皆……やっぱりジンオウガは好きかい('ω')ノ
――火の丸相撲の“天王寺さん”かっこいいですよね♪
第六話:開幕! 雄英体育祭!
ヴィラン強襲の翌日。そのせいで臨時休校。
誰もが休まる筈のない休日の夜。竜牙はマンションのベランダから外を眺めていた。
――右手を雷狼竜のものにし、静かに左手で触れながら。
「……俺はまだ弱い」
竜牙は爪・甲殻・体毛にそれぞれ触れて、一つ一つの弱点を自覚する様に呟く。
あの事件。負傷者――重傷を負った相澤を始め、13号、オールマイトも多少の負傷をしたのを竜牙は聞いた。
緑谷がいつもの様に自壊したらしいが、それも心配でもある。だが、それを除けば怪我などは殆どない様だ。
しかし、その情報は外に当然の如く漏れている。数日は当事者である自分達の周りが騒がしくなる事は容易に想像できた。
(……“充電”して寝よう)
竜牙は黄昏る時間を無駄と判断。そのまま登校日の明日へと備えることにし、静かにベッドに潜るのだった。
▼▼▼
――翌日。
『相澤先生復帰早ッ!!!』
A組の第一声はそれだった。
重傷の筈の相澤がミイラ男の姿で教室に姿を現したのが原因。
(……素麺食べたいな)
しかし竜牙はマイペース。
合理主義の相澤だ。無理をしてはいるだろうが、来ている以上はそれが最善と考えての事だろう。
それを理解している故、相澤の白い包帯を見て、竜牙は何故か無性に素麺を食したくなるに思考が留まっていた。
「……俺の安否は良い。それよりも、新たな戦いが始まろうとしている――」
ボロボロになりながらも自身を省みない相澤。
その姿はまるで生徒達に何かを言い残そうとする様に見え、そんな担任の言葉にクラスメイトも静かになる。
――新たな戦い!?
――またヴィランが!?
――まさか今度は本校に!?
(……ケンタ〇キー・ツイスター食べたい)
ざわつくクラスメイト。空腹の竜牙。
空気が張り付く中、相澤は呟いた。
「――“雄英体育祭”が迫っている」
『クソ学校ぽいのきたぁぁぁぁぁぁ!!!』
入学式当日から除籍を掛けたテストをした故に、A組の学校らしい行事参加の反動は大きい。
しかし例外もいる。
「ヴィランが来た後だってのに……よくやれるなぁ」
不安そうな表情を浮かべるのは峰田だ。
一般人や報道も万単位で入る体育祭。最悪、再びヴィランが襲撃する可能性も高いと誰もが思う事だった。
しかし、相澤はそれを否定する。
「逆だ。――開催する事で盤石な事を示すつもりだ。警備も去年の5倍……何より、最大の“チャンス”を無くさせる訳にはいかん」
相澤の言葉に全員が息を呑み、竜牙も反射的に真剣な眼光へと変化させていた。
(……個性の発現から“オリンピック”はあって無いような扱いになった今、代わりこそがこの“雄英体育祭”)
全国で生中継され、観客も一学校の体育祭と比べるのもおこがましいレベル。
何より竜牙達にとっても人生を左右する“チャンス”でもあった。
「毎年、沢山のプロヒーロー達が見に来る一大イベント!」
「――しかも、目的は暇潰しではなく“スカウト”だ。どちらにしろ、結果次第では“将来”が決まる」
緑谷の言葉に付け加えた竜牙の言葉。それに全員が無意識の内、身体に力が入る。
「そういう事だ。年に一度、最大で3回きりのチャンス。時間は有限――焦れよ、お前等?」
相澤の言葉に応える者はいない。ただ表情で意思を示していた。
(……上等)
竜牙もまた同じ――否、眼光は既に狩りへ行くかのように光っていた。
(……体育祭までは2週間。やれることは何でもする)
竜牙は生徒手帳を開きながら静かにそう思うのだった。
▼▼▼
――放課後。竜牙は向かいたい場所があったが、それは今だに叶わないでいた。
なぜならば、教室の前に……。
