僕のヒーローアカデミア~ジンオウガの章~   作:四季の夢

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お久しぶりです。
転職したもので、色々と忙しくしていました(;´・ω・)


林間合宿編
第二十三話:変化


 リューキュウ事務所は現在、異様な雰囲気に呑まれていた。

 事務所のトレーニングルーム。そこで、竜牙とサイドキックの人達がトレーニングと題した模擬戦を行っているのだ。

 

 今日の午前中に、リカバリーガールの診断を終えて竜牙と緑谷達は退院し、竜牙はリューキュウ事務所に戻っていた。

 病み上がりだが、竜牙の願いで普通にパトロールを行った後にそれはあった。

 リューキュウは明日、体験を終える竜牙に何か願いは無いかと訪ねたのだ。

 せめてもの罪滅ぼし。そういう意味でなのか、リューキュウがそう言うと竜牙が願ったのは……。

 

『波動先輩を含めた、サイドキックの人達と手合わせをしたい』

 

 リューキュウ事務所のサイドキック達との模擬戦だった。

 無論、誰も若い者に胸を貸す気分であり、それを断る者は誰もおらず、すぐにでも始まった。

 

――だが、その結果がこの異様な雰囲気を生んでしまったのだ。

 

「チャージ満タン……出力10!」

 

 まさにその空間で、今ねじれと竜牙は激しい攻防を繰り広げていた。

 だが、それは初日の時の様な状況ではない。

 余裕を持ち、冷静に対処していたねじれだったが、今の表情は真剣そのもの。

――否、余裕がないと言える。

 

 額に汗を流しながら、ねじれは初日の様に必殺技を放とうとしていた。

 目の前で、今も堂々と立ち尽くす竜牙へ向かって。

 

 だが、当の竜牙には特に動きはない。

 初日に敗北した竜牙だが、その必殺技が迫ろうとしても焦りすら感じさせない態度は異質にしか見えない。

 しかしその代わりの様に、左腕と()()に纏う黒い雷狼竜の肉体が動き出した時だ。ねじれの技が同じタイミングで放たれた。

 

ねじれる波動(グリングウェイブ)

 

 それは初日で見せた巨大な波動。それが、再び竜牙へと向かって行く。

 だが、あの時と違う。

 

「……黒雷」

 

 竜牙の左眼が赤く染まる。血に染まったかのような、狂気の眼光へ。

 それと同時だ。ねじれの周囲に小さな黒い雷が幾つも発生し、彼女へ徐々に迫ったのは。

 

「っ!」

 

 ねじれは、それに気付いて回避を試みる。

 宙を移動し、その発生点を見極めながら緊急回避。

 

――一発でも当たっちゃ駄目。

 

 ねじれは理解していた。この黒い雷の本当の恐ろしさを。

 だから慎重かつ大胆に動き、発生源の竜牙を倒す事だけに集中しているのだ。

――だが。

 

「AOoooooooooooN!!!」

 

 獰猛、かつ威圧感な咆哮がルームの全てを呑み込んだ。

 そして竜牙は身体に不釣り合いな程に巨大な左腕――黒き雷狼竜の前脚が、ねじれが放った『ねじれる波動(グリングウェイブ)』を襲う。

――瞬間、黒い雷を纏う紅き爪。それがねじれの波動を貫き、そのまま消滅。

 

 その光景を目撃したリューキュウとねじれは驚きを隠すことが出来ず、目を大きく開いた。

 

「ねじれの必殺技が……!」

 

「……わぁ~不思議だね。この間とは別人みたいだね!」

 

 二人共、可能な限りで冷静を保っているが、表情は真剣そのもの。

 

「……本当に別人の様に強い」

 

 リューキュウも、ねじれの言葉に納得してしまう。

 体験初日、竜牙はこの技を破られずに敗北している。

 だが今、目の前で竜牙は、あの時と同じ出力の技を突破し、そのままねじれへと迫って巨大な左腕を振り下ろす。

 

「わっ!」

 

 だがそこはBIG3のねじれだ。驚きながらも、制空権を持っているねじれは回避し、竜牙から距離を取った。

 雷狼竜は恐ろしく強い個性だが、空を飛べる訳ではない。

 だからねじれの方が経験も含め、分があるのは当然の事。

 床に着地した竜牙が上空を睨むのは、想定の範囲内でしかない。

 

「――勝ったな」

 

 竜牙のその言葉を除けば。

 

「!?」

 

 竜牙の呟きを聞き、ねじれは異変を感じたが既に遅かった。

 宙に浮かぶねじれの周囲には、既に赤黒く染まったエネルギー体が取り囲む様に浮いており、咄嗟に波動で蹴散らそうとするが、それよりも竜牙の方が早い。

 

「龍閃弾」

 

 そう呟き、左腕を掴むと同時だ。龍閃弾が一斉にねじれへと向かって行く。

 

「わわっ!?」

 

 これには流石のねじれもビックリ。

 だが、ねじれは波動を上手く使って身体を動かし、その攻撃を何とか回避する。

 両足・両手。それぞれの場所から放たれる波動の出力を、咄嗟の判断で、だが細かく調整して次々と回避するねじれだったが。

――龍閃弾。それの真の恐ろしさに、ねじれも遂に気付いてしまう。

 

「あれ……?」

 

 回避するねじれだったが、一斉に向かってきたと思った龍閃弾が、実は一斉じゃない事に気付く。

 二発位は飛んできたが、残りの弾は未だに不自然に停滞していた。

 不発弾なのか。そうねじれが思った矢先、その目の前の弾がねじれへと向かってきた。

 

「っ!?」

 

 再び回避しようとするねじれだったが、その速度。最初の二発の比ではなかった。

 速い。あまりの速度に、弾が動いたと思ったら被弾していたのだ。 

 強烈な一撃を左腕に受けたねじれ。本来ならば、それだけで決着はつかない。

――だが。

 

「……う~ん。力が入らない。それに左腕から波動が出しずらい……!」

 

