林間合宿・三日目
相変わらずA組、B組は個性を伸ばす訓練を行っていた。
しかし同時に疲労も限界に近づいていた。
誰もがフラつく中、相澤からの檄が飛んで無理矢理に態勢を整えた。
タフさがある爆豪でさえ顔色に疲労がある中、竜牙だけは違っていた。
周りから距離を取り、すぐに雷狼竜化して特訓に入った。
その動きはまるで、自分とは違う弱い者達から距離を取るかの様にも見え、緑谷を始め、耳郎や障子達。
そして切島達はまるで見限られた様な気分も感じ、メンタルはあまり良くなかった。
だがそれでも竜牙が気にすることは無く、山の中を歩き始めていく。
そんな竜牙の背中をいつまでも見ている者達に、相澤は更に檄を飛ばした。
「雷狼寺の事は良い! 今は少しでも自身の為に時間を使え! 特に補習組! 赤点ギリギリだった連中は特にだ!――原点を意識しろ! 原点を忘れない限り向上はできる!」
「ねこねこねこ……それに今日は夕飯の後、クラス対抗! 肝試しをするからね! ムチの後にはアメもしっかりとね」
竜牙の事もあって珍しく熱が入る相澤とバランスを取る様に、ピクシーボブが笑いながらそんな事を言った。
それを聞いて何人かの表情が明るくなるが、耳郎や障子の視線は竜牙に向けられていた。
「……雷狼寺」
「……今のアイツに何が見えているのか分からない。最初の頃の轟よりも冷たく感じる」
A組で長い付き合いだから心配が消えない二人。
このA組というメンバー達。彼等と竜牙を繋ぐ、微かな繋がりなのは間違いなくこの二人だろう。
けれど竜牙には、そんな事を気にする余裕はなかった。
『――力が……力が必要だ……! 巨悪と戦えるだけの力がぁ!』
雷狼竜となっても竜牙は力を欲していた。
原種だけでは足りないのだ。
希少種でもある命狼竜でも足りない。更なる檻を、檻から新たな力を出さねばならないのだ。
『オレがやらなきゃダメなんだぁ……!』
その心の声は耳郎達に聞こえることはなかった。
拘束具により抑制された状態でも、その闘争心までは抑制できない。
竜牙は一線を越えようと特訓に励む中、その日もまた日が暮れようとしていた。
▼▼▼
「よっしゃー! 肝を試すぞ!!」
夕飯を終え、今からレクレーションというタイミング。
芦戸の嬉しそうな声によって始まろうする中、相澤は静かに首を振る。
「残念なお知らせだが……補習組は今から俺と補習授業だ」
「嘘だオイ!!!」
芦戸が叫ぶ。他の補習組も抵抗しようとしたが、それよりも先に相澤の拘束布が飛んできて、補習組を拘束。
そのまま引きずって行く。
「放せぇ!! 試させろー!!」
「鬼ぃぃぃ!!」
「鬼畜ぅぅぅぅ!!」
哀れな悲鳴が森の中へと木霊する。
緑谷達も、そんな哀れな友の姿に思わず顔を逸らした。
全員が助けを求めているからだ。
しかし、こればっかしは仕方ない。
結局、芦戸達の叫び声をが消えるまで誰もが顔を向けられず、耳を塞ぐだけだった。
そして彼女等がいなくなった後だった。
不意にラグドールが前に出てきた。
「ちょっとごめん! 誰かあちしの準備を少しだけ手伝って! 動物避けとか、迷子防止のライト設置とか! 思ったより個性の訓練が掛かったから準備がまだなんだよねー!」
「あぁ……そういう事なら――」
「俺が行く」
緑谷が誰が行くか決めようとしていると、不意に前に出たのは竜牙だった。
「良いの雷狼寺?」
「……こんなのとっとと終わらせたい」
耳郎の問いに竜牙はそう言って背を向けてしまった。
竜牙にとって肝試しはどうでもよかったのだ。
力を得る為には少しでも無駄を省きたい。
そう思っている竜牙は早く終わらせる為に前に出ると、不意に尾白も後へ続いた。
「あっ! じゃあ俺も手伝うよ」
「うん! 尾白くんなら適任だね」
「とっとと終わらせて来いや」
「尾白がいれば何とかなるっしょ」
「ごめん、俺って何なの!?」
クラスメイトからの謎の信頼に尾白は謎の衝撃を受けたまま、鈴やらLEDライトやらを持ってラグドールと竜牙と共に森の中へと入って行った。
▼▼
「にゃごにゃご……ちょっと待っててねー!」
森の奥へ入った竜牙達は、ラグドールが鈴などを設置するのを見ながら荷物を持って手伝っていた。
木々の間に紐を通し、器用に設置するラグドール。
木々に上る彼女を見上げる竜牙と尾白。
そんな時に良い機会かもと尾白が竜牙へ話しかけた。
「……なぁ雷狼寺。話したくないなら良いんだけどさ。ちょっと良いかな?」
「……なんだ?」
尾白からの問いに竜牙は興味なさげに答えた。
それを察して尾白は苦笑するが、それでも話を続けた。
「いやさ……切島達も心配しているだけなんだ。職場体験以降、雷狼寺……少し変わったからさ」
「……」
尾白の言葉に竜牙は黙って聞いていた。
返答しないのが、ある種の返事と捉えて尾白は更に話を続ける。
「実際、変なヴィランに目を付けられたんなら先生達に相談するべきだと思う。オールマイトだっているし、一人で悩まなくて良いんだ」
「……その結果、頼った人達が死んでもか?」
「えっ!?」
突然の返答に尾白は思わず驚いた。
勿論、理由はその返答の内容のせいだ。