「なんでこんなに人がいんだよぉぉぉぉ!!」
「すっかり有名になっちゃったね!」
叫ぶ峰田。楽しそうに笑う芦戸。
彼等の前、教室の入り口では他のクラスの者達で溢れかえっていた。
既にヴィラン事件の事は広まっており、野次馬か、それとも敵情視察なのか。
――少なくとも、竜牙は野次馬に混ざる中で“観察”する様な視線の存在に気付いている。
「うち、早く帰って自主練したいんだけど……」
「落ち着くまでは、出るのも面倒だな」
耳郎と障子は早く帰りたそうだが、だからといって見世物になるつもりはない様だ。
このまま待つのも選択肢。だが、そんな中でも我を進む者がいた。
――爆豪だ。
「意味ねぇ事してねぇで……どけやモブ共!!」
怒号を放ち、ギャラリーを睨み付ける爆豪。
彼の背後で飯田が止めるが、それも耳に入れる気すらないようだ。
だが、爆豪の行動は時期も合わさって良い結果を生むことは決してない。
(……作らなくても良い敵をつくるのか)
爆豪の行動に竜牙は溜息を吐きながら思った。
“敵の敵は味方”ならばまだ良いが、敵の敵、それが強大なヘイトによって組まれ、その矛先が自分達に向けられるのは得策ではない。
それが作る必要のない敵ならば尚更だ。
「随分と偉そうだな……ヒーロー科はみんなこんな奴なのか?――正直、幻滅だな」
「アァッ?」
思考の矢先で早速一悶着始まろうとしていた。
気怠そうな一人の学生がそう言いながら爆豪の前に立ち、爆豪もそれに気に入らなそうに睨み付ける。
「……知ってるか? ヒーロー科落ちた奴の中には、そのまま俺みたいに普通科に行った奴がいるんだ。――けど、今度の体育祭のリザルト次第ではヒーロー科への“編入”が可能なんだ」
――その“逆”も然り。
男子生徒の発言に何人かは反応を示す。
遠回しに『お前達を引きずり落としてヒーロー科へ編入する』そう聞こえなくもないからだ。
「そっちは敵情視察だと思ってるかもしれなけど、俺は足下掬われるぞって……“宣戦布告”で来たつもりだ」
「ハッ!――意味ねぇ事してねぇで“モブ”はモブらしくしてろ……!」
男子生徒の大胆不敵の言葉に爆豪も応戦。
しかし、爆豪の言動はヒーロー科に落ちた者達のヘイトも着々と稼いでしまっている。
努力して落ちた者もいるだろう。だが、その結果でヒーロー科にいるのが他者をモブ呼わばりする爆豪の様な生徒。
気に入らない者はおり、周囲がピリついた時だった。
「――そこまで」
「ッ!」
「!!?」
竜牙がここで動く。これ以上の爆豪の行動はA組にも風評被害を出してしまう。
故に雷狼竜の足となり、爆豪と男子生徒へと駆けて間へと入った竜牙を、爆豪と男子生徒は突然現れた様で驚いた様子を隠せなかった。
「爆豪。お前の生き方の邪魔はしない。――けどお前の敵作りに、他人を巻き込むな」
「んだとこの白髪野郎ッ!!」
間に入られただけでも腹立つのだろう。今までの事もあり、爆豪は竜牙へと食って掛かる。
「邪魔するとかじゃね!! とっくにテメェは目障りなんだよ……!――俺の歩む道に入ってくんじゃねッ!!」
「……ならそれはお前だけの道じゃないって事。――勝手に“壊す”な」
「!――チッ!」
竜牙の言葉に爆豪は舌打ちをし、そのまま周りをかき分ける様に行ってしまった。
だが、竜牙は去った相手を止めるつもりはなく、今度は男子生徒の方を向く。
「……すまない。かなり不快だったろ?」
「!……いや、別に良い」
竜牙の言葉に我に帰る男子生徒は返すと、振り返って帰ろうとする。
「……宣戦布告は?」
「済ませたから良い……つうか聞こえてたろ?」
男子生徒もそのまま去って行ってしまう。
――竜牙に先程のが“宣戦布告”とは思われていないまま。
(……なんで俺が勝つって言わなかったんだ?)
