様に動かす事が出来ず、口を開くのも精一杯。

 そんな竜牙をステインはただ見下ろしていた。

 

「ハァ……大したものだった。だが、常時“岩肌”の異形系ヒーローすら斬ってきたんだ。斬られないと思ったのが甘かったな」

 

「……ッ!」

 

 そう言いながら見下ろすステインへ、竜牙は瞳を雷狼竜にして睨み返し、せめてもの抵抗をする。

 動かなくなって諦めない。絶対に守り通す。

 その気迫がステインにも通じたのかは分からないが、ステインはそんな竜牙を見てニヤリと笑みを浮かべた。

 

「やはり良いな……安心しろ、お前も生かす価値はある」

 

「……クッ……待て……!」

 

 そう言って竜牙の傍を通りすぎ、緑谷達の下へ向かうステインを止めようとするが身体は動かない。

 竜牙の血液型はAB型であり、どれ程に時間を縛られるのかが分からないのも不安要素だ。

 限られた時間の中、どうにかしないとと竜牙は考えるがやはり身体は動かない。

 そしてその間にもステインは緑谷を突破し、轟へと迫った時だった。

 

「レシプロバースト!!」

 

 飯田がここで復帰。轟へ迫ったステインへ必殺技を放ち、刀をへし折りながらステインを蹴り飛ばす。

 

「轟君も……雷狼寺君も……緑谷君も関係ない事で申し訳ない。――だからもう、君達に3人にもう血を流させない!」

 

「……吹っ切れたか飯田」

 

 飯田の今の表情には先程までの復讐者としての顔はなかった。覚悟を決めたヒーローとしての表情をしている。

 しかし、ステインはそう思わない。

 

「感化され、取り繕おうと無駄だ。人間の本質は変わらない」

 

 ステインは飯田が自分をヒーローとしてではなく、兄の敵として来た復讐者である事を知って見ている。

 故に飯田の言葉は何も響かず、ヒーローを汚すガンとして排除しようと刃を構えた。

 

「耳を貸すなよ飯田。あんなの前時代的な原理主義だ」

 

「いや轟君……奴の言う通り、僕はヒーローを名乗る資格はない。けど僕は折れるわけにはいかない!――インゲニウムを消さない為にも!」

 

「――論外!」

 

 飯田は既に救いのない贋作認定しているステインには、全てが無駄と判断され再び攻撃を受けるがそれを轟が炎で迎撃するも、それは回避された。

 

「クソっ……だがさっきよりも奴の動きが変わった。焦ってんだ」

 

 轟は察した。ステインの動きが速くなったのは確かだが、それは焦りからも来ている事を。

 個性からしても本来、同時に多人数の相手は得策ではないのだろう。間もなくプロも来るのならば尚更だ。

 だがそれでもヒーローと飯田を殺そうとするのは“執念”だ。ステインのイカれてるともいえる執念がそれを突き動かしている。

 

 このままでは二人が殺されるが、この場にいる者達は誰も諦めていない。

 

「轟君! 僕の足を凍らせてくれ! 排気筒を塞がずに!」

 

「ッ!」

 

 飯田の突然の提案に轟は考えるが、それよりも行動することを優先して飯田の足を凍らせる。

 しかしステインは何もさせまいと見逃さない。

 

「邪魔だ!」

 

 ステインは轟へ投げナイフを投擲。轟の腕へと迫る刃だったが、それは直前に弾かれた。

 

『!』

 

 突然のナイフの動きにステインも轟達も驚き、その場所を良く見ると虫――雷光虫の群れが固まって放電を行っていた。

 

「……!」

 

 ステインは困惑するが、すぐに元凶を理解。倒れている竜牙の方を向くと、動けなくとも鋭い視線で自分達を見ている竜牙の周りには雷光虫達が飛び回っていた。

 雷光虫は身体を動かさなくても操れる。だから飛び道具としてナイフを弾くことが出来た。

 

「急げ……轟……飯田……!」

 

 竜牙も状況を理解し、轟と飯田を援護に雷光虫を回している。

 その間にも緑谷も動く。左足を斬られてズキズキとした痛みがあり、もう飛べるのは限られているが関係ない。

 飛び上がるステインへ緑谷が、エンジンを冷やして貰った飯田も同時に飛び上がる。

 

「死ね……贋作!」

 

「死ぬ訳にはいかない!!」

 

 両者向かい合うはステインと飯田。そこに緑谷も側面から登場し、その腕は雷で溢れていた。

 緑谷のガントレット。そこに集まった雷光虫達が一斉に放電して緑谷へ力を与えていた。更にワン・フォー・オールも出力をガントレットが負担する様にでき、最大の攻撃を放つ。

