僕の経験談(?)をいくつか、ぼちぼち投稿していこうと思います。
体験談なのでフェイク山盛りです。この物語はフィクションです。
地元の怪談に『紅い湖』というものがあった。
ありきたりな内容の怪談なのだが、友人のタキはこの怪談はおかしいと言う。
僕らはタキに連れられて、ある湖に向かう。
大学生時代の話だ。
二年生になったばかりの僕は暇を持て余していた。
勧誘に押し切られてなんとなく入ったサークルは、馴染めずに幽霊部員になって久しい。
僕は真面目とは言い難い学生だったので、既に四月中の講義はすべて欠席すると決めていた。
(初回はガイダンスで出席を取らない講義が殆どだ)
実家通い、露骨にサボると親がうるさい。
だからなんとなく大学に出て、だらだらして、うろうろして、飽きたら帰る。
そんな模範的は大学生活を謳歌していた。
「お、久しぶり。」
学食で遅めの昼飯を食べていると、汗まみれのデブが接近して話しかけてきた。
「おう、ほんとに久しぶり。一か月ぶりぐらいだよな?」
向かいにドスンと腰掛けるデブに返事する。
こいつはアサヒ、僕の数少ない友達の一人である。
小学校から柔道一筋のデブだ。
おぼんには親子丼が三つと、ケーキが二個乗っていた。
見ているだけで吐きそうだ。
「………。うん、ちょっとバタついてたんだ。………、んで、今時間あるか?あるだろ?」
アサヒはあっという間に親子丼を一つ平らげ、二つ目をかきこみつつ問いかけてくる。
行儀の悪い奴だ。
「あー、まー…」
僕は曖昧に返事をする。
たしかに暇を持て余しはしているが……なんだかいやな予感がする。
「次の日曜空いてるか?」
「…今のところ。」
「よっしゃ。実は昨日、タキから電話があってさ。」
悪い予感的中。
僕が露骨に顔をしかめたのに気付いたのか気付いてないのか(絶対気付いてる)、アサヒは続ける。
「面白い場所を見つけたから、次の日曜に行かないか?って。」
「行かない。」
僕は即答した。
タキは僕の数少ない友達の一人である。
しかしこいつはちょっと問題のある奴だった。
「どうせまた廃墟とか辺鄙な森の中とかだろ?」
「いや、今回は湖だとよ。」
「行かない。」
「まあ、だよな(笑)」
僕の即答にアサヒが笑い、親子丼を流し込む。
既に三つ目の親子丼を平らげようとするところである。さすがデブ。
「集合場所は俺ん家でいいよな?」
「行かないぞ。」
タキ。こいつは重度のオカルトマニアだった。
僕とアサヒとタキは、所謂幼馴染だ。
小学生のころからつるんで遊びまわってきたが、いつからかタキが誘う遊び場が、墓場や町外れの廃病院跡のようなオカルトチックな処ばかりになってきた。
「俺は自分探しをしてるんだ。」
タキの口癖だ。
なんでも昔、タキはもう一人の自分…ドッペルゲンガーを見たらしい。
そいつをもう一度見つけて話したいのだという。
暇さえあればオカルトスポットを廻っているようで、度々アサヒや僕を誘ってくる。
面白がっているアサヒはともかく、僕は心霊の類を全く信じていないので迷惑な話だった。
ケーキを頬張りながらアサヒが続ける。
「あいつこの前車買っただろ?行動範囲が広がって、今まで行けなかった所に行けるって張り切ってるぜ。」
「二人で行けばいいだろ。」
「お前が居た方が面白いだろ。じゃあ日曜朝8時に俺ん家で。」
「だから行かないって。」
「じゃあ、俺4限があるんで。またな。」
アサヒは言うだけ言って、ドタドタと去っていった。
どうやら拒否権はないらしい。
僕が居たほうが面白い、ね……
「紅い湖って聞いたこと無いか?」