竜牙のその疑問の答えは相手すら分かっていないだろう。
周りも爆豪達がいなくなった事で徐々に消えて行き、騒動もこれで終わったと竜牙も戻ろうとした時だった。
「ちょっとまてぇ!! 隣りのB組のもんだけどよぉ!! さっきのモブ発言きいてたぞぉ!! 偉く調子に乗ってんじゃねぇか!!」
何故かもういない爆豪にではなく、何故か竜牙へ叫びながら近付いてくる鉄の様な髪の男子生徒。
どうやら人混みのせいで爆豪が帰った事に気付いていない様だ。
「ヴィランとの事が聞きたかったんだがぁ……そんな態度だと恥ずかしい事んなっぞ!!!」
「……うん。ごめん」
「えっ……俺もなんかごめんなぁ!!!」
『えぇぇぇぇぇぇぇ!!?』
竜牙が謝ると、その男子生徒も謝って場が収まった事にA組と周りにいた者達は驚愕しか出来なかった。
――ちなみにその後、飯田が『委員長でありながらすまなかった雷狼寺くん!!』と、はっちゃけた事で竜牙は目的の場所に向かうのに更に遅れるのだった。
▼▼▼
「屋内の“演習場”の使用許可か……」
「……はい」
雷狼寺が来ていたのは職員室。そこで相澤から、ヒーロー科が使える演習場の許可を貰おうと、許可証を渡していた。
実際、生徒手帳にはその事が記されており、変な事じゃない限りは通るだろうと竜牙は思っている。
(……というか通ってほしい)
ヴィランの一件もあり、忙しくて許可は出せないと言われる可能性もある。
その時は諦めようと思っている竜牙だったが、相澤は少し考えると一息入れた。
「本当なら今は早めに帰れと言いたいが……焚きつけたのは俺だ。――少し待ってろ……校長に許可を――」
「良いとも!」
相澤が立ち上がった瞬間と同時、竜牙の持って来た許可証に判を押す小さなネズミの様なモノが相澤の隣にいた。
「……ネズミ好きの小人?」
「残念!! コスプレした小人ではなく、その正体は雄英高校の校長なのさ!」
額に傷がある二足歩行のネズミ――根津校長は竜牙へ笑いながら答えると、相澤は溜め息を吐く。
「なんでいるんですか校長……?」
「職員室に珍しく生徒がいるので、机の角の隅から聞いていたのさ!――うんうん。体育祭を前に己を鍛えようとするなんて感心だ。教師として断る理由がないのさ!」
「ありがとうございます……校長先生」
「うんうん。……それでこれが鍵なのさ!」
竜牙は根津から鍵を受け取ると、相澤にも頭を下げてから出て行った。
残されたのはミイラの相澤と根津の二人。
「良いんですか?……本当なら数日は早めに帰宅させると言っていた筈では?」
「……大丈夫さ。その時は我々が生徒を守るんだ。――それにあんなに努力しようとする子は久しぶりだからね。――やっぱり“家庭”の件があるから“個性”を伸ばそうとするのかな?」
根津の言葉に、相澤は何も言わなかったが、分かっているのは努力しているのは竜牙だけではないという事。
それぞれが、それぞれの思う様に己を磨いている。少なくとも、相澤はそう思っていた。
▼▼▼
――二週間はあっという間に過ぎて行く。
「……まだだ……まだ磨ける!」
竜牙はずっと演習場へと赴き、己の弱点の幅を、地力を、己の雷狼竜の個性を鍛え続けた。
雷を解放し、咆哮をあげながら限界の壁を目指す。
誰かが10の訓練をすれば自分は100の訓練を。三年先の稽古の様な特訓。
二週間では付け焼き刃かもしれない。だが、それでも己の“雷狼竜”の真の姿を見せずとも、勝てる様になりたい。
「……それが……俺が認められる方法だろうな……!」
己の個性は、恐怖の目で見られてしまう。だから少しで扱えるようにし、誰からもこの個性を見せても安心させられるように努力を続けたい。