 被弾箇所に感じる痺れと脱力感。それに個性もいまいち、何故か発動しづらい。

 たまらず、ねじれは床に着地すると、待っていたのは左腕を向ける竜牙。

 左腕は本調子ではなく、宙に未だに龍閃弾が浮いている。

 これでは仕方ない。ねじれは悔しそうに両手を上げた。

 

「むぅ~降参!」

 

「……ありがとうございました」

 

 降参したねじれに竜牙は頭を下げた。

 そして、頭を上げると次はリューキュウの方を向いて下げる。

 

「ありがとうございました……リューキュウ」

 

「……いいえ。力になれたのなら、こっちも嬉しい限りよ。結局は、あまり必要な事を教えられなかったもの」

 

 リューキュウはいつものクールな雰囲気を保って返答するが、分かる人には分かる。

 彼女もまた、竜牙の成長に困惑している事に。

 一滴の汗を流し、呑まれない様にしているが、目の前の現状はあまりにも印象強い。

 

――なぜならば、竜牙の周りに()()()()()サイドキックの者達がいるからだ。

 

 そう全員が、ねじれとの戦いの前に竜牙に――黒き雷狼竜の腕と脚に敗北した者達だ。

 

「……あぁ。お前、今どうだ? 調子戻ったか?」

 

「まあ、さっきよりは良いよ。痺れも脱力感も無くなって、個性も使えるようになった……」

 

「私はまだかなぁ……」

 

 床に転がっているサイドキック達も、皆がねじれと同じ様に竜牙の左腕と右脚の黒雷等によって戦闘不能となっており、転がりながら互いの調子を尋ね合うサイドキック達だが、表情からは無念だと伝わっている。

 竜牙の黒雷・龍閃弾を受けた者は、力が脱力し、受けた箇所からは個性が発動しずらいという症状に陥り、そこを突かれて竜牙に呆気なく敗北していた。

 自分の思うような動きが出来ずに敗北するのは無念であり、そんなサイドキック達の下に竜牙はゆっくりと近付いて行く。 

 

「……大丈夫ですか?」

 

「ああ、もう大丈夫だ。……それにしても参ったよ。ねじれちゃんもそうだけど、雄英高校の生徒は本当に凄いなあ」

 

 一人一人に手を差し伸べる竜牙に、サイドキック達は困った様に笑いながら手を取って行く。

 自分達も負けていられない。まだまだ頑張らないと。そんな事を言い合いながら休憩を始めるサイドキック達だが、そんな彼等の影に隠れていた竜牙の呟きを、リューキュウは聞き逃さなかった。

 

――まだ足りない。

 

――満たされない。

 

――雷狼竜に近付けない。

 

 聞いているだけで虚無感を感じさせる独特な声。

 それを聞いたのは自分とねじれだけなのを、リューキュウは気付いた同時、竜牙の纏う雰囲気の変化に気付く。

 

(……彼の雰囲気が全く違う。ピリピリと肌から感じさせ、だけど背筋を冷たくする様な鋭利な殺気。――いえ、これを私は知っている。確かこれは――)

 

――野生。

 

 リューキュウ自身も覚えがある。

 社会でもそうだ。肉食動物の個性を持つ人達が稀に纏う純粋且つ、単純な殺気。

 野生・自然の掟の中で生きるモノ達が纏う。弱肉強食の生死の姿。

 

(私にもあったわね……似たような事が)

 

 リューキュウは思い出す。まだ自分がヒーロー科に通っていた時の事を。

 今では大丈夫だが、当時は血等、生死の光景を目の当たりにすれば、過剰に興奮して本能を刺激されたものだと。

 肉食動物等の個性を持つ人達には稀に起こるらしいが、少なくともリューキュウは目の前の竜牙が、まさにその状態に似ていると判断していた。

 しかし、そう判断してもリューキュウには違和感も残っていた。

 

 自然界の殺気、という表現が、微妙に安っぽいと感じてしまうのだ。

 外見は歳相応の姿だが、竜牙から発せられるのは、もっと巨大かつ絶対的な何かの気配。

 

(……雷狼竜?)

 

――否。リューキュウはすぐにその考えを否定する。

 

 テレビで雷狼竜の姿は確認している。

 画面越しとはいえ、そこから威圧感や雰囲気すらも想像は容易い。

 だからこそ、リューキュウは今の竜牙から感じ取れるモノが、純粋に雷狼竜じゃないと感じた。

――否、再びリューキュウは否定する。

 

(雷狼竜……なのは間違いないわ。でも、テレビで見た以上の何かを感じる。さっきまでの黒い腕もそう。――まるで、色んな何かが存在しているかのように)

 

 リューキュウは見守る様にずっと竜牙を見つめ続ける。

 ステイン、そして未確認のヴィラン。彼等との戦いで、何かしらの変化が竜牙に起こったのは間違いない。 

 本当ならば、もっと見守り、竜牙の何かが歪んでしまったならば正してあげるのも使命と言えるが、もうリューキュウにはそんな時間はない。

 明日には竜牙は体験を終えてしまう。

 

(何もなければそれで良いの……)

 

 胸に中でザワつく微かな不安を抱きながらも、リューキュウは周りの者達に次の指示を出すと、竜牙もそれに従ってトレーニングルームを後にする。

 しかし、訓練が終わっても竜牙の左眼は未だに赤く染まり続けていた事に、彼女達は気付くことはなかった。

 

 

▼▼▼

 

――そして翌日。午後。

 

 荷物を纏め、ねじれと共にホテルをチェックアウトした竜牙は、荷物を纏めてリューキュウ事務所の前に立っていた。

 勿論、リューキュウを始め、彼女のサイドキック達も見送りの為、竜牙の前に立っていた。

 

「一週間……大変、お世話になりました」

 

「良いって良いって。そんなに畏まらなくて。――君には、本当ならもっと教えてあげたい事があったけど……今回はここまでね」

 

「……今回?」

 