 無論、ステインも察知。だが目の前でレシプロバーストを放つ飯田を無視できず、対処は不可能。

 

「いけ……!」

 

「……決めろ」

 

 轟と竜牙は見守る。最後の決着の時を。沢山のヒーロー達を葬った一人のヴィランの終焉を。

 

『ジンオウガ・スマッシュ!!』

 

『レシプロエクステンド!!』

 

「ガハッ!!」

 

 強烈な拳が、強烈な蹴りがステインへぶつけられた。

 顔と腰に強烈な衝撃を浴び、全身に響き渡ったダメージを受けるステインと共に緑谷と飯田も落ちてくる。

 

「おっと……」

 

 そこは轟が氷の滑り台で対処し、緑谷と飯田は無事に落下。

 だがステインには竜牙が対処する。

 

「悪いが……念には念を……!」

 

 ステインを受け止めるのは大量の雷光虫の群れ。群れを成して放電が強力になっており、そこにステインがダイブしてくる。

 強烈な電撃を浴び、ようやくステインはその動きを止めて、この場のみんなはようやく一息入れることが出来るのだった。

 

 

▼▼▼

 

 あの後、路地裏の奥から轟はロープを見付け、ようやく復帰したヒーロー『ネイティブ』と共にステインを縛りあげていた。

 飯田はそんなステインを見下ろし、何とも言えない表情をし、竜牙と緑谷は怪我もあって互いを隣に置いて壁に背を預けていた。

 

「緑谷……悪いがガントレットを見せてくれ」

 

「えっ……うん」

 

 まだ少量だが血を流す竜牙の言葉に緑谷は言われたまま腕を出すと、竜牙はガントレットに触れる。

 すると、そのガントレットは溶けるように竜牙の腕に一体化し、左腕の斬り傷から血は止まった。

 

「……俺から作った装備だから、俺が吸収する事も出来るんだ」

 

「そうなんだ……凄いね」

 

 ヒーローオタクの緑谷には興味深い個性だったが、今は先程の激闘の後で頭が働かない。

 ステインは竜牙や緑谷達を殺す対象にしていなかったが、その殺気は本物。

 本当のヴィランと呼べる相手にとの戦いが終わり、今更になって怖くなったのか力が入らないのだ。

 そんな時、ネイティブが竜牙と緑谷の下へ近付いてきた。

 

「そろそろ行くが……どうだ? 立てるのか?」

 

「俺は大丈夫ですが……緑谷は足をやられています」

 

「そんな大丈夫だよ……つッ!」

 

 そう言って立とうとする緑谷だったが、痛みで表情を歪ませて倒れそうになるのを竜牙とネイティブが咄嗟に支えた。

 

「おいおい!? やっぱり無理だろその怪我で!? ほら、俺が背負ってやるから……」

 

「す、すみません……」

 

「いや寧ろ俺が礼を言いたいって」

 

 そんな会話を挟みながら緑谷はネイティブに背負われ、竜牙も左腕を若干庇いながら歩き出した。

 ステインを引きずる轟も怠そうだが、両手足のアーマーから血を流している飯田よりは軽傷だ。

 

「しかしプロの俺が一番足を引っ張り申し訳ない……」

 

「仕方ないですよ……一対一だったら相性が悪すぎます」

 

「四対一でしかもステイン自身のミスがあってギリギリ勝てた。――緑谷の拘束時間を完全に忘れてた中、自由を奪った雷狼寺の援護もあった。そんな予想外の事ばかりだから最後は飯田にしか反応できなかったんだろう」

 

 ネイティブと緑谷の会話に轟が冷静に語る。

 ステインならば本来、竜牙達というヒーローの卵に後れを取る事はなかった。

 しかし、ステインは粛清対象としなかった事で殺生をしなかった。その信念によって最後は捕まった。

 

「……この受難に感謝しかないな」

 

「……雷狼寺君は本当にその言葉が好きだね」

 

「飯田。受難こそ……最大の糧である。――“Plus Ultra”……いつの日か、オールマイトを超える為に、俺達は――ヒーローは受難に挑み続け、乗り越え続けるんだ」

 

――次の平和の“象徴”になる為に。

 

 竜牙のその言葉に全員が言葉を失う。

 いつまでも憧れではいけないと思う者。

 その通りだと自覚する者。

 そうだったと思い出す者。

 今の自分にはその資格があるのかと悩む者。

 それぞれの思いを抱いていると、緑谷を背負っているネイティブが困ったように話し出す。

 

「最近の子……っていうか雄英生は凄いんだな。なんか耳が痛いよ」

 

 オールマイトを超える。そんな事を口にするどころか、思っているヒーローなんてプロにすら殆どいないのが今の社会の現状。

 それだけオールマイトが偉大過ぎた。そういえば終わりだが、目の前の小さな少年はそれを平然と口にする。

 その現実にネイティブは自分がそんな少年達よりも小さく見えてしまったのだ。

 