「……頼った結果、その人達は死ぬ。それでも頼れって言うのか?」
「いや……それは少し飛躍っていうか――」
尾白は焦った。まさか、そんな返事が返ってくると思ってなかったからだ。
しかし尾白は理解した。
隣で顔を下へ向け、悲しそうな表情を浮かべる竜牙の顔を見て、それが本気で言っているのだと。
「俺は……誰にも死んでほしくない。だから終わらせるんだ。俺と……雷狼竜達で」
「雷狼寺……」
尾白は完全に理解した。
竜牙は変わっていなかったのだと。ただ心配を掛けたくなかったのだと。
だがそんな想いは亜種の影響と、オールフォーワンへの脅威によって悪い方へと進んでいたのだ。
尾白もそこまでは分かっていない。オールフォーワン、そして亜種の事を知らない彼には理解させる方が酷だった。
そしてそんなことを話し、互いに言葉が無くなった時だった。
ラグドールが木々から降りてきて、腰を叩きながら次の場所を示した。
「ほらほら! 早くしないと驚かす側のB組が来ちゃうよー? だからとっとと――」
「――終わらせましょうか。ターゲットの二人を確認」
ラグドールの言葉を遮ったのは、黒い霧の様な場所から現れた一人の男。
――ヴィラン・黒霧だった。
「っ!?」
「――黒霧!」
黒霧の登場にラグドールは顔色を変えた。
竜牙もすぐに一部を雷狼竜化し、尾白を掴んでラグドールと共に背後へと跳んだ。
「なっ! えっ!? どうしてヴィランが!!」
「ラグドール!!」
「通信してる! マンダレイ! イレイザー! ヴィランが現れた! すぐに生徒を――」
「まずは一人――」
竜牙が叫び、ラグドールが通信機でマンダレイ達へ通信を行った隙を黒霧を逃さなかった。
ボーガンと、注射器の様な矢を装填し、そして撃ったのだ。――狙いは竜牙だった。
「クッ!」
竜牙は対応しようと身構えた。
だが、それよりも先に前に出た者がいた。
「雷狼寺!!」
それは尾白だった。仲間を庇う為、気付けば身体が動いていた彼の姿に黒霧も、一瞬だけ驚いた。
だが――
「流石は金の卵……ですが、想定内です」
尾白の動きに驚いた黒霧だったが、言葉の通りに彼には余裕があった。
USJでA組の動きは知っている。だからこうするかも知れないと予想済みだった。
「尾白!!」
竜牙が叫ぶと同時だった。尾白の目の前にワープゲートが現れ、矢はその中に消えた。
――瞬間、竜牙は背に突き刺さる痛みを感じた。
「――ガハッ!」
「雷狼寺!?」
「雷狼寺くん!!」
尾白が振り返ると竜牙の背後にワープゲートが作られていた。
そしてすぐにマンダレイが竜牙の背中を見ると、そこには高速で注入されていく液体があった。
「!……仕方ない!」
一瞬だけ出血を恐れて抜くことを戸惑ったラグドールだったが、嫌な予感がしてすぐに矢を竜牙から引き抜いた。
だが引き抜いた時には中の液体は全て空となっており、同時に竜牙の心拍数が急激に激しくなった。
「あっ……ガッ……!! マズイ……!! まだだ……! まだ早い!!」
竜牙は胸を押さえる。だが個性の発動が止まらない事も感じていた。
まずい。今の状態では制御できない。そう思った竜牙だったが、意識が朦朧とし始めている事にも気付いた。
それを見ていた黒霧は笑みを浮かべ、次にラグドールの方を見た。
「さて、まずは一人目。あとはもう一人――」
ラグドールに狙いを定めた黒霧。
――ところが。
「ガアァァァァァァァッ!!!」
竜牙は叫ぶと同時に突如、赤黒い雷を周囲へ放出させた。
それでラグドールと尾白は吹き飛ばされたが、黒霧は間に合わず、モロに受けてしまう。
「がぁっ!? これは……なんですか!? 個性の発動が阻害されている!」
赤雷を受けた黒霧はパニックになるが、幸いにもワープゲートは使えた。
だから仕方ないと判断し、ラグドールを無視して撤退した。
これで残されたのはラグドールと尾白。
――そして暴走する竜牙だけとなった。
「ガアァァァァァァァッ!!! 逃げろ……! ニゲロォ……!!」
「雷狼寺!!」
竜牙が叫ぶ中、尾白は手を伸ばした。
その時だった。不意に竜牙の場所に落雷の様な轟音と共に衝撃が走った。
すると竜牙のいた場所の影が、徐々に大きくなるのをラグドールと尾白は気付いた。
――そして。
『『AOoooooooooooooooooN!!!』』
黒く、血に染まったかの様な地獄の雷狼竜が目を覚ました。
――ジンオウガ亜種・獄狼竜! 強制解禁!!
▼▼
『『AOoooooooooooooooooN!!!』』
「この声!!」
「雷狼寺か!!」
雷狼竜の咆哮は森全土に渡った。
だからすぐに耳郎と障子は理解した。何かが起こったことに。
「それだけじゃない! 敵だ!!」
緑谷が叫ぶ目の前にも二人のヴィランがいた。
巨大な獲物を持つ男と、トカゲの異形系。
「予定より早いわね……誰かしくじったかしら? それに何よ、この声? 獣?」
「まぁ落ち着けマグ姉……どの道、予定通りに修正すれば良いさ」
そう言ってトカゲのヴィランは笑みを浮かべる中、生徒を守るようにマンダレイ・ピクシーボブ・虎が前に出た。
周囲からも黒煙が上がり、森の中は戦場と化していた。
今まさに始まろうとしていた。――狩りが。