 意味ありげに言ったリューキュウの言葉に、竜牙はオウム返しで聞くと、リューキュウは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「ええ。……少なくとも、私はあなたを長い目で見て行くつもりよ。――恐らくは、仮免試験を受けるのは二年生からだと思うけど、資格を得て、ねじれの様にインターンを受けれるようになったら、まずうちに連絡ちょうだい。その時は、喜んであなたを受け入れさせてもらうわ」

 

「! ……ありがとうございます」

 

 リューキュウの親身の様に優しい言葉に、竜牙はもう一度だけ頭を下げると、ねじれや他のサイドキック達も嬉しそうに頷いていた。

 

「うんうん! その時は一緒に行こう! 先輩だから色々と教えてあげるね!」

 

「そん時を待ってるぜ期待のルーキー! 次に来たときは、昨日みたいに情けない姿は見せないぜ」

 

「そうそう。その時は、私達もプロらしい所を見せてあげるからね!」

 

「はい。その時に俺も、情けない姿を見せないよう努力を続けます」

 

 そう言って、ねじれとサイドキック達と会話をし終えると、竜牙はスマホを取り出して時間を見ると、新幹線の時間に丁度良い時間となっていた。

 

「そろそろ向かいます」

 

「あら、もう時間なのね。……じゃあ、最後に一つだけ言わせて」

 

「……はい」

 

 真剣な表情となるリューキュウの姿に、竜牙も無意識に背筋を伸ばしてしまう。

 そして、リューキュウは目を閉じて深呼吸をすると、竜牙の眼を一切逸らさずに見て、こう言った。

 

「……本当の自分を見失わない様にね」

 

 リューキュウの言葉はハッキリとし、そして不思議と心に刻まれた声だった。 

 だからだろう。ヒーローらしいただの格好いい台詞だとか、深い意味はない並みの言葉とか、そんな風には竜牙は思えなかった。

 純粋。ただ純粋に、リューキュウが自分に対してそう思い、心配してそう言っているのだと理解した。

――だが、竜牙は真正面から受け止められなかった。

 

「……大丈夫です」

 

 そう呟いて返答する竜牙だが、その目は自然に逸らしていた。

 ただの無意識での行動。自分が後ろめたいと思っている事を意味している。

 だが、竜牙がどれ程に考えていたかは分からない。自分でも気づいていないかも知れない。

 

 そんな竜牙の姿にリューキュウは少し寂しそうな表情を浮かべていたが、目を逸らしている竜牙はそれにも気づかずに、もう一度だけ頭を下げてその場を後にした。

 竜牙の後ろ姿が見えなくなるまで、リューキュウ達はずっと見守っていたのだった。

 

 たった一週間。長いとも短いとも感じた竜牙の職場体験が今、終わりを告げた。

 

――そして舞台は、再び雄英高校へと戻って行く。

 

 

▼▼▼

 

――翌日、雄英高校A組。

 

 体験明けの初日。A組の大半は大いに騒がしく、そして話に花を咲かせていた。

 一週間ぶりのクラスメイト。それもあるだろうが、皆が個々に聞きたいのはやはり体験内容だろう。

 

 密入国者を捕らえた者。ヴィランとの戦闘時、民間人の避難を行った者。バトルヒーローの下へ行き、色々と覚醒した者。

 

 例外として、何故か8:2ヘアーで帰ってきた者もいるが、大半が逞しく見えるように思えるのは気のせいではないだろう。

 合う合わないは別として、この一週間は確実に彼等の経験値になっているのだから。

 

 そして、皆の会話が一段落した頃だ。当然ながら、彼等の注目はある4人へと向けられる。

 

「だけど、こん中で一番大変だったのは間違いなくお前等だろうな!」

 

「ああ、見たぜヒーロー殺し!」

 

 彼等の中で、一段と騒いでいた上鳴と瀬呂がそう言いながら見た四人。

 ヒーロー殺し。その名前が出た以上、この四人しかいない。

 

――緑谷・轟・竜牙。……そして飯田だ。

 

 二人の声を皮切りにクラスメイトの話題は彼等と、ヒーロー殺しの話題へと変わった。

 

「本当に心配しましたわ……」

 

「ああ。エンデヴァーとリューキュウに助けられたんだろ?」

 

「トップヒーローがいなければ、マジでヤバかったな!」

 

 八百万・障子・砂藤の様に純粋に心配していて声を掛ける者。

 

「そう言えば、ニュースで見たけど……ヒーロー殺しって敵連合とも繋がってたんだよな?」

 

「ああ、それうちも見た。USJに来てたらヤバかったかもね」

 

「ケロ。少なくとも、私達じゃ手に負えなかったわね」

 

 敵の強大さに不安を抱く者。

 

 様々な考えを話し合うクラスメイト達。

 中には当事者である竜牙達も知らない情報を知っている様だが、それは当然と言える。

 

――ヒーロー殺し逮捕。

 

 それは皆が思っているよりも強い影響を及ぼす内容だ。

 ヒーロー・ヴィランの双方は当然として、市民にも大きな影響を与えている。

 だからマスコミも、ヒーロー殺しを徹底的に調べて報道しており、それを見た者達は更に印象を強く受ける。

 

 だが、一番の影響を及ぼしているのはそれではない。

 

――“動画”だ。

 

 インターネット上にあげられているヒーロー殺しの動画。

 それは彼が脳無を殺害して緑谷を助けた所から、エンデヴァー達にも一切退くことをせず、そのまま気を失うまでの事が映されていた。

 

 そう、ニュースや週刊誌の様な文字や適当な考察ではない。

 ヒーロー殺し・ステインの“真実”が映されているのだ。

 無論、警察等も動画をすぐに削除する様に動くが、削除してはまたすぐに再投稿される。

 

 ヴィランの動画だから、というだけではない。視聴者の反応と影響が問題なのだ。

 それを証明するかの様に、スマホで動画を再生させながら上鳴が口を開いた。

 