「こいつの場合はマイペースなのもありますけどね……」

 

「……そんなにマイペースか俺?」

 

 轟と竜牙が能天気な会話をしていた時だった。

 

「んな! 何故お前がここに!!」

 

「ここがその細道か!?」

 

「竜牙く~ん!」

 

「無事か!!?」

 

 続々と集まりだすヒーロー達。

 轟の呼んだ応援・ねじれ達リューキュウ事務所・緑谷の体験先の小柄な老人『グラントリノ』が登場し、グラントリノは真っ先に緑谷に蹴りを入れた。

 

「座ってろって言ったろ!!」

 

「すみません!!」

 

「竜牙くん大丈夫? 腕を怪我したの?」

 

「……胸アツ」

 

 心配するねじれに腕を見られながら抱きしめられ、胸に埋まる竜牙は小さく呟くと、自分の責任だと飯田が前に出た。

 

「すみません! 雷狼寺君の怪我は僕の――」

 

「やめとけ飯田。今、あいつは喜んでるから……」

 

 ねじれの胸に埋まる竜牙の姿を見て、轟は飯田を制止する。

 轟も姉・冬美の件で何となくだが竜牙の事を理解できるようになり、柔らかく良い匂いのする温もりに包まれているのだ。無表情だが今の竜牙は喜んでいると理解できた。

 

『若いって良いよね……』

 

 そんな竜牙の姿に欲望を出してしまう男性ヒーロー達。ステインの意識があれば間違いなく粛清対象だろう。

 

(とりあえず……耳郎の奴に写真、送っておくか)

 

 轟は竜牙繋がりで耳郎と障子の二人と連絡先を交換しており、本能的にした方が良いと判断。そのままねじれに埋まる竜牙の写真を耳郎へと送る。

 

「もう! リューキュウ心配してたよー?」

 

「すみません……ところでリューキュウは?」

 

「リューキュウさんはエンデヴァーと一緒にその場に残ってヴィランと交戦中だ。その中で僕たちに君を追うように言ったんだ」

 

「……怒られますよね?」

 

「当然よ? 怒ると怖いよリューキュウって!」

 

 仕方ないとはいえ竜牙にはリューキュウのお説教が待っているようだ。

 彼の後ろでは飯田が頭を下げているが、竜牙には後悔はなく、他のヒーロー達と共にステインを見下ろした。

 

「こいつが噂のヒーロー殺しか……!」

 

「とっとと警察に渡した方が良いだろ。救急車と警察はまだ――」

 

 グラントリノが到着の遅い連中の愚痴を吐こうとした時だった。

 彼はその音を捉える。――バサァっという翼の音を。

 

「伏せろッ!!」

 

 グラントリノが叫んだが間に合わない。

 有無を言わさず、翼の生えた脳無が襲来。逃げて来たのか、火傷や爪の切り傷が痛々しいが本人は感じていない様に動き、その速さも異常だ。

 そしてその脳無は緑谷を掴むと一気に急上昇。

 

「ごめんなさい!! 抜けられたわ!!」 

 

「むぅ! 不甲斐ない!!」

 

 そこにドラゴン化したリューキュウと、その背に乗ったエンデヴァーも現れる。

 だが巨体のリューキュウよりも脳無の方が早く、しかも他の個性を持っているのか加速力も更に上。

 グラントリノも追いつけず、竜牙と轟の遠距離攻撃も届かない。

 誰も諦めてしまう。――そう思った時だ。

 

――不意に一人の女性ヒーローの頬に着いた脳無の血を何者かが舐める。

 

『!』

 

 それと同時、脳無の動きが停止して落下。それに合わせてナイフを持って飛び上がりし男――ステイン。

 脳無の背に乗り、脳を突き刺して殺害。そして落下間際で緑谷を抱えて救うという技も見せた。

 

「偽物が蔓延る社会も……徒に力を振りまく者達も……全てが粛清対象……!」

 

――全ては正しき“社会”の為に……!

 

 縄を破り、脳無を殺害したステインは緑谷を抱えて着地。

 しかしその光景にヒーロー達は困惑。

 

「た、助けたのか?」

 

「馬鹿! 人質とったんだ!!」

 

 徐々に冷静を取り戻すひーヒーロー達だが、相手は人質を取ったヒーロー殺し。

 どう対処すればと悩む間にもエンデヴァーがリューキュウの背から飛び降りて落下し、全員に喝を入れた。

 

「何をやっている貴様等!! とっとと態勢をとらんかッ!!」

 

「ねじれ! 他の人達もすぐに動く!!」

 

 リューキュウも上空から指揮を執りながら降りて来るとねじれ達も行動を取り、エンデヴァーも炎を放出しながら、いざ攻撃という時だった。

 グラントリノはステインから放たれる異常に気付く。

 

「待て!! 誰も動くな!!」

 

 グラントリノが止める中でステインは動く。人質とも言える緑谷を何の迷いもなく開放して。

 既に彼の瞳には“贋作”しか映っていないからだ。

 

「エンデヴァー……リューキュウ……?」

 

――贋物共ぉ……!!