力尽きそうになりながらも、膝をついても、竜牙の目は夢の為に死なない。
――もう、己の個性を見せて大丈夫な様になる為に。
▼▼▼
――体育祭当日。
雄英高校に大勢の人が集まっていた。
店は露店は勿論。見物客は一般人からプロヒーローまで。
また警備用に雇われたプロヒーローも含めると、会場にいるプロヒーローの数は千人どころではない。
それだけのヒーローが集まり、全国の国民が注目するのが雄英体育祭。
そんな会場の中で、準備ゆえに早めに控室に入る選手達の中に、体操着を身につけた竜牙はいた。
公平を成す為にコスチュームの着用は禁止。己の力と個性のみで勝ち上がらねばならない。
「……胸寒。緊張して来た。――スー〇ーレモンアメ舐めよう」
「いや、緊張した奴の顔じゃないって……それにその飴なに?」
「マイペースなのに緊張するんだな……」
緊張から強烈に酸っぱい飴を舐める竜牙に、耳郎と障子はいつも通りに対応。
そんないつものメンバーで話していると、やがて飯田が声を張り上げた。
「そろそろ入場だ! 準備は良いかい!」
「……行くか」
「うっし!」
「……やるか」
それぞれが気合を入れて立ち上がり、竜牙が二人と共に入口へ向かい、緑谷の傍を横切った時だった。
「雷狼寺、緑谷。――ちょっと良いか?」
「えっ!……轟くん?」
「……どうした? 緊張どめに飴がほしいのか? 何個だ?」
竜牙と緑谷を呼び止めたのは轟だった。
緊張でもしているのかと、竜牙が飴を取り出そうとするが……。
「いやそれはいらねぇ。――雷狼寺、今はまだお前が演習とかで勝ってるが、実力自体はそんなに差があるとは思ってねぇ。緑谷は客観的に見ても実力は俺の方が上だが、お前――」
――オールマイトに目ぇかけられてるよな?
「!?」
「……オールマイト?」
竜牙は轟の言葉に動揺する緑谷の姿を見て思い出す。
確かに、この2週間の間に緑谷がオールマイトと共にいるのを何度も見ている。
(……同じ増強系だから緑谷を気に掛けていると思ってたけど、違うのか?)
竜牙はてっきり似たようなタイプゆえにアドバイスでも貰っていると思っていたが、轟の様子からして何かが違う事を察する。
しかし、その事で答えが帰ってくる筈はなく、轟はただ続けて行く。
「その事に関して詮索はしねぇ。だが……雷狼寺、緑谷。お前等には勝つぞ」
轟のその言葉を聞き、クラスメイトの者達はざわつき始めた。
「クラスのNo.2がNo.1に宣戦布告かよ! 緑谷まで巻き添えだ……」
「つうか入場前にやめなって!」
上鳴がビビる中、傍にいた耳郎が止めようとするも轟はそれを一蹴。
「仲良しこよしじゃねぇんだ、別に良いだろ」
「けどさ……」
轟の一睨みに耳郎は納得できなさそうだったが、それよりも先に竜牙は緑谷の異変に気付く。
まるで勇気を振り絞るかの様に拳を握り絞めており、やがて緑谷は顔をあげた。
「そりゃ……僕よりは轟くんの方が実力は上だよ。雷狼寺くんがいなかったら、君に勝てる人が本当にいるのかも分からなかった。――けど、他の科の人も本気でトップを取りに行こうとしてるんだ……だから――」
――僕も“本気”で獲りに行く!
(……緑谷)
竜牙も、それを聞いていたクラスメイト達も思わず小さく歓声をあげる。
あの轟相手に怯まずに言い返す姿。ハッキリ言って竜牙からしても予想外の光景と言えた。
(……意外性はあった。だが、それでもここまで真っ正面から轟に向き合える程だったか?)
個性把握テストでは一人、挙動不審にオドオドし。
戦闘訓練で爆豪に勝利はしたが、結局は己をボロボロにしてしまう。
そんな緑谷が今は轟に向かい合い、堂々と立ち向かっている。
(なんでこんな短期間で変われるんだ……緑谷?)