「確かに怖いけどよ、この動画見たか? なんか“執念”みたいなのかっこよくね?」

 

 ヴィランの姿に好印象を抱く。

 ヒーローを目指すものとして、それはどうかと思われてしまうが、彼の想いは罪ではない。

 純粋に見て、そう印象を受けたのならば仕方ない事だ。

 

 だが、それを理解していても緑谷は口を出さずにいられなかった。

 

「駄目だよ上鳴くん……!」

 

「えっ? ……あっ、そうか飯田!? わ、わりぃ……」

 

 緑谷の声に上鳴は我に返った様に気付き、すぐに飯田へ謝罪した。

 ヒーロー殺しの事実上最後の被害者。最後に再起不能にされたのは飯田の兄――インゲニウムだからだ。

 それを思い出し、上鳴は申し訳なさそうに頭を下げるが、飯田はそんな上鳴に首を横へと振って答えた。

 

「いや……良いさ。奴には確かな信念と執念があった。それを見て、そう思うのも分かる」

 

――だが。

 

「奴はその結果、“粛清”という道を選んだ。……俺は少なくとも、それは絶対に間違いだと思ってる。だから、俺の様な人を出さない為にも、改めてヒーローの道を俺は歩む!」

 

 堂々と、そして迷いのない言葉で飯田は宣言した。

 その姿には、体験前に見せていた闇は既にない。彼は迷いを断ち切っていた。

 心配していた緑谷も安心し、一息つけた様に席へと座る。

 

 これでクラスの話しは再び落ち着きを見せる。

 すると、耳郎・障子・峰田の三人が竜牙の下へとやって来た。

 

「それで、あんたは大丈夫だったの? なんか入院したってのは聞いたけど?」

 

「……ああ、問題はなかった」

 

「だが、リカバリーガールが病院に行った筈だ。 少なくとも、重傷ではあったんだろ?」

 

「ホントに、お前よく生きてたなぁ……!」

 

 それぞれから心配の声をかけられる竜牙。

 だが、彼はそんな彼女達に顔を向けようとしない。机に座り、ずっと一点を意味なく見つめている。

 しかし、彼女達はそんな事で気にはしない。竜牙が少し変わっているのは既に分かっており、やれやれと言った感じに耳郎はスマホを取り出す、画面を竜牙の前に出した。

 

「まぁ、少なくとも楽しんではいたんだろうけど」

 

 耳郎は、どこか呆れたような態度でスマホを見せると、そこに写っていたのは二人の男女。

 ねじれに抱きしめられている竜牙だった。

 それは、あの戦いの後で取り敢えず轟が写メったもので、それを耳郎に何となくの理由で送った物だ。

 

 だが、それだけでも再び騒がしくなる要素となる。

 何故ならば、ここには性欲の権化が存在しているからだ。――そう、峰田 実だ。

 

 峰田はその写真を見るや否や、眼球が飛び出しそうな勢いで噛り付くようにガン見した後、猟犬の如くの勢いで竜牙に飛び掛かった。

 

「オラァァ!! 雷狼寺テメェ!!? ヒーローとして学ぶ為の体験先で何してたんだテメェ!! ヒーローとは無利益で人の為に頑張る聖人だろうが! なのにお前……こんな天然そうな美人の胸に埋まりやがって……この破廉恥野郎がぁぁぁ!!」

 

 峰田はリアルで血涙を流し、親の仇を問い詰めるかのように竜牙の首筋を掴んで揺らしていると、そんな彼の背後を長い何かが襲った。

 

「ケロ! ……流石にうるさいわよ峰田ちゃん」

 

 性欲権化(峰田)を止めたのは、A組の良心とも言える蛙吹だった。

 彼女は慣れた様にカエルの如く伸びる舌で峰田を叩いて沈黙させると、これまた慣れた様に峰田を引きずって彼の机へ設置した。

 それは無駄のない動きであり、どれだけ同じ事を行っていた――否、どれだけ彼女が峰田のセクハラ被害に遭っていたのかを証明している。

 

 だが、これで一番の騒音の発生源は沈黙し、竜牙の周りは静かになるかと思われたが……。

 

「おいお~い! お前、リューキュウんとこで何やってきたんだよ!」

 

「も~う! 雷狼寺くんは相変わらずだったんだね……」

 

「でもそれがらしいって事だけどね!」

 

 気さくに声を掛けて来たのは上鳴・葉隠・芦戸の三人だった。

 最早、竜牙が峰田・上鳴と並ぶ存在なのは周知の事実であり、これぐらいの写真を見せられても世間話の足し程度でしかない。

 それもあって三人は、特に思わなくとも普通に話しかけて来たのだろう。

 

――しかし、当の竜牙は別だった。

 

 友人達からの声にも反応せず、ずっと意味もなく一点を未だに見続けながら黙り続けている。

 いつもならば、普通なり下ネタなり会話の一つや二つする竜牙なのに、今は全く何もしようとしない。

 流石にこれには上鳴達も困惑し、付き合いの比較的長い耳郎と障子を見るが、二人もこんな事は初めての事。

 だが、日常がやや変わっている竜牙だ。これもその延長線だと思い、ただお手上げだと意味で、両手を上げてそれを示していると、教室の扉が開いた。

 

「朝礼をする。早く席に座れ……」

 

 入って来たのは担任の相澤だった。

 いつも通りの怠そうな感じだが、既に身体に染み付いた条件反射でクラスメイトは一斉に席に着く。

 そして相澤が話を始める中、耳郎は不意に竜牙に視線を向けると、彼から感じる違和感に気付く。

 

「……?」

 

 彼女が気づいた違和感。それは竜牙から感じる雰囲気の変化だ。

 いつもの彼ならば、無気力そうで熱いモノを抱いている故に、雰囲気はそこまで変ではない。

 だが、今の彼からは、どこかピリピリした様なモノを感じてしまう。

 それはまるで、ヴィランにUSJが襲撃された時の雰囲気に似ており、教室と言う平凡な日常の中に、竜牙だけが別世界にいるようだ。

 