 

『!!』

 

 正気はないのだろう。視点は揺れ動いて定まらず、唾液を流しをながら狂気を纏うステイン。

 狂気はやがて圧となり、殺気の混ざり狂気は全て呑み込もうと歩みを止めない。

 一般のヒーロー・リューキュウのサイドキック達は腰を抜かす。ねじれ、轟、飯田は勿論、グラントリノやリューキュウ、エンデヴァーすらその狂気に推されて後ずさる。

 

「取り戻さねばぁ……! 誰かが血に染まらねばぁ……!!」

 

――“英雄”を取り戻さねばぁぁ!!

 

 何がステインをそこまで突き動かすのか。何故、一本の小さなナイフしか持っていないのに誰も動くことが出来ないのか。

 全ては執念が、ステインの信念が狂気に己の全てを混ぜて放っているからだ。

 

「来い……! 贋物共ぉ!!」

 

――俺を殺して良いのは本物の英雄(オールマイト)だけだぁ!!!

 

 ステインの信念の叫び。

 誰もが動けない。血を舐められていないのに、誰もがステインへ立ち向かえない。

 身体が震え、骨が悲鳴をあげる。汗が流れて怖くて仕方がない。本能が降伏し、思考も停止する。

 そんな誰もが動かない。――ステインでさえも。

 

「!……気を失っているのか?」

 

 エンデヴァーが気付いた。立ちながら、白目を向いてステインが気を失っている事に。

 その事実にようやく皆は身体を動かす事が、呼吸をすることが出来た。

 ようやく終わったのだ。

 

 

▼▼▼

 

 その後、夕日が沈む中で警察が駆けつけてステインを確保。

 だが救急車は脳無の影響で怪我人が多く、到着はもう少し遅くなるとの事でリューキュウ達が取り敢えずの応急処置を施していた。――勿論、お説教も。

 

「今回は本当に運が良かったんだよジンオウガ? 急いでたのは分かるけど、次はせめてねじれを連れてって」

 

「大変だったよー! 場所がどこだが思い出しながらだったんだから?」

 

「はい……本当にすみません」

 

「いえ元はと言えば僕が勝手な真似をしたからです!」

 

「本当にそうだよ……インゲニウムさんの弟さんにも何かあったら僕は顔向けできなかったよ?」

 

 竜牙はリューキュウとねじれに。飯田はマニュアルに説教をされ、緑谷はと言えば本物のリューキュウに大興奮だ。

 

「見てよ轟くん! 本物のリューキュウだよ!? さっきの飛竜の姿が彼女の個性で男女問わずに大人気のトップヒーローだ!」

 

「……お、おう」

 

 緑谷に振り回されながら、轟はなんで足を斬られて元気なんだと不思議で仕方がない。

 竜牙も竜牙で説教されながらリューキュウやねじれの隙を覗いて癒されており、自分の友人達は皆どこかが変だと自覚できた瞬間。

 

「ショオォォォトォォォォ!!!!――見ていたか俺の活躍を!!」

 

「……俺も同類か」

 

 自分もだと自覚できた瞬間だった。

 先程からエンデヴァーは後処理をサイドキックに任せ、ずっと自分に付きっきりでこの調子。

 逃げたい半分、後処理ぐらいは手伝おうとする轟だったが、軽傷とはいえステインにナイフで刺さられている事もあって『大人しくしていて』と言われ、動くことが出来なかった。

 

 そしてそれは竜牙も同じだ。 

 

「左腕は取り敢えず応急処置したから、下手には動かない様にね?」

 

「……はい。すみません」

 

「……何かあったの?」

 

 リューキュウは竜牙の様子がどこかおかしい事に気づく。

 時折、ステインがいた場所を眺めて心ここにあらずな様子なのだ。

 リューキュウやねじれで癒されている竜牙だが、事実としてその彼女の推測は正しく、竜牙は物語を語るかの様に呟き始めた。

 

「ステインの言っていた事……あれも一つの“正解”だと俺は思ってしまいました。――行ってきたのは殺人・そして未遂で許されるものじゃない。ですが、緑谷が連れ去られた時に動き、助けたのはステインだけだった……そしてその後の気迫に俺は呑まれ……いや、俺は――」

 