日曜日。
目的地に向かう車の中で、タキが切り出してきた。
ちなみに僕はアサヒの家に行かなかったのだが、わざわざ迎えに来やがった。
「俺あるぞ。懐かしいな。」
「僕も、噂ぐらいは。」
紅い湖。
どの時代もそうだろうが、僕たちが小学生だった頃にもオカルト話や都市伝説が大流行した時があった。
人面犬や口裂け女、トイレの花子さんなどのメジャー怪談に混じって、その名前は聞いたことがあった。
曰く。
とある山の麓に湖がある。
ある男がその湖を訪れた時、なんと湖全体が血のような紅い色に染まっていたという。
男が驚いて近づくと、湖の中から腕が伸びてきて足首を掴まれて引き込まれそうになった。
必死に振り払い、何とか逃げ延びることができた。
逃げた先で男は気が付いてしまう。
あの腕が着けていたブレスレットは、数年前に他界した恋人のものだった…
「ちなみに俺が聞いた話だと、恋人は男が殺した事になってたぞ。」
アサヒがお菓子を食べながら言う。
こいつは大抵何かを食べている。
ふんふん、と頷きながらタキが続ける。
「俺が最初に聞いたのは母親だったし、結局振り払えずに引き込まれてたよ。まぁバージョン違いというか、細部が異なるのはこの手の話にはよくあることだからね。」
「で、今日行くのがその湖だってのか?」
「まだ分からない。でも俺は可能性は高いと思う。」
アサヒの問いかけに、タキが答える。
車は市街地を抜け、山手に向けて快調に進んでいる。
そういえばタキの運転する車に乗ったのは初めてだが、免許取ったばかりの癖にいやに上手いな。
「この話は、怪談としてはおかしい点が多くてね。目下調査中だったんだ。」
「おかしいか?ありがちな普通の怪談じゃね?」
「おかしいんだよ。おかしいというか腑に落ちないというか。」
タキが露骨に嬉しそうな声色になる。
こいつはこの手の話の解説が趣味なのだ。
僕は興味がないのでいつも聞き流しているが、アサヒはわりとミーハーなのでよく話し込んでいる。
二人の会話は勝手に盛り上がっていく。
「まず、場所の説明がない。どこ県の何々山の湖とかいう情報がないんだ。」
「この県の話じゃないのか?」
「この県、というか地元だったら、逆にもっと具体的に場所が語られる筈だけどね。というか…まぁおいといて、とにかく場所がその①。その②が、紅くなる背景が不明だという事。」
「背景?」
「例えば昔飢饉で多くの人が身を投げたとか、戦争でたくさんの人が殺されたとか。花子さんで言えば、火事でトイレに逃げ込んでそこで焼け死んだからトイレに出るみたいな。」
「たしかに、理由は聞いたこと無いな。」
「あとは条件…例えば何かを投げ入れたら紅くなる。夜の2時だけ紅くなる。何かを叫ぶと紅くなる。」
「花子さんのノックの回数みたいなやつか。」
「そう。漠然と湖が紅いって情報だけで、前後関係が曖昧というか。そもそも湖が紅いのと、腕が出てきて引っ張る事の関連が無い。」
「そこらへんは適当なんじゃね?怪談に紅いなんとかって定番だし。」
「アサヒが言うように適当というか、雰囲気から勝手に増えた設定ってほうがしっくりくる。なんで『紅い』なのか…タイトルにまでなってるくせに、なんか話の中で紅い描写が浮いてるんだよ。」
「そんなことまで考えた事なかったな…」
「で、最後の③だけど…なぁ、分かるか?」
タキが急に僕に話を振ってきた。
別に僕は会話に入れてくれなんて言ってない。
好きで黙ってたんだ、ほっといてくれ。
「またまたそんなこと言って。聞いてはいたんだろ?じゃあ当てたほうに晩飯奢ってあげるよ。」