別人とは言えない。だが、確かに変わったと分かる緑谷の姿。
それに竜牙は意識を引き寄せられていると、轟は頷いた。
「ああ……それで良い。――で、お前はどうなんだ雷狼寺? 緑谷にここまで言わせて、お前は何も言わねぇのか?」
分かりやすい挑発。それを轟が行うという事は、轟にとって竜牙はこの体育祭で絶対に超えたい相手という事。
勿論、竜牙もそれを理解出来ている。――だが。
「俺も全力で挑む。――だが“全て”は出さない」
「……んだと?」
その言葉に轟の表情が険しくなった。
当然だ。全力を出すと言いながらも、その“全て”を出さないと矛盾を言っているのだ。
「なめてるのか? 入試・個別テストも1位だったからこれも勝てるって……?」
「……言い訳はしない。だが、俺は“全て”を出す事はしない。この“個性”の全てを見せる訳にはいかない」
――違う言い訳だ。まだ俺に覚悟が足りない故に、何でも良いから逃げようとしている。
竜牙は己の言葉を自身で否定する。
どうしても思い出してしまうのだ。この“個性”の真の姿の時の事を。
皆が恐れる。皆が悲鳴をあげる。皆が否定する。
『ありえない!! なんだこの“姿”は!?』
『ば、ばけもの化け物ッ!?――実験を中止しろ!!』
『もう勘弁して!! 私じゃあなたを育てられない!!』
『理解してくれ……お前と私達は違うんだ……!』
――皆、俺を恐れて拒絶する。実の両親さえもそうだった。だから、人前で見せることはしない。
(耳郎と障子……二人にまで嫌われたくない)
竜牙は耳郎と障子を友達だと思っている。勿論、A組の他のクラスメイトもだ。
だが、近く親しい友人はこの二人。他者に見れば恐怖する真の姿に、ヒーロー科と言えど何人が受け入れてくれるだろうか。
竜牙にも葛藤はある。しかし、それを理解出来るものはいない。
少なくとも、轟は無理だった。
「……そうかよ。だったら俺が引きずり出しやる……!――お前の“個性”の全てをな!」
轟はそう言い放ち、そのまま控室を出て行った。
それに続くように居心地が悪くなった控室から出て行くクラスメイト達だが、皆は雷狼寺に『気にするな』や『事情はあるもんね』等、優しい言葉を投げかけて行く。
「雷狼寺、あのさ……」
耳郎もまた、心配して竜牙へ声を掛けるが障子がそれを止めた。
首を横に振り、竜牙へ目配せする障子の気遣いが心に染みる中、耳郎も障子も控室を静かに出て行く。
残ったのは竜牙と緑谷だけ。
「雷狼寺くん……」
「……失望したろ? 皆が全力を出そうとする中、一人だけそれを踏みにじろうとしている俺を」
心配そうに声をかける緑谷へ、竜牙は静かに呟くが緑谷はそれを否定する。
「そんな事ないよ! 雷狼寺くんの授業の様子や、ヴィランの襲撃の行動を見てるから分かるよ。……確かに雷狼寺くんの個性は強力だよ。強靭な爪や尻尾、鉄壁の甲殻と鱗。挙句には電気まで使えるんだから……でも――」
緑谷はずっと溜めていた様に俯き、意を決して再度口を開いた。
「――それだけの個性を全て扱うのには……やっぱり大変な“鍛錬”が必要だと思うんだ。だから、きっと雷狼寺くんは、ずっとその個性を扱う為に努力して来たんじゃないの? 少なくとも、僕はそんな君が力を抑えるのには事情があると思うんだ」
「ありがとな緑谷。だが、それでも俺が全てを出さないのは変わりない。――俺が弱いから……本当の力を皆に見せる勇気がない」
「雷狼寺くん……」
緑谷の推測は大当たりだった。
この“個性”を本当の意味で扱うには“訓練”が不可欠。
何も考えず、ただ力を振るえば命を紙屑の様に安易に消し去る事が出来る個性でもある。