――感化されていた。

 

 竜牙はそう言って続ける。

 今のヒーロー社会は確かにプロヒーローは多過ぎるのに、犯罪率の低下まで可能にするヒーローはオールマイトだけだ。

 エンデヴァーでさえ、検挙率は高いが犯罪そのものの低下は行えていない。

 だがステインが現れた街は犯罪率は低下し、ステインの存在がヒーロー達の意識向上を行っていると評価する者もいる。 

 

 そんな彼だ。犯罪者なのは誰が見ても明らか。

 しかしそれでも竜牙は一瞬だが、そのステインの最後の姿に魅入ってしまった。

 

「……俺はステインへ、オールマイトの様に“憧れ”を抱いてしまった。心のそこから俺は――」

 

()()君……」

 

「!」

 

 リューキュウからヒーロー名ではなく、名前を呼ばれた事で竜牙は我に返った様に顔を上げると、そこには心配した表情で己を見るリューキュウとねじれ。そしてサイドキックの人達がいた。

 

「疲れてるのよ……あのレベルのヴィランとはプロだってそうそう接敵しない相手なんだから。戦った時の空気が今も残っているだけ」

 

「そーだよ? 空気に酔っちゃったんだね」

 

「あぁ……思い出すだけでやばいヴィランだったからな」

 

「職場体験で出会っていいヴィランじゃないね」

 

 リューキュウに続くようにねじれ、サイドキックの人達が軽い調子で語りかける。

 まるでよくある事だと言わんばかりの調子に、竜牙も少し気が楽になるのを感じた。

 その時の空気に呑まれ、ただナイーブになってしまっただけ。ステインにはその気にはなかったとはいえ、竜牙達からすれば生死の戦いだった。

 変に感化されてもおかしくはないと、竜牙は納得して顔を下げた。

 だから気づかなかった。リューキュウ達が、互いに顔を見合わせていたことに。 

 

(大丈夫だとは思うけど……)

 

 リューキュウには一滴程の不安があった。

 有名ヴィランを倒したヒーローが、そのヴィランの影響を受けて後継者を名乗る事態。

 そうヒーローのヴィラン化だ。ヴィランの中に異常なカリスマを持つ者がおり、それは時にヒーローすらも呑み込む。

 リューキュウ達の心配する理由はそれだ。大丈夫だとは思うが、ステインはトップヒーローすら戦慄させた程のヴィランで、その影響力は計り知れない。

 

 しかし今は詮無き事。リューキュウは己に言い聞かせ、撤収の準備を始めた。

 

「……そろそろ救急車も来るわね。ジンオウガには私が同行するから、後の事は頼むよ」

 

「はーい!」

 

「了解です!」

 

 色々とあったが保須市での活動は終わり、後は病院で事態をまとめるだけ。

 長い一日が終わると、誰もが肩の力を抜く。

 

――だから起きてしまった。

 

「あっ! いた!」

 

「いたね!」

 

『!』

 

 その場に響く場違いな幼い声に、全員がその場所へ顔を向けた。

 そこにはサイドテールにした女の子が二人おり、竜牙達に指を嬉しそうに指している。顔が似ている事から双子なのだろうが、そんな事はどうでもいい。

 

――何故ここに?

 

 その場にいた全員が思った。

 この辺りは警察が規制している筈が何故にここにいるのかと。

 規制が緩んだのか怠慢か、どちらにしろ夕日が落ちる中で少女二人がいるのが事実。

 

――同時に周囲に翼を羽ばたく音が段々と近づいてくる様に聞こえる。バサァ、バサァ……と大きな翼の音。

 

 鳥ではない。もっと大きな何かだ。そう、まるでさっきの脳無の様な……。

 

「脳無だぁ!! まだいるぞッ!!!」

 

 グラントリノが叫ぶと同時、その場にいた全員が女の子達へ飛び出す。怪我をした者も関係なく。

 

『?』

 

 女の子達は首を傾げる。事態を把握できていない様に。

 自分達の真上に現れた鳥の様な翼を持つ脳無の存在に気付く事もなく、急に身体が上に引っ張られるまで気付かなかった。

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

 

「たすけてぇぇぇぇ!!」

 

 叫ぶ女の子達を掴み、飛び上がる脳無。それに合わせエンデヴァーが先行して一気に飛び、リューキュウはドラゴン化して皆を乗せて飛行を開始。

 飯田を除き、竜牙・緑谷・轟もいるがそれを注意する者はいない。事態はそれだけ急を要していた。

 ビルの屋上に着くとねじれも己で個性で飛ぶが、全員は我が目を疑った。

 

「なんだこいつ等は!!」

 