タキがニヤつきながら言う。
とたんにアサヒが色めき立った。
「お!言ったな!まじな!よっしゃ!」
「アサヒには奢りたくないから、がんばってくれ。」
アサヒの勢いに、タキが苦笑する。
アサヒの食べる量を考えると、無理もない…けど言い出したのはタキだから、自業自得だ。
「いきなり足掴まれたのに、逃げ切ったところ!普通、不意打ちなら為す術ないだろ。」
「ブブー。体格とかによるだろ、俺は不意打ちでもアサヒをこかす自信ないよ。」
「紅いのに驚いた癖に湖に近付いたこと!」
「それも人によるよ。俺なら近付く。というか、そんなに細かいとこじゃない。」
「あとはなんだろう…咄嗟のくせにブレスレットに気付いたとことか?」
「お!惜しい!近い!」
「まじか!じゃあ…あー、えーと…」
二人して盛り上がっているのを聞きながら、僕は今月のアルバイト代を計算する。
……うーん、この金額だと来月ちょっと厳しいかも知れない。
正直、晩飯を奢ってもらえるのは魅力的だ。
僕は唸っているアサヒを見ながら笑うタキに向かって言う。
「恋人や母親が湖から出てくること。」
「お!さすが。」
タキが嬉しそうに頷く。
こいつの話にのってやるのは癪だったが、ともあれこれで晩飯はゲットだ。
タキが続ける。
「幽霊や亡者だとしても、なぜ男の縁者が出てきたのか?それがおかしい点その③だよ。」
「それおかしいか?」
「おかしいよ。恋人や母親がその湖で亡くなった訳でもないのに。」
「言及が無いだけで、湖で亡くなったのかも知れないだろ。」
「そうだったら逆に言及が無いのがおかしいよ。例えばこの湖で恋人を亡くしてお参りに来ていたとか、そんな話なら分かる。でも俺が聞き集めた限りそんなバージョンは無かったよ。」
こいつ、怪談の聞き取り調査までしていたのか。
まさか小学生相手に聞きまわってるんじゃないだろうな?
そんなことしてたら、そのうちお前自体が怪談として語られるようになるぞ。
「①場所、②紅くなる背景、③縁者の謎。な?おかしい点だらけだろ?」
「うーん…場所が分からない話とか、条件どころかいきなり理不尽に怖い目に逢う話とか、結構あると思うけどな。」
「もちろんそれはあるよ。紅い湖がおかしいのは、この内容で『怪談として定着している』点だね。」
「んん?」
「だってさ、言っちゃ悪いけど紅い湖の話って凄くありきたりな内容だろ?新鮮味もない、意外性もない、ただのよくある怖い話だ。」
「まぁ、似たような話はたくさんありそうだよな。」
「でもこの話、ここらでの知名度はあり得ないぐらいに高いんだよ。それこそトイレの花子さんに肩を並べるほどなんだ。これってすごくおかしいんだよ。」
「地元じゃ有名ってそんな変か?」
「ここまで有名な事と、内容が釣り合わないって話。俺らが小学生の時もみんな知ってたし、聞いてみたら今の小学生もほとんどが知ってた。両親も知ってたよ。でも県外のやつだと知らないんだ。」
ほんとに小学生にも聞いてやがった。
ちなみにタキはそこそこ整った顔をしているが、身長が190㎝ある。
こんなのがニヤけながら話しかけてきたら、気が小さい小学生ならトラウマになりそうだ。
「んで、本題はここからなんだ。春休みに親戚が集まった時にばあちゃんにも聞いてみたんだよ。そしたら、面白い話が聞けたんだ。」
車はいつの間にか、山道を走っていた。
木々の間を伸びる車道は昼だというのに薄暗い。
道幅も狭くなり、対向車が来たらやり過ごすのに苦労しそうだ。
そういえば…対向車を長いこと見ていない気がするな。
タキが続ける。