 周りも竜牙自身でさえ制服を纏っているが、彼だけがまるで軍服を着ているかの様な異様な雰囲気。

 その異変に耳郎は気付き、困惑した様子で竜牙を見ていた時だった。

――彼女の前に、黒い影がぬらりと現れた。

 

「……耳郎」

 

「――ハッ!」

 

 黒い影――相澤の声が頭の上から聞こえてくる。

 しかもそれは機嫌が悪そうな声だ。しかし、それに耳郎が気付いた時にはもう手遅れだった。

 恐る恐る顔を上げれば、不機嫌そうな表情で自分を見ている相澤の姿。

 

 出席簿を持ちながら、ずっと彼女を呼んでいたのだろう。

 

「は、はい……」

 

 申し訳なさそうに耳郎はようやく返事をするが、相澤は何やら高速で書き込むと教卓に戻りながらボソッとこう呟いた。

 

「峰田同様、耳郎もマーク……」

 

「ええぇぇぇっ!!?」

 

 竜牙に意識を向けていたばっかりに、峰田と一括りにされてしまった耳郎。

 そんな彼女の叫び声から、あらたな新たな日常が始まりを告げるのだった。

 

 

▼▼▼

 

「ハイ!私が来た!。――ってな訳で久し振りだね少年少女! 早速だけど始めるよヒーロー基礎学!」

 

 午後から始まったヒーロー基礎学は、オールマイトのぬるりとした登場から始まった。

 あまりに簡単に始まったので、周囲からは“ネタ切れ”を不安視されたが、当の本人は“無尽蔵”だと反論するが、彼から嫌な汗が流れていたのをA組は見逃さない。

 オールマイトのネタ切れ疑惑を疑うA組だったが、オールマイトは話題を変える様に、会場へ視線を変えながら授業説明へと入った。

 

「さあ! 今日は体験明け初日と言う事で、やや遊びを含んだ訓練だ!――そう救助訓練レースだ!」

 

 救助訓練レース。――まるで一大イベントの様に宣言しながら、オールマイトは会場となる場所を指差した。

 

『運動場γ』

 

 それは複雑な迷路と言える“密集工業地帯”をイメージした場所だ。

 配管・貯水タンク・冷却塔等が存在し、クレーンや煙突が木々の様に存在を示している密集地帯。

 一見だけすれば、どこから入れるのか考えるのも馬鹿らしくなる狭さ。

 それ程までの密集工業地帯で、オールマイトが始めようとしているのは救助訓練レース。

 

・5人4組分かれて一組ずつ開始。

・どこかにいるオールマイトが救助要請したら、五人は外側から一斉にスタートし、レースと言うだけあって最初にゴールした人の勝ち。

 

 それをルールとしたレースであり、第一走者は以下の五人となった。

 

 緑谷・芦戸・尾白・瀬呂・飯田。

 

 それ以外は近くのビルの上、そこにあるモニターで彼等の見学をして自分の番を待つ事となる。

――となれば、話題は誰が1位になるか予想当てとなる。

 

「普通なら瀬呂だろうな……こんな密集してんだから。テープでパパっと上に上がって楽に行くだろう」

 

「速さなら飯田くんだけど、怪我をしてるもんね……」

 

「そういう点なら芦戸は不利だな……」

 

「いや! あいつは運動神経は凄いんだぜ! だからオイラは芦戸だな」

 

「デクが最下位。ぜってー最下位」

 

 切島・麗日・障子・峰田・爆豪達が腰かけながら予想を言い合う。

 ヒーロー科を受かっているだけあり、それぞれが文字通りに個性があるものばかり。

 しかし、今回はテープを出せる瀬呂が有利と言う意見が多く、逆に緑谷の1位を予想する者は一人もいなかった。

 

「緑谷の評価って定まんないだよなぁ……いつも大怪我してるし」

 

「えぇ、よく考えている方とは思えるのですが、それでも最後は骨折ばかりですから……」

 

「でも、あの超パワーでオールマイトまでの道をぶっ飛ばせばワンチャン有りじゃね?」

 

「オールマイトは極力壊すなって言っていた筈よ上鳴ちゃん?」

 

 耳郎・八百万・上鳴・蛙吹達は緑谷の評価を意見し合っていた。

 だが、その内容は今までの彼の結果によるもので、あまり良い評価はなかった。

 超パワーと呼べるが、その度に大怪我をしているだけあり、彼女達の中では“自爆”という認識の方が強い。

 

「でも俺は緑谷だな。あいつ、確かに怪我はすっけどガッツはあるぞ?」

 

「ガッツもそうだが、緑谷は絶対に玉砕の様な無策で動く事はしないからな……今回も作戦とかありそうだ」

 

 砂藤・轟が僅かながらも期待する様に事を呟くが、轟の場合はそれだけではない。

 竜牙も、飯田だって知っている。

――緑谷の成長を。

 

 だが、知らない者達は予想もできない。

 だから二人の意見もどこか、ギャンブルの大穴狙いにしか思っていないのだろう。  

 特に思う事もなく、耳郎達は自分達の後ろで静かにモニターを眺めていた竜牙の意見を求めた。

 

「雷狼寺はどう思う? やっぱり大穴で緑谷?」

 

「っていうか、誰が1位になるか賭けようぜ雷狼寺! 当たったら食堂の食券奢りな!」

 

「二人共! 今は授業中ですよ! 少しは真面目に受けるべきですわ!」

 

 耳郎と上鳴の緩い感覚に八百万が注意をするが、彼女もまたそう言いながら竜牙へ顔を向けていた。

 USJ・体育祭と結果を出している竜牙の意見。

 それは自分とは違う意見を持っているという、彼女なりの信頼、そして学べるモノは全て吸収したいという彼女の想いがあり、八百万も竜牙の意見を求めていた。

 

――しかし、当の竜牙の返答は誰もが想像していなかった言葉だった。

 

「……()()()()

 

『えっ……?』

 

 竜牙の呟きに耳郎達。そして離れていた者達も、やや驚いて彼の方を向いて固まった。

  

 興味ない。その言葉通り、竜牙からはクラスメイトが意見を出し合っていた順位当てに対する興味。それが微塵も感じられなかった。

 

「必要なのは結果のみ。予想……ただ無意味。俺に必要なのは目の前の結果だけだ」

 

 まるで、必要なもの以外は全て切り捨てた様な冷徹過ぎる口調。

 体育祭の時でさえ、心操の個性を考えていたりしていた事もあったが、今はそんな雰囲気もない。

 だからか、耳郎以外にも竜牙の変化に気付いた者が現れた。

 

(雷狼寺……?)