 先行したエンデヴァーが戦っていた相手は先程の脳無ではない。――別の脳無達、その数は9体。

 痩せ型や大型、飛行型も他に3体おり、その脳無達がビルの上にいてエンデヴァーと戦っている。その事態に困惑する竜牙達だったが、それよりも先程の女の子達はと上空を見渡す。

 そして見付けた。少し離れた場所を未だに飛んでおり、徐々に離れてゆく。

 

「――まずい!」

 

 竜牙はその事態の危険性を自覚した。誘拐なのかは分からないが、突然に落とされる可能性もある。

 即座に竜牙は身体を変化させ、脳無達の隙間を狙って飛び出した。ビルとビルを爪で掴み、素早く接近していく動きはステインの動きを参考にしたのは皮肉だ。

 そしてそんな竜牙を追おうとリューキュウやねじれも向かおうとするが、飛行型の妨害にあう。

 ならばと緑谷達は竜牙が通った隙を狙うが、竜牙が通った途端に脳無達の動きが変わり、緑谷達へ立ち塞がる様に妨害を行う。

 

「なんで!?」

 

「こいつ等……!」

 

 驚く緑谷の後ろから轟が氷結を放ち、その動きを封じて他のサイドキック達も戦いに入る。

 

「警察は何をしていた!?」

 

「それよりも誰かさっきの子を追え! 一人じゃ危険だ!!」

 

「無理だ!! こいつ等、行かせてくれねぇ!?」

 

 脳無達の変化する動きにサイドキック達は苦戦し、エンデヴァーも何とかしようと炎を脳無達へ叩き込んで行くが、脳無達はやはりタフでエンデヴァーの攻撃にも怯むが倒れない。

 

「クッ!――リューキュウ! ご老人! 誰でも良いから後を追えんか!!」

 

「待って! この飛行型、個性が複数ある!?」

 

「チッ……面倒だな!」

 

 リューキュウもグラントリノも、まずは一体倒すので時間を取られて竜牙を追えないでいた。ねじれも同じで、対処で精一杯だ。

 そんな中でだ。緑谷はこの脳無達の違和感に気付く。

 

(なんだ……なんで雷狼寺くんには目もくれなかったんだ?)

 

 脳無達の動きは最初は鈍かった。だが、竜牙がここを通った瞬間に動きを変えた。

 まるでそれは……。

 

「狙いは雷狼寺くん……!?」

 

 まだ保須市での戦いが終わっていないのに緑谷は気付く。

 

 

▼▼▼

 

「うわぁぁん!!」

 

「えぇぇぇん!!」

 

「――くそっ」

 

 竜牙は脳無を追い続けていた。双子の泣き声で見失う心配もなく、スピードも追い付ける。

 しかしそれよりも先に脳無の動きが変化。急にその場に留まると、そのまま双子を離したのだ。

 当然、落下する双子達。だが竜牙もそれは想定内であり、脳無が離した瞬間に飛び出して双子をキャッチすると尻尾を出してそのままビルへ突き刺す。

 ビルを抉りながらの落下だがスピードは徐々に落ちてゆき、やがて地に足を着くと竜牙は双子の様子を確認する。

 

「大丈夫か!?」

 

「えぇぇぇぇぇん!!」

 

「えぇぇぇぇぇん!!」

 

 双子は竜牙の顔を見上げると安心したのか、大きく泣きながら竜牙の身体を強く抱きしめる。

 余程怖かったのか、竜牙を掴む力を歳の割にはとても強く、竜牙も安心させるように二人を抱きしめてあげた。

 

「……もう大丈夫だ。俺がいる」

 

「……ヒック!……はいです」

 

「ズズ、はい……です」

 

 鼻をすすりながら頷く双子。見た限りでは怪我はなく、破片での怪我も大丈夫そうだ。

 竜牙は怪我の有無を確認し、双子を抱き抱えて場所の確認をする様に見渡すと、どうやら廃ビルに囲まれた空き地の様だ。

 カビや苔の匂いがし、古い蛍光灯の灯りだからか薄暗い。

 

「そんなには離れていない筈だ……」

 

 最初の場所からそこまで離れていない。周囲にも脳無の翼音がなく、周辺から何故かいなくなっていた。

 だが竜牙にとっては好都合であり、今のうちにここを離れようと空き地を横断し、中央まで来た時だった。

 

――やぁ

 

「!」

 

 背後の暗い細道から纏わりつくような男の声が竜牙へ掛けられ、竜牙は双子を下ろすとすぐに自分の背に庇った。

 

――ハハハ……そんなに警戒しなくても良いさ。まぁ乱暴な“招待”だったから仕方ないかな?