力の制御、取扱い。それを幼い時から竜牙は行ってきていた。
「……緑谷。お前は……その“個性”で誰かを傷付けてしまった事はあるか? 身体だけじゃなく“心”までも。――少なくとも、俺はある」
「……っ!」
竜牙のその言葉に緑谷は何も言わず、ただ顔を俯かせてしまう。
緑谷に何か思う事があるのを竜牙も察する。己すら壊す“超パワー”だ。
この体育祭でも連発は出来ないだろう。――だが、それでも緑谷は轟の宣戦布告を受けた。
本気で優勝を獲りに行く気だ。緑谷以外も皆そうだ。
だが――。
「それでも俺は目指すよ。――ヒーローを」
竜牙はそう呟くと緑谷へと向き直り、覚悟を込めて言い放つ。
「この体育祭。――俺が優勝する」
「!」
竜牙の言葉に緑谷は思わず怯んだ。
ただの妄言、強がり。そう言ってしまえばそれで終わり。
だが竜牙の宣言から、緑谷は確かに“重み”を感じた。
だからこそ、緑谷も言い返した。
「――いや……僕が優勝する!」
「……だからこそ挑む価値がある」
竜牙は緑谷の切り返しに満足だった。
ここでオドオドする程度ならば最初からヒーロー科にいなかっただろう。
竜牙は緑谷の宣言を聞くと、振り返って出口の方を向いた。
「……後、皆にも悪い事をしたな。体育祭前に気を悪くさせてしまった」
「皆は別に気にしてないと思うよ?」
「……いや。それで納得するのは俺自身が許せない。――だから
竜牙はそう呟き、困惑する緑谷と共に入場口へと進んで行くのだった。
▼▼▼
暗い通路。しかし目の前には光の入場口。
始まる前に歓声は聞こえており、自分達が入ったらどうなるのだろうと皆が思っていた。
(……始まる)
場を緊張の糸が貼り巡る中、やがてプレゼント・マイクの声が響き渡った。
『遂に来たぜ!! 年に一度の大バトル! ヒーローの卵と侮んなよ!! つうかお前等の目的はこいつ等だろ!?――ヴィラン襲撃を乗り越えた鋼の卵共!!』
――A組だろぉ!!
『ウオォォォォ!!』
『頑張れよ有精卵共!!』
『見せて見ろよヒーロー科!!』
竜牙達A組はプレゼント・マイクの声と共に入場。そして大勢の歓声に包まれた。
会場だけでも万はいるだろう人数からの声援。既に注目度も掻っ攫う。
ヴィラン事件の話題性。その大きさが分かった瞬間だった。
そして次々と他のクラスの者達も集結し終えると、宣誓台に上がる一人の女性がいた。
ヒール・ガーターベルト・ボンテージ・そしてムチ。何でもありの18禁ヒーロー『ミッドナイト』の登場だ。
(……サインは今でも飾ってる)
18禁ゆえに出会うのは難しい部類のミッドナイト。
実は竜牙にとってオールマイトの次にサインが欲しかったヒーローでもあり、学校内で出会った瞬間にサインを貰う事に成功。
実際はミッドナイトの方がノリノリでもあったが、校内にいる間はこの過激なコスチュームを着用している彼女に、かなりの至近距離で写真も撮ってもらい、更には連絡先も交換。
三重の意味でお礼を伝えたのは記憶に新しい。
「18禁なのに高校にいて良いものか?」
「良いに決まってんだろぉ!!」
(……寧ろ必要)
真っ当な疑問を抱く常闇の言葉に峰田が当然の様に反応し、竜牙も心の中で頷いているとミッドナイトが声をあげた。
「早速いくわよ! 選出宣誓!! 選手代表!!――1-A“雷狼寺 竜牙”!!」
「……はい」
そう選手代表は竜牙だった。この事は相澤とミッドナイトに事前に聞いており、竜牙も知っていた事。
知らなかったA組のメンバーも、最初は驚くがすぐに納得した様に頷く。
「晴れ舞台よ雷狼寺くん!」
「はい」
宣誓台に上がった竜牙にミッドナイトはウィンクで元気を与え、内心でテンションMAXになりながら竜牙はマイクの前で立ち止まると、腕を上げて宣誓した。