 

――轟だ。

 

 体育祭以前から竜牙をライバル視し、その後も激闘を演じ、ライバルとして信頼、そしてエロ本を借りる程の友好関係を築いているからこそ、彼も竜牙の変化に気付けた。 

 そしてだからこそ、轟は動いた。動いてしまった。

 直感といえばそれで終わりだ。だが、だからこそ彼は竜牙から何かを感じ、それが不安となって己を動かした。

 

「おい、雷狼寺――」 

 

 気付けたなら、止められるならば、ここで止てあげねば。

 そう思う程に轟は竜牙から不穏なものを感じ、声を掛けた時だった。

 

 轟のそんな声はモニターを見ていたクラスメイト達の歓声にかき消された。

 

「うおぉぉぉぉ!!? マジか()()!!」

 

「骨折克服したのか!?」

 

「動きも全く違いますわ!」

 

「あんなにぴょんぴょん飛んでるなんて……まるで――」

 

 上鳴・切島・八百万・麗日達が画面に映っている緑谷の姿に驚き、そして叫んでいた。

 一番人気の瀬呂を差し置いて、彼を大きく離しての1位を保っていたのだ。

 自爆ではなく、ステイン戦でも見せた“フルカウル”を駆使し、ぴょんぴょん飛びながらタンクやパイプの上を飛んで行く。

 そんなまさかの光景にクラスメイトは歓声をあげる中、一人だけ例外がいた。

 

――無論、それは爆豪。  

 

 彼はその光景に信じられないと目を疑い、そして悔しそうに歯を食い縛り、拳も握りしめていた。

 

(俺の動きだと……た、たった一週間でまた……!)

 

 爆豪にとって、NO.4ヒーロー『ベストジーニスト』の下での職場体験は望んだ結果ではなかった。

 朝のヘアースタイルもそうだったが、爆豪が望んだの実戦の空気。

 確実に強くなる為の糧だ。

 

 しかし、それは叶わず。

 なのに、見下している緑谷はこの一週間。自分と同じ時間の筈なのに、認めたくない程に能力を飛躍的に向上させているのだ。

 爆豪の感じる劣等感は凄まじいものだろう。

 

 そして、そんな彼の背後では竜牙もモニターを見て、緑谷の動きを眺めていた。

 ステインの時に知っている事もあり、竜牙も特に驚く反応はない。

 寧ろ、今よりもステイン戦の時の方が動きが良かったぐらいだ。

 だから竜牙は、周りよりも冷静に見る事が出来ているのだ。

 

――だが。やはりと言うべきか。

 

 フルカウルは緑谷にとってもまだまだ慣れていない技。

 故に、()()()()()()が起こる可能性は、比較的高いものだった。

 

『……あっ』

 

 モニターを見ていた全員が呟いた。

 

――パイプの上に乗ろうとし、足を滑らせた緑谷の姿を見て。

 

 

▼▼▼

 

 

――結果を言えば、足を滑らせた事で緑谷は脱落。一気に最下位となり、1位は皆の予想通り瀬呂だった。

 

 だが、アクシデントがあろうが、周りの緑谷の評価は大きく変わっただろう。

 増強系は可能性が広く、怪我の克服によって緑谷は大きな成長が期待できるからだ。

 

 そして、そんな緑谷達と入れ替わる様に次の5人がスタートラインに立つ。

 

――爆豪・八百万・砂藤・青山・竜牙の5人。

 

 それぞれが各々のスタートラインに立つ姿がモニターに映ると、再び始まったのは順位予想だ。

 

「爆豪、八百万、雷狼寺……この三人の誰かだろうな」

 

「単純に言えば爆豪だろ? だってあいつ爆破で普通に飛ぶし、スロースターターでもずっと飛んでれば関係ないしな」

 

 切島の言葉を皮切りに、まずは瀬呂が爆豪を推した。

 1位を取っただけあり、今回のレースの要はどれだけ密集地帯を無視出来るかなのを知っている瀬呂は、この中で長時間の飛行が可能な爆豪が有利と判断。

 しかし、それを聞いていた障子が待ったをかける。

 

「いや、それなら雷狼寺だって可能だ。飛行自体は無理でも、あいつの跳躍力は凄まじい。――現に、体育祭の障害物競走の時もそれで突破してるからな」

 

 障子が目を付けたのは、体育祭の時に見せた竜牙の跳躍力。

 雷狼竜の筋力故に可能な力であり、上手くパイプや建物を利用すれば素早い移動が可能だろう。

 

「でも、それならヤオモモの方が期待できんじゃない? 知恵もあるし、何でも作れるなら使い方で突破も出来そうだし」

 

 そんな中で八百万に一票を投じたのは耳郎だった。

 USJ・体育祭の時を思い出してもそうだが、日常的に見ても八百万の能力の高さは周知の事実。

 A組では彼女が作ったシャーペン・消しゴム――通称、八百万ブランドが流行する程だ。

 

 そんな三者の意見が放たれてしまえば、周りもその三人の誰かと思って話し合い始めていると、やがてオールマイトの準備が整う。

 

 

▼▼▼

 

『HAHAHA! それじゃ、そろそろ始めようか!』

 

 それぞれのスタートラインに立つメンバー達に、オールマイトの準備完了の合図が届く。

 するとメンバー達は反応し、静かに動き始める。

 