 

「!……下がるんだ。徐々に出口のある隅の方に」

 

 竜牙は察する。招待――つまりは双子か、それとも自分か。どちらにしろ姿なき男は味方ではないと判断。

 根拠などない。だが竜牙の本能が言っている。コイツは敵だと。

 

そして、それを裏付ける様に竜牙の脳裏にビジョンが走る。

 

『素晴らしい力だ。ではそれを僕が頂き、代わりに別の“力”を君にあげよう』

 

「ッ!?……なんだ今の?」

 

 不意にフラッシュバックが起こり、竜牙は困惑する。

 何故か昔の事だと分かるが、思い出した声の主は間違いなく姿を隠す男だ。

 嘗て、自分はこの男にそう言われた記憶がある。

 

(俺はこの男を知っている……?)

 

 記憶が混雑するが竜牙はそれを振り払い、どうにかして双子を無事に返す為に意識を集中させる。

 最悪、雷狼竜にもならなければいけない。それぐらいの覚悟を持って竜牙が少しずつ双子を出口へ移動させた時だ。

 キュルキュルと、まるで車椅子を押すような音が聞こえた。

 それは男の声が聞こえた細道から聞こえ、どんどん近づいてくるのが分かる。

 間もなく明りの下に現れるだろう。両手を変化させ、竜牙は態勢を整えた。

――そして。

 

『やぁ……こうして会うのは久しぶりだね』

 

 現れたのは二人の男。話していたのは車椅子に乗った方で、黒いスーツと口調から紳士の様な雰囲気があるが、竜牙更に警戒を強める。

 別に車椅子を押している老人風の男は警戒していない。

 問題はやはり車椅子の男。顔を如何にも特殊そうなマスクを装着し、素顔を晒さない男から竜牙は目を離せなかった。

 

――この男、どこかで……?

 

 竜牙は男と初めて会った気がしなかった。

 ずっと昔、どこかで会っている気がする。だが思い出せない。

 

――それになんで俺はこんなにも恐れてる……?

 

 嫌な汗が流れ、身体も緊張する様に固く震えてしまう。遺伝子から刻まれた様な恐怖だ。

 この男が現れた時から場の空気が確実に重くなったのが分かる。

 

『そんなに警戒しなくても大丈夫さ。……それとも、そこの双子を脳無に連れてこさせたのが気に入らなかったのかい? 一応、まだまともな脳無を使ったんだけどねぇ?――すまないと言っておこう。どうしても君に会いたくなってねぇ、あの数のヒーローがいたからこうするしかなかったんだ』

 

 竜牙の様子を察してか色々と語り出す男。

 しかし口調が軽く、微塵も申し訳ないとは思っていないのは竜牙でも分かった。

 

「目的は俺か……!」

 

『そうさ。だから久しぶりなんだよ……あぁ懐かしいな。僕は今でも思い出せるよ』

 

 竜牙は分からなかった。いつ会ったのか、この男は一体何者なのか。

 思い出そうとすると頭が痛くなる。まるで思い出すのを拒絶しているかの様だ。

 だが徐々に近づいているのが分かり、それに応えるように身体も震え上がる。

 そんな竜牙の様子に気付いたのか、男は車椅子から立ち上がる。

 

『あぁ……大変だったんだね? 導く者もいなくて――』

 

――可哀想に、そんなに『震えて』

 

「!」

 

――瞬間、竜牙を動かしたのは“本能”だった。再び起こるフラッシュバックと共に竜牙を動かす。

 

 己のテリトリーに侵入した“危険”に対しての動き。双子を端へ押し、尻尾で包んで盾やら壁を作って完全防御で保護。

 それと同時に竜牙は真ん中へ飛び、一気に雷を纏う。

 

『GOOOOOOOOOON!!!』

 

 周囲を天まで届く雷が放たれ、竜牙は雷狼竜へとなった。

 リューキュウからは禁止されていたが、今の竜牙にはそんな理性はない。

 だからこそ竜牙は一気に『超帯電状態』まで変化し、雷光虫達も一斉に飛び回って活発化。

 エネルギーでも渦巻いている様に動く雷光虫・全てを放つ雷狼竜。それは轟戦で見せた時の比ではなく、生きるモノ全てを臆させる威圧感を放っていた。

 

――しかし男は違う。目の前に現れた雷狼竜に臆するどころか楽しそうだ。

 

『そうだこれだよ!……いやぁ懐かしいね』

 

 まるでお気に入りのクラシックでも聞いている様にご機嫌そうな男へ、竜牙は飛び出した。

 雷を纏い、地面を焦がしながら男へと迫って行くと男もそれに反応する。

 

『流石にこのままじゃドクターが危ないね』

 

「だからって無茶はせんで下さいよ先生? ここまで治すのも大変なんですから……」

 

『大丈夫さ……何かあったらドクターにまた治してもらうからね。しかし――』

 