「……宣誓!――我々、選手一同はヒーローシップにのっとり、積み重ねた努力を発揮し、アンチ行動をせず正々堂々と戦い抜く事を誓います! 選手代表1-A……雷狼寺 竜牙」
竜牙の宣誓が終わる。同時に拍手が起き、A組の者達も安心した様子だ。
「素晴らしいぞ雷狼寺くん!」
「普通過ぎな気もすっけど、喧嘩売ったりするよりはマシだよな……なぁ爆豪?」
「うっせぇ……つまんねぇ言葉ならべやがって……!」
感動する飯田に苦笑する中、切島が爆豪に意味ありげに言うが、当の爆豪は竜牙の宣誓内容をつまらなそうに一蹴する。
これで宣誓は終わり……誰もがそう思った時だった。
「……宣誓は終わりだ。ここからは俺自身の言葉になる」
『!?』
突如、宣誓が終わった筈の竜牙が再び話し出した事で周囲はざわつくが、教師陣は自由が売り文句故に止める気配はない。
(俺は“選手代表”……なら、それに相応しく盛り上げる役目。――選手達を燃えさせる役目がある)
皆が先程よりも集中する中、竜牙はずっと感じていた。
同じB組のヒーロー科は戦意はあるが、普通科は不貞腐れた様に自分達は“引き立て役”だと諦めている。
確かに毎年、そう思われる様な結果だ。
しかし、だからといってこのまま始めるのはどうかと思い、竜牙は先程、緑谷に言った覚悟を込めて喋り始めた。
「……俺はこの雄英高校・ヒーロー科という狭き門へと挑み、そして勝ち取った。――入試1位と言う結果の下、“選手代表”と言う立場を頂いて今ここにいます。それはいつか必ずヒーローになり、苦しむ人を助ける為にと努力した結果です」
――ですが。
「それは他の人も同じだと思っております。先を生きる様々な“偉大なるヒーロー”の方々に憧れ、そして皆努力して来た筈。なのに何故、俺がここに立っているのか?」
――簡単な事。
「俺
――“俺が”ここで一番強い。
『ッ!!?』
そう言い放った瞬間、雷狼竜の瞳が開眼。
そして強大な威圧感を放つ竜牙の事実上の“宣戦布告”を受け、目の前にいる選手全員は息を呑んだ。
普通ならば野次の一つも出そうなもの。だが、誰もを言わない。
勿論、ただ言えない者もいる。既に威圧感に呑まれ、篩に落とされた者達だ。
――しかし逆に、燃える者達がいる。
(これが雷狼寺くんの覚悟……!)
緑谷は竜牙の覚悟を受け止める。
(……良いぜ。お前がそのつもりなら俺も加減はしねぇ)
轟は静かに闘争心に火を点けた。
(上等だ……!!――テメェを蹴落として俺が1位になる!!)
爆豪は猛る。ただ猛る。
「……全く。でも、こういうのも悪くないかも」
「あぁ……俺も本気を出すぞ」
耳郎も障子も納得し、他のクラスメイトも表情に覚悟が現れる。
――上等だと、少なくともヒーロー科の者達の表情には受けて立つと言わんばかりに、闘争心に満ちた笑みを浮かべていた。
「真っ正面からの“宣戦布告”だと!! 男じゃねぇか!!――上等だ!!」
「まぁ……不快じゃない分、良いね」
B組も燃え上がり、普通科の中にも確かな熱気が溢れ出す。
最初の様なやる気の無い者は竜牙の威圧に呑まれ、既に終わっている。
激戦を演じるのは、自らの力で掴み取ろうとする者のみ。
そんな光景に実況のプレゼント・マイク、ミッドナイトのボルテージもあげあげだった。
『やりやがったなぁ!! メッチャ燃えるじゃねぇか!!』
「本当に好みよ雷狼寺くん!! じゃあ熱が冷めないうちに早速やるわよ!! 第一競技――」
――【障害物競走】よ!!
モニターに映る競技名。それを竜牙は静かに降りながら見ていた。
運命の第一種目。
――雄英体育祭。ここに開幕!
END