「……とっとと始めろや!」

 

 まだかまだかと爆豪は滾り。

 

「落ち着いて行けば……大丈夫ですわ」

 

 落ち着くことで、自分の実力を発揮しようと深呼吸する八百万。

 

「あぁ……なんか凄いメンツと一緒になったな」

 

 始まる前から呑まれている砂藤。

 

「僕が一番☆」

 

 砂藤とは真逆に、自分に絶対な自信を持って笑顔を浮かべている青山。

 

「……」

 

 顔を下に向けて、言葉を一言も発さず、何を思っているのかが分からない竜牙。

 

 それぞれが各々の行動を取る中で、全員が共通しているのはスタートダッシュに備えての行動のみ。

 モニターを眺めている者達も始まる雰囲気に気付いて静かになり、それを見越していたかの様にオールマイトも

腕を真っ直ぐにあげた。

――そして……。

 

『スタァァァァトッ!!』

 

『!』

 

 オールマイトは空を叩き割るかの如く、気迫に満ちたまま腕を振り下ろす。

 そして、そのスタートの合図に五人は一斉に飛び出した。

 

 予想通り、五人はそれぞれの動きでゴールを目指そうとするが、その中で最もやる気に満ちていたのは爆豪だ。

 爆豪は歯を剥き出しで、目を血走ったままゴールを目指す為、両手から爆破させて宙を突き進んで行く。

 

「絶対に俺が1位になんだよッ!!」

 

 過剰なまでの執念。約束された才能。

 この二つが彼を突き進める。気の毒とも愚かとも思える程に。

 しかし、それでも彼は止まらない。――認めたくないからだ。

 

――デクがぁ……! 俺の前に出ようとすんじゃねぇッ!!

 

 デク――緑谷の成長が彼を焦らせる。

 自分は無駄に過ごした一週間。だが緑谷を始めとしたメンバー達の成長を、爆豪はその才能で察していた。

 

 認めたくはない。全員が自分よりも下だ。

 しかし、目の前の現実が己をぶん殴る。

 

――お前は成長していない。

 

 己の声でそんな言葉が聞こえる。

 周りが前に進んでいる中、自分が見る他者の背中の数だけが多くなる。

 だが認めない。そんな事実はない。己こそが一番だ。

 

 爆豪は柱や建物の上を爆発で加速し、そのまま風を切る様にゴールへと接近。

――そして、誰の妨害も受けないままゴールを果たす。

 

「へ……ヘヘッ……どうだ……見たかよぉ……!」

 

 自分でも実感できる程に手応えはあった。そう思える程に、爆豪はこのレースに自信を持っていた。

 間違いなく、このレースの1位は自分だと。

 

 汗を多く流し、息も乱れている。

 満身創痍――は言い過ぎだが、少なくとも爆豪は余裕を残さず、文字通りの“全力”を出し切った。 

 

 そして、そんな彼が待っているのは結果。

 憧れであるNo.1(オールマイト)がそこにいる。

 

「す、凄いね……!」

 

「ハハッ……!」

 

 驚きを隠せないオールマイトの声が爆豪の耳に届く。

 それが心地よく、爆豪は思わず声を漏らしながら顔を上げた。

 そして――

 

「流石だよ……()()()少年!」

 

 竜牙(勝者)の背を目撃した。

 

 

▼▼▼

 

 

『スタァァァァトッ!!』

 

 オールマイトの合図と共に、竜牙は風の中で舞う様に跳躍し、スタート地点から大きく離れた。

 そして最大まで跳躍すると、そのまま急落下を行い、彼の目の前には巨大なパイプが現れる。

 

――左手……。

 

 竜牙は心の中で呟き、意識を集中させれば左手はそのまま巨大な雷狼竜の腕となった。

 その腕を使い、パイプを掴むとそのまま一回転。そしてその反動を利用し、更に前方へと飛んだのだ。

 

 だが、問題はここから。

 先程までの広い空間とは違い、竜牙の飛んだ先はビル・細いパイプ・配管による完全な密集地。

 何もしなければ、そのまま激突して落下してしまうだろう。

 

――双剣作成……。

 

 故に、竜牙は動いた。

 己の雷狼竜の肉体を使い、両腕から生えた双剣を手に取ると、衝突と同時に双剣の片方をビルへ突き刺す。

 そうすれば、深く刺さった双剣を片手で掴み、ビルへ両足を押し付け、壁に張り付いた状態となった。

 

――竜牙の成長の真骨頂が披露されるのはここからだった。

 

『HAHAHA! 早く助けてくれー!』

 

「……場所把握」

 

 楽しそうなオールマイトの声を捉え、現在位置との場所関係を竜牙は把握する。

 そして双剣を壁から抜くや否や、落ちるように壁走りを実行。――そして、一定の場所に着いたと同時に壁を蹴り、更に別の壁を蹴って高速移動を行った。

 壁蹴りで次々と交差状に移動し、竜牙はいとも簡単に密集地を突破して上空へと飛び上がり、近くの貯水槽タンクの上に四脚で着地する。

 

 そんな光景は今までの雷狼竜のパワー系だった竜牙しか知らなかった者達を驚愕させた。

 

「「雷狼寺ヤベェェェェ!?」」

 

 峰田と上鳴がモニター越しに叫び声をあげると、他の者達も同意見らしくモニターに釘付けになりながら頷いていた。

 

「体育祭の時と動き違うじゃん……!」

 

「たった一週間でここまで変わるものなのか……!?」

 

 耳郎と障子も驚きを隠せないでいた。

 近くで竜牙を見てきた故、二人はその変化にどれだけの経験値を彼が得たのか周りよりも理解できたのだ。

 

「うわぁ……曲芸かよ!」

 

「あれがトップヒーローの下へ行った経験ってやつか……?」

 