 男はドクターと呼んだ者と話し終え、そう言うとその場で佇みながら右腕を上げた。

 

――原種(その程度)では僕を止められない。

 

 そう呟いた瞬間、男の右腕が雷狼竜へ放たれる。

 

 

▼▼▼

 

「ここね!」

 

 ドラゴン化したリューキュウがその場所に降り立った。

 脳無達は全員捕え、リューキュウ達は急いでこの場所に来たのだ。

 捕縛中に聞こえた咆哮と雷の正体は全員が知っている。竜牙が雷狼竜化した事を示し、急いでこの場所へやってきた。

 そしてリューキュウの背中から緑谷はグラントリノと共に降りると、周囲の様子に絶句する。

 

「グラントリノ……これって」

 

「ああ……脳無一匹には過剰過ぎる。――双子と坊主を早く見つけた方が良いな」

 

 グラントリノの言葉に緑谷は息を呑んだ。

 辺りに残す傷跡。焦げや放電している蛍光灯。更には雷光虫の残骸まで散らばっている。

 明らかに何かがあった。緑谷も急いで三人を探していると、リューキュウとねじれが双子を見付けた。

 

「いたわ! 無事よ!!」

 

「大丈夫?」

 

 竜牙が作ったであろう盾等の山から双子を助け出す二人は、そのまま泣いている双子の怪我などを確認しながら抱きしめてあげていた。

 

「えぇぇぇん!! おにいちゃんぁ……!!」

 

「おにいちゃんがぁ……!!」

 

「大丈夫……もう大丈夫だから」

 

「竜牙くんはどこにいったんだろー?」

 

 どうやら双子の事はリューキュウ達に任せて良さそうだ。

 緑谷は今の内にと竜牙の姿をグラントリノや轟、エンデヴァー等と共に探すが姿がない。

 

「雷狼寺くん……どこに行ったんだろ?」

 

 あんなにも強く、周りを焚きつける竜牙の身に何かあったとは考えたくないが、脳無が出た以上は『敵連合』が裏にいる。

 何とも言えない不安を緑谷が抱いていると、轟が気付いた。

 

「おい緑谷! これ見ろ……」

 

「えっこれって……?」

 

 二人が見つけたのは“溝”だ。空き地の中央に、まるで何か重量物でも引きずって出来た様な溝があったのだ。

 これはなんだと、緑谷と轟はその溝を目線で追って行くと、やがて一つの廃ビルが目に留まる。

 その廃ビルは壁がクレーターの様に凹んでおり、なんだあれはと目を凝らすと二人は見付けた――

 

――血を流し、コスチュームもボロボロになりながら磔にされた様に、両手を広げて壁にめり込む竜牙の姿を。

 

「雷狼寺くん!!!」

 

「雷狼寺!!」

 

 緑谷と轟の叫びに他のメンバー達も気付き、緑谷と轟は身体が既に動いて竜牙の身体を支えようとするが、場所が悪い。

 

「任せて!」

 

 そこにねじれが合流し、浮かびながら竜牙の身体を支えながらゆっくりと降りた。

 この時は流石のねじれも真剣な表情をし、リューキュウも双子をサイドキックに任せてすぐに容態を確認し始めた。

 血は顔を流れており、身体には傷もあって目も虚ろだ。このままでは明らかに危険だった。

 

「まずいわ……! すぐに救急車をここに呼んで!」

 

「何をしている!! 早く呼ばんかぁ!!」

 

 リューキュウとエンデヴァーの声にサイドキック達は慌てて駆け回る。

 その間にリューキュウとねじれはせめてもの救命処置に入るが、緑谷と轟はまだ習っていない故にどうする事も出来ないと黙って見るしかなかった。

 そんな時だからだ。ジッと見ていた緑谷と轟が、竜牙の口が微かに動いている事に気付く。

 

「雷狼寺くん!?」

 

「雷狼寺!」

 

――……み……と……めに……

 

 何かを呟いており、それは意識がある事を意味していた。

 

「竜牙くん聞こえる? リューキュウよ? もうすぐだから頑張って!」

 

「大丈夫だからね竜牙くん!」

 

「おい救急車はまだか!!」

 

 声を掛けて意識を途切れさせない様にするリューキュウとねじれ。

 グラントリノも声を出してサイドキック達に喝を入れ、緑谷と轟は同じように声を掛け続ける。

 

「雷狼寺くん!!」

 

「耐えろよ雷狼寺!」

 

――んな……り……め……に……

 

 その間にも竜牙はずっと何かを呟き続ける。あまりにも小さな声で、誰もそれを聞き取る事が出来ない。

 だがその呟きは救急車が来るまで続き、ずっと、ずっと呟いていた。その言葉を。

 

 

『みんなはひとりのために』

 

 

END


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