「ばあちゃんは紅い湖って話は知らなかった。でも代わりに、『弔い湖』って話をしてくれたんだ。」
「とむらい?」
「そう、弔い。昔この地方ではある隠された習慣があった。重い罪を犯した者に対する罰として、罪人の近しい縁者を湖に沈めていたんだ。」
「まじかよ。」
「表向きは後追いで入水自殺した事にしていたそうだよ。そしてその湖を弔い湖と呼んでいた。弔い湖は地区ごとに一つ、つまり何個もあったらしい。」
「…」
「縁者を沈めて一月経ったのち、罪人をその湖に連れて行くんだ。湖には枷をつなぐ杭があって、罪人をそこに繋いで帰り、丸三日経ったら迎えに行く。そこでもし罪人が無事に生きていたら、その罪人は罪を赦されたそうだ。」
「生きていたら?」
「何故か、大抵は死んでいるか、生きていても気が違ってしまっていたそうだよ。しっかり繋いでいた筈なのに、枷だけ残して罪人が消えてしまっていた事も多かったらしい。」
「そりゃあ怖いな。」
「俺は、きっとこの話が『紅い湖』の原型だと思った。そう考えればいろいろと辻褄があってくるんだ。」
興奮気味に話すタキに引っ張られてか、アサヒも身を乗り出すように続ける。
「場所に関しては、つまり特定の場所ではなく複数だったからって事か。」
「うん。そして沈められているのが縁者だったら③もおかしくなくなる。それに地元での習慣が元でこの内容であれば、知名度の高さと、逆に知られている範囲の狭さにも筋が通る。」
「あとは何故紅いのかってところか…」
アサヒはすっかりタキのペースに乗せられてしまっているようだ。
会話を弾ませるのは構わないが、この車はちゃんと目的地に向かっているんだろうか。
なんだかどんどん薄暗くなってないか?
たまらずタキに声をかける。
「これ、道あってるのか?」
「合ってるはずだけど…ちょっと俺も不安になってきた。」
「おい。ていうか今日行くのは湖じゃないのか?こっちに湖なんかあったか?」
「あるらしいんだよ。実はある私有地に向かってるんだけど、その敷地内に。」
「私有地?知り合いかなんかの?もしかしてお前の?」
「いや、全くの他人だね。」
「…許可は取ってるんだよな?」
「もちろん、取ってない。」
おい。
僕が続けて何か言いかけたところで、突然ガクンと車が止まった。
タキが急ブレーキをかけたらしい。
僕が文句を言う前に、叫ぶようなタキの声が響きわたる。
「あった!本当にあった!おい見ろ!ここだよ!」
窓から車外を見る。
薄暗くてよく見ないと気付かないが、本道から分かれて森の中に入っていくか細い獣道があり、その横に腐りかけた木の看板があった。
それを見て、僕はなるほどと得心する。
一人でここまで調べてたどり着いたとしたら、タキの興奮具合も無理がないと思った。
看板には掠れた文字でこう書いてある。
『ここより私有地のため立入禁止。糸江』
少し遅れて理解したのか、アサヒが息をのんだのが分かった。
タキが興奮したまま続ける。
「ばあちゃんの話から、地元の歴史をいろいろ調べてたら分かったんだ。昔ここらの有力者に糸江家って一族がいたんだよ。で、糸江家の私有地には大きな溜め池があったらしんだ。もし、その溜め池を弔い湖として使っていたとしたら…」
糸江の弔い湖。
紅い湖。
やっぱり来なければ良かった。
無理やりにでも拒否すれば良かった。
僕は今更ながら思う。
きっと今回は『本物』だろう。
タキが僕を誘ったのは、つまりそういう事だった。
無駄だと思いつつ、僕は祈らずにはいられなかった。
どうかおかしなことになりませんように。
その祈りは、やっぱり無駄になったのだった。