 瀬呂は自分以上の動きを魅せる竜牙の姿に口が塞がらず、切島はそれをリューキュウの下へ行った事で得たものだと判断する。

 実際、それは正しく、竜牙はねじれから大きな経験値を得ることが出来ていた。

 

――素早い状況判断・思考。

 

 力ではなく、技術を学んだと言える。

 しかし、彼女達だけではない。竜牙は出会い、そして身を持って経験してしまったのだ。

 

――一人のヴィランに。

 

 だからこそ、竜牙の動きを見て周りとは違う反応をする者達がいた。

 緑谷・轟・飯田の三名。彼等は竜牙の動きをずっと見ており、思い出すように嫌な汗を流しながら互いに聞き合っていた。

 

「雷狼寺のあの()()……間違いねぇよな?」

 

「あ、あぁ……見間違う筈はないさ。ぼ……俺達は直に体験していのだから……!」

 

 轟の言葉に飯田は何とも言えない表情で返答するが、開いた口が塞がらない程に衝撃を受けている。

 何故、そこまでして彼が衝撃を受けているのか、一見すれば分からないだろう。

 だが、三人には分かる。あの動きがどういう意味なのかを。

 

 緑谷は代表する様に、それを言葉として漏らしてしまった。

 

「……()()()()の動きだ……!」

 

 

▼▼▼

 

 

 竜牙にとってリューキュウ事務所での経験は大きなものだった。

 リューキュウ・ねじれから貰った知識と経験はとても大きく、他のサイドキック達からも得たものは何一つ無駄になるものがなかった程に。

 

――しかし、彼にとって一番の収獲はヒーロー殺し・ステインとの戦闘だった。

 

 今までの竜牙の戦闘は雷狼竜の力を前面に押し出した、謂わば“剛”のみだった。

 だが、基本的なステータスならば自分達の方が高い部分もある中、竜牙達はステインの“技術”によって翻弄された。

 だからこそ、竜牙は理解した。――己に必要なのは“柔”なのだと。

 

 攻撃・移動の動きは勿論、雷光虫や雷の扱いにも必要な能力。

 思い出しながらの猿真似とも言えるレベルだが、竜牙には不思議とステインの動きは肌に合うものだった。

 

 周囲を圧倒する剛の力・周囲を翻弄する柔の技。

 それが合わさり、今の竜牙の動きは雷狼竜の力もあって“獣”に近い動きなったのだ。

 

 獲物へ飛び掛かるかのように貯水槽タンクから飛び出し、命を潰すかの如くの力で壁を掴み、縦横無尽にこのエリアを移動してゆく。

 そして、竜牙はとうとうオールマイトがいるビル。――が目の前にある冷却塔の上に辿り着くと、再び大きな跳躍を行った。

 それは最初で見せた様な完璧な動きではあったが、残念ながらオールマイトのいるビルまでの距離は遠く、あと少しの所で竜牙はビルを掴む事が叶わない。

 

――だが。

 

「AOoooooooooooN!!!」

 

 威圧な咆哮を咆えたと同時、竜牙は左腕を伸ばすと、左腕が黒い雷を発しながら変化を見せた。

 真っ黒な鱗を纏い、血の様な爪の腕。それは本来の雷狼竜の腕のサイズであり、それはビルへ爪を立てることが出来た。

 そして、竜牙はアンバランスな腕だけの力でアーチ状に飛び、ビルの上へと降り立つと腕のサイズだけを戻し、オールマイトの前に立ったのだ。

 

 

▼▼▼

 

 

「流石だよ……()()()少年!――どうやら、リューキュウの下で色々と学んできた様だね!」

 

 レスキューされる側と言う事で、正座しながら待っていたオールマイトは1位の竜牙を労いながら楽しそうに言った。

 それから少し経った後で爆豪も訪れた事で、オールマイトはやはり竜牙が緑谷同様に職場体験で大きな何かを得たのだと思い、良いことと思いながら正座したまま拍手を送る。

 

「HAHAHA! それにしても私も見ていたが、雷狼寺少年! 凄い動きをしていたね! 緑谷少年といい、君といい……いやぁ! 若いって良い――」

 

『……オールマイト』

 

 色々と楽しそうに言おうとしたオールマイトだったが、その言葉は竜牙の不意の言葉で遮られてしまうが、オールマイトはそんな事は気にせず、聞き返そうとした。

 

「む? どうしたんだい? 何か質問――」

 

 オールマイトはそこまで言って、竜牙の顔を見た瞬間だった。

 彼は竜牙の表情を見て絶句する。

 

『……俺は前よりも強くなっていましたか?』

 

 そう聞く竜牙の言葉は静かで、大人しい口調だった。

 だが、問題は表情だ。

 逆光故に竜牙の顔は影に隠れているが、それでも眼だけは確かに見えた。

 

――あまりに冷たく、何かに呑み込まれたかのような“獰猛”な紅い瞳。

 

 それは表彰式で見た時の様な、ヒーローを目指す者だった時の眼ではなかった。

 あの時の事がただの幻だったと思わせる程に、今、目の当たりしている竜牙の姿も雰囲気も何もかもが違っていた。 

 

「あ……あぁ」

 

 そんな竜牙の変化に戸惑いながらも、何とかオールマイトは頷いて質問の答えを返し、それを聞いた竜牙はそのままオールマイトの隣を横切って行った。

 だが、オールマイトは何も言えず、何もすることが出来なかった。

 

 ただ一つ。胸にオール・フォー・ワンへの怒りだけを抱きながら……。

 

(オール・フォー・ワン――貴様、彼に何をした……? 個性ではなく……彼から何を奪った!!)

 

 オールマイトは、いつもの笑みを崩さない様にしているが、拳だけはずっと、ずっと震わせながら握り続けているのだった。

 

 また同じく、ずっとその様子を見ていた爆豪もずっと下を向いたまま動かず、皆が到着するまでずっと残り続ける。

 

 

――そして、新たな変化を感じながらも、授業は終わり、新たな課題へ皆は進み始めようとしていた。

 

 

 

 